文字通り絵に描いたような、あくまでドラゴンメインの高校生活   作:ぐにょり

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三十八話 Kの懊悩/懐かしい繋がり

列車に揺られ窓の外を眺める。

地下に設置された悪魔用のホームから出発したグレモリー家専用列車が走るのは、当然地下にある線路。

地下から冥界に繋がる異空間を通るこの路線は、冥界に出るまで窓の外を見ても面白いものは何も見えない。

見えるものと言えば薄暗い地下線路、明るさの無い異空間に、窓に映る車内の光景くらいか。

頬杖を突いて、窓に映る自分の姿を眺める。

 

顔立ちは間違いなく整っている、のだろう。

幼すぎるという欠点はあるけれど、少なくとも引け目を感じるような造形はしていない。

髪は癖の少ない艶のある白髪、まっすぐに降りているけれど、触ると細い猫っ毛。

髪の毛にワンポイントで黒猫の髪留め。

少し子供っぽいかな、とは思うけれど、変に背伸びをするつもりも無い。

これくらいの可愛らしいアクセは許されるだろう。

首から下は……まぁ、仕方がない。

顔立ちにしてもそうだけど、私は少し育つのが遅いのだと思う。

姉様は立派に育っていたから、今後の成長待ち、

 

総合的に見て、少し幼く見える美少女……もしくは、なけなしのプライドをかなぐり捨てて正確に言うなら、成長すれば美人になるであろう幼い少女。

高校生に見えるかと聞かれれば、悔しいけれど客観的には一発で高校生であると判断するのは難しい。

 

視線を鏡に映った自分の手首にスライドさせる。

家に持ち帰り、散々何処に付けるか迷った挙句、無難に手首に巻く事にした、呪符、お守り。

中ほどに付けられた小さな石は不思議な輝きを放っているけれど、それと意識して見なければ悪目立ちもしない。

自己主張の少ないデザインで、どんな服装をしていても違和感なく付けておく事ができる。

くい、と、手首を少しだけ回すと、列車内の明かりを反射して石がきらりと輝いた。

 

「ご機嫌だね」

 

「そう見えますか?」

 

声を掛けてきた向かいの席の祐斗先輩の言葉に、振り向かずに返す。

鏡に映る顔は、何かの表情を浮かべている訳でもない仏頂面、ぼうっとしている様にも見える。

……と、いいなぁ、という私の気持ちを廃して言えば、なるほど、確かに私はご機嫌に見えるのかもしれない。

無理に無表情を装うとしているけれど、口の端も頬も少し釣り上がりそうで、それを無理矢理に押さえつけている為に、にやけるのを我慢しているようにしか見えない。

 

「なんていうか、だめですね、私は」

 

「そうかな?」

 

「そうですよ」

 

今朝から、というか、昨日の夜から、自分の表情を制御できない。

勝手に笑みが浮かんでしまうのを抑えきることができない。

お陰で今日の私はにやにやとニヤけながら歩く不審人物になってしまっていた。

悪魔の使う駅に辿り着くまでに一般通過人間のヒトたちに何度となく奇異の視線を向けられていたので間違いない。

挙句、列車に乗るまで私の表情に特に触れずに冥界行きを進行していた部長に、列車に乗って部外者が居なくなった途端、

 

『あらどうしたの小猫、今日はご機嫌ねぇ。昨日のお祭りで何かあった? ……あら、あらあらあら! 綺麗な腕輪、誰からのプレゼント? ああいやいや! 別に無闇に眷属のプライバシーに立ち入ろうという訳じゃないのよ! でもほら、プレゼントした側の好意とか好感がよく現れてる素敵なプレゼントだなって思っちゃったからついね? 別に誰からのプレゼントなのかとか、どういう状況でプレゼントされたのかとかが聞きたい訳じゃないのよ? 何もそんな、プライバシーを、デートの詳細を! 無理矢理に聞き出そうだなんて! …………ところで、罰ゲームアリでババ抜きとかウノとかしない?』

 

などと息継ぎ無しの長台詞を満面の笑みで向けられる始末。

因みに部長は望み通り罰ゲーム付きのスピードで負け、(全てハズレの)濃縮デスソース入りロシアンシューの一気食いをして顔面芸を披露した後にゆっくりとお休みになっている。

