2万文字を軽くオーバーしているので、前後編に分けます。
機動六課隊舎近くにある、海を一望できる高台からコンクリートで作られた船着き場へと降りて、そこから少し進んだところにある船着き場の行き止まりから伸びている、海の上に人工的に設置された道を進んでいくと、普段から六課新人フォワード陣が訓練を行っている陸戦訓練用シュミレーターがある。
そこでは現在、森林地帯を模した疑似的な地形を高町なのは監修のもと制作した魔法技術で再現しており、さながら海原の上に一つポツリと孤島が存在しているかの様な光景であった。
そして、その陸戦訓練用シュミレーター内では現在、新人フォワード陣が、これまでのコンビネーションや連携の錬度を向上させる訓練から、個々のスキルを上げるための指導を受けていた。
森林地帯の中でも、とりわけ障害物の無い、雑草すら生えていない土の広間で個別訓練を受けている彼らは、それぞれ既に身に纏っている衣服を土で汚しながら球の汗を流している。
「あたしらのポジション! フロントアタッカーはなぁ!」
ヘッドの先端にスパイクが付いた長柄の鉄槌を両手で振りかぶったヴィータが、正面で防御魔法であるバリアを、右腕に嵌めたリボルバーナックルの前に展開しているスバルに飛びあがりながら襲い掛かる。
「敵陣で単身斬り込む事もあればぁ!」
小柄な体型ながらも、その全身から発せられる覇気は獰猛そのもので、リボルバーナックルの拳面を覆う様に、波状に展開させているバリアを構えているスバルの表情が引き攣る。
「最前線で防衛ラインを守ったりもするんだっ!」
そして、ヴィータが全身を右側に捩じりながら振りかぶっていたアームドデバイス“グラーフアイゼン”の鉄槌を、スバルが展開していたバリアのど真ん中に叩きつけた。
「くっ!? ぐ……ぐぅっ!」
自身のバリアと、ヴィータの鉄槌が激突した瞬間、地面で踏ん張らせていたマッハキャリバーの車輪が地面を抉る。
「でああありゃぁ!!」
一撃で仕留められなかったヴィータが、ダメ押しとばかりに再びグラーフアイゼンを後ろに振りかぶり、まだ先の衝撃から立ち直れていないスバルに向けて、少女の姿とは相反する気合を込めながら横薙ぎの鉄槌を打ち込んだ。
「うあぁぁぁっ!?」
これを再度、突き出した右拳の前にあるバリアで防いだスバルであったが、今度は地面に足を踏ん張りきれず、そのまま5mほど後ろに吹き飛ばされ、丁度あった木の幹に背中を打ちつける。
「あがっ!?」
背骨と肺に感じる重い衝撃に、スバルの口から息が吐き出される。
幸い、後頭部はぶつけなかった様だが、それでも苦しそうな顔から伺わせるダメージは深刻だ。
しかし、そんな状態でも尚、彼女は突き出した右拳でバリアを展開し続けていた。
「ふん。なるほど、強度自体は悪くねえようだな」
「は、はは……ありがとうございます」
グラーフアイゼンのヘッドを地面に置き、反対の手を腰に当てたヴィータが、少しだけ感心したように頷くと、ようやくバリアを解除して右腕を下したスバルが口端を引くつかせながらも、吹き飛ばされる前の位置へとマッハキャリバーの車輪を動かして戻っていく。
「まあ、それとして……いいか? つまり防御スキルと生存能力が高いほど、攻撃時間も長く取れるし、サポート陣にも頼らねえで済む。これは、なのは隊長に教わってるな?」
「はい! ヴィータ副隊長!」
痛む背中を無視しながら、背筋を伸ばして自身よりも小さな彼女の話に耳を向けるスバル。
額に巻いた白い鉢巻や、身に纏っている白いシャツとズボンは既にボロボロだ。
「受け止めるバリア系、弾いて逸らすシールド系、身に纏って自分を守るフィールド系……」
ヴィータが身振りを交えながら一つずつ説明をしていく……。
一番最初に挙げたバリア系は、右手の掌を翳しながら軽く展開させ、二番目に挙げたシールド系は、反対の掌の前に展開させ、三角形の幾何学模様をした魔方陣を発生させる。そして最後に挙げたフィールド系は、全身に彼女の魔力光と同じ色のオーラを纏わせて展開させた。
「この三種を使いこなしつつ、ポンポン吹っ飛ばされねえように、下半身の踏ん張りとマッハキャリバーの使いこなしを身に付けろ!」
「頑張ります!」
『I'll learn.(学習します)』
ヴィータの言葉に、スバルとその相棒とも言えるインテリジェントデバイス、マッハキャリバーが頼もしく答える。
これを見て、ヴィータは不敵な笑みを浮かべながら、地面に置いていたグラーフアイゼンのヘッド部分をスバルの鼻先に向ける。
「防御ごと潰す打撃は、あたしの専門分野だからな……グラーフアイゼンにぶっ叩かれたくなかったら、確り守れよ?」
突然向けられたスパイクの先端に上半身を仰け反らしたスバルであったが、ヴィータから来る真剣な眼差しを受けると、すぐに体勢を戻し。
「はいっ!」
決意を込めた返事を発した。
他にも、この二人の様な光景はそこかしこで見られ……。
