炎狼   作:ゲレゲレ

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 同じような表現が多くて、色々と手直しはしたんですが、途中でダウン。
 事後処理なんて、もっと纏められる内容の筈なのに、文字数は2万近いという……。
 もっと、上手く話しを書けるようになりたいです。



第十二話

 新設されたばかりの機動六課隊舎にある、総部隊長用のオフィスでは、三人の女性と一人の男性による重苦しい空気が流れていた。

 照明の明かりを反射させるタイルの床に、外からの眼を防ぐために日よけが降ろされた窓、殺風景な部屋のイメージを払拭するために置かれた観葉植物などが、本来ならこういった雰囲気を緩和させてくれるのだが、それも上手くはいっていない。

 機動六課総部隊長である八神はやては、自分専用に割り当てられたデスクに腰かけて、正面に立っている三人に目を向けた。

「はあ~……折角の初出動やったっていうのに、後味悪いなぁ」

「しかし、本来の目的であるロストロギア、“レリック”は無事回収できましたし、占拠された車両の奪取、フォワード陣の訓練の成果もある程度は確認できました。確かに、確保した魔導師を死亡させてしまった事は失態といえますが、全体を見れば及第点は取れたと私は思います」

 溜息を吐くほどに沈んだはやてをフォローするかのように、二人の女性の後ろに控えていたグリフィスが今回の総評を述べる。

 しかし、それでも彼女の表情はすぐれない……傍らに浮かんでいる手乗りサイズの少女、リインフォースⅡの表情も、また同じく沈み込んでいる。

「グリフィス准陸尉の言うとおり、結果としてみれば成功とも言えなくはないです。ですが、貨物車両の中にあったコンテナの損出量と、車両自体の損害……更に言えば、アルファードの怪我の状態も良くはありません」

 銀の長い髪と幼い顔立ちが特徴的なリインが、これから待っている各方面への書類作成に辟易していると、機動六課へ教導官として出向してきている高町なのはが口を開いた。

「そのアルファードなんだけど、任務終了時にはすぐシャマル先生の所に引き渡したから、それほど心配しなくても大丈夫じゃないかな? 運が良いのか悪いのか剣で刺された右肩は、骨には損傷が無かったみたいだし……」

 サイドテールの茶髪に、ハッキリと見開かれた目や、均整の取れたスタイルがそうは感じさせないが……意外に体育会系な考えを持っている彼女は、現在も治療中であるとされているアルファードについては問題ないと言い切った。

 だが、その意見に隣にいたフェイト・T・ハラオウン執務官が難色を示す。

「私が現場に着いた頃には、確かに平気そうな顔をしてたけれど……実際には刺さってた剣が右肩を貫通してたし、医療班の人からは軽度の脳震盪も起こしてるって話だったから、一応休養は取らせた方が良いと思うんだけど」

 飴細工の様な金髪を腰まで伸ばし、可愛いというよりも美人だと言える涼やかな顔立ちが特徴的な彼女は、崖下に落下したアルファードの下へと一番早く駆けつけた人物でもある。

 故に彼女は、今回の事件で死亡……いや、自殺させてしまった魔導師の事を目撃している

 しかし、その事について気に病んだ様子は無く、執務官という役職通りの経験を持っていることが伺えた。

「でも、本人は10日以内には復帰するって言ってたんでしょ? こういう時は、本人の気持ちを汲んであげた方が、その子のためにもなるんだよ……大丈夫。本当に拙いと思ったら、私が無理矢理にでもシャマル先生に預けるから!」

「なのは……」

 5人の新人フォワード陣の教導官である彼女は、自分に任せておけとばかりに笑顔を見せ、握りこぶしで胸を叩く。

 別に、高町なのはという女性は、いわゆる根性論を主とするような人間では無い。

 確かに精神論も重要だとは位置づけているが、考え出す訓練の内容は全て効率的かつ、不足しているフォワード陣の基礎体力も向上させるメニューを組んでいる。

 それは先の出動前に行われた弾丸回避訓練(シュートイベーション)で、フォワード陣に成功させるために手加減をしているのではないかと、彼女に不満を述べたアルファードも承知はしているらしい。

 また当然の如く、古くからの友人であるフェイトやはやても周知の事なのだが、いかんせん、彼女たちには高町なのはという人物に対して、ちょっとした“トラウマめいたもの”があるために、素直には頷けなかった。

 これに気付いたなのはが、微笑みを浮かべたまま二人に視線を配る。

「あの子たちには、私と同じ失敗は絶対にさせない。それに、別に私一人で見ている訳じゃないから……ヴィータちゃんやシグナムさん、フェイトちゃんにはやてちゃんも、皆いるんだからきっと大丈夫だよ♪」

 教導というより、人を育てるという事は、決して一人で出来る様なものではない。

 周りの人間が、時に教わる人間をサポートし、時に教える側の人間を教育していく……そういった様々な関係が備わって、初めて人を成長させられるのだ。

 なのはも、この部屋にいる皆も、その事は理解しているために彼女の言葉を一先ずは信じる事にした、が、それでも尚、釘を刺す事も忘れないのが総部隊長という役職の役割でもある。

「けど、なのは隊長も一緒に無茶をする様なら、私から直接シャマルの世話になる様に命令を出すからな? それはフェイト隊長もグリフィス君も例外やあらへん。みんな平等や」

 人差し指を立てながら、三人の眼に確りと訴えかける。

 こうして釘を刺すとはいっても、彼女の様な幼さの残る外見をした者が言うと、どこか小学校の先生といったイメージが湧くのだが、それを口にする者も、思い浮かべる者も、この部屋にはいなかった。

 栗色のショートヘアに、パッチリと見開かれた眼……なのはやフェイトに比べて控え目ではあるが、モンゴロイドの女性らしい整った体型をしており、それが益々、彼女の童顔を引き立てている。

