文字通り絵に描いたような、あくまでドラゴンメインの高校生活   作:ぐにょり

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五十二話 疑問、答えは柔らかに

ばん、ばんばん。

破壊力を伴わない競技用の空砲が鳴り、グラウンドに競技内容を知らせるアナウンスがこだまする。

 

『次は、特別種目、二人三脚自由形です。参加する皆さんはスタート位置にお並び下さい』

 

「特別種目……?」

 

「ほら小猫さん、行こう」

 

書主さんに促され、首を傾げながらコースに向かう。

自由形という響きは校庭で行う競技で使われるもので無い、というのもそうだけれど、特別種目という冠が気になる。

態々特別種目なんて言葉を付け足す以上、普通のありふれた二人三脚ではないと思うんですが……。

同じコースに集まりつつある他の競技者達を見ても、それほどおかしな事にはなっていない。

何処らへんが自由型か、という点もやはり不明だ。

 

「自由形というのは脚を紐で互いに結んでさえいればどんな結び方でもある程度は自由、ということだったんだけど、最終的に一番有利なのが普通の結び方だったのでこんな感じらしい」

 

「実行委員は何を考えてそんな真似を……」

 

「毎年毎年同じ競技じゃ飽きるんじゃない? それより、本命が来る」

 

開いていた隣のコースに並ぶのは、翠の髪と豊満なバストを誇る、書主さんの家族である日影さん。

そしてそのパートナーを務めるのは赤毛に近い茶髪を長く伸ばし、ツインテールに纏めた勝ち気そうな女子生徒。

書主さんの話では、彼女がパートナーになった事で、日影さんはかなり本気に近い状態で走れるようになってしまったらしい。

……日影さん、オカ研メンバーで一番動体視力の高い祐斗先輩の目にも映らないくらい早いんですけど。

 

「日影さん、改めて言うけどさ」

 

「なんや?」

 

「体育祭でパートナー厳選とか大人げないわ」

 

私自身、詳しく聞いたことはないのだけれど、なんでも文武両道で知られている結構な優等生らしい。

実家がボブ術の道場だとか、実は鬼斬の血筋だとか、妖怪退治でよく知られる古い武将の末裔だとか、悪魔的には割りと恐ろしい話が伝わっている。

部長が前に眷属に誘いたがっていたのだけど、どうやら血筋やら魂の属性的なあれで悪魔との相性が良くなく、泣く泣く勧誘を諦めていた。

……つまり、神器も特殊な力も無いのに、部長に眷属の候補として目をつけられる程度には、スペックが高い、という事だ。

 

「せやな。けどまぁ、クラスのみんなも勝ちに行っとるし、手ぇ抜くのもおかしな話やろ」

 

「童子切さん、そこんとこどうですか」

 

「別に体育祭に拘る心算は無いけど、負けるよりは勝つ方がいいでしょう?」

 

ふふん、と笑って好戦的に見せる童子切さん。

なんで二人揃ってこんな乗り気で勝ち気でやる気なんですかねぇ……。

 

「そうですね、負けるよりは勝つ方がいい。こういう場所なら尚更だ」

 

ちらり、と、書主さんが顔を私に向ける。

同意を求めての事だろうけど……。

 

「勝つ方がいい、とは言いませんけど」

 

別に、体育祭程度で本気で勝ちに行く必要なんて無いんだけど。

視線を観客席に向ける。

 

「しぃろねぇー! がーんばーるにゃー!」

 

観覧している生徒の家族の中、ぴっしりしたスーツに身体を押しこまれて窮屈そうにしながら、ぶんぶんと手を降って応援してくれている姿に笑みを返し、

 

「今日は、勝ちます」

 

「うん、勝とう」

 

ぎゅう、と、書主さんの腰に回した手に力を入れる。

今日ばかりは、頑張ろう。

 

―――――――――――――――――――

 

戦々恐々、という言葉が実に様になる光景だった。

途中で見つけて拾ってきたオカ研メンバーもそうだけれど、結界が解除されてこの場に駆けつけた偉い方々の表情も何処か強張っている。

だけれど、此方としては彼等の心情を慮る理由は無いので、当初の予定通り、いや、当初よりも材料が揃った状態で話を進めさせて貰った。

 

「……という訳で、サバミソ……もう黒歌さんですか。彼女の指名手配は解除、という事でよろしいですね?」

 

