文字通り絵に描いたような、あくまでドラゴンメインの高校生活   作:ぐにょり

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あとがきに設定があるのです
うまい具合に、こう、お願いします


十九話 オカ研で見た聖剣使い

「塔城さん塔城さん、ちょっとお尋ねしたい事があるんですがいいですかね」

 

放課後、帰り支度を済ませてからオカ研の表向きの活動に向かおうとする私に、読手さんが声をかけてきた。

 

「……内容にもよります」

 

まぁ、私と読手さんはそれなりに深すぎない程度に深い付き合いがある以上、聞いてはいけない内容も、聞かなくてもわかるだろう内容も把握している筈だ。

では、なんでこんな予防線を引いているのかと言えば、原因は読手さんとは別のクラスメイトに起因する。

相手はさして私と交流があるわけでもない、友人というよりは知り合いか。

昼休み、学食へ向かう私に声をかけた彼女は、食事を奢るので少し教えてもらいたい事がある、と言い出してきた。

別にお金に困っているという訳ではないけれど、少し話をするだけで一食タダになるというのなら断る理由も無いと思い、快く承ったのだが、その質問の内容というのが、如何せんどうしようもないものだったのだ。

 

『二年の兵藤先輩に手を出されてるって噂、本当じゃないよね?』

 

思わず問い返しの言葉があ行一段目を濁音にしたものになってしまったのも、それで相手が涙目になってしまったのも不可抗力ではないだろうか。

いや、勿論、聞き方からもわかるように、彼女もその噂を信じている訳ではなく、あくまでも確認の為に聞いてみたのだという事を涙目で弁明してくれたからいいのですけども。

 

……なんでも、二年を中心にして、オカ研のメンバーは男女問わずイッセー先輩に弱みを握られて肉体関係を強いられている、という噂が不自然な早さで広まっているらしい。

酷い屈辱だ。

私はイッセー先輩に身体を許すつもりは毛頭無いし、仮に襲われたとしても容易く返り討ちにできる。

というか、本当にオカ研のメンバーに手を出すだけの気概というか度胸があるのなら、まずアーシアさんに変化が無ければおかしい。

とりあえず、噂の発信源は発見次第重めに〆ておこうと思う。

 

「あ、二年から流れてる変な噂の話じゃなくて」

 

「……把握してるんですね」

 

「一応噂話程度は聞こえてきますから。あ、塔城さんに関してはなんだか別の噂と干渉して信憑性が低いものとして扱われているらしいですよ」

 

「別の噂?」

 

「同学年の別の相手に対して大恋愛中だとか、略奪愛を狙ってるとかどうとか、まぁ此方も詳しくは聞いてないのですけど」

 

「なんですか、それ」

 

それはまた、さっきのものとはまた別ベクトルで根も葉もなく面倒極まりない。

こういう曖昧な噂話は、不特定多数の他愛無い証言が組み合わさって、聞いていて面白い内容に変化して広まっていくものだと聞いたことがある。

つまり、悪意ある発信源、犯人が存在しない。

犯人を締めあげて吊るしあげて叩いて伸ばしてボタンを掛け違えて折りたたんで謝罪会見させればいい、って訳ではない辺りがとても厄介だ。

しかも噂の張本人である私が否定しても、恥ずかしさなどから隠している、と思われてしまい、積極的に噂を根絶することが難しい。

この噂に関しては、自然と風化していくのを待つしかないだろう。

 

「まぁそんな事はどうでもいいんですよ些細なことです。それでですね、もしかして、今オカ研って空気悪くなってたりします?」

 

「そう、ですね……。悪いと言えば、悪いと思います」

 

先日の球技大会後の部活で、何日か前から様子がおかしくなっていた祐斗先輩が、とうとう部長と喧嘩してそのまま部室を出て行ってしまったのだ。

しかもその後、夜の悪魔活動までサボる始末。

悪魔としての活動に関しては部長も祐斗先輩の様子がおかしい事を察して多めに見てくれるかもしれないけれど、あの悪い空気を全く引き摺らずに今日の部活が始まるか、と言えば絶対にNOだろう。

仮に始められたとしても私がなんか駄目だ。

ああいう、そのまま仲違いに発展しそうな、別離に繋がりそうな空気の悪さは軽く吐き気がするレベルで駄目だったりする。

ああ、ここ数日は祐斗先輩がメールで許可を取って部活を休んでいたから忘れていたけれど、よくよく考えたら今日の部活はそんな空気の中で行わなければならないのか。

 

「なんていうか、もう、前情報無しでデビルマ◯実写版を見てしまった原作ファンを詰め込んだタコ部屋みたいな」

 

「それ悪いって言わなくても悪い空気ですよ?」

 