 それ故に、良くも悪くも若くして新設部隊の総隊長を務められる程の“やり手”には、あまり見られたことは無い――――しかし、知っている者からすれば“狸”と称される程の腹黒さを持っているために、迂闊に油断は出来ない人物である。

「さて、じゃあ粗方の報告は済んだみたいやし、あとは皆で其々の書類作成と、今後の方針決定やな。まあ、それが一番しんどいねんけどなぁ……」

 手前のデスクに置かれた書類の山を遠い眼で眺めるはやて……。

 その達観した様は、どこか諦めの境地を悟ったようにも見える。

「はは♪ はやて隊長は、リインやグリフィス君と一緒に上がってきた報告書を纏めなきゃいけないしね。頑張って」

「なのはちゃんかて、これからヴィータやシグナムと一緒に、フォワード陣の戦闘記録をチェックするんやろ? お互い様や……」

 なのはが楽観した面持ちで、はやてを励まそうとするも、彼女は道連れとばかりに恨めしそうな眼を向ける。

「それを言うなら、フェイトさんにも死亡した魔導師についての調査と、新型ガジェットの映像記録を見る仕事が待ってるです!」

 自身の主であるはやてのために、リインが更なる生贄を彼女に差し出す。

「あはは……そうなんだよね」

 手乗りサイズの小さな全身を使って、こちらを逃がさないといった笑みを浮かべながら指さすリインに、フェイトは思わず苦笑してしまう。

 この三人の姿を、一歩引いた位置で眺めていたグリフィスは、その微笑ましさにクスリと喉を鳴らした……が、徐に日除けが落ちた窓の方を見て、彼は何かを諦めたかのように悟る。

(今日は仮眠もできないな……)

 外の景色は既に、街灯と星明り以外に照らす物が無いぐらい暗闇に包まれており、念のためグリフィスが腕時計を覗いてみれば、針はもう少しで11を回ろうとしている所であった。

 

 ◆(1)

 

 新人フォワード陣を指導するに当たって六課隊舎には、それなりの施設と設備がある。

 その中の一つに、教え子が訓練や任務などで、どういった行動を取ったのかなどを映像として観覧できるモニタールームがある。

 ここでは今、さっきまでロングアーチ・スターズ・ライトニングの隊長同士で報告を行っていた高町なのはや、スターズ分隊の副隊長であるヴィータ、ライトニング分隊の副隊長であるシグナムが其々に寛ぎながら、部屋の奥に取り付けられたモニターを眺めていた。

「竜召喚でAMF領域下から離れて、そこから強化魔法を前衛のエリオに掛けるか……結果としちゃ間違ってはねえが」

「あぁ、ほとんど博打だな。まあ、キャロのこれまでの経緯を考えれば、それも仕方ない事なのだろう」

 モニターと一緒に、テーブルを挟む形で置かれている黒革のソファーに腰かけながら、小柄な少女の姿をした勝気な顔立ちが印象的なヴィータと、刀剣を思わせる様な切れ長の鋭い瞳を持ったシグナムが、映像に映っている者達に苦言を呈す。

 目測で大体50インチはあるモニターでは、丁度ライトニング分隊のエリオが、竜召喚を成功させたキャロが使役するフリードリヒの背中から飛び降り、補助魔法で強化が施された槍型デバイスの矛先を、貨物車両の屋根まで出て来ていた大型ガジェットの中心に突き立てたシーンが映し出されていた。

「確かにキャロは、今ようやく力の使い方が分かってきたって所だけど、まだまだ甘い部分なんて山ほどあるし、私も手放しには褒められないかな。あ、二人とも何か飲む?」

 すると、黒革のソファーに腰かけている二人の後ろから、何かの書類を持ったなのはが、教導官としてのものではなく、プライベートとしての笑顔を浮かべながら歩み寄ってきた。

「あたしは何でもいいぞ?」

 ウエストまで伸ばした橙色の髪を、二本の三つ編みおさげに括っているヴィータは、ソファーの背もたれに10~15歳程度の大きさしかない身体を預けながら、首だけ回して答えた。

「私はコーヒーで頼む」

 きめ細かな紫紅色の髪をポニーテールにしているシグナムは、黒いストッキングを履いた長い足を組みながら、ヴィータと同じく後ろに振り向いてリクエストを出した。

「了解♪ じゃあ、とりあえず二人とも、これを見ながら待っててね? すぐに飲み物は持ってくるから」

 そう言って、なのははソファーの後ろからテーブルの方へと回って行き、ヴィータとシグナムの前に其々数枚ずつの書類を置いていった。

「これは?」

 細い輪郭と、凛々しく整った美しさのあるシグナムの顔立ちは、初対面の者からしたら少し冷やかに感じられる雰囲気があるのだが、付き合いの長いなのはは、彼女の何でもない問いかけに慣れた様子で答えた。

「今回の任務で記録した、フォワード陣の魔力の波みたいなものかな? シャーリーとリインが言うには、あの子たちのデバイスに埋め込まれた装置で随時記録してるみたい。何でも、これをやる事によって経験の度合いが大きい目視による指導から、より深く踏み込んだ的確な指導が出来る様になるとか」

「ふ~ん。ま、参考程度に見てやるか」

 手前のテーブルに置かれた、自分用の書類を手に取るヴィータ。

 そこには、三色の線が使われている折れ線グラフの図と、特にふり幅の大きかった時間ごとに記録された使用魔法についての説明などが、事細かに書かれていた。

「赤は攻撃、青は防御、緑は移動系の魔法って感じで別けられてるでしょ? 特に青なんかは、バリアジェケットに振り分けられてる魔力量も図ってるみたいだから、結構役に立つと思うんだ」

「なるほど」

 ヴィータに釣られてシグナムも書類を手に取って、反対の手で細い顎に指を添える。

 二人が書類に目を向けているのを確認すると、なのはは一度頷き、そのまま一端部屋の外へと出て行った。

 