「今直ぐ、というのも難しい話だ。当然完全に無罪放免というわけにも行かない。それは分かってくれるだろう?」

 

「でも、全面的に彼女を加害者のままにはしておけない。というのも、理解してますよね」

 

兵藤先輩を治療施設に叩き込んだ後に設けられたこの会談。

今更もったいぶる必要もないか。

小猫さんの姉である、SS級指名手配犯であるサバミソ改め黒歌さんの減刑についての話し合いだ。

 

「そうだね、今更、真実の全てを隠しておく、というのも難しい話だろう。反発する家はあるだろうけれど、民意というのは無視できるものではない」

 

「反発する家も少ないと思いますよ。そっちにも手は回してありますし」

 

あの、小猫さんがゼロ距離竜破斬自爆をやらかした直後、黒歌さんの記述を読んだことから始まった話も、もうそろそろ決着だろう。

冥界の法律に従わない違法な肉体改造を、本人たちの許可無く施す、非人道的な(悪魔だから当然ではあるが、一応今の冥界は表向き人道的な法を敷いている)実験。

これを記述と現地調査、殺されなかった嘗て実験を行っていた連中の関係者の脳内捜査やがさ入れ、過去視なども含めて証拠を集めて回った。

 

彼女の捕縛、あるいは殺害にやっきになっている連中の大半はこの実験の関係者、あるいはその遺族だ。

これらは違法実験の証拠を提示して黙らせるだけでなく、『かつての凶行に罪を感じて、証言を求められれば素直に証言する』ようになっているし、『罪が曝露される事で名誉が傷つけられる事も許容する』筈だ。何しろ今はそう書いてある。

まぁ、禍の団に所属していたとか、どうとか、そういう部分で問題も多くあるのだが、それはさして問題にならない。

既に本猫(ほんにゃん)からの司法取引の材料として、知る限りの禍の団の情報を吐いているし、所属していた理由も小猫さんを盾に脅されて仕方がなく、という事にしてある。

というか、細かい部分の調整はあちらで勝手にやってもらう手はずになっている。

やらなければ、民衆の間にはかなりの不信と不満がたまる筈だ。

溜まらないなら溜めるし、問題ないのなら問題が起きるようにもしよう。

今回はその為に態々骨を折ったのだから。

 

「まさか、既に多くの民の間で知られていたとはね」

 

「がんばりましたから」

 

何しろ、非道な実験の被害者が、唯一の家族を守るため、自らの危険も顧みずに邪悪な主を殺し、妹に罪を被せないために、何もかもを捨てて、弁明すらする事無く指名手配犯として生きてきた、という話は、冥界ではかなり広まっている。

悲劇性の高い話であり、娯楽に乏しい冥界においてはかなり話題に登りやすく、広まりやすかった。

それがただの噂話であれば問題は無いのだろうが、今回は少し違う。

興味を持った連中が少し調べ回れば、その噂が真実である、という確かな証拠があちこちにばらまかれているのだ。

もとい、ばらまいたのだ。

 

「監視は必要になるだろうが……君は手を貸してくれるのかな?」

 

「それくらいはしますよ。彼女が何か起こした時の責任まで取れ、と言われたら難しいですけど」

 

それなりに正しくあろうとする魔王さん、何故かこれまでひた隠しにしてきた自分達の身内の罪を素直に告白してくれる貴族達、事実を知って黒歌さんに同情的な民意。

と、まぁ、これだけでもそれなりの結果を望めたのだろうけれど、今回はそれを覆い隠して余りある、黒歌さんの減刑をしなければならない、いや、此方の要求を呑まなければならない理由があった。

 

「それで、話はこれで終わり、って事でいいのかな?」

 

隣から聞こえる、歌が上手そうな声。

ちらり、と瞼を開けて視線を向ければ、長い黒髪を根本と先の方で束ねた綺麗な顔立ちの少女が椅子の上で脚を組んで退屈そうにしている。

 

「ああ、待たせてしまったようで申し訳ないね」

 

「別に僕は構わないよ。長い人生、こういう寄り道もあるさ。でも……」

 

する、と、腕を取られる。

 

「彼の人生、時間は貴重品らしくてね。それじゃ、ちょっとお話しようぜ。無粋な邪魔の入らない場所でさ」

 

―――――――――――――――――――

 

