文字通り絵に描いたような、あくまでドラゴンメインの高校生活   作:ぐにょり

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罪もない少女にジヒの心に欠けた罵倒とSEKKYOUかましたりするので注意


二十四話 忍者と聖剣が出て殺す

天から降り注ぐ光剣の弾幕と、その中を跳ね続ける鋼色の球。

傍から見たなら常人にはそうとしか見えないだろう。

否、常人ならずとも特に優れた動体視力を持たない限りは。

 

「す、凄い……」

 

この場に居る存在、その光景を見る存在は現在六名。

リアス、朱乃、アーシア、祐斗、イッセー、ゼノヴィア。

赤い忍者はいつの間にかその場から消え失せ、小猫が気絶したままである以上、この光景を目にしているのは正真正銘この六名だけだ。

だが全員が同じように見えている訳ではない。

 

「前よりは遅い……?」

 

「あの剣を全て撃ち落としながらだからね」

 

超高速での接近戦を熟す三名、祐斗とイッセー、そして熟練の聖剣使いであるゼノヴィアには見えていた。

鋼色の球に見えているのは闖入者、読手書主の六刀による斬撃の残像。

しかも只逃げ回りながら光の剣を受け続けている訳ではない。

跳ねる軌道の頂点には、必ずと言っていい程に弾幕の発射元、堕天使幹部のコカビエルが居る。

 

「何だぁ!? なんだお前は! 面白いなぁお前は!!」

 

驚愕と喜色がたんまりと乗せられた絶叫と共に、絶えず光の剣を打ち出し続けるコカビエルが光の槍と剣を振るう。

堕天使の振るう一刀一槍と打ち合うのは、空を飛ばず跳ねるしかない人間、書主の六刀だ。

下手な魔獣であれば容易く貫き切り裂き、そこいらの聖剣魔剣とならば互角以上に渡り合える光の力で編まれた刃と、只の鉄と鋼で鍛えられた様にしか見えない刀。

一方的に片方が砕け散るとしか思えないその打ち合いはこれで何度目になるだろうか。

光と金属がぶつかり合いこすれ合う度に、有り得ざる火の華が鳴り散らす。

 

「そうですか、まだまだ隠し玉はありますが、この程度で満足ですか」

 

応える書主は剣戟に意識を向け、そこに至るまでの光剣の弾幕など意に介していない。

並の悪魔であれば貫かれた瞬間消滅する程の光、それが雨あられと降り注いでいる。

人間の用いる護りであれその威力は変わらない。

消滅こそしなくとも、魔術や科学の護りは紙切れのように引き裂かれるだろう。

だがそんな破壊力、貫通力の雨は、六刀の一振りで容易く砕き散らされている。

 

まともに打ち合う事が出来ているのは、手元の槍と剣が常にコカビエルから光を継ぎ足され続けている特別製だからに他ならない。

つまり、素で作り上げた光の武器は、あの六刀の強度と人間の腕力だけで打ち砕かれている。

技量が格別高いわけでもない。

純粋な剣士としては木場祐斗と比べるまでもない。

しかし現実として、技量だけで受け流し切る事が出来ずにいる。

その事実に驚嘆しているのは誰あろうコカビエル本人だ。

驚きと共に喜びが現れているのは、これが彼の望んだ生死を賭けた戦いだからか。

 

コカビエルは手を抜いていない。

少なくとも正々堂々、敵を打ち倒すという点では間違いなくベストを尽くしている。

何も宙にぷかぷかと浮かびながら戦っている訳ではない。

高速戦闘に馴染みのない者では瞬間移動にしか見えない動きで飛び回り、時に地に降り脚力までもを駆使した機動を用いても、目の前の人間は食らいついてくる。

 

「面白い事を言う小僧だ! ああ、惜しい、実に惜しいな! お前があのエクソシストや悪魔の様に、聖剣を使えていたらと思うよ!」

 

速さも力もある。

あの刀も相当な強度だ。

だからこそ惜しい。

あれが、あの刀がせめて神器か何かなら、これまでにない戦いになったろう。

まさに神話の時代の英雄に並ぶ事もできたろう。

攻撃を通すだけの力がないという一点だけが、コカビエルに僅かな不満を与えていた。

 

