文字通り絵に描いたような、あくまでドラゴンメインの高校生活   作:ぐにょり

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五十七話 血闘のアンビバレンス

戦況は決して良いものでは無かった。

北欧神話の神性であるロキだけでなく、ロキが作り出した最強最悪の魔物フェンリル。

更にはそのフェンリルの子供であるスコルとハティ、追い打ちとばかりにミドガルズオルムの同種の群れ。

 

対する悪魔側──聖書の勢力側の戦力も決して小さなものではない。

歴戦と言っていい天使のバラキエルに元龍王のタンニーン。

それに加えて白龍皇にその仲間、更にグレモリー眷属である赤龍帝、聖剣の担い手に聖魔剣エクスカリバー使い、更に最近になって頭角を現し始めた魔法使いの元猫魈の悪魔まで。

 

だが、単純なネームバリューから力の格に至るまで、どちらが上か決めろと言われれば、比較するのもバカバカしくなる。

リトルリーグのチームがメジャーリーグのチームに勝負を挑むようなものだ。

甘く見ている、と言っても良い。

しかし、甘く見てしまうのにはそれなりに理由もある。

聖書の三大勢力全てを相手取り戦った二天竜の力を宿した新世代の悪魔。

赤龍帝の兵藤一誠に、魔王の力すら受け継いだ悪魔と人間のハーフ、白龍皇ヴァーリ・ルシファー。

それに加えて、命と引き換えに全盛期の赤龍帝、ア・ドライグ・ゴッホに迫りかねない力を引き出した現赤龍帝のイッセーを手玉に取った異世界の魔王、赤眼の魔王(ルビーアイ)シャブラニグドゥを打倒した未知の魔術の使い手である塔城小猫。

潜在能力だけで見れば確かに神の一柱を相手取るに相応しい戦力だと考えられる。

 

しかし、それはあくまでも潜在能力だけを見た上での話でしかない。

赤龍帝は成り立ての転生悪魔として考えれば神器抜きでも破格と言って良い性能を誇るも、本人の経験不足もあり、現役の神族を正面から打倒するだけの力は無い。

白龍皇はそれなりに実戦経験を積んではいるが、今回の奇妙な共闘における標的を悪神ロキでなく神喰狼フェンリルに向けている。

そして小猫にしても魔王打倒は仲間の助けを得た上でのギリギリの勝負の上での成果であり、この場においてロキやその配下を相手に蹂躙できる程の自力が備わっている訳でもない。

 

どちらが優勢かと問われれば、即座に答える事はできないだろう。

ミドガルズオルムの同種は数を減らされている。

フェンリルは白龍皇によってこの場から引き離され、その子供たちも手傷を負っている。

だが、それでも、未だにロキを撃破するには至らない。

何故か。

それは、フェンリルの影に隠れて目立たないものの、ロキもまた圧倒的な力を有しているからだ。

伝説に歌われた神殺しの神器を向けられて、尚余裕を持って戦い続ける事ができる。

それこそが、神。

単一神教の神ではない、多神教の神であれど、その格の高さは変わらない。

 

時間が経てば、ロキは配下を全て失い、全員からの集中砲火を受け、倒せるかもしれない。

しかし、そうなる事を想定し、聖書の陣営の如く何らかの回復手段や予備戦力を備えているかもしれない。

いや、配下、味方が居なくなって単独で好きに暴れ始めてからが一番強くなるのかもしれない。

 

かもしれない、かもしれない、かもしれない。

戦いの行方は誰にもわからなかった。

 

────突如として現れた、『それ』を除けば。

 

―――――――――――――――――――

 

「…………?」

 

姫島朱乃は困惑していた。

戦いの最中、自分はフェンリルの子に飛びかかられ、食い殺されんとしていた筈だった。

迫りくる神殺しの牙に恐怖し身を強張らせ、逃げようという意志すら本能的な恐怖に押し潰され、為す術も無く、無力な一般人の如く目を瞑ってしまっていた。

だというのに、一向に苦痛も死も訪れない。

 

「やれやれ、どうやら間に合ったようだね」

 

妖艶な、しかし何処か隠しきれない軽薄さが感じられる女性の声。

嫌に近くから感じられる聞き覚えのないその声に、自分が抱き抱えられている事に気付く。

恐る恐る目を開ければ、半ばフードで隠れた、中性的な美しい(かんばせ)

見知らぬ顔、未知の乱入者、予期せぬ助けに戸惑う朱乃に、きらびやかすら感じる笑みが向けられた。

 

