午後の授業はISの操縦訓練から始まった。
我が一組は専用機を持っている割合が異常に多いが、それでも持っていない人間の方が多い。
曲がりなりにも学校なので、専用機持ちだけを優遇することも出来ない。
なので大半の授業は専用機と訓練機合同で行われる。
専用機持ちの主な仕事は訓練機に乗る生徒の補助。と言うか基本的には大体これ。たまにお手本を見せろとか言われるが、それも代表候補生どもがパッとやって終わり。
今日もそんな感じで授業は進んで行く。
残念なことに、操縦訓練にカメラは持ち込んでいない。監督している教師が鬼軍曹だからというのもあるが、一番の理由は専用機を映像に残したくないからだった。
いくらIS学園が治外法権と言えども、国家機密の塊と言える専用機を堂々と撮影するだけの度胸は俺にはなかった。きっとそれは蛮勇と言える類のものだし、複数の国々に喧嘩を売るような真似は間違いなく自殺行為だった。
まあ、篠ノ之束と言う世界が束になっても勝てそうにない女に殺害予告を受けているから、国家風情がなんぼのもんじゃいと息を巻いてもいいのだけども、安全策を取って自重。鬼軍曹も目を光らせているわけだし、カメラの予備もないことだし。
そうして授業が終わりカメラの出番がやってくる。
場所は男子更衣室。レンズに映るのはISスーツを脱ごうとする一夏。
「……」
「……」
一夏はカメラを回し始めた俺をじっと見ている。
俺もカメラマンとしての役割を守って言葉は発しない。
嫌な空気が漂っている。緊張感と言い換えてもいい。互いに相手の出方を伺いつつ、一夏の尻をズームで捉えていた。
「……ちょっとカメラ止めろ」
「それは出来ない」
先にしびれを切らしたのは一夏の方。
当然と言えば当然の要求にNOを突きつける。俺はNOと言える日本人である。
個人的な事情から、サービスシーンは必要不可欠だった。更識妹への供物である。大事なところを映すつもりはないが、ギリギリ感を演出するのは大事な要素。丸裸より脱ぎ掛けに興奮する理論。
「俺の裸なんて撮って、何するつもりなんだ?」
「それはまだ言えないが、お前のためにやってることだ。信じてほしい。さ、脱いで」
「……」
脱ぐことを勧めた俺の言葉に反し、一夏はISスーツを着直してしまった。
何をするつもりなのかとカメラ越しに問う。
「どうした?」
「部屋で着替える」
「そうか」
移動する一夏について行く。
途中、一夏は何度かカメラを振り返り、やがて走り出してしまった。
「どうした!?」
「うるせえ!!」
走る一夏をカメラ片手に追いかける。
元々、足の速さは俺の方が上で、カメラを持っていようともその差は覆らなかった。
「どうしたんだ一夏! 何かあったのか!?」
「ちくしょうっ!」
振り切れないと悟り、やっとのことで諦めた一夏は素直に自分の部屋に帰っていく。
部屋の前で小競り合いを繰り広げ、結局はトイレで着替えることにした一夏。
一人で閉じこもってしまった扉の前でカメラを回す。残念ながらこれ以上の撮影は不可能だった。俺としても努力した証拠は記録したわけだし、更識妹も文句はあるまい。
その後、夕食の風景を取り、シャワーを浴びようとする一夏と小競り合いをし、最後に寝顔を収めて撮影は終了した。
編集用のデータは更識妹の手に渡り、数日間の編集作業と何度かのリテイクを経て映像は完成する。
『一夏密着24時』
タイトルは簡潔にそうなった。24時間の動画を30分に凝縮したそれは、しかるべき手順を踏んで全校生徒の元へ届けられた。
昼休みにIS学園の設備を乗っ取り、全クラスに動画を公開した更識妹の手腕は素晴らしいの一言だった。
これで一夏の人気はV字回復待ったなし。校舎中に響く反響の声が確信させる。
俺は正しいことをした。その思いを胸に逃亡を図り、追いつめられた結果、校庭で一夏と相対することになった。
「嘉神、もう逃げ場はないぞ」