エリオとキャロ、そしてフリードの二人と一匹は、普段訓練に参加できていなかったフェイトの指導の下、俊敏性と実戦での立ち回りを鍛えるための訓練をしており、彼女の教え方こそ穏やかなものだが、あちらも中々ハードな運動量を感じさせている。
新人フォワード陣の指揮担当とも言うべきティアナは、スバルと同じく、なのはとのワンツーマンの指導を受けている。
内容は、なのはの周囲に漂う様々な色をした魔力弾を、其々二・三発ずつ発射させ、それを広間の中央に陣取ったティアナに撃ち落させるというものなのだが……実は、今の説明程単純なものではなく、色分けされた魔力弾は其々に違った性質があり、それを見分けながら、迎撃に適した魔力弾を選択して撃ち落さなくてはならないのだ。更に言えば、中央に陣取らせているのにも理由が有り、センターガードのポジションを任されている彼女は、実戦では周囲の状況や味方の様子も頭に入れて考えなくてはならないために、いちいち動いていては正確なショットも指示も出せないという事で、その位置取りを強制させているのだ……。
なので、少しでも無理な回避を取ろうものなら――――
「ほら! そんな避け方をしてたら、後が続かない!」
撃ち落し損ねた魔力弾を回避するために、土の地面を横に転がる様にして飛来してきた二発の弾を外させたティアナに対して、なのはは檄を飛ばしながら、更に三発、それぞれ違った色をした魔力弾を発射する。
「っ! はいっ!」
「疲れててもバランスを崩さない! 確りと両足で立って、飛んでくる弾に照準を合わせて!」
この様に、容赦のない追撃と叱責がティアナにぶつけられるのだった。
一方、この様子を六課隊舎近くにある高台から、空間投影モニターで観察していたライトニング分隊副隊長シグナムと、JF704式ヘリコプターの操縦者、ヴァイス・グランセニック陸曹は、それぞれ対照的な表情を浮かべていた。
「いやぁ~やってますなあ」
操縦者が着るツナギを身に纏ったヴァイスは、両手を腰に当てながらニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「初出動がいい刺激になったようだな……」
女性用のカーキ色の制服のまま腕を組みながら、いつも通りの凛々しい顔立ちで無表情に、目の前の中空に五つ展開されている空間投影モニターを眺めているシグナム。
二人とも現在は空いた時間を利用して、新人フォワード陣の様子を見に来ていたのだ。
「いいっすね、若い連中は」
「若いだけに成長も早い。まだしばらくの間は危なっかしいだろうがな」
しみじみと言うヴァイスとは違って、シグナムは指導者としての眼で彼らを見ている。
故に、第三者の立ち位置にいるヴァイスの様に、彼らの初々しさを楽しむ事は出来ないのだ。
「はあ、そっすね……」
その事を理解しているヴァイスは、軽く溜息を吐く様にして同意する。
そして、ふとモニターからシグナムの横顔へと視線を向ける。
「シグナム姐さんは、あ~……参加しないんで?」
「私は古い騎士だからな。スバルやエリオの様に、ミッド式と混じった近代ベルカ式の使い手とは勝手も違うし、剣を振うしかない私が、バックス型のティアナやキャロに教えられる様な事も無いしな」
別に残念そうもなく、淡々と自分が陸戦訓練用シュミレーターに立っていない理由を話すシグナム。
そして彼女は、自分を嘲笑するかのように“ふっ”と軽く鼻で笑うと、皮肉めいた口調で続けた。
「ま、それ以前に私は人にものを教えると言う柄では無い……戦法など、届く距離まで近づいて斬れ、ぐらいしか言えん」
六課に入る前からシグナムの事を知っていたヴァイスは、彼女の言葉に“らしいな”と感じながらも、おどけた様子で後ろへと振り返った。
「なら、“あれ”は違うんですかい?」
「“あれ”は別だ」
口元に笑みを浮かべたヴァイスが視線である方向を指しながら問うと、シグナムは振り向きもせずに、目を閉じて表情を和らげた。
ヴァイスが指した方向には現在、右腕を魔法で固定された状態で、高台を海沿いに走っているアルファードがいた。
彼は左腕しか振れない中でも、理想的な体の軸を確立したまま、猛烈なペースで指示されたコースを走り続けている……着ている衣服は既に汗で濡れており、黒いシャツがベッタリと彼の上半身のラインを露わにしていた。
「しっかし、アイツもよく走るなぁ~……ペースは落ちてませんよね?」
ヴァイスの正面を横切り、みるみる内に離れて行き、視線の先にある高台の果てへと走って行くアルファード。
シグナムはヴァイスの質問に対して、アルファードへ檄を飛ばすという形で答えた。
「ほらどうした! ペースが落ちているぞ! もっと足に力を込めて走れ!!」
『はいっ!!』
空間モニターと繋がっている通信から、アルファードの辛そうながらもハッキリとした返事が聞こえてくる。