「むしろ空気死んでるというか……サタンだからですかね?」

 

「サタンじゃ仕方ないですね……」

 

いや、勿論私があの空気をネガティブに捉えすぎているというのはわかるのだけど。

たぶん、祐斗先輩も落ち着いていると思うし、部長も注意こそすれきつく叱責を飛ばしたりはしないだろう。

だからこそ私の胃酸が大量放出なんですけど。

表面上は何時もどおり、というのが逆に凄く違和感を感じるんですよね、ああいうのって。

 

「……客が居れば多少空気良くなると思うんですよ」

 

「生贄になれと……? まぁ、どっちにしろ用事あったから行こうとはしていたんですけど」

 

「あ、もしかして天使か何かですか」

 

「いや、サタンだからな……、もしかしてこれってそっちでは侮辱罪になったりします?」

 

「訴えられるのは実写版の監督かと……わかりました、もう実写版の話は止めましょう、はい、やめやめ」

 

両手を広げてストップのジェスチャ。

本題から逸れているので強引に修正だ。

 

「そもそも、今日はなんでオカ研に?」

 

「木場先輩と部室で会う予定入れてたんですけど、なんかここ数日は部活休むとかどうとかメールを頂きまして」

 

メアド交換してたことの方が驚きの事実なんですが、それは一先ず置いておくとして。

何の用事があって祐斗先輩と会う予定が出来たのかはわからないけれど、それだけ多めに祐斗先輩と絡んでくれるなら、部室の空気も急激に悪くなる、という事も無くなるでしょう。

なんというか……渡りに船、というやつでしょうか。

流石は平時における適度なタイミングの良さに定評がある気がする読手さん。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

今日は何故だか普通の部活動にも全員強制参加するようにメールが届いていたから、間違いなく祐斗先輩も来るはず。

読手さんには、場を和ませるよりも先に部室の空気が悪くなっていた時に盾になって貰おう。

 

―――――――――――――――――――

 

そんな訳で、塔城さんに連れられて旧校舎にあるオカルト研究部の部室にやって来たのだ。

来たのだが、何やら今日はやけに物々しい雰囲気で、室内の空気も何処か張り詰めている様な気がする。

が、此方ははっきりと部外者なので彼等の空気を乱さなければ過剰に空気を気にする必要もない。

 

来客の用事が済むまでの時間つぶしに、先日コンビニで買ってそのまま鞄の中に突っ込んであるワンコインブックを読む。

勿論、余計な物を目に入れない様に瞼は少し空ける程度。

……うん、この説明文の適当さが、また味があって素晴らしい。

特に聖剣魔剣の所持者が担当したイラストレーターの気分次第で何の脈絡もなくTSして美少女化している辺りが実に俗っぽい。

しかも本文ではちゃんと所有者が男である旨を記載している辺りが心憎いではないか。

説明文なぞ知った事か、という、安い料金で絵を描かされるイラストレーターの魂の叫びが聞こえる気がする。

 

「ところで……さっきからそこに居る彼は何者?」

 

しかし、イラストレーターの趣味の問題なのかもしれないが。

どうにもこの本のエクスカリバー、実物よりも豪奢に過ぎるというか。

選定剣とは別に新たに与えられた説を取らないにしても、こんな派手派手な剣がそこらに突き刺さってたら、剣の刺さってる地面なり岩なりを刳り貫いて、引き抜かずにそのまま持ち去る不埒者が現れてもおかしくない。

 

「……読手さん、読手さん、呼ばれてますよ」

 

「いや別に呼ばれてはいませんし。それより見て下さいよこのアーサー王、TSな挙句にロングスカート付きのビキニアーマーですって。聖剣使う女性は痴女、みたいな決まりでも出来たんですかね」

 

やはり青はオワコン、時代は赤……と見せかけて、白と黒のユニットというのはどうだろうか。

円卓の騎士という名のリリィちゃんファンクラブを率いる白と、それを圧倒的なカリスマで攻撃的な方向性に持っていく黒、みたいな。

赤? 赤はエクスカリバー持ってない、というか聖剣持ってないし。

やっぱり聖剣はビーム撃てないと。

ビーム出ない聖剣とか、鳥取砂丘の緑化待った無し。

 

「待て、落ち着けイリナ、一般人相手にそれは不味い」

 

「こんな悪魔の巣窟に一般人が居るわけ無いでしょ、あの発言からしてもう間違いなく悪魔の手先か何かに──」

 

「そこのお二人」

 

瞼を閉じ、本を閉じ、溜息を吐き、聖剣を掲げて騒いでいる女性とそれを抑えている女性を指さす。

 