 

 部屋の外にある自動販売機で購入してきた、飲み物が入ったカップがテーブルの上に置かれている中、“L字型”で配置されているソファーに三人は其々寛ぎながら座っていた。

「ほら、ここ……無理に避けようとして、無駄に距離を置いちゃってると思うんだ」

「そうだな、別に今のは焦る所でも無かった。スバルには防御魔法の展開速度と強度を向上させる訓練が必要だな。確かにAMF領域下での戦闘では、防御魔法を展開させるのも新人たちでは難しい面があるが、基礎さえできれば相手との間合いの取り方や、位置取りなんかも変わってくる」

「防御魔法の訓練ならあたしに任せな。地面に這いつくばるまで打ち込み続けて、そんじょそこらの攻撃じゃ皹一つ入らない強度にしてやるよ」

 しかし寛ぎながらとは言っても、画面に映る教え子たちの動きを観察し、これからどういった訓練をしていくのかを考える時の表情は真剣そのものだ。

 気づけば、最初になのはが気を利かせて買ってきた飲み物には一度しか口を着けておらず、三人とも正面のモニターに目を釘付けにさせていた。

「確かに防御魔法の強度を上げる訓練なら、私やシグナムさんよりもヴィータちゃんの方が適任だね」

「あぁ、ヴィータのは私やなのは、それにテスタロッサよりも頑丈だからな。これ以上に無い教師役になるだろう」

「……うるせえよ」

 視線こそ交さないものの、茶化されている事には気づけたヴィータは、腕を組みながら唇を尖らせる。

 見た目の感じからしても、幼さが垣間見える彼女の仕草であったが、思考自体は本来の目的からは離れていない。

 次に画面では、ティアナが二機のガジェットに対して多重弾核射撃を行っているシーンが映っていた。

「ティアナは新しいデバイスの補助が有ったとしても、確実にあの魔法を物にしてるね」

「初訓練の時からの映像は見ていたが、うむ……確かに魔力弾の精製から発射までの時間が大幅に短縮されているな。これならサポートさえあれば、対魔導師でも通用しそうだが……」

「だけど、それはまだまだ先かな? ティアナにはセンターガードとして、戦況の把握や状況判断能力、前衛への援護射撃とかの訓練をさせたいから」

「5人で闘うのを想定するとなると、アイツにはまず“それ”が必要だろうな。だけど相変わらず、初訓練から1週間以上経つっていうのに、アルファードとの仲は変わらねえんだろ?」

「うん、そうなんだよね……」

 画面に目を向けつつも、悩んでいるように苦笑をするなのは。

 これに、シグナムが片眉を吊り上げて口を挟んだ。

「まだ私は直接話したことは無いが、ああいう手合いなら、お前が一言いえば素直に従うのではないか?」

 フォワード陣の教導が始まってから、未だに直接の手解きをしていないシグナムは、口づてに聞いた彼の性格を踏まえた上で、なのはに不思議だとばかりに疑問を投げかけた。

「私もアルファードとは、今日の朝に初めて一対一で話せた程度なんだけど……なんていうか、本当に首都防衛隊の子って感じで、多分ティアナと仲良くって言っても、違った方向にしかいかない気がするんだよね」

 なのはの言うとおり、彼は傍目から見てもガチガチの武装隊……いや、もっと言ってしまえば独裁国家の生真面目軍人といった性格をしており、もしもシグナムの言うとおり、教導官であるなのはが直接注意したとしても、若く年頃の少女であるティアナとは確実に反りが合わない。

 また、なのはは朝の訓練後に彼だけを残して素直な不満を聞き出していたために、益々持って他のフォワード陣とは相性が悪いと感じていた。

「ふむ……私も最初は、奴の事は首都防衛隊代表のレジアス中将から直々に推薦状が送られてきたという話が気になって、それなりに経歴を探ってはみたが、確かに仕事は堅実にこなすタイプのようだな。それに訓練校にいた頃から無遅刻無欠勤、更に言えば首都防衛隊でも自主的に休日出勤をしていたらしい。噂では部隊長に注意されるまで、寮では無く防衛隊の隊舎で暮らしていたとか……」

「うへぇ……糞が付くぐらいに真面目だな。あたしには理解出来ねえ」

「あはは……」

 微妙に感心した様子で話すシグナムに、それを聞いて若干引き気味に口端を引くつかせているヴィータ、なのはは初めて聞かされた話に、やはり苦笑しか浮かばなかった。

 そうこうしていると、さっきまでティアナの映像を映していたモニターの画面が切り替わり、三人の前に丁度話題に上がっていたアルファードの記録が流れ始めた。

 映像は最初の貨物列車への降下から始まっており、何の躊躇もなくヘリの開かれたランプドアから飛び降りる彼の視点がモニターに流れていた。

「噂をすれば何とやらか……降下から貨物列車に突入するまでの流れは悪くねえみたいだな」

「まあ多少強引だが、屋根を一気に突き破って中に入るというのは悪くない。巻き上がった埃や天井の残骸で、ガジェットの認識が遅れているからな、機械が相手と分かっているからこその突入方法だ」

 着陸までの間にデバイスを起動させバリアジェケットを纏ったアルファードが、貨物列車内部に突入すると同時に敵勢力へと向かっていく映像を見て、ミッド式の魔法を使う魔導師ではなく、“古代ベルカ式”のデバイスと魔法を扱う騎士の二人は感心したように頷いていた。

 それをミッド式の魔導師であるなのはが横目で見て、(やっぱり、近接戦闘が得意な人はそう思うんだ……)と胸中で密かに呟いていたのは、当然だが二人には勘付かれていない。

