文字通り絵に描いたような、あくまでドラゴンメインの高校生活   作:ぐにょり

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五話 龍は惑い

つまるところ、この世には悪魔や天使が居て、人間の中には神器とかいう凄い力を秘めている奴らが居る、らしい。

爽やかなイケメン野郎の木場に案内された旧校舎の一室、オカルト研究部の中に通された兵藤一誠ことイッセーはその説明を聞き、曖昧に頷いた。

 

「はぁ……それで、それが俺に何の関係が?」

 

教室に迎えに来た木場祐斗にムカつき、部室で出迎えてくれた姫島朱乃に喜び、シャワー上がりのリアス・グレモリーを見て盛大に鼻の下を伸ばして鼻血を噴出した。

悪魔の羽を生やすオカルト研究部部員の姿を見て、顎が外れんばかりに驚愕してもみせた。

だが、その上で説明を受け終えた今、内心にあるのは戸惑いのみ。

言い換えれば、酷く冷静な精神状態にあった。

イッセーは、駒王学園の生徒として見れば学力は決して高くはないが、頭の回転が遅い訳でもない。

普段の、常に興奮状態にあり、下半身にある第二の脳に思考の六割を任せているような状態であっても、話の流れとして自分に何かがある、程度の推測はできた、かもしれない。

 

「貴方の中にも、それが眠っているの。だから、命を狙われた」

 

ぴらり、と、リアスが一枚の写真を取り出す。

イッセーはその写真を見て、初めて目を見開いた。

 

「この子、見覚えが無いかしら」

 

写真に写っていたのは、艶やかな黒髪を伸ばした、清楚そうな美しい少女。

見間違えるはずもなかった。

天野夕麻。

いつの間にか誰もが忘れてしまっていた、居たという証拠すら遺さず消えてしまった、イッセーの生まれて初めての恋人。

携帯の写真からすら消えていた彼女の写真を何故この人が。

そう混乱するイッセーに対し、リアスは申し訳無さそうに顔を俯かせる。

 

「ごめんなさい……、いえ、謝るのが筋なのかどうかは分からないのだけど」

 

「君が彼女に命を狙われている、という話は、少し前に僕らの耳に届いていたんだ」

 

もしかしたら、予め手を出されない様にしてあげる事もできたかもしれない。

リアスの言葉を引き継ぎそう告げた祐斗の言葉に、イッセーは頭に疑問符を浮かべる。

 

「待ってくれよ、俺は別に襲われてなんて……」

 

そうだ、そんな記憶はない。イッセーはあの日の事を思い出す。

初めて出来た恋人との生まれて初めてのデート。

事前にバッチリ調べて決めておいたデートコースを周り、最後、夕日の公園で……。

 

「覚えていない? ……本当に? イッセー、貴方、自分がどんな状態だったか、本当に覚えていないの?」

 

リアスの声が何処か遠くに聞こえる。

イッセーの意識はこの場から離れ、過去へと向かう。

襲われたなんて記憶はない。

そうだろうか。

いや、そんな筈はない。

だが、それはイッセーにとって襲われた、と認識できない程の早さで行われ──

 

『ちょっと直しとくか』

 

──より強いイメージによって、薄れていた。

 

「う、ぐ」

 

ざり、ざり。

存在しない欠損を削る感触が蘇る。

空いた穴に、失った大事な何かの代わりに、無造作に放り込まれた硬い粒の感触。

ざり、ざり、ざり。

異音と共に詰め込まれる土の感触。

動く事も出来ず、声を上げる事すらできない。

感触がリフレインする。

音すら無く、体内に注ぎ込まれた異物が、音すら立てずに、失われた肉に、臓腑に、噛み合い、融け合い、補填していく。

自分でない何かが自分に溶けていく感覚。

勿論幻覚だ。

だが、あの時身動き出来なかったからこそ、体が反応する。

 

どさり、と、ソファから滑る落ち、その場に蹲るように倒れこむ。

体に力が入らない。

苦痛、異物感、異物が異物でなくなる、自分でない何かに神経が通って行く、形容する言葉すら知らない悍ましい未知の感覚。

精神を削られる様な感覚のフラッシュバックに、意識が遠のく。

 

「イッセー!?」

 

自らを呼ぶ声が遠くに感じる。

ストレスから心を守るための強制遮断。

だがそれも一時的な物だ。

イッセーは知らない。

だが、肉体はそれを受け入れている。

襲われたという事実を、傷口に異物を詰められる痛みも、傷口が信じられない速度で塞がれていく感触も。

兵藤一誠の肉体は受け入れる。

そのどれもが、取るに足らない、ありふれた感覚であるが故に。

例えば『ドラゴンであれば』その程度の感覚は、日常的なものに過ぎない。

イッセーは受け入れるだろう。

魂魄という概念を除いて考えれば、精神は肉体の延長線上にも存在する。

故に次に目覚めた時、イッセーは普段の通りに、混乱する事はあれど、すんなりと受け入れる事ができるのだ。

悪魔も、天使も、神器も、これからの境遇も。

 