校庭の真っただ中。追手に囲まれてしまった俺に向けて、一夏はそんなことを言った。
一夏の言う通り、状況だけを見れば絶望的だった。
会長、篠ノ之さん、デュノア、セシリア、凰さん、お姉ちゃん。一夏を含めて七人。その七人が俺を囲んでいる。
戦力は多勢に無勢。
俺の隣にいる更識妹なんかすでに降参ムードだし、反対側にいるのほほんさんはやる気満々のようだが、多分役に立たない。
どうやってこの状況を乗り切るか、頭を回す俺の目の前で、包囲網はジリジリと縮んでいく。
「とんでもないことをしてくれたわね」
会長が呆れながら言い放ち、
「一夏の私生活を公開するのは意味が分からんぞ。その性根を叩き直してやる」
篠ノ之さんが義憤に駆られ、
「今回はさすがに擁護できないよ……未公開の映像ってあるのかな?」
デュノアが欲望を曝け出し、
「一夏さんの盗撮映像と私を映したあのデータは削除してもらいますわよ」
セシリアが己の小皺に執着し、
「悪いことは言わないから、あたしたちに捕まっておきなさい。……織斑先生が控えてるわよ」
凰さんに現実を突きつけられ、
「弟が面倒をかけてすまない。教官には私も一緒に謝ろう」
お姉ちゃんに元気をもらった。
以上のように、女どもの説教は聞く気になれなかったので一夏と話をする。
「お前がここまで怒るとは思わなかったよ」
「あんなもの上映しておいて何言ってるんだ」
「お前のためを思って流したんだ。これは善意だ。怒ることじゃない」
「いいや、俺は怒ったね。とりあえずデータは回収させてもらう」
話している間も包囲網は縮まっていく。
誰もISを装着していないのは理性が残っているからだ。ISを着たが最後、みんなで怒られる羽目になる。何も悪くないのに鬼軍曹にどつかれるのは嫌だろう。あと専用機を持っていないのほほんさんもいる。そういう意味ではのほほんさんはここにいるだけで役に立っていた。
「そうか。しかし俺も舐められたものだ。この程度で捕まえられると本気で思っているのか?」
「……なに?」
ぴたりと一夏の動きが止まる。
それに呼応するように他の六人の動きも止まった。明らかに俺を警戒している動きだった。
「まさか、逃げられるつもりなのか?」
「当然だ」
一夏が会長と目配せをした。
会長は頷き、それを受けた一夏は自信満々に言い放つ。
「周りをよく見ろ。みんなに囲まれているんだぞ。どうやって逃げるつもりなんだ?」
「囲まれてる? 何言ってんだ一夏。俺には穴だらけに見えるぜ」
懐からメモリーカードを取り出す。
それを見た一夏がわずかに動揺を見せたが、標的はお前じゃない。
「セシリア。これが分かるか?」
「それは……メモリカードですか?」
「この中にお前の小皺が入っている」
はっとした表情を浮かべるセシリア。しかしすぐに冷静さを取り繕って言い返してくる。
「それが一体なんでしょうか」
「交換条件だ。一夏を裏切って俺につけ。そうすればこれはお前の物だ」
「……そんな条件にわたくしが乗ると思いまして? 一夏さんを裏切るなど、そんなことはできません」
気丈に振る舞うセシリアを鼻で笑う。お前は状況が理解できていないと肩をすくめた。
「ほう。つまりこれが公開されてもいいと?」
「そんなことはさせません。今、ここであなたから奪い取ればいいのです!」
「馬鹿め! 俺がこの状況に備えてないと思ったか!?」
ポケットからもう一枚のメモリーカードを取り出す。二枚のメモリーカード。それを見て、セシリアの表情は歪んだ。
「御覧の通り、コピーならいくらでもある。俺の部屋、男子トイレの中、クラウド上にもな。そう、クラウドだ。この意味が分かるか?」
「ひ、卑怯ですわ!! そんな卑劣な行いにわたくしが屈すると思っているのですか!?」
「もちろんお前は屈するだろう。この中にはお前の小皺が入っている。今取り返さなければ一生戻ってこないぞ?」
メモリーカードをひけらかす俺に対し、セシリアは歯を食いしばって屈辱に震えていた。