 彼女としては、教え子にはもう少し慎重に敵陣へと向かってもらいたかった様で、二人に感心されても少しだけ複雑な気分になるだけであった。

 暫く、三人は静かにモニターを注視し続ける……。

 たまに誰かが口を開いたと思えば、今のところはもう少し相手を引きつけた方が良かっただとか、無理に接近させるのではなく、相手をよく見ながら行動させた方がいいだとか……そういったダメ出しや、これからどういった指導をしていくのかというものばかりであった。

 画面上のアルファードが、後から降下してきたエリオとキャロ、そしてフリードリヒと合流を果たすと、いよいよ今回のリニアレール占拠事件の主要箇所が近づいてきた。

「たしか、シャーリーから渡された報告書だと、もうそろそろだよな?」

「うん。この後、暫くしたらアルファードとの通信が一時的に不可能になってたから、私も見るのは初めてなんだ」

「これまでのガジェット絡みの事件とは違った状況か……」

 基本的に自律兵器であるガジェットは、その行動範囲の近くに人と言う“生きた”仲間を連れていた事は無い。

 それは、何年か前からもガジェットというAMFを使用する自律兵器と関わってきた三人が一番よく知っている事だ……しかし、今回に限って、その前例は覆された。

 故に三人の眼には、さっきまでの指導者としての光では無く、管理局の武装隊員としての隙の無い光が宿っていた。

 すると、画面上のアルファードが、天井に届くのではないかと思う程にコンテナが大量に積まれた12車両目へと辿り着いた。

 問題の車両……書類上の報告では、ここでライトニング05と敵魔導師が交戦を開始したとされていた。

「随分と視界の悪い所だな……確かに、こんな所で戦闘を行えば、周りのコンテナはただでは済まないだろうな」

 今回の事件について、リニアレールを運営している交通会社から既に損害請求が来ているということを知らされていたシグナムが、不敵に笑いながら組んでいた足を反対に組み直した。

 実際に、その請求額を払うのは管理局本部であるために、あまりそれについては気にしてはいないのだが、それにしても盛大に0の数を増やしてくれたなと、シグナムは内心で“少しだけ”怒りを感じていたのだ。

 おそらく、今回の事件を解決させたといっても、この請求額は後々に機動六課全体に響いてくる可能性がある……そうした場合、機動六課総部隊長である八神はやてを主とする“守護騎士”のシグナムにとって、あまりアルファードが出した損害は看過できるものでは無い。

 この落とし前は、いずれアルファードと訓練をする機会があれば嫌と言う程つけてやろうと、シグナムはこの時、一人静かに誓っていた。

「シ、シグナムさん……顔が怖い」

「うん? そうか?」

 しかし、胸の内でのみ誓っていたと本人は思っていたのだが、無意識の内に表情に何かしらの雰囲気が出ていた様で、それに気付いたなのはが引き攣った顔を彼女に向けていた。

「お、始まるみたいだな」

 そんな二人はさて置いて、ヴィータがまるで見たかったTVの番組が始まったかのような調子で、座っていたソファーの背もたれから身を起こした。

 彼女の言うとおりモニターではアルファードが、敵の奇襲によって崩れてきたコンテナ群を、まるでなのは達の世界にある武術の“寸勁”の様な打撃に乗せた魔法で打ち返しているシーンが展開されていた。

 一つの壁の様に崩れ落ちて来ていた鉄製のコンテナ群を、一発の衝撃で弾き返した彼の魔法に、ヴィータが眼を細める。

「なあ、こいつはどういう魔法が得意なんだ? さっきのガジェットとの戦闘じゃ、徒手格闘みたいなやつしか見れなかったからな」

 この疑問を投げかけられたのは、もちろん彼らフォワード陣の教導官を務めているなのはである。

 なのはは、ヴィータの質問に目をモニターから離さずに答えた。

「基本的に、打撃に魔力を乗せて闘うのが得意みたいだけど、意外に集束系もよく使うよ。ていっても、熟練魔導師が使うような高度な砲撃魔法とかじゃなくて、出鱈目に集めた魔力を一種の爆弾みたいにして使ってるだけだけどね」

「爆弾……あぁ、あの魔力でナイフを作るやつか。てことは、今のも“それ”の応用って訳か」

「うん、見た限りではそうだね。でも、アルファードが今の魔法を使うのは私も初めて見るよ」

 まだフォワード陣には個人的なスキルアップよりも、フォーメーションや連携の様な、集団での錬度を上げる訓練を中心に指導しているために、誰がどのような技能を扱えるのかなどは、なのは自身、書類上でしか把握しきれていない……また集団での戦闘と、一対一での戦闘では要求される立ち回りが違ってくるために、未だ見ぬフォワード陣の魔法が他にもある事は仕方のない事であった。

 なのはとヴィータが、アルファードが初めて見せた魔法について軽く意見を交わしていると、画面上で動きがあった。

 アルファードに押し返されたコンテナ群に埋もれていた敵魔導師が、その片刃の剣型デバイスと自身の技量を駆使して、それらを燃やし尽くしながら切り払い、中から何事も無かったかのように姿を現した。

「……ふむ」

 その一瞬だけ見せた敵魔導筋の剣筋に、シグナムが鼻を鳴らす。

 アルファードの前にバイザーの様な物を頭に被り、笑みを浮かべた口元だけを見せて現れた敵が持つ片刃の剣型デバイス……奇しくも、形状こそ違えど、それはシグナムが持つ古代ベルカ式のアームドデバイス“レヴァンティン”と同じタイプの物であった。

「こいつは騎士なのか?」

 敵魔導師が持つデバイスを見て、ヴィータがなのはに視線を向ける。

「持ってるデバイスと扱い方からいって、多分そうなんだろうけど……もう少し見て見ない限りは何とも言えないな」

 なのはが言うように、別に近接戦闘に特化したアームドデバイスを扱っているからといって“騎士”のカテゴリーに含まれる訳では無く、ベルカ式の魔法を扱うからこそ“騎士”と称され、アームドデバイスというジャンルも同魔法を使用するからこそ、そう呼ばれているのだ。