「怪我はないかい?」

 

息も掛かる距離から向けられた真摯な言葉。

自らの身を案じる言葉の、その音色の甘さに、朱乃は時と場所を忘れて頬を染める。

極度の緊張、そしてそこから降って湧いた助けに弛緩した意識が、その神秘性すら伴う美貌に絡め取られ、ともすれば恋慕の情にも似た感情を抱かせた。

胸に秘め、打ち明けもしたイッセーへの恋慕が無ければそのまま流されてしまっていただろう。

 

「────き、貴様は」

 

ロキの狼狽する声が響く。

さほど大きな声ではないにも関わらずその声が戦場の全員の耳に届く。

皆が一様に乱入者の姿に目を奪われている。

神を喰らう狼も蛇の如き龍の群れも、その動きを止めていた。

主であるロキの命令すら忘れて見つめる先には、フード付きのローブを纏い、フェンリルの生き写しとも見える巨狼に跨る女。

 

「そんなに見つめないでおくれよ。こう見えて人に注目されるのは慣れてないんだからさ!」

 

抱き抱えていた朱乃を離し、片手で跳ね上げる様にフードを取る。

青い髪を短く揃えた、誰の目から見ても美しく、何処か怪しげな雰囲気を漂わせる美女。

第一印象として抱けるのはその程度だろうか。

だが、彼女を見た、彼女の存在を感じ取ったその場の誰もが、次に抱いた印象があった。

 

「ロキ……?」

 

性別は違う、顔つきも違う、体格も違う、身に纏う装束の意匠も大きく異なる。

だが、その身に纏う雰囲気、神気とも言うべきオーラが、あまりにも似通っていた。

ロキに似た、誰か。

いや、より正確に表すのであれば。

ロキが(・・・)この女に似ている(・・・・・・・・)のだ。

 

「そうとも!」

 

誰が呟いたとも知れない声に、女は芝居がかった口調で応え、大げさにローブを脱ぎ捨てる。

大きく胸元の開いた、というより、腹部を紐で閉じているだけで、胸元から下腹部まで剥き出しにした上着、挙句下半身はほぼ局部しか覆えていない下着のみ。

痴女か悪の組織の女幹部にしか見えない衣装を、しかし、それ以外は有り得ない、というほどに華麗に着こなした女は、高らかに名乗り上げた。

 

「改めて名乗らせてもらうよ! ボクはロキ。北欧神話の神々、その末席を汚させて貰っている……北欧神話の裏主人公とは僕の事さ!」

 

―――――――――――――――――――

 

なんですかあのレベル高い痴女は(驚愕)

などと、そのヴィジュアルの面白さに驚くのも束の間、戦況は一気に傾いた。

突如として乱入してきた自称ロキが私達の側かどうかはともかく、男の方のロキと敵対し、それを圧倒している。

そう、圧倒しているのだ。

あの自称ロキが敵か味方かはともかくとして、強いか弱いかで言えば、この場では断然強い。

 

「大丈夫ですか朱乃さん!」

 

「え、ええ。あのひとが助けてくれたから……」

 

自称ロキから副部長を託されたイッセー先輩の心配を、何処か上の空な雰囲気で受け流す副部長。

一度助けただけでNTL? というのはいくらなんでも副部長が尻軽過ぎるので、神様特有の不思議パワーにあてられたとかそういうのだろう。

……神様特有の、という時点で、なんとなく自分があの自称ロキのハイレベル痴女が神の類であると認識しているのを自覚する。

とはいえ、あの痴女を神だと認識してしまうのも仕方がないだろう。

 

「でも、あの神はいったい……?」

 

「ロキですよ」

 

唐突な聞き覚えのある声。

しかし、声はすれども姿は見えず。

その場の全員が周囲を見渡す中、停止したドラゴンを始末し終えて合流してきたロスヴァイセさんの影がひとりでに起き上がり、見知った姿を結ぶ。

現れるのは典型的な忍者装束に身を包んだ書主さんだ。

実にフィクションニンジャめいた登場をした書主さんは、何事も無かったかのようにロキと自称ロキの戦いを眺めながら続けた。

 

「あれこそが、古の時代にニセのロキに封印されてなり変わられた(という設定で通す事になった)、真のロキ……そう、フルアーマーロキさんです」

 

「フルアーマー」

 

