文字通り絵に描いたような、あくまでドラゴンメインの高校生活   作:ぐにょり

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放課後のディアボロス
三話 人は離れ


部活、つまり悪魔としての活動を終え、一夜明け、

 

『それじゃあ小猫、読手くんを連れてくる役目は貴女にお願いするわ』

 

『仮に神器の使い手だとしたら、そこまで使いこなすまでに多少のトラブルには巻き込まれているでしょうし、警戒されたら困るもの』

 

『勿論言葉通りの理由よ。ええ、大丈夫、他意は無いのよ? だから誘い方は任せるわ。……誘い方は任せるわ!』

 

そんな訳で、そういう事になりました。

わざわざ言わなくてもいい言い訳を何度も重ねている時点で怪しさしかありませんし、他意が無いのになんで『だから誘い方は任せる』に繋がるかはわかりませんし、何で二度繰り返したかもわかりませんが。

……壁を殴ったら、弁償ですよね。

 

部長の誤解はともかくとして、やること自体は簡単です。

登校するタイミングも同じで、クラスも同じなら、偶にお昼も一緒するわけですから、読手さんと接触する機会は多く、その何処かのタイミングで部室へと誘えばいいだけの話なので。

それこそ放課後にでも、部長が呼んでます、とでも言えば来てくれるでしょう。

リアス・グレモリーの名は学園内でも有名で知らない人は居ない、という程。

目を閉じている以外は普通の学生である読手さんなら、いきなりの呼び出しで怪しむ事はあってもそう無碍に断ることはない筈。

部長の名前を全面に出して……オカルト研究部、という名前は伏せておけば、たぶん来るでしょう。

人避けも込めた名前なんでしょうけど、こういう時は不便だと思います。

 

そう考えながら登校していると、曲がり角の向こうから、すっかり鼻に馴染んだ読手さんの匂いが近づいてきた。

彼の密かな趣味を想起させる、絵の具や墨の匂いが微かに香る特徴的な匂い。

折角なので、今のうちに声を掛けてしまいましょうか。

声をかけるまでの間に、放課後の予定が入ってしまうと面倒です。

 

「読手さん、お早うご──」

 

声をかけようとして、とっさに声を止めてしまう。

何故か?

それはまだ少し遠くに居た読手さんが、今まで見たことが無い程に自然体で笑っていたから?

それとも、今まで一度しか見開いていなかった瞼が開かれ、美しい黒曜の瞳が惜しげも無く開かれていたから?

いや、それとも……

 

「いい天気だねぇ」

 

「せやな、いい天気や」

 

彼と並んで歩き、カップルを通り越して老夫婦の如き和やかなオーラを滲ませている、緑髪の美女を見てしまったからか。

……誰でしょうか。

特徴的な緑髪の、部長たち程ではないけれど優れたスタイルを駒王学園の制服に包んだ、ぼんやりとした無表情な女性。

衝撃が抜け切らない頭で思い出せる限りでは、今まで学園内で見かけた覚えのない顔です。

 

「ああ、塔城さん、お早うございます」

 

「……おはよう、ございます」

 

此方に気付いたのか、ニッコリと絵に描いたような笑顔で挨拶をしてくる読手さんに、改めて挨拶を返します。

先までの頬を緩めるような自然な笑みでなく、文字通り、絵に描いたような笑顔です。

いわゆる、目が上向きに弧を描く一本線になる感じの。

珍しく開かれていた瞼は閉じられ、口調も聞き覚えのある余所余所しい口調になりました。

……それがいつも通りなので、そうならなければおかしいんですけど。

 

「書主さん、この子ぉは?」

 

独特なイントネーション、関西とか、そういう地方の人でしょうか。

表情は一見して無表情で、でも……警戒されている。

歩きながら自然と私の方に近寄り──読手さんと私の間に体を割りこませ、体捌きも何か武術をやっている様に見えます。

何より、その視線。

蛇の様な瞳、眠たげに見えた目元は僅かに鋭さを増している。

 

「同じクラスの子だよ。塔城さん。前に言わなかったっけ」

 

読手さんは軽く手の甲で女性の胸元を叩き、僅かに瞼を開いて視線を向ける。

明らかに害あるものに対する警戒を見せていた女性は、ほんの数秒読手さんにじっと視線を向けると、目元から鋭さを消しました。

分かり合ってる人特有のやりとり。

恋人か何かでしょうか。

 

