文字通り絵に描いたような、あくまでドラゴンメインの高校生活   作:ぐにょり

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三十一話 祭りの前、会議にて

部室に集まったオカ研のメンバーは、みな一様に緊張した面持ちで居た。

時計を見詰めるひとも居れば、窓の外を眺めるひとも、瞼を閉じて静かに佇んでいるひとも居る。

瞼を閉じていたひと──悪魔である部長がちらと時計を確認し、部室の中のみなを見回す。

それに合図にした様に、何かをして時間を潰していた全ての面々が立ち上がる。

そんなみんなを眺めていた私もその一人、ゆっくりと立ち上がり、部室の外に向けて歩き出す。

 

『部長! みなさぁぁん!』

 

部室の中に居ながら唯一私の視界に入っていなかった一人、ギャー君のくぐもった声が温州みかんのダンボールから響く。

不安そうな鳴き声──もとい泣き声に、部長が優しく諭す様に声をかけた。

 

「ギャスパー、今日の会議は大事なものだから、時間停止の神器を使いこなせていない貴方は参加できないのよ」

 

『は、はいぃぃ! わ、わかってはいるんですけどぉぉぉ……』

 

たとえ、魔眼殺しなるアーティファクトで神器の発動を抑えられているとしても、現状のギャーくんが神器を使いこなせていないという事実に未だ変わりはない。

魔眼殺しのメガネなりコンタクトを外してしまえば、現状の何時どれだけ暴走するかわからないギャーくんの神器はあっさりと解き放たれてしまうのだ。

封印用の器具をつけっぱなしなのは息が詰まるだろうという読手さんの気遣いが裏目に出たというべきか、こういう面倒な行事に参加する必要がないのは少し羨ましいと言うべきか。

もしかしたら、読手さんはそういう場面に出ずに済む事も計算に入れてあの魔眼殺しをチョイスしたのかもしれないなどと考えつつ、ギャー君とイッセー先輩のやり取りなどを眺め続ける。

 

……今日は、上手く行っても行かなくても、きっと冥界にとって、悪魔にとって記念すべき日になる。

それはたぶん、堕天使や天使にとっても同じこと。

長い長い闘争の歴史の中で、たぶん初めてだろうと思われる、完全な和平に関する会議だ。

勿論、誰も彼もが成功を信じている訳でもない。

周囲を偵察してきた祐斗先輩の話では、この会議場である駒王学園を取り巻く結界の外側では悪魔や堕天使、天使の軍勢が十重二十重に取り囲んで、何処の神話の最終戦争かと言いたくなるような光景を作り出しているらしい。

失敗した場合を誰もが考え想定している。

そのうち、どれだけの人数が本当に和平を望んでいるのだろうか。

 

旧校舎を出て、新校舎に入り、会議場である職員会議室へとたどり着く。

明日は休日、時刻は深夜とあって人気は無く、この中には『ほぼ』人外しか居ない。

……ほぼ、の、唯一の例外がどういう振る舞いをしているかを想像すると冷や汗が背中に浮かぶのは何故だろう。

巫山戯ていたら巫山戯ていたで冷や汗が出るし、真面目なら真面目でそれはそれで嫌な予感しかしない。

それでいて、たぶん、この場に居ない、という状態が一番まずい。

 

が、この場に居ない、という事はまず間違いなく無いのでその心配は無い。

なにしろ、私達の様な関係者からしても進んで出たいとは思えない三陣営のトップ会談なんて面倒な代物に、この学校の中でそういうモノに一番出たくないと考えていそうな読手さんが『出る』と宣言したのだ。

何かしら、出たくないという考えを一先ず置いておける程の何かがあるのだろう。

 

だから、出ているという前提で考えて、一番害のない状態というのは、……どういう状態なんだろう。

巫山戯てなくて、それでいてシリアスになり過ぎない。

……悪魔や堕天使や天使のトップ会談の場で要求するのは無茶ぶりかもしれないけれど、普段通りの、授業中のような自然体で居てくれると、丁度いいのかもしれない。

 

そんな益体もない思考を、コンコンというドアをノックする軽やかな音で中断する。

 

「失礼します」

 