結論から言ってしまえば、今回のレーティングゲームのオチは全て彼女が持って行ってしまったのだろう。

暴れまわる兵藤先輩が变化した蜥蜴もどき、それを抑えていた中身に実験用のメタモンを入れて引き続き動かしていた武州五輪。

文字通り天地鳴動する怪獣大決戦を一息で終わらせたのは、巨大なドラゴンに乗って空間を引き裂いて現れた輪ゴムさんだったのだ。

 

「その輪ゴムさん、っての、いい加減止めない?」

 

並んで歩きながら、輪ゴムさんが

 

「なじみさん、安心院さん、どっちで呼んでもちょっとしっくり来ないし」

 

結局、この世界でものをいうのは力、という事なのだろう。

覇竜というらしいあの暴走形態を一撃で粉砕する、というのもそうだが、乗り物に使っていたドラゴンが、この世界に於ける最強の存在であるらしい。

そんなものを気軽にタクシー代わりに使うような相手が、よりにもよって此方に付いてしまったのだから、あちらとしては堪ったものではない。

今回はうらみを買うのを避けるために控えめに、最初に提示した条件に見合うだけの要求にとどめたけれど、彼女が居る状態なら、かなりの無茶を押し通せたかもしれない。

まぁ、そんなのは結局、この世界に定住している此方が最終的にしわ寄せを食らうのが目に見えているのでやろうとも思わないけれど。

 

「でも、そういう呼ばれ方は新鮮でもある。君になら、許してあげよう」

 

相も変わらぬ尊大な物言いだ。

死んでいたところを修復され、此方への敵対や攻撃を封じられた状態でめだかボックス全巻を読了し、大笑いした後に勢い自殺までしてしまった情緒不安定な輩には不相応な態度ではないかと思う。

此方に無理やり復活させられて、便利機能があるからと元の世界に帰るまでのガイド代わりにしていた頃を思えば失笑モノだ。

初期にやけっぱちになって寝込みを襲ってきたり、それから旅の終わりまでずるずると関係を続けて、みっともない姿を見せまくったのは自慢のスキルで記憶から消し去ってしまったのだろうか。

 

「それはどうも。それで、これからどうするの? 泊まってく?」

 

「なんだ、まだ寂しくて一人じゃ眠れないのかい?」

 

「いや、今は一人寝じゃないので。うちなら客間も空いてるし、泊まってくなら宿代わりにどうかなって」

 

「君って奴は、本当に薄情だな」

 

「薄情ってんなら……いや、まぁ、いいけど。それで?」

 

「いや、時期的にもうそろそろ卒業してる頃かなって。良ければ一緒に行かないか、誘おうと思ってさ」

 

「あー……」

 

そういえばそんな話もいつかした覚えがある。

外に文字ではなく常に絵で見える世界があるなら、そちらで過ごした方が気が楽かな、という程度の話ではあったのだけれど。

 

「言い難いんだけど、まだこっち戻ってから何ヶ月も経ってない」

 

「やっぱりね」

 

「やっぱり?」

 

「この世界は特別なのかもしれないって話さ。物語の中心、みたいな。案外、君も主人公って奴なのかもしれないぜ?」

 

「そりゃあいい。その内表紙が貰えるかもしれない」

 

軽口で言ってみたが、それはないだろう。

この世界に表紙があったとしても、恐らくはこの世界のベースになっている作品の表紙でしか無い。

この世界で誰が主役だろうが、そこに反映される事はないだろう。

まぁ、地球に自分が描かれた絵が大写しで重ねられるというのも恥ずかしい話だから別になりたいとも思わないが。

 

「ていうか、やっぱり、っていうなら、何で来たのさ」

 

「ダメ元で取り敢えず誘ってみようかなって」

 

「少なくとも、直ぐに行くって選択は無いよ。友達もそれなりに居るし」

 

「そりゃ意外だ」

 

「でしょう? それにね、この世界で、この世界生まれの両親に産んでもらって、育てられた訳だし。一応、死ぬまではこの世界で生きてみようかなって」

 

この世界をどうにか受け入れようと頑張っているのだから、せめて父さん母さんから貰った命を使い切るまではこの世界で頑張るのが筋だろう。

一応、行きたい大学なんかもぼんやりと考えてはいるのだ。

忍者としての仕事も本格的に熟してみたいし、錬金術の研究だってしっかりしたところでやってみたい。

後半は他所の世界でもできるだろうけれど、いわばけじめというか、自分ルールの問題なのだ。

 