お陰で車内は実に平和だけれど。

 

「……顔、直らないんです」

 

「笑顔で居るのはいいことじゃないかな」

 

「本気で言ってますか?」

 

「さぁ?」

 

クスクスと笑って逸らかす祐斗先輩に聞こえないように口の中で小さく舌打ちをして、腕輪をもう片方の手で弄る。

何の革とも知れない、でも、指で触れば細かく刻印がなされていると判るベルト。

意味は私の知識では読み取れないけれど、たぶん、真ん中の石と合わせて呪符の効果を発生させるんだろう。

作るにしても買うにしても、似たようなモノを用意しようと思ったら、それなりに掛かるだろうというのは私でも判る。

 

『冥界行きの、安全を願って』

 

読手さんの言葉を思い出す。

……別に、冥界行きはそれほど危険という訳ではないのだけれど、部外者である読手さんからすると危険な場所に思えるのかもしれない。

それこそ、ただの友達────まぁまぁの友人よりは踏み込んだ、結構いい感じの友達程度の相手に、安全を願ってお守りを渡して来るくらいに。

そう、そうだ。

お守りを渡してきたのは、単純に友人の身を案じての事だ。

だから、この腕輪の様なものは、ただのお守り、呪符。

なんか、こう、渡された時のタイミングとか、雰囲気とか、人に話したら誤解を招きそうな部分もあったけれど、特に深い意味がある訳じゃない。

 

「はぁ……」

 

溜息。

……深い意味があるわけじゃない、なんていうのは、理解できているのだけれど。

理解できている相手だからといって、そういう、思わせぶりな事をしても良い訳じゃない。

私だって、一端の思春期の少女なのだ。

ああいう雰囲気で、ああいう事をされて、何も感じない訳じゃない。

例えそれが、親しい友人相手であったとしても。

 

「……読手さんの、ばか」

 

親しい相手にしか、そういう事をしない人だというのも判る。

だから、彼が心を許してくれている、というのは、悪い気分はしないのだけれど……。

 

「……」

 

「……何してるんですか」

 

沈黙になりきれない、『んふーっ!』という鼻息に顔を向けると、列車の中を歩きまわって物珍しそうに見学していた筈のゼノヴィア先輩が、目を爛々と輝かせ、鼻息荒く携帯を向けていた。

 

「大丈夫、この携帯電話のムービー機能を試していただけだから、心配ない」

 

「大丈夫じゃないです」

 

「そうだな、このムービー機能も凄いが……塔城小猫、流石の乙女力だ」

 

聞いてない、まるきり聞いてないですよこの人。

私の発言を完全に無視して独自に話を進めながら、さっきまでムービーを撮っていた携帯を操作し始め……。

 

『……読手さんの、ばか』

 

瞬時に立ち上がり携帯に拳を振るう。

空気を裂く破裂音と共に突き出された拳はしかし、ゼノヴィア先輩が僅かに身を捩るだけで避けられてしまった。

 

「ビビッと来た。これが、私が子作りをお願いしても聞いてくれない、足りないものか」

 

「消して下さい」

 

「ああ。……少し、これで勉強して、それから消すさ。何、誰かに見せる事はないと約束しておこう。この保健の教科書に誓うよ」

 

携帯を奪う為に飛びかかる。

十割以上取り上げるよりも携帯を破壊するつもりで攻撃を加えても、ゼノヴィアさんには一切届かない。

届いた攻撃もいなされ、逸らされ、携帯を壊すには至らない。

ガチ前衛の長所を嫌な所で垣間見た気がする。

 

「何を恥ずかしがっているんだ? これぞ青春という奴ではないのか?」

 

「青春だから、恥ずかしいんじゃないかな」

 

ゼノヴィア先輩の本気で疑問に思っている風の言葉に、横から答えながらも我関せずと何かの雑誌に目を落としている祐斗先輩が憎らしい。

早く、一番うるさく騒ぎ立てそうな人が目を覚ますよりも先に、ゼノヴィア先輩の携帯からさっきのムービーを消去するか、携帯自体を消去しなければ、これから夏休み開けまでの冥界での日々が危ない。

 

(ああ、もう、読手さんの馬鹿!)

