文字通り絵に描いたような、あくまでドラゴンメインの高校生活   作:ぐにょり

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四十九話 蹂躙、するもされるも

魔法陣の眩い輝きに目を瞑り、再び瞼を開けた時、転移は完了していました。

開けた場所、たぶんどこかの建物の中、でも、完全な閉鎖空間という訳でもない。

見上げれば大きく穴が空き、偽りの空が映る天蓋。

嘗てはギリシャの神殿の様な作りだったのでしょうか、半ばから砕けた巨大な石柱の残骸が同じく石造りの床に倒れている。

それほどレーティングゲームの経験があるわけではないけれど、珍しい設定のステージだと思う。

見世物である関係上、形あるものが壊れるカタルシスも重要、という事で、基本的に地形や建築物は完全な状態でスタートするのが常道であるらしい。

攻め込み、攻めこまれて激しい戦場となる互いの拠点ともなれば尚更だ。

 

「あれは?」

 

祐斗先輩が黒カリバーを構えながら空を見上げる。

淀んだ色味の偽りの空がどす黒い雲に覆われていき、稲光が走っている。

いいや、それだけじゃない。

雲の中心に、何か、人型の……いや、鎧を纏った誰かが居る。

開始早々の奇襲か?

そう身構える私達が見えていないのか、その鎧武者は笑っていた。

 

「泣け! 喚け! そして……死ぬが良いっ! (CV,堀江由衣)」

 

轟、と、天が逆巻く。

生まれたのは無数の巨大な竜巻。

しかし、その竜巻は明らかに自然界ではあり得ない軌道を描き、空を飛んでいた悪魔達を飲み込んでいく。

 

「声めっちゃかわいい……イテテっ!」

 

イッセー先輩が部長につねられた。

まぁ、確かにやたらかわいい声だったけれど、あのドスの入れようと言葉の内容でよくそんな感想が出るものだと感心する。

ただ、解ったことが一つ。

 

「祐斗先輩」

 

こういう時の確認は戦闘の時には冷静沈着で外見相応の活躍が約束されている我らが騎士に限ります。

 

「うん、たぶん金髪で巨乳で赤い感じだと思う。……負けていられないな。やっぱり何時の時代も蒼、もしくは黒だよ」

 

なんで祐斗先輩こんなんなっちゃったんですか。

 

「みんなしっかりしなさい。私達とは無関係に戦っている連中が居る。レーティングゲーム中なのよ?」

 

「部長……!」

 

そう、それが言いたかった。

やっぱり我らが王が我らが王ですよ! その赤髪もスイカバーみたいで素敵です!

……ともあれ、問題はそこなのだ。

例えばあの鎧武者が転移直後のこちらに攻撃を仕掛けてきたというのなら、互いの開始地点が近い速攻戦という線もありえた。

でも、あの鎧武者は私達を無視し、その場に居た他の悪魔を叩き始めた。

グレモリー対アスタロトのこのゲームで、だ。

 

「! みんな、構えろ!」

 

普段使わずにせっせと貯蓄しているシリアス声を此処ぞとばかりに吐き出した、この場で正常な方に分類されているっぽいゼノヴィア先輩がデュランダルを構える。

何事かと思いつつブレスレットを起動し、魔法を待機状態にしながら拳を構える、よりも先に、轟音を立てながら目の前に鎧武者が勢い良く着地。

二メートルはあるだろうか。肩から生えた巨大な角の様な飾りを含めれば更に大きい。

 

「退け、邪魔だ(CV,堀江由衣)」

 

奇妙に愛らしい、しかしドスの効いた声。

近くで聞いて感じるのはその声に乗った感情が怒りや嗜虐でなく純粋な喜悦だろうと思える点か。

鎧武者は身構える私達を意にも介さず、装甲を激しく変化させ、一振りの奇妙な形の剣を生み出した。

切っ先のない曲刀、薄い板を何枚も張り合わせたようなそれを無造作に前方に投げる。

 