肝心の胴体部分が装甲どころか布すらエコ仕様の半裸なんですが。

お腹どころか下腹部も見えてて、多分ムダ毛の処理を怠ったら着れないレベルのフルアーマーとはどういう事なのか。

 

「待ってくれ! じゃあフルアーマーじゃない場合はどうなっちゃうんだ!? まさか、アーマーパージとかもあるのか?!」

 

「それは……ふふふ、まぁまぁ、それはこの戦場での本筋ではないので一先ず置いておきましょう」

 

イッセー先輩の食い気味な疑問を笑って受け流す書主さん。

フルアーマー状態で顔はほぼ見えないにも関わらずドラゴンというよりも馬に見えるレベルで鼻の下が伸びているイッセー先輩のどうしようもない疑問はさておき、私たちも此処で何時迄も談笑しているわけにもいかないだろう。

元から居た偽物であるらしいロキと、新たに現れた真のロキであるらしいフルアーマー痴女。

見た目からは考えられないレベルで存在感が似通っている二柱への戸惑いか、或いは主が二人に増えたがために混乱していたのか、静止していたミドガルズオルムの量産型。

それらが再び動き出そうとしている。

 

「手伝ってくれるのよね?」

 

「アフターサービスは万全ですよ。今回は半ばお仕事ですから」

 

部長の問に、いつの間にか持っていた手裏剣をひらひら振りながら答える書主さん。

心強い援軍だ。

実質、ロキの相手をしなくても良くなったのも嬉しい。

だけど、ロキやフェンリルを抜きにしても、ドラゴンの群れが強敵である事には変わりない。

書主さんの手伝いだってどこまで本気でやるのか解らない以上、戦って、死なず、勝つにはやっぱり全力が必要なのだ。

 

「書主さん」

 

「うん?」

 

「私達の背中、預けます」

 

「ん、見えてる範囲からの攻撃には気をつけて」

 

遠回しで、丁寧なのに尊大な、それでも信頼できてしまう言葉に頷く。

今回ばかりは、前だけ見ながら全力で戦えそうだ。

 

―――――――――――――――――――

 

「神の名を騙る愚か者め!」

 

愉快げに不快げに、叫びながら戦端を切ったのは男のロキであった。

自らの名を騙る女に手を向け魔術を解き放つ。

ばら撒くように放たれた魔術はしかし、この場に集まる戦士達では、赤龍帝や白龍皇でもなければ一撃喰らうだけでも致命傷になりかねない威力を誇る。

スコルとハティを呼び戻すでもなく、増産したミドガルズオルムをぶつけるでもなく真っ先に自らの魔術で対抗したのは意識的なものではない。

だが、この攻撃は他のどの方法よりも早く、なおかつロキにとって信頼できる──あるいはフェンリルよりも余程──攻撃方法だった。

 

北欧神話の神の一柱としてこれまで生きてきたロキの、或いは物語としての神話において狂言回しとも言える立場のロキの、そうと知られるのは我慢ならない、ある種の研鑽の証と言ってもいい。

仮に同じ威力の魔術を受ければ自分でもタダではすまない。

それは即ち、生まれ持った神としての性能そのままである肉体の防御力を、幾多の神話を超えて成長した技術としての魔術という攻撃手段が上回っているという、歴史の積み重ねの証明でもある。

ぽっと出の紛い物に防げるものではないという、自らの名を騙る相手への意趣返しの意味も込められているのだろうか。

余人はおろか、考える間も無く反射的に魔術を放ったロキにすら知り得ない内心を反映する事無く、精緻にして強大な魔術が女に迫る。

致死の一撃を前に、女は手袋に包まれていない方の手指を怪しく蠢かせる。

五本の指がそれぞれ別のルーン文字を描き、

 

「禁忌──」

 

ごう、と、燃え盛る炎の音が響く。

或いはそれは天を焦がす業火、或いは鉄を溶かし鍛える竈を連想させる熱が、女の手の中で形を得る。

生まれるのは炎剣、それも神話に語られる神剣が一振り。

 

「──レーヴァテイン」

 

剣というには形の甘い、光の柱そのもの、或いはレーザーにも似た熱量を伴う光。

終末において世界を焼き尽くすとされるそれは、一振りの内にロキの放った魔術を一つ残らず消し飛ばす。

燃える、という概念を持たない純粋な破壊の力を込められた魔術ですら燃やし尽くす光の剣。

 

