文字通り絵に描いたような、あくまでドラゴンメインの高校生活   作:ぐにょり

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十五話 真夜中には踊り出し

日向日影はこの春駒王学園に入学したばかりの何の変哲もない女子校生だ。

心身ともに健康で、経歴にもおかしなところはない。

あえて人と違うところを上げるとすれば、生まれと記憶。

 

彼女には両親が居ない。

これは捨てられたとか、遺伝子だけを採取して勝手に試験管の中で培養されたという話でもなく、単純に両親に当たる人間が存在しない。

だが、一応の親に当たる人物からも、親の親であり、その内に義理の親にもなるだろう人達からもそのことは気にしなくてもいい、と言われている。

 

彼女には記憶がある。

今現在の彼女の性格の支柱ともなっている、オリジナル、モデル、そういうものに当たる人物の記憶がある。

生まれた時からの記憶がわりとはっきり残っているのは、そのモデルになった人間の理解力が働いていたからだろう。

彼女はまっさらな状態でこの世に生を受けながら、既に訓練を終え、デビューすれば一流の忍になり得るほどのカラテとメンタリティを備えている。

 

彼女は一般的な女子校生が持つべきものを持たず、持っていないものを持っている。

表面上の特異性はその程度のものだ。

そして、その程度のズレを持った人間はそこらに幾らでも居る。

能力的な面の事は考える必要はない。

普遍的な女子高生も、それ以外の一般人も、持ちえる能力全てを開示して生きている訳ではない。

つまり、上級悪魔を指一本動かす事無く無傷で無力化できる程の能力を持っていたとしても、彼女はあくまでも極一般的な女子高生と変わりない存在なのだ。

 

「わしは、面倒が嫌いや。まぁ、面倒が好きな奴なんぞ、そうそうおらんけどな」

 

そう、多少、平均値よりも面倒を嫌う傾向にあったとしても、彼女のそれは異常ではない。

好き好んで無駄な苦労をしたがる人間が居るだろうか。

まして女子高生だ、遊びたい盛りの思春期(彼女がそこまで活動的かは別として)ともなれば、やりたくないことに労力を割くなどもっての外だ。

 

……そういった意味で言えば、彼女のメンタリティは多少平均値から外れているとも言える。

活動的でなく、休日になれば親しい者の近くでゆったりと時を過ごす様は、番いと共に微睡む大型の猫科動物のようであり、木陰で身を休める大蛇のようでもある。

先の『面倒が嫌い』という言葉もそうだ。

彼女は確かに面倒が嫌いだが、人から押し付けられた面倒を、自分に余裕がある場合に限り、消極的に付き合って解決を試みたりもする。

自分にさして興味のないもやし料理の話を延々と聞き続け、ある程度相槌を打ち続けることもする。

 

彼女は面倒が嫌いだ。

だが、それを覆してしまうほどに『お人好し』でもある。

律儀で、付き合いがいい。

口下手ながら、可能な限りの気遣いすらしてみせる。

この世界に生まれ落ちた彼女の前に『悪忍』の道はなく、一般人としての道が開けている事は、恐らく誰にとっても幸運なのではないか。

例えばそう、彼女の前で、意味もなく破滅の魔力を漲らせて待機させている上級悪魔や、その眷属、雷を纏う『女王』や、魔剣を携える『騎士』は、その幸運があってこそ無事で居られるのだ。

 

「そうね、私もそこは同意するわ。面倒は避けたい。互いにそう思っているのなら、そこは素直に通してくれてもとは思わない?」

 

軽口を叩き、薄く笑みすら浮かべるリアスも、その事実を薄々実感し始めている。

彼女が強い事は知っていた。

上級悪魔でもある自分とその眷属を、不意打ちとはいえ纏めて一瞬の内に無力化できるだけの力を持っている。

だからこそ、彼女が自分達の身を気遣ってすら居る事にも気付けた。

彼女が、日影が本気で自分達を厭い排除しようと思っているのなら、ここで会話に依る時間稼ぎなどという真似をする事もなく、会話すらできない程に、それでいて後遺症も怪我も残らない程度に傷めつけて黙らせる事も容易いだろう。