「ふぅ、ん。なるほ、ど!」

 

弾幕が途絶える。

途絶えさせてしまうほどの衝撃。

戦の中でありながら、目を見開き驚愕に言葉と動きを失う。

明らかな隙。

しかし、書主はそれを突かない。

 

「ああ、あぁ……。なんだ、それは、はは!」

 

手を押さえる。

折れない筈の剣が、槍が、両断された。

勢いでその向こうの手まで浅く切り裂かれた。

だがそんなのは問題じゃあない。

光の武器を切り裂いた獲物。

それは六刀ではない。

 

「なんだ、お前、天使どもの使いだったか」

 

そうとしか思えなかった。

書主が手にした獲物。刀の代わりに指の間に挟み込まれていた獲物。

明らかに見覚えがない。

だというのに、見た瞬間に、本来なら誰が使うものかが理解できてしまった。

光り輝く白銀の剣。

余計な装飾も無い、サバイバルナイフほどの長さの、槍の穂先の様な(つるぎ)は──

 

「天使どもの剣、下賜されるなど、どれほどの信仰だ」

 

もちろん、天使であった頃に見た覚えは無い。

だが、その剣から伝わる気配は明らかに天使の、それも大天使達の気配。

人の世で創り上げる事は叶わない、神の使いに寄る属性を持つ剣。

 

「まさか。此方は多宗教ですよ。ともかく……わかるでしょう? 此方に信仰が無くても、この剣は貴方を切り裂く」

 

獲物が短くなった、重量バランスも明らかに違う。

だが、そんな事は関係ないと言わんばかりに構える。

そんな書主をコカビエルは凝視する。

人や悪魔に見えずとも、天使は人の信仰を知覚する。

コカビエルはその知覚能力で書主の言葉に嘘が無い事を確認し、天を仰いで笑い出した。

 

「は、ハハハハハハハハハハ!! なんと、なんともまぁ、本当に!? は、げはっ、くくくくく」

 

身を折り笑い続けるコカビエル。

笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら、笑いをどうにかこうにか抑えこむ。

 

「はは、ああ、なんとな。信心もクソもない人間にそんなものが渡るとは。神の死はそこまで世界のバランスを崩していたか」

 

「別にそこは関係ないんですけどねぇ。どうです、そっちも出し惜しみは……」

 

「……ちょっと待ちなさい。神の死ですって?」

 

コカビエルが発し、書主が何でもない事のように流した発言に、リアスが待ったを掛けた。

リアスの問に、書主が怪訝な顔を浮かべ、それを見てコカビエルがまたもや堪え切れないといった風に笑い始める。

 

「フハハハ、何、この話は『普通の』下々の者には伝えられておらんのよ。貴様の様に神も悪魔も『知った事か』と言わんばかりの者とは違ってなぁ」

 

その答えは問いを放ったリアスではなく、相対し表情だけで疑問を表した書主へのものだ。

勿論、この場に居る全ての者に聞こえる様に言ってもいるが。

 

「じゃあ言っちゃ不味いでしょ。信仰捨てきれなかったり、それどころか狂信者も居るじゃないですか。此方はどっちでも良いけど」

 

「そうだなぁ。だがまぁ良かろう、秘している理由もまた平和と平穏の為だ、守る義務も無い。人間は神無くして法も守れず心の平穏を保てないから、などと、下らない言い訳をする者も居るが……ハハッ!」

 

笑い、遠巻きにしているグレモリー眷属やゼノヴィアを睥睨する。

その反応は様々だが、神の死に強い反応を示しているのは、やはり教会に深く関わってきた者達に限定される。

対して、神にも教会にも関わりの少ない者達のリアクションは薄くはないが深刻さは無い。

悪魔である、という事実を鑑みたとしても、つい最近まで元人間であったという赤龍帝、イッセーの反応は特に薄い。

 

「先の大戦で、魔王と共に神も死んだ。残されたのは神を失った天使、魔王と上級悪魔の大半を失った悪魔、幹部以外がほとんど死に絶えた堕天使。疲弊などと生易しい表現で表せる状態ではない、滅んでいないだけの残党どもだ。どこもかしこも、人間を利用して力を蓄え数を増やすしかないような状態だった。だからこそ、自分達に擦り寄ってくる、神の救いを求める程に『救われていない』連中を絶望させる訳にはいかなかったのさ」

