文字通り絵に描いたような、あくまでドラゴンメインの高校生活   作:ぐにょり

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相変わらず予定は未定だったのです
でしゃばらない予定が後半は主人公の一人称になりました


二十話 展示会詐欺に遭っていた間抜け

昼休み、昼食をつまみながら、ふと頭の中に思い浮かんだのは昨日の光景でした。

昨日の光景、と言っても、別にエクソシストと祐斗先輩や読手さんが戦う場面ではありません。

悪魔が聖剣使いに負けてしまうのは想定の範囲内だし、読手さんなら正直あれくらいはやって見せても別に驚く程の事でもないので。

私達は強いがとても強いというほどで無く、たぶん読手さんはかなり強いのだろうと思います。

 

だから、重要なのはその後。

読手さんが祐斗先輩の肩に手を回して、耳元で何かを囁いていました。

読手さんは何時もよりもニヤニヤしていた気がするし、あれほど近い距離で誰かに何かを話す事はそんなに無かった。

似たような距離を取っていたのは、街で日影さんと歩いているのを見かけた時か。

 

「……まさか」

 

いや、それこそまさか。

日影さん相手にしかしない様な距離で祐斗先輩と話していた。

たったそれだけで、こんな変な考えを断定するのも口にするのも不味い。

余りにも短絡過ぎている。

冷静になって考えよう。

少なくとも、読手さんが日影さんという露骨に女性らしい女性と付き合っているのは間違いない。

偶に日影さんと読手さんの体臭が交じり合っている時があるけれど、たぶんあれがリア充の匂いというもの。

万が一日影さんがカモフラでしかないとしたらあんな匂いがする訳がない。

少なくとも、女性と肉体関係を持つ程度には女性に興味がある、というのは保証される。

 

「……バ」

 

天啓を反射的に口にしかけて、慌てて首を振る。

……そういえば、恋愛対象が二倍になるから人生をより楽しむ事ができるとかどうとか深夜番組で……。

いや、いやいや、いやいやいや。

待とう、一つ待とう。

ここは教室、時間は昼休み。

普通はこんな考えを持つに至る理由は無い。

たぶん、昨日見た光景の中の何処かが、私の第六感的な何かに干渉して警鐘を鳴らしているに違いない。

 

冷静に、冷静に……。

冷静に考えれば、昨日の読手さんの挙動は明らかに不自然で怪しい。勿論真面目な意味でだ。

それは昨日、エクソシストと戦う前にも一度考えた。

その疑問は晴れていない。

あえて結びつけるならそこだろうか。

 

主義を曲げてまでエクソシストと戦ってみせた。

これが、木場先輩と会う用事と合わさる。

…………そうだ。

不自然な点が、もう一つ。

 

何故あの時読手さんはよくわからない武器を使った?

単純にエクソシストと模擬戦をしたいというのなら、あの六刀流で戦ってもいい。

聖剣に耐えられる武器ではないから?

 

それなら魔法で戦う手もある。

私が知っている魔法ですら、並の剣にかけるだけで一流の魔剣相当の性能にできるものがある。

そもそも、『あの聖剣を正面から叩き切る』魔法だって存在するのだから、叩き伏せるのが目的ならそのほうが手っ取り早い。

 

……武器で、対向する必要があった?

魔法という技術ではなく、持ち主を簡単に変えられる、聖剣に対抗できる武器があると。

誰にそれを知らせたかった?

決まっている、祐斗先輩だ。

でも祐斗先輩は自分の神器で戦う事に拘っていた。

簡単に頼る筈が無い。……聖剣使いに、完全敗北していなければ。

 

祐斗先輩に勝てる武器を与える為に?

いや、武器である必要は無い。

仮に、聖剣の攻撃を防げる防具か何かがあれば。

……仮にあるとして、それを祐斗先輩に使わせる理由はなんだろうか。

本気の本気で祐斗先輩を手伝う為に?