「ああ……、あの猫の子やね」

 

ぴく、と、一瞬体が反応する。

猫、正体がバレていた、という訳では無いと思うのですが。

 

「そうそう、ぱっと見猫っぽいし、行動も猫っぽいし、しかも名前に猫が入ってる。レアケースだよね、ここまでくると」

 

図らずして、読手さんが私の事をどう見ていたかがわかった。

いえ、悪口を言われている訳ではないから、怒りはしませんが。

どう反応するか困っていると、隣に並んでいた二人は前に進んでいて。

歩幅の違いから来る速度の差で取り残され、今から追いついて、二人の間に割って入って要件を伝える気にも何故かなれず、私は遠ざかっていく二人の背を眺める事しか出来ませんでした。

 

……部長に伝えたら、また騒ぎ出しそうだから、今のは見なかった事にしてしまいましょう。

 

―――――――――――――――――――

 

「日影さん? 普通に隣のクラスに居ますよ?」

 

お昼休み、食事を終えて寛いでいる読手さんに尋ねると、女性の正体はあっさりとわかりました。

なるほど、まともに回るようになった頭で考えてみれば、私だって同学年の全員の顔と名前を知っている訳じゃないから、知らなくてもおかしくはない。

でも、あの容姿ならもう少し話題になってもいい気がします。

 

「まぁ、出席日数計算して、結構休んでいますからね。見かけないのも仕方がないでしょう」

 

「いいんですか、それ」

 

「別に学校が嫌い、って訳ではないみたいですよ。気まぐれな部分がある人ですから」

 

出席してる時の授業態度は評判良いみたいですしね、と少し嬉しそうに語る読手さん。

クラスで友人(数は少ない)と話している時の笑みとも違うその表情。

今まで見た笑みの全てが自然で無かった、という訳ではないけど。

 

「……恋人ですか?」

 

こんな顔で笑うのか、と関心する程には、良い笑みでした。

なら、そんな顔をさせる事ができるとすれば、やはり友人以上の関係、という事になるのでは無いでしょうか。

 

「恋人……ですか? ううむ……難しい問題ですね」

 

腕を組み、軽く唸り始めてしまう。

不思議な反応です。

恋人であるか無いかの返事なんて、照れているので無ければ、はいかいいえで済むものだと思うのですが。

というか、今朝のあの空気を出しておいてそういう関係で無いとしたら何なんでしょうか。

 

……何なのでしょうか、とは思うのですが、じゃあ恋人同士というのが、どういう雰囲気を発するのか、正直私にはわかりません。

部長と副部長は私が恋をしていると思っているようでしたが、これは別にそんなのではありません。

もしかして、私は男の人の友人ができる度に疑われなければならないのでしょうか。

それというのも、部長も副部長も異性との付き合いが極端に少ないからではないか、と思います。

狭い私の交友関係の大半を占めるオカ研、というか、グレモリー眷属関係者の女性陣がそんな感じなので、恋人同士の空気、というものを知る機会は殆ど無いのです。

 

「まぁ、あれですね。大きなものの見方をすれば、恋人でもある、といった感じでしょうか」

 

「そういうものなんですか?」

 

「そういうものなんです。人と人の関係性をそんな短い単語で記号化しようなんて、烏滸がましいとは思いませんか」

 

なるほど、なんだか含蓄がある言葉のようにも聞こえます。

流石、恋人が居る人はモノが違います。

独り身しか居ないオカ研の部員ではこうはいきません。

世に言うリア充というやつなのでしょうか。

全校生からの憧れの的という名の独り身と、なんだか異性にトラウマを持ってるらしいイケメンなら良く部室で見ますが、これは初めて遭遇する人種です。

そんなリアルを生きるリア充、つまりリアルリア充を、これからオカルト研究部とかいう、今は使われていない旧校舎に居を構える半端無く怪しげな部の部室に誘わなければならない、と。

 

……こうしてマイナス要素を列挙してみると、二大お姉様二人の勇名が何処まで通用するか怪しい。

というか、恋人が居る人に通用するんでしょうか。

部活の名前を伏せると言っても、間違いなく話の流れで途中で聞き出されてしまうでしょうし。

そもそも何の前触れもなく『学園のアイドル二人が待ってますよ』と言われて付いて来るものでしょうか。

最悪、美人局と思われるのが落ちかと思うのですが。

 