 

元凶の様な、元凶と呼ぶには遠い原因である相手に心の中で八つ当たりしながら、ゼノヴィアさんを静かに無力化できそうな魔術の詠唱を始めるのであった。

 

―――――――――――――――――――

 

温かく、柔らかい。

夏の暑さからか、少し汗ばんだ肌の感触を感じながら、目を覚ます。

 

「ん……」

 

しばしばと目を瞬かせ、最初に視界に映ったのは、キメの細かい肌。

顔を埋めた豊かな双丘を覆う、汗を吸ったシャツの匂いを鼻孔で感じながら、ゆっくりと状況を思い出す。

 

「おはよう。よう眠れたか?」

 

「んー……、うん、おはよう」

 

枕のように顔を沈めていた胸の持ち主、日影さんの声にぼんやりと答え、朝一番の日影さん分を補給するために、顔を見て、それから再び胸に顔を埋める。

 

「なんや、二度寝か?」

 

「いや、そういう訳じゃないけどー……」

 

眠い、という訳ではないけれど、日影さんに抱かれていると心地良く、つい起床が遅れてしまう。

だからこそ、普段はなるべく自重しているし、同衾していたとしても精神感応金属オリハルコンの如き意志で朝の日課を始めているのだけれど。

何しろ今は夏休み。

通学の時間に捕らわれて、慌ただしく朝の準備を始める必要もない。

少しくらい、朝から日影さんと一緒に無駄な時間を貪りたいという欲望に負けても良いんじゃないだろうか。

 

「もうちょいこのまま……」

 

「甘えたさんやな」

 

豊かな膨らみに比べて平坦な口調に、少しだけ優しさが感じられる。

軽く抱きしめるように後頭部に回された腕がぽんぽんと首筋を叩く。

眠くなる……という程寝不足ではないけれど、こうされると心が安らいで起き上がる気力がぐんぐん削れていく。

場合によっては別の場所に起き上がる気力が充填されてしまうのだけれど、それは昨日に散々発散したので今日は大丈夫だ。

 

「そういえば、先に起きてたけど」

 

「寝顔見とっただけや」

 

「なんで?」

 

「可愛いしなぁ」

 

「そうかぁ」

 

まぁ、別に可愛いと言われるのは良い。

親戚……とは、一部を除いてそれほど交流が無いけれど、母さんの昔の友人からは良く、静かにしている時は母親に似た顔立ちをしている、と言われることがある。

父さんの面影も見て取れるらしいけれど、母さんに似ているなら可愛いのも道理だ。

男としては顔面を可愛いと評価されるのは複雑な部分もあるけれど、母さんに似ている、というのは純粋に嬉しいのでプラスマイナスで言えば確実にプラスだ。

ドヤ顔をする時の雰囲気が父さんに似ている、という意見もあるので父さんにも似ているのだろう。

いい事だ。

此方は間違いなく父さんと母さんの血を継ぐ自慢の息子なのだと再認識できる。

そしてそんな自分の姿を日影さんが気に入ってくれている、というのも嬉しい。

惜しむらくは鏡を見て自分の顔を確認しても、中々挿絵で見ることができないという点だろうか。

実際、ドラマチックな場面で鏡を見る余裕なんて無い時の方が多いから仕方がないのだけれど。

 

「……朝ごはんってどうなってるんだろ」

 

「わしは作っとらんよ」

 

「気になるならさっさと起きろ!」

 

唐突に会話に割り込んできた声は、障子戸の向こうから聞こえてきた。

すると、ノックもアイサツも無しに、ノータイムで障子戸が勢い良く開かれた。

瞼を閉じる間も無く、しかし、視線の先に文字列の塊は存在しない。

そこに居た声の主は……狸。

デフォルメされた服を着た狸が、こめかみに井型を付けて解りやすく怒っていた。

 

「久しぶりの再会だから、このタヌ太郎様自ら朝飯を用意してやったっていうのに、朝っぱらからイチャツイてるんじゃねぇ!」

 

―――――――――――――――――――

 