「別にこの部屋を壊すのは構いませんが……読書してる人の脇で、刃物を振り回して騒がないで下さいますか。非常識な」

 

「──────」

 

「…………」

 

「ごめんなさい、その子は部外者だけど、そういうところ以外は無害な筈だから、置物か何かと思ってて頂戴」

 

「…………時計機能が狂ったファービー的な」

 

「小猫、お口チャック」

 

怒られてやんの。

と、口にも出さず閉じた瞼からは目に出した分も察せられない筈なのに塔城さんに脇腹を抓られた。

基本的に人肉くらいは気軽に千切れる怪力なんだから、気軽に摘もうとするのはやめて欲しい。

むしろニンジャ耐久力のある皮膚でなければそのまま千切れている気がする。

 

……と、閉じた本を改めて開くのもなんだか間抜けなので、BGM代わりに聞き流していたオカ研とお客さんであるはぐれてないエクソシストさん達の会話にちゃんと耳を傾ける。

傾けるのだが、当然と言えば当然、何かしらの面白みのある話でもない。

彼女たちは狂信者、しかも、対悪魔用にしっかりと規格に添って染められたエクソシストなりの信仰を持つエクソシストだ。

こういう連中の発言というのは、本物でもにわかでも、総じて胡散臭い。

……個人的に、アーシア先輩を含め聖書系の神様を崇めて居る連中の事を、此方は密かに尊敬すらしているのだが。

何しろ彼等、彼女等は、実在するかどうかもわからない、自らに備わる感覚器官にて認識する事ができない神を信じ、言葉に過ぎない聖書の内容を心の底から信じているのだ。

そういう意味で、彼等、彼女等は此方にとっては見習うべき相手とも言える、と、思う。

 

彼等、彼女等は、言ってしまえば須らく盲目で、聾唖だ。

しかも自らの欠損に対する自覚がなく、その為に何処かや誰かに衝突しても気にならない。

目や耳だけでなく、脳や感覚神経に至るまで破損している。

だというのに、世界には愛が、神から等しく与えられる愛があるという。

何も見えていないのに見えていると思い、聞こえていない音を聞こえているという。

思い込もうとしている訳ではなく、彼等にとってはまさにそれが真実なのだ。

素晴らしい事だと思う。見習えればな、とも思う、のだが。

 

「神は愛してくれていた。何も起こらなかったなら、それは只の信仰不足だ」

 

「ぷっ、く、く、く」

 

吹き出してしまった。

喉から笑い声が出るのを抑えられない。

彼等の盲信に対する憧れは確かにある。

あそこまで根拠なく何かを信じる事ができれば、どれほど生きていくのが簡単か、とは思う。

だがしかし、あえてその様を外から見てしまうと、どうだろう。

鈍感力とでもいうのか、少しくらい頭の血の巡りが悪い方が生きやすいのだろうなぁ、とは思うのだが。

 

「……何がおかしい?」

 

「え、ああ、だって、ははっ、貴女達、ぷふぅっ」

 

余りにもおかしくて、少し、ほんの一瞬、瞼が開く。

 

【信仰受諾者・大天使系列Fライン】

【祝福付与者・大天使系列Aライン】

【※本来の受諾、付与を担当する神は────】

 

一瞬だけ見えた、断片的な彼女たちを形成する文字列を見て、声も出なくなる。

笑いすぎて声が出せない。

膝をバシバシと叩いて痛みで笑いを堪えようとする此方に向く奇異の視線も気にならない。

別段、この類のシステマチックな文字列を見るのが初めてという事も無いけれど。

あそこまで狂信的な態度を取られた後にこの文字列を見ると、どうしても、

 

「ゆ、愉快すぎ……面白すぎて、おなかいたい……」

 

彼処までの狂信を受け止めるのが、全能の神ではなく、大天使とかに繋がる機械的なシステムでしかないというのは如何なる皮肉であろうか。

しかも、祈るべき対象、縋る対象である神は、既に──

 

「神は、愛してくれて、あははははははは!」

 

ソファの背もたれに全開で身を預け仰け反り、脚をバタつかせながら堪える事無く笑う。

此方に向ける奇異の視線を敵意に変え始めた彼女たちは、所謂敬虔な信徒という事になるのだろう。

けれど、だからこそ、彼女たちの信仰は悲劇的で、傍から見ている分には非常に滑稽だ。

散々アーシア先輩とその信仰を罵って見せた辺りなんか、もう、天丼芸の前振りにしか思えなかった。

この世界の教会というのは、聖剣を使うエクソシストに芸人の心得まで仕込んでくれるのだろうか。

 

―――――――――――――――――――

 

「君の様な人間が、信徒でない者達の間には少なからず居るという事は知っている。信仰を持たない、という事はそういう事だ。哀れにも思う」

 