 

まさか、と、笑い飛ばそうにも、笑い飛ばすだけの根拠も無い。

面倒くさくならない範囲なら、無理の無い程度には人助けもするタイプだ。

普通に考えれば、エクスカリバーを盗んだはぐれエクソシストと正式なエクソシストの追いかけっこなんて面倒でしか無い。

でも今回の一件、冷静に一つ一つ要素を分解して考えれば、面倒は殆どと言っていい程存在しない。

 

二つの教会からそれぞれ聖剣使いのエクソシストが、強奪されたエクスカリバーを回収しにやってきた。

最低限の目標は、強奪されたエクスカリバーが他勢力に渡る前に破壊し、利用できなくすること。

この時点でエクスカリバーは面倒に含まれなくなる。何しろエクソシストにばれないように破壊するか、エクソシスト達に破壊させれば丸く収まる。

更にそのエクソシスト、持ち込んだ聖剣は強奪されたものと同じくエクスカリバーで、これも他所に渡らなければ破壊してしまっても問題ない。

挙句の果てにこのエクソシスト二人、文字通り命を賭けてこの任務に挑んでいて、死んだとしても何処からも追求は来ない。

そして堕天使コカビエルとかいうのがどんなタイプなのかは解らないけれど、ある程度の均衡を保っている三つ巴の中で、エクスカリバーを強奪して我が物にしようというのは、少し、常識を外れた思考をしている。

 

この騒動……名付けるならエクスカリバー強奪事件、現場に関わる人員も、軸となるエクスカリバーも、その全てが全て、失われても誰も困らず誰も文句を言わないもので構成されている可能性がある。

そう、規模は大きくなっているけれど、大暴れして全てをまっ平らにしても問題にならない、という点で言えば、正しく読手さんが好む騒動だ。

彼が何故、そういう対象を狙った、暴力とも殺害とも破壊とも言えない非日常的行為に耽るのかは解らない。

けれどもしかしたら、彼は日頃はぐれ悪魔を相手にする様な気分で、このエクスカリバー強奪事件に手を出そうとしている可能性が高い。

 

「どうしたんですか、そんな何考えてるんだか解らない真顔で」

 

「失礼ですね、名推理の途中に」

 

……………………。

 

「にゃっ!?」

 

今まさに思案の対象にしていた相手から声をかけられ、その唐突な登場に喉の少し奥の方から変な声が飛び出した。

一昔二昔前の漫画だったら口の中から心臓が飛び出していたんじゃないでしょうか。

いや、そうじゃなくて。

 

「よ、読手さん?」

 

「他の誰かに見えますかにゃ?」

 

「…………」

 

「謝りますから無言で箸を振りかざさないで下さい」

 

不意を突かれた挙句に変な声を聞かれてしまった上にそれを誂われた。

頬が熱い、たぶん傍目には見事に紅潮している。

彼が常から目を閉じていて良かったと思うのはたぶんこれが初だ。

振り上げた箸を下ろし、深呼吸して努めて早めに心を落ち着かせる。

ついでにお弁当の中の卵焼きに箸を突き刺し、口元に運ぶ。

……うん、甘い、美味しい。

コンビニのお惣菜で気になったから入れてみたけど、これは単品買いでおやつにも有りな甘さじゃないでしょうか。

 

「その食べ方は行儀が悪いですよ」

 

「うっさいです……」

 

もっちゃもっちゃと態と音を立てて荒っぽく食べる。

口の中の罪もない卵焼きに八つ当たりを済ませたところで、いつの間にか目の前に立っていた読手さんの手荷物に気付く。

 

「なんですかその大荷物」

 

それはパンパンに膨らんだ購買部のビニール袋、しかも購買部に置いてある中では一番大きいサイズのものだった。

中身は……少し溢れているから直ぐにわかった。全部購買で買えるパッケージングされているタイプのパンとおにぎりだ。

一緒に昼食を取る機会もまぁまぁあるから知っているけれど、読手さんは普通よりも食べる方だけれど、決して大食いという程でもない。

 

「あはは、冷蔵庫借りようと思ったら、保健室のも用務員室のも使わせて貰えなくて……」

 

