炎狼   作:ゲレゲレ

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 ちょっと読みにくい文章になってしまいましたが、なんとか更新できました。



第十五話

 高層マンションなどが立ち並ぶ夜間の住宅街というのは、付近の道路の交通量も少なく、街灯などの明かりと夜空にある星々だけが足元を照らしているために、昼間よりも色の識別がし辛くなるものだ。

 しかし、その判断がし辛くなっている色が動いているとなると話は別だ。

 時刻は深夜、閑静な住宅街におよそ似つかわしくない二人組が互いに薄汚れたボロボロのローブを被りながら、片側2車線の道路を歩道橋が跨いでいる景色を通り過ぎた。

 正面からヘッドライトが灯されたセダンタイプの車が時速40㎞程度で歩道にいる二人組と道路ですれ違うと、頭まで被されたローブの中が一瞬であったが伺う事が出来た。

 一人は骨格も肉付きも非常に優れた体系をしており、ローブの中から伺えた顔立ちは武人と称しても過言ではない目鼻立ちをしていて、頑丈そうな顎と太い首を見れば一目で素人ではないことが理解できた……また、両手足には彼の肉体のサイズに合ったガンドレッドとレッグアーマーが装着されている。

 もう一人は濃い色のローブを羽織った男とは違って、夜間でも目立つ白いローブを頭まで被った少女で、背丈はすぐ前を歩く男の腰ほどしかなく、先ほどの車のヘッドライトでも少ししか顔立ちは確認できなかった。

 しかしローブから出ているコスモスの花の様な紫色をした長髪や、星明りに照らされ更に白を強調させている肌は、まだ年端もいかぬ弱々しい少女のものであると判断ができる。

 それだけ、彼女の儚げな様と顔立ちは人の眼を引いているのだ。

 体格に恵まれ顔に皺を刻んだ大男の後ろに、正反対と言ってもいい少女が着いていくだけでもアンバランスだというのに、彼らは自らの正体を隠すかのようにローブで身を隠している……そんな状態で住宅街を堂々と歩いているというのは、むしろ誰かに見られても構わないという気概と矛盾すら感じられるが、男のローブを掴んで歩いている少女を見る限りでは、わざと見られるように行動しているとは思えなかった。

 二人が人通りも交通量も少なくなった道路の歩道を歩いていると、前を進んでいた男がふと右手側に視線を向けた……。

 そこには建物と建物の隙間が存在しており、左右を所有者の違う高層マンションの壁に挟まれていて、一種の街の死角を生み出していた。

 これが昼間なら近隣に住む子供たちの好奇心を擽る格好の探検スポットとなっていたのかもしれないが、事この時間帯となると、ひと一人が身を潜めるには絶好のスポットとなる筈だ。

 まあ付近で犯罪者が逃亡などをした場合は、真っ先に調べられる空間になることも否めないが、何も騒ぎを起こしていない今ならば効果はある。

 故に男はジッとその暗闇に包まれた、ひと二人ぐらいは入れる隙間を見つめる……。

 すると、隙間の暗闇の向こう側から、カツカツとヒールでコンクリートの地面を歩く音が聞こえてきた。

 響いてくる音のリズムからして、こちらに向かってきているのは二人。

 歩調も音量も、どこか似ているその足音……そして、この音を発していた主は暗闇の影から出て、街頭や星空に照らされることで姿を現した。

「こんばんは、騎士ゼストにルーテシア」

「こんばんは……」

 男と少女の前に現れたのは互いに体のラインを強調した、踵にヒールが着いているフィットスーツを着込んだ二人の女性だ。

 一人は癖毛の目立つ黒髪を腰まで伸ばし、肩には白いコートを袖を通さずに羽織っていて、また彼女の後ろに控えている一人も、所々が跳ねたショートヘアと黒いコート以外は概ね前者と同じ姿をしている。

 そして更に、この二人の頭には口元以外を隠す黒いバイザーが被されていた。

「お前たちも参加するのか?」

 二人の女性と二人の男女は互いに相手の事を知っているらしく、突然暗闇から歩いてきたとしても場数を踏んでいそうな男に警戒の色は見られない。

「はい。明日開催されるホテル・アグスタでのオークションに出品される、取引許可が出ているロストロギアについて、Drが一つだけ回収してきて欲しいものがあると仰っていたので、私たち二人がアナタ方のサポート役として着けられました」

 黒が栄えるスタイルと、唯一バイザーに隠されていない口元から伺える若さ特有の瑞々しさから、彼女たちがまだ20代には達していない事が分かるが、ショートヘアの者の前に立つロングヘアの方は、口調や声音からして大分落ち着いている様に思える。

 また彼女たちは女性にしては背が高い方で、両者ともにヒールを除いても170に届いていそうな背丈をしていた。

「まあ、目的はそれら取引許可が出ている物に紛れて密輸された品らしいんですけどね」

「それを奪うために四人も必要なのか?」

 ローブの陰で表情は見えないが、大男の疑問にロングヘアの後ろに控えていたショートヘアが答えた。

「会場の警備には地元の地上部隊以外にも、先日の車両占拠時に来た機動六課という部隊も着いている様です。私たちは、そこの部隊にいる“父”と前線部隊を抑えるように言われています」

「といっても、私たちにとっては“お父様”の方が本命なのですけどね」

 喋り方や息継ぎの仕方、間の取り方などは差異があるものの、二人の女性の声音は同一と言える程に似ており、むしろ目を閉じながら聞いていれば、どっちが話したのかも分からないぐらいだ……そして、バイザーの下から伺える口元は、“父”や“お父様”というワードを口にした瞬間、少しだけ綻んでいるように見えた。