部長が声をかけ、ドアを開ける。

……声をかけて、中から返事が返って来てからドアを開けるべきじゃないかな。

こういう凡ミスが出る辺り、実は部長も内心緊張でガチガチなのか。

味のないドリアを食べた記憶と共に思い出せる堕天使と悪魔のトップの人格からして、そこまで細かいところにツッコミを入れてこないだろうけど、緊張で身が強張る。

 

部長が開けたドアの向こう、職員会議室の中は、明らかに普段とは異なる雰囲気を醸し出していた。

私自身、この部屋を何度も見た覚えはないけれど、明らかに学校には有るはずもない、学校独特の簡素な作りの部屋そのものに不釣合いなまでに高級感溢れるテーブルと椅子。

部屋の中から香ってくる芳しい紅茶の匂いは、それほど紅茶の銘柄とかに詳しくない私でも、部室で普段使われているそれなりに値の張る紅茶と比べてもなお天と地ほどに開きがあるんじゃないかと思える程の高貴な香り。

文字通り空気が違う。

高級感溢れ過ぎて絶対に触りたくないテーブルを取り囲む様に座っているのは、悪魔、堕天使、天使。

聖書にまつわる三陣営のトップが自然体で座しており、それぞれにお付きの方が付いている。

 

悪魔のトップである、サーゼクス様にレヴィアタン様。その付き人、いや、給仕係としてメイドであり最強のクイーンであるグレイフィア様。

天使のトップである、黄金の羽を背負った大天使ミカエル。その付き人らしい普通に白い翼の天使。

堕天使のトップである、黒い十二枚の羽を背負ったアザゼル。そして、付き人というには豪勢過ぎる、白龍皇ヴァーリ。

見事に三大勢力トップ揃い踏み。

場違い感が危険域だ。

 

しかしイメージに反して、会議室の中の空気は険悪なムードではないようで、トップ三人含むヤバイ感じの方々が自然体で出すプレッシャーというか存在感が重すぎる点を除けば穏やかな雰囲気にすら見える。

まぁ、私のような弱小からすると、その自然体で発するプレッシャーで食べてきた夕ごはんの現状を確認するはめになりそうなレベルで胃がヤバイんですが。

 

「私の妹と、その眷属たちだ。先日のコカビエルの件で活躍してくれた」

 

「報告は受けています。改めてお礼を申し上げます」

 

魔王様の紹介とミカエルからの礼に対し、部長は努めて冷静な態度で優雅に会釈を返した。

こういう場面での振る舞いは本当に凄いと思う、素直に尊敬に値する。

きっと普段色々な面でこう、アレなのも、こういう場面での振る舞い方にリソースを振っている代償なんだろう。

私にはとてもできない。

 

「ウチのコカビエルが迷惑かけたな。じゃあ、ゲストも全員揃ったし、そろそろ始めたいんだが……」

 

ちらり、と、アザゼルが視線を会議室の端に向ける。

釣られて視線を向ける。

 

「……」

 

会議室の隅に置かれたソファの上に、一人の男が静かに横たわっていた。

男、というか、読手さんだった。

 

「ZZZ……」

 

寝ていた。

ガチ寝だった。

狸寝入りなんて言い訳が通用しないレベルで、この空間がどうなっているかなんて、欠片も関係ないとでも言いたげな眠りっぷりだった。

 

アイマスクを付けているなんてレベルじゃあ無かった。

枕と毛布を持ち込んで、それはもう威風堂々とした寝入りっぷりだった。

 

「……むにゃむにゃ……大丈夫ですよ塔城さん……これから膨らみますって…………なんならこの秘薬を……塗るなり、注射するなりZZZ」

 

私は目の前が真っ暗になった。

 

―――――――――――――――――――

 

ゆさゆさと身体を揺すられる感覚。

 

「読手様、読手様。時間ですのでお目覚め下さい」

 

折り目正し良い口調の目覚ましに、意識を覚醒させ──

 

「ん……おはようござい……ました」

 

──そのまま起き上がらずに意識を眠りの中に没入させる。

五感の幾つかを閉じ、未だ起こそうと声を掛けてくるメイドさんの干渉に無視を決め込む。

此方は嘘が嫌いだ。

勿論、自分で嘘を吐く場合もあるし、知性有る存在のコミュニケーションに嘘はつきものだと理解しているけれども、自分が嘘を吐かれる側になるのは嫌だ。

 