自分の頭を平手の先で軽く叩きながらそんな事を言う。

むしろ何故使わせてもらえると思ったのか、という問いは置いておくとして。

私が聞きたいのはそんなことではなくもっと根本的な事だ。

 

「それ、全部食べるんですか?」

 

袋を内側から圧迫しているパンやおにぎりは多種多様で、それこそ購買で売っているものをとりあえず全種類買ってみました、というレベル。

全部食べようと思ったなら、それこそ数日は全食購買という半ば罰ゲームなのではないか、という苦行になると思う。

 

「いえ、今日は、日影さんがお弁当を作ってくれたので一緒に食べてきました」

 

感慨深げにそう言い、食料が詰まった袋を適当な机の上に置く。

 

「日影さんのお手製弁当を一緒に食べてきました!」

 

ぐっ、とガッツポーズを決めながらとびきりの笑顔で力強く宣言する読手さん。

周囲からの舌打ちの一切を聴覚から遮断しながら、大事な事だからこそ二度繰り返しての宣言。

強い愛を感じる……、これがリア充ですよ部長、未だに手を出されていない部長、聞こえていますか誘い受け処女の部長? 聞こえたら困りますけど。

私? そういうの、まだ解らないので。安売りするつもりも無いですし。

 

「じゃあそのパンは」

 

「今日の市街探索で必要になるので。スーパーに寄るよりは早いし、コンビニで買うよりは安いですからね」

 

市街探索。

ぴくりと全身の筋肉が反応を返してしまった。

彼はエクスカリバーを探すつもりなのだろう。

学校を休んで探索に励むでもなく、学校帰りの寄り道レベルの感覚で。

……放っておいて、大丈夫だろうか。

ふと、一抹の不安が頭を過る。

 

彼は強い。それは間違いない。

たぶん。今の私では一対一では間違いなく勝てない。

神器を完全展開したイッセー先輩でも勝てない。

部長、副部長は論外、祐斗先輩もわからない。

下手をしたら、私達グレモリー眷属が束になっても敵わないだろう。

だけど、私は彼がどれくらい強いのか、どういう強さを持っているかをあまり知らない。

 

騎士を凌駕する速度で動ける。

堕天使やエクソシストを紙切れの用に容易く切り刻める。

山の様なサイズのゴーレムを短い詠唱で作り上げてしまう。

……はっきりとわかっているのはこれくらい。

 

もしかしたら、耐久力は低くて打たれ弱いかもしれない。

もしかしたら、精神に作用する魔法に耐性が無いかもしれない。

もしかしたら、何かしらの魔法や道具で拘束されたら抜けられないかもしれない。

一人で、祐斗先輩と一緒に戦うと仮定してもたったの二人で戦って、相手がもしも読手さんの弱点を突いてきたとしたら。

フォローする人が居なければ、その力を発揮しきれないとしたら。

彼は今度こそ死んでしまうかもしれない。

私の知らない何処かで。

 

「市街探索ですか」

 

「ええ、ちょっとブラブラしてこようかなぁと」

 

それは、嫌だ。

祐斗先輩が死ぬかもしれない、という考えは、私の中で消えていた。

彼が一緒に行くのなら死ぬことは無いだろうと、教会での事から無闇に信用していた。

だけど、読手さんだって万能じゃない。

一緒に行く祐斗先輩も死ぬかもしれないし、当然読手さんだって死ぬかもしれない。

眷属仲間と、友達が死ぬ。

それは、とても悲しい。泣いてしまうかもしれない。

 

「私もご一緒します」

 

言い切る。

許可を取るのでもなく、付いて行く事を決めた。

断られても無理矢理にでも付いていこうと決めてしまった。

別に、読手さんが心配な訳じゃない……とは言わないけれど。

これは私のための選択だ。

二度と、私が動かなかったせいで誰かが居なくならないように、私が泣かずに済むように。

 

「え、いいんですか? いやぁ、ありがとうございます! たぶん、大人数の方が捗ると思うんですよね今日の探索!」

 

―――――――――――――――――――

 