「超攻勢防御結界、霊験あらたかなる刃よ!(CV,堀江由衣)」

 

手印と共に唱えられる聞き覚えのない詠唱。

それに重なるように、無数の魔法陣が現れた。

たぶん、鎧武者とは関係の無い、転移の為の魔法陣。

どれもこれも、揃いもそろって悪魔の文様。

勿論、どれもアスタロトの文様ではありません。

 

……基本的に、魔術というのは効率を重んじて運用されなければならない。

だからでしょうか、私にはこの後に何が起こるのか薄々理解できてました。

 

「吾に背く諸悪を以下略!(CV,堀江由衣)」

 

転移陣が求められる機能を果たし、術者をこの場に呼び出すのと、鎧武者の放つ術が完成するのはほぼ同時。

勿論、狙っていたのでしょう。

数百、いや千にも届きそうな程に展開してた転移陣から現れたのは見覚えのない悪魔の方々。

一様にやる気と殺意に満ち溢れた表情で現れた彼等の何割かが、表情を変える事すら許される事無く、無数に分裂した高速で回転する曲刀に切り裂かれ元悪魔の死体に成り果てた。

強い、そしてそれ以上に迷いが一切無い。

だけどなるほど、効率的だ、と感心してしまった。

確かに転移陣が現れてから実際に転移が完了するまでに時間があるのだから、予兆を見た時点で術を用意しておけば即座に相手を始末してしまえる。

勿論、転移してくるのが敵である、という確信がある場合にしか使えませんが、効率的ではあるでしょう。

 

「馬鹿な、貴様、何も」

 

がしゅ、と、果物を潰すような音と共に、誰何の声を上げた悪魔の頭が半分になった。

と思えば、見る間にその姿を消していく。

まるで見えない獣にばりばりと貪り食われているようだ。

修行の一貫のサバイバルで多少慣れつつ、しかしまだ経験の浅いイッセー先輩はそのグロテスクな死に様に顔を顰めている。

ひっ、という小さな悲鳴を上げたのはアーシア先輩か。

その神器の能力ゆえに怪我人を多く見てきたアーシア先輩だけど、こういう、手遅れで、なおかつ超常的な死に様には触れ慣れていないのかもしれない。

 

「アーシア!」

 

イッセー先輩が叫ぶ。

アーシア先輩を気遣って、ではない。知らない気配が後ろにある。

振り向けば、アーシア先輩はディオドラに捕まえられ、空へと連れ去られていくところだった。

 

「イッセーさん!」

 

胴を後ろから抱かれ捕まえられながらイッセー先輩に手を延ばすアーシア先輩。

詳しい状況は把握できていないけれど、

 

烈閃槍(エルメキア・ランス)!」

 

当たればタダでは済まないけど当たっても頑張れば冗談で済む程度の術を打つ。

狙いは勿論万全だけど、精神ダメージのみのこれなら万が一アーシア先輩に当たっても大丈夫だ。

数日間虚脱感で立ち上がる事もできなくなるだろうけど、冥界にはそういう部分を回復する技術も無いではないと思うし、アーシア先輩は優しいし心を込めて謝ればきっと許してくれる。

ブレスレットに登録していた魔術が詠唱無しで解き放たれ、アーシア先輩を捕らえたディオドラへと飛ぶ。

 

「小猫ちゃん!? いや、そうか! 敵か!」

 

『Transfer』

 

脳味噌が混乱していたイッセー先輩が一瞬で思考を切り替えた。

いや、逆に混乱していたから一瞬で思考が切り替わったのかもしれない。

戦う時のイッセー先輩の脳味噌は、邪念が入らなければ野良ドラゴンもかくやというシンプルさを持っている。

もしもアーシア先輩を捕まえたのが男のディオドラでなく女の悪魔だったら難しかったかもしれないけれど。

試合開始前から継続してチャージしていた倍加の力が光の槍に加わり、より強く輝き、加速。

お陰で万が一アーシア先輩にかすりでもすれば冗談では済まない威力になってしまったけれど、逆にディオドラにかすりでもすればその場で墜落させられる筈です。

うまいことディオドラにだけ当たれ! あとアーシア先輩当たったらごめんなさい!