日本のとある場所、とある山。

無数に山の連なる、現代日本ではそう見られない未開拓の山々が、此処には存在する。

地図に乗っている土地ではない。

いや、実際に存在していないという訳ではないが、常人にこの山を発見する事は難しいだろう。

山は古い時代において、異界の象徴ともされた。

文明の火の外にある世界。

人の力の及ばない大自然という未知の領域。

世界と世界を区切る境界、世界と世界の境の世界、どの世界とも異なる世界。

それは、人間が木々を伐採し、山の土を削り平地へと作り変えた所で失われる事も侵略される事も無く、その姿を保っていた。

勿論、すべてが大自然の力という訳ではない。

この自然が、異界が保たれているのは、数百年前に偉大なる忍者マスターがこの土地の権利を所有し、子々孫々が定期的に手を加えているからという一面もある。

 

だが、勘違いしてはいけない。

忍者の力は強大ではあるが全能ではない。

山という異界を形作るのは、あくまでも山が元から持つ閉鎖性、内部に完結した循環、一つの世界としての構造を備えているからなのだ。

古代の忍者は、それに少しの力添えを行っていたに過ぎない。

 

しかし、現代の忍者の数は古の時代に比べて減少傾向にある。

忍者の末裔達は自らが忍者である事を捨て、忘れ、その力と権利を義務と共に放棄する事も多い。

この土地もまた、そういった忍者の末裔の衰退によって放棄されようとしていた『力』の一つだった。

 

知と才を備えた人ならざる獣。

それら自然発生的な忍者の卵を集め、エリート忍者教育を施し、忍犬や忍猫、忍蛙や忍龍といった使い走りではない、共に肩を並べて戦う一つのクランと成す。

代表的なクランである伊賀や甲賀を始めとした様々な忍者が教育者として招かれて獣をニンジャと化してきたこの山は、やがて人による教育を施さずとも、獣のニンジャマスターによる後続の育成が行われる閉じた社会として完成した。

伊賀、甲賀、そして、獣達の間で独自に発生、発展を遂げた『念雅』

斜歯忍軍の末裔である、とある富豪の老人によって辛うじて経済を保っていたこの閉じた忍社会は、近年、老衰によって死去した老人の手から、とある企業の元に権利が移ることとなった。

その企業こそ、我らがエグリゴリである。

 

「ま、だからっておいら達の暮らしが楽になる、って訳じゃねえ」

 

「でも、楽になったら楽になったで疑ってただろ?」

 

「おう、『こんな贅沢でおいらを篭絡できると思ったらんほぉぉぉ!』ってな!」

 

「一行で篭絡されてんじゃないか!」

 

がははと狸腹を抱えて笑う狸、タヌ太郎と、それにツッコミを入れる、これまたデフォルメされた狐のツネ次郎。

二人……もとい、二匹の微笑ましいやり取りから、朝食に目を向ける。

基本的にはこの山で採れたもの、或いは栽培しているものを材料にしているが、変に野性的だったり無理に忍者食っぽい事も無い、極めて人間的な和食だ。

盛り付けは多少乱雑ながら、いや乱雑だからだろうか、実に食欲をそそる。

瞼を閉じれば鼻孔をくすぐる味噌と焼けた魚の匂い。

これを、見た目デフォルメされているだけの、獣そのものの手で創り上げるのだから、流石忍者である。

 

しかも、タヌ太郎の作る飯は美味しい。

此方が忍術修行の一環で此処に訪れた時、見学として一緒にやってきた母さんが驚愕した後、半日思い悩むレベルで美味しい。

現役主婦が自らの料理の腕と比較して凹むレベルで美味しい和食を作れる。

……実際、製造工程では、ちょっと味噌汁や何やをこぼしたり、包丁で指を切りかけたり、うっかり皿を落として割りそうになったり、まるで初心者の如き見ていてハラハラする様なグダグダな動きをしているにも関わらず、だ。

やはり、料理にはイカンともし難い才能による差が現れてしまうものなのかもしれない。

まぁ、現状作った料理を比較される側ではなく食べる側である以上、タヌ太郎が料理を作ってくれたというのは喜ばしい。

喜ばしいのだが……。

 

「……まん丸が居らへんな」

 