過去を振り返って自分自身を殴り飛ばしたいと思った事はそれなりにある。

それ以上に竜破斬をぶち込んででも止めたい肉親も居るけれど、やっぱり過去に戻ってどうにかしたいと思う回数は自分に対するものの方が多い気がする。

それは過去が薄れたということではなくて、きっと過去に戻りたいなんていう空想で挙げられる失敗なんていうのは、軽々しくて猥雑な方が頭に浮かびやすいから。

口の中の焼きそばパンを咀嚼し、ほんの数時間前にシリアスな思考をしていた自分の手を引いて帰宅を促す妄想を頭の隅で行いながら、私は目の前で繰り広げられているしょうもない光景を半目で見つめている。

 

「もっしゃもっしゃ、おやエクソシストの人と、もっしゃもっしゃもっしゃ、ゼノヴィアさん、昨日の今日で奇遇ですねぇもっしゃもっしゃもっしゃごくり」

 

「君は昨日の……た、食べながら話すのは、行儀が悪いぞ……」

 

行儀を注意しながらも、エクソシストの人は決して短くない沈黙の中で生唾を飲み込む。

エクソシストと直接話している読手さん以外、放課後に合流したイッセー先輩、シトリー眷属の匙先輩も、一言も発する事無く黙々と、しかし可能な限り美味しそうに味わいながら購買で買ってきた食料を貪っている。

 

私もその内の一人、まぁ、悪魔が前面に出て交渉するよりは、人間であり悪魔と契約をした訳でもない読手さんが出る方が良い、というのはわかる。

でもこのやり方はどうだろうか。

いや、効果があるのは、もう、読手さんと話ながらも指先が読手さんが手に下げている食料満載の幾つかのビニール袋に向けてワキワキと動いているところから見てもわかるんですが。

無意識の内に食料を求めて蠢いているであろうエクソシストの指の動きに一切の興味を示さず、読手さんが再びビニール袋の中からパンを二つ、三つと纏めて取り出す。

 

「そうですねぇ、でもほら」

 

焼きそばパンの包を片手で器用に外し上に放り投げる。

あっ、とエクソシストが声を上げながら宙を舞う焼きそばパンに指先を伸ばす。

が、目の前で弧を描いて落下した焼きそばパンは、上を向いて口を開けていた読手さんの口の中に消えて行く。

そして、焼きそばパンは数回噛まれただけで碌に味わう間もなく、ごくりと嚥下されて読手さんの胃の中に飲み込まれていった。

 

「あぁ、ああ」

 

伸ばした指先が行き場を失い頼りなく揺れる。

その指の先、二つのパンを片手で弄んでいる読手さんの表情は邪気のない笑み。

 

「賞味期限もそんなに無いから、早めに食べちゃわないといけないんですよ。夕飯もあるから食べ過ぎるのもあれでしょう? 友人と先輩にも手伝ってもらっているんですけど、中々減らないんですよねぇ」

 

「そ、そうか。……なんなら、手伝ってやっても」

 

「いやぁ、敬虔な信徒である、しかも年頃の女性に道端でパンを立ち食いさせるなど……。あ、なんでしたらそこの公園に行きませんか? 丁度良く座れそうなベンチもあった筈ですし」

 

一も二もなく頷くエクソシスト二人には、祐斗先輩を圧倒した時の力強さも、読手さんと剣戟を繰り広げた時の迫力もまるで存在しない。

やり方は実に卑劣だけど、効果は抜群だ。

でも、こう、こんなマヌケな演出をする為に力を貸す、というのは、数時間前の私の決意的に、違うというか。

いえ、最初に提案された、『お布施を乞うエクソシストに善人が近づかない用にさり気なく妨害して三日ほど放置して飢えさせてから目の前でゴミ箱に食べかけのパンを投げ捨ててゴミ箱を漁るか確認する』とかに比べればまだ意図が読めるだけマシですけど。

もしかして今回、それほど真剣に考える必要、無かったりするんでしょうか。

 

―――――――――――――――――――

 

「いや、助かった。悪魔を友とするような異端にも、君のような善人は居るものなのだな」

 