球技大会の練習で使用していた場所に立つエクソシストの片割れ、髪に緑のメッシュが入ったゼノヴィアという聖剣使い。

彼女はアーシア先輩に対する暴言や神に対する狂信を想起させない程に穏やかな口調で、眼前の相手に語りかけている。

手に封印の布を取り払ったエクスカリバーを下げていなければ、教会で説教をするシスターにも見えたかもしれない。

 

「そうですね。彼処まで露骨な言い方は少ないでしょうけど、普通にある意見でしょう。ああ、別に貴女方の信仰を否定した訳ではありませんよ。実際効果はあるわけですし」

 

何でしたら謝罪もしますが、と、まるで反省した風には見えない返しをしているのは読手さんだ。

彼は学生服のまま、手に獲物である刀を構える事すらせず、軽く手を握っただけの無手。

相対しているのが聖剣を構えたエクソシストであるというこの状況を無視すれば、そのまま全校集会の列に並んでいてもおかしくない程の自然体。

 

「いや、謝罪は必要無いさ。悪魔に魂を売り渡さなければ、その内に心を改め主の導きを知る事もできるかもしれない。……だから、これはやめても構わないんだぞ?」

 

向き合う二人は驚くほどに自然体で、争い合う必要は無いようにも見える。

闘志という意味で言えば、読手さんに説得されて選手交代させられたイッセー先輩の方が断然高い。

では何故イッセー先輩がそこまで闘志を高めているのか、読手さんとエクソシストが如何にも戦い始めそうな状態になっているのか。

イッセー先輩はまだわかる。アーシアさんの事を侮辱されて、挙句言葉の上だけでの話とは言え殺害を仄めかされた。

これで怒らないのなら、それはイッセー先輩のようでとてもイッセー先輩とは呼べない別の何かだ。

 

でも、読手さんが戦う理由は本当に存在しない。

読手さんが突然狂ったように笑い出しながら教徒達の信仰をバカにしたけれど、それに対して露骨に反応を示してみせたもう一人は、最初から部室の隅で怒りを滾らせていた祐斗先輩と相対している。

しかも、読手さんは相変わらず瞼を閉じたままで、教会で見せたような表情でもない。

少なくともあの時のようにエクソシストを殺そうとしている訳ではない、と思いたい。

 

「いやぁ、正直、このタイミングで無ければ別に此方も戦う必要は無かったんですけどねぇ。あとほら、兵藤先輩の代わりに一発叩いておこうかな、とも。此方結構善人なのでそういうとこ気が利くんですよ」

 

……確かに、イッセー先輩をこのエクソシストと戦わせたら不味い、というのは理解できる。

弱いからでも、聖剣が天敵だからでもない。

逆に、イッセー先輩がこのエクソシストを殺害して、悪魔と天使の間で問題になりかねないからだ。

神滅具である赤龍帝の籠手と体質レベルで相性がよく、神器を発動していない状態でも下級とは思えない程に頑強で力もある。

反面器用さは無いに等しく、神器を使って戦った場合は火力過多で相手をうっかり殺してしまいかねない。

だからといって神器を使わずに戦えば、必脱の脱げ魔法も発動させられず、攻撃も当てられず、無残にボコボコにされて終わってしまうのは目に見えている。

 

だけど、それは読手さんには関係ない。

関係ないどころか、読手さんが一番キライな悪魔や天使の面倒くさい事情に関わる部分、何時もの読手さんなら代打を買って出るどころか、言葉一つ挟む事無くスルーする筈。

そもそも、何らかの代償を払えそうにも無いイッセー先輩に読手さんが力を貸す理由も無い。

善人だから代わりに殴る、なんて、ここが悪魔としての部活動をしている最中で無ければ指さして失笑している場面だと思う。

 

……つまり、読手さんはそういった悪魔とか天使の事情や、イッセー先輩の立場をダシにしてまでこのエクソシストと闘いたい理由がある、という事になる。

解らない。

付き合いもそろそろ数ヶ月にもなるというのに、やはり読手さんのこういうところは予想も理解もできない。

不理解への不安を胸に、止めなければならない訳でもないこの状況を前に、私は静観を決め込むしかなかった。

 

―――――――――――――――――――

 

真っ直ぐに相手を見据え聖剣を携えたゼノヴィア。

瞼を閉じ何も見ること無く無手の書主。

 