そもそも此方は忍者として一定の技能を保持していると幾つかの忍者系の機関から認定を受けている。

当然、此方に敵対する存在が周囲に居るのであれば眠気など一瞬にして掻き消えて戦闘態勢に入れる。

が、この身体は未だ眠りから覚めるのを良しとしていない。

つまり逆説的にこの場には外敵が存在せず、今日この場に来た最大の理由である一大イベントは始まっていないという事になる。

 

つまり、このメイドさんは嘘を吐いて此方を起こし何かしらの用事を言いつけようとしていると見て間違いない。

それに屈服するのはなんかこう、ポリシーとかそんな感じのアレが許さない気がする。

どういうポリシーかは知らない。

 

「……てください。……さん、起きて…………えい」

 

ゴヅ、と、鈍い衝撃が半ば閉じていた触覚に頭部への打撃を伝えてくる。

まるでそう、腰の入った妖怪変化の振り下ろし気味の拳の様な、非ニンジャの一般人の肉体だったらそのまま首が外れていたのではないか。

衝撃が来る前の声も聴き馴染んできた友人の声のようで。

少なくとも、こんな偉い連中しか居ない場所で前に出て此方を起こすだなんて、割と社会的な立場の違いとかを大事にしているっぽい普段の彼女には出来ない筈。

となれば、何かしら、出来ないことをしなければならない事態なのだろう。

 

「んむ……おはようございます塔城さん……」

 

「おはやく無いです……!」

 

眠っているアピールのためのアイマスクを外し、周囲の状況を確認する。

無駄に高級な机と椅子の運び込まれた職員会議室に、魔王さん、アザゼルさん、ミカエルさん、コスプレイヤー、それぞれのお付。

あと、部下が一人死ぬ度に気力が10上がるレベルで怒る生徒会の会長さん。

ここまではさっき眠る前と同じ。

で、新たにオカ研の連中が入ってきて壁際で立って待機している。

椅子くらい用意してやればいいのに、と思うが、基本的に体育会系なのかもしれない。

 

「あ、もしかして会議は無事に終わっちゃいました?」

 

「まだ何も始まってねぇよ」

 

アザゼルさんの何故か呆れの混じった言葉に落胆する。

 

「えぇー? じゃあなんで起こしたんですか」

 

「お前の話も聞かねぇとなんねえだろ」

 

「こないだ話したじゃないですか、ご飯食べながら。ミカエルさんにもメールで大体同じ説明しましたよ?」

 

「…………こういうのは、形式ってのも大事なんだよ」

 

「はぁ、左様で」

 

瞼を開けずとも声だけでなんだか頭痛を堪えている様子が伝わってくるような声の調子だけど体調でも悪いのだろうか。

 

「まぁ、そうは言ってもそれほど格式張った話ではないから安心してくれ。グレイフィア、彼にも茶を」

 

「どうぞ」

 

「ああ、これはどうも」

 

茶の入ったカップを受け取り、香りを楽しんだ後、啜る。

作法の類は知らないので仕方がない。

実際、こういう高尚な趣味の持ち主は知り合いには殆ど居ないのだ。

だがそれでも、このお茶が茶葉が高いだけのブルジョワティーでなく、確かな技術を持って淹れられたお茶である事はわかる。

流石魔王付きのメイドさんの入れるお茶は違う。

 

「それでは、改めて話を始めようじゃないか」

 

魔王さんがドヤァ……という雰囲気をふんだんに練り込んだ真面目な声で会議の開始を宣言した。

それから暫く茶を飲みながら会議の内容を聞いてみたものの、結局は事実確認とこれからの関係性などの照らし合せのような、特に面白みもない事務的な話だった。

やることもなく暇なので塔城さんにもお茶を勧めようかと思ったけれど、塔城さんは此方がアザゼルさんと話している間にオカ研の列に戻ってしまっている。

暇だ。

さりとて宿題などを内職する程に時間がかかるとも思えないこの微妙な時間。

本当に何故此方は起されてしまったのか。

 

「読手さん」

 

「はい?」

 

つまらない会議を聞き流しながら襲撃待ちをしていると、ミカエルさんが此方の名を呼んだ。

 

「神の死についてはご存知ですね?」

 

「ええ、一応は」

 

それもメールで話さなかったっけ?

