当方小五ロリ   作:真暇 日間

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正体不明は正気を失い、尼入道は恐怖に満ちる ○

 

 妖怪にとって、体格と言うものはけして絶対的な物ではない。妖気をスカスカにすれば立てないほどに脆くなるが身体を大きくすることはできるし、逆に一点に圧縮して体を作れば小さくとも頑丈な体を作ることもできなくはない。

 だが、もちろんある程度の大きさが無ければ戦闘などでは不利になるし、そうでなくても日常生活が面倒なことになるのは間違いない。だからこそ、基本的に妖怪と言うのはおよそ人間程度の大きさで人型をとることが多いのだ。

 

 しかし、今回鵺が戦っている相手は、相手の体格が大きかろうが小さかろうが何も関係ない戦い方をしてきている。弾幕を撃つのは自分がやっていることが多いが、スペルカードの効果では自分以外の何者かを呼び出して戦わせているのだから、本当に関係は無いだろう。

 

「内面滲出『冷たきものども(イーリディーム)』」

 

 現れたのは冷気。冷気そのものが波のような弾幕となって鵺に襲い来る。

 しかし、その波を鵺は躱していく。時に触れられそうになれば弾幕で打ち払い、時に掠り、時にボムを使って弾幕を消していく。

 これでさとりの使ったカードは四枚目。一枚目の『夜鬼(ナイトゴーント)』、二枚目の『硝石まみれの馬頭鳥(シャンタク)』、三枚目の『人頭の毛長鼠(ブラウン=ジェンキン)』。どれもこれも視界に入れただけで気分が悪くなり、吐き気を催す。そんな趣味の悪い怪物を使役し、戦おうと言うこの妖怪の神経が信じられそうにない。

 

「内面滲出『深きものども(ディープワン)』」

「うぐぅっ……!うっ……ぅああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 突然の頭痛。大切な何かが一度に抜け落ちたような感覚。そんな感覚に襲われ、鵺は狂ったように弾幕を撃ち続ける。現れた深きものどもを一掃し、炎の吸血鬼を撃ち落とし、クトゥルーの末裔を蹂躙し、星間宇宙を旅するもの(バイアクヘー)の群れをすり潰し、蟇肉産まれの黒い矮人(ミリ=ニグリ)を解体し、漆黒の粘液状生命体(ショゴス)すらも滅ぼして見せた。

 

「……一時的な狂気。神話生物に対しての殺戮衝動……同時に恐怖、いえ、これはむしろ恐怖から来る排斥? ……興味深い精神構造ですね。流石は『正体不明』と言うべきですか」

 

 短時間に正気をすり減らされたために起きた一時的な狂気が止めば、その後にはまた正気が戻る。鵺は自身が狂気に呑まれていたことを思い出し、それを起こしたさとりに対して恐怖の感情を向けた。

 

「ふむ、あんなものを呼び出せるなんて、こいつの頭の中身はいったいどうなってるんだ……ですか。いえいえ、ごく普通の平凡な頭の中身ですよ」

「信じられるかっ!」

「信じてもらわなくとも結構です。それに、新しく作ったスペルカードの効果も確認できましたしね」

 

 ひらひらと手を振るさとり。その手の中には――――――いまだ七枚のスペルカードが握られていた。

 

「はぁっ!!?」

「? ……ああ、まだ一枚しかスペルカードを消費していない理由ですか? 一枚しか使っていないからですよ」

「嘘だ!だってさっきあんなに……」

「スペルカード以外の弾幕に、名前を付けてはいけないなどと言うルールは存在しません。それに、あれが私の今使ったスペルカードの効果なのですから仕方ないでしょう」

 

 そうして鵺がさとりから受けた説明は、鵺をさらに深い闇へと誘う。

 今回さとりが使ったスペルカードの名称は、想起『狂気神話・従』。偉大なる旧支配者や旧神、外なる神に従属する奉仕種族を想起させるものだと言う。

 これらの種族は奉仕種族と言うだけあって決して強くは無く、精神に与える影響も比較的小さな物ばかり。だからこそ、鵺はあれだけの神話生物を目撃しても一時的に発狂するだけで済んでいたのだ、と。

 

「そう言うわけで、続きと行きましょうか。こちらのカードはあと七枚。そちらはボムの分も合わせて三枚……まあ、こちらのスペルは基本的に耐久型ですし、発狂せずに全て避けきれば問題なく勝てますよ」