向かい合う二人は開始の合図すら無く、ほぼ同時に動きを見せた。

僅かに早く動き出したのは書主。

何も持っていない手を自らの身体の影に隠すように後ろ手に構え、ゼノヴィアの懐に潜り込む。

ゼノヴィアが後手に回ったのは躊躇いもあったのだろう。

書主は悪魔でなく、あの場で見るには不自然だと思える程に一般人に見え、挙句に獲物らしい獲物も持っていない。

服の上からわかる筋肉量から見ても拳撃だけでゼノヴィアにダメージを与えられるわけもない。

 

「むっ」

 

そう、頭で理解しつつも『それ』を防げたのは、正しく本能の成せる技といったところか。

無手のままの拳を、拳打として放つでも無くアッパー気味に振り上げて外したその延長線上の軌跡に、ゼノヴィアは咄嗟にエクスカリバーを差し込んだ。

金属音。

固くしなやかな金属同士を全力で打合せた様なそれは、ゼノヴィアの目の前に映る光景を裏切りつつも、間違いなく真実を示す音色。

付随するように一陣の風が巻き起こる。

何かに巻き上げられた訳でもなく音をたてる風。

 

「それっ」

 

書主が振り上げた拳を更に振り下ろす。

ゼノヴィアが半歩下がりながら先ほどと同じようにエクスカリバーを構えると、同様の金属音が響く。

ゼノヴィアは、手の中の柄に走る感触に覚えがあった。

その覚えは疑問へと変わり、疑問を確信へと変えるために更にエクスカリバーで横薙ぎに切りつけた。

破壊の聖剣の名を持つエクスカリバーの一撃、当たれば当然の如く強大な破壊を撒き散らす。

地面に当たれば軽くクレーターが出来上がり、並の刀剣は軽く当てただけでも砕け散る聖剣の特殊能力だ。

もはやゼノヴィアの中に相手が一般人に見えるからという躊躇いは無い。

破壊の力を込められた一撃は一歩深い踏み込みと共に放たれ、防がれる事無く避けられる事無く通れば書主の身体を胸元から真っ二つに分断し、直後に原型を残さぬ肉塊へと変えるだろう。

 

一歩背後に跳ぶ書主。

しかし斬撃の範囲から逃れ得る程には離れていない。

滞空中のその身体に破壊の斬撃が迫る。

次に響く音は肉が弾け骨が砕け散る音か。

いや、やはり響くのは金属音だ。

エクスカリバーは書主の身体を両断する事無く、前に突出された両拳の間で止まっていた。

一瞬の拮抗、構うこと無く振りぬかれるエクスカリバー。

斬撃に込められたエクソシストの中でも類を見ないゼノヴィアの過剰な膂力が、滞空中の書主の身体を押し込む。

次いで破壊の聖剣の特性が発動し、ゼノヴィアと書主の間の空間が爆発した。

発生する衝撃波に逆らわず書主は飛び、ゼノヴィアは宙を舞う書主に油断なく視線を送る。

 

「なるほど、『それ』が君の神器か」

 

「そんな贅沢品は持ちあわせていませんよ。これはただの拾い物です」

 

時間にして数秒、打ち合ったのは数合、たったそれだけでゼノヴィアはトリックを看破した。

何の事はない、目の前に居る少年は『見えない武器』を使っているだけなのだ。

解せない部分は確かにある。

破壊の聖剣の力に耐え切るだけの頑強性を備えた武器を、こんな極東の地方都市に済む、明らかに一般人としか思えない少年が所持し、使い熟している。

これは明らかに不自然だ。

だが不自然だと思うのは彼が一般人であると考えているからだ。

悪魔とつるんでいるのであれば、一般人に見えるのは巧妙な擬態なのだろう。

神器ではない、というのも単純に嘘だとすれば問題ない。

つまり、彼は神器を持ち、悪魔の眷属に加わってこそ居ないものの、悪魔に手を貸す異端者、という事になる。

殺すのは不味いが、加減は無用だろう。

 

ゼノヴィアの思考は極めて単純な結論だけを導き出した。

戦闘時、余分な思考はノイズにしかならない。

エクソシストとしてゼノヴィアが大成した理由は、聖剣に対する適正以外にも、思考の取捨選択の潔さにあった。

彼女は相対する相手の武器が何処で手に入れたものか、如何なる由来を持つものであるか、何故武器を使い慣れ戦い慣れているのか、という思考をバッサリと簡略化した。

テンプレート化してあるエクソシストが敵とする相手か敵としない相手か、という分類に落とし込み、大幅に思考時間を短縮しているのだ。

 

故に、気になるのは相手の武器性能のみ。

体術に関しては打ち合いながら察していけるが、相手の武器は知らぬままに相対するには厄介な特性を持っている。

目に映らない武器、というのは、戦闘時には極めて単純な脅威となる。

 

「その神器、剣か?」

 