そう、この屋敷で一緒に寝泊まりしているもう一匹の忍者、まん丸が居ない。

現当主である七代目ネンガ様は生活リズムが違うから食事を一緒に取る事は無いけれど、まん丸はタヌ太郎やツネ次郎と同じ、念雅流の門弟としての生活リズムで生活している。

当然食事も一緒に取るのが常の事であるし、そもそも人懐こい部分のある彼は、来客とあれば食事の場は積極的に同席しようとするはずだ。

 

「アイツなら他の客の出迎えに出たぞ」

 

「他の客?」

 

「人間の学生の間じゃ、今は夏休みとかいう期間なんだろ? おかしな話じゃないさ」

 

「ここ、一応隠れ里じゃなかったっけ」

 

まぁ、伊賀も甲賀も今じゃたこ焼き屋とお好み焼き屋を兼業するような時代だ。

此方だって正確に言えばこの山からすれば余所者なのだし、隠れ里にして異界であるこの山に客が来る程度、驚くほどの事ではないのかもしれない。

 

「良いじゃないか、遠野の連中は親戚みたいなもんなんだから」

 

「親戚ぃ? ツネ次郎、それじゃお前、甲賀の連中や伊賀の連中はどうなるんだ? 親兄弟にでもなるってか?」

 

焼き魚の身を解し、大根おろしを載せて口に運びながら、会話の中から得た一つの単語について考える。

遠野、親戚みたいなもん。

念雅流、ひいてはこの山と関わりの深いクランと言えば……。

 

「天狗ノ忍衆かぁ、久々に名前聞いたなぁ」

 

この山で修業していた頃以来だから、もうかれこれ五年か六年ほどはその名前を耳にする機会が無かった。

 

「まぁ、都会に住んでればそんなもんだろ」

 

「ここよりはマシって言っても、あいつらも大概引きこも」

 

スコン、という、小気味いい音と共に、味噌汁を啜っていたタヌ太郎の頭部がある辺りから小気味の良い音が聞こえた。

音からしてクナイか。

察するに、綺麗に放物線に近い直線を描き、一回転しながら飛んでいったクナイがタヌ太郎の頭に突き刺さったのだろう。

通常の野生の狸であれば脳にまで達したクナイで即死するところだ。

が、タヌ太郎もこれで一端の忍者である以上、クナイの一撃程度で死ぬなどという事はありえない。

倒れて動かないし、何時までたっても丸太と入れ替わらないけど、別に命に別状があるわけじゃないのだ。

 

「確かに遠野の山からは余り出る事はないけれど……」

 

声と共に、すぅ、と、滲み出るように気配が濃くなり、庭の方に人ひとり分の気配が現れた。

人、というには僅かにズレた気配、しかし、紛れも無い忍の動き。

獣混じり、妖混じりの気配をさせる忍と言えば、大体が隠忍の血統(おにのけっとう)の連中だが、此方はこの気配に覚えがあった。

 

御斎(おとぎ)の連中みたいに言われるのはあんまり気分が良いものじゃないのよ?」

 

ふぁさ、という音と共に気流が少し動いたのは、台詞と共に葉っぱで出来た扇で口元を隠したからか。

いきなりクナイを人の……狸の頭に突き刺したことなど気にもしていない風に、落ち着いた声色。

 

「だからって、いきなりクナイを頭に投げる奴があるかねぇ」

 

忍っぽい演出で現れた方とは対照的に、のんびりと廊下から歩いてやってきたのも、また覚えのある妖混じりの気配。

 

「悪いな、ちょっとウチの軍師様は気性が激しくてさ」

 

忍歩きの鍛錬の為に鶯張りになっている廊下を音もなく歩いてくる。

しかし、足音こそしないものの、耳が良いならば、そのすぐ後ろからわさわさという大量の毛がこすれ合う音が聞こえるだろう。

その音の出処、金色の毛並みを持つ九本の尻尾こそ、彼女に交じる妖の血の現れ。

……足音を消すのは癖になっているのに、気を抜いている時には尻尾の音を消し忘れてしまう、この癖。

此方も、やはり覚えがある。

 

深里(みさと)ちゃんに、九魅(くみ)ちゃん?」

 