「難しいですね、人間関係って……」

 

思わずつぶやく。

しかも新しく人間関係を繋げようとすると、余計に難しくなります。

流れで任されてしまいましたが、これなら祐斗先輩にお願いする方が簡単なのではないでしょうか。

 

「そこまで面倒な話では無かったと思いますが……、まぁ、これからの三年間で学んでいけばいいじゃないですか。此方も塔城さんも、クラスメイトの皆さんだって、まだ学生なんですから」

 

此方も人付き合いが得意、という訳ではありませんしね。

そう言葉を締め、読手さんは立ち上がりました。

何処に行くのか、と視線で追えば、教室の入口で今朝見た女性──読手さんの恋人であるらしい日影さんの姿が。

……見れば見るほど、どうして他の人達の話題に上がらないのかが不思議なくらいの美人。

ああいう美人が他のクラスに来て男子一人に手招きして呼び寄せれば、もう少し周りが騒いでもいいんじゃないでしょうか。

 

連れ立って歩いて行く二人。

日影さんは去り際さりげなく振り返り、私に視線を送り、読手さんに見えない角度で、口の動きだけで言葉を伝えていきました。

 

『手ぇ出したら、あかんよ』

 

……口の動きだけで伝わると確信している視線。

私の、悪魔、妖怪としてのポテンシャルを見越しての行動に動揺するべきか。

それとも、恋人に手を出そうとしていたと勘違いされたことに憤るべきか。

リアクションに困りながら自分の席に戻った私が、読手さんを部室に誘うタイミングを逃したと気づいたのは、午後の授業が半分終わった辺りになるのでした。

 

―――――――――――――――――――

 

そんな訳で、放課後。

今日の間中に部室に誘うのだとしたら、ここが最後のタイミングになります。

……別に、部長からは部室に連れてくるように、としか頼まれていない訳で。

逆に考えれば別に今日を逃しても明日に、言葉尻を捉えて曲解すれば、来週だろうと来月だろうと一向に構わないのでは無いか。

そんな逃げの思考に辿り着いてしまう程度にはインポッシブルなミッションだと思うのですが、そうも言っていられません。

 

今は別段部活に入っているわけでも無いようですが、これから何らかの部活に読手さんが入部したなら、放課後に部室に連れてくる難易度は高くなります。

今でさえ朝に誘おうとしたのが昼に、昼に誘おうとしたのが放課後にずれている訳で。

ここで逃したら最悪、『部長も副部長も卒業、でも、二年に上がる前に連れて来いとは言われていませんでしたので』と、OGと化した部長に言い訳をする羽目になりかねません。

いえ、流石に私もそこまで無責任になるつもりは無いんですけど。

 

さて、放課後ともなると、誰も彼も思い思いに動き出します。

部活動へと向かう人、家路を急ぐ人、教室に残って友人とだらだらと過ごし続ける人。

読手さんがどれに分類されるかと言えば、どちらかと言えば家路を急ぐ人、になると思います。

稀に教室に残る時もあれば、校内をぶらついて様々な部活を見学していく時もある、まぁ、平均的な1年一学期の行動で、おかしなところはありません。

ただ、今日は恋人さんが学校に登校している関係上、色々切り上げて早めに帰る可能性があるので、早めに声を掛けてしまいたいところです。

恋人さんとの楽しい帰り道を邪魔する形になってしまうのは申し訳ないと思うのですが。

 

実際、何かしらの神器持ちである可能性を考慮すれば、そうも言っていられないのが現状で。

神器持ちの人間を危険視している堕天使に、人の都合を無視して力のみを求める類の悪魔、神器持ちの人間はそれだけで命の危険に晒される可能性が高い。

眷属に加わる、とまでは行かなくても、何らかの対価を払って庇護下に入ってくれると助かります。

……数少ない友人でもありますし、裏に巻き込まれて命を落としてしまうのは忍びないのです。

 

「読手さん」

 