聞いて答えるとも思えないが、反応を見るために聞いてみる。

一言二言言葉を交わした程度で隙が生まれる程に未熟ではないという余裕の現れでもあった。

隙無く構えを保ったままもゼノヴィアの問に、書主は目を閉じたまま不敵に笑みを浮かべる。

構えは既に拳を軽く握っただけではなく、明らかに何らかの長物を構えているそれだ。

両手で柄を握りこむ構えは一見して両手持ちの剣を構えているようでもあるが、見えない以上はそれだけで断定する訳にもいかない。

 

「さて、どうでしょう。戦斧かもしれないし、槍剣かもしれない、いや、もしかしたら弓かもしれませんよ? エクソシストさん」

 

「ぬかせ、剣使い」

 

書主とゼノヴィア。

相対する二人は互いの獲物を構えながら、共に顔に深い笑みを浮かべていた。

単純な喜色と獰猛さを備えた笑み。

種類が違うながらも、共に何かに対して楽しみを見出している。

 

数秒の間。

僅かな沈黙と共に再び鳴り響く剣戟の音。

ゼノヴィアの振るう一見して恐ろしく破壊力のありそうな巨大な破壊の聖剣を、書主の持つ見えない何かが打ち払う。

音と共に生まれる衝撃波さえ無ければ、出来のいいパントマイムのようですらある。

傍から見ている者達にとっては奇妙に映る光景。

だが、一番驚愕しているのはゼノヴィアだ。

破壊の聖剣の名は伊達ではなく、壊れる事無く真っ当に打ち合える武器はそうそこらに落ちているものではない。

破壊できなかったとしても、激突の度に発生する衝撃波は鍛えていない者であればあっさりと体制を崩す程の威力を持っている。

 

「惜しいな、君が悪魔の仲間で無ければ、教会へと招いているところだ」

 

死んでも構わないではなく、半ば以上殺すつもりで聖剣を振るいつつ、ゼノヴィアはそう溢す。

言葉と行動に矛盾は無い。

本気に近い攻撃を繰り返してもしのいで見せるその神器と使い手の技量を惜しんでいるのだ。

仮に彼と出会い、彼の力を見たのが悪魔の巣窟の中で無いのなら、直ぐに教会のスカウト担当に連絡をつけていただろう。

戦闘中にも関わらずそう考えてしまう程には力がある。

 

「悪魔の仲間になった覚えはありませんよ。ただ、友達の一人が悪魔だった、というだけのお話です。教会に招かれても困りますけどね」

 

クリスチャンになる日なんて、年に数日あれば十分です。

日本人の宗教イベントに対する節操の無さを良く知らないゼノヴィアはその書主の言葉に内心で首を傾げ、考えても仕方がないと即座に思考を放棄した。

無心で、相手を倒す、斬り殺す事だけを思考し剣を振るう。

生まれるのは無言と、無言の沈黙を埋める剣戟の金属音と炸裂音。

 

「実はですねぇ、もう此方のやりたいことは終わってまして、ここらで分け、という事にはできませんか」

 

「断る。……と言いたいところだが、任務の最中に無闇に私闘を長引かせる訳にはいかんか。だが良いのか? 代わりに私を殴るのだろう?」

 

間合いを離し、剣先と剣先を掠らせるような距離での打ち合いを続けながら、既に二人の戦いは終わりに近づいていた。

そもゼノヴィアにはさほど目の前の少年に対して武器を振るう理由がない。

悪魔の仲間であろう事は明白ながら、完全に悪魔の側に付いている訳でもない。

エクソシストとしては裁くなり説法を説くなりするべきかもしれないが、聖剣奪還任務の最中に無理に行う事でもない。

戦士としての技量に恵まれた相手との試合は良い経験になるが、嫌がる相手に無理強いするのを良しとする程に傲慢でも無かった。

宗教に絡めることの無い事柄において、ゼノヴィアは一定の物分かりの良さを有しているのだ。

 

「あ、そんな事も言いましたか。どうせ誰も真に受けてないでしょうけど。じゃあ後でしっぺさせて下さい。形だけでいいので」

 

「君と魔女アーシアは友人ではないのか……?」

 

「え? うーん……よくよく考えると、アーシアさんとも付き合いは少ない方なんですよね。学年違う共通の話題も無い異性って、中々親しくなる事は無いものですよ」

 

「そういうものなのか」

 

「ゼノヴィアさんはもう少し一般常識も学ぶべきかもしれませんね」

 

言葉を幾つか交わす間に徐々に剣戟の間隔は長くなり、最後には双方武器を下ろし、構えを解く。

戦いを遠巻きに見ていたギャラリーは、そのなんとも言えない雰囲気で終わった模擬戦に、どう反応を返せば良いのか戸惑うことしか出来なかった。

 