 

「おっと、危ないな」

 

軽い、危機感をまるで感じていない、そんな一言と共に。

光の槍はディオドラの魔力を込めた腕の一振りであっさりと打ち消された。

……やっぱり駄目か。

そんな考えが頭を過る。

勿論、私の心情としては、赤龍帝の力で倍加された烈閃槍をあんな事も無げに打ち消すなんて、というショックがあったりはするのですが。

こう、この魔術には何故かそんなイメージがあるといいますか。

前のレーティングゲームではそれなりに通用したから、敵の強さが問題なのでしょう。

それはとりもなおさず、ディオドラの耐久力とか魔力とかが、それなり以上に高い、という事実を表している。

少なく見積もっても、一般的な上級悪魔(部長や生徒会長)を大きく上回るレベルの……。

 

「アーシアを離せ! 糞野郎、死ね!」

 

「待ちなさいイッセー! アーシアに当たるわ!」

 

「ぐっ……」

 

鎧背面のブースターに魔力の光を湛え今にもディオドラに飛びかかろうとしていたイッセー先輩を止める部長。

イッセー先輩は確かに強い、強いけれど、女性の胸に関わらない問題の時にはそのパワーの制御が甘いらしい。

さもありなん、その異常なまでの赤龍帝の籠手との、あるいはドラゴンの力への親和性の高さからメキメキと頭角を表しているイッセー先輩だけど、その力の源がドラゴンとの相性の良さにあるため、細かい制御とは基本的に無縁なのだ。

唯一、女性に対して淫らな行いをする時のみ、イッセー先輩の変態性が人間特有の器用さを表出させるらしいのですが……。

根本的に、イッセー先輩は人質を抱えたままの敵と戦うのに向いていないのです。

仮に今、以前の白龍皇との戦いの様に動けば、三発中二発はアーシア先輩に直撃しミートソースを製造してしまうでしょう。

そして勿論、それを許容する事ができる様なひとはグレモリー眷属には一人も居ません。

 

では、この場に居るグレモリー眷属でない人はどうか。

ちらりと鎧武者に視線を向けるも、曲刀を使った時に変形させていた部分を元に戻し、静かに成り行きを見詰めていました。

都合がいい、というより、どこか不気味さを感じさせます。

ついさっきまでの荒々しい振る舞いから考えれば、人質など知ったことかと動いていそうなのですが。

 

「さっきの魔法陣に、この状況……貴方、禍の団に通じて、連中をこの場に引き入れたわね?」

 

「ははは! ご明察、今日のこの日にのんきにゲームが始まると思っていた割には察しが良くて助かるよ。まぁ? アーシアをこの場に連れて来てもらう為にギリギリまでバレないようにこっちも頑張っていたんだから当然だけどね」

 

「させると思っているの? ゲームを汚し、あまつさえ私のかわいいアーシアまで奪い去ろうだなんて……!」

 

ごう、と、部長の周りに赤いオーラが吹き荒れる。

別にあのオーラ自体に何かの効果があるわけでもないけれど、その気合だけはしっかりと伝わってくる。

だけど、それが現状を好転させてくれる訳もなく、アーシア先輩を捕らえたディオドラは怒りで爆発寸前の部長を、私達に嘲笑を向けます。

 

「出来ないことはしない主義でね。まぁ、だからこそ色々好きにできる彼等に付くことにしたんだけど。僕はこれからアーシアと契る。意味はわかるね? お楽しみってやつだ。どうしても見たければ神殿の奥においで。見学くらいは許してあげよう。……まぁ、来れたら、の話だけど」

 

「待て!」

 