「ふぅん、まぁ、そこまで決めているのならどうこう言うつもりもないよ。待つのには慣れているんだ、これでもね」

 

「別に、待ってなくてもいいのに」

 

「連れないことを言わないでくれ。それに、聞いてみたいじゃないか」

 

「何を?」

 

「君の人生。作り物とわかっている世界の中で生きると自分で決められた君のお話だ。正直、気になって仕方がないのさ」

 

「面白いかは保証しないけど」

 

「内容なんて無くてもいいんだよ、寝物語なんて、子守唄の様にぼんやり聞ければ。まぁでも」

 

立ち止まる。

レーティングゲーム参加者用の医務室だ。

ぽん、と背中を押された。

 

「別の女の話は少なめで頼むぜ」

 

たたらを踏むように医務室の中に押し出された。

抗議をするように振り向けば、舌を出しひらひらと手を振りながらその場から離れていく。

帰るのか、それとも暫くこの世界で旅行でもするのかは解らないが。

 

「気を使った、のかな?」

 

面識のない友達の友達と何を話せば良いのかわからないのかもしれない。

何しろ彼女は何億人と居ても、友人が多いかと言われるとそうでもない。

勿論、此方だって同じ状況ならどうしていいかわからない。

所謂似た者同士でもあるのかもしれないと考えながら、部屋の奥に進む。

広い病室の奥でベッドに寝かされていたのは、魔力枯渇で気絶した小猫さんだ。

病人服に着替えさせられ、消耗から猫耳を出しっぱなしにしてすやすやと眠っている。

安らかな寝顔だ。

強敵を相手に、やれるだけの事をやりきった満足感があるのかもしれない。そういうのが寝顔に反映されるかは知らないが。

少なくとも、綺麗で印象的な寝顔ではあるのだろう。挿絵として目に映る程度には。

 

「……」

 

眠って意識が無いのをいいことに、頭を撫でる。

手触りの良い髪質だが、狙いは勿論猫耳だ。

柔らかい軟骨の感触。

状況が状況なら味も見ておきたかったが、今後の友人関係に支障を来すのは間違いないので自重しておく。

 

「よくやるもんだ」

 

戦いが終わった後に駆けつけて聞いた話では、部下Sに相当する存在が現れたらしい。

この世界のまっとうな攻撃が通じる相手でもない。

小猫さんは不完全版の禁呪二つだけを頼りに、見事に打ち勝ってみせた。

此方のお守りがあるとはいえ、中々できることじゃない。

勿論、お守りの隠し機能の事を考えれば、そこまで無理をしなくても生き残る事はできたのだろうけれど……。

 

「でも、頑張ったね」

 

その戦いの過程が産んだものは決して無駄ではない。

戦闘経験もそうだけれど、滅びの力も聖剣も龍の力も通用しない魔王級の存在を相手に戦い、被害を最小限に収めたのは間違いなく評価される。

そして、その戦いで自らの身を投げ出して勝利を導いた、という事で、黒歌さんの減刑はかなりやりやすくもなる。

悲劇的なエピソードに加えてのこの英雄的な自己犠牲。

言ってしまえば、小猫さんは黒歌さんの自由を勝ち取ったとも言えるだろう。

結果的に、互いに助け合う形になっている。

美しい姉妹愛、家族愛だ。

手をつくした甲斐がある。

 

―――――――――――――――――――

 

…………あの戦いの後の詳しい顛末に付いては聞かされていない。

結界のせいもあって、あの場で起きたことを殆ど誰も正確に把握出来ていないからだと言われているけれど、要するに緘口令が敷かれているらしい。

イッセー先輩の神器の暴走もそうだけれど、異界の魔王の存在、それが禍の団によって完全ではないとはいえ使役されているという事実も、公にするには難しいらしい。

だから、私が知っている事と言えば、あの戦いで私を庇ってくれたのが間違いなく黒歌姉様であり、過去の暴走の件が冤罪であり、そこら辺も纏めて減刑されて、一応の監視付きとはいえ、自由の身になった、という事くらいか。

 

勿論、他にも色々と話しは聞いた。

アーシア先輩が実は生きていて、親切な誰かに助けてもらえたこと。

イッセー先輩がすんでのところで暴走を解除して貰い、寿命を大幅に減らしつつも生き延びれた事。

砕けたデュランダルはゼノヴィア先輩が地道に欠片を拾い集めて、接着剤で取り敢えずの補修を試みている事。

顔面に大きな傷を負った祐斗先輩が『かっこいい感じに傷を残せないかな、鼻の上に横一文字な感じとかで』と医者に言ってみたら、即座に麻酔を打たれて黙らせられた事……。

 