―――――――――――――――――――

 

いや、いい試合だった。

今回はぐれさんが持ってきた武器がこの世界のエクスカリバーの成れの果てだとわかったから急いで用意してみたのだが、大成功だ。

今回のMVPは間違いなくはぐれてないさん──ゼノヴィアさんで間違いない。

ボディライン剥き出しのボディスーツにマントを羽織るという痴女感丸出しの格好だと聞いた時には流石にドン引きしたが、瞼を開けなかったのでさほど気にならなかったし。

試合中にあの掛け合いをさせてくれる辺りは本当に間がいいというか、空気に愛されているというか。

エクソシストで無ければ知り合いの通っている忍者学校に推薦したいくらいだ。

 

「それで」

 

「はい?」

 

部長さん、グレモリー先輩が此方を向いて声を掛けてきた。

声の調子からして困惑九割感謝一割という感じだろうか。

感謝の意図が読めないが、困惑の理由は解らないでもない。

 

「イッセーの代わりに戦って、貴方の目的は果たせたのかしら」

 

「いいえ? 別に彼女たちは此方の用事とは関係無いですし」

 

正直、この世界のエクスカリバーの成れの果ての強度とか威力を少し測っておきたい、という理由が九割。

一割は、説得力を出す為か。

腹部に聖剣を掠らせて、アーシア先輩の治療を受けてよろよろと立ち上がった木場先輩に近づき、肩を抱きながら耳元で囁く。

 

「どうです? 此方の提案、乗ってみる気になりました?」

 

「……君の力を借りなくても、僕は……」

 

顔を背け、僅かな沈黙の後にそう拒絶する木場先輩。

だがその沈黙は迷いと見た。

もう一人のはぐれてない人と戦い、そして此方とゼノヴィアさんの戦闘の顛末を聞き、彼の中には迷いが生まれた。

ゼノヴィアさんをテストの相手に選んだのはこの迷いを作り出す為でもある。

スピードとテクニック主体のもう片方と戦えば、彼が戦闘法を間違える事はない。

戦闘中に木場先輩ともう一人の動きも感じていたが、彼の動きは怒りに依って多少力みはすれど、何時もどおりの柔軟性のある立ち回りだった。

 

つまり、彼は全力で戦った上で、あの聖剣使いに負けたのだ。

これで相手がゼノヴィアさんであれば、彼の中にある原因不明のエクスカリバーへの対抗心から自分の長所を捨てた戦いをしたかもしれない。

そうなれば負けても、心の何処かで言い訳をしてしまう。

何時もどおりに戦えていたなら勝機はあった。

そんな言い訳が心の中にあれば、誰かを頼ろう、という発想は生まれ難い。

そして、彼はそういう言い訳をする目を全て潰された上で敗北した。

彼もまた何かの理由で戦いを重ねて力を磨いてきたようだが、仮にも聖剣を預けられるエクソシストが相手では勝ち目が薄く、使う武器の強度の関係でどうしても一枚上を行かれる。

 

「最初に言ったでしょう? エクスカリバーは好きにしていい、って。でも、今の貴方じゃあ、好きにする前にあのエクソシストさん達に先を越されてしまうでしょうねぇ……」

 

「……場所を、変えよう」

 

ゆっくりと立ち上がる木場先輩。

うん、これで引き込めたも同然だろう。

別段、彼に力を貸す理由も無いけれど、これも一つのおすそ分け、というやつだ。

沢山釣れた魚、一匹二匹分ける程度に拘泥していては人生は楽しめない。

しかも彼のメインターゲットが器物、しかも剣七本程度、それくらいなら此方もそれほど気にならない。

この暗い暗い態度はオカ研の空気も悪くしているらしいし、所謂一つの人助けにもなる。

我ながら、中々に人道的ではないか。

しかも面倒な事になった時は、グレモリー眷属というネームバリューから彼の方が目立ち、此方の隠れ蓑にもなる。

まさにWin-Win。

 

「何処に行くつもり?」

 

歩き去ろうとする木場先輩の前にグレモリー先輩が立ち塞がる。

あの流れで負けた木場先輩がこの場を去ろうとしたなら、それは当然王として止めるだろう。

でも大丈夫、何しろ木場先輩は別に眷属を抜ける訳でも、エクスカリバーを探す訳でもない。

一々そこら辺を説明するのは面倒なので、此方が簡易に言い訳をしておくという心遣いも忘れない。

立ち塞がるグレモリー先輩と進もうとする木場先輩の間に割って入る。

 

「すみませんね。ちょっと此方、放課後に木場先輩に付き合ってもらう約束をしてまして」

 

「本当なの、祐斗」

 