叫んだのはイッセー先輩かゼノヴィア先輩か。

だけれど、二人が何をするよりも早くディオドラとアーシア先輩の姿は歪み、消えた。

空間転移だ。

行き先はさっきの言動からしてこの破壊された神殿の奥……レーティングゲームの会場で自在に転移してみせている辺り、この会場も禍の団によって手を加えられていると見ていいでしょう。

 

「アーシアァァァァァァァ!!」

 

イッセー先輩が叫んでいる。

そんな事をしている場合ではない、などと言える空気ではないけれど、実際そんな事をしている場合ではありません。

周囲には、依然として無数の敵対的な悪魔が犇めいている。

鎧武者さんにかなりの数を殺されて尻込みしているのか、先のやり取りの間だけ空気を読んでいたのか、今更になって手に魔力光を集め攻撃態勢に入っています。

中級から上級だと思われる悪魔からの魔力弾の一斉攻撃。

避けるも防ぐも決して容易い状況ではないのです。

 

「兵藤一誠、『落ち着け』(CV,堀江由衣)」

 

鎧武者さんの声に、転移して消えたアーシア先輩に手を伸ばして叫んでいたイッセー先輩がぴたりと止まる。

威圧された訳でも、何か説得された訳でもなく、しかし、イッセー先輩は確かに激化した感情を沈めてみせた。

勿論、動揺や怒りが完全に収まっているわけではありません。

叫ぶのをやめながらも身体は僅かに震え、部長のオーラの如く怒気が滲んでいるように見えます。

 

「今の貴様がするべきは叫ぶことではあるまい。行け(CV,堀江由衣)」

 

「行け、って、言っても、これじゃあ」

 

イッセー先輩の代わりに祐斗先輩が、神殿の奥に続く道を見て呻く。

鎧武者さんの攻撃でかなりの数が減ってはいるけれど、それでも広い神殿の中は禍の団の悪魔で犇めいている。

蹴散らせない、という訳ではないけれど、真っ当に進んでいたら間に合わないようにも思える。

何か考えがあるのか、と考えていると、突然副部長が短く悲鳴を上げた。

 

「うぅむ、良い尻じゃ。若さゆえの張りと青い未成熟な香り。手付かずの処女雪、新雪に覆われた丘の様じゃ」

 

ちょっぴり叙情的な表現で副部長の処女性を表現しているのは、帽子に白ひげ、隻眼のご老人でした。

あの見た目で処女厨とか最悪なので死んだほうが良いんじゃないかな、と、可能なかぎりの軽蔑の視線を向けてから、この老人に少しだけ見覚えがあるのを思い出す。

 

「オーディン様、何故此処に!?」

 

「ワシはそこの……鎧のを追っかけて来ただけじゃよ。つまり野次馬じゃな?」

 

「今はセクハラ以外に悪いことはしない爺だ。捨て置いていい(CV,堀江由衣)」

 

「なるほど」

 

扱いが悪いけれど、別に副部長のお尻は撫でられて減るものでもない。

それに、北欧神話の主神がこの場に居るだけでも割りとプラスの効果がある。

魔力弾の一部は確実にオーディン様の方を向き、功を焦って飛び出してきた悪魔も多い。

そして、魔力弾による攻撃をオーディン様は事も無げに無力化し、飛び出してきた悪魔は鎧武者がいつの間にか構えていた拳銃に貫かれ、顔面の穴という穴から眩い光を放って消滅した。

 

「このゲームは禍の団に乗っ取られた。ディオドラとかいうのが手引したらしい。結界が弄られて応援は来ないが禍の団の応援は来る(CV,堀江由衣)」

 

引き金を連続で引き、迫る悪魔を一撃毎に殺しながら説明する鎧武者さん。

オーディン様は拳銃と撃たれて死ぬ悪魔を見て、見たことのない玩具を見つめる子供のように目をキラキラと輝かせながら『おお、怖い怖い』と嬉しそうに呟いている。

オーディン様は本当に最低限の働きしかしないけれど、鎧武者さんはやる気満々だ。

 

「……だが、あなた方だけでこの場をどうにかできるのか?」

 

「あなた方ではない(CV,堀江由衣)」

 