 だが、それを男や彼女たちよりも背の低い少女が、白いローブの陰から見つめていると。

「うん? どうしましたか?」

 ふと、自分たちに視線を向けられている事に気が付いたショートヘアの方が、少女の方へとバイザー越しの視線を下ろした。

「“アインス”と“エンデ”も、“ドライ”みたいにいなくなっちゃうの?」

 表情こそは道路の街灯が逆光となっていて見る事は出来ないが、どこか不安げに聞こえる少女の声音から、自分たちがどう思われているのかを理解した二人は、口端を微笑ませながら少女に口を開いた。

「私たち姉妹には、ルーテシアが思っているような死と言う概念が無いの。いくらルーテシアが優秀な召喚魔導師でも、ちょっと難しい話かもしれないけど、私たちは“生み出された20人すべてが私たちなの”」

 ロングヘアの少女を宥める様な言葉に続いて、今度はショートヘアの方が少女の前まで歩いていき、そして目線を合わせるために片膝を着いた。

「今は20人いた姉妹も、先日個体を失った“ドライ”を含めて既に6人となっていますが、それらすべての記憶と感情は私たちに共有されています。だから“ドライ”が見てきたもの、育んできた思い出や感性、感じていた幸せや悲しみも全て私たちの中に“生きている”のです」

「でも……」

「証拠をお見せしましょうか?」

 ぐずるというよりも何かに躊躇っている少女に、ショートヘアは右手の人差し指を彼女の唇に当てて、ニコリと口元だけで笑みを見せた。

「一週間前に、私が取っておいた冷蔵庫のプリンが無いと、“ナンバーズ”も含めた全員に尋問を掛けたことがありましたよね?」

 突然これまでの流れをぶった切るような話題転換をし始めたショートヘアに、少女にローブを掴まれたままのゼストと呼ばれた男は、思わずロングヘアの方へと視線を向ける。

 しかし、ロングヘアの方はゼストの視線に口を“任せてください”と動かすだけで、ショートヘアの語りを止めようとはしなかった。

 幸い周囲には人の眼も無く、いま現在四人が立っている場所は高層マンションや街灯に設置された監視カメラからは死角となっているために、別に多少なら留まっても構わないのだが、そろそろ移動しなければいつ地上部隊の隊員たちが駆けつけてくるか分からないために、ローブの陰で顔が隠されたゼストは気配と魔力反応を探る事だけは継続することにしていた。

「うん」

 ショートヘアの人差し指を唇に当てられたまま、少女は短い相槌を無表情でうつ。

 少女の反応と仕草にショートヘア……先程“エンデ”と呼ばれた者は、内心で少しだけ吹き出しそうになっていたが、それを外に出すことは寸でのところで押しとどめられていた。

「そのプリン、実は“ドライ”が悪戯で冷蔵庫から取り出していたんです。そして、その取り出された私のプリンは“ドライ”とルーテシアお嬢様が食べてしまった。違いますか?」

「っ!」

 添えられていたエンデの人差し指が離されると同時に、少女の身体がギクリと硬直する。

「はは、大丈夫ですよ。黙って無表情を貫けって“ドライ”に言われていたんですよね? それに、ルーテシアお嬢様が“ドライ”に騙されて共犯に仕立て上げられていたのも、既に私の記憶の一つになっています」

「でも、食べたことは本当だし、ごめんなさい……」

 少女の反応は周りを囲む者達と反して年相応なもので、それを目の前で見たエンデは庇護欲に駆られるが、だからといって何かをしようということはしない。

「それも必要ありません。すでにドライは私自身であり、エンデはドライとなっているんです。だから私たちは共犯であり、被害者でもあるのです」

「えっと……?」

 意味深な言い回しに少女は首を傾げてしまうが、エンデはそれを微笑ましそうに眺めながらスッと立ち上がった。

「無理に理解して頂かなくとも結構です。実際、大半の人が私たちの存在を完璧に理解することは出来ないのですから」

「話を続けるのは構わないが……」

 ルーテシアとエンデのやり取りが一段落したのと同時に、大男のゼストが何かを察知した様に声を潜めながら割って入ってきた。

 これに、同じく今まで口を閉ざしていたアインスも口元を引き締めた。

「魔力反応が二つ……深夜パトロールだと思いますが、一応場所を移動しましょう。騎士ゼスト、ルーテシアをお願いします」

 バイザーで目も鼻も隠れているために、いま彼女がどうして付近の魔力反応を魔法を使う事なく探知できたのかは分からないが、兎も角、見た目すら怪しい彼らが地上部隊の人間に見つかれば確実に追われる身になってしまうために、エンデよりも状況判断能力に優れていそうなアインスは、ゼストと短い言葉を交わす。

「分かった、では現地で落ち合おう」

「はい、そちらもお気をつけて」

 互いに一言……たったそれだけで、ゼストは小柄なルーテシアを抱えて走りだし、アインスとエンデは再び建物と建物の隙間の闇へと消えて行く。

 残されたのは、風と虫の音が交じり合う静寂な住宅街の風景のみであった。

 

 ◆

 

 ミッドチルダ南東地区上空を飛ぶ機動六課の輸送ヘリ“JF704式”の箱型のキャビン内にある、円形に縁どられた強化ガラスの窓からは快晴の日差しとオフィス街の情景が一望できる。

 重輸送ヘリとしては不適格な四枚一組のメインローターのブレードが残像を残しながら回転する音は機内のキャビンにも聞こえてきているのだが、それも特にストレスを感じる程ではなく、むしろ中にいる者達は落ち着いた面持で作戦前のブリーフィングに臨んでいた。

「ほんなら改めて、昨日の隊長会議で話されたことと、今日の任務について説明するな」

 20人の人員を輸送できるキャビン内では、はやて・なのは・フェイトの隊長陣がコックピットへと繋がる扉前で空間投影モニターを展開させながら、席についている者達へ説明を始めていた。

 キャビン内の左右両側にある折り畳み式の座席に座っているのは、新人フォワード陣と六課主任医務官であるシャマルで、それに挟まれた中央には青い体毛と頭の後ろに白い毛衣を纏った狼に似た犬、ザフィーラと、いつも通り中空に静止しているリイン空曹長の姿があった。