 

告げられる真実に、神を信じていた者が、神を信じている者が打ちのめされる。

特に、現役で神の信徒であるエクソシストのゼノヴィアの精神的なダメージは計り知れない。

何処か浮世離れしつつ、しかし戦いのさなかに在っては常に冷静さを失わなかった姿は見る影もなく、剣を取り落とし、その場に膝をついて『嘘だ、嘘だ……』と譫言の様に繰り返している。

すでに立場上神とは決別していると言っていい祐斗やアーシアですら、歯噛みし、身を震わせ、明らかに戦意を失っていた。

 

「ああ……こうなると、何処かに縋ろうとも思えなくなる、と」

 

白けたような表情で、譫言を繰り返しながら膝をつくゼノヴィアに、歯をガチガチと鳴らしながら震えるアーシアに視線を送る書主。

正直な話をすれば、彼はこの話に興味が無い。

彼は神に縋る理由がない。縋ろうという発想がない。

ある意味では、宗教に馴染みのないイッセーに近い感覚でこの話を聞いていた。

話を聞かずに殺す訳にはいかないというそれだけの理由で、彼はこの話を聞き流す。

その足元では、苛立たしげに爪先が地面を叩き続けている。

 

「そういう事だ。当然、そんな状況で戦争なぞ出来るはずもない。そしてそれが改善される見込みもない。将来を見通しても、大きな戦争なぞ誰かが故意に始めなければ再び起きることはないだろう。前の戦争の最後も呆気ないものさ。どこもかしこも戦争の大元の原因である神も魔王も死んだ以上、戦争を続けても無意味だと抜かしやがった。挙句の果てに!」

 

そして、そんな書主の内心も周りの聴衆の内心も気にならないのか、コカビエルは次第にヒートアップし、神の死から離れた現状への不満をぶち撒け始める。

聞き入っているのは現状の冷戦状態が保たれている裏事情を知ってしまい愕然としているリアスと朱乃程度か。

 

「アザゼルの野郎! 部下の大半が戦争で死んだ程度で! 『二度目の戦争は無い』などと宣言をして! ふざけるなよ! ならこの力は何処へ向ける!? 振り上げた拳を何処に落とせばいい! あのまま戦争が続けば俺達が勝ったかもしれないというのに!」

 

唾を撒き散らし、血管を浮かび上がらせながら憤怒の形相で喚き散らすコカビエル。

衝撃的な事実にその場のほぼ全員がショックを受け動けずに居る。

特に、悪魔になってまでも信仰を捨てられなかったアーシアの受けた精神的なダメージは計り知れない。

彼女は震える声で問う。

 

「主は……主は、天に居られぬのですか……? 主は、死んで、では、私達に与えられる愛は……」

 

アーシアの縋るような、絶望しながら否定を求める疑問に、コカビエルはおかしそうに答え──

一際強く地面を蹴る音と共に、遮られた。

 

「ありませんよそんなもん話聞いてたんですか貴方。馬鹿か難聴の類ですか」

 

吐き捨てる様に告げたのは、しかめっ面で六本の天使剣を指に挟んだまま腕を組んで話が終わるのを待っていた書主だった。

 

「な……お前!」

 

余りにも余りな物言いに、震えるアーシアを支えていたイッセーが激昂する。

だがイッセーが何か告げるよりも早く、思いやりなぞ全て捨てたと言わんばかりに面倒くさそうな視線をアーシアに向けた書主は続けた。

 

「もうちょっとで黒幕さんの話が終わりそうだってのに、一度説明した事をぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃと聞き返して……。貴女いっぺん自分が悪魔に生まれ変わるまでの人生思い返して、現状振り返れば解るでしょうが。なんで悪魔になってんですか。結局人間だった頃は決定的な救いも神の愛も無かったからでしょうが、馬鹿じゃないなら学習してくださいよ。時間押してんですから時計見ろ時計! 明日平日でしょうが通常通りに授業があんですよこの調子で同じ問答ぐるぐるぐるぐる回したら余裕で夜が明けるわド阿呆が!」

