明日の彼方に   作:紺南

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一夏密着24時 3

クラスメイトたちからの同意も得られたところで、一夏密着24時の撮影は続く。

休み時間だろうが授業中だろうがカメラは回す。幸いなことに俺の席は一夏のすぐ後ろ。一夏の背中を撮り続け、時折席から身を乗り出して横顔を激写する。

 

そんなことをしていると大抵の教師から注意を受けることになるが、聞いたふりしておけば大した問題にはならない。

何なら、一夏の格好いいところを撮っているんですと言えば引き下がってしまう。俺が言えた義理ではないが、ちゃんと仕事しろよ。

 

カメラを没収しようとしてきたのが山田先生一人だけと言う現実。

規則がどうの他の人の迷惑がどうのとやかましく言っていたが、少なくともクラスメイトから異論は上がらない。

何人か、もの言いたげな視線に対してはカメラを向けて黙らせたので山田先生の問いかけに全員が無言を貫いてくれた。

 

それでも健気にごちゃごちゃ言い募ってきたので、秘密兵器である「一夏ファンクラブ」で黙らせることになってしまったが。

やはり大人に効くのは権力。そしてファンクラブ創設者と言う権力は絶大だ。コミュニティの中で各々が何をしているのかは大体把握しているからな。

 

権力に屈しないのは鬼軍曹だけだ。

 

「何をしている」

 

「一夏を映しています」

 

机の上にセットされた三脚。そこに取り付けられたカメラ。

教室に入って来るなりまっすぐ俺の元へ来た鬼軍曹に問い質され、俺は真摯に答えた。

 

曲がりなりにも師弟関係を結んでいる間柄。言葉はなくとも意思疎通に問題はない。

見つめ合う俺たち。教室の空気は緊張に包まれる。

 

「没収する」

 

「異議あり」

 

案の定、判決は迅速でゆるぎない。

当然、控訴。

 

「異議は認めない」

 

「異議ありぃぃぃぃぃ!!!!」

 

上告。

 

「黙れ」

 

棄却。

 

「強権ばかり振るいやがって鬼軍曹がっ! 一夏のファンクラブに入れてやった恩を――――」

 

「そうか。死にたいか。いいだろう」

 

死刑執行。

出席簿の角で往復ビンタを食らって悶絶した。

 

クラス中の視線が俺に集まっているの感じる。

言葉はなくともわかる。頑張れと言う声援。悪政に負けるなと言う応援。それらに応えるためにも、鬼軍曹と言う悪代官に屈するわけにはいかなかった。

 

「今後、授業中のビデオカメラの使用は禁止だ。見つけ次第没収、反省文を書いてもらう。わかったな」

 

「わかんねえ」

 

「そうか」

 

角ビンタ再執行。あまりの校内暴力。これはもはや傷害罪。

わかるまでやると言う鬼軍曹に対して打つ手がない。

暴力反対と民意に訴えかけるので精いっぱい。しかし誰一人俺の味方をしてくれる奴はいなかった。

 

セシリアに至っては「もっとやってください!」と鬼軍曹の味方に回る始末。

さすがはイギリス人。未だに貴族制度を維持しているだけはある。許さんからな。

 

「没収する。異論は認めん。放課後に返してやる。取りに来い」

 

「ちょっと横暴じゃないですか。俺はただ一夏を撮ってるだけですよ。何も悪いことしてないじゃないっすか。生徒に対して出席簿叩きつけてる織斑先生の方がよっぽど悪いことしてますよ」

 

「黙れ」

 

ぴしゃりと一発。出席簿付き。

言論弾圧ってこういうことを言うんだな。暴力による理不尽。都合の悪いことは聞かない。

なんて醜い姿だろうか。こんな大人にはなりたくないと心から思いつつ、鬼軍曹に持っていかれたカメラを眺めていた。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「あの裁判官は悪の権化だろ。革命で磔にすべきだ」

 

「千冬さんにそんな態度とれるのあんたぐらいよ。……ところで、ファンクラブって何?」

 

午前の授業が終わって昼休み。

凰さんがエビチリを食べている様子を画角の端っこに写しながら、牛丼を食べる一夏をフレームの中央に据える。

微妙そうな顔の一夏。その視線はしきりにこちらに向いていた。

 

「なんだその顔は。今日の牛丼はまずいのか」

 

「いや、撮られてるのが嫌なだけだ」

 

「そうか」

 

理由が判明したので撮影を続行する。

昼時で人がごった返している食堂内。しかし、今日に限ってはカメラに撮られるのが嫌だと言う理由で一夏の周りは人が少ない。

同席しているのは凰さんと更識妹の二人だけだ。最初はこの場にいたお姉ちゃんもデュノアに連れられて遠くの席に行ってしまった。

 

「セシリア、戻ってこないけど大丈夫かな……」

 

「大丈夫じゃない? 反省文はいつものことだし。器物破損は枚数が多いのよねえ」

 

「そう言えばそうか」

 

一夏が心配し、凰さんが経験則から呑気に答えた。

人の強弱に関して俺が言えた義理ではないのでコメントは控えるが、ただ一つ言えることがある。

セシリア・オルコット。奴はアホだった。

 