 普段は六課の医務室で待機しているシャマルは癖のあるショートボブの金髪と、紫の瞳をした朗らかな印象を受ける目が母性を感じさせる人物で、白い肌と常に柔らかな表情を浮かべている顔立ちから荒事には向いていないと思われがちだが、これでも八神はやてを主とする“守護騎士”の一人であり、回復・索敵・封印魔法などに至っては超一流の腕を持っている。

 彼女は新人フォワードの4人とは反対の折り畳み式の座席に座っており、その隣には現在魔法で右肩を治療中のアルファードが静かに隊長たちの説明に耳を傾けていた。

 本来であるならば、二日前に起きた事件で負った彼の怪我は、最低限の治療の後は体の自然治癒能力に任せる筈だったのだが、急な任務が舞い込んでしまったために、やむなく魔法の力を使って治す時間を前倒しする事になっていた。

 一度は判断を下した主任医務官であるシャマルは、この前倒しについて反対の立場であったのだが、本人の強い意志と総部隊長である八神はやての頼みにより、渋々と言った形で了承していた。

「まずは前回の貨物車両占拠事件についてや。現在この事件の重要参考人として挙がってきたのがジェイル・スカリエッティという超広域指名手配犯で、ロストロギア関連の事件や他にも様々な次元犯罪の関与をしてきたとされる次元犯罪者の大物や。この男の技術力があれば、ガジェットの様な自律飛行型兵器を作成することは可能やし、それを使ってロストロギアを狙っているのも説明がつく」

 ミッドチルダに住む者達にとって聞きなれないはやてのイントネーションは、こういった緊迫したブリーフィング中にはあまり似合わない気がしないでもないが、キャビン内にいる者達への目配せや、空間投影モニターにまとめられたジェイル・スカリエッティの情報などのせいで、それについて気になっている者は誰一人としていなかった。

「昨日の隊長会議では、このスカリエッティの線で捜査を進めていく事が決まった」

「こっちの捜査は主に私が進めるんだけど、皆も一応、頭に入れておいてね」

 はやてに続く形で、総部隊長と同じくキャビン内の天井にある手摺に掴まって立っていたフェイトが、左右の座席に座っているフォワード陣に目を配ると、彼らは揃って「はい」という返事をした。

「次に、アルファードが交戦した“ファクティス”っていう敵魔導師についてや」

 空間投影モニターに表示されていた情報が、はやてが人差し指で画面を操作したことによってスカリエッティから黒髪の女性に切り替わる。

 画像は頭に口元以外を隠すバイザーを被った状態と、そうでない状態の物だ。

 また交戦したアルファードや管制室にいた者達、そして隊長陣は既に彼女の姿を見ていたのだが、他のフォワード陣はこれが初めてであるために、その顔を頭に入れようと目を凝らしていた。

「これについては、本部のアーカイブスにも存在していなかったから、まだ殆ど分かってはいないんやけど、少なくとも敵勢力には魔法を行使する者もいるって事が分かった。これだけでも収穫なんやけど、彼女が自殺を試みる際に金属製のナイフが第三者から投げ込まれたことから、ファクティス以外にも人間のメンバーがいるって隊長会議では結論が出た」

 はやてが説明を続けつつも、空間投影モニターに新しいウインドウを追加し、そこにアルファードとファクティスの交戦時の映像を流し始める。

 映像は丁度、両者の探り合いに似た攻防時のものだ。

「せやけど、これを見て分かる通り相手の魔導師も油断できない実力を持ってる。最悪の場合、他のメンバーはこれ以上の戦闘能力の場合もあるから、フォワードの皆は出来るだけ一対一は避けてな」

 新人フォワード陣は、普段から一緒に訓練をしているアルファードが自分たちよりも頭の一つや二つは飛び抜けた実力を持っていることを知っているために、映像で彼が苦戦している姿を見て、はやての言葉に現実味を感じていた。

 しかし、ファクティスについての説明はここで終わってしまう……昨晩、フェイトとシャーリーが解析班と鑑識班から出された情報を本部で確認した際にでた、アルファードと彼女の関係性については一切触れられなかったのだ。

 理由は単純だ。

 昨日行われた隊長会議でこの話題が出されたとき、まだ確定的な情報でないことと、踏み込んでしまえば否応にも無く管理局内部の黒い部分に触れてしまう可能性があるからと言う理由で、まだ新人である彼らには伝えるべきではないと判断が下されたからだ。

 本腰を入れるのなら相応の確信と後ろ盾、そして必ず勝てるという条件が揃ってからという事だ。

「で、今日これから向かう先はここ、ホテル・アグスタ」

 はやての説明から、次にこれまで飛行しているヘリのキャビン内で何の苦も無く中空に静止していたリイン空曹長が、空間投影モニターのすぐ横に飛んでいきブリーフィングの進行を引き継いだ。

 彼女が口を開くと同時に、モニターに映し出されていた画像も切り替わり、周囲を森林地帯に囲まれたホテルが映し出された。

 等間隔に木を植えられた、手入れの行き届いた芝生を中心に置いた来客者の車などが発着するロータリーがエントランス正面にあり、そこから段々に白を基調とした配色の建物が繋がった建造物で、一番後ろかつ背の高い宿泊施設の建物の屋上にはプールやヘリポートがあり、他にも用途が多目的な建物がそのホテルにはある事が伺えた。

「私たちの任務は、ここで開催される骨董美術品オークションの会場警護と人員警護です」

 モニターの画像がホテル外観から、内部にあるコンサートホールの様なオークション会場に切り替わる中、アルファードが徐に治療の必要が無い左手を上げて口を開いた。

「それは我々の仕事なのですか? 内容的には地元部隊の管轄だと思うのですが」

「はい。それなんですがオークションには取引許可の下りたロストロギアも少なからず出品されるため、その反応をレリックと誤認してガジェットが現れる可能性が高いとの事で、私たちが警備に呼ばれたです」