 

「おま、お前なぁ! アーシアはショック受けてるんだぞ! そんな言い方があるかよ!」

 

「んなもん結界の外に出ろって言ったのに出てなかった貴方方の自業自得でしょうが。そも言い方じゃなくて今更神が死んだのどうこうでショック受ける方がどうかしていますよ。神が何時死にました。ここ数年とかここ数日の話ですか? 違うでしょう? この場で神が生きている頃に生まれていたのなんて黒幕さん程度ですよ。元から居ない者を勝手に居ると信じこんで、ネタバレされたらショックだわーとか、馬鹿かって」

 

「そういう話をしてんじゃねぇ! 思いやりを持てっつってんだ!」

 

「貴方が、先輩が思いやっているじゃないですか。じゃあ少なくともアーシア先輩には神なんぞ要らないでしょう」

 

「はぁ? なに言ってんだよお前」

 

思いやりの欠片もない、それこそ、一定の距離感を保ちつつも多少の、社交辞令程度の見せかけの思いやり程度は見せて話していた書主とは思えない程の物言いに反発していたイッセーが、頭の上に疑問符を浮かべる。

そんな事も解らないのか、とでも言いたげな呆れ顔で、やれやれと大げさに両腕を広げて首を振る。

 

「神は特に救いも与えなかったし愛も与えなかった。結果アーシアさんは人間としての生を諦めて悪魔になりました。仮に悪魔にならなきゃその内似たような連中に浚われて神器引きぬかれて死んでたでしょ。あー残念やっぱり救いも愛も無いですねこの世。でも今は生きている。悪魔としてね。それは神のご加護か何か? 神は死んでいるから当然違う。堕天使に利用されてそのままボロクズになる予定のアーシアさんは誰に救われました。右も左も解らないアーシアさんを助けた方が居ました。アーシアさんは確かに救われた。まさか忘れたとは言わないでしょう兵藤先輩」

 

「そりゃ、忘れる訳、無いけど」

 

何が言いたいか、耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言から、自分とアーシアの馴れ初めに言及した辺りでようやく察し、しかし、導かれるだろう結論への照れから僅かに口籠る。

見れば、アーシアの身体の震えは止まり、傍らで自らを支えるイッセーへと視線を向けている。

神に縋る信仰者の視線では断じて無い。

だが、傍らに立つ誰かに向けるには十分すぎる、信頼と親愛の篭った眼差し。

 

「人間、アーシア・アルジェントは神に愛されず救われず終わった。でも、死なせたくないと願う兵藤先輩の愛で新たな生を与えられ救われた。今じゃ二年の愛され系って聞いていますよ。愛され系なら愛も溢れているでしょう。これまで積んだ善行も神の国も神もないなら無駄ですか? 百度に一度は巡り巡って戻ってくるでしょう。ほら、神が居なくて誰が困ってるんですか」

 

「あ、愛ってお前、なぁ……」

 

既に、アーシアとイッセーの間には絶望の気配は無い。

 

「じゃあ、あの施設で死んでいった仲間たちは何を信じて」

 

「木、場、先輩その手の中は何ぃぃぃぃ!? 見てないけどその仲間とか救う下りたぶんさっきやったんでしょぉぉぉぉもぉぉぉぉおおおおお!!!!」

 

手のひら側の剣の柄でがりがりと頭を掻きながら地団駄を踏み、とうとう堪忍袋が破裂したかのように絶叫する書主。

その様子を見ていたコカビエルが嘲る様に口を挟んだ。

 

「ならばあのデュランダル使いはどうだ? 未だ世界にあふれる信徒どもは、その青臭い理屈で……」

 

「知りませんよんなもん! 代わりに救済してんのは大天使とかそこら辺でしょうが完全に此方の管轄外ですよ! まだ信じてる奴らは信じたまま死にゃ気分的に救われるでしょうが! 神は無くとも事もなしって名言を知らないんですか! ていうか! 貴方も! 話を! 脱線させてるんじゃないですよ!」

 