友人(多くはない)と談笑しながら帰り支度をする読手さんに声を掛ける。

声をかけた瞬間、クラス中の注目が此方に向き、直ぐ様見て見ぬふりというか、見ていないアピールが始まります。

当然、視線で丸わかりです。

……何やら前々から思っていたのですが、私が誰かに話しかけるのはそんなに珍しいのでしょうか。……そういえば珍しいんですね。

 

「どうしました、塔城さん。パックンチョの新パケデザの話ならもう結論出たんじゃないですか? 此方は正直ウルトラエッグシリーズみたいで好きですよ」

 

「そうですね、あれはエッグ型とパックンチョ型という二重の意味が隠された良いパッケージだと思います。……いえ、そうではなくて」

 

いつもの癖でつい普通に答えてしまいました。

ですが、今回ばかりはそうはいきません。

一呼吸置いて、要件を端的に、余計な要素──彼女持ちだから、部長と副部長の話は無し、それと部活名も怪しがられる──を抜いて、遮られないように手短に伝える。

 

「(ちょっとそこまで)付き合って下さい」

 

これで完璧。

何故かクラスの中が一瞬静かになってから一斉にざわめき始めましたが、騒がしいのはこのクラスに限らず駒王学園ではよくあること。

一々気にしていたら身が持ちません。

 

「ごめんなさい。でもこれからもいいお友達でいましょう」

 

……?

いきなり何を……。

…………………………………………………………!?

 

「……ち、違います。そうい、そういうのでは無くて」

 

端折り過ぎた自分の台詞の意味を理解する。

しかも余りの衝撃に口が回らずどもってしまい、直ぐ様訂正することができません。

落ち着きを取り戻そうとしている間に、男女を問わないクラスのざわめきが強くなっていきます。

 

「ちょっと読手くん! もうちょっと言い方ってものがあるんじゃない!?」

「いやぁ、すっげぇテンプレだけど成否はよく分かるいい返答だよ」

「ド直球からのピッチャーライナー、ていうか、ピッチャー強襲?」

「せめてもう少し考えない? 考えるフリして時間を少し置くとかさぁ。小猫ちゃんがあんまりっていうか」

「でも曖昧に返すよりはいいと思うよ? 濁さないだけ誠実じゃん」

「あのやり取りを教室のど真ん中でとか、二人共強心臓過ぎる……」

「そもそも読手って恋人居るだろ」

「まじかよ意外過ぎる」

「ていうかあの二人、昼休みにそのことで話して無かった?」

「恋人居るの知ってて、ていうか確認した上で突撃とか勇者か何か?」

「悪女、いや、小悪魔、略奪愛……NTL!」

 

……人が必死に落ち着こうとしている脇で、コロコロコロコロと私と読手さんの印象が二転三転しているのが聞こえます。

言い間違い一つで、よくもまぁここまで話を広げられるものです。

というか、好きでもないのに告白扱いにされたり、告白でも無いのに振られたり、普通ここまで好き勝手に憶測で……だんだん腹が立ってきました。

机ぐらいなら割っても事故じゃないでしょうか。

 

「はいはーい! みんな塔城ちゃんで遊ばなーい! ほら散った散ったー」

 

いっそ部長の命令とか無視して帰ってしまおうかと思い始めた辺りで、先程まで読手さんと談笑していた男子が手を叩いて場を纏めると、騒いでいた人達は一斉にわらわらと散って行きます。

まるで示し合わせていたかの様な潔い散り様。

狐に摘まれた様な、とはこういう感じなのでしょう。

 

「あーあ、もったいな……いて」

 

目を閉じたニコニコ笑顔のまま、ぼそっ、と呟いた読手さんの頭に、騒ぎを収めてくれた男子(確か、山ノ内さん)がチョップを落としました。

 

「お前もさー、わかっててボケるのやめろよなー」

 

お前の冗談分かり難いんだからよー、と、山ノ内さん。

 

「いやぁ、うちのクラスってこういう時ノリが良いから、つい……」

 

あっはは! と、悪びれる事もなく頭を掻きながら声を上げて笑う読手さん。

……段々、話の流れがわかってきました。

つまり、読手さんも、クラスの人達も、わかっていてからかった、と。

なるほど。

なるほど、わかりました。

 

「山ノ内さん」

 

「んー? ひぇっ……!」

 