で、ミカエルさんは神の死に関しては重々しい追悼と哀しみの感情を込めた文章に泣き顔の顔文字を付けて説明してくれていた。

本当に今さらじゃないかなぁ、と思う。

というか、別に死んだのは主にお前らの神であって、日本人に馴染み深い八百万の神とか、その他神話の神は大体生きてるんだから、此方にとってはガチで関係ない。

母さん辺りは元はエジプトの方の人らしいので此方も聖書系の神とは然程関係無いし、父親に至っては……こう、神に縋る人間を嘲笑いそうだ。

 

「で、信じてる神が死んだー、なんて情報広めたら色々ヤバイって事で、今は大天使とか繋げたりして神の祝福とかを代行してるんですよね? そして、もう神も魔王も死んでるのに何戦ってんの俺らー、みたいな感じで休戦、と」

 

「まぁぶっちゃけるとそうなるな」

 

「ちょっとぶっちゃけ過ぎじゃないかなー……」

 

「人間からしてみればその程度の話という事だろう」

 

アザゼルさんが頷く。

他のレイヤーさんとか魔王さんとかは色々と言っているけど、それらは人間である此方には一切関わりのない話だ。

 

「嘆かわしくはありますが、それが今の人間という事でしょう。勿論、今も信心深く信仰を捧げてくれる者達は居ますが」

 

「勿論、祈りも虚しく信仰が届かずに救われる事無く死ぬ人らも居ますが」

 

「痛ましい話ではありますが、神の残したシステムを我等熾天使のみで運用する以上、どうしても穴はできてしまうのです」

 

テロの人待ちの時間つぶしと割り切り会話を楽しむつもりで茶々を入れるも、ミカエルさんは沈痛な声色で項垂れてしまった。

神の残したシステムにも穴があるんだよな……別に嫌らしい意味ではないが。

それはともかく、此方の茶々に即答した辺り、この辺の話を突っ込まれる事は想定して返事を用意していたらしい。

この段取り力、メールで見たテロ屋の襲撃もかなり説得力が出てきた感じがする。

 

「あ、知ってると思いますけどその穴に落ちた人がそこに二、三人ほど」

 

伝えると、ミカエルさんは穴に落ちたっぽい三人に頭を下げ、何故落ちたかの説明をしてくれた。

要約すると、多くの信者の信仰が揺らぐと駄目、神の死を知っている人間が本部(具体的にどこ?)に近付いても駄目、との事らしい。

穴だらけだ。これはもう、何Pできるかわからないレベルで穴だらけである。

おっと、いけないいけない。ゼノヴィア先輩が送ってくるシモメールに釣られて思考が変な方向に寄りすぎている。

 

「貴方達が悪魔に落ちた事、それは我等の罪でもあります」

 

そしてその穴のせいで悪魔に落ちた三人……二人、アーシア先輩とゼノヴィア先輩にミカエルさんが頭を下げて謝罪した。

木場先輩は天使的にはノーカンなのだろうか。

 

「ミカエル様、私はいま幸せだと感じております。大切なヒトたちが沢山できましたし、その中で多くの事を学ぶ事ができました。それに、こうして憧れのミカエル様にお会いできて、直接話もできて、感激で言葉もありません!」

 

アーシア先輩の熱い感激の言葉(言葉はないらしい)に頷きながら、ゼノヴィア先輩が続く。

 

「私もです。勿論、多少の後悔はありますが……。こうして悪魔になってみて、今まで見えていなかった事が初めて見えてきたんです。日常の中で経験できる様々なものが、今の生活に彩りを与えてくれているのです。他の信徒達に言えば怒られるかもしれませんが……私は、今のこのセックス&ドラッグ!な生活に満足しているのです」

 

「ぜ、ゼノヴィアさん、せ、セックスって……」

 

「ん? ……ああ、すみません。セックスはまだでした。今のところは、オナニー&ドラッグ!で」

 