ゼノヴィア先輩の問に、再び鎧武者さんの鎧が変形する。

煙を上げて蠢く装甲の中に鎧武者さんが腕を突っ込み、引き抜くと、そこには一本の槍が握られていた。

次いで、次々と同じ形状の槍が鎧の各所から生え、前方、悪魔のひしめく道に向けられる。

オーディン様の息を呑む音が聞こえ、全ての槍から恐ろしい程に濃密で莫大なオーラが放出され……、

 

「そこのおでんは見学だ(CV,堀江由衣)」

 

視界の中にある悪魔の八割消滅した。

勿論、こうしている間にも新たに敵が転移し続けてきているのですが……それでどうにかなるようにはとても思えない。

あれだけの攻撃をしかけ、まるで消耗した風に見えない鎧武者さんがちらりと兜に覆われた視線を向け、顎をしゃくり神殿の奥へと私達を促した。

 

「呆けている場合か。この奥であの優男が下半身裸でさっきのシスターに跨がろうとしているんだろう? それとも寝取られ好きか?(CV,堀江由衣)」

 

言われるや否や、イッセー先輩は軽い会釈と共に神殿の奥へと文字通り飛んでいく。

部長も鎧武者さんとオーディン様に礼を告げて後に続き、私達もそれに続く。

見知らぬ相手であるはずの二人、その内の一人に、奇妙な信頼を感じたのは気のせいか。

そんな考えを振り払い、新たに現れた悪魔を背に、後ろを二人の助っ人に任せ、走る。

 

―――――――――――――――――――

 

よし、行ったな。

これで邪魔者は居なくなった。

 

「よしオデンさん、ちょっと前出て名乗り上げてください。連中馬鹿だからネームバリューだけでヘイト稼げますので」

 

「おうおう、それくらいお安い御用だわい。……で、本当に援護は必要ないんじゃな?」

 

「もし余計な手出ししたら、貴方が今一番気に入ってるヴァルキリー攫って洗脳調教してアヘ顔ビデオレター送付しますよ」

 

「そりゃ良い事を聞いたわい。もしもの時の最終手段として覚えておくかの。銀髪巨乳は好きか?」

 

「女は見た目じゃありませんよ」

 

「その心は?」

 

「手触りと匂いと性格。究極的には全部改造できるからどうでもいい」

 

「お主実は糞野郎じゃったりする?」

 

「売れ残りの新古品押し付けようとする爺よりは善良なつもりですが?」

 

そも此方には日影さんが居るから別に好き好んで見ず知らずの女性を調教したいとは思わないし、あくまでも報復活動の一貫なのだ。

でも全身にピアスつけたり淫紋を刻むのは楽しいよね、プラモ作ってるみたいで。

忍者学校でもこの授業は人気だったなぁ……。

まぁ卒業までに全員受ける側も体験するから色々と印象は変わるけど。

 

此方がおでんさんとこんな話をしている間に、無数の転移陣は正常に機能を果たし、先に消し去った分を補充するように無数の悪魔が目の前に犇めいている。

襲撃に際して目標としてグレ森さんとオカ研の連中を狙っていたのか、転移直後の彼等には戦闘に際する興奮と僅かな戸惑いが感じられた。

そんな彼等の前に、劒冑に内側から記入した記述を元に術理再現で雑に再現したグングニルの石突を地面に打ち付けて音を鳴らしながら一歩進み出る。

構えていない背後に控えるおでんさんを片手で指し示しながら。

 

「さあさあ、時代遅れの悪魔の皆様、時代に取り残された未練がましい貴族の皆様、此方におわす北欧の主神様、ぶち殺がせば多少の満足感とさして意味のない名声が手に入る! これを逃す手はありませんよ! 今なら本人はろくに抵抗せず、護衛はちっぽけな人間ただ一人!」

 

悪魔は人間を遥かに凌駕するスペックを持っており、知能指数だってそれほど低くない。

だが、無駄に長く別に有効活用もできていない寿命に比べて危険過ぎるレベルで精神的に未熟かつ不完全であり、長い悪魔生の中で培った知恵を絞って策謀を練るなりしていない彼等の頭は人間と同程度でしかない。

そしてそこに悪魔として、貴族として、といった自負が加わり、なんというか……非常にシンプルに扱いやすい思考で動く。

 

「わしゃ餌か? 年寄りは労らんといかんぞ」

 

「はっ」

 

セルフ生け贄が実質ノーコストでリターンのみなんてクソインチキがまかり通る奴を労れって?