本当にどうでもいい後半の部分を置いておくとしても、殆ど私が気にするべき問題ではないと思う。

ので、私としては、多少の困惑は残るものの、姉様の無事と減刑を喜びたい。

喜びたいのだけれど、私にはどうしても気になる疑問が残っていた。

それを聞く機会が無く、結局体育祭までずるずると聞けずに居たのだけれど……。

 

(無事にゴール出来たら聞こう)

 

素直に、今日までの暇な時間に聞いておけばよかった。

数十メートル下に見えるゴールを、上空から見下ろしながらそんな事を思う。

まさか、スタートと同時にコースが爆発するとは思わなかった。

 

「因みに自由形の自由、最終的に実行委員会が好きに競技内容を改ざんできる、という意味での自由に纏められたらしいよ」

 

足首に結ばれた紐で繋がった書主さんが呑気に言う。

 

「先に言いましょう。先に言いましょうそういう事は……!」

 

「言われてもこの内容は予測できないし……。それはともかく、走ろう」

 

「足元に地面が無いんですが」

 

「他の組はもう走りだしてるよ」

 

「そんな馬鹿な話が」

 

と、周りを見れば、自由落下中の他の組も、様々な方法で空中での加速を試みている。

漫画のように空中で泳いでみるもの、飛ばされたグラウンドの破片を蹴って加速するもの。

更に言えば、日影さんと童子切さんのペアは普通に何もない空中を蹴ってゴールに走り始めている。

物理法則さんは本日お休みですかそうですか。

 

「みんな人間でしたよね。この学校、メインはみんな普通の人間でしたよね!?」

 

「人間だけが神を持つって言うし」

 

「死んでますよ神様!」

 

「日本には宗教の自由があるので」

 

「人間ってきたない……!」

 

普通の人間相手の競技なんて楽勝とか思っていた時間が懐かしい。

翼を出すのは不味いので、飛翔か浮遊の詠唱をしようとしたところで、姿勢を直した書主さんにがっしりと腰を掴まれた。

 

「さぁ走ろう」

 

「せめて飛びましょう」

 

「詠唱してる間にゴールされる。さあ、右足が空気に沈む前に左足を踏み出して、次は左足が沈む前に右足で踏み込むんだ」

 

「無理です。忍者じゃないので」

 

魔王殺し(デモン・スレイヤー)ならやれるって」

 

「できてたまりますか……!」

 

―――――――――――――――――――

 

できた。

死に瀕した肉体が限界を超えてみせた感がある。

たぶん再現性は薄い。というか、できてもやりたくない。今度は普通に飛ぶ。

因みに日影さんのチームとは同着だった。

あそこまで頑張って同着というのも納得行かないけれど、たぶん私より先に躊躇いなく空中を走ろうと試みたであろう事を考えれば、同着でも良いほうなのだと思う。

 

「生きてるって素晴らしい……」

 

「大げさな。あの高さなら普通に着地できるでしょうに」

 

「いや、気持ちの問題なので」

 

戦闘中とかならともかく、体育祭の競技であの高さに吹き飛ばされると心の準備がどうにもならない。

スペック的にできるからって、私は普段からビルより高いところから落ちる心構えなんてしていないのだ。

校舎裏の日陰にぐったりと座り込む。

本当ならクラスメイトのところにいって応援に加わるべきなのかもしれないけれど、今は少し、静かに休みたい。

 

「はい」

 

「ん」

 

差し出されたスポーツドリンクのペットボトルを受け取る。

結露で水滴が付くほどに冷やされたボトルが気持ちいい。

少しだけ顔に当ててから、蓋を開けて中身を口の中に流し込む。

 

「ふぅ……」

 

少しだけ、落ち着いた。

体育祭の歓声も、スピーカーから流されるBGMと実況もここからは小さく聞こえる。

競技を終えて休憩中の生徒も此処には他に居ない。

この場に居るのは、私と書主さんだけだ。

思えば、あのレーティングゲーム以来、登下校の時間を除いて、二人きりでゆっくりと話せる時間は無かったようにも思える。

 

「聞いていいですか」

 

