文字通り絵に描いたような、あくまでドラゴンメインの高校生活 作:ぐにょり
貴方の、君の、お前の見たものと、見るものと、同じモノだ。
此方が見ているもの、例えば、リンゴがあるとしよう。
隣には此方以外の──そう、貴方が居て、同じくリンゴを見つめている。
座る位置が多少変わったとしても、見えているものは同じリンゴで間違いない。
並び座り間抜けにも一つのリンゴをじっと見つめている、一見して奇妙な此方と貴方の関係性に関しては、まぁ、別にどうでもいい。
友人かもしれない、恋人かもしれない、兄弟かもしれないし、親子かもしれない。
天敵かもしれないし、憎い仇かもしれないし、赤の他人かもしれない。
そんな奇妙な行為に勤しんでいる以上、何かしら特別な関係にあるか、特殊な事情があるのかもしれないが……、そんな事は些細なこと、だ。
此方と貴方の関係性で変わるのは結局感情的な部分に限定されるし、そんな曖昧なものには意味が無い。
別に人間関係の全てが無価値、と言っている訳ではないので、勘違いはしないで欲しい。
此方は友人作りに関してとても得手とは言えない不器用な人間ではあるが、それでも親しい間柄の友人、恋人、家族というものの大切さは理解しているつもりだ。
だが、そんな人間関係に全く関わり無く、絶対的な壁、というものが存在している。
此方が此方で、貴方が貴方である以上、決して共有できないものがある。
本来誰もが抱えていながら、気にする事もなく、気にする必要すら無く、大凡多くの人々が生涯ぶつかる事無く、気付く事もなく乗り越えていく壁。
すう、と、小さく音を立てて息を吸う。
季節は春。
木々は芽吹き、虫や動物が目覚めるこの季節の空気は格段に美味しい。
冬ほどに寒くなく、夏ほどに騒がしく無く、秋ほどに寂しくもない。
暖かな気温に土から立ち上る水の気が、草木を巡り吐出される青臭い匂いが、どうしようもなく命の息吹を感じさせる。
普段は食事時にしか意識しないような感覚が、今が命の季節であるという実感を与えてくれる。
燦々と降り注ぐ日差しに空を仰ぐ。
瞼越しに目を焼く太陽光線に手を翳す。
「いい天気だなぁ」
季節が春なのは、まぁ、春だから当然としても。
空が晴れているのは良いことだ。
別に雨の日が嫌、という訳でもないが、やはり今日ばかりは晴れていて良かったと思う。
何せ、今日は楽しい楽しい入学式。
中学を卒業し、高校という新たなるコミュニティでの新しい生活、その初日ともなれば、やはりこういった爽やかな天気の中で迎えたいというのが人情というものだろう。
学校が近づくにつれ、徐々に通りには人の気配が増えてきた。
早起きという程早くもなく、遅刻する程に遅くもないこの時間にこの辺りを歩いているのは、大凡上とも下とも付かない、自分と同じく平均周辺を彷徨う極普通の学生達。
友と連れ立っているものは会話を交えつつ、一人で道を行く者もそこそこに。
そういう自分がどちらに分類されるか。
こんな事を延々考え続けている時点でお察しだろう。
朝の通学時に共に通える友人を作れるかどうか、というのはかなり運の要素が強い部分であると思うため、それほど気にしている訳ではないが。
無いが……、共に登校できる相手が居るにも関わらず、一人で登校する、というのは、どうにも座りが悪い。
タイミングが合わないから仕方がない、と言ってしまえばそれまでだが、少し提案すればそのタイミングを合わせる事は容易い筈だ。
……でも正直、いざ話をする段階になってこの事を覚えているかは微妙だな。
たぶん、毎朝一緒に登校、となると、それはそれで煩わしく感じてしまうだろうし。
いやはや、我ながら勝手な話ではないか。
「まぁ、仕方がない」
それが個性だ。
およそ自分の個性を箇条書きにして表せば、幾つかの説明の中に複数回自己中心的である旨が記されるレベル故、致し方なし。
そういった部分と折り合いを付けて、それでも付き合ってくれる気のいい仲間を見つけるのを、取りあえずの高校での目標に──
「んー」
思考を止めて唸る。
知っての通り、ここは学校へと続く通学路だ。
だから、此方以外の学生も多く居る。
その中の幾らかは先程の独り言を耳にして、此方に視線を向けたりもした訳だ。
だが、たかだか二言程度の独り言、思わず口から漏れてしまった程度の言葉でしかない。
「…………」
じぃっ、と、少しの距離を取りつつ視線を向け続けられる理由にはならないのでは無いだろうか。
感じる視線の元に居るのは、気配と、相手の心音、血流、筋肉の稼動音から察するに、此方と同じような年齢の、小柄なショートカットの少女のものだ。
視線から感じられる感情が好意的なものであれば、まぁ、嬉しいかどうかはともかくとして、納得はいくのだが。
猜疑心、いや、好奇心? そんなものを主成分とした視線を延々と注がれ続けると、どうにも不安になってしまう。
「あの」
「あの」
声が重なる。
視線の発信者である少女と、視線の向かう先である此方の声。
やや、気不味い。
少女と共にどうぞそちらから、いえそちらからと数度に渡り譲り合いをした結果、とりあえずは此方から問を行う事に。
「先ほどから視線を向けて居ましたが、何か、おかしなところでもありましたか?」
春の陽気にあてられていたところが無いとは言えないので、少し変な振る舞いだったかも、とは思う。