驚きと、僅かな期待を込めて瞼を開く。

二度三度と瞼を瞬かせた後、視界に映るのはまず、頭から血をぴゅーぴゅーとギャグの様に吹き出しながらテーブルに突っ伏すタヌ太郎。

吹き出す血やテーブルに溜まった血から守るように音もなく自分のご飯とおかずをタヌ太郎の側から離すツネ次郎。

 

「そのちゃん付けは止め……なくてもいいか。久しぶり、書主くん」

 

そして、庭からゆっくりと歩いてくるクールな軍師っぽさを心がけているのが良く判るクールっぽい笑みを浮かべた黒髪ツインテールの少女。

 

「相変わらず湿気た面してんな。ちゃんと飯食ってんのか?」

 

更に室内では、身体のシルエットを覆い隠す程のもさもさとした尻尾を揺らしながら、予め用意されていた朝食の膳の前にどっかと座り込む金髪ロングの少女。

期待通り、数年ぶりの再会で女性としても忍としても成長している姿は、背景ごと見事なまでに綺麗な挿絵として此方の視界を埋め尽くす。

深里ちゃんと九魅ちゃん。

タヌ太郎、ツネ次郎、そして、九魅ちゃんの後ろから遅れて現れて、タヌ太郎の凄惨な状態を見て『ぴぃぃぃぃぃぃ!?』と鳴いているペンギンのまん丸。

全員が全員、まだ忍術もカラテも中途半端だった頃に出会い、共に学び、そして、天容の笛に纏わる一連の騒動に巻き込まれた、懐かしく、そして、大切な仲間。

再会の喜びと共に、まず、遅れて合流した、恐らく此方と日影さん以外の来客であろう二人に、思ったことをそのまま口にした。

視線を二人の顔から少し下にズラし、

 

「二人共、大きくなったねぇ」

 

スココンッ!

小気味の良い音と共に、額にクナイが連続して二本突き刺さった。

痛い。

 

「そういうのは日影さん相手に言ってなさい!」

 

「あ、わ、つい、ごめん書主!」

 

スカートの下から狸尻尾を逆立てて、赤面しながらの怒声を上げる深里ちゃんと、慌てふためきながら立ち上がり、此方に駆けて来る九魅ちゃん。

隣でむぐむぐとご飯を食べ続けていた筈の日影さんに倒れゆく身体を支えられ、薄れ行く意識の中で感慨に浸る。

再会を果たした仲間の中の、二人のくノ一。

小学校高学年の頃に出会った、平坦から抜けだそうとし始めていたあの二人。

数年ぶりに見たその胸は、豊満であった。

 

 

 

 

 

 




原作五巻突入と言いつつ、主人公の側が原作から完全に離れた位置に居る三十八話でした
因みにまともに描写するとくっそ長くなるので、小猫さんの冥界ルートも主人公の忍ペンまん丸ニューウェーブルートもシーン入れ替えと共にばんばんキンクリかましていくのでご容赦下さい


置いてきぼりを食らっているだろう方々の為の、申し訳程度の解説

★タヌ太郎
出展、忍ペンまん丸
本編の説明通りの狸の忍者
忍者装束に加え、ニコちゃんマークが額に付いた印堂帯と呼ばれるヘアバンドを付けた標準的な念雅流の装束を身に纏う
主人公視点ではデフォルメされているが、常人がタヌ太郎の姿を見た場合、服を着たリアルタッチの狸に見える
調理の段取りや手際が破滅的に悪いにも関わらず、出来上がる飯は恐ろしく美味しい
ご飯に載せて食べる事であらゆるものを解析することが可能という特異体質持ち
また、出展となる原作のストーリーが数年前に起き、その際に自らの力不足を痛感
相棒とも言えるツネ次郎、弟分であるまん丸と共に更に厳しい修行を行ってきた
高い水準で念雅流を修め、イッセー木場抜きのグレモリー眷属を圧倒できる
《使命》
次期頭領を目指し、念雅流の修行を積む
《秘密》
???

★ツネ次郎
出展、忍ペンまん丸
タヌ太郎と同じ、念雅流を収める狐の忍者
同じく服を着た狐であり、常人には普通の狐に見える
親の代から病弱な家系だが、属性を問わない治癒の忍術を行使できる
タヌ太郎、まん丸と共に修行に励み、高い水準で念雅流を修めると共に、治癒術の効果を高め、反動である衰弱を抑える事に成功している
《使命》
故郷の母を安心させるため、立派な忍になる
《秘密》
???