言い終えて、はぁはぁと荒くなった息を、ゆっくりと整える。

懐から時計を取り出し、舌打ち。

 

「ほら、余計な話挟んだせいで三分ちょい余計に時間食っちゃったじゃないですか。アーシア先輩と兵藤先輩と木場先輩は海より深く反省して、あとは隅っこか結界の外で静かにしてて下さい」

 

「……人間って、ここまで自分勝手が言えるものなのねぇ……」

 

頬に手を当て、呆れを通り越して関心した様に呟く朱乃に、書主の剣幕に押されて口を挟めなかったリアスがうんうんと頷く。

 

「さて、話を戻しますが。此方は黒幕さんの護りを余裕で貫ける武器があります。このまま再開すれば、貴方は一分以内に即死するでしょう。……さて、どうします?」

 

「無論、戦うとも」

 

ずらり、と、同時に武器を構え直す書主とコカビエル。

最早余分な弾幕を展開する事もなく、挑むのは実力勝負だ。

清々しい、と表現するには凄みの有り過ぎる凄絶な笑みで光剣を構えるコカビエルに、挑発するように書主は語りかける。

 

「またまた。さっきの話から推察するにグレモリー先輩で魔王釣って戦争再開させるのが真の目的なんでしょう? 此方を倒してグレモリー先輩らを手に掛けるのは、一人じゃ難しいんじゃないですかねぇ……?」

 

「ふむ、何が言いたい?」

 

試すようなコカビエルの問いに、一度そっぽを向き、チラッ、チラチラッ、と、期待の視線をコカビエルに向ける書主。

 

「あー、この場になー、足止めの雑兵が大量に現れたらなー、さしもの控えめに言ってアーチ級の此方もリアス先輩らまでカバーしきれないだろうなー。……さしあたって完全武装のはぐれエクソシストが数千、いや、数百人も現れたら、とっても、とっても難しいと思うんですよねー」

 

一度言葉を区切る度に、チラッ、とコカビエルに期待の視線を向ける。

その視線と言動から、書主が何をやりたいか、何を狙ってこの場にいるかを完全に理解したイッセーと祐斗は『うわぁ……』とでも言いたそうな表情でその場で一歩後ろに引く。

対峙するコカビエルはその真意こそ掴みきれないものの、ふん、と鼻で笑い、応える。

 

「肉盾にもならぬ雑兵なぞ要らん。貴様をこの場で殺し、やがて来る魔王の首を土産に! あの頃の続きを始めるのだ! 我等堕天使こそが最強だと、俺一人でも、証明して、ミカエルにも、アザゼルにも見せつけてくれるわ!」

 

「いやいや、そう言わ……………………ん?」

 

自信満々に言い切るコカビエルの言葉に、チラチラと期待の眼差しを送り続けていた書主が、首を傾げて固まった。

 

―――――――――――――――――――

 

今、この黒幕さん、なんて言った?

いや、聞き間違い、いやいや、言葉の綾かもしれない。

 

「あの、黒幕さん。……戦争、するんですよね」

 

「そうだ! あの時代、勝てる筈だった戦いに、勝ったという結末を齎す為に……」

 

自信満々に、何かに酔うように目を閉じ思いを馳せる黒幕さん。

回想シーンにすら入りそうな動きに掌を差し出しつつ遮る。

 

「いえそういうのはいいです。……一人で、やるわけじゃ、無いですよね。だって、戦争するんですから、兵隊くらい」

 

「人間の戦と一緒にして貰っては困る。勿論居たほうが良いが、アザゼルの元に集うような弱兵ならば俺一人の方がよほどマシだ」

 

うんうん…………………………………………………………………………うん?