シグナムが言っていた事は本当なのかと、ヴァイスはアルファードを映した空間投影モニターの右端に表示されているタイマーを見た。
「ペースが落ちてるって……随分と厳しいっすね、姐さん」
「ふむ、何故だ?」
「だって、こいつ最初から今まで1㎞を3分以内に走ってるんすよ?」
「前は2分51秒、今は2分54秒だ。十分タイムは落ちている」
「うへぇ~……もう2時間以上走らせてるのに、それですか姐さん? 俺だったら確実に朝喰ったもんを戻してますよ」
表情こそ涼やかなものだが、どこか嬉しそうにしながら当たり前とばかりに言うシグナムに、ヴァイスはアルファードを気の毒に思いつつも、絶対に助けは出さないと内心で決意していた。
なぜなら、もしも下手に助け舟を出したのなら最悪の場合、自分もシグナムの訓練に参加させられる恐れがあるからだ。
陸上競技用の軽量化されたシューズや、ランニングに短パンという格好ならまだしも、訓練用のブーツと汗が染み込むと重くなる着衣を纏った状態で、あのペースで走れと言われるのは彼も全力で遠慮したいと思っていた……しかし、予防線を張ろうとしたヴァイスの思惑とは裏腹に、シグナムは意地悪な笑みを浮かべながら彼を横目で見ると。
「なら戻してみるか? 最近、訓練を疎かにして体が訛っている様だし、丁度いい機会だと思えば出来るだろ?」
「いえいえいえ!? 遠慮しときますって!」
両手を胸の前で振って、必死な形相で訓練参加を拒否するヴァイス。
それを一瞥すると、シグナムは静かに目を瞑りながら。
「ふふ……冗談だ。もっとも、本当に参加させていたのなら、右腕を怪我しているアルファードに抜かれた瞬間に、ジャンピングスクワットを千回足していくつもりだったんだがな」
(うわぁ~鬼だ、この人……)
驚愕の罰則内容を聞いたヴァイスは、心から自分が六課の新人でなくて良かったと溜息を付くのであった。
二人のやり取りはさて置き、1㎞を3分以内という驚異的なペースで走り続けているアルファードは、視界の隅を通り過ぎて行く風景を無視しながら、只管に折り返し地点と定められている湾岸沿いの高台の果てを目指し続けていた。
「ふっ! ふっ! ふっ!」
規則正しいブレスを吐きつつ、ほぼ全力に近い状態で左腕を振り、両足を回転させる。
履いているブーツの底でコンクリートを蹴り出す音が、小気味よく後ろへと流れて行っているのを耳で感じ取る。
調子は良い……今はシグナム二等空尉の魔法によって固定されている右腕が不便で仕方ないが、それを抜いたとしても身体のキレは何時もより優れている。
昨日は教導官である高町隊長に意見をしてしまい、あまつさえ反論までしてしまった朝の出来事から始まり、リニアレールを走る貨物列車をガジェットが占拠してしまうという事件が発生、機動六課としての初出動を経験し、その最後で重要な情報を持っているであろう犯人の自殺を成功させてしまった。
それだけの事があったにも関わらず、思いの外、身体は軽い。
正面に集中しつつも、自己分析をしていくアルファード。
おそらく本人には何時まで経っても分からないのであろうが、彼の体が軽い理由は、六課に来てから昨日の事件までに出動も無く、訓練のみを続けていたために溜まってしまったフラストレーションを、ファクティスと名乗る敵魔導師との戦闘で一気に発散できた事にある。
もともと、精神論よりも現実的な考えを持って日々を送っているアルファードには、中々理解しがたい事なのであろう。
「ふっ! ふっ! ふっ! ふっ!」
呼吸を乱さず、先ほど指摘されたペースを気持ち少しだけ上げて行く。
他のフォワード陣が実践的な個人訓練を行っている中、右肩の固定以外は魔力を使用していない地味なマラソンをしているアルファードに、不満の色は見られない。
何故ならば、本来ならスバルと一緒にヴィータの指導の下、防御スキルを上げる訓練を行う筈だったのだが、この怪我を理由に“お預け”をくらってしまった上に、魔力の行使すら主任医務官であるシャマルから止められていたからだ。
ここまで禁止されていれば、出来る事など限られてくる……彼が思いついた限りでは、右腕を使わないウエイトトレーニングか、軽いランニングが候補として挙げられていた。
しかし、丁度いいタイミングで様子を見に来たシグナムと遭遇した事によって、昨晩のやり取りもあってか、彼女は他のフォワード陣に付きっ切りのなのは・フェイト・ヴィータに代わって、自身の訓練を見てくれると買って出てくれたのだ。
直接の上官からの申し出に、アルファードが断る筈もなく、今の様な状況が自然に出来上がったという訳だ。
彼女はアルファードの予想通り、かなりのスパルタで、走っている最中に何かの拍子で動いては拙いと、右肩と右上腕部を固定したまでは良かったものの、その後は“死ぬまで止まるな”と言わんばかりの檄を通信越しに飛ばし続けている。
だが、地上本部でも規律に厳しく、更にはタカ派でも知られている首都防衛隊出身の彼にとって、シグナムの様な指導方法は性に合っているらしく、訓練開始から今までの間、充実した負荷を肉体に掛けられていた。