「だからといって、悪魔とつるむ事を許容した訳ではないけれどね。どう? 今からでも真人間の道に戻ってみたら」

 

と、公園でビニール袋2つ分の食料をぺろりと平らげてしまったエクソシスト達は見事に調子を取り戻してしまった。

少し前までは勢いで強盗やカツアゲくらいは平気でやらかしそうなレベルで追い詰められていたというのに、回復が早い。

しかも此方や知り合いのニンジャ連中と同じく特殊な消化訓練を行っているのか、食べ過ぎた事による思考能力や認識能力の鈍化は見られない。

 

遠い空の下で今日も頑張っているであろう女子高生ニンジャ達が、教官がトスしたパフェやアイス、牛乳やうな重を次々と口でキャプチャーして胃の中に押し込みながら忍務をこなすのと同じように、聖書系エクソシストも補給と活動を同時進行で行う場面が多いのかもしれない。

こう、十字教的には神の肉と血であるパンとワインをかっ喰らいながら悪魔をバッタバッタとなぎ倒すような感じで……。

あれ、一周回って逆にワイルドで格好いい気がしてきた。

探せばそういうアクションゲームがありそうだ、パンで体力回復、ワインで術ゲージ回復みたいな。

 

「いえいえ、此方むしろ善人過ぎるほどなので、悪魔と友達なくらいで丁度いいバランスになるんですよ」

 

軽口で返しながら周囲の気配に気を配る。

生憎と、食事時という如何にも隙が多そうなタイミングで此方を狙おうという輩は居なかった。

態々人気の少ない夕暮れ時の公園に招いて、両手で同時のおにぎりやパンを持って手が塞がるようにして食事を取らせたというのに、拍子抜けもいいところだ。

 

「君が善人かどうかは置いておくとして、本当に助かった」

 

「ああっと、十字と祈りはやめて下さいね。悪魔系の方も居ますので。日本では食事を終えたら『ごっつぁんです』と唱えながら手を合わせるんです」

 

「god and death? 深い言葉だな」

 

ゼノヴィアさんのポエットな言い間違いに頷く。

外人に会ったら嘘日本作法を教えるのは誰しもが通る道ではないだろうか。

隣のエクソシストさんが何か言いたげな視線を向けているが何も言わない辺り、来日する途中で自分も嘘を教えこんだりしたのかもしれない。

 

「それで、私達に接触してきた理由はなんだ?」

 

先程までのどうでもいいやり取りと同じトーンでゼノヴィアさんが本題に踏み込んで来た。

背後で寸前までのやり取りに呆れていた悪魔の三人が僅かに身構えたのは、ゼノヴィアさんの後ろでもう一人がひも状に変化させたエクスカリバーに手を添えているからか。

 

だが何故そこまで警戒されるのだろう。

確かに兵藤先輩なら戦い方次第でこの二人を圧倒できるし、塔城さんなら遠距離から周囲の一般人を巻き込む覚悟で行けば二人に完勝できる。

だがこの二人の現時点での能力が、鉄砲玉扱いされるような人達に通達されるものだろうか。

そもそも二人が今の実力になったのはつい最近だから、悪魔系の方々でなければ実力は知り得ないと思ったのだけれど。

 

「ちょっとお手伝いをね」

 

「お手伝い?」

 

「エクスカリバーをぶっ壊したくて仕方がないっ! ……ていう先輩が一人居まして。まぁ、此方も少し目的が被るから手伝ってるんですけど、ほら、元の持ち主は貴女方の組織じゃないですか」

 

「あの悪魔か……ふむ、いいんじゃないか」

 

「ちょ、ゼノヴィア、もう少し考えて返事しなさいよ! 相手は悪魔の味方なのよ?」

 

別にItを完成させるつもりはないのだけれど。

 

「彼が手伝うというのなら、此方にとっても心強い。少なくとも、聖剣相手に悪魔を肉盾にするよりは余程勝率が上がる」

 

「それはわかるけど!」

 