 

「じゃあ、一人で、戦うんですか。この場も、この後も」

 

「当然だろう!」

 

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…………………………………………………………………………と、

 

「 当 然 じ ゃ な い わ こ の 糞 ハ グ ロ ト ン ボ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ! ! ! ! ! ! !   そ り ゃ 戦 争 じ ゃ な く て カ チ コ ミ か 特 攻 で し ょ う が ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ! ! ! ! ! ! ! ! ! 」

 

―――――――――――――――――――

 

絶叫。

込められた感情は、激怒、と呼ぶ他に表現のしようもない。

叫びと共に放たれた衝撃波が校舎の辛うじて無事だったガラスを残らず粉々に粉砕し、炎上していた区画の炎を纏めて吹き消した。

天が、地が、叫びに釣られるように鳴動する。

 

「……もう、いい」

 

静かな口調。

しかし明らかに怒りを湛えたままの声は恐ろしい程に熱を感じられない。

極自然に宙に浮かび、光の剣を構え、臨戦態勢のコカビエルに向けて、冷たい視線を送る。

まさに家畜を見るような冷たい目。

その視線に耐え切れなくなった訳でもなく、極自然にコカビエルは飛び出した。

好機ではない。

だが、コカビエルの直感が告げていた。

最早相手に一秒とて与えてはならない。

仕留めなければ、殺される。

最低限の堕天使の自尊心は備えていたコカビエルだが、自らの生存本能に逆らう理由は無い。

超常の力を備えるだけの、脆弱である筈の人間に向ける、長い生の中で最速最高の一撃。

 

「この場に貴方しか居ないというなら」

 

受けられる。

六刀でなく、武器ですらなく。

光の剣の刃は、書主まで数十センチという所で、分厚い空気の膜に受け止められ、前に進めない。

蹴りを入れる、新たな光の剣を生み出す。

そんな選択をする間もなく空気の爆発に弾き飛ばされた。

空を自在に飛ぶ堕天使であれば本来ありえない程に、大きく距離を離される。

 

「用意した分、全部受けていきなさい」

 

書主の赤みがかった黒髪がざわめくように蠢く。

手に刀は無く、先の戦闘中も決して開かなかった鞄が開き、中から何かがふわりと浮かび上がる。

大きめの肩掛け鞄に限界まで敷き詰められていたもの。

それは、300㎜×50Mの安いロール紙。

左右五本づつ、合計十本のロール紙がたわむ。

巻物の如く広がり続けるロール紙に囲まれ、書主は背に手を延ばす。

何もない筈の背、そこに、一本の刀があった。

何の変哲もない筈の刀。

それを引き抜きながら、地の底から響くような声で、告げる。

 

「秘伝忍法」

 

冷たい宇宙空間の闇を連想させる黒い瞳。

その瞳に浮かぶ煌き──星が、明確に一つの紋章を作り上げた。

異なる宇宙、異なる世界の、地球を総括する軍の紋章。

 

「紅」

 

赤みがかった黒髪が一際強く輝き、燃え盛る炎の如き橙混じりの紅に染まる。

見た目の変化はそれだけ。

だが、決定的な変化だ。

コカビエルが突撃、に見せかけ、周囲に漂うロール紙に光剣を投げ付ける。

何らかのギミックになるであろうロール紙に手を出す事で隙を作ろうという言わば小手先の手。

ほぼ同時にコカビエル本人も動き出し、しかし、止まる。

見れば投擲した筈の光の剣も空中で静止し、間を置かずに大気に溶けるようにして消えて行く。

壊された訳でもなく、何らかの魔法を使われたわけでもない。

それが、まるでそうなるのが自然であるかの様に、溶けて消えた。

身動きがとれないのもまた、それが当たり前の現象であるかのように感じられてしまう。

 

「逃げないで。……と言っても逃げようもないでしょうが」

 

そう、コカビエルは逃げられない。

少なくともこの場から飛んで、空間の中を動き移動して逃げる事は決してできないだろう。

この場の物理法則は既にそれを許さない形で作り変えられている。

 

「さぁ、さぁ」

 

手に持つ一刀を振るう。

書主の目に映るのは、ロール紙を構成するパルプの出生地やDNA情報、製造年月日、使用期限諸々の文字列と、その上に薄く描かれた描きかけの絵。

その未完成部分に、一瞬にして筆として刀の切っ先を走らせていく。

 

「一つ残らず、一つ余さず受けていきなさい」

 

3万平方メートルにも及ぶ広大なロール紙の白地に、薄っすらと、しかし、欠けること無く描き上げられた『それ』が、次々と実体化していく。

空中で実体を得たそれらは、重力に引かれグラウンドに堕ちること無く、その場に浮かんでいた。

浮かんでいた、いや、その場で静止している。

まるで、見えない手によって握られている様に、見えない奏者に操られる様に。

 