今のところとは。

恥ずかしそうに言葉を詰まらせながらのアーシア先輩のツッコミにゼノヴィアさんが頭を軽く下げながら恥ずかしげもなく訂正を入れた。

でも訂正しきれてないんですがそれは。

グレモリー先輩もこの場面で頭を引っ叩いて後ろに引っ込める事はできないようで、最早この場はゼノヴィアさんの独壇場だ。

 

「……………………………………すみません、あなた方の寛大な心に感謝します」

 

おおっと、ここでミカエルさん、ゼノヴィアさんの必殺のボケに食いしばって踏みとどまった。

これはファインプレー。ここで突っ込んだら此方にまで飛び火してきそうだったし。

 

「デュランダルは…………、ゼノヴィアの預かりとなりますので、サーゼクスの妹君、監督の程を宜しくお願いします」

 

「全力で承ります」

 

場の空気を意図せず支配した代償として、天使側からの信頼は魔王の妹よりも下の位置まで下がってしまったようだが、本人はどこ吹く風。

この人、もしかしなくても教会でエクソシストし続けてた方が世界は平和だったんじゃないかな。

しかしそれもシステムの欠陥のせいで許されない。

悲しい話だ。彼女の信仰が、まるで暴れん坊将軍の往生際が悪い悪役の様にコカビエルの言葉を出鱈目だと斬って捨てるレベルの盲信で無かったのが悔やまれる。

 

「あー、話が逸れたな。それで、読手、お前だよ」

 

何処か間抜けな空気が流れ始めていた空間に、アザゼルさんの言葉と共に緊張感が蘇ってきた。

緊張感を伴った空気を裂き、走る幾つかの強い視線は此方に向いている。

ここからが此方にとっての本題、という事なのだろう。

 

―――――――――――――――――――

 

「君のスタンスに関しては、既に私達も知る所だ。平和に生きる、平和を乱す邪悪なものは殺す。少し過激な所を除けば、良い生き方だと思う。人として、社会に生きる知性有る存在としてそれなりに正しい在り方だろう。……だけど、それを君が一人で貫いていくのは難しいだろう」

 

「お前の言う平和が全てのものに受け入れられる訳じゃねえ。殺された連中にだって、奴らにとっての平和があった。それでも、お前が何の力も持たない人間ならそれで良かったが……」

 

「君は堕天使の幹部であるコカビエルを殺した。勇者でも英雄でもない、ただの人間がそんな偉業を成し遂げたと知れば、そういう思想で動いていると知れば、多くの組織、様々な神話大系の神々が君の力を付け狙うでしょう」

 

「まぁ、そうなりますかね」

 

会議室の中に居る全員の視線を浴びながら、読手さんは何時ものように飄々とした態度で答えた。

頭脳労働担当じゃない私でも、次に読手さんに求められる問いがどういうものなのかは解る。

……数カ月前、少し匂わせただけでちょっとした友人から絶交されて赤の他人になってしまうんじゃないかというレベルで拒絶されたものと、方向性は同じ筈だ。

 

「君が、我々の様な存在から受けるいざこざを好まないという事も知っている。だが、何の後ろ盾も無いというのは余りにも危険だ」

 

「ふむふむ」

 

「広い目で見れば、貴方の活動は地上の平和にも繋がるでしょう。宜しければ、我等天使で援助を行う事も可能です」

 

「そですか」

 

あの時と比べて、かなり穏やかな対応だ。

話を聞いているのか聞いていないのか定かでない、教科書に載せられるレベルで悪い見本になれる失礼な生返事だけれど、少なくとも即座にキレて立ち去っていないだけましだろう。

……実のところを言えば、私自身、彼がどんな返事をするのか気になっている。

 

彼は友達だ。

たぶん、異性の友達の中では一番に仲がいいだろう。

そんな彼とも、たぶん、高校を卒業した後は疎遠になってしまう筈だ。

私自身が大学に進学するかどうか決めていないけれど、私が悪魔で、彼が人間である以上、何処かで離れる時が来る。

……もし、もしも、ここで悪魔からの援助を受けてくれる、となれば、末永く友達で居られる。

入学してからこれまで続いていた、どうしようもない、どうでもいい、でも、楽しい無駄な時間を共有していける。

これは、本当に他意の無い、友人としての純粋な願いだ。

だから、できれば、受けて欲しい。

 