追い込める……どんな状態であろうと、自分を追いつめられる。
傍目から見れば異常とも思える肉体の酷使に、彼は何の拒否反応も示さずに、愚直に基礎体力の訓練をこなしていったのであった。
◆(1)
「よし、そこまでだ」
もう何往復目かも分からない距離を走っていたアルファードが、シグナムとヴァイスの後ろを通り過ぎようとした時、指導を買って出てくれた彼女から、ようやく足を止める事が許された。
「ハアーッ……はあっ……はあ……」
黒字のシャツがベッタリと肌に密着している中、アルファードは左手を膝に置き、前屈みになって表情を俯かせる。
額や首筋、更には前腕や上腕からも流れ出ている大量の汗が、瞬く間に乾いた白いコンクリートを濡らしていく……また、彼のザンバラ頭の黒い髪も、バケツで水を掛けられたのではないかというぐらいに濡れていた。
「何時まで休んでいる。他の奴らはもう訓練を終えて、高町教導官達の下に集合しているぞ?」
「はあっ……はあ……ありがとうございました」
シグナムの言葉に反応したアルファードは、膝から左手を離すと、無理矢理呼吸を整えて上半身を起こし、少々覚束ない足取りで高台から階段を使って船着き場へと降りて行く。
常人では計り知れない運動強度を誇る長距離走を熟した彼の体は、昨日の疲労もあってか既に限界に近い状態であり、常に酷使し続けた肺は締め付けられるように機能を低下させ、全身に至っては節々から重い感覚が襲ってきている……しかし、彼自身は“まだやれる”と、午後にも待っている訓練に向けてモチベーションをキープさせていた。
降りてきた階段と同じく白いコンクリートで人工的に海へと伸ばされた、港としても使える船着き場を彼が足を引きずる様にして歩いていると。
「うん? あれ、アルだ!」
個別訓練を終えた他のフォワード陣が、着ている衣服をボロボロにした状態で、既に疑似的に作り出していた森林地帯の環境を“消した”、陸戦訓練用シュミレーターの中からゾロゾロと出て来たのであった。
スバル・ティアナ・キャロ・フリード・エリオの前には、教導官である高町なのはや、執務官であるフェイト・T・ハラオウン、スターズ分隊副隊長であるヴィータの姿があった。
この様子をアルファードが視界に収めると、彼はすぐさま顔中に浮き出ていた汗を左手で拭い、濡れて額にへばり付いた前髪を掻き揚げて、隊長たちをお迎えするために船着き場の縁側から10㎝ぐらいの位置に身を避ける。
前までの彼ならば、ここで直立不動の姿勢を取り、右敬礼まで添える所であるのだが、今はそこまで格式ばった状況では無いと判断したために、軽い“休め”の体勢を取るまでに止めていた。
すると、陸戦訓練用シミュレーターから出て来た集団の中で、いち早く彼の姿に気づいたスバルが、マッハキャリバーの車輪を駆動させながら駆け寄ってきた。
「アルも丁度終わったところ?」
「ああ、そうだ」
駆け寄ってきたスバルは、全身汗まみれで黒いTシャツを上半身にへばり付かせたアルファードを見て、一瞬“ギョ”っとした目をするが、すぐさま表情を笑顔に戻していた。
「怪我は大丈夫なの?」
「問題ない」
シャマルの治療で筋繊維を固定され、シグナムの魔法で外部を固定された彼の右腕は、三角布を巻いているかのように肘が曲がり、腹部に掌を添える形でガッチリと拘束されている。
スバルからの問いに、いつも通りの仏頂面で答えたアルファードは、その後ろから歩いてきた高町なのはを視界に入れる。
彼女も普段と同じように優しげな微笑みを浮かべており、隣にいるフェイトも口元を綻ばせている。
「その恰好を見ると、シグナム副隊長に随分と絞られたみたいだね」
「はっ。魔力を使用せず、1㎞を3分以内のペースで3時間走る基礎体力の訓練を行っていました」
「1キロを3分以内で……」
「しかも3時間……」
魔力を行使できない管理外世界のマラソン大会ならば、その世界での記録を塗り替えられるかもしれない驚異的なスタミナに、ティアナが呟き、キャロが自分には無理だと表情を引き攣らせていた。
また、彼は右腕を使用できない状態で、それをやってのけたために、流石のヴィータも小さく「へぇ」と、面白そうに吊り目がちな目を細めていた。
「あはは♪ シグナム副隊長らしいなぁ」
「だね……」
怪我人であるにも関わらず、そこまでの無茶をさせた彼女に対して、なのはは未だ高台の方でこちらを見ているシグナムに視線を向け、フェイトは心配そうにアルファードの右肩に目を向けていた。
「大丈夫? 痛みとかはない?」
同じ分隊の隊長としてだけではなく、一人の年上として彼を気遣うフェイト。
それに対し、アルファードは気持ち姿勢を正し。
「お気遣い感謝いたします。怪我についての問題はありません」
「そう……でも、無理はダメだよ? 変に怪我が悪化しちゃったら、出動どころか通常の業務にだって影響があるんだからね?」
