色々自信ない。
まあ、話を進める事が大前提なので、なんとか更新できる感じにまで持っていけました。
あと、縦書きバージョンで読んだ方が目に優しいかもしれません。
ホテル北側を防衛していたエリオとキャロの二人は、安定したコンビネーションで迫るガジェットを押さえ続けていた。
もともと、ここは三つのブロックに分かれたホテルの宿泊施設裏だったためか、搬入口以外に目立つ所は無く、攻め込んでくるガジェットの数も他の場所よりかは幾分か少なめで、まだまだ経験の浅い彼等でも地元部隊からの援護さえあれば難なく押し返せる程度の敵戦力しか接近はしてこなかった……が、それでも数機単位の敵機が休むことなく、かつ対応できる程度の間で攻め込んでくるというのは体力的にも精神的にも負担がかかるもので、息は切れていないにしても、徐々に重くなってくる肉体の疲労は隠せないでいた。
また、ここの搬入口はオークションに関係する物品を積んだトラックが停まっている、施設中央にある多目的ホールの地下駐車場とは違い、基本的には宿泊者が使用したシーツなどの日用品を山の向こう側にあるクリーニング施設に運ぶトラックと、ロスとして捨てられた残飯などのゴミを回収する収集車しか停まっていないため、その防衛優先度の低さから地元部隊の人数も少なく、エリオとキャロ、そしてフリードリヒの2人と一匹は他の防衛地点よりも援護の少ない戦いを強いられていたのだ。
「キャロ。敵の動き、止められる?」
「分かった、やってみる!」
されど、そのような厳しい状況とはいえ、現場に立てば弱音など吐いている暇は無い……前衛を張るエリオが槍型デバイスを両手で構えつつ、後方支援に徹しているキャロに敵ガジェットの拘束をお願いする。
エリオからの要請に答えたキャロは、正面の森林地帯から姿を現したガジェット4機に向けて、自身が訓練でも使用していた召喚魔法を行うために、足元に魔方陣を展開させ詠唱を始めた。
「言の葉に応えよ、鋼鉄の縛鎖、錬鉄召喚、アルケミックチェーン!」
両手に嵌められた、フィンガーレスのグローブ型ブーストデバイス“ケリュケイオン”の宝玉を光らせ、詠唱を終えたキャロは任意の場所に新たな魔方陣を展開させる。
そこはエリオと接近してくるガジェット4機の間……まさに両者の間に割って入る形でアスファルトの地面に魔方陣を置いたのだ。
地面に展開された魔方陣の中から、四本の鎖が生きた触手の様にカプセル型のガジェットに迫り、それを捕縛した。
対魔法障壁やAMFに反応しない無機物を召喚し、それに自動操作魔法を付与する事で相手の力場を無視した一手を打てるこの召喚魔法は、あの高町なのはですら器用だと褒める程で、キャロ自身も対AMF戦闘においては重要視している。
キャロが呼び寄せた鎖によって浮いているだけの的となったガジェット四機に、エリオは両手で持った槍型デバイス“ストラーダ”の切っ先を迫らせ、魔力を使わずにたったの一息で全機体のボディにその刺突や横薙ぎを直撃させた。
一・二・三・四――――テンポよく右から左に切り込んだエリオは、それによって爆散した標的に目もくれず、その先の森へと茂みを突っ切って進行し、目前から未だ接近してくるガジェット群へと走り込む。
後ろから来る地元部隊の魔力弾による援護射撃は、他の防衛地点にいる者達と変わらず多重弾殻を使用した物で、標的が少ないために弾幕とまではいかないが、それが数発エリオの正面にいるガジェットに吸い込まれると、期待通りの戦果を生み出していた。
そしてエリオは、この援護射撃で撃ち漏らした数機に向かい、AMFの範囲内に入る前に魔力で加速させた突きを敵機の中心に刺し込み、同じ要領で放った横薙ぎや振り下ろしで順調にガジェットの数を減らしていく。
後方支援担当のキャロは、アスファルトの地面の上で正面の森が相方と敵のせいで騒がしくなっているのを確認しつつ、アルケミックチェーンで再び捕縛した他の敵を、傍らで翼を羽ばたかせ浮遊していたフリードリヒの火球によって掃討していた。
時に纏まって、時に個々で動く……まだ10歳程度の年齢ながらも、見事に前衛と後衛とで戦う二人を見て、地元部隊の面々も負けじと撃墜数を稼いでいく。
確かに、ここ北側に飛来するガジェットの数が少ないという事もあるのであろうが、それにしても安定した役割分担とコンビネーションで表情に疲労を滲ませながらも、危なげなく彼らは防衛に徹する事が出来ていた。
しかし状況が一変したのは、この時であった――――
これまでエリオや地元部隊が撃ち漏らしたガジェットを捕縛していたキャロのデバイス、“ケリュケイオン”の宝玉、つまり彼女の手の甲にある桜色の宝玉部が突然点滅し始めたのだ。
「えっ!? これって!」
この現象にキャロのクリッとした愛嬌のある目が驚愕に見開かれる。
感じたのは味方からでは無い巨大な魔力反応……それは厳密に言えば、自身と同じ召喚魔法による反応だった。
なのはの訓練によって随分と判断能力も上がったおかげで、瞬時に何が起こるのか察知したキャロは、急いでエントランスホール屋上にいる、現場管制と指揮を担当しているシャマルに念話を送る。
『シャマル先生!』
『こっちでも確認したわ! なんてタイミングっ!』
念話を飛ばした瞬間に返ってきた、シャマルの苦虫を潰したかのような声。
一体何事かとも思ったキャロであったが、それより先に彼女が切羽詰まった様子で話を続けていた。
『ライトニング05とリイン曹長が向かったばかりだっていうのに……キャロ! 相手の反応の大きさから見て、大規模な召喚を行うはずだからすぐにエリオを呼び戻して防御を固めて!』
『分かりました!』
言うが早く、念話を互いに切った両者はすぐさま行動へと移す。
「エリオ君! 大規模な召喚魔法の反応があったから、一旦固まろう!」
この普段はおっとりとしたキャロの危機迫る呼び声を背中に受けたエリオは、正面からガジェットが迫っていたがすぐさま反転し、彼女の下へと子供とは思えない身体能力で駆けつけた。
森の木々をすり抜け、赤毛の頭に葉っぱを付けながら茂みの中を突っ切ってきたエリオはキャロの目の前で足を止め、再び踵を返して今しがた出てきたばかりの森へと向き直る。
「召喚魔法の反応って、どういうこと?」
「何が来るかは分からないけど、大きな反応を感じたの。召喚魔法はやり方次第で大規模な転移魔法としても使えるから……」
エリオの警戒心を煽るキャロの真剣な眼差しに、彼も腰を据えて槍型デバイスの切っ先を構え直す。
変化が起きたのは、その時――――彼らの眼前、いや視界の端ですら捉えられない程の広範囲に渡って、アスファルトの地面にコスモスの花の様な紫色の召喚魔法陣が展開される。
そこから出現したのは、カプセル型も大型も入り混じったガジェットの大規模混合部隊……足元の魔方陣が魔素となって大気中へと昇華されると同時に、ガジェットの集団が一気にAMFを発動させ魔力の使用妨害を開始する。
「そんな……これだけの数を一度にだなんて」
「直接ホテルを包囲してくるなんて、キャロ! 僕たちはとにかくガジェットを後ろに抜かせない様にするしかない