それをしないという事は、本格的に此方に害を与えるつもりがないという事だ。

だが、だからといって看過できることとできない事がある。

 

「そら無理や」

 

「私は、私の下僕の安全を保証し、管理する責任があるわ」

 

勿論言葉通りの意味ではない。

彼女は純粋に情を持って下僕、眷属と信頼関係を結んでいる。

リアス・グレモリーにとって眷属とは、下僕であると同時に掛け替えの無い家族でもある。

それはグレモリーという一族特有の愛の深さでもあり、彼女自身の持つ善性でもあった。

愛と情を軸にする悪魔である彼女は計算高く、それでいて衝動的、いや、直感的でもある。

 

「管理云々言うなら、後で確認すればええやろ。安全なら、こっちで保証したる」

 

「その保証が信じるに値するとでも?」

 

成る程面白い冗談だ。

表向き、表面上これまで起こった事件を辿っていけば、もしかしたら信用に値するのかもしれない。

一人で暴走して教会に突っ込んでいたかもしれない下僕を誘導し安全を確保し、教会から、堕天使から向く矛先を悪魔から自分に傾ける為に積極的にエクソシストや堕天使を自らの手で葬った。

現場の証言をそのまま耳にせず、起きた事象の端々を省略した簡易なあらすじだけなら、彼女は、彼女のツレである彼は信用できるかもしれない。

 

彼、読手書主は危険だ。

彼が普段の生活で常人と同じく、一般人と同じく平和に平静に正常に日々を過ごしている事はリアスも理解している。

その素行がむしろ平均よりやや良い方に傾いている事も、生徒会のメンバーや小猫から伝え聞いてもいた。

部室で多少の交流を経た上で、リアス自身も彼に対して警戒心を抱き続けるのは難しいと結論付けていた。

彼は戦闘の場に現れない限り、彼の定義する殺しても構わない相手として認識されない限り、何処にでも居る平凡な一般人と変わらない危険性しか持たない。

彼は平和に、日常に溶け込む事ができている。

 

「せめて彼の常識と、暫く分の正気を保証して貰いたいわね」

 

だが、それは正気でも平凡でもない。

狂気を飼いならしている訳ではない。

偶々、狂った造形物の一面だけを見て、誰も彼もが正常であると見做しているだけに過ぎない。

一つ歯車の歯がズレれば、一瞬にして何もかもを台無しにしかねないそれが、しかし、誰が見ても平凡な学生にしかみえない。

何よりも恐ろしい、警戒『できない』という脅威、それが読手書主の持つ危険性だ。

 

その危険性を、リアスは理屈ではなく本能で悟っていた。

目の届く場所なら良いだろう。

学校の、一般人の中に紛れている時も良いだろう。

どちらもある程度保証がある。

恐らくは理性的に、常識的に、表面的な部分だけでも社会に馴染もうと努力する必要性がある場面ならいい。

部室に予告なく小猫と共に遊びに来るのだって、問題はない。

だが、今は駄目だ。

学友としての小猫ではなく、常識の外に居る悪魔として存在している小猫とは、駄目だ。

読手書主の認識する常識の外にある、日常、平穏の外にある存在に対するアプローチ方法が如何なるものであるか解らない以上、手を出させる訳にはいかない。

 

「別に、どっちが足りん訳でもないけどな。ようは使い分けや」

 

「今は使っていると?」

 

「まぁ、程々には。それに、あれや」

 

日影が振り返る。

振り返った先にあるのは、何の変哲もない緑溢れる山々。

だが、魔法や魔術に精通した者であれば、そこに広大な結界が展開されているのがわかるだろう。

まして悪魔ともなれば、近場にこんな大規模な結界が展開されて気付くなという方が難しい。

強度や術式の複雑さはともかく、わかる相手に隠すつもりはまるで無いのだろう。

 

「この忍び結界は書主さんのアレンジが強い。わしに突っかかれても困る」

 

「……小猫ちゃんとイッセー君は、本当に無事なんだろうね」

 