「そうですねぇ……」

 

まるで世間話でもするような気安さで、読手さんが何かを言おうとして──────

 

―――――――――――――――――――

 

ぴたり、と、会議室の中を流れていた様々なものが止まった。

比喩ではなく、文字通りに会議室の中の空気の時間が停止している。

明らかな異常事態。

つまり敵襲である。

 

「よしきた!」

 

忍転身で標準的なニンジャ装備に着替え、窓に向かい外を確認。

瞼を開く。

そこには、魔力や光力を始めとした様々な力で紡がれた結界の術式構成がびっしりと埋め尽くされ、その向こう側におびただしい数の文字の塊が犇めいていた。

一人一人の文字列に軽く目を通していく。

クソの様などうでもいい自尊心に満ち溢れ、他者を思いやる心に欠けた、絵に描いたようなテロリストだ。

何より素晴らしいのは、誰一人としてやむを得ない理由でこの場に居る訳ではないということか。

この場の誰もが、その力をもっとマシな場所と時間に使う事ができた筈の馬鹿ばかり。

世界が気に食わないからと、自分を変える努力もせずにテロに走った、脳味噌に血があまり巡っていないタイプの方々だ。

 

「いっぱい居ますねぇ」

 

次に素晴らしいのは数だ。

今ですら校庭に、その上空に犇めいているというのに、少し離れたところに召喚用の魔法陣らしき構成の文章が読める。

つまり、塗りつぶす速度を加減すれば、延々と塗料を作り出し、延々と染め続けられる、塗りつぶし続ける事ができるのだ。

ああ、ああ、実に良い。

こんな素晴らしいお祭りを教えてくれたミカエルさんには花丸を上げたい。

何時ぞやの羽が黒い馬鹿とは大違いだ。

 

「おい馬鹿そんな身を乗り出したら」

 

背後からの声。

そう、身を乗り出すと居場所がバレる。

つまりは敵の攻撃が飛んでくる訳だ。

破壊力を伴った、悪魔の使う魔力攻撃を模した文字列。

直撃すれば校舎の壁位は粉砕できるだろう。

結界を破れる程ではないが、身を乗り出した状態なら衝撃の余波くらいは受けてしまうかもしれない。

 

「──」

 

きゅる、と、昔懐かしい音声テープの早送り音のような、革と革を擦り合わせたような音が口から漏れる。

超高速詠唱により魔術が発動し,飛んできた魔術を相殺し、魔力の残滓が大気を構成する文字列を引き裂いて飛散した。

文字列と呼べるか怪しい程の短文と化したそれに、刀の先端を這わせ、切り裂く様に塗りつぶす。

後にできるのは真っ赤な塗料。

落ちた塗料が此方に飛来した時の勢いを残し、校舎にぶつかり、コンクリートの文字列を上書きする。

コンクリの文字列は消えず、しかし、塗りたくられた塗料のお陰で真っ赤な壁にしか見えない。

 

ああ、何色にするか少し悩んだけれど、やっぱり始めは赤がいい。

紅白は縁起が良いし、派手な祭りに赤は相性が良い。

 

「あは」

 

笑みが溢れる。

いい光景だ。

文字の校舎、文字の校庭、文字の空気、文字の木々、文字の結界、文字のテロリスト。

そんな光景の中に、一点だけ、校舎の一点にだけだけど、文字ではない純粋な色が存在している。

目に優しい、見やすい、心が安らぐ。

文字を減らして色が増えた。

随分と久しぶりな気がする。

 

「じゃあ此方は行きます。止まってる方々は任せました」

 

「おう、行ってきな。……ヴァーリ、お前も」

 

「そっちの護衛にでも充てておいて下さいな。こっちに寄越したらうっかり死ぬかもですよ」

 

「殺すかもじゃなくてか?」

 

「こさせるなら、一応、気をつけますがね。ああ、つまりこさせないで下さい」

 

せっかく、一晩中でもやり続けられる様にペース計算しているのに、此方以外の誰かなんて混ぜたら台無しだ。

 

「大した自信だな」

 

ちら、と、視線だけで声の主であるアザゼルさんのお付の人を見る。

……面倒な人だ。

そしてこういう目出度い場所では面倒事は後回しにするのが良い。

 