「セシリア。例えこの場で一夏を裏切ろうとも、お前は何も悪くない。なぜなら俺に脅されているのだからな。一夏はお前を責めはしないさ。今は自分の利益を考えるべきじゃないか?」
「くっ……」
「俺のことは良く知っているだろう? 俺はやると言ったらやる男だ。断言しよう。お前が俺の味方にならないのであれば、このデータは世界に公開する」
セシリアの気持ちが揺らいでいる。いや、俺にはわかる。すでに結論は出ているはずだ。
「こっちにおいで。お前は俺の味方だ」
「……申し訳、ありません」
呟き、トボトボと歩き出したセシリアは俺の横に立つ。
それを見て、一夏が悲しそうな顔をしていた。
「セシリア……」
「……」
セシリアは一夏と目を合わせようとしなかった。悲劇のヒロインのような態度で哀愁を漂わせている。そんな態度をとるぐらいなら最初から裏切らなければいいのに。
「くっ……だけど、まだ数ではこっちが上だ……!」
「聞こえていなかったのか? 俺は穴だらけと言ったんだ」
次の獲物にロックオンし、息を吸い込んで助けを求めた。
「助けて、お姉ちゃん!」
「待っていたぞ、その言葉を」
ボーデヴィッヒが普通にスタスタ歩いて俺のところに来た。
「ラウラ!?」
「すまない、嫁よ。恨まないでくれ。手のかかる弟なのだ……」
これでこちらは五人。一夏たちも五人になった。数では互角。
狼狽える一夏を前に、今が好機と次の手を打つ。
「更識妹、お前の出番だ」
「え……」
心の底から嫌だという顔の更識妹。
この女をやる気にさせるには餌を与えなければならない。
「お前の役目は会長を行動不能にすることだ」
「出来るわけない……」
「いや、お前にしか出来ないことだ」
更識妹の肩に手を置き、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「はっきり言って総合力では会長の方がダントツ上だが、唯一お前が勝ってるものがある」
「それは……?」
「性知識だ」
更識妹はやる気をなくし、ぷいっとそっぽを向いた。
「もちろん、ただとは言わん。これをやろう」
眼前にメモリーカードを差し出す。
「これは……」
「一夏の完全オリジナルデータだ」
「持ってる」
「もう一度言う。完全オリジナルデータだ」
訝し気な表情。次の瞬間には俺の言わんとするところを察してくれた。
「まさか……」
「お前に渡していたデータは編集済みだ。これには全部入っている。わかるな? 全部だ」
「……全部」
「そう全部だ。これをやる。さあ、会長を足止めしてこい」
俺から受け取ったカードを大事そうにしまった更識妹は、会長の元へ歩いて行く。
「か、簪ちゃん? 今の会話聞いてたわよ? そのデータ、渡してくれると嬉しいんだけどなあ……」
「お姉ちゃん、私気づいたの」
「な、なに……?」
「寝取られって興奮するよね」
更識妹による寝取られトークが始まった。耐性0の会長は耳を塞いで蹲っている。
もっとも危険な人物を封殺し終えたところで、残るメンバーを見渡す。
デュノア、凰さん、篠ノ之さんか……。
「デュノア、ちょっと話が……」
「これ以上あいつに口を開けさせちゃダメよ! 箒! シャルロット! 行って!!」
「ああ!」
「うん!」
ちっ……。
「いけ、のほほんさん! デュノアに掴みかかれ!」
「よぉし、がおー!」
のほほんさんがデュノアに掴みかかりに行き、凰さんにはセシリアが、篠ノ之さんにお姉ちゃんが対応する。
俺自身は一夏と決着をつけねばならないが、その前に言いたいことだけ言っておく。
「いいかのほほんさん! そのデュノアはずるい奴なんだ! 俺が勝てばファンクラブに未公開シーンが追加されるし、一夏が勝てば一夏に恩が売れる! どっちが勝ってもいい思いが出来るから、全然本気じゃない! そんなずるくてあざとい女はのほほんさんがやっつけろ!」
「わかった!」