 

 そう言って、少女の姿をした怪物は鵺が初めて見る笑みを浮かべ、スペルの開始を宣言する。

 

「想起『狂気神話・火』」

 

 発動されたスペルは、小さな小さな火の粉のような物を周囲に無数に振りまいた。

 火の粉はその身に触れる全てを焼き、大気を喰らって大きくなっていく。

 

 

 

 ─────────鵺にはそこから先の記憶が無い。

 辛うじて理解しているのは、自分はあの妖怪に敗北したと言うことと、世の中には自分とは比べ物にならない怪物が存在すると言うこと。そして、炎に対しての絶対的な恐怖心。それだけが残されていた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 雲居一輪は震えていた。涙を流し、口元を抑えて吐き気を抑えていた。

 震え続ける身体を腕で抱きしめ、痛いほどに歯を食いしばる。そこまでしていなければ、自分はすぐにでも逃げてしまうとどこかで理解していたのだろう。嗚咽を堪えながら、心配そうに自分を見つめる雲山にも気付かないほど追い詰められていた。

 

(なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんであの化け物が地上に出てきているのよ嘘でしょもういやあの化け物と関わりたくなんてないのに地霊殿から出てくることなんてほとんどなかったくせにどうして今このタイミングで出て来てるのありえないでしょしかも飛倉の破片まで集めてるなんてあの化け物が何を考えているのかわからないしあの化け物が何を考えているなんてわかりたくもないのにあの化け物が何を考えているのかを考えてなんとか飛倉の欠片を譲ってもらわなくちゃならないなんて一体どんな拷問よ普通じゃ考えられないああでも私がやらなきゃいつまでも姐さんが復活できないし私がやらなくちゃいけないのに身体が動かないガタガタ震えることはできてるのに震える以外何もできないなんて一体どうしてよせっかく村紗や星達も協力してくれてるのに私はなんでこんなに情けないでも嫌だあの化け物にだけは関わりたくない嫌だ怖いいやだ怖いいやだいやだいやだ怖いあの化け物怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわい)

 

「そんな吐きそうなほど怖がらなくてもいいでしょう。私は何もしていないんですから」

 

 その声を聴いただけで、背筋が凍る。見たくない、見てはいけないと頭で考えているはずなのに、身体が勝手に動いてその声の聞こえた方向に顔を向けてしまう。

 ゆっくりと、まるで走馬灯のようにゆっくりと視界が動いて行く。意識と身体が切り離されたように動き、私の意識を置いてけぼりに身体だけが勝手に動かされている。

 

 きっと、時間としては一秒にも満たない短い時間だったはずだ。けれど、今の私にはそれは数十分にも数時間にも感じられた。私の視界には、あの化け物が、あの時と何も変わらない無表情で存在していた。

 

「ぅっ……」

 

 ごぼっ、と何も入っていない胃袋からすっぱいものがこみ上げ、ついに私は胃液を地面にぶちまけてしまう。強い酸に喉が灼かれ、びしゃりと跳ねた酸が手や服を汚していく。

 それを変わらない無表情のまま眺め、化け物は私にささやく。

 

「まったく、あの時と言い今と言い、あなたはなぜ私をそこまで恐れるのです?」

「ヒィッ!」

 

 私は頭を抱えてうずくまる。あの時……この化け物、古明地さとりと私が初めて出会った時の事を思い出したくないが故に。

 しかし、この化け物は私の想いなどどうでもいいものだとでも言うかのように私の心の中を覗いてくる。忘れようとしていた記憶を無理やりに思い出させられ、心が摩耗していく感覚が再び私を襲う。

 

 ――――――思い出させられるのは、昔々の話。地底の一番強い妖怪の力を借りて姐さんの封印を解こうとした時のこと。

 話をしていた私に向けられた『他心通』。それを辿ってみれば、その元は目の前にいる小さな覚妖怪だった。

 そう言えば、覚り妖怪と言うのはいつでもこうして他人の心を読んでいるものだった、と思いながらも、ついつい逆に覚り妖怪の心の内を僅かに覗き見てしまったのだ。

 

 ―――初めに見えたものは、炎。円環の中に三枚の花弁を持った花のような形をした、美しい炎。

 しかし、美しいはずのその炎を見ているだけで私は吐き気を催す。そんな私の感情に気付いたのか、その炎は私にゆっくりと接近してきた。

 