おでんさんの言葉を鼻で笑い飛ばし、グングニルコピーを真ん中からへし折り、幾度か繰り返した後に手の中で丸める。

この武器は駄目だ。火力が高すぎてつまらない。

おでんさんと此方に突っ込んできた悪魔に丸めた元グングニルを投げつける。

命中した悪魔が頭部にある内部に繋がる穴から臭い匂いの液体を撒き散らし倒れ、だいぶ減速しながらも手元に金属球が戻ってきた。

瞼を開けて確認。

死体……文字列。

周囲の悪魔ども……文字列。

変化、死に様と年齢から享年になった部分、神槍の力に寄らず単純に物理的に殺された事に怯む、あるいは人間に殺された同胞への蔑みなどの感情の記述のみ。

瞼を閉じる。

溜息。

これで外部へと映像が中継されていなければ、と思うが、場所が場所、タイミングがタイミングだ。

もう一度溜息。

手の中の金属球を上書き。

学校で見た何の変哲もない砲丸投げの球に。

瞼を閉じる。

 

「さぁ、メアリ君、ボールを構え、第二球を……投げた」

 

投げた瞬間に衝撃。

特殊な投法により投げられた球は普段よりも空気の抵抗を多く受け、激しく空気をかき混ぜながら、極めて正しい物理法則を撒き散らしながら飛ぶ。

軌道上に居た悪魔の生命の音やオーラが消えた。

溢れ出る臓物と血と糞尿と諸々の内容物の匂い、フレッシュな破裂音が耳と鼻を刺激する。

 

「ふむ」

 

投げた後の残心を取っていた此方目掛け、無数の魔力弾が殺到する。

生身で直撃すれば流石に五体満足では済まないだろう。

中々の威力だった為か、武州五輪の全身に旧神の印(エルダーサイン)が浮かび上がった。

流石、上級悪魔も混じっているお陰だろうか、総合的に見れば姫や鬼の砲撃にも迫る威力。

何よりビジュアルが派手だ。魔力光というのだろうか、瞼越しでも少し眩しい。

下手に反撃の余地がある攻撃をするからこういう煩わしい事になる。

ビームを放とうとして、薙ぎ払うと移動中のオカ研連中に当たる事に気がつく。

面倒な奴らだ。

黄金の剣を展開し、刀身を伸ばして薙ぎ払う。

先端が十字架であるため悪魔に対して特攻だったりするのだろうか、それとも連中が脆すぎるのか、軌道上に斬られずに耐え切れた奴は居ない。

弾幕に隙間が出来たので一応そちらに滑りこむ。

弾幕も追いかけてくるが時間的余裕は十分に出来た。

 

「ホーミングミサイル」

 

フィジカルリアクターによって組み替えられた装甲から誘導光学弾頭が高速で射出されテロリストどもを光に包んでいく。

 

「ううん、手緩い」

 

この辺の武装は、使ったことがない、とは言わないが、使い慣れている、とは間違っても言えないせいか練度が低い。

スリケンなら同じ時間で十倍は投げられる。

十字剣でなく刀なら、或いは種々の忍者ツール・ウェポンなら、もしくは杖なら、魔術なら、せめて財団神拳なら、と。

だが、こう、このもどかしさは新鮮さがあるようにも思えて少しだけ楽しい。

誰か巨大化しないか巨大化、デモンベインの写しを用意してあるから使ってみたい。

 

「む、どうした」

 