 アルファードからの質問に、ブリーフィング中という事で眉毛を逆ハの字に上げて答えるリイン。

 本人は至って真面目な顔をしていると思っているのであろうが、その手乗りサイズの身体で威厳を出そうとしてもただの背伸びにしか見えないために、どこか微笑ましい雰囲気が感じられた……が、上官に対して無条件な敬意を払っているアルファードにとっては、愛らしい彼女の背伸びにすらも威厳と言うものを感じてしまっていた。

「この手の大型オークションだと、密輸取引の隠れ蓑にもなったりするし、色々油断は禁物だよ」

 もしかしたらアルファードの様に、今回の任務に対して他の部隊でも十分なのではと考えているメンバーがいないとも限らないので、フェイトが彼らに警笛を鳴らす意味で補足をする。

 リインとフェイトの言葉を受けて、質問をしたアルファードも「なるほど分かりました、ありがとうございます」と考えをすぐに改めた。

 その様子を見てリインが一つ頷くと、空間投影モニターに映る画像が再び切り替わる。

「現場には昨夜からシグナム副隊長とヴィータ副隊長他、数名の六課隊員が既に警護についているです。一応いまのところはガジェットなどの反応は無いとのことですが、私たちが到着した後も副隊長たちは一緒に警護についてくれるです」

 腕を組みホテルのエントランス入口前で仁王立ちをするシグナムや、他の者達と共に出品物の警護に付いているヴィータの姿がモニターに映される中、リインは説明を続ける。

「また隊長たちは直接会場内部の警護につくので、フォワード陣はシグナム・ヴィータ副隊長両名の指示に従ってくださいね」

 リインの言葉にフォワードのメンバーは一様に「はい」という返事を返した。

「説明はこんな所かな。とりあえず、到着まで皆は自由にしててええよ」

 一通りのブリーフィングを終えたはやては、ヘリのコックピットに繋がる扉前に展開していた空間投影モニターを閉じると、アルファードの治療を続けているシャマルの方へ視線を向けた。

「シャマル、アルファードの治療は後どれくらいで終わるかな?」

 この問いかけに、シャマルは耳に付けたイヤリングを揺らしながら視線をアルファードの右肩からはやての方へと移した。

「到着までには済むと思いますが、治療を終えたとしても無理はさせられませんね。一応、怪我をしてから中一日ではありますが固定してたわけですし」

「そうか。まあ今回はシグナムやヴィータの他にも、シャマルとザフィーラも警護に参加するんやし、そんなに心配することも無いかもな」

「いいえ、万事に備える事は大切な事なんです。だいたい、この子が止血目的で傷口を焼いちゃったせいで神経系の修復に苦労したんですから、もう大きな怪我はさせたくないんです」

 白く柔らかそうな頬を膨らませ、はやてに抗議の眼を向けるシャマル。

 朗らかで落ち着いた物腰にしては、意外に子供っぽい仕草もする彼女にはやてはクスリと軽く笑う。

「今回の作戦はよっぽどのことが無い限りフォワード陣に無茶をさせるつもりはあらへんから、シャマルは安心してええで」

「……分かりました。じゃあ、そういう事にしておきます」

 まだ不満が残っている様子のシャマルに、はやては苦笑を浮かべてしまうも、ふとアルファードの方へ視線を移した。

 現在の彼はシャマルの治療を受けている最中なために、カーキ色のジャケットを脱ぎ、白いワイシャツのボタンを全て外して、右肩の素肌を晒した状態でジッと折り畳み式の椅子に腰かけている。

 筋肉の形を確りと表した、一つ一つのパーツがハッキリと隆起したソフトな肉体は、16歳の少年によるものとは到底思えず、成熟したアスリートのものだと言われても素で信じてしまいそうな造形をしており、理想的な胸板と逆三角形、そして腹直筋がさっきから無駄な存在感を放っていた。

 また先ほどのブリーフィングの最中からずっと、対面に座っているスバルやキャロが彼の上半身をチラチラと横目で見ていたことは隊長陣や主任医務官であるシャマルにはお見通しであった。

 はやては昨日、陸士第108部隊へと赴いた時のことを思い出す。

 そういえば、今はあの時に悩んだ彼とのコミュニケーションを取るには絶好の機会なのではと、はやては頭の中で閃いた。

 思い立ったが吉日、はやては一瞬の間に頭の中でアルファードとの話題を弾き出すと、早速なるだけフランクな口調で彼に口を開いた。

「そういえば、アルファードの顔を直接見るのは久しぶりやな」

「はい、確か結成式以来だと思います」

 本来のアルファードであるなら、10階級以上も上の総部隊長に話しかけられれば起立して直立不動のまま受け答えをする所であるのだが、それは一瞬腰を浮かした程度でシャマルに目で止められてしまう……これを見たはやては、まあ報告通りの子やなと内心で関心を覚えていた。

 総部隊長という役職に就いているはやては中々現場に出るという事は出来ず、ましてや新人たちの訓練に顔を出すことすら難しい立場の人間故に、こうして彼と話す事もむしろ初めてなのだ。

 スカウトの際は演習を見学しただけで話したのはリインと他の隊員であったし、二日前の出動の時もモニター越しでしか彼の顔を見ていない……また、今回の出動も慌ただしく準備させられたために、ブリーフィングが終わらなければ、こうした機会も作れなかった。