★まん丸
出展、忍ペンまん丸
世にも珍しいペンギンの忍者
元は動物園に保護されていたはぐれペンギンで『デイジー』と呼ばれていた
静の極地の念である『静極念』を操る事を主体とする念雅流の中に置いて、動の念、強い怒り、悲しみなどを増幅して発動する『動極念』の持ち主でもある
基本的に礼儀正しく優しい心根を持っているが、念の特性故に怒りを抱いた時の爆発力に優れる
また、『現神の術』や『折り紙の術』などの忍術に優れ、念雅流の後継者候補筆頭とも言われている
《使命》
みんなで仲良く修行する
《秘密》
???

★深里
出展、閃乱カグラ NewWave Gバースト
遠野天狗ノ忍衆出身の学生忍者
狸っぽい見た目で軍師ポジに居るが、割と感情的な部分が強い
原作で人間以外の血が混じっているかは不明の筈だが、この世界においては妖の血を受け継ぐ
葉っぱで出来た扇を使い、天候を操る忍術で戦う、たぶんウェザー・リポート的な戦いができる
数年前の天容の笛騒動では、交換留学の様な形で念雅流に修行に出されていた
天候を操る術の中には念雅流で学んだ術も組み込まれているとかいないとか
後述の九魅とはたぶんそれなりに仲がいい
なお、私服描写をしようと思ったが、現時点では夏場っぽいイメージのカードが無い為夏の私服イメージが無い
《使命》
夏休みで九魅がはしゃぎ過ぎて出先に迷惑をかけないように目付けを行う
《秘密》
???

九魅
出展、閃乱カグラ NewWave Gバースト
遠野天狗ノ忍衆出身の学生忍者
リアル・ヤンキー・ネバーダイ
自由奔放で何かに付けて半ギレして突っかかる
しかし後輩や弱者は気にかけてぶつくさ言いつつも助けてくれたりする
深里と同じく、この世界では妖混じりの忍者であり、尻尾は幻術や变化の術で誤魔化さない限り出しっぱなしになる
九尾の狐、という事で術メインかとおもいきや、九本ある尻尾にそれぞれ様々な武器を持ち戦うカラテ系忍者
前述の深里がクールぶっている感情家である事を度々からかって遊ぶなど、言ってしまえばヤンキーと委員長の様ないい感じのユウジョウを築いている
数年前の天容の笛騒動における小猫ポジ
小猫さんとはまた違った方向から主人公の懐に迫り、結果的に友人ポジに収まった
なので、主人公に対してかなり当たりが甘い
深里と同じく、夏服のイメージの元に出来る画像が無い
友人エンドを迎えている為攻略対象ではないのであしからず
《使命》
数年ぶりに訪れた念雅流の山で、夏休みを満喫する
《秘密》
???

★天容の笛騒動
プライズ『天容の笛』を巡るだいたい三幕構成くらいのお話
ヒロインというよりも保護者ポジだった日影さん、忍術修行を初めて数年でほぼ一人前になり天狗っていた主人公など、人間関係もかなり異なる
念雅流の後継者であるネンガ様、その弟のギオなど、現在のHSDD編では存在しない絶望的な強者ポジが存在し、現在のとりあえず本気出せば確実に無双できる、という状態では無かった
深里、タヌ太郎、まん丸などの《秘密》は、この時期に関わるものである可能性が高い

★天容の笛
念雅流に伝わるプライズ
吹いたもの以外、すべてのものが天に向かって落ちていく、という、何に使えばいいのか分からない困った効果を持つ
器物であるが独自の意志を持ち、相応しくない者を後継者から外したりもする
正式な念雅流の継承者が持った場合にのみ、また別の効果が現れる




次回は小猫さん修行編、そしてその頃の主人公は……編
次回、そして次の次くらいで修行編、パーティ編
で、なんやかや合流できればなぁ、という、ふわっとした想定です
最後のレーティングゲーム編は観客視点であっさり終わるかと
そんな訳で、次回も気長にお待ち下さい

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