 猛烈な熱気。まだ遥かに遠い場所にいるはずなのに、既に鉄を溶かす炉に触れる寸前まで近づいたような灼熱が私の肌を襲う。吐き気はますます強くなり、恐怖と吐き気とで私はどうしても動くことができなくなった。

 

『やれやれ、貴女はいったい何をしているのですか』

 

 声が響く。同時に私の意識は弾き飛ばされて元の……つまり、私自身の身体に戻る。そこには当然あの化け物がいて、私に視線を向けていた。

 

「まったく、私の心を覗こうとしましたね?」

「も、申し訳……」

「構いませんよ。ですが、次からは気を付けてくださいね。あの子は私の精神に外側から干渉しようとした場合、即座に襲い掛かって行くんですから。止めるのも面倒なんですよ」

「……あの……子?」

「ええ。貴女も見たでしょう? あなたの言葉で言えば、『円環の中に三枚の花弁を持った花のような形をした炎』のことよ」

 

 あの子。止める。だが、そんなことは不可能だ。あれは止めようとして止められるようなものではない。たとえ強大な力を持った神であろうが、あれを止めようとすれば止まるより先に焼き尽くされるだろう。

 しかし、現に私は戻ってこれている。あの炎に狙われ、しかしこうして生きている。

 

「あの子はやんちゃで暴れん坊です。次覗くなら、一瞬で欲しい情報だけ全部持っていかなければすぐに気付かれてしまいますよ」

 

 覗く覚悟があるならですが、と付け加える覚妖怪に、私は首を横に振ることで答える。あんなものを見て、まだそんなことを考えるのは根っからの狂人か何も判断のつかない愚か者くらいだろう。

 ……まだ、私の体は震えている。身体から恐怖が抜けない。

 いったい、あの怪物は何なのか。あの怪物をのけられる目の前の存在は、いったい何なのか。考える度に吐き気が襲い、考えが何度も堂々巡りする。

 

「あの子はとある神話の登場者ですよ。もっとも、現在この世界に存在するあらゆる宗教に存在しない神話の、ですがね。もう一度会ってみますか? ちゃんとご飯さえ上げていれば、中々に物わかりのいい子ですよ」

 

 その言葉を聞き終えるよりも早く、私はその場を後にしていた。

 あんなものを呼び出すことができ、あんな怪物を当たり前のように支配し、あまつさえあの正気も何も感じなかったあの存在を無力な赤子のように扱う。そんな怪物が姐さんの封印を解く手助けをしてくれるはずもない―――と自分を納得させるようにどこまでも飛び続けた。

 姐さんの封印を解くためにあんなものの手を借りてはいけない。あんな怪物を使役するような化け物にそんなことをさせたら、いったいどんなことを要求されるかわからない。それどころか、封印していた姐さんを封印ごとあの炎で焼き払ってしまうかもしれない。だから姐さんに関わらせるわけにいかない。

 

 雲居一輪は、そんなことを何度も何度も考えながら空を飛ぶ。

 

 

 それから、何度も同じ夢を見た。あの炎が、自分を襲う夢。大切な物を焼き払っていく夢。そして、すべてが焼き払われた後に、いつの間にかそこに居たあの化け物が、まるで甘えるかのように纏わりつく炎に平然と触れ、犬猫の頭を撫でる時のように炎の先端を指先で撫でる。

 最後はいつも、自分に気付いたあの化け物が自分に炎をけしかけ、自分が焼け死んだところで目が覚める。何十年、何百年もそんな日が続いて、少しずつそんな夢を見る機会も減ってきて、やっと姐さんを復活させるめどが立ったと言うのに、またあの化け物は私の前に現れた。私はまた、あの恐怖に怯えながら眠ろうにも眠れない夜を過ごすのだろう。

 

 ぐるん、と視界が真っ暗になる。突然現れた闇に意識が飲まれ、私は気を失った。

 

 

 






 さとりの認識→心を読んでいたら相手も呼んできて自爆したから助けた。ついでに少しからかったら何故か悲鳴を上げて逃げられた。なんで?(なお、狂気神話が他人にどれだけ影響を与えるかを体感できないためあまり知らない時期)

 一輪の認識→怪物を使役し、気分次第で自分も自分の大切な物も焼き払うことができる最強の化け物。そんな相手に自分から会いに行って目をつけられた。怖い。

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