だが、天気がいい日、しかも門出の日に空を仰いで『いい天気だ』と口走る程度の奇行、誰しも少なからず経験がある筈だし、そこまで注目を浴びる用な事も無い。
しかも此方は下ろしたての制服に袖を通したピカピカの一年生。
気分が高揚してしまうのも、登校時に友人と同行していないのも、仕方がない事ではないか。
そういう相手は、ほら、これからの高校生活で作るとか、手近な友人に登校時間を合わせるように提案してみるとか……あるじゃないか。
「おかしなところ、という訳ではないんですが……、なんで目を閉じて歩いているんですか」
首をかしげる、といった動作も無く、表情を動かす気配も無く真顔のまま此方の顔を覗きこんでくる少女。
「いやぁ、これは目を閉じてる訳じゃないんですよ。実は自分、糸目でして」
閉じていた瞼をほんの少し、目の前が見えない程度に開き、もはや半ば定型句と化した言い訳を返しておく。
この少女、いきなり道行く男の顔をじっと覗きこんでくる不思議ちゃんかと思いきや、中々に目敏い。
大体の人間は、俺が目を閉じていても目が細い人だなぁ、くらいにしか感じないというのに。
ちゃんとしっかり見て確認すれば、糸目なのか目を閉じているのかなんて区別がついて当たり前だ。
だが、普通はそこまで道ですれ違った人の目元をじっくり見つめる事はない。
気配からして人間でない事は分かっていたが、人外の中にもこういう注意力に長けた連中も居るらしい。
「…………」
そうですか、と、納得して去ってくれるのが理想だったが、そうもいかないらしい。
目の前の人外の少女は、先程までと同じく、表情一つ動かす事無く、じぃ、と此方を見つめている。
距離も先ほどまでよりも近く、何処と無く圧迫感を感じる。
何処と無く、虚空を見つめる猫の様だと思う。
だけど、ああ、わかってしまう。
こういう手合には、適当な嘘、というのは通じないのだ。
もう一つの言い訳として『武術の修行の一環で目を閉じてるんだ』なんてのも、たぶん通用しないだろう。
此方の肉体はそれなりに筋肉もあるが、格闘技をやっている様には見えない。
どこからどう見ても、誰が見ても何の変哲も特徴もない一般人にしか見えない筈だ。
更に、武術名は暗黒カラテです、とか言ったら、多分この真顔は崩れて胡散臭がる表情になり、何かしらの悪い印象を与えてしまうかもしれない。
特に、女子に悪い印象を与えるのはマズイ。
女子の噂は一夜にして千里を駆けるという。
輝かしい学園生活の第一歩を踏み外すわけにはいかないだろう。
……難しく考える必要はない。
ここで目を開いて見せて、納得させる。
学校についたらこの少女から離れ、そうしたらまた目を閉じればいい。
たった、それだけの話しだ。
自分に言い聞かせ、瞼を、開く。
「ほら、ちゃんと目が、あるでしょう」
開いた目瞼の下、瞳に、目の前に居た少女の顔が映る。
目の前、というより、目下。
小さな背丈の少女が此方を覗きこんでいる。
予想よりも近い距離。
だからだろう、余計に、
【氏名・塔城小猫/白音】
【元種族・猫魈(猫系の妖怪の一種である。詳細は後述)】
【現種族・転生悪魔(ランク・下級。属性・ルーク、戦車を表す。物理攻撃、物理耐性特化。悪魔への転生システム詳細は別項を参照の事)】
【身体情報・身長:138cm: 体重:31kg、3サイズ:67/57/73、塩基配列、魂魄紋、その他バイオメトリクス詳細は別途記載】
【金眼、白髪、整った顔立ち、客観的に見ても平均以上の美少女と評価可能】
【小学生の様な体型だが妖怪で悪魔である事を鑑みれば珍しい話でもない。幾つかの内蔵は未発達であり、成長過程にある】
【駒王学園新入生、本日は入学式、高校一年の一日目、学園生活に対して不安は少なからずあるが、既にこの学園には頼りになる眷属仲間や王が居るため、それほど深刻には思っていない】
【現在の感情及び思考傾向・疑問、困惑。警戒は無し。戦闘警戒態勢への移行確率低】
良く見えてしまう。
「これ、目を見開いておくのって、けっこう気合居るんですよ」
目の前に居る『此方に視線を送り続ける人型の蠢く文章の塊』に対し、愛想笑いを浮かべる。
ああ、ああ、ああ。
せっかくよく晴れたハレの日だというのに。
──空には光輝き、延々とガスの組成、流れ、寿命といった情報を渦巻かせる太陽と思しき文字列の塊が浮かび。
大気組成と気流の流れが延々と、隙間なく蠢く空。
少しだけ為になりそうなコンクリの組成、工事日、内接された配管の役割が几帳面に敷き詰められて出来た壁と道路。
──そうして、目の前の少女と同じく、制服のデザインと素材、製造元と耐久年数その他で編まれた制服に身を包んだ、おぞおぞと蠢く文字の塊たち。
道行く文字の塊達が、恐らく、間違いなくこれから共に学生生活を送るであろう友人候補達が、楽しげに会話を楽しんでいる。
彼らの間を飛び交う、波のような【楽しい会話】という文字列を見れば、それが内容はどうあれ楽しい会話である事は間違いないだろうとわかる。
中身のある会話なのか、楽しい会話、というニュアンスを延々交換し続けているのかは、分からないが。
ああ、ああ、ああ。
実に楽しい学園生活になりそうじゃないか。
クソが。
話進む進まない以前のプロローグなので短め。
次回からは五千文字前後で予定。
あくまで軽めに行きます。