「んー?」

 

隣に座り込み、ペットボトルを傾けていた書主さんに、それとなく、聞いてみる。

たぶんだけど、私が抱いている疑問の答えは、書主さんに直接聞くのが正しい。

姉様を秘密裏に匿って、放課後や休日に密かに冥界まで行って何年も前の実験の証拠を集めて、姉様の罪が軽くなるような材料まで集めて、散々断っていたレーティングゲームの観覧に来てまで魔王様に直々に頼み込んだのは、他ならぬ書主さんだ。

魔王様とか、姉様とか、日影さんとか、他の誰かに言っているかもしれないけれど、やっぱり、こういう話は本人から直接聞いたほうが良い。

 

「なんで、姉様の為に、あんなに頑張ってくれたんです?」

 

「んー……」

 

だって、理由がない。

姉様と書主さんの面識は無かった筈だし、あの初対面で姉様を助けたくなる様な理由もない。

姉様は美人だけど、美人である事は書主さんの琴線に触れるほど重要なものではないだろう。

そもそも、異性として見たら性格にわかりやすい程難がある。

私の姉様である、という点で見ても、せいぜいが友人の姉、そこまで手間を掛けて助けようと思うものだろうか。

 

次の台詞を待っていると、書主さんが何かを思い出すように顔を斜め上に向けて語り始めた。

 

「昨日さ」

 

「はい」

 

「母さんがゲン担ぎのためって事で、夕食にカツカレー出してくれてね?」

 

「すごく日本的」

 

「移住してからそれなりに長いらしいから。で、そのカレーのレシピ、路地裏時代に執拗に命を狙ってきた教会のエクソシストから教わったレシピだって、なんだか自慢気でさ」

 

「なんでエクソシストに狙われてたかって聞きたいんですけど聞いて良いんですか」

 

「それはおいおい。で、カツを余分に作ってたから、お弁当にも何らかの形で流用すると思うんだよ。おにぎりの具がカツとか」

 

「肉々しい……。でも、美味しそう」

 

「でしょう?」

 

……………………。

 

「あれ?」

 

「はい?」

 

顔と顔をあわせて互いに首を傾げる。

 

「いや、姉様を助けてくれた理由……」

 

「? 今、話したじゃないですか」

 

きょとんとした顔でそういう書主さん。

さっきの話では

姉様は教会のエクソシストだった……?

いや、むしろ、

 

「カツが姉様肉のカツ……!?」

 

「猫食う文化は母さんの地元でも無いと思うなぁ」

 

「冗談ですよ。……で?」

 

「いや、だから、今みたいな話をしたかったんだって」

 

「?」

 

「これからは小猫さんも、家族の話、気兼ねなくできるでしょ?」

 

「……それだけ?」

 

「大事だよ? 家族のネタ話せるって。何しろ此方は家族大好きなので」

 

「前々からしてたじゃないですか」

 

「でも小猫さん、家族の話になると寂しそうだったし、気兼ねはしてたんだよ、これでも」

 

……。

ええ、と。

それじゃ、つまり。

 

「私のため、ですか?」

 

「結果的には」

 

「じゃあ、原因的には?」

 

「小猫さんと、楽しく色んな話がしたかったから、かな」

 

結局それ、徹頭徹尾私のため、って事じゃないんですか?

口に出しては言えない。

言えばきっと、『此方の楽しみを増やす為だから此方の為じゃない?』とか、そんな事を言われてしまう。

それが間違いなく事実だとしても……。

彼が、私の抱えていた問題の為に、力を尽くしてくれた、というのが、助けてくれたということが嬉しかった。

 

「ありが……と」

 

辛うじて、感謝の言葉を絞り出す。

 

もう、疑う必要も無くなる。

私は、姉様に捨てられた訳じゃないって。

私が、姉様に愛されているんだって。

嫌わなくても、憎まなくてもいい。

私が、私は、姉様の事が、大好きでいていいんだ。

胸を張って、姉様を姉様と呼べて、姉様が好きだと言えるんだ。

それが、どうしようもなく、嬉しい。

 

視界が滲みそうになり、瞼を閉じる。

胸の中の暖かさを噛み締めて、漏れそうになる嗚咽を飲み込む。

 

「う……?」

 

身体が傾く。

肩に腕が回され、隣に座る彼の胸に頭を預ける形になっていた。

頭を掻き抱く様にされて、顔が半分書主さんの胸元に埋もれてしまう。

……少しだけ、自分から身体を預けたような気もするけれど。

 