 また、敵魔導師の様な犯罪者がしているとは思えないが、正式な登録などを行う事によって“騎士”か“魔導師”か分かれる。

 故に彼女は、これから始まるアルファードとの戦闘を見ない限り“騎士”とは判断できないとした。

 この答えに対して、ヴィータも特に思う所は無いために再びモニターへと意識を戻した。

『貴様は何者だ』

『……』

 まずは相手の素性を探るために、アルファードが抑揚の無い事務的な言葉を敵魔導師に投げかける……が、それを無視した相手が、口元に笑みを浮かべたままアルファードへと突貫を開始した。

 アルファードもアルファードで、別に答えが返ってくることは期待していなかった様で、その突貫からの逆袈裟斬りを紙一重で躱し切る。

「あぶねぇな~。あと少し反応が遅れてたら一発でお終いだったじぇねえか」

「うん、無事なのは分かってるけど、流石に少し冷っとしたよ……」

 画面上で始まったファーストコンタクトに、ヴィータが情けないとばかりに眉間を歪め、なのはは結果が分かっていたにしても、教え子が無事だった事に“ホ”っと一息ついた。

 しかし、他の二人とは違い、シグナムの表情は真剣そのものであった。

「いや、あれは中々に切れ味のある一刀だった。事前の情報も無しに、あれが初撃で来たのだとしたら、私も防御ではなく回避を選んでいただろう」

 シグナムの言葉に信憑性を持たせるかのように、一撃目を躱された相手がアルファードに対して放った追い打ちがまたも避けられるが、標的の後ろにあった鉄製のコンテナ群を、業物の包丁で生物を捌くかのように一度も引っかかる事無く切り裂いた。

 それも両手で振うのではなく、右腕一本で……。

 この光景に、さっきまでアルファードの事を馬鹿にしていたヴィータの認識が変わり、なのはの表情も再び引き締まったものになる。

「力任せに斬るのではなく、だらしなく見えるぐらいに最大限にまで脱力した状態で振っている。この魔導師、確かに他の新人達では手に負えなかったな……」

「それに刀身に魔力を乗せるのも相当慣れてる感じがする……多分、魔法技能も結構なレベルなんじゃないかな?」

 相手の斬撃を何とか躱していたアルファードが、返しの左フックを接近しながら打ち放つが、それは虚しく空を切り、敵魔導師との距離が簡単に放されてしまう。

 そして再び始まる、相手の一刀、二刀……。

「相手の攻撃にアルファードの対応が間に合ってねえな」

「防御魔法を展開する暇が無いのであろう。よく見れば、いくらでも展開するタイミングはあるんだがな……」

「でも、防御魔法を使って防いだとしても、多分壊されてたんじゃないかな。アルファードって基本的に受けるんじゃなくて躱すタイプだし、普段慣れてない事をやっても中途半端に終わるだけだから」

「だとしたら、コイツにも防御魔法に関する指導が必要って事だな」

 教え子が押されている映像を見ながら、今後の訓練の方針を固めて行く三人……。

 特にヴィータは、先のスバルの他に自分が受け持つ相手がもう一人追加されたことに、面倒くさそうに後頭部を掻くが、口元が少しだけ嬉しそうに緩んでいたのを他の二人は見逃さなかった。

 とはいっても、そこでヴィータを茶化すほどの暇は無いのが現状だ。

 再び目をモニターに向けてみれば、アルファードと敵魔導師は互いに攻撃の届く範囲で硬直状態に入っていた。

 アルファードは油断なく両腕のガードを上げた、オーソドックスな右構えを取っているのだが、敵魔導師は彼とは対照的に、鼻歌を囀りながら右腕で持った刀剣の切っ先を相手に向けて揺らしている。

「……遊ばれてる?」

「いや、違うな。敵は単純に、アルファードとの闘いを愉しんでいる」

「それって結局、舐められてたって事じゃねえか」

 訝しむ三人を置いて、モニターは映像を進めて行く。

 硬直状態に入ったまま、アルファードはジリジリと相手との距離を詰め、魔法を使用しなくとも無理をすれば足の届く間合いに入った瞬間に『Five Knife』を起動、右手付近に魔力で生成された五本のナイフを出現させると、そのうち四本を相手に向かって投げつけた。

「ふぅん。これがさっき言ってた、魔力で作るナイフか。よく出来てんじゃねえか」

 ヴィータは自身が思っていたよりも、確りと形作られたナイフを発現させたアルファードに対し、少しだけ感心を示す。

 四本のナイフを投げつけられた敵魔導師が、それら全てを一息で切り払うが、先程なのはが言った様に、切っ先を突きたてる標的を失ったナイフが形状を膨らませたかと思うと、瞬く間に大きな爆炎をまき散らしながら相手を飲み込んだ。

「ほう……爆弾の様に使うとは言っていたが、こう使うのか」

 言葉のイメージ的に、シグナムは壁にナイフを突き立てて時限式かリモートコントロールで爆破するタイプを想像していた様だが、意外にも実用的な彼の魔法に少しだけ驚きを見せていた。

「うん、私も事前情報が無かったら、訓練中に一回は貰ってたと思うから結構使い勝手は良いみたい。実際、アルファードもよく使う戦技だから、主力的な魔法って言ってもいいかもね」

「だが、こういった密閉空間で使うべきものではないな。見ろ、周りのコンテナが消し飛んだぞ」

「あはは……」

 いくら褒められる技能でも、使う場所を弁えなければ悪戯に被害を拡大させてしまうのは当たり前の事で、シグナムの言う事も最もなのだが、それ以外の感情が見え隠れしているために、なのはは今日何度目か分からない苦笑を漏らした。