 つまり、今を逃せば次のチャンスがいつ来るかは分からないのだ。

 はやてはそれを胸に刻みつつも、アルファードが意外に落ち着いた様子で答えた事に安堵をする。

 先程見せた起立しようとする仕草から、もしも上官と喋るだけでガチガチになるようなら、コミュニケーションどころの話ではないからだ。

「どや? 昨日は昼間シグナム副隊長にしごかれたって聞いたけど、体はきつくないか?」

「いえ、特には」

「そうか、首都防衛隊では同じぐらいの運動量やったん?」

「疲労感は概ね同じですが、昨日のランは何も考えずにやれたので、むしろスッキリした感じです」

 よし、相手は別にこっちを警戒している訳ではないみたいや……彼の切れ長の目に、こちらを探る色が無い事から、はやては思わず心の中でガッツポーズを取ってしまう。

 実際、本部でもはやての様な“海”の人間に話しかけられると、よく“陸”の人間は身構えてしまうことが多いのだ。

 これは幸先がいいなと、はやてはアルファードの左隣の折り畳み式の座席を下して、そこに腰掛けた。

「流石やね、向こうの隊長さんからも色々と話は聞いていたけど、シグナム副隊長のしごきでスッキリ出来るなんて想像以上や」

「恐縮です」

 この煽て方だと、なんだかゴマをすってる気分にならないでもないが、今のはやてはアルファードと良いコミュニケーションを取ろうと必死なのだ。

 アルファードはそんな上官の気など知らずに、いつも通りの愛想のない仏頂面で右肩をシャマルに晒しながら左隣に顔を向けている。

 傍目から見れば容姿の優れた美女二人を両手に持った、男性からしたらとても羨ましい状況なのだが、彼にそういった情感を湧き上がらせろというのは無理な話だ。

 しかし、他は違う……。

 対面に座るフォワード陣の面々、とりわけ彼と親友の仲を何とか改善させようと努力しているスバルは、あの自分ですら会話が上手くいかないアルファード相手に、確りと笑顔まで交えて会話のキャッチボールを行っている総部隊長に対して、尊敬の念を持つとともに、何だか悔しいというか遣る瀬無い気持ちに陥っていた。

(やっぱり八神部隊長は凄いなぁ……あのアルを会話で押し続けるなんて。でも、確かにアルはなのはさんとかと話してる時は普通なんだよね)

 何やら呆けた顔でスバルがアルファードを眺めていると、さっきまで二人の隊長たちと共にキャビン内の手摺に掴まって立っていた、戦技教導隊の制服ではなくカーキ色の六課制服を身に纏ったなのはが歩み寄ってきた。

「ボーっとしてるみたいだけど、どうしたのかな、スバル?」

「え? あ、なのはさん……いえ、その」

「うん?」

 これから始まる作戦に対して気が抜けているというよりかは、心ここに非ずといったスバルになのはは首を傾げる……が、普段は快活に開かれている彼女の眼に元気がない事に気づいたなのはは、ふとその視線が向けられている方を見る。

(あぁ、なるほどね)

 視線の先にははやてとシャマルに囲まれたアルファードの姿があり、それを確認した瞬間、なのはは胸中で納得をする。

 別に、これは年頃の少女が抱く嫉妬心などと言った甘酸っぱいものではないのは教官として接している彼女でも分かることで、確かにそちらなら幾分かは面白いのであろうが、スバルが感じている事がなんなのか、なのはは正確に理解していた。

 しかし、彼女はここでそれを口にするほど野暮ではない。

 何故なら現在、スバルの隣、ランプドア式のハッチの手前にはアルファードと仲の悪いティアナが座っており、その話題を出したのならプライドの高い彼女の事だ、なのはの前では見せないものの確実に機嫌が悪くなることは目に見えている。

 なので、なのはは出来るだけ彼の事には触れない様に話を続けることにした。

「そういえば、スバルはもう自分のデバイスには慣れた?」

「え? あ、はい! 普通ならもっと慣らすのに時間がかかると思っていたんですが、一昨日の出撃と昨日の訓練で、もう大分感覚が掴めた感じがします」

「そういってもらえると、関わった人間としては嬉しいかな、今度シャーリーにも伝えておくね。ティアナはどう? 昨日の個別訓練を見た感じだと、もう殆ど使いこなしてるように見えるけど」

 なのははスバルから隣のティアナに視線を移す。

 突然……と言う訳でもなく、なのはとスバルの会話を耳に入れていたティアナは、案の定話を振られたというふうに、膝の上に両手を添えたまま答えた。

「そうですね……ですが、まだ多重弾殻を形成する時間は縮められると思いますし、誘導弾もあと二発ぐらいは頑張れば制御できそうなので、まだまだですね」

「そう。でもリミッターが掛けられてる状態で、あれだけ出来れば中々な方だよ。後は常に足を動かしながら全体を見通せるようになる事と、スタンドアロンでも戦えるようになることかな」

「はい。ありがとうございます」

 まだ幼さの残るスバルとは違い、毅然とした態度でなのはと向き合うティアナ。

 普段の訓練では、この二人は抜群のコンビネーションを見せるために忘れそうになるが、実は性格的には対照的なタイプなのだ……ならなぜ、ティアナは他人から見れば似たような感じのアルファードと仲が悪いのか?

 シャーリーことシャリオから、昨晩メールである程度の事情は送られてきていたのだが、それにしても年の割に大人びていて、多少の事なら割り切れそうな二人が反りが合わないままというのは不思議と言わざる負えない。

 なのは自身はおそらく同族嫌悪の様なものだろうと当たりを付けてはいるのだが、こればかりは当人同士の問題が故に教官役が悩んでも仕方がないので、とりあえず考えるのは先送りすることにした。

 ふと、なのははスバルの隣、コックピット側の席に座っているエリオとキャロの二人を見やる。

 彼らは保護者でもあるフェイトと談笑しており、これから控えている任務に対する緊張は既に薄れている様に見える。

 これなら、二人はフェイトちゃんに任せれば大丈夫かなと、なのはは一先ずフォアード陣の緊張が薄れたことに安堵した。

 ともあれ、ここでスバルとティアナから離れると自分が手持無沙汰になってしまうために、暫くの間なのはは他愛のない会話を二人と楽しむことにしたのであった。

 

 ◆

 

「よしっと。これで一応は完治したんだけど、動かしてみてくれる?」

 “JF704式”で飛行すること約1時間程度、それまでキャビン内でアルファードの治療を続けていたシャマルが、額に浮かんだ汗を白衣のポケットから取り出したハンカチで拭うと、やり遂げた感のある表情でアルファードに清々しい笑顔を見せる。