「自信のあるなしじゃないんですよ。……もう行きますからね」

 

会議自体には既に出席しているし、この状況で続けられるものでもないだろう。

この時間の為に会議が始まる時間まで会議室で時間を潰して待っていたというのに、ここからおあずけとかありえない。

さぁ何を使うか。

まぁなんでも使うか。

刀はある。

スリケンもクナイ・ダートもある。

四肢がある、指がある。

言ってしまえば全部筆だ。

 

「読手君、できればこの場は我々に任せて、旧校舎の部室に向かってはくれないか?」

 

「見ての通り忙しいんですが」

 

何を抜かしてるんだろうかこの魔王のおっさん。

何か用事とか忘れ物があるなら自分で行けばいいのに。

 

「落ち着け。お前がなんで動けてるかは知らんが、今、この空間は時間が止められてる。原因はハーフヴァンパイアの小僧の神器にある」

 

「……ギャスパーの神器に?」

 

「ああ、恐らく、譲渡系の神器で力を注がれて、強制的に禁手状態にされてるんだろう」

 

「つまり外部から暴走させている?」

 

「そういうこったな」

 

……………………そうか。

ギャスパーの、あの臆病なギャスパーの。

あいつに、強制的に魔力を詰め込んで。

使いこなせていないと嘆いていた神器を。

皆に迷惑を掛けてしまうかもと恐れていた神器を。

外界との関わりを絶ってまで、使うまいとしていた神器を。

目を。

瞳を。

暴走させて。

無理矢理に。

大切にしていた仲間を、世界を停止させた、と。

そう、そうか。

そうかそうか。

そういう奴らか。

それはそれは。

軽く流し読みしただけじゃ、わからないものだ。

そんな奴らだったか。

 

「そうですか。わかりました」

 

―――――――――――――――――――

 

『起きろ、相棒!』

 

意識を取り戻すのと、ドライグの声が頭に響いたのはほぼ同時だった。

視界に映る会議室の中の光景が少し変わっている事に気が付き、次いで、自分の身体が勝手に神器を起動させ、戦う姿勢を取っている事に気がつく。

いや、身体だけじゃない。

頭の中がビリビリと痺れている。

何か、恐ろしい何かに対して、戦わなければ、抗わなければという気持ちが湧いている。

 

「……ああ、兵藤先輩、動けるようになったんですね」

 

静かな声。

入学して、悪魔になってから結構よく聞く様になった後輩の声だ。

声の出処も解る。あいつは校庭が見える窓の縁に立っていた。

良くマンガやテレビで見る忍者のそれと似た装束を身に纏った読手の姿。

──だけど、一瞬だけ、本当に俺の知る読手なのかわからなかった。

姿形は変わらない。

いや、しいて違いを上げるとすれば、『髪の毛が金色に輝いている』というところか。

見た目の変化はそれだけ。

ただそれだけなのに、なんでだろうか、返事をしようにも上手く舌が回らない。

 

「緊急事態です。ギャスパーが襲われているそうなので、至急オカ研の部室に来て下さい」

 

「ギャスパーが!? わかった!」

 

状況は欠片もわからないけど、仲間がピンチなのはわかった。

急がないと不味いという気持ちに応える様に、身体がビキビキと音を立てて変化しているのが解る。

すると、次第に抗わなければ、という気持ちが薄れていった。

こっちを見て嬉しそうに笑っている読手の金髪が、元の赤っぽい黒に戻ったのと関係しているんだろうか。

 

「ほぉ、コレが今代の赤龍帝の変化か。噂には聞いていたが、こりゃまたとんだゲテモノだな」

 

ゲテモノ。

確かにそうかもしれない。

ここ数ヶ月で聞いた話では、禁手前でここまで過剰な変化を起こす赤龍帝なんてそう居ないらしい。

俺の身体に不備があるのか、相性が悪いのか。

でもそんな事はいい。

戦うには十分だ。

守るために戦うには。

 

「見た目なんぞどうでもいいんですよ。兵藤先輩はいいヒト、愛あるヒトです。それだけで全て帳消しになります。ではお先に」

 