「……何なの、何なの、あれは」

 

信じられない光景だった。

傍から見ているだけで、それを向けられているわけでもないのに、絶望的である、としか思えない。

結界から出ず、いざという時に加勢しようとしていたグレモリー眷属が、未だ絶望に捕らわれていたゼノヴィアが、唖然とした表情で見上げる。

 

そこには聖剣があった。

木場祐斗は自らの手の中を確認し、そこにあるものを確認し、再び空を見上げた。

瓜二つの、しかし、黄金の輝きを放つエクスカリバーがあった。

僅かな細部の異なるエクスカリバーが幾本も並び、自らのエクスカリバーと同じ黒いエクスカリバーを見た。

 

ガラティーンと呼ばれるエクスカリバーがあった。

プロトと呼ばれるエクスカリバーがあった。

モルガンと呼ばれる黒いエクスカリバーがあった。

イマージュと呼ばれるエクスカリバーがあった。

カリバーンと呼ばれる聖剣があった。

カレトヴルッフと呼ばれる聖剣があった。

エスカリボールと、エクスカリボールと、キャリバーンと、コールブランドと、カリブルヌスと、カレドヴールッハと呼ばれる聖剣があった。

どれも似た姿をして、しかし残らず聖剣だった。

 

明らかに剣ではないものがあった。

 

バールの様な形をした聖剣があった。

 

火かき棒の形をした聖剣があった。

 

ベーブ・ルースのバットが堂々とエクスカリバーの列に並んでいた。

 

もはや只の木の棒にしか見えない何かが聖剣として並んでいた。

 

未来的な可変戦闘機が並んでいた。

 

似た名前の響きの乱杭歯付きニッケル合金製バットの様なものもとりあえず聖剣として並んでいた。

 

王賜剣一型と呼ばれる、二刀一組の機械的な機構を持つ聖剣があった。

 

王賜剣二型と呼ばれる、カリバーンともエクスカリバーとも呼べる機械的な大剣があった。

 

エクスカリバーという名を貰いながら明らかにデザインラインが異なる聖剣が無数にあった。

 

当然の様に、エクスカリバーですらない聖剣もあった。

 

その方が多く、しかし、間違いなく数えきれない程の聖剣があった。

 

どれもこれも、誰ひとりとして見覚えが無く。

しかし、見た瞬間に、誰もが聖剣エクスカリバーであると確信していた。

 

悪魔はその場から一歩足りとも動けず、いや、身動ぎ一つできる気がしなかった。

例えそれが、それら無数の聖剣が、たった一人の堕天使にのみ向けられているのだとしても。

全ての聖剣と思しき物達が、まるで一つの意思によって統率される軍隊の如く、空に在る光景に、心を射すくめられていた。

 

「は、はは、そうか、そうだったのか、魔王が、神が死に、世界のバランスが崩れると、ここまで、狂うのか! ふは、あは、はははははははははははははははははははははははは!」

 

全ての聖剣の切っ先を向けられたコカビエルが、狂ったように笑い出した。

最早その身体はピクリとも動かない。

抵抗していない訳ではない。

今この瞬間も必死にこの窮地から抜け出し逆転の一手を打たんと思考し、しかし、その意思に反するように身体を動かす事も、光の力を生み出す事もできない。

今まで当たり前の様にできていた事が、まるで全てのルールが変わってしまったかのように出来ずに居る。

許されているのは、目の前の死から目をそむけずに、瞼を閉じずに居ることだけ。

 

「絶・秘伝忍法」

 

静かな声と共に、ゆっくりと刀を振り上げる。

掲げられる刀を追う様に、全ての聖剣が天に切っ先を向け……回転を始めた。

太陽を中心に自転と公転を行う惑星の如く、回り、踊る。

古代日本において混沌漂う大地をかき混ぜ整えた天魔返戈(あまのまがえしのほこ)を想起させる破壊力の渦は──

 

「蓮」

 

一片の慈悲無く、狂ったように笑い続けるコカビエルに、振り下ろされた。




エピローグは明日

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