「はっ。了解しました」
フェイトは歳不相応な、まるで我が子に向ける様な注意を彼にし、徐に怪我をしているという右肩の三角筋辺りに軽く手を伸ばした。
汗で濡れた彼の黒いTシャツに、フェイトの細く白い指が触れる。
この程度では、まだアルファードの表情に変化は見られないが……次の瞬間、フェイトが軽く触れる程度だった指を少しだけ押し込んだ。
すると――――「っ!?」一瞬であったが、今まで微動だにしなかったアルファードの眉間と口元が“ピクリ”と歪められる。
これを確認したフェイトは押し込んでいた指を離し、そのままの手で人差し指を立てて、アルファードの眼を見ながら、さっきとは違った厳しい口調で彼を咎めはじめる。
「やっぱり無理してる。これくらいで痛みを感じるのなら、さっきまでやってたっていう基礎体力の訓練でも感じてたでしょ?」
「いえ、痛くはありません。この程度、痛みの内にも入りません」
「でも、顔、歪めてたよね?」
「……いえ、そんな事はありません」
「……」
「……」
ジッと、自身よりも背の高いアルファードの眼を見つめるフェイト……。
アルファードは、そんな下から来る彼女の視線を真っ向から受け止めながら、普段通り“への字口”の仏頂面を貫き通す……。
暫く、無言の圧力がフェイトから送られ続けるが……。
「はい! そこまで!」
「高町教導官……」
「……」
この二人の不毛なやり取りを見かねたなのはが、両手の掌をパンっと合わせて割って入って来た。
「本人が大丈夫って言ってるんだから、ね? フェイト隊長」
(なのは……)
昨晩に総部隊長のオフィスでした話を思い出したフェイトは、そんな笑顔を浮かべている彼女を見て、胸中でボソリと呟く……あの時は、一先ずは彼女に任せてみるとしたのだが、やはり優し過ぎるフェイトにとっては、まだどこか納得のいっていない所もある様だ。
だからといって、この場で話を蒸し返す様な事はしないのだが。
不満そうな顔をしながらも、自分が出て来た事で一歩引いたフェイトを見て、若干申し訳ない気持ちになったなのはであったが、今はそれよりも優先すべき事が有るので、彼女の機嫌を取るのはまた別の機会に持ち越すことにした。
「じゃあ、皆もお腹すいたでしょ? それに汗で気持ち悪いと思うし、早くシャワーを浴びて来ちゃおっか」
フェイトとのやり取りを後ろで眺めていた他の面子に振り返りながら、なのはは何事も無かったかのような笑みを浮かべ、隊舎に戻ろうと歩を進めた。
「そうだな。あたしも腹減っちまったし、お前たちも育ち盛りなんだ。早く戻って飯にしようぜ」
なのはとフェイトの雰囲気を察知したのか、ヴィータもフォワード陣に声を掛けつつも、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、なのはへと続いて行く……どうでも良いが、10歳ぐらいにしか見えない彼女の口から“育ち盛り”という言葉が出てくるのは、どうしても違和感が拭えない。
なのは、ヴィータに続いて、フォワード陣で最も大食漢であるスバルが「私もお腹空いた~。皆も早く行こうよ!」といって、マッハキャリバーを走らせる。
彼女に続いて、ティアナ、エリオ、キャロ、フリードと着いて行く……が、何故かフェイトとアルファードの二人は足を止めたままであった。
これに気付いたエリオとキャロ、そしてフリードが階段の途中で立ち止まって、不思議そうな視線を向ける。
「アルファードは、着いて行かないの?」
“休め”の姿勢を取ったまま、一向に動きを見せないアルファードにフェイトが小首を傾げる。
日の光を反射させキラキラと輝いている彼女の長い金髪が、その仕草によって柔らかく揺れる……これがプライベート時に、特定の男性に向けられたものならば、大抵は一発で落とせるものなのだが、これといって色事に興味の無いアルファードには通用せず、また彼女自身も意識してやっていた訳でも無かったので、この場は“さらり”と流されていた。
「いえ、特別な行事や有事の際でも無い限り、上官の前を歩く訳にはいきません」
至極当然とばかりに答えるアルファードは、相も変わらず仏頂面を続けている。
つまり、彼にとってはそれが常識なのだなと理解したフェイトは「あはは……」と苦笑をしながら、彼の言葉に甘えて、こちらが来るのを階段の中頃で待っているエリオたちの方へと歩いて行くのであった。
◆(2)
新築らしくカビや油膜一つないタイル張りの壁に、一つ一つのスペースをモザイクガラスで区切られた広いシャワールーム。
普段ならば、当直の人員や整備士たちで仕切り内は埋められるのだが、昼間際の時間帯には基本的に朝訓練を終えたフォワード陣しか使う事が無く、現在も男3人で寂しく身体を洗っている所であった。
男3人がシャワーを浴びる光景……一体、この光景を好き好んで見たいと考える者が、どれだけいるのか?