 画面上では、炎と煙が舞い上がっているせいで視界が悪くなっている状況を利用したアルファードが、最小限の動きで相手の急所を切り裂くために、残っていた一本のナイフを駆使した接近戦を試みようとしていたが、それは敵魔導師の素早い反応によって止められ、二人は鍔迫り合いの体勢で再び硬直状態に入ってしまった。

『クス♪ 初めまして』

 すると、敵魔導師の口から鼻歌以外の声が初めて発せられた。

 これに、モニター前の三人が真剣な眼つきで聞き耳を立てる。

『貴様は何者だ? だっけ? 私は“ファクティス”って言うんだ♪』

 スラリと伸びた肢体と凹凸のあるスタイルとは対照的に、無邪気で幼い少女の声音が静かな部屋に響いた。

 名前を名乗った……偽名だとしても、敵から情報を漏らしたことは大きい。

 既に任務終了後に、粗方の出来事はシャリオことシャーリーがデータとして纏めている筈だが、三人は“ファクティス”という名前を一瞬にして頭に叩き込んでいた。

『“やっぱり同じ炎熱の変換資質”を持ってるんだね? さっきのはビックリしちゃったよ……また、いま持ってるナイフでも同じことをするの?』

 まるでアルファードと向き合っている事を嬉しがっているかの様に、ファクティスは嬉々とした口元を彼に向けている。

 バイザーで口より上は見えないが、おそらく目も同じ表情をしているのであろう。

 状況こそ違えば、それも微笑ましく見れたかもしれない……ただ、命のやり取りをしている最中に、そういった感情を相手に向ける事は不気味以外の何ものでも無い。

 一言で言えば異常。

 三人は、ファクティスに対して同時に同じ印象を抱いていた。

 画面上の二人が会話を進めて行く。

 そこで新たに聞き出せたのは、彼女がガジェットと関係する者だという言質だ。

 それを聞き出すや否や、アルファードが鍔迫り合いの体勢から上手く相手のバランスを前に崩し、持っていたナイフでファクティスの喉元を狙う――――が、それはナイフが突き立てられるよりも先に、崩れた流れのままに体勢をしゃがませた彼女に避けられ、反撃を受けてしまう。

 しかし、アルファードはそれに対して置き土産とばかりに持っていたナイフを手放しながら、後ろへと飛びずさっていた。

 敵の顔の前を、地面に向かって落ちて行っていたナイフが先程と同じように膨張し、爆炎を再び四方八方に撒き散らす……が、これからというところで突然、モニターに映し出されていた映像が停止した。

「うん? どうしたんだ?」

 ヴィータが不思議そうにして、いつの間にかモニターのリモコンを手に取っていたなのはを見る。

 すると彼女は、少しだけ疲れた様な顔をしながら立ち上がり、二人に身体を向けると。

「一端、休憩にしよっか。再生時間を見る限り、あと30分近くはあるし、これまでの話し合いを纏めながら目を休めた方がいいと思うんだ」

 彼女の提案にシグナムとヴィータも、各々ソファーの座り心地から立ち上がる。

「それもそうだな。少し体が固まっちまったし」

 両手を上げながら背伸びをすると、ヴィータは肩を回しながら休憩に入る事に同意する。

「私も一端、外の空気を吸いにいくか。時間はどれくらいにする?」

「じゃあ15分で♪ 時間が来たら一回話を纏めて、また映像記録のチェックって事にしよう」

「分かった。なら大体10分ぐらいで戻ってくる」

 シグナムはそう言うと、いつの間に脱いでいたのか、近くに掛けられていたカーキ色のジャケットを持ち出し、カツカツと履いているパンプスの音を鳴らして部屋を後にしたのであった。

 

 ◆(2)

 

 街灯と月明かり、そして隊舎から漏れ出る数か所の明かり以外に、この夜闇を照らす光は無く、近くの海から波の音と共にやってくる潮風が人の肩を冷えさせる。

 静か……本当に静かだ。

 昼間に起こったガジェット・ドローンによるリニアレール占拠事件がまるで嘘かのような静けさに、高台の手摺に左手を乗せたアルファードは、目にかからない程度のザンバラ頭を海から来る風に揺らしながら、ひとり口を閉ざして暗い地平線を眺めていた。

 正面には暗闇に包まれた海の他に、いま立っている場所のすぐ近くにある階段から降りられる船着き場と繋がった、普段自分達が使わせてもらっている陸戦訓練用シュミレーターがあり、彼はそれも視界に収めている。

 耳に入ってくる波の音が、心を少しだけ落ち着かせてくれているのを感じるが、彼はそれ以上に心を乱していた様だ。

(失態だな……重要参考人となる犯人を自殺させてしまうなど、本来なら部隊から追い出されても仕方のないミスだ)

 反芻するは、命がけで捕えようとしていた敵魔導師が、自分で自らの首を斬り捌く姿。

 別に、そのシーンがショッキングだった訳では無い……そんなものは、とうの昔に見慣れている。

 なら何故、アルファードが心を乱しているのか?