構えていた魔剣を下ろし、祐斗が問う。

実際、ここで日影に当たっても意味が無い。

結界の中で起こっている事────書主による小猫とイッセーへの特訓が無事に終わるかどうか、祈るしかない。

 

「書主さんは、そんな無体をする人やないよ。それに……」

 

「それに……何?」

 

朱乃の目の前で、結界がゆっくりと崩壊を始める。

風化するように解けていく結界の向こうに一瞬だけ、崩れた山々と胴を貫かれて崩折れる巨大なドラゴンの姿が見え、残りの結界が弾けて消えた。

後に残るのは、何事もなかったかの様にそびえ立つ山々と、三つの人影。

 

「これが……」

 

龍翼を羽撃かせゆっくりと降下しながら、腕に展開した神器と装甲を呆然と見つめるイッセー。

 

「私の、私だけの……」

 

膨大な魔力の残滓を身に纏い、中空に向けていた掌を拳に変え胸元に引き戻し、手の中の何かあるかの様に抱きしめる小猫。

 

「そう、貴方達の、新たなる力です」

 

瞳を閉じたまま、ドヤ顔で二人のやや後方に立つ書主。

小猫が足早に書主に駆け寄り、極自然な動作で鳩尾に拳を叩き込むのを眺めながら、何でもないことの様に呟いた。

 

「きっと助けなんぞなくても乗り越えられる、まずは仲間のあんたらがそう信じてやらな」

 

―――――――――――――――――――

 

そんな訳で、約束通り、グレモリーチームに勝機を与える事に成功し、見事温泉の使用権を獲得した訳だが。

 

「ちょっとだけポンポンペイン……」

 

鳩尾をさすると、普段とは僅かに感触が違う部分があるのがわかる。

何一つ防御手段を使わずに受ける悪魔の拳というのは中々に痛い。

悪魔の拳でなく女性の拳だから痛い、という可能性も無いではないが。

 

「見事に青くなってるね」

 

隣から聞こえる木場先輩の声には僅かなエコーがかかり、しかしそれでいて苦笑しているだろう事は容易に想像できる。

昼の修行を終え、グレモリー眷属も纏めて一旦別荘に戻って来た為、こうして温泉を共にしているのだ。

いるのだが、この先輩は何故に態々こんな広い温泉で、しかも無駄に洗い場の数も揃っている場所で、すぐ隣に座っているのか。

ホモでない事は神器を見た時に流し読みして知っているから別に不安は無いのだが、少し距離感がおかしいと思う。

 

「まぁ、こればっかりは仕方ありませんよ」

 

普段なら、というか、理由のない暴力なら一切ダメージを受ける理由も無いのだが、今回ばかりはダメージを受けざるを得ない。

塔城さんは、例え悪魔であったとしても、元が猫であったとしても、今は高校に通う思春期の少女なのだ。

強くなるための過程で必要な事であれば仕方がないにしても、不慮の事故であれは流石に可哀想だと思うし、此方も反省せざるを得ない。

……これが、最初にゴーレムのキックとすれ違った時に出た、誤魔化しようのあるものだけであれば過剰だと憤るところなのだが。

 

「不可抗力、の一言で済ますには、ええ、ちょっと……ええ、これ言葉にしない方がいいですよね」

 

なんというか、そう、彼女に与えた勝ち筋が問題だった。

現状出し得る彼女の最大火力。

山1つ分の土砂と岩を使って作り上げた即席のドラゴン型ゴーレムの胴体に容易く風穴を開ける、この世界でも中々に凶悪な部類に入るだろう火力を誇る切り札。

それに一番驚いたのは、誰あろう塔城さんその人だった。

自らの放った一撃の余りにも過剰な威力を、彼女は想像しきれていなかったのだろう。

更に言えば、切り札が放つ轟音が収まった後の静寂の中だったから、此方には発射音まで聞こえてきた。

 