ロキが浮かべる驚愕の表情を認め、女がニヤリと笑いながら飛ぶ。

神の力か、魔術によるものか、いや、そうではない。

ロキには女の靴がまた自分の持つ空飛ぶ靴と同種のものである事を一瞬で看破していた。

一瞬、というには長い刹那の時間で二柱の姿が交差し、閃光が走る。

 

ロキの手にもまた、女がレーヴァテインと称した炎の剣が握られていた。

当然と言えば当然だろう。

かの魔剣を作るに辺りルーンを用いてその鍛造に力を貸したのはロキに他ならない。

他のあらゆる手順を省き、ルーン魔術のみで魔剣の威力のみを再現する、という曲芸の様な真似をしようと考えたことこそ無かったものの、やろうと思えば出来ない技でもない。

 

二本の炎剣が熱波を撒き散らしながら鍔迫り合い、しかしじりじりとロキの持つ魔剣が押され始めていく。

神の持つあらゆる力はその神の在り方を根底に置き、基本的には見た目の形から素直に読み取れるものではない。

故に、ロキもまた見た目どおりの優男の細腕からは考えられない程度の腕力は備えている。

神を騙る以上、女の力もそれなりにはあると踏んでいたが、それでも此処まで一方的に押し込まれるものなのか。

 

「おやおや、格下にしか威勢の良さが続かないなんて、悪神ロキの名が無くんじゃないかな?」

 

涼しげに、しかし嘲りを隠す事無く嗤う女。

なるほど、人を喰ったような態度はロキも良く似ているかもしれない。

いや、或いは自分、ロキこそが女に似ているのか?

ふと浮かんでしまった有り得ない仮定を打ち消すように叫ぶ。

 

「抜かせ!」

 

炎剣を維持するのを止め、熱量の塊とした魔術を女に向けて解き放ちながら飛び退くロキ。

その視線は、目ざとく女の手首に巻かれた細身のベルトを見つけていた。

サイズが違う、デザインも異なる。

だがロキにはそのベルトの放つ気配に覚えがあった。

 

メギンギョルズ。

雷神トールの持つ、力を倍増させる太い金属製のベルト。

それに酷似した気配を持つあの装備こそがからくりなのだろう。

 

小細工を、と、責めることはできない。

如何に強大な力を持つ神と言えども、その身一つで戦う神ばかりではない。

北欧神話においても特有のアーティファクトを使いこなす神は多く居る。

無論、ロキ自身もその内の一人。

道具を作る、借りる、使うというエピソードは一通り熟しており、責める理由も責められる謂れもない。

 

「スコル! ハティ! この紛い物を噛み砕け!」

 

当然、道具扱いである我が子、自らの作品を使う事にも躊躇いはない。

ロキにとって認め難い事ではあるが、女の実力そのものは明らかに自らに比肩しうるものであり、どうやって手に入れたかも分からない北欧神話固有のアーティファクトに似た能力を持つ装備は埋めがたい戦力の差を作り出している。

 

だが、それだけだ。

神とはその身一つで存在が完結するわけではない。

神としての権能で、或いは永き時の中で積み重ねた技術で作り出した道具で、或いは自らの子や友人と言った繋がりすら含めて神と言える。

そういう意味で言えば、考えようによっては我が子とも言えるフェンリルやその子等、ミドガルズオルム或いはその複製もまた自らの力の一部。

それを欠いた女に脅威や恐怖を抱く理由は無い。

 

主の呼び声にスコルとハティが一吠え応え、ロキと相対する女へ向けて駆ける。

これまでの戦闘でダメージを負い、満身創痍の様にも見えるが、それは尋常の獣であったならの話だ。

仮にも神話一つを滅ぼす魔獣、神獣の子であれば、神の一柱や二柱問題なく噛み殺す程度問題にもならない。

 

スコルとハティが駆ける。

聖剣により脚を爪を牙を抉られ、しかしその神殺しの権能と獣性は未だ健在。

欠けた身体を動かす痛みすら怒りへ、怒りを凶暴性へと変換し、主の望むままに主と似た匂いの柔らかな肉の塊へと大きく顎門を開き飛びかかる。

肉塊──女は薄っすらと嫌らしい笑みを浮かべながらゆるりと片脚を振り上げた。

 

筋肉と脂がバランス良く纏まった靭やかな脚の先にあるのは、一目でそれと解るほどに頑丈そうな鉄の靴。

神話に語られるフェンリルそのものでなく、ロキの様に多くの知識を持つ訳でもないスコルとハティは突き進み、一足遅れて女の意図に気付いたロキが静止を入れるのも間に合わない。