「まぁ聞け。彼は難航する任務中に突如現れた異国の善良な腕の立つ剣士、彼の力を借りて、私達は見事使命を果たした上で無事に帰還。……ほら、何処にも悪魔は関わっていない」

 

「詭弁よそれは! エクスカリバーを探しているのは悪魔の方なんでしょう!?」

 

さっきからこの人声がでかいな。

しかも大声でこんな日も沈みきっていない時間帯にボディスーツマントで身振り手振りを加えながらエクスカリバーがどうとか連呼してるし。

知り合いと思われるのは恥ずかしいし、少し距離を取ろう。

 

「だが助力を嫌って命を投げ打つよりは、多少の恥を晒しても生きて戻る事こそが信仰だろう。信仰を通す為には時に柔軟性が必要だとは思わないか?」

 

「……やっぱり、貴女の信仰心は、変だわ。新派とか旧派とか関係なく」

 

遠巻きに二人のやり取りを聞きながらも周囲の気配を探るも、やはり何処からも敵意や害意の類は感じられない。

やはり、聖剣使いが重点的に狙われるという訳ではないらしい。

惜しい話だ。ここで二人を襲いに出てきてくれれば、そこを捉えてバックに誰が居るかを聞き出すか読めるものを。

あれだろうか、キャッチアンドリリースされた魚は釣り針で出来た怪我から、それ以降は人の気配を避けるようにコソコソと生きていくという習性と似たようなものか。

……だとすると、此方が表に出てこいつらにくっついている間は姿を表さないか。

面倒な習性をもったはぐれエクソシストさんだ。

 

「あと、そこのエクソシストさんの幼なじみらしい兵藤先輩、悪魔というよりはドラゴンに近いですから。そっちを言い訳にするのもありだと思いますよ」

 

「何? どれどれ、『主と精霊のご加護を』」

 

聖句を唱えながら十字を切るゼノヴィアさん。

背後では二人、塔城さんと匙先輩が苦痛を堪えるように頭に手を当てている。

が、兵藤先輩はノーリアクション。

僅かに片方の眉毛がぴくりと動いた程度か。

 

それ以外の部分は十字を切る時に腕の動きで僅かに歪んだゼノヴィアさんのオパーイの動きに合わせてするすると鼻の下が延長して目尻がとろりと垂れ下がったくらいだがこれは明らかにダメージではない。

龍化が進みすぎて、悪魔の弱点が意味を成していない証拠だ。

仮に兵藤先輩が聖剣で斬り付けられたとしても、対ドラゴン属性でも付いていない限り、今の彼の肉体は通常の刃物としてのダメージしか負うことは無いだろう。

 

「へぇ、不思議ね。もしかして神のご加護……って事は無いか。神器?」

 

先程までの不満気な雰囲気を消して面白げに問うエクソシストさん。

背後の三人は即座に返答する事無く口ごもっている。

仕方あるまい。

兵藤先輩の肉体が徐々に龍化しているのは此方の救急救命の結果ではあるが、彼等は神器の影響であると理解している。

しかもその神器は世界に一種一つしか存在しない神滅具。

兵藤先輩の神器が赤龍帝の籠手である事は少し前にあった模擬戦で悪魔の一部に知れ渡っているけれど、それを教会側に知られていいのかどうか、という点に関しては指示されていない可能性が高い。

 

「赤龍帝の籠手とかいう神器らしいですよ。エクスカリバーの探索に力を貸すのが赤い龍だなんて運命的ですよわぁ凄い」

 

まぁ悪魔の事情なんて此方の知ったことではない。

これ以上このはぐれてない人らの周りをうろちょろする必要性も無い以上、此方は此方で独自に動かせて貰わなければならないのだ。

 

「なるほど、赤龍帝か。倍加を続ければ魔王に匹敵する力を得る事ができると聞いているが……」

 

「魔王様というのを見たことが無いのでどうとも言えませんが、そうですね。貴女方二人が連携するよりも、兵藤先輩が神器を全開で戦った方がまだ強いのは間違いないでしょう」

 

「ほう、そこまでのものか。まさに伝説に相応しい力という訳だな」

 