 シャマルに言われた通り、アルファードはまだ地肌を晒している右肩を二・三度ぐるりと回し、ついでに握力が戻っているのか拳を何度か作ってみる。

 しかし、少しばかり一昨日とは感覚が違う事に、アルファードは内心で首を傾げてしまう。

 なんというか、まだ上手く力が入らないのだ……それも右腕だけではなく、全身に力が入りきらない感じで、瞼も何故か重く眠気すら感じる状態でありアルファードは軽く歯噛みをしてしまう。

 だが、そんな彼の心情を察したシャマルが、彼の右肩に右手を添えた。

「治癒魔法とはいっても、治せるのは怪我をしたところだけだから、体中にある血液の量までは増やせないの。ましてや怪我をした部分の再生のために結構な量の血液も使うし、それのせいで心臓にだって感じ辛いけど負担があるのよ? 頭がぼーっとするのはそのせいなの」

「なるほど、分かりました。ですがこれで前線に復帰が出来ます、ありがとうございました」

 痺れは無いが、まだ少量の麻酔を打たれたような感覚の右手を膝の上に乗せると、アルファードは隣のシャマルに軽く頭を下げた。

「どういたしまして。じゃあ服を着直しましょうか」

 そういって、当初は反対していたが治癒魔法で一人の患者の怪我を治したシャマルは、ニコニコとした表情で彼が片方の袖だけ脱いでいたワイシャツに手を伸ばす……が、彼女がその布地に触れるより先にアルファードはそそくさと右腕を袖に通してカーキ色のジャケットを上に着こんでしまった。

 これに「あ……」と、若干寂しそうにするシャマルであったが、よくよく考えればアルファードはエリオやキャロ、ヴィータやリインの様な子供ではないので、それも当然かと素直に思い直した。

「でも無理は禁物よ? 二日間とはいえ固定はしていたんだし、筋肉が固まっている筈だから急な運動は本来ならしちゃいけないんだから」

「はい、肝に銘じておきます」

 人差し指を立てて、アルファードに注意を促すシャマル……だが、こういった性格の手合いは何を言っても無理をしてしまうのは外見の割に長い経験を持つ彼女にとってはお見通しなので、更に警告じみた言葉を復帰祝いに贈ることにした。

「次に今回みたいな怪我をした場合は、誰が何と言おうと自然治癒に任せますからね。その間は私の権限で訓練にすら参加させないんだから、そのつもりでいてね」

「はい」

「よろしい、じゃあこれを飲んで元気を出しましょうか」

 本当に分かってくれたのかくれていないのか判断の付かない顔をするアルファードであったが、とりあえず返事は貰えたということで、次にシャマルは足元に置いてあった鞄から一つの水筒を取り出す。

 シルバーのステンレス製の何の変哲もない水筒を手に持ったシャマルは、妙に嬉しそうな様子で水筒からコップを取り出し、そこに何やら白濁色の液体を注いでいく。

 何事かと見ていたアルファードは、とりあえずシャマルが注いだ液体が何なのか尋ねる事にした。

「シャマル主任医務官。その液体は……?」

「これは私が今日の朝に作った特製ドリンクよ。入ってるもの自体はサプリメントとかを牛乳と一緒にミキサーに掛けたものだから、安心して頂戴」

 サプリメントをミキサーに?

 普通、ミキサーは果物などの食材を入れるものではないのか……シャマルの言葉に疑問を覚えたアルファードであったが、彼女から両手で差し出されたコップを目の前にした瞬間、そこから漂う甘い香りに気持ち少しだけ身動ぎしてしまう。

 しかし、上官である人物に勧められてしまっては彼に断るという退路は無くなってしまうのだ。

 仕方なしにそれを左手で受け取ると、とりあえずコップの中で揺らぐ白濁液の匂いを嗅いでみる。

 甘い、とにかく甘い匂いがする……ふと、シャマルが座る方とは逆の隣を横目で覗くと、そこには総部隊長である八神はやての姿があり、彼女は「無理せんでええよ」と心配そうな顔色でシャマルに聞こえないような小声を発していた。

「鉄分にビタミン、アミノ酸にグルタミンにタンパク質に炭水化物、更には少量の脂質が入ったドリンクだから、今のアルファードには必要だと思うの。だからグイッと、ね?」

 両掌を上に向け、ささっと飲むことを促すシャマル。

 コップの中を見れば見る程、アルファードは何かを思い出してしまう。

 そうだ、これは消費期限の過ぎたプロテインを無理矢理に水で溶かしたものに似ているのだ。

 溶けにくくなった粉が塊となって液体中を漂い、果肉でもないのに飲んだ瞬間に変な食感を与えてくるアレだ……証拠に、水面上には何かの固形物を砕いたような物が漂っている。

 おそらくミキサーで砕き切れなかった錠剤型のサプリメントが下から浮力を受けているのであろう。

 嫌だ、出来れば飲みたくは無い……普段から自身の肉体を維持または成長させるために、かなり徹底した食生活を送っているアルファードを持ってしても、シャマルの特製ドリンクには二の足を踏んでしまっていた。

(シャマルの料理は見た目だけなら普通なんやけど……飲み物となると如実に表れるなぁ。これは、ご愁傷様としかいえんな)

 普段は守護騎士たちと一緒に寝食を共にしている主はやては、助け舟を出そうにも胸中でお祈りをする事しか出来ないでいた。

 何故なら、ここで無理に止めてしまえば折角朝に早起きまでして厚意を見せたシャマルの顔を、フォワード陣の前で潰しかねないからだ。

 また入っている栄養素を聞いた限りでは毒ではないために、体には害は無いと思えるのだが……運が良くて喉にしつこく味が残るか、最悪気を失う程度で済めば作戦には支障はない、筈。