「あの」

 

鼻声になってしまっている。

 

「うん」

 

静かに頷いてくれた。

頭の上から聞こえる声が、いつもより少しだけ優しい。

 

「少し、騒がしくしてしまうかもしれません」

 

「たぶんグラウンドが騒がしくて聞こえない」

 

「服、少し、汚してしまうかも」

 

「いいよ、どうせ体育祭だし。涙くらい──」

 

「涙じゃないです」

 

「そうですか」

 

ぽんぽんと、頭を軽く掌で叩くように撫でられる。

同級生で、それなりの友人で、対等なのに。

まるで子供をあやすような手つき。

でも、たったそれだけで、私の我慢は限界に達してしまって。

 

「う、ううぅぅぅぅぅぅっ」

 

低く唸るように漏れだした声は、グラウンドから聞こえる音楽にかき消される事無く。

私を泣かせてくれた書主さんの耳を少し痛くしただけで、そのまま校舎裏の空に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 





ここまでであとがきにしか出ていなかったキャラが唐突に現れましたが、なにより重要なのは小猫さんとの関係なのだ、という五十二話
あらすじの予定はともかく、メインヒロインがこの話数の時点で明確に恋愛感情を抱いていないHSDDのSSというのは、割りと珍しいのではないかという密かな自負
勿論いいことかどうかは別問題、本当に珍しいかも不明、全部読んでる訳でもないので
でもこういうのは過程こそ書いていきたいという部分はあるので良かれ悪かれこんな速度で話は進むのでご了承下さい

☆魔王さん
このHSDD世界における冥界の悪魔勢力を収めるという意味での魔王なのでスレイヤーズ由来の魔王とは別物
色々頑張ってるけどどうだろう
というかこういう作品の主人公達に優しい王様って基本的に善人だけど王様としての職務遂行能力には欠けているというイメージがある
まぁ本気で統治能力が満ち足りているなら主人公たちにイベントが回ってこないから仕方がないのかもしれない
主人公を通じてニンジャ業界へのパイプができたような気もするが、結局以来は主人公の辺りで差止が入っている気もする
沖田総司とか誘って新選組からも幕府からも人間界からも翻意させている辺り、なんだかんだ悪魔として人を誑かす力は相当高かったりするのかもしれない
ステ的に最強侵略兵器ビルドなのかほどほど王様ビルドなのかがちょっと不明
貴族達の不正を暴き、冤罪に苦しみ続けていた非道な実験の被害者を救う素敵な王様的なイメージ戦略も含めて、主人公の提案に乗り黒歌の指名手配を解除したとかそんな
ここではなぁなぁな結果で終わってしまったが、うまいこと黒歌さんを完全無罪にできる言い訳を用意できるSSの作者さんはマジで尊敬できるのでリスペクトしよう

☆輪ゴムさん
別名安心院なじみ
今作における当て馬枠その二か三か四
小猫さんと遭遇するかは不明だが基本的にフラグありそうな女性陣は基本当て馬と考えてもらえれば
遭遇が無くても恐らくその機能は果たせる
外世界編があれば作者が密かに大好きな僕っ子枠でメインヒロインを張れた
今回は当て馬活動の一貫と、グレートレッドがやってくる描写がある話だったので序に登場
主人公が死んで、ある意味で今よりももっとフリーな身になってから改めて旅に誘いにくるつもりなので生きてる間のヒロインレースは気にしていない
というか恋愛フラグなのか単純にフィクション世界で生きていく上での道連れ扱いなのかは不明、どちらでも本編には影響しない
必要であれば次巻辺りで少し出すかも

☆日影さん
すっごいひさしぶりの出番
本作サブヒロイン
ヒロイン描写は少ないが、つまり主人公がフリーでないと周囲に認識させる為のユニットである
やきもきさせる要員というかそんな感じかもしれない
最初の方の話で書いている通り、恋人、という単純な括りで纏められる程主人公との関係は単純ではないらしい
でも家族同然であるため好感度はヒロイン的立ち位置の中では一番高い
なお、主人公が一度グレて世界を滅ぼそうと画策した幼少期親の愛で説得編のエピローグ辺りから存在している為、他のヒロインに主人公の過去を話してくれるキーマンにもできる。実際やるかは不明
意味があるかは不明だが、本作ではたぶん三番目か四番目くらいにつよい