いくら成人・青年・少年と、3種類の年齢層を揃えていたとしても、それを見たいと思うのは極少数である筈だ。
「ふぅ~。いやぁ~たまには良いもんだなぁ、こんな時間にシャワー浴びるのも」
ヘリのパイロットで、その整備士でもあるヴァイスが気持ちよさそうに目を瞑って、赤外線センサでお湯を出すシャワーを全身に浴びている。
170後半の身長に、実戦的な訓練からは暫く離れているものの元武装隊上がりのため中々の肉付きをしており、一般的な視点からすれば良い体格の持ち主である彼は、新人達がシャワーを浴びるという事で、なら自分もといって掻いていた汗と、整備で付いたオイルなどの匂いを流していたのだ。
そんな彼の左隣には、赤い髪と確りと見開かれた眼が特徴的なエリオが、同じくシャワーで体中に付いた汗や土の汚れなどを落としていた。
「ヴァイス陸曹は、普段どれくらいの時間にシャワーを浴びているのですか?」
ヴァイスとは年齢が一回り以上離れているエリオは、当然の様に年上の者に対する敬語で話しかける。
「うん? おいおい、俺みたいな野郎のシャワータイムを聞いて、何か嬉しい事でもあるのか? 無いだろうに」
上を向きながらシャワーを浴びていたために、一度顔を下げ、目元を拭ってから片目を開けてエリオを見たヴァイスは、彼を茶化すように口元を意地悪に綻ばせる。
基本的にノリの軽いヴァイスは、多感な時期のエリオを“そういったジャンル”でからかおうとしたのだが……。
「いえ、特には無いのですが……ただ、整備士の方々と僕たちフォワードは、あまり休憩時間が合う事が少ないので、他の班はどういったスケジュールを組んでるのか気になっただけです」
言葉通り、本当に味気なく返してきたエリオ。
期待していた反応とは違う彼の様子に、ヴァイスは多少のやりづらさを感じ始めていた。
「あ~そういう事か」
「え?」
それが態度に出てしまったのか、残念そうに目を瞑って上を向いたヴァイスに、何事かとエリオが首を傾げる。
上官の眼が無い空間だからこそ、素の反応を隠そうともせずに出してしまったヴァイスは「あぁ、いや。気にしなくていい」といって、別に何でもないと言外でエリオに伝えた。
真面目だ……本当に真面目だ。
額に付いた前髪を両手で掻き揚げながら、ヴァイスは胸中で感心していた。
俺がコイツくらいの時には……昔を思い出し、エリオの真面目さがどれだけのものなのか、自分を比較対象にしていたヴァイスは、ふと右隣に視線を向けてみた。
「……」
そこには、無言でシャワーに身を晒しているアルファードの姿があった。
彼はヴァイスよりも少しだけ背が低いのだが、筋肉に詰まっている質量は比べものにならないぐらいに凝縮されており、理想的な逆三角形や強靭な下半身の仕上がり具合が、同性から見ても目を引く存在感を放っていた。
昨日の出動で、負傷した彼をストレッチャーに乗せて輸送したのは他でも無いヴァイスであり、その時に見た傷をいま確認してみると、特に跡も残っておらず大事には至らなかった事が伺える。
まあ、さっきまでシグナム副隊長と見ていた彼の走りっぷりから判断する限り、そんな事は分かりきっていた事だ。
しかし、昨日の今日で全開するほど甘いものでもなく、今の彼は右腕をダラリと垂らしたまま、左腕だけで頭や体を洗っていた。
「なあ、アルファード」
「はい、何でしょうか?」
モザイクガラスで仕切られた壁は、丁度ヴァイスの胸辺りの高さまでしかないので、右隣にいる彼とは顔を見せあえるようになっている。
ヴァイスが持つフランクな雰囲気は、上官というより先輩といった方が“らしい”のだが、アルファードにとっては階級が上ならば誰もが“上官”であるために、返ってきた口調はシグナムと話していた時の“それ”と差は感じられなかった。
「お前ってさ、確か前は首都防衛隊にいたんだよな?」
「はい、その通りです」
何気なくかけられた質問を、左手で前髪を掻き揚げながら答えるアルファード。
普段は目にかからない程度に降ろされている前髪が上げられた事で、彼本来の顔立ちが露わになるのだが、それにしても整った顔立ちであり、輪郭や目元・鼻などは非常に女性受けしそうな感じでクールといった言葉が似合う容姿をしていた。
「首都防衛隊の訓練って言ったら、そんじょそこらの武装隊員が3日で鬱になるレベルとか聞いた事があんだけどさ、実際はどんなもんなんだ?」
興味本意というよりは、取っ付きづらい彼に対する話題作り。
彼とはこうして一緒にシャワーを浴びるどころか、まともに話す機会が無かったヴァイスは、まずは会話と言うコミュニケーションを取ろうとしていた。