遠方からスコルとハティが女に喰らいつくまでの距離を移動しきるのと、女が脚を振り上げ振り下ろすまでに掛かる時間は同時。

振り下ろされた鉄の靴は、赤龍帝の鎧すら容易く貫くフェンリルの子の牙に貫かれる事無く、裂くように下顎を勢い良く踏み抜く。

神殺しの獣の牙を踏み砕いたこの靴こそ、北欧神話に語られるオーディンの息子、『フェンリル殺し』ウィーザルに与えられし『強い靴』であり、それは逸話のそれと違わぬ力を見せつけた。

 

牙を砕かれ顎を引き裂かれたフェンリルの子がまるで普通の子犬と変わらない声で悲鳴を上げ、地面へと落ちていく。

だがロキに迫るフェンリルの子がもう一頭。

最初から此方が本命だったのかそれとも偶然にその形になったのか、もう一頭は回り込むようにしてロキの背後から首を狙う。

落ちていったもう一頭の様に靴で狙える位置でも無い。

 

「躾がなってない」

 

しかし、女は慌てる素振りすら見せず、ちらりと背後に視線を向け、嘆息。

くい、と、指を一本上げながら振り返る。

半ば振り返る頃には既に大きく開いた顎門が、荒らげられた息の熱が解る程に迫り……。

 

「息も臭いね」

 

ずむ、と、重い音と共にその口が閉じられ、縦に高速で回転しながら天高く吹き飛んでいく。

後に残るのは飾り気の無いシンプルな、四角い金属ブロックに取っ手をつけたような片手持ちのハンマー。

それを優雅な手つきで回収すると、くるりと回してロキに向けた。

 

「ペットの飼い方が成ってないんじゃないかな?」

 

「な、……何故だ! 何故それをお前が……」

 

「使えるのかって? そりゃ、僕が力強くて純真無垢だからさ!」

 

なんてね! ははは!

自分の言葉に腹を抱えて嗤う女。

手に持つそのハンマーこそ、形こそ違えど、北欧神話に名高いミョルニルである事は明白だ。

より正確に言えば女の持つそれはムジョルニアと呼ばれる事の方が多いのだが、ロキがそれを知るべくも無く、知った所で意味はない。

そんな些細な事実よりも重要なのは、ロキが既に内心でこの女の力を完全に認めてしまっている事だ。

そして、こうも思い始めている。

『実は、この女こそ本当のロキなのではないか』

あまりにも馬鹿げているにも関わらず、その思いつきを否定する気になれない。

 

「それで? 種と仕掛けはネタ切れかい? 仮にでも北欧神話のトリックスターを名乗るなら、もう少し粘って欲しいよねぇ?」

 

にたり、と、嫌らしく嗤う女の言葉に、ロキは挫けかけた心を奮い立たせる。

何故こうなってしまったのか、ここからどうするのか。

そんな後ろ向きの考えをしていてもこの場は切り抜けられない。

勝てる道筋が見えないのであれば、見えてくるまで場をとにかく引っ掻き回せばいい。

今勝てていないとしても、今負けてしまった訳ではない。

どんな無様を晒したとして、どんな回り道をしたとして、最後に勝つのがロキという神なのだ。

 

「ならば、こいつらの相手もしてもらおうか」

 

ロキの足元の影が広がり、再び巨大な蛇──ミドガルズオルムの若い個体が大量に現れる。

余裕を持って戦っていた三大勢力との戦いでは出し惜しみをしていた分に、母体を変えることで特異な性質を持つに至った研究用に残しておいた亜種、或いは少々若すぎる個体まで。

 

「なるほど、それじゃあ、その子達の相手を用意しようか」

 

ロキに倣う様に影を広げてみせた女の影から、無数の影が立ち上り実像を結ぶ。

それは燃えるような赤い髪を炎の様に激しく揺らめかせる紅白のドレスの女性。

そして黒と赤を基調としたドレスを身に纏う灰の様な髪の女性であった。

また、全く同じ顔つきの、赤と黒で彩られた剣を気怠げに携えた銀髪の女性達であり……。

その全てが、レーヴァテインと同じ気配を内包する、恐るべき魔人であった。

 

「さあさ、僕をもっと楽しませてよ、ロキの偽物(型落ちのオリジナル)さん」

 

―――――――――――――――――――

 

決着に至るまでの出来事を並び立てる事に、最早意味はないだろう。

無数のクレーターにドラゴンの死骸から流れた血溜まり、焦げ臭いタンパク質の焼ける匂い。

そこは正しく戦場の跡地。

 