 それは、自らの犯した失態の大きさも原因の一つとして挙げられるのだが、何よりもファクティスが最後に見せた表情にある。

 彼女は笑顔で自分の喉を切り裂いた……どう見ても、この世に未練を残す死に方だと言うのに、その笑顔には悔いは感じられなかった。

 理解が出来ない。

 もともと、人の情感と言うものに興味が無いアルファードにとって、その光景は正に理解しがたいものであった。

 故に彼は、それが自身の心を乱している最大の原因だとは気付いていない……いや、気付けなかった。

 彼の右肩は既に傷も塞がっており、内部で切り裂かれていた筋繊維も、今は機動六課主任医務官であるシャマル先生という、朗らかな微笑みを浮かべていた女性によって一つ一つ丁寧に魔力で繋がれている。

 されど完治と言う訳ではなく、ただ単に焼かれた細胞を再生させ、切り裂かれた筋繊維を繋ぎ合わせただけであって、もちろん激しい運動などしてしまえば、すぐにまた右肩は動かなくなってしまう。

 その事はシャマル先生からも口酸っぱく言われており、最低でも2週間の休養が必要だと“警告”されていた……理由としては、繋ぎ合わされた筋繊維が自己回復するのを待つためらしく、なるだけ魔法に頼らず自分自身の力で完治させるのがシャマル先生の考えらしい。

 最初こそは、その考えを聞いたアルファードは反論していた。

 魔法で治した方が早く復帰できるし、なによりも合理的な方法だと、治療を終えたシャマル先生に噛みついたのだ。

 だが、その直後、彼女はアルファードに向けて全く持って感情の籠っていない笑みを浮かべながら『いい? いう事を聞かなかったら、もう診てあげないわよ?』と、有無を言わさぬ様相でアルファードに囁いたのであった。

 彼女は優しげな外見や務めている役職とは裏腹に、シグナムやヴィータといった副隊長と同じ、総部隊長八神はやての“守護騎士”であり、保有する魔力量や扱う戦技はアルファードなど赤子の手を捻る様に仕留められる実力を誇っている。

 更に言えば、彼女はアルファードよりも階級が上であり、いわば上官と呼べる相手である。

 基本的に、上の人間の指示には服従をしているアルファードは、一先ずは彼女の言う事に従う事にしたのであった……まあ、有事の際は怪我を押してでも出動する気満々であったが。

 本人のそういった意思とは関係なく、これらの理由で現在アルファードの右腕は三角布で固定されている。

 しかし、今の彼にとって悲観すべきことは、そんな怪我の事では無い。

(ましてや高町教導官にあれだけの啖呵を切っておきながら、この有様とは……)

 自然と、手摺に置いていた左手に力が籠められる。

 事件後、いち早く駆けつけてくれたフェイト・T・ハラオウン執務官からは、まず始めに怪我の心配をされてしまった……どうせなら、犯人を死亡させてしまった事を叱責してくれた方が幾分かマシであり、また自身の惨めさを悔やまずに済んだのかもしれない。

 しかし、彼女は一切こちらに怒声を浴びせる事も無く、冷静な眼差しで死亡した犯人を見つめつつ、貨物車列車と上空で並走飛行をしていたヘリを呼びもどしてくれていた。

 その時には既に、貨物列車の制御はリイン曹長に奪取されており、現場も事態は収束したという事で役目を終えた彼女は、戻ってきたヘリと共にアルファードとフェイトの下へと駆けつけて、怪我をしていた彼に止血や回復魔法などの簡単な応急処置を施したのであった。

 ヘリのキャビンから出されたストレッチャーに固定される中、アルファードはリインやフェイト、操縦者であるヴァイスから送られてくる、こちらの怪我の容態を心配している視線が、あまりにも残酷に感じられていた。