この意図は、人間関係の構築を苦手としているアルファードにも伝わった様で、彼も素直にヴァイスから振られた話題に乗った。
「3日で鬱になると言うのは、些か言い過ぎです。現に、自分の様な人間でも2年もったのです。やる気と根気さえあれば、誰でも出来ます」
「はは、まあそうだろうがよ。肝心の内容はどうなんだ?」
自分の様な……この言葉にヴァイスは異議を唱えたい所であったが、蒸し返しても、こういった手合いは理解してくれないと経験から知っているので、そこに突っ込むのは自重していた。
チラリと横目で左側を見て見れば、同じ分隊のメンバーとして気にはなっていたのであろう……エリオも何やら聞き耳を立てている。
この彼とは一週間ちょい関わっているエリオの様子から、おそらくアルファードという青年は見た目通り、自分の事を他に話す様な性格では無いのだと判断できる。
意外にも新人フォワード陣が、どういった人物なのかというのは既に機動六課中に知れ渡っており、益々持って他のメンバーと上手くいっていないという話が現実味を帯びてきた。
よし、ここは一つ、年上のお兄さんがひと肌脱いでやりますか――――と、ヴァイスは胸中で新人達のために御節介を働く事にした。
「内容ですか……基本的なデスクワークから、仮眠をするローテーションなどは、ここと大差はありませんでしたが、訓練ですか」
「そう、訓練だ」
「訓練内容は、朝に三人一組で敵勢力1から2人を確保する連携に、都市型テロを想定した重要拠点防衛のための陣形を組む集団訓練がありました。昼の間はデスクワークをして、夕刻から夜の訓練を開始していました。内容は個人スキルを高めるものと、実践的な模擬戦を一対一、一対二、一対三、一対四まで行い、そこから更に四対一、三対一、二対一、一対一を続けて行います。模擬戦の最後は、なるべくレベルのあった者同士での二対二を行って、その後に訓練の締めとして基礎体力の種目を7種目ほど、インターバル無しで行います」
「……」
「……」
彼から自分の事を聞き出したは良いものの、聞いて行くうちに少しずつ気が遠くなっていくヴァイスとエリオ。
おいおい何だそれは……ほぼ一日中、模擬戦をやってるようなもんじゃねえか。
噂として広まっていた3日で鬱になるレベルなんてものじゃない、並みの奴だったら初日で体のどこかを故障するレベルだろ……こんな話を聞くぐらいなら、あまり興味は無いが野郎の私生活(プライベート)を聞いていた方が、まだマシだったと、ヴァイスはひと肌脱ぐと決めてから早々に後悔をし始めていた。
「訓練内容の変更は、大体一ヶ月半の周期で行われますが、基本的に模擬戦が無くなる事はありませんでした」
「はは、そりゃ凄ぇな……」
(なんだろう。なのはさんが組んでるメニューとは違うけど、少しだけ似てるような感じがする……)
若干、引き笑いを浮かべているヴァイスとは違って、エリオは頭の中で何やらモヤモヤとした答えの無い思考に首を傾げていた。
すると、ようやくアルファードが経験したという首都防衛隊訓練の大まかな説明が終わる。
これを好機と見たヴァイスは、兎に角こんな堅苦しい話題じゃなくて、もっと柔らかな……そう、思春期を迎えている彼らの恋話なんかをしようと、表情に嫌らしい笑みを張り付ける。
「まあ聞いといてなんだが、首都防衛隊の話は、そこまでにしておくとして……」
モザイクガラスの仕切りに両腕を乗せて、アルファードに顔を近づける。
「お前って、歳は幾つだ?」
「16です」
ヴァイスはなるだけ、彼がそういった話しを素直に乗ってくれる様な環境を整えるために、突拍子もない切り出しをするのではなく、脈絡を作りながら聞くチャンスを伺っていた。
「ほぉ~、だったら一回ぐらい女の子と付き合った事はあるよな?」
「付き合う、ですか? 異性との交際という話なら、自分には経験が有りません。訓練やデスクワークなら、何度か一緒に作業をした事は有るのですが……」
いつも通りの仏頂面を見せているアルファードであるが、傍目から見ても、こういった年相応の話題に慣れている様には思えない彼の口調……シャワーから出てくるお湯が、彼の肉体を流していく中、ヴァイスは相手が慣れていようと慣れていまいが構わず続けた。
「ふ~ん。じゃあよう、うちの中じゃあ誰が一番タイプなんだ?」
「タイプというのは……好みという事でしょうか?」
「あぁ、そうだ」
お前はデバイスのAIかと突っ込みたくなる、彼の朴念仁っぷりに、ヴァイスは思わず項垂れそうになる。