言い訳になるが、様々な要因が重なった上での不幸だったとは思う。

練習前に事前に水分を取り過ぎていなかったかだろうか、とか。

直前に少し、ちょろりと出ていた為に、何時もよりも、こう、ゲート(可能な限り優しめの比喩表現)の閉じ方が緩くなっていたのではないか、とか。

ただ一つ言えるとすれば、湿り気で済んだ被害が、明確な決壊へ悪化し、靴下にまで被害を及ぼす結果に至ってしまった直接的な原因は、やはり此方にあったのだろうという事だ。

 

「そうだね……本人が居ない所での行いも、信頼に繋がるって言うし……」

 

恐らく遠い目をしているだろう、しみじみと同意を返す木場先輩。

木場先輩は気付いた側だが、気付かなかったふりをしてくれた紳士だ。

尊敬できる先輩というのはこういう人の事を言うのかもしれない。

というか、気付いていないのは兵藤先輩だけだろう。

初めて味わう力の解放に舞い上がっていた部分もあるし、位置的に塔城さんの下半身に目が行き難い場所に居た。

何より、日影さん、グレモリー先輩、姫島先輩がさり気なく塔城さんを隠す陣形になったのが大きい。

とりあえず、今日この日の塔城さんの尊厳は守られたのだ。

尊厳は命と同じく尊ばなければならない。

それは、人であれ悪魔であれ変わることのない真実の一つであると此方は思う。

 

「此方を殴ってチャラ、とは、行かないんでしょうね……」

 

ジャイロ回転の効いた実に理想的なフォームの一撃を甘んじて受けはしたが、塔城さんはそっぽを向いてそのままオカ研女性陣と共に離れていってしまった。

それは当然の事だと思う。

そもそも仮に此方に原因が無かったとして、学校の友人にそういう場面を見られて平気で居られる女子というのは希少だ。

しかも、原因は此方が教えた切り札なのだから始末に負えない。

下手をすれば絶交ものではないだろうか。

まさか休日に温泉旅行を計画しただけなのに、友達を失う可能性が出てくるとはお釈迦様でもわかるまい。

 

「ふふっ」

 

身体を洗いながら悩んでいると、同じく自分の身体を洗っていた木場先輩が笑い出した。

 

「何がおかしいんですか埋まりたいんですか」

 

「ごめんごめん。いやね、君でもそういう事を悩んだりするんだなと思って」

 

「そりゃ、悩みますよ。友達作りは得意じゃないんですから、大事にしたいじゃないですか」

 

正直、クラスの中の交友関係は今でもそれほど広くない。

中でも悪魔関係の話もできて趣味も合う塔城さんは個人的なクラス内好感度ランキングで1~3を争うほどの友人。

何せあの危険な要素も面倒な要素も無く気さくで話しやすい、クラス内好感度ランキングでトップ5の中をうろちょろしている山ノ内君と、此方の中では熾烈なトップ争いを行うレベルでは友人なのだ。

彼女との交友が絶たれると、こう、嫌だ。

しかも原因が不慮の事故、浸水とか余計に嫌だ。

 

「嫌われた訳じゃないと思うよ、うん。根拠はないけどね。君よりは長い付き合いだから、信用してくれていい」

 

「そうですかねぇ……そうだといいんですけど」

 

何処か面白げに気休めを言う木場先輩に適当に返事をし、身体と頭に付いた泡を流し、温泉に浸かる。

どういう効能があるのかは解らないが、身体に染み入る暖かさだ。

 

「ところで読手君、イッセー君は元に戻してあげないの?」

 

女湯と男湯を隔てるように存在する壁に張り付く形で凍りついている兵藤先輩の方を向いているからか、声は少し遠回りをして反響を強めている。

神器の力やドラゴンに変じた身体能力を駆使しても、此方の渾身の覇王氷河烈(ダイナスト・ブレス)からは逃れられるものではない。

見て確認するつもりは毛頭ないが、兵藤先輩の姿勢は、温泉に入ると同時に女湯を覗こうと突撃した体勢のまま、白く霜が降りている以外は一切変わりないだろう。

覇王の魔力による冷気は、温泉の温かい蒸気だけで溶けるほど優しくはないのだ。

 

「その内熔けますよ。そういうアレンジにしてありますから」

 