「兵藤、兵藤よぅ……」

 

「言うな匙、言いたいことは解るけど、言うな、言うな……」

 

なんとも言えない、不完全燃焼といった雰囲気の少年達。

匙元士郎は改造人間……もとい、改造悪魔である。

人間から悪魔の駒を使うことで悪魔へと変じ、更に堕天使の所有していた黒邪の龍王ヴリトラの神器を複数移植された事により、生前のヴリトラを思い起こさせる程強大な特殊能力を使用する事ができるのだ。

また、その匙元士郎の肩を叩き首を振る男、兵藤一誠は伝説のドラゴン、赤龍帝ドライグの力を引き継ぐ転生下級悪魔にして、現時点では他に類を見ない、赤龍帝と白龍皇の力を併せ持つ同種の存在しない単一種族のドラゴンでもある。

共に長じれば今回の様な神話に描かれる程の戦いでも活躍できる程の才を持つ男たちだ。

正確に言えば才能というよりも神器の性能とそれを育む特殊な精神力こそが力の源なのではあるが……。

 

「これが、神話の戦いなんだな」

 

「そうだな」

 

「お前、毎度毎度、こんな戦いを乗り越えてきたんだな」

 

「まぁ、赤龍帝とか、部長とか、色々呼び込んでるらしいからな」

 

「…………」

 

「…………」

 

「今回さ」

 

「うん」

 

「トレーニング参加前に怖くて震えてたよ。それでも部長に合わせる顔が無いって、自分を奮い立たせて」

 

「ああ」

 

「自分でもすげぇパワーアップしたと思うんだよ。ヴリトラの力を引き出せたり。見たろ? あの黒い炎のドラゴン」

 

「見た。実際すげぇよ匙は……」

 

黒い龍脈。

邪龍の黒炎。

漆黒の領域。

龍の牢獄。

ヴリトラの魂を細分化して閉じ込めた複数の神器は、匙の体内で結合する事で失われた筈のヴリトラの意識すら部分的に呼び覚まし、或いは擬似的なヴリトラの復活すら成し遂げたと言えるだろう。

だが、こと今回の戦場に現れるにはタイミングが悪かった。

 

「ニンジャってなんだよ……」

 

「さぁ……」

 

「忍者ってそういうのじゃないだろ、なぁ!?」

 

「まぁなぁ」

 

「百歩譲ってもあれはNINJAだろ?!」

 

「それな」

 

ロキ……既に偽物であるとして本物であるらしい女ロキの手によって処刑されてしまった方に戦力が偏り、露払い役と化した聖書勢力と北欧からのゲストである戦乙女はさしたる助力を必要としておらず。

半暴走状態で現れた匙は、謎の助っ人忍者として参戦していた外部の忍者によって物理的に、呪術的に拘束されあっさりと無力化されてしまったのだ。

堕天使総督の地獄のシゴキに耐え抜き、中々見ないような複数神器の移植と結合手術まで受け、シゴキ開けで意識が半ば朦朧とした状況の中でなお、尊敬し敬愛する生徒会長、彼の王であるソーナ・シトリーのために、信頼する仲間である生徒会役員ことシトリー眷属のために。

或いは前線で戦う同期のライバルのためにと、半ば本能のみ、という程の状態で前線に出て。

 

──そんな彼を待ち受けていたのは、黒炎のドラゴンと化した自分に勝るとも劣らない大きさの紅白の忍者ロボであった。

忍者ロボだけではない。忍犬ロボ、忍ダンプカー、忍新幹線、忍ドラゴンとここでドラゴン属性まで被せられ、挙句の果てに忍UFOまでが彼を力強く出迎えたのだ。

神器からのエネルギーで起きていたオーバーフローは瞬く間に収められ、気がつけば何もかもが終わっていた。

朦朧とした意識の中で新ロキと旧ロキの戦いを見続けていた、という記憶だけがある。

 

「なんなんだよもう……もっとこうさ、報われたいじゃん?!」

 

「わかる」

 

「わかってねー! お前報われてるじゃん!」

 

「いやほら、そこはこれまでの積み重ね的なものもあるし……何時かいいことあるって!」

 

「うわーなにそれ!? 勝ち組のヨユーってやつだろー!? ほんとさーお前もさー!」

 