何か恥ずかしい事を言いながら、読手が窓から飛び降りた。

視線で追う事すらできない速度で、あっという間に『無人の校庭』を走り抜けて行く。

一呼吸する頃には旧校舎の方から悲鳴と戦闘音が聞こえてきた。

今から行って何ができるかはわからないけど、世話を焼くと決めた後輩の為だ。

 

だけど、と、少しだけ不思議に思う。

なんで、魔王様もアザゼルもミカエル様も、動いているヒトたちは全員が全員、読手の方を向いて、まるで警戒でもしているような姿勢を取っていたんだろう。

 

 

 

 

 




状況が動いた回
少しだけ魔王とかのセリフの中に主人公の主義的なあれが出たけど、飯を食べながらの話だったので割と大事な所を省いています
上手く行けばギャスパーを激励するイベントで主人公の内心にてそこら辺を補填できるかも


★ギャスパーくん
これもうヒロインポジションなんじゃないかな
たぶんヒロイン要素はこの巻で使い切ると思うのでまだセーフ

★兵藤先輩
おっぱいとか性欲とかの事を無視すれば精神的イケメン
原作からしておっぱいも好きだけど割と男友達と遊ぶのも好きだったりするし同性の後輩の面倒もちゃんと見る辺り、普通に主人公の気質は十分
なんでアンチされるSSが多いんだろうか……
現在の精神的イケメンぶりと余り表に出ない性欲関係には理由がある
所謂パワーアップフラグである
予定は未定だけどできればパワーアップさせたい

★ゼノヴィア先輩
性欲が強い訳ではなく、子供を作りたいだけなんです! 信じて下さい!
でも確かにこの歳で子供を作ると大変そうなので、前段階のセックスには興味がある
別に強ければだれだって良い訳ではないけど、たぶん状況によっては他のヒトでもオッケーみたいな感じ
ドラッグドラッグ言っているが違法性は無い
描写は無いが時間停止は回避してる
有能な脳筋

★ミカエルさん
この世界線ではメタル系にハマっていたりしない
なのでゼノヴィアさんのロックな発言に数秒間思考が停止したりもしたけど元気です
我等で、ではなく、我等天使で、という辺りが実に堕天しそうだけど、その辺のシステムは既にミカエルさんのものなので全然平気
次回に禍の団に襲いかかる悲劇は半分くらいこのひとの送ったメールのせいになるかもしれない

★レイヤーさん
もう一人の魔王さんらしい
授業参観の日に居たと主張しているけど主人公は知らない
コスプレイヤーであるという噂を下記の会長さんの記述から読んだ事がある

★アザゼルさん
主人公に対して態度を決めかねてるけど、警戒心はトップ陣営の中でも一段と高いかも
でも最近はアザゼルと聞くとアザゼル型を思い浮かべられる
19話の甲洋の復活が素直に嬉しい

★アザゼルのお付きのひと
白龍皇っていうらしいです
実は主人公が殺しにくいカテゴリだったりする
そういう意味での面倒だとかどうとか

★会長さん
本人落とすと下僕の気力30アップ
下僕が一人落ちる度に気力10アップ
時止めとか聞いてないのでこの巻でこれ以降の出番は望み薄

★小猫さん
今回もツッコミ役
吊橋効果は既に切れているけど、友好度では主人公が一番高い
膨らむ秘薬に内心では興味津々

★ドラッグ
何度も言うが違法性は一切無い忍者の薬
代わりにこんなやり取りはあった

ゼ「やぁ。少し考えたんだが、君の彼女監修の元で避妊具有りでなら許されないか?」
主「はいはい、ゼノヴィアさんにはも少し強めのお薬出しておきますねー」
ゼ「そうか……いや、でもありがとう。その薬を飲んだ後は音楽を聞きながら自分を慰めるのが最高に盛り上がるからな」
主「もう少し弱めの薬に変えておきますねー」

秘薬の一種なので公的機関に抑えられても違法性を見つける事はできない

★禍の団
次の話でかわいそうなことになる
殺されたり殺して貰えなかったりする
慈悲は無い



そろそろこの巻も終わり
でも白龍皇は赤龍帝と戦って欲しい
そうしないとイッセーがパワーアップできないので
どうにかして辻褄は合わせたいです

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