本来なら氷の霧と化してから消滅させる工程が最後に来る、文字通り必殺の威力を誇る魔法だ。

此方の目の前で日影さんの裸を覗こうとして、生きているだけありがたいと思って貰わなければ。

 

―――――――――――――――――――

 

夜。

夜の修行も終えてベッドに横になり、目を瞑る。

自慢ではないけれど、寝付きはそれなりに良い方だ。

しかも、昼の間の修行は中断してしまったけれど、夜の修行はフルでやり遂げた。

いや、むしろ私とイッセー先輩の強化分を考慮して連携や攻防のバリエーションも増えて、夜の訓練は昨日までよりも増えたくらいで、昼の修行を中断した分は十分に補填されている。

身体には温泉では抜ききれない疲労が蓄積し、筋肉に溜まった乳酸も脳に対して休め休めと言っている気がする。

これで眠れなければ嘘だろう、そう思いつつ、意識は嫌にハッキリとして、眠りに向かう気配がない。

 

ベッドから身体を起こし、パジャマの上から部屋のクローゼットに入っていたフリースのガウン(サイズもぴったりでデザインもいい、流石だと思う)を軽く羽織り、テラスに出る。

辺りはすっかり闇に包まれ、最低限の照明がうっすらと庭や玄関を照らしているのを除けば、光源は空に散らばる星の光くらいしか見えない。

いや、むしろそれを狙って照明を少なくしているのだろう。

見上げた夜空は、何時も住んでいる駒王町ではここまで見えないだろうという満天の星空。

 

星明かりの下、ふらふらと歩き、手摺に乗り、転がるように身体を回しテラスから飛び降り、足音を立てないように着地。

振り返ると、時間が時間だからか、外から見た別荘はほとんどの部屋が明かりを落としている。

くるくると身体を回しながら、別荘から遠ざかるように歩き出す。

眠気はない、いや、眠らないといけないのはわかっているのだけれど。

浮ついている、と、自覚はあるけれど、自覚があっても自制できないのだから仕方がない。

胸の中がふわふわしている。

いや、ふわふわというのが正確かはわからない、でも、普段には無い感覚に、意識が冴えてしまっているのだ。

 

くるくる、くるくると、まわる景色を見ながら歩く。

自分の歩く脚が浮ついた心をリズムにして刻んでいるのがわかる。

我ながら浮かれている、そういう冷静な思考が頭の隅から中央に移動できない程、私の心はぷかぷかと浮かぶ雲の如く浮かれていた。

 

「~~♪」

 

小さな声で、言葉にもならない鳴き声の様な声で、歌が喉から溢れてくる。

声を出せば、夜の森を行く獣に見つかるけれど、そんなものは気にもならない。

ほら、熊も野犬も此方に近付いてこない。

野生の獣は狙っていいものか悪いものか、そういう感覚が敏感にできているのだから、私を狙わないのは当然の事なのだ。

森の中、ガウンに草や土がつかない様に歩き、昼間の訓練で使っていた開けた場所に辿り着く。

思い出すのは、巨大な龍、それと殴り合うイッセー先輩、そして────

 

掌を見る。

手に残っている訳でもない感触を思い出す。

脳に刻まれた言葉を、術理を思い出す。

掌を握り、胸に抱く。

紛れも無い、私の力。

 

「ご機嫌ですね」

 

声に顔を上げる。

 

「読手さん」

 

そこには私と同じく寝間着姿の読手さん。

この間言っていた天体観測でもしていたのだろうか、でもそうなると、何処から見られていたのか。

ご機嫌ですね、と、そう言うからには、そう見える場面を見ていたのだろう。

いや、見ていた、というのは正確じゃない。

空を見ていて、それでも私に気付いたというなら、歌っていたのが聞こえたのかもしれない。

……とんだ失態だ。

ノリノリでハミングしているのを聞かれたら、何時もならそう考えるところだけれど。

 

「読手さん」

 

「はい」

 

「読手さん、読手さん」

 

「はいはい、なんですか?」

 