──気に食わんな……。

 

地の底から響くような、低く、迫力のある声。

聞き覚えのない、だが、自然と違和感を覚えない声。

親しみではない。

だが、受け入れられない理由も、誰だ、と思う事も無い。

解らないが、大丈夫だ、と、イッセーは朦朧とした、ブラックアウトする寸前の意識で受け入れる。

それが、彼の肉体にとっては当たり前だから。

彼にとっての当たり前になる。

 

──糞餓鬼、聞こえているのだろう。

──聞こえていなくとも、目覚めと共に忘れても、今だけは覚えておけ。

──黒曜の瞳、夜天の瞳、深く沈み込む黒の瞳だ。

──気を付けろ。

──まともではない。今の貴様では……。

 

―――――――――――――――――――

 

なんだかんだあって、俺はオカルト研究部に入部する事になった。

体には怪我一つ無かったにも関わらず、全身の血液の大半を失い死ぬ寸前だった俺は、悪魔として生まれ変わり、部長から魔力を分け与えてもらう事で生き長らえたらしい。

人間で無くなってしまった事は少し残念に思わないでもないが、聞いた話では、出世すれば部長と同じように眷属悪魔というのを集めてハーレムにする事も可能らしい。

 

ハーレム、男の夢だ。

言っちゃなんだが年頃の男の頭の中なんて女の子と如何にエロいことするかしか詰まっていない訳で。

『出世すれば』『眷属を女性ばかりにすれば』『下僕だからエロいことし放題』

なんていう、冷静に考えてみれば背表紙をホチキスで止めるタイプの青年誌の巻末エロ広告バリに怪しく、それでいて実際にやったらタダの外道でしかないという事実に目を逸しつつ、釣られてしまうしか無かったのだ。

 

だが、悪いことばかりじゃ無い。

悪魔の社会は実力主義、力とパワーとストレングスを身につけた強者である事がもてる男の条件であり、それ以外の部分に関してはある程度目をつむって貰えるという。

更に、悪魔の絶対数自体が少なくなっている昨今、性欲が強い、というのも、煙たがられるどころかむしろ歓迎される要素であるらしい。

 

実に俺向きだ、と思う。

主に性欲が強いのが歓迎される、という下りが。

喧嘩の一つもしたことがないので腕っ節には自信がないが、今から慌てて鍛える必要はない。

何せ今の俺は悪魔稼業を始めたばかりの初心者。

まずは小さな事からコツコツと積み重ねていこう。

 

……まあ、そう思わないとやっていけない、というのもある。

何せ、初心者とはいえこれまでの悪魔活動で禄に契約を取れていない。

契約は取れず、しかし召喚者からは気に入られ、アンケートの結果のみ上々。

アンケートの内容を聞いた時は何かこみ上げてくるものがあった。

何だかんだ言って、仕事をしてその結果を良い方向で評価される、というのが心に来るものだ、というのは分かった。

だけど、契約自体は一件も成立していない、つまり、実績は上げられていない。

部長が言うには前代未聞らしい。

 

色んな人から聞く話じゃあ、社会人一年目なんて失敗の連続で上手くいく事の方が少ない、なんて言うけど。

じゃあ実際同じ立場に立って、失敗の連続で、それで『他の人も失敗してるから』と納得する事ができるやつはどれくらい居るだろうか。

今の俺はまさにそんな感じで、考えれば考えるほどにドツボにはまっていくのがわかる。

 

「しかも、二人共変態だしなぁ……」

 

だけど、それに文句を言える立場ではない。

小猫ちゃんを呼んでコスプレして欲しかった一人目の人。

何でもいいので不思議な力で魔法少女になりたかった筋肉モリモリマッチョマンの変態な二人目。

結果的に俺はこの二人の望みを叶えることができなかった。

何せ俺は小猫ちゃんの代わりにコスプレして映える美少女でもなければ、筋肉で何もかも解決出来そうなクリーチャーを魔法少女に変える力もない。

仕方がないではないか、と、心の何処かが弱音を吐く。

でも、頭の何処か、もっと冷静な部分が言うんだ。

『お前には何ができる』って。

誰に、どんな人間に召喚されたら、願いを叶える事ができるんだろう。

 

溜息を吐き、空を見上げる。

考えれば考えるほど悪い方向に向かっていくのに、考えるのをやめられない。

──ああ、ちょっとエッチで美形過ぎない男子が好みの綺麗な女の人が召喚してくれねぇかなぁ……。

いい考えだけど、この美形過ぎない、というのは、つまり美形の事を言うらしい。

つまり木場だろう。お姉さん系からの依頼が多いらしいし。

きっとエロい依頼だろう。間違いない。きっとエロ依頼に違いない。

……斬ったエロ衣類!? いや、違う。

ともかく、やっぱりイケメンはクソだ。

おのれ木場めぇ……!