「…………ええ、少し、彼と話をする約束を、先延ばしにしていたので」

 

「……エクスカリバーを追う訳ではないのね?」

 

「少しファミレスで食事をして、お話するだけですよ。ほら、剣を使うから、結構共通の話題はあるけど、じっくり話した事は無いので」

 

嘘ではない。

話をした結果どうなるかは今のところ決まっていないのだから、少なくとも現状では一切の嘘偽りはないのだ。

別に、共通の話題で話すとも言っていないし。

もしかしたらの話ではあるが。

話がこじれにこじれたり、此方が彼のエクスカリバーに対する熱意にほだされた結果として、街で神父を殺して回る凶悪な殺人犯を追うという名目で、悪魔の彼に無辜の一般人である此方が引っ張られる形でエクスカリバーを探す羽目になるかもしれないが。

それはこれからの話し合い次第だ。

 

「……わかってると思うけど、私のかわいい下僕に手を出したら」

 

「大丈夫ですって、此方は巨乳好きのノンケで、素晴らしい彼女も居るんですよ?」

 

軽い冗談にグレモリー先輩は反応を示さない。

信用しきれないけれど、止める理由も見当たらない、という事か、身体を退けて道を開けてくれた。

此方を見る幾つかの視線を感じるが、声を掛けてこないのなら反応を返す必要もない。

去り際に少しだけ振り返り、別れのあいさつをだけを残して、一人で先に進んでいる木場先輩を追い掛けた。

 




拾い物です(描き換えてないとは言ってない)
良かれと思って木場先輩をエクスカリバー探索にお連れしました!
大勢力への変わり身ゲット
そんな十九話でした

対戦相手シャッフルは作中小猫さんのモノローグ通りの理由
現状、イッセー君は肉体的に聖剣に弱くないので、あとは火力と攻撃範囲だけの問題になります
で、アーシアをバカにされた挙句に殺すとまで言われた状態で戦うと、相手は死ぬ
というのは本人も言い聞かせられればわかるのでしぶしぶ交代
なお勝負の結末に関してはもう一方で木場が暴走してイリナさんに軽くあしらわれてる事に驚愕して目にしてない
その後上手く言いくるめられたのは主人公に対して警戒できない為
本文中で説明しようかなとか思ったけどテンポ重視で

・噂

三話、十一話参照の事
本人達はすっかり忘れているが、普通に考えたら邪推されても仕方がない状況ではないだろうか
当然邪推されてやや拡大解釈されて広まった
あんな事があった後に普通に友人としてつるんでいる方が悪い
結果として二年から流れてきた噂の中では小猫さんだけ誰かに守られて無事、という扱いになっている

・ゼノヴィアさん
・塔城さん

呼び名でわかるかもしれないけれど、主人公の中の一部好感度というか親密度が少し荒ぶった結果、部分的に塔城さんへの好感度をゼノヴィアさんへの好感度が上回ったもよう
原因は作中でのやり取り、エクスカリバー関係という事で、偶然にも相手がきっかけを作った上にほぼ完璧な返しをしてくれたので、テンション上がってる事もあって少しバグった
勿論そこまでシステマチックな処理がされている訳ではない
苗字をしっかり聞いていたらそちらで呼んだかもしれない
別にヒロイン化する訳ではないので気にしてはいけない
イリナさんの扱いが雑なのは仕様、レギュラー化の予定は無いし……仕方ないね

拾った枝から作った武器(約束された勝利のほにゃららカリバー)(仮名)
ランク:A++
種別:対城宝具
レンジ:1~99
最大補足:1000人
纏わりつく風の結界が光を屈折させることでその姿を隠している
雑木林で拾った適当な樹の枝を束ねて圧縮、木の板にして描き変えた即席の武器
風の結界を解くと防御力と命中率が低下したり、攻撃力と命中率が低下したり、攻撃力が十数倍に増加したりするかもしれない
七分の一エクスカリバーとぶつけてもびくともしないくらいに頑丈
持ち主の魔力次第では砲台として使う方が効率がいい

・木場先輩
悪堕ちしそう
でも聖剣の因子と合流すれば浄化されるからいいよね?
むしろ浄化させるために一度悪堕ちさせたい

次回も小猫さんスタート、今回程主人公は出しゃばらないかな?
二人で消えたのを小猫さんが怪しんで、そこにエクスカリバー破壊の許可を取ろうとしたイッセーが合流して……という流れの予定?
まだ書いてないので細かいところは未定
でも大丈夫、基本的には原作沿いの展開です
ここまででも大筋は変わってない筈だし大丈夫大丈夫

次回
『二人がホモになる前に見つけないと……!』
お楽しみに

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