カラクリ巨大マシンが荒れ果てた採石場後を淡々と整地する光景をバックに、新たな力を宿した、新世代の悪魔達が、持て余した力でもって実感の沸かない勝利に騒ぎ立てる。

彼らの力が真に必要とされる戦場が現れるのには、今暫くの時間を必要とする。

 

―――――――――――――――――――

 

「と、まぁ、そんな事がありまして」

 

「相変わらず無茶苦茶するヤツだにゃぁ……」

 

事後処理すらあっという間に終わり、想定よりも体力を残し、時間に余裕を持って家に帰ってこれた私は、一緒に遅めの夕食を取りながら姉様に語って聞かせていた。

途中参戦の書主さんのお陰でかなり楽な戦いになってしまった為、態々姉様に土産話として聞かせるつもりも無かったのだけれど、聞かせて欲しいと頼まれれば話は別だ。

何故か二頭身の和服を着た猫のぬいぐるみの様な姿のままで食卓に着き、猫のぬいぐるみのそれとさして変わらない手で器用に箸を操りサンマの塩焼きを解す姉様は呆れ顔だ。

 

「今回は、それほど無茶苦茶はしてないですよ。ロキを倒したのだって、本物だっていうロキの方ですし」

 

「今回は、って時点で普段が知れるし、その女ロキってのも十分怪しいじゃにゃい」

 

解したサンマの身に醤油を垂らした大根おろしを載せて口の中に運び、目を閉じて味わい深い表情で咀嚼する姉様。

かわいらしい……。顎とかもふもふしたい……。飼い殺しにしたい……。首輪とか……。鍵付きで……。

いやそうではなく、確かに、あの女ロキとかいうのは些か唐突過ぎる様な気もする。

書主さんは保護したとか捕獲したとか言っていた様な気もするけれど、遥か古代に北欧で偽物に立場を追われた神族が、この現代の日本で書主さんに発見される、なんて事がそうそうありえるのだろうか。

 

「やっぱり、怪しいですよね、言われてみれば」

 

「言われなくても怪しいヤツにゃ」

 

「でも、いいひとですよ」

 

「にゃーん!」

 

人語を喋って貰わないとわかんないんですけど、そのマスコットにあるまじきムカツキ度の煽り顔はわかります。

いやらしく上向きに弧を描く目にサンマに添えてあったレモンをしぶかせて解決し、自転車で踏み潰した蛙の様な声で絶叫する姉様を脇目にサンマを食べながら、窓の外を眺める。

空にはまだ煌々と月が輝いている。

時計を見るまでもなくまだまだ深夜というには早い時間で、おそらく書主さんもまだ起きている頃合いだろう。

電話なりメールなりで、助太刀に対しての礼でも言うべきだろうか。

いや、でも、お仕事だって言っていたから、そこまで畏まる必要もないのか。

 

……でも、それを言ってしまえば、彼が純粋な善意だけで私たちに力を貸した事はない。

実のところを言えば共闘した回数だって片手の指で事足りてしまう。

だけど、とってもたくさん、お世話になっている様な気もする。

借りが一方的にある、というのは、対等な友人として如何なものだろう。

何処かで恩返しをして気軽な友人関係になれればいいとは思うのだけど。

こう、お弁当を作ってあげるとか、一緒に映画に行ってチケット代をおごってあげるとか、そんな感じで?

何か違うような気もする。

でも、感謝の気持ちを表したい、というのも嘘ではないし……。

 

「にゃーん……、ん゙ぎに゙ゃ゙ー!」

 

おっと嫌らしい顔で視界にフェードインしてきた姉さんの鼻の穴に偶然お箸の先端が。

この形態の姉様はちょっと悪戯が過ぎるのがチャームポイントで短所でもある。

可愛らしくオーバーアクションで転げ回る姉さんを眺めながら新しいお箸で食事を再開。

しようとした所で、奇妙な音が耳に入ってきた。

ひゅるるる、という、まるで花火でも上げるような音。

いや、花火のそれと似ているようで、速さも、それに距離も近い。

下の駐輪場で季節外れの花火でもしているのか、と思い、窓の外を見る。

 

「ん?」

 

まず目に入ったのは、窓の外、少し離れた場所にあるマンションの屋上に、大きな緑色の筒を構えている、マスクにサングラス、ニット帽の怪しい風体の男。

次いで、ガラスを突き破りながら部屋の中に入ってきた、先端の尖った、野太い矢の様な────

 

「危ない!」

 

ぐえ、と、喉から奇妙な音が漏れると同時、景色が横に流れて溶ける。

何が起きたか分からない。

見えて理解できるのは、姉様が鼻の穴から箸を引き抜きながら片手で私の襟首を引っ掴み、そのままガラス戸をぶち破りベランダから脱出しているのだな、ということ。

いきなり部屋に打ち込まれた何かにも、一瞬でシリアス形態に変化した姉様にも理解が追いつかずにいる私の目の前で。

 

私の部屋は、内側から盛大に、ハリウッド映画のごとく爆発した。

 

 

 




続く!