「……ゼノヴィア、さっきから貴女、ちょっとこの男の言うことを素直に信じすぎじゃない?」

 

もう一人の方が不審そうにゼノヴィアさんに問う。

さっさと一時的協力を取り付けたいから黙っていたけれど、それは此方も少し思った。

大体の場合、暫く力を示していなかった伝説の武器や力なんてものは軽く扱われるものなのだが、何故ここまで素直に信じるのだろう。

 

「何、剣を合わせた者であれば感じるところはある。彼はこういう場合に嘘を言うタイプではない」

 

「そうなんですか」

 

此方はゼノヴィアさんが天然でキノコ調のセリフを台本なしで返してくれる楽しい人としかわからなかったが。

 

「そうだ」

 

此方の問にもっともらしく頷くゼノヴィアさん。

正直、剣を合わせたくらいで相手の人格なぞそうそう解るものではないと思うけれど、それで信じてくれるなら面倒が少なくて済む。

 

「なら、この場はこれで終わりですね。それでは、ここからは探索範囲を広げる意味でも別行動という事で」

 

―――――――――――――――――――

 

唐突にそんな事を言い出した読手さんは、私達の目の前で音も無く跳躍した。

空に向けてゴムボールを投げたような気軽な放物線を描き、電信柱の上に着地。

……した、のだと思う。たぶん、そこに居るのだろう。

普通に考えれば電信柱の上に乗った人間というのは目立つ。

だけれど、電信柱の上で夕日に照らされている彼の姿はうっすらと霞でも掛かっているかの様にぼやけている。

仮に彼の姿を誰かが目撃したとして、見間違いかと一度目を離してから見なおしたなら、次にはそこに居る、と認識する事は難しいだろう。

 

視覚的に、というよりは、感覚的に彼の姿を認識する事が難しい。

まるで蜃気楼か、白昼の月のように存在感が朧気だ。

これが、彼が以前に言っていたニンジャのジツなのだろうか。

 

「塔城さんか兵藤先輩は木場先輩に連絡をお願いしますね。話は通してあるので」

 

大声でもなく、まるで耳元で喋っているかの様に読手さんの声が聞こえた。

この感覚には覚えがある。

思い返されるのは一時的な、それでも決定的な別離になるかと思われたあの日の放課後。

あの時の事は今でも時々思い出す。

思い出し、でも、それで思い悩む事はない。

 

「わかりました。読手さんも気をつけて」

 

あちらの声が聞こえても私の声が届いているかはわからない。

それでも、聞こえているものとして返事を返す。

あの時は返さなかった、返せなかった返事。

今は躊躇いなく返す事ができる。

追い掛ける必要すらない。

 

彼が何を考えてこんな事をしているかははっきりとはわからない。

でも、何処に向かっているか、何を目指しているのか、今はそれがわかっている。

彼の目的はわからない。

でも、結果として、祐斗先輩が私達の目の前から消える事はなくなる。

私達がしっかりとやれるのなら。

そして、今の私には、それをやり遂げられるだけの力もある。

 

電柱の上から読手さんが消えるのを確認して、振り返る。

 

「……行きましょう」

 

まずはメールで、それで反応が無ければ電話で祐斗先輩を呼び出す。

公園で延々話しているのも間抜けだから、適当なファミレスに集まるのもありかもしれない。

少なくとも、もうこの公園に屯している理由は無くなった。

 

「行くって、何処へ」

 

イッセー先輩の問いに、ファミレス、と言いかけて、それも間抜けだな、と口を閉じる。

ファミレスに行くのはあくまでも祐斗先輩と合流して、事を荒立てずに話を纏める為。

だから、あえて私達の向かう先が何処かと言えば。

 

「エクスカリバーを……ぶっ潰しに」

 

助けたい人が居る。

障害があって、それを叩き壊す力がある。

協力してくれる仲間も、友達も居る。

なら、あとは行くだけだ。

 




ぶっ潰されるのはエクスカリバーなのでアンブレラは無事
次回はもしかしたら日影さんが活躍できるかも、ていうか、させたい

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