 なんとか何事も無く済んでくれと天に懇願するはやての他にも、この光景に気づいたシャマルの欠点を知るフェイトやなのは、リインや犬のザフィーラ等も得体のしれない白濁液を注がれたコップを持つアルファードに憐みの籠った視線を向けていた。

 キャビン内にいる他のフォワード陣も何事かと隊長たちの視線を追っていた中、遂にアルファードがひたすら見つめ続けていた白濁液を一気に喉へと通した。

 何かの粉末を牛乳で溶かしたドロリとした液体が舌を撫で、それと共に本来なら噛み砕くべき固形物が一緒に口内を流れていく感触は、形容しがたい嫌悪感を浮かび上がらせる。

 傾けたコップの縁から一気に飲み干す彼の喉仏が上下に動く様は、その飲み込みづらさを言外に伝えており、隣にいたはやてが思わず嫌な生唾を飲んでしまう程であった。

 そして、アルファードがシャマル特製ドリンクを完全に飲み干すと、彼は傾けていたコップをゆっくりと膝の上に下した。

「……」

 彼は目を瞑り、まだ口内に残っている固形物をゆっくりと飲み込んでいる。

 暫く、周囲の眼が彼に注がれていたが、この様子を唯一嬉しそうに眺めていたシャマルが「どう?」と感想を尋ねたことで静寂が崩れた。

「……味はまあ、飲めないことも無いのですが」

「ですが?」

「そうですね、体が少しだけ熱くなった気がします」

「そう! やっぱりイモリの黒焼きが効いたのね! よかった!」

 イモリの黒焼き!?――――一瞬にしてキャビン内が驚愕の色に染まったのは、今現在コックピットでインテリジェントデバイス“ストームレイダー”を管制にしてヘリを操縦しているヴァイス陸曹の背中にも伝わっていた。

 また、これを直に飲んだアルファードの衝撃は他の者達よりも数段上の物であった。

(イモリの黒焼きだと……さっきシャマル主任医務官はサプリメント類と仰っていた筈だ。なのに何故、管理外世界でないと使われていない薬が入れられているのだ? いや、錠剤をミキサーに掛けると言うだけでも可笑しい筈なんだが、それにしてもこの飲み物には何が混入しているのだ……?)

 アルファードは困惑しながらも、再び空になったコップの底を見てみる。

 確かに、さっきまではキャビン内の薄暗い照明のせいであまり気づかなかったが、ステンレス製のコップの底には何やら黒い炭の様な物体が幾つか付着していた。

 また、他にも小さな肉片の様な物もコップの底には取り残されており、今しがた飲まされた物がいかに得体のしれないものだったのかを物語っていた。

(しかし、さっきまでとは違って体に血が巡っている様な気がするな……これは、意外に効果のあるものだったのか)

 だが、味よりも実と言った野生動物さながらの食文化をじで行っているアルファードは、思いがけない効果に若干の関心を覚え始めていた。

「シャマル主任医務官、これには一体何が入れられているのですか? 後で自分も作りたいので、教えていただけると助かるのですが」

 この彼の発言に、シャマル以外の全員が一斉に「え!?」と心の中で声を上げてしまった。

 あの飲み物とも言い難い液体のレシピを知りたい……通常の味覚や嗅覚を持つ者ならば、シャマルを「え!? 本当に知りたいの!?」と本気で喜ばせた彼の発言には正気を疑うところであろう。

 現に、キャビン内の何人かは既に液体の匂いだけで眉をハの字に下げており、真剣な表情でシャマルからレシピを教わるアルファードに奇怪な物を見る様な視線を向けていた。

 シャマル特製ドリンクをジャケットの胸ポケットにあったメモ帳で書いてたアルファードは、ふと自分に怪訝な眼が集まっている事に気が付いた。

「うん? なんでしょうか?」

「えっと、ううん。なんでもないよ」

 アルファードに声を掛けられ、キャロやリインなどはビクリと体を跳ねさせたが、彼と直接目があったなのはは至って常時を装いながら首を横に振った。

 これにアルファードは何が何やらと首を傾げるが、再びメモの方に視線を落とす。

 その様を見て、これまで口端を引きつらせていたスバルが彼に気づかれぬように隣のティアナに耳打ちをする。

(アルって、もしかしてゲテモノ料理とか好きなのかな?)

 突然耳に息が吹きかけられたことで体を少しだけ跳ねさせたティアナは、腕を組んだ姿勢のままスバルに「そんなもの知るわけないじゃない」といった言葉が込められた睨みを彼女に向けた。

 どうやら長年の付き合いから意図を察知できたスバルは、ごめんと小さく呟きながらティアナの横顔から顔を引いていった。

 しかし、人と言うのは作業をしている最中に目端で何らかの動きがあると、そちらの方に思わず意識が散らされてしまうものだ……故に、スバルがとった耳打ちと言う動きはアルファードに見られてしまっていた。

「どうした、ナカジマ? お前もこれを飲みたいのか?」

「ぅえ!?」

「スバルも飲みたいの? じゃあちょっと待ってて、今コップを拭くから」

 何故彼はスバルの挙動をそう捉えたのか分からないが、突然の地獄への誘いに彼女は本人でもどうかと思う声を挙げてしまう……そして、いつもは料理を作るなとまで言われているシャマルは、一人の例外に好評だった事に―――――他者からしたら迷惑な――――自信を持ったのか、両手をパンと合わせた後にアルファードからコップを取り上げると、鞄の中に入っていたウェットティッシュで縁を拭きとった。

 そして、有無を言わさぬ速さでステンレス製の水筒から再び件の白濁液をコップに注ぎこみ、それを対面に座るスバルに手渡した。

「どうぞ! 味はあれ“らしい”けど、効果は期待して大丈夫だから!」

「え……あの……」

 らしいと言ったよ、シャマル先生……キャビン内にいるアルファード以外の誰もが、この一言で彼女が自分で味見をしていない事を知る。

 スバルの右手に持たされた、何だか砕かれた錠剤や得体の知れない小さな肉片と黒い炭が泳ぐ白濁液の入ったコップは、妙に冷たく、そして異様な存在感を放っていた。

 水面から漂う甘い匂いに、隣に座るティアナやキャロ、近くに立っていたなのはまで眉を歪めてしまう。

 一体、この100ml程度のコップの中にはイモリの黒焼き以外に何が入っているのか……目の前にすると途端に恐怖心が芽生えてしまったスバルは、左右に助けを求めるが瞬時に目を反らされてしまった。