 

「おおい、そこの人、ちょっといいですか」

 

突然の声。

声の聞こえてきた方に視線を向けると、そこにはまるで瞼を閉じているように見えるほど目が細い男と、その男の前でオロオロとしている、修道服の金髪美少女の姿があった。

 

―――――――――――――――――――

 

悪魔を治療した罪により異端とされ、教会を追い出された悲劇の聖女、アーシア・アルジェント。

彼女には兵藤一誠と同じく一方的に借りがあり、もしも会う機会があれば何か手助けでもしてやろう、と、常々考えていた。

何せ、彼女がこの世界の表紙に居てくれたお陰で、小さい頃から家の救急箱の中には必要最低限の、本当に本当の非常時に使うものしか補充されず、地味に家計の助けになってくれている。

父さんも単身赴任先でちょっとした怪我をした時に便利だと言っていたし、その恩恵は計り知れない。

 

「いやぁ、でもなんですね、実際会ってみて思う印象というのは、遠目に表紙で見るのとは少し違うというか」

 

『うぅ、助けてくれようとしているのはわかるのですが……』

 

さっき感知した、荷物を抱えて人混みの中をあっちへウロウロこっちへウロウロとしている気配。

下手に根性の曲がった堅気でない人に見つかったら、いいように連れ去られて事務所に連れ込まれ、話の流れで何らかの書類にサインさせられ、数日後には大人が大好きな映像作品の新人としてデビューさせられていたのではないか、と思う程の無防備さ。

なるほど、これが可愛い、という事なのだろう。

嗜虐心をそそる、と言い換えてもいい。

 

片言英語で『ThisWay……』『FollowMe……』と言って手首を掴んで、とりあえず人混みから引っこ抜いてはみたのだが……この始末である。

 

ついつい意地悪をしたくなるリアクションは、これも一つの芸術品と言っていいのではないだろうか。

この身の不具合の為、その姿を素直に映像として捉えることはできないが。

日本料理が無形文化財として認められるのと同じように、ああいういじめてオーラというものからは一種の美を感じる。

 

「教会へと送り届けるのは、もうちょっと解らない振りしてからでいいんじゃないですかね、うん」

 

『私がもっと日本語の勉強を頑張っていれば……申し訳ありません……』

 

この自罰的思考!

確かに言うとおり、異国の地に訪れるのにその土地の言語を満足に操れる様になっていない、というのは旅行者として見ても致命的な失敗だ。

だが、異国で自らの国の言葉が通じないとなると『何で英語が通じねぇんだよ! 英語は国際語だろが! クソックソッ!』と逆ギレするナチュラルボーンヤンキーが多い昨今、このリアクション。

つまりこの娘天使ではあるまいか。

あ、でもこの世界天使とか堕天使とか小悪魔とか、そういう比喩表現での賞賛が上手く機能しないな。

天使だってどうせ碌な物では無いことは間違いない。

 

『ええと、「教会」、「私」、「イカセてくらしゃひぃぃ」で、伝わって下さいぃ……』

 

ボディランゲージ付きで片言ながら途中まで上手く此方に意思表示を行っている。

でもちょっと最後の辺りが淫靡、誰の仕込みかこのエロ日本語。

シスターさんが教会でおねだり……つまり主が見ていますPlayである。

……よし、帰ったら日影さんにリクエストしてみよう。忍び転身でどうにか出来る筈だ。

流石に教会は用意できないが、此方の部屋、つまり何の変哲もない普通の部屋でシスターさんと、というシチュは中々に背徳的ではないだろうか。

 

と、まぁ、我ながらフルで口に出したら日影さんからも呆れた視線を貰えそうな馬鹿思考は置いておくとして。

もうそろそろタイムアップである。

実はそもそも夕飯の食材が足りないから、母さんに買ってくるように言われたところなのだ。

簡潔に言うと、このアーシアさんを送り届けると夕飯が遅くなる。

恩返しと夕飯の時間を両立させようと思ったら、流石にこれ以上は言葉通じてないごっこを引き伸ばせない。

ここはこの少女の必死のボディランゲージが通じた、というていで教会に連れて行ってあげよう。

教会、家からもスーパーからも遠いけど。

……人混みから引っ張りだした、というところで、恩返し終わりって事じゃ……ダメかな?

 

瞼の裏に「せやな」と曖昧に頷く日影さんと、笑顔で重圧をかけてくる母さんの顔が浮かぶ。

賛成1,反対1、父さんなら……駄目だ、答えを保留にして此方の成長度合いを図ろうとするに違いない。

そもそもこういう時に人の意見を参考にしてばかりでは駄目になる。

ゆっくりと今ある材料と周囲にあるものを吟味して、そこから答えを見つければいい。

手持ちの材料は何もない、自力で送り届けると時間もかかる。

では周囲は……居た。

少しどんよりとしているが間違いなく覚えのある気配。

 

「おおい、そこの人、ちょっといいですか」

 

ドラゴンの混じった悪魔の気配。

この必死で意思疎通を図っているアーシア・アルジェントと表紙で腕を組んでいた男。

赤龍帝、兵藤一誠その人であった。

 




イッセーの性格が大人しすぎる?
何故だろう、何か原因があるのか。
でもエロスは残ってる。
本作の良心になるかも。

次はちょっと早めに上げます。

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