没収されたカメラから無断でメモリーカードを取り出し、それを粉々にした後にドヤ顔を浮かべていたアホ。

何ならカメラすら壊そうとしたので鬼軍曹に出席簿を食らわされていた。

 

俺が予備のカメラを取り出したところでドヤ顔が凍り付き、「今、お前が壊したメモリーカードには何も入っていない。こっちがお前の小皺を記録したカードだ」とメモリーカードを突きつけたところで震えていた。何より、他人の私物を壊した罪で連行されるその姿は滑稽だった。

 

「俺が鬼軍曹の行動を読んでないわけないだろ。あの人なら絶対没収する。ならばどうするか。予備を用意しておくに決まってる」

 

「分かってるならそもそもやめなさいよ。……それとファンクラブについて教えなさい」

 

「勇気ある挑戦と褒めてほしいね。……ファンクラブ? 知らんな」

 

「……勇気と蛮勇は違う」

 

二人の称賛を身に浴びなら、一夏が食い切ったどんぶりの中を映し、水を飲んでいる一夏を映す。

 

「素晴らしい……」

 

「……お前、大丈夫なのか?」

 

「心配するな。良い画が取れただけだ」

 

「水を飲んでるだけで?」

 

「1万で売れるね」

 

「売るなよ?」

 

「ああ、金は要らん」

 

「……なら、いいか」

 

OK。言質はとれたから0円で配布するわ。

 

「結局、その映像何に使うつもりなのよ?」

 

「凰さんが知る必要はない。私用に使うだけだ」

 

「私用って……」

 

疑ってかかる凰さんの視線。

特に疚しいことのない俺としては、そんなものは無視するに限るのだが、当事者の一人である更識妹が露骨に視線を逸らしていた。……お前、何に使うつもりなの?

 

昼飯を平らげてまったりとした時間が流れる。

周囲の生徒たちも談笑に浸っていた。遠く、お姉ちゃんがこちらに来ようとしてデュノアに制止されていた。こっちを指さしながらひそひそと何かを話している。

……なんか知らんがムカつくなあいつ。人を危険人物みたいに扱いやがって。あとで小皺の刑に処しておこう。

 

「この後はどうする。運動でもするか?」

 

「いや、午後は実技だし疲れることはしないって。昼寝でもしようかな」

 

「なら部屋に一回戻るか」

 

学内に寮があるとこういう時便利だ。

忘れ物してもすぐ取りに行けるし。トイレが遠いことだけが不満。

 

「シャイニィと遊ぶのもいいなあ」

 

「そうだな。俺も奴と決着をつけないといけない」

 

今朝がたの決着がまだついていない。

小動物風情が人間様を舐めやがってよぉ……。

 

「あんた相変わらずあの猫に嫌われてるの?」

 

「……不思議。人懐っこいのに」

 

凰さんと更識妹が首を傾げている。

俺自身その辺の理由は全く分からないが、一目会った瞬間から嫌われていた。あの様子だと多分天敵だと思われている。

 

「おかしいよな。俺ほど人畜無害な男もいないのに」

 

「……人畜無害?」

 

「慧眼なだけでしょ」

 

おかしいな。刀で襲い掛かったり生身に龍砲撃ったり男装して迫ったり目の敵にしたり逆恨みしたりしてないのにな……。

 

「あの節穴に俺と言う人間の素晴らしさを教えないとな」

 

奴の餌を買っているのは俺だと言うところから教え込まないといけない。

 

「……嘉神はまず自分を知るべきだと思う」

 

「良い意味に聞こえるが、お前がそれを言うと別の意味になるからやめろ」

 

「……どういう意味?」

 

「物事には程度と言うものがある。お前は自分を知りすぎだ。姉を泣かすな。戻ってこい」

 

むっつりがオープンになったせいで、その下世話な会話に着いて行けないと泣き言を言っていた会長を思い出す。

 

「……私はもう戻れない。知ってしまったから」

 

「NTRだけはやめてくれ」

 

「……戻れない」

 

「やめてくれ」

 

ドン引きしている一夏と凰さんを尻目に、NTRの何が性癖に刺さるのかと言う会話が展開される。

これ全部録画されているんだが? いいのか?

……ま、いいか。オープンは無敵だしな。恐れるものがないと言うのは凄い話だ。

とりあえずこの場は話を合わせておくが、日ごろからこれに付き合わないといけない会長は凄く不憫だ。率直に可哀そう。

だからと言って俺に八つ当たりしてくるのは許さんがな。

 

「あの作品はやっぱり恋人とのイチャラブを十分に描いた後に不意打ちで来たからこそ突き刺さったと見るべきだろう。最近は安易に1ページ目から描いてくる物が多いが、そういうのは物語の厚みが足りない」

 

「……なるほど」

 

「男が興奮するのに大切なのは空気感。つまりシチュエーションだ。全裸よりは脱ぎ掛け。真顔よりも恥ずかしがる素振り。人はこれを情緒があると言う。そうだろう一夏!」

 

「俺に振るな!」

 

「シチュエーションね……。なるほど……」

 

「……勉強になる」

 

馬鹿みたいにくだらない会話をしている内に昼休みは終わり午後の授業が終わる。

一日もあと半分。頑張りどころだ。

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