「ちょ!? いや、そんなこと考えてないよ!? 私本気だって!? リンも箒もそんな目で見ないで!? 本当に本気だから!?」
不和の種をまき終わり、一夏に歩み寄る。
苦々しい顔で俺を見ている一夏は、ゆっくりと近づく俺に対し、うんざりした感じで溜息を吐いた。
「今更だけど、嘉神の厭らしさを思い知ったよ」
「何言ってんだ。こんなのまだまだ序の口だ」
本当は全員を寝返らせた上で「これが寝取られだ」と会長に追撃するつもりだったのに……。
「まあ、いいさ。最後は男同士で決着つけるんだからな。俺が勝ったらデータをもらう。さあ、勝負……」
「俺はもうデータは持ってないぞ」
「……は?」
俺の一言に一夏はぽかんと口を開ける。
「見てただろ。さっき更識妹にデータを渡したの」
「……ああ、あれ? でも、他にコピーぐらい」
「いや、コピーはしてない。ネットにも上げてない。あれが唯一」
二人で更識妹の方を見る。
蹲る会長に向け、手をメガホンのようにして何かを聞かせている更識妹。きっとエロい話だ。
「だから、お前は更識妹のところに返してもらいに行け。その間に俺は逃げるから」
「……いや、待てよ」
困惑している様子の一夏。判断が出来ずに迷っている。その肩に手を置いて囁いた。
「お前の目的はなんだ? 俺を捕まえることか? 違うだろ。データを回収することだ。なら俺のことなんか放っておいて更識妹の元に行くべきだ」
「で、でも……」
「本当にコピーなんか持ってないさ。流出したら大変だろ? それぐらいのリテラシーは持ってるからな。あれが正真正銘唯一のオリジナルデータだ」
「……」
「こうしている間も更識妹は逃げるかもしれないぞ? 中身を見たくてうずうずしてるだろうからな。捕まえられるうちに捕まえた方がいいんじゃないか? どこにコピーを隠すか分からないぜ?」
言うべきことを言い終わり、俺は校舎の方へ歩き出す。
途中、背後から一夏の制止する声が聞こえてきたが、追って来る足音はなく、むしろ遠ざかって行った。
勝ちを確信し、走り始める。
部屋へ戻りシャワーを浴びてさっさと寝よう。そして今日のことは忘れ去る。明日には全部元通りさ。違うのは一夏の人気が回復していることだけ。
校舎へ続く道が勝者へのヴィクトリーロードに見えた。凱旋門をくぐる気分で校舎に入る。
すっかり勝利に酔いしれ、スキップを踏んでいた俺の前に立ちはだかる人影が一つ。
「茶番は終わったか」
鬼軍曹だった。
かつては世界最強と呼ばれ、なんなら今もそう言われ、人の頭を出席簿の角で打つことに定評のある暴力教師。
「学園のシステムを乗っ取り、一夏の映像を全校に流した件で聞きたいことがある。ああ、抵抗してもいいぞ。ISに乗りたいなら好きにしろ。結果は変わらん」
立ち止まる俺に対し、鬼軍曹を余裕綽々に言い放つ。
「特訓の成果を見せ、五分はもたせろ。それ以下なら明日からの訓練を三倍にする」
突きつけられる理不尽。五分? 何言ってんのこの人。無理じゃない?
一夏たちをやり込めて良い気になっていたところにこれである。現実は残酷だ。
しかし、壁は高ければ高いほど跳び越し甲斐がある。男って言うのはそういう生き物だ。
「やったらあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
叫びながら鬼軍曹に殴りかかる。
結果は語るまでもない。一分もった。凄いことだと思う。
「データはすべて回収する」
「……セシリアの小皺は……?」
「いらん。好きにしろ」
手元に残ったのはセシリアの小皺だけ。最初からこうなることは見越していたので、特段悲しくもない。落ち着くところに落ち着いたという感じ。
翌日以降、一夏の人気は回復し、ファンクラブの会員数は増加した。目的は達せられた。
「一時的だと思うけどねー」
のほほんさんの言う通り、定期的にカンフル剤を投与する必要がありそうだ。それは追々考えることにして、今回の騒動は幕を下ろした。
「未公開映像は?」
「ねえよ」