☆黒歌さん改めサバミソ改めネコショウニャン改め黒歌さん
ポケモン化したりレベル5製妖怪になったりしたけど結果的には指名手配解除
でも完全無罪かというとそういう訳でもない
なんかやらかしたら問題になる前に謎のヒットマンエースキラーが飛んできて死なない程度に社会的に死ぬ
たぶんやらかした瞬間に障子戸がばたんと閉じて影絵状態でおもしろいやらしい状態になる
なお出所不明の妖怪メダル的なものを主人公に渡そうとしたが、『友達の姉は友達なんですか?』という素朴な疑問に心傷付き渡せていない
メダルを持っている人が居ないので、リズミカルな召喚シーンも再現できないしエフェクトも出ないし新しい妖怪ウォッチがリリースされても関係ない
なおこの世界に妖怪ウォッチはゲームも実物も存在しないとされている
作者が妖怪ウォッチを安く手に入れたり譲られたりしたら場合によっては存在していたことになるかもしれない
可能性としてはシノビガミの世界忍者連合と世界忍者の繋がりでジライヤが、ジライヤと世界観共有という事でジバンの登場確率の方が高い
衣類に関する部分と幾つかの細やかな部分のみ主人公によって矯正されているので露出は少ない
決してはだけた着物よりも内側から圧迫されたビジネススーツの方が好みだからとかではない

☆小猫さん
凄い気合で空中ダッシュできるが普段は飛んだほうが早い
シャブラニグドゥもどきを倒した直後から暫く気絶していた為に諸々の顛末を知らない
なんか目が覚めたら姉は一応無罪という事になり一緒に暮らせるようになった
しかもその原因は友人であるらしい
なんでと聞いてみたら「君の悲しい顔は見たくない」的な事を言われた
恥ずかしさから嬉し泣きを抑えこもうとしたら胸を貸されたので泣いた
……なんだこのややライトな少女漫画のヒロイン
なおレーティングゲーム直後の医務室では既に意識が……?
この子の心理描写で日常パートやってる時が一番筆が進む気がする

☆日影さんの二人三脚のパートナー
天下五剣のうちの一振りとかと契約すると爆発的に強くなるけど、この世界では別に戦う事になる切っ掛けとかは無い
なんかあとがきで始まって即終わった外世界編で出身世界が出た気がするが異世界の同位個体とかそんなあれだと思われる
とうらぶもいいけど、しんけんもよろしくね!
でもイチオシはやっぱりアイギス
別にDMMの回し者ではないので勘違いしてはいけない
レムリアのDMM版とか結構気になるけどどうなっているのでしょう
元のレムリアはガチャが超絶有情だった覚えはあるのですが

☆アーシアさん
輪ゴムさんが気まぐれに拾ってくれたぞ!

☆白龍皇チーム
輪ゴムさんが運転するグレートレッドに轢かれたぞ!

☆イッセー君
寿命が割りとマッハ
原作より削るかは考え中

☆ゼノヴィア先輩
残念ながらデュランダルは木工用ボンドではくっつかない
悲しい

☆デュランダルパイセン
せめてハンダ付けしてほしい

☆木場先輩
頬に十字傷もいいなぁと思っている
自分の顔写真にマジックでいい感じの傷を書き込んで携帯で撮影して主人公に送りつけ
『どうだろう』
とかいう一言メールで困惑させたりしている

おでんやらその場に居たお偉いさんやらオーフィスやらも解説したいけど今回一言も言及されてないので除外
そして次回からは七巻に突入です
なんか前は七巻はポケモンバトルとか書いてた気もしますが、なんかよくよく読み返して見るとポケモン出せる場面そんなに無いなぁと
せいぜい犬対虫なバトルか……
代わりに禍の団さんが大量にインクの材料を街に搬入してくれるようです
で、小猫さんのフラグがこっちの主人公にあるので小猫さん周りの原作イベントが除外
……地味にスイッチ姫フラグが消えてるんですねぇ、どうしましょうか
まあ、空いた部分にはサバミソさんと暮らせるようになった小猫さんの生活とか愚痴とかそういう話を挟み込みつつやっていこうと思います
そんな感じで毎巻毎巻ライブ感だけで乗り切る事になりますが
それでも良ければ、また次のお話もよろしくお願いします
ご意見ご感想などもお待ちしております

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