 自身は新設された部隊にとって、あまりにも看過できないミスをしてしまったのだ。

 もっと責めて欲しかった……もっと罵声や、蔑みの声を吐かれた方が、もっと納得が行った。

 されど、彼らは決して、そのような事はしなかった。

 思い出せば思い出すほど、自らの情けなさを痛感させられる。

 悔しさの余り、無意識の内に奥歯を噛みしめてしまう……。

 俯く顔、震える背中。

 すると、何やら後ろから女性による足音が聞こえてきた。

 カツカツとパンプスのヒールで高台のコンクリートを歩く音に、アルファードはすぐさま姿勢を正す。

 こんな醜態、他人に見られる訳にはいかない……彼なりのプライドによる行動であった。

「なんだ、もう出歩いても平気なのか?」

 背中に掛けられた声は女性によるものであったが、凛々しくもハキハキとした音が彼女の人格を表している。

 アルファードが手摺から手を離し、後ろを振り向けば、そこにはカーキ色の制服を着たライトニング分隊の副隊長、シグナム二等空尉の姿があった。

「はっ! 主任医務官殿の迅速な治療のお蔭で、2週間程度で完治するとの事です」

 直接の上官である彼女の姿を目に入れた瞬間、アルファードはブーツを履いた両足の踵を音を鳴らしながら揃えると、正面で足を止めた相手と直立不動で向き合った。

 本来の彼なら、ここに右敬礼も添える所であるが、生憎と動かすなと釘を刺されているために、それは何とか自制していた。

 シグナムも、その事は事前に知らされていたために――――知らなかったとしても、三角布で固定されている所を見れば理解出来る――――特にツッコミは入れなかった。

「そんなに畏まらなくてもいい、私はいま休憩中だ」

「はっ! では失礼します!」

 彼のガチガチな管理局員然とした対応に、苦笑をしていたなのはとは違って、シグナムは妙に馴染んだ様子で普通にするよう許しを出した。

 すると、アルファードは左手を腰に回して、踵を合わせていた足の幅を広げる……いわゆる“休め”の姿勢を取り始めた。

 なのはやフェイトなら、ここで更に“もっと普通にしていいよ”と言う所であるが、シグナムはこれ以上、彼に何らかの許可を出す事は無かった。

 理由は簡単だ……アルファードの様な手合いは、そもそもこれが普通なのだと理解しているからだ。

 つまり、これ以上は言っても無駄だという事だ。

「こうしてお前と話すのは、確か初めてだったな。私はシグナム二等空尉だ、同じ分隊同士、これからよろしく頼む」

「自分はアルファード・レヴェントン二等陸士であります。こちらこそ、よろしくお願いします」

 あまりに突然だったために、上官から名乗らせてしまった事を少しだけ自身に戒めたアルファードであったが、すぐさま自らの名前と階級をシグナムに述べる。

 すると彼女は、一つ“ふっと”鼻を鳴らすと歩を進め、先のアルファードの様に高台の手摺に右手を軽く乗せて海の方を見やった。

「何を見ていた?」

 唐突に掛けられた質問に、アルファードは彼女の方へ振り返って答えた。

「いえ、特には御座いません」

「ただぼ~っとしていたのか?」

「はい」

「ふむ……お前は外見に似合わず、意外にセンチメンタルな奴なのだな」

「恐縮です」

 褒めては無いと返しそうになるが、シグナムはそれを寸での所で押し留めた。

 別に、言った所で彼が発する言葉など目に見えているからだ。

 は、失礼しました――――おそらく、これで決まりだろう。

「確か、お前は首都防衛隊から来たのだったな」

「はい、その通りです」

 分かりきった事をする程、彼女には暇が無いので、海から来る潮風を頬に感じさせながら話題を変える。

「前の部隊と機動六課では、だいぶ毛色が違うだろうが上手くやっているのか?」

「いえ、あまり上手くいっている様には思えません。何分、自分は年下との接し方が分からないもので」

「そうか」

 キャロやエリオの事を言っているのであろうが、おそらくアルファードの言う上手くいっていないというのは、ほぼ全てに関してである事をシグナムは彼の口調だけで察した。

 暫く、シグナムはアルファードと限りある休憩時間内で、他愛のない会話を交わす。

 しかし、たったそれだけで彼女はアルファードという少年が、どういった性格をしているのかなどを大体は把握する事が出来ていた……。

 故に、彼女はこれまで何よりも彼に対して気になっていた事を、単刀直入に問いただす事にする。

「そろそろ戻らないと拙いのだが、その前に一つだけ、お前に聞きたい事がある」

「は、なんなりと」

 “休め”の体勢を取る前とは違い、返事の仕方が幾分か和らいでいるアルファードであったが、これまで海の方に顔を向けていたシグナムが振り返りながら、その刀剣の様な鋭い眼差しを彼に向けると、反射的なのか背筋が再びピシリと正される。

「私は腹芸が得意では無いのでな、単刀直入に聞く。お前は、何のために首都防衛隊から“ここに来た”? いや、もっとハッキリと言おう。何故、レジアス中将の下から“ここに来た”?」

 一瞬、アルファードの目尻が険しくなったように思えたが、シグナムが思っていた以上に、彼は素直に答え始めた。

「行けと言われたからであります。それ以外に理由はありません」

「本当に、それだけか?」

「はっ、それだけであります」

 シグナムはアルファードの真意を確かめるために、彼の瞳を真っ直ぐに覗き込む。

 黒い、少しだけ三白眼にも見える半円の瞳……見れば見る程、吸い込まれそうになる深い色をしていて、彼が持つ影の部分がどれほど闇に包まれているのか想像も付かない。

 だが、それよりも彼の眼は純粋で、そして何よりも無垢に感じられた。

 何故、そう感じたのかまでは分からない……。

 もしかすれば、彼は本当に嘘を着けないぐらいに正直なのかもしれないし、はたまた罪の意識が無いほどに残酷なのかもしれない。

 どちらにしても、まだ油断のならない相手だと判断したシグナムは、一度軽い溜息を付くと「すまんな。今のは忘れてくれ」と言って、徐に左手首に巻いた腕時計に視線を落とした。

「はっ、了解しました」

 相も変わらず、アルファードは“休め”の姿勢を取りながら、シグナムに体の正面を向けている。

「どうやら休憩時間も終わりの様だ。お前も、早く寮に戻って休んでおけ。怪我をしたからといって、やる事が無くなる訳では無いのだからな」

「肝に銘じておきます」

「そうしておけ。でなければ、シャマルが怖いぞ?」

 そう言って、シグナムはアルファードのすぐ横を通り過ぎると、優美な曲線を描く背筋を伸ばしたまま、深夜という時間帯である事を感じさせない足取りで隊舎の方へと戻って行った。

 等間隔で並んだ街灯の明かりと、冷たく身体を吹き付ける夜風が、シグナムがいなくなった事によって、アルファードにより一層の存在感と静けさを与えてくる。

(行けと言われたから……か)

 すぐさま頭を過ったのは、シグナムから投げかけられた、あまりにもストレートな言葉に対する答え。

 なぜシグナムが、あの様な事を自身に問いただしたのかは大体予想はつく……ただたんに“陸(おか)”の中でもタカ派で知られるレジアス中将から直接推薦された自分が、もしかしたら、“海”の中でも有数の発言力を持つ者達の支援によって創設された機動六課に送り込まれた工作員ではないかという疑いからであろう。

 それはアルファードからすれば、全く持って見当違いの疑いである。

 出来るなら、そうあって欲しかった……出来るなら、そういった納得のできる理由が欲しかった。

 しかし現実は違う。

 彼は機動六課に直接推薦状を書いたとされるレジアス中将に、何も言われなかったのだ。

 そう、彼は何も告げられず、ただ首都防衛隊から外されただけなのであった……。

 

 




 活動報告で、次回は日常を挟むとか書いていましたが、どうしましょう?
 挟んだら挟んだで、また文字数がとんでもない事になりそうだし……てか、ストックとしてあるやつを見れば、やっぱり文字数が一万を余裕で越えてるんですよね。
 私の文章って、ほぼ行間は開けませんし、絶対読んでいる人は目が疲れてくると思うんですよね。かといって、行間を開ければ開けたで、話の展開が飛んで、自分自身なに書いているのか分からなくなってくるという……次の章はホテルアグスタで、結構重要な所なので手は抜けないですし。
 ホント、どうしたらいいんでしょうか?
 一応、予定では日常は挟む事になっているのですが、こうすればいいんじゃないとかいうアドバイスが有れば、遠慮なく申してください。
 あと、願望として感想とかも待ってます。
 ではノシ
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