☆ロキに似ている女改め真のロキという名の新造ロキ
この世界のロキの知識と能力は全て所持
その上で便利に戦えるようにと様々な北欧神話アイテムを付属されている
目玉とも言える能力は、神話に語られるレーヴァテインを鍛えたエピソードを拡大解釈して追記されたレーヴァテイン生成能力
最後に出した諸々のレーヴァテインは能力で作ったものではなく何者かに与えられた下僕
総合力が割りと高く、後々に出てきても能力の使い方次第では活躍できる
が、この巻以降で出てくるかは謎
興奮すると下腹部に淫紋とか出てくる系の改造がびっしりと施されているが、その部分の設定はエロに対する趣味的なあれであり本筋で語られる事は一切無い
一応、態々本物のロキと取り替えられた理由とかあっさり本物として認められた事に関しては理由があるが、次の話でうまいこと語られなければ明かされないかもしれない

☆レーヴァテインの力を宿した魔人
魔剣の擬人化とかキラープリンセスとか
ファンキルは育成のためにイベクエ回し続けてるせいでまともに本筋のシナリオが進まないのだ
ブレブレは毎日赤いきのこを叩くだけの日々だけどキャラを突くと喋る系のゲームはそれだけで満足してしまうので問題はない
普通にゲームやりたきゃちゃんとしたハードでやるし……
あ、最近は電撃G'sマガジンとかが協力してる刀美少女化のやつも気持ち楽しいですよ猿渡さん!

☆あけなんとかさん
居たの? たぶん居た。居なくても話は変わらないけど居たと思う
描写が少ないので、『実は母親共々過激派に狙われたけど謎の忍者集団の介入によって母子とも無事、それでもピンチの時に来てくれなかったし家にもあまり居着かない父親に対して反抗期中』というマイルドな設定にいつでも切り替えられる
なおその場合、介入した忍者は主人公ではなく通りすがりのサラリーマンとかになる
だってあなんとかさんの幼少期ってなると下手すると主人公まだ忍者修行どころか精神的にパンクしてエグリゴリと路地裏同盟とを巻き込む大事件的なイベントを起こしたりする前かもしんないし……
つまりどう転んでも主人公にはほとんど絡まない
どんな設定でもたぶん裏でイッセーくんとなんやかんやフラグ立ててなんやかんやハーレム要因に成ってるんじゃないかなって

☆なんとかさんの反抗期
なんかこう……次の巻までにちょっと話し合いとかして緩やかに解除されてなんとなくパワーアップしてるんじゃないかなって思うけど書く予定も理由も一切無い

☆小猫さんのアパート
もう敷金もクソもない
どういった顛末になるかは次回エピローグにて



★誤字報告について
今までどこで返そうか迷っていましたが、ここでお返しさせていただきます
zakojima様、九々狸様、ぷりぷりエビ@二次は二次!原作は原作様、なかしょー様、ジャクリロボ様、翼刀様、ヒビキ(hibikilv)様、よもぎもち様
大変多くの誤字報告ありがとうございました
誤字の多いSSではございますが、今後共お付き合い頂ければ幸いです




次回エピローグで7巻も終了です
予定では8巻でも9巻ではなく十巻辺りから本格的にラブコメですよ!
短編集を挟むので描写を忘れていた砕けたデュランダルとかヒロインのプレゼントのペンダントとかの修復イベとか、モーニング騎士王タイムから始まる木場くんのいっぱいたのしい高校生活の一日★とか、毎朝毎朝繰り返し殺されている複製の皆様視点での死亡シーン心境集とかゼノヴィアさんの性的葛藤とか書けたら楽しそう
書けなかったら次の巻、修学旅行及び学園居残り組イベントとかに突入します

PC起動しなくなって修復したらマイクロソフトオフィスもアンインスコされて再インストールしようにもプロダクトコードが書かれたソフト本体がどっかいったので執筆速度が暫く遅くなるかもしれません
それでも今回より遅くなるという事はないと思いますが、気長にお待ちいただけたなら幸いです



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