名を繰り返し呼んでみる。

律儀に返事を返す読手さんがおかしくて、私はついつい笑い出してしまった。

読手さんが対応に困っている姿も何処かおかしい。

 

「本当に、ご機嫌ですねぇ。……昼はもしかして殴られ損でしたか」

 

「あ、いえ、……ええ、ちょっと、昼間は動転してて。すみません」

 

呆れるように嘆息した読手さんに軽く頭を下げる。

思えば照れと混乱からおもいっきり殴り抜いてしまった。

読手さんが少しアレだから良かったものの、普通の人間ならお腹から真っ二つになっていてもおかしくない威力だった気がする。

今更こんな事を言うのもあれなので言わないけれど、何でこの人あれ食らって生きているんだろう。

 

「いいですよ、別に。気にしてないならそれで」

 

「……気にしてます」

 

そう、私は気にしている。

勿論、読み手さんが言っていることとは別の事だ。

 

「あー、それは、そうですよね、気にしますよね、普通」

 

「だから、反省してるなら……、そうですね……ちょっと手を出して下さい」

 

「それで気が済むなら、何本でも出しますとも」

 

差し出された右手。思ったよりも大きな手。

それを両手で掴み、一歩踏み出し、掌を胸に当てさせる。

思えば意図的にこの人の手に触れるのは初めてかもしれない。

いや、男の人相手にこうすること自体、今まで考えたことも無かった。

別にやましい理由も嫌らしい意味もないけれど。

こうして読手さんが呆気にとられている顔を見ることができたのは、なんだか面白い。

 

「……高鳴ってるの、わかりますよね」

 

読手さんの掌を押し当てた部分の感覚がより強く感じられる。

心をふわふわとさせる鼓動、血が熱く燃えているような熱。

私の中に秘められていた力は、ちっぽけな自尊心を守り、新たな可能性に胸を高鳴らせてくれた。

目覚める事ができたのは、この人のおかげだ。

 

「……この感覚を教えてくれて、ありがとう」

 

頬が熱い、顔が溶けるように笑みの形になっているのがわかる。

きっと、寝て起きて、冷静になったらこんな言葉は言えないだろうと思うから。

今の私だから言える言葉を、今の私が消える前に伝えておこう。

 

―――――――――――――――――――

 

カーテンから差し込む少しだけ不快な光を浴びながら、ベッドの上で毛布にくるまれた私の意識は覚醒する。

朝日と共に目覚め、たぶん正気を取り戻したであろう私は、両手で顔面と頭を抱え、

 

「う、あ」

 

冷静に昨夜の事を思い出すと共に、顔面が火を噴くほどに熱を帯びるのを確認した。

ベッドから文字通り跳ね起き、がつんがつんがつんと備え付けられた高級そうで頑丈そうな机に額を繰り返し叩きつける。

 

「私は、私は何を……!」

 

なんですか、なんなんですか、なんなんなんですか昨晩の私!

ごろごろと毛足の長い絨毯の上を転がる。

次に会う時、どんな顔で挨拶しろというのだろうか。

 

「にゃあああああああああもおおおおおおおおおお!!!!」

 

悪魔である私が何に願えばいいかはわからないが、願わくば、悪魔の願いを聞く誰かに願いたい。

どうか、読手さん達が私と出会う前に、早朝の内に家に帰っていてくれますように……!

 




やたら長い日影さんの説明をする地の文
申し訳程度の温泉回♂
そして力に酔うとこんな被害を被る事になるという一例
皆も自分酔い運転は危険なので控えようという話

小猫さんは一旦そっぽ向いて離れてったけど、皆と離れて静かに昼の事を思い出して、おもっくそ力に酔ってます
冷静でないならこのふるまいも仕方ないという言い訳
因みにまな板ではない、こう、ふにっと、ある
少なくともこのSSではそんな感じ
リナ=インバースも実は設定上はそれなりにあるらしいからそんな感じ
むしろすぺしゃる初期の表紙を見て無乳といえる人は居るのかどうなのか

次回レーティングゲーム
うまくいけばたぶん次々回と合わせて二巻目完結
ガンバルゾー

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