劒冑の内側、ドレスの下に女スパイ形式で収納していたモンスターボールが揺れている。

位置的にも、このお楽しみの時間に空気を読まずに出たがる不慣れさも、間違いなくサバミソだろう。

この悪魔の攻勢を見て、小猫さんが心配になったといったところか。

でも現状、出たら出たで死にそうではある。

なので、もいちど術理再現。

かつて会った露出狂かつスピード狂の少女のお付きを装甲から作り出す。

 

「(46センチ三)連装砲ちゃん、波動砲ちゃん、ディグミーノーグレイブちゃん、パニッシャーちゃん。守ってあげて」

 

計四体の連装砲ちゃんバリエーションズを呼び出し、その中にサバミソを解放する。

自分を取り囲む四体の愛らしいマスコットに一瞬だけびくりと身を竦ませるサバミソだが、此方を見上げる視線はまっすぐとした意志に満ちている。

 

「無茶はしないように」

 

「ネーコ、ショーウ!」

 

威勢のいい鳴き声一つ。

心なしかポップなデザインになったサバミソが、四門の砲に守られながら走り去る。

科学的に正しい火力による爆風キャンセリングに守られて、向かう先には、遠い昔に別れた妹。

魔王に匹敵する敵に立ち向かわんとする小猫さんを助けるため、走れ、サバミソ、走れ!

 

「見たこともない生き物じゃったが、お主のペットか?」

 

「ええ、たぶんまだこの世に一匹しか居ないんじゃないですかね、種族名も決められてないでしょうし」

 

何時かオーキド博士に連絡をつけて登録して貰う事になるか、それとも、どうにかして元に戻れるか……。

どうせなら、いい感じの再会ができますように。

走り去るサバミソの背を見送りながら、そんな事を

 

「見つけた」

 

────ずむ、という、鈍い音。

聞き覚えがない訳ではないが、久しく聞いていなかった、胴体を鋭くない何かで勢い良く貫かれる音。

身体の中から伝わる痛みの様に近すぎる音の向こうに聞こえる少女の声に瞼を開く。

黒いドレスを纏った、やはり覚えのない顔の少女。

中学生くらいだろうか、ローティーン程度に見える美しい少女は、口元に楽しげな、無邪気とすら感じられる笑みを浮かべ、涼やかな音色の声を放った。

 

「遊ぼう、遊んで」

 

―――――――――――――――――――

 

関節をあらぬ方向に曲げながらクレーターの中心にめり込んでいる禁手を発動させたイッセーの姿を見て、グレモリー眷属の誰もが絶句していた。

 

圧倒していたのだ。

道中のゲーム仕立ての戦いなど物ともせずにディオドラの元に辿り着き、無間龍から力を与えられたというディオドラを相手に、反撃の一切を許さない一方的な戦いを繰り広げていた。

元から戦力差から考えれば当然の結果だった。

リアス・グレモリーの元には聖魔の属性を併せ持つエクスカリバーを使いこなす最高の騎士に、異界の魔王から力を借りて戦う戦車も、現時点で並の魔王を圧倒する実力を誇る兵士も居た。

ディオドラただ一人がオーフィスの力を得て魔王級になっていたとしても、それで結果が変わる訳もなく、しかし、そんな事をつゆとも知らないディオドラは真っ向からイッセーと戦い、惨めとすら言える一方的な敗北を喫した。

最後の一撃がディオドラを吹き飛ばす瞬間、彼の目を見た者が居たとすれば、彼が二度と戦いの場に出る事が不可能な程に精神的に打ちのめされている事に気が付いただろう。

アーシアは依然として捕らえられたままだが、少なくともディオドラ自体は完全に無力化出来ていた。

 