流石に、タイプの意味を聞かれるとは思わなかった彼は、これはあまり期待しない方がいいかと、話を盛りあげる事を断念しそうになっていたのだが……。
「そうですね……六課の中でなら、シグナム副隊長でしょうか?」
怪我をした右腕の三角筋を軽くマッサージしながら答えた彼の言葉に、ヴァイスが「おっ」と意外そうに眼を見開いた。
「へぇ、へえ~なるほどねぇ。姐さんかぁ~、お前も男なんだな!」
妙に嬉しそうに歯を見せて笑みを浮かべるヴァイス……彼の反応に、アルファードが珍しく怪訝そうに目を細める。
「いやぁ~確かに姐さんは美人でスタイルもいい! だが、お前のストライクゾーンが姐さんだったってのは意外だな。何か理由でもあるのか?」
さっき話した首都防衛隊の事など、まったくもって比べものにならない程の盛り上がりを見せるヴァイス。
その後ろでは、エリオが何事かと小さな体を背伸ばしして、モザイクガラスの縁から顔を覗かせていた。
理由があるのかと問われたアルファードは、ヴァイスの目的が何なのか理解出来ないでいたのだが、とりあえず自分が思っていたままのことを素直に答える事にした。
「理由ですか、理由は簡単です。これは自分の主観ですが、機動六課内ではシグナム副隊長が一番現実的な物の見かたをしていると感じているからです。それに雰囲気も、首都防衛隊にいた方々に、どことなく似ているのです」
この何ともなしに当たり前の様に返ってきた答えに、ヴァイスは再びの落胆を覚えた。
そうか、そういう事か……こいつにとって“好み”っていうのは、付き合いたいとかデートしたいとか、そういうのじゃなくて、ただ単に“仕事上の関係”としてのものだったのか。
両腕を置いていたモザイクガラスの縁に、ぐったりと顔を項垂れさせるヴァイス。
濡れた髪の毛が前腕にへばり付くが、それよりも全身に感じる脱力感の方が精神的に来るものがある。
「どうされましたか?」
突然、浮かべていた笑みを消して、上がっていたテンションを全て吐き出すように溜息を付いたヴァイスに、アルファードがどこか悪いのかと眉間を寄せる。
たかがシャワーで“のぼせた”とは考えづらいが、体感的な時間で少し浴び過ぎていたために、もしかしたら脱水症状の恐れがあるかもしれない……疲れたように項垂れるヴァイスを、アルファードが注視していると「なんでもねえよ。気にしないでくれ」と、本人が右手を振りながら、体重を預けていたモザイクガラスの縁から身を起こした。
「喉の渇きを感じていらっしゃるのなら、お早めの水分補給を勧めますが……」
「心配すんな。ただお前の真面目さに当てられただけだからよ」
「恐縮です」
ははっ……と、徐に苦笑いを漏らす。
こうも自分と対照的だと、相談に乗るとか、一緒に盛り上がるとか、そういった心を開かせる事が難しくなってしまうものだ。
もし無理矢理にでも、それをやろうとすれば、対照的な性格や考え故に対立は避けられないであろう。もっとも、そうしなければならないのなら、こちらも大人として対応するまでだが……。
世の中には素で分かり合える堅物と、素で分かり合えない堅物がいる事は、ヴァイス自身、若いながらも理解しているのだ。
今まで自分は誰とでも、それなりの付き合いが出来る人間だと思っていたヴァイスであったが、アルファードの予想外にも程がある堅物っぷりに、これは軽い気持ちで一肌脱ぐものでは無いと悟ったのか、シャワーの下にある赤外線センサに片手を翳し、出続けていたお湯を止めた。
「そろそろ腹も減ったし、俺は先に上がらせてもらうわ」
そう言って、ヴァイスはシャワーが取り付けられた壁から振り返って、エリオ側のモザイクガラスの縁に掛けられた自分の白いタオルを取り、白いドアを押して仕切られていたスペースから出る。
シャワールームと更衣室を繋ぐ扉へと、濡れたタイルの地面を裸足で歩くヴァイスの背中を見て、エリオもまた、お湯を出し続けていたシャワーを止めた。
「あっ、僕も上がります」
ヴァイスに続く様に、白いタオルを持って出口へと向かうエリオ。
確かに時間を考えれば、そろそろ着替えて食堂に向かわねば拙い頃合だ。
流石のアルファードでも、昼食を抜いたまま午後に挑むという、あまりにも愚かな行為は避けたい所であるため、彼もまたヴァイスやエリオと同じようにシャワーを止めて更衣室へと急ぐのであった。
後編は、今週の終わりか、来週の終わりか……とりあえず、二話に分けてしまったので、なるだけ早く更新したいと思います。