山内さんは私に視線を向けるとビクリと肩を竦め一歩身を引きました。

が、ええ、何でかはわかりません。知りません。それより優先するべき事があるので。

 

「少し読手さんをお借りしていきます」

 

「は?」

 

頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げる読手さんの袖を掴み、確保。

 

「どーぞどーぞ! お好きなだけ持ってってくださいなー!」

 

「あ、ちょ、なんかわかんないけど此方今もしかして見捨てられてんの!? 待って、塔城さん待って、謝りますから! 表面上は謝りますから!」

 

読手さんの言葉を無視して教室を出ながら、ふと思いました。

ああ、最初からこうするのが一番早かったんだな、と。

 

―――――――――――――――――――

 

読手さんの制服の袖を引きながら校舎裏を通り、旧校舎へと向かいます。

木々に囲まれ、今では表向きは使われていない、という事になっている建物は、言ってしまえばグレモリー眷属の根城、という事になるのでしょうか。

昔学園で本当に使われていた校舎ではありますが、見た目は木造、趣があるというよりは、はっきり言って不気味と言っていい外観です。

七不思議なんてものまで囁かれるほどですが、実際にオカルト研究部──グレモリー眷属の活動に使用しているだけあって、細々としたところまで整備は行き届いています。

まぁ、そんな事を知るよしも無い人からすれば、どう見たって不気味な廃校舎でしか無い訳ですが。

 

「ちょっと、ちょっと待って下さいって、ば!」

 

するり、と、握っていた制服の袖が手の中から逃げてしまいました。

……不思議です。千切れるか千切れないかで言えば、千切れてもいいかな、くらいの力で握っていたので、抜けられる筈が無いのに。

 

「今日は何なんですか、塔城さん。からかったのは謝りますけど、あそこでああいう言い間違いする方にも問題はあるでしょうに……こんな如何にもうらぶれた場所に連れてきて」

 

眉をハの字に倒し、困ったように文句を言う読手さん。

……そういえば、勢いと怒りに任せて連れてきてしまいました。

あのまま連れていければその必要も無かったんですが、説明するべきでしょうか。

 

「……部長が読手さんを連れて来い、と言ったので」

 

「部活入ってたんですね」

 

「意外ですか?」

 

「貴女が何かに打ち込んでいる、というイメージが湧きませんよ」

 

お菓子食べてるイメージしか沸かないので。

そう言いながら肩を竦める読手さんに何か反論しようとして、できない。

確かに彼の前では、というか、部活の外ではそういう姿しか見せていない。

……ぼっちじゃないですよ? 眷属の皆さんが居ますので。

 

「とにかく、部長が呼んでいるので、ちょっと付き合って下さい」

 

「別に部活見学くらいならやぶさかじゃありませんがね。部活名も知らなければ部長さんの名前も知らないんですが、此方、何か、目をつけられる様な事、しました?」

 

した、というか、している。

ことここに至るまで、入学式と日影さんなる恋人さんと一緒に居る時以外、ずっと。

そこら辺も含めて部室で説明するのが手っ取り早くていいんですが、ここまで来たら名前くらいはいいでしょう。

 

「三年のリアス・グレモリー先輩、聞いた事ありますよね。うちの部長です」

 

まだまだ部活の名前は伏せます。

部活の名前よりは、まだ部長のお姉様補正の方が信じられますし。

 

「…………………………あー」

 

読手さんの表情は芳しくありません。

これが彼女持ちの実力ですね。二大お姉様()ではどうにもなりません。

……と、冗談を言っていられる雰囲気では無さそうです。

無言でくるりと踵を返し、足早に旧校舎から離れようと歩き出してしまいました。

同じく無言で腕を掴もうとして────手の中に収まる筈の読手さんの腕を取り逃す。

 

「待って下さい。大事な話なんです」

 

冗談でもなんでもなく、彼の命に関わりかねない。

読手さんは私の呼びかけに応じたのか、一度立ち止まり、振り向く。

常に無い、不機嫌そうな表情。

目を見ればわかる。

瞼を開いている。

 

「此方、あなた方『悪魔だの堕天使だの天使だの』の、ややこしい仕組みの中に入りたいとは、どうしても思えないんですよ」

 