だが、今、それとは真逆の結果がこの場には存在している。

元から備えていた力も、オーフィスから与えられた蛇の力も半減されて、無尽蔵とも思えるほどに倍加を繰り返したイッセーに完膚なきまでに叩きのめされていたディオドラ。

瞳から欲望の力を失い、生ける屍と化した筈のディオドラ。

そのディオドラが、拳で撃ちぬかれた顔面を激しく変形させ、口腔から歯や肉片や吐瀉物を撒き散らしながら、まるで苦し紛れの様に放った一撃。

拳もまともに握れず、腰も入らず、魔力すらまとわない。

ただ腕を振り回しただけの、攻撃とみなす事も難しいような一撃。

その一撃を、その場に居る誰一人として視認する事が出来なかった。

そして、ほぼ無傷で、完全に臨戦態勢に入っていたイッセーに防御も回避も許さず、一撃で無力化してみせたのだ。

 

「そん、な」

 

誰の呟いた声だったか。

信じられないとでも言いたげな声に、彼等の目の前に広がる光景が無慈悲に現実を押し付ける。

ほぼ完全に龍と化し、二天龍の力をその身に纏ったイッセー。

しかし、その姿は見る影もない。

赤に白の紋様の刻まれた全身鎧は蜘蛛の巣のようにヒビ割れ、砕け散った兜と面からは、血に塗れたイッセー自身の素顔が垣間見える。

龍の耐久を持っている筈のイッセーは、余りにも強烈なダメージに、その衝撃に、完全に意識を失っている。

 

力を隠していたのか。

そう疑うには、イッセーを打ち負かしたディオドラの姿は余りにも違和感があった。

顔面の骨格は殴られた衝撃に耐え切れず歪みきり、顎に至っては中身の骨格は完全に粉砕されているのだろう、噛み合わず、体液を垂れ流しながらだらりと垂れ下がっている。

いや、それだけではなく、明らかに頭蓋すら正常な形を保っていない。

内部に収まっているデリケートな器官である脳細胞がどれだけ無事かなど、考えるだけ無駄だろう。

生きていたとしても、良くて植物状態で、マトモに肉体を動かせる訳がない。

手足をダランと力なく揺らしながら宙に浮かぶその姿に、残りのグレモリー眷属の誰もが追撃を躊躇うほどの惨状。

だが、

 

「わ──は、我、吾、私、わ、は、あ、わ、わ、わたし、は、あ、あ」

 

ディオドラの砕けてマトモに声が出るはずもない口から、音が、意志が溢れだす。

発声器官が破損しているからではない、不確かな何かを思い出すように、その言葉は拙くも紡がれようとしていた。

死んでいない、あの状態でも生きている。意識すら失っていない。

それを確認し臨戦態勢に入ったリアス達の目の前で、それは起こった。

ごぼり、と、血が溢れだした。

いや、それは血ではない。

ディオドラの全身から、穴という穴から、穴すら無い肌から、血のように赤い朱が、宝珠の如く艶やかな紅が滲み、その全身を覆い尽くす。

 

「我は」

 

赤い、ディオドラの肉体を構成していた物体の色が全て塗りつぶされた後の残ったのは、赤いローブを纏った何か。

唯一染まりきっていなかった、ディオドラの砕けた顔面に異変が起こる。

ぐるりと白目を剥いていた眼球が、まるで水揚げされた深海魚の様に、体外に押し出され、ずるりと眼窩から脱落したのだ。

そして、その奥に、ルビーにも似た紅玉が現れる。

この世のものとは思えない、恐怖すら感じるほどに美しい紅玉の瞳(ルビーアイ)

次いで、顔の肉も、骨すらこそげ落ち、口も鼻もない白磁の面が現れた。

そして、怖気を震うような邪悪、いや、虚無の気配。

神の、聖なるものの対と成る存在ではない。

それは、これは、悪ですら無い破滅と虚無の使者。

 

赤眼の魔王(ルビーアイ)、シャブラニグドゥ……!」

 

小猫(魔術師)が血を吐くようにその名を呟けば。

紅玉を嵌めこんだ白い面の如き顔面が、喜悦に歪んだように見えた。

 

 

 

 

 

 




続く!
諸々の解説とかは次のあとがきで

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