 なのはに目を向けても反らされ、気優しいフェイトに向けても反らされ、足元に伏せていたザフィーラに至っては目を閉じられてしまう始末。

「どうしたの? こうグイッといけば、味も感じないから、さあ!」

 対面には期待の眼差しを向けてくる、自身よりも階級が上な主任医務官の姿があり、アルファードではないがあの純粋な表情には逆らえないとスバルは思ってしまう。

 いくしかないのか……いや、でも飲んだら飲んだで、これからの作戦に胃薬が必要になってしまうのではないのか?

 狼狽、逡巡、困惑、錯乱――――様々な心情に苛まれたスバルは、ぎこちない動きで右手に持ったコップの底に左手を添えて、ゆっくりとその縁を瑞々しい唇に近づけていく。

 白濁液の匂いが鼻孔へと近づいてくると、無意識の内に唇と両手を小刻みに震えさせてしまうのは、おそらく未知なるものへの恐怖からであろう。

 そしてスバルの柔らかい唇をコップの縁が押し込むと、遂に彼女はそれを傾けようと……した刹那、『そろそろ着きますんで、席に座っててもらっていいですかね?』と、キャビン内にあるスピーカーからコックピットにいるヴァイス陸曹の声が聞こえてきた。

 これによって、寸でのところでコップを引いたスバルは、自分がかなり早まった行為をしようとしていた事に気が付く。

「どうしたの? 飲まないの?」

 突然、我に返ったように呼吸を乱して手に持ったコップを太腿に下したスバルに、シャマルは彼女の俯いた顔を覗き込むようにして尋ねた。

 すると、まだ落ち着きを取り戻していないスバルを可哀想と思ったのか、流石に隊長であるなのはが彼女に助け舟を出す。

「残念だけどスバル、そういう事だから“ソレ”を飲むのはまた今度にしようか」

「え、あ、はい! すみません、シャマル先生……」

 憧れである隊長からの助け舟に気づいたスバルは慌てながらも申し訳なさそうに、期待に胸を膨らませていたシャマルにステンレス製のコップを返した。

 シャマルは若干残念そうに表情を沈ませながら両手でコップを受け取るが「そっか、じゃあまた今度、もっと元気の出る物を作ってくるから期待しててね!」と、めげない向上心を芽吹かせてコップに入っていた白濁液を水筒の中に丁寧に戻していた。

 これにアルファード以外の者達は言葉にこそ出しはしないが、本気で止めてくださいと胸中で願ったそうな……。

 そして、彼女の主であるはやては、調子に乗ってしまった彼女の暴走をどう止めようかと、部隊の事以外で頭を悩ませるのであった。

 

 ◆

 

「あのヘリね……お父様の魔力反応があるわ」

「はい、いま私も確認しました」

 快晴の日の光すら木漏れ日に変えてしまっている、薄暗い森林地帯で二人の女性が何やら空を仰いでいた。

 彼女たちは互いに、口元以外の顔を全て隠してしまっている黒いバイザーを被っており、それ越しに今しがた自分たちの上空を通り過ぎて行ったヘリを確認していたのだ。

「他にも強力な魔力を持った者が何人かいたけど、多分あれがDrの言っていた魔導師ね。お父様が発していた反応と比べると、一回りは高い反応だった……でも、これでリミッターを掛けているのだから、計り知れないわね」

「一昨日の空戦映像を見る限り、今の私たちではどう転がっても勝てる見込みがありません。あの二人とは交戦を控えるべきですね」

 所々が跳ねた癖毛を持つロングヘアの女性と、同じような髪質をしたショートヘアの敬語を使っている女性は、髪型と袖を通さずに羽織っているコートの色以外は、口調以外に見分ける所が無いように見える。

 また、二人は一緒に黒いバイザーの右耳あたりにある小さなダイヤルを操作しているために、もしも同じ格好をされていたのなら、第三者にはどちらが誰なのか見分けが着かないところであった。

 すると、ショートヘアの女性……昨晩の住宅街の死角で、ルーテシアという少女に“エンデ”と呼ばれていた者が、空から視線を移して隣にいるロングヘアの“アインス”を見やる。

「また父に会えるのですね」

「ええ……でも、今回は欲張らないで行きましょう。たぶん、ゆっくりとお話しする時間は無さそうだから」

 アインスは空から視線を正面に戻すと、少しだけ残念そうに語尾を落として右耳のダイヤルから手を離した。

 彼女の視線の先には、まるで自分達をある場所へと誘うかのような木漏れ日が風に揺らされ不規則に地面へと差し込まれている。

「とりあえずは騎士ゼストとルーテシアの下へ行きましょう。でなければ作戦も実行できないのだから」

「はい」

 先を歩き始めたアインスに続いて、返事をしたエンデも足場の悪い地面をヒールで歩き始まる。

 二人の歩みは両者ともに軸にぶれがなく、魔法戦技以外にも確りと基礎体力が鍛えられていることを証明していて、周囲に気を散らさないことから確固たる決心があることを感じさせていた。

 そして、二人は昨晩の時と同じように木々の陰へと姿を消していく……しかして、彼女たちが静かに感じている高揚感は、森の静寂を乱す程のものであった。

 




 あまりストーリーは進んでいませんが、次で戦闘シーンが書けたらいいなと思っています。
 まあ、次がいつになるかは微妙ですがね……とりあえず、今月中にあと一話は行っておきたいです。
 では、何か感想があれば嬉しいですノシ
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