じろり、と、僅かに開かれた瞼から覗く、夜の空にも似た瞳に睨め付けられ、読手さんの言葉の内容と、その平坦な響きに体を竦める。

何時もと変わらない余所余所しい丁寧語。

しかし、何時もなら少なからぬ友好的な温かみのあったその言葉からは、明確な拒絶の意志しか感じ取れない。

知られていた、という驚きよりも、先程までとは明らかに異なる温度のない言葉の響きに追う足が止まる。

 

これまで接してきた中で、一度も聞いたことのない、温かみも優しみも無い、平坦な、意志を伝えるだけの記号としての言葉。

まるで紙に書かれた文章の様に平易な、言葉通りの意味しか込められていない言葉。

これを聞くだけで、これまで学校で話している時、彼がどれだけ感情豊かに話していたかがありありとわかる。

 

その時、ひゅる、と風が砂を巻き上げ、反射的に僅かに目を閉じてしまう。

文字通り瞬きする程度の僅かな時間。

たったそれだけの間、目を離しただけなのに、読手さんの姿が無い。

 

「そっち方面では、此方から言える言葉はさっきと変わりません。『ごめんなさい、でもこれからもいい友達でいましょう』ってね。……また明日、学校で会いましょう」

 

声はすれども姿は見えず。

何処から聞こえてくるかも分からない読手さんの声。

最後の方には、いつも通りの、気持ち程度の温かみが言葉に戻っていて。

 

「……読手さん!」

 

叫ぶ。

何か、決定的な何かが、私と読手さんの間に、私と友達との間に置かれたのが分かってしまったから。

私は居てもたっても居られず、彼の姿を探す。

元来た道を走り抜け、教室を突っ切り、土足のまま廊下を駆け、下校中の生徒が溢れる正門を通りぬけ、いつもの帰り道に辿り着く。

朝、何時も読手さんと遭遇する通学路。

 

これ以上は、追えない。

そうだ、これ以上、これから先、ここから先、読み手さんはどう帰るのか分からない。

 

入学式のあの日に出会ってから、ずっと観察していた。

目を閉じ続ける不思議なクラスメイト。

いつの間にかお菓子を分けあって、軽い冗談を言い合える程度にはなった人。

たぶん、高校に入ってから出来た、初めての友人。

 

でも、それだけ。

目を閉じ続けているのは知っている。

何かを隠しているのも知っている。

でも、彼が何処に住んでいるかも、ここから何でどう帰るのかも知らない。

私は、彼のことを見ていたつもりで、彼の、人間としての彼を、禄に見ていなかった。

聞けばあっさり教えて貰えそうな事を。

知ろうともしなかったのだ。

 

「そうそう、二年の有名な変態さん、兵藤一誠さんでしたっけ。彼はレア神器持ちで既に堕天使に狙われてますね。部長さんの新しい眷属として保護してあげるといいですよ。ああ何、お礼はいりません。部長さんとやらのお願いを無視してしまった詫びですので」

 

それでは。

そんな素っ気ない別れのあいさつと共に、声は途絶えた。

なんてことのない別れの挨拶。

決別を意味している訳でもない、普段通りの別れの言葉。

きっと明日になれば、彼はいつも通りに振る舞って、いつも通りに挨拶を交わしてくるのだろう。

心の中に一本、超えられない線を敷きながら。

 

「………………私は」

 

私は。

口を突いて出た言葉に新たな言葉は連ならない。

空を見上げる。

放課後の空は未だ青く、しかし遠くに夕焼けの赤を滲ませていた。

 




この作品は、主人公の能力目当てで近づいていた小猫が一度主人公に一線を引かれ、いつしか一線を乗り越えて真のユウジョウに目覚め心の友になるまでの物語である。
……という方向性で話を纏めると上手くいきそう。
別にヒロインじゃなくて男女間のユウジョウものでいいのではとも思う吉宗であった。
なお予定は未定。

基本的に展開はほぼアドリブみたいなものなのでそこんとこ注意。
とりあえずこの展開でも一巻終わるまでは話作れる。
というか、この方向性だと多分二巻目三巻目までは一貫したストーリーが出来上がる。

小猫のキャラ崩壊?
無口系に一人称で地の文やらせたらこうもなる。
冷静に考えると地の文に口調を反映すると歪になるのは当たり前なんではないだろうか。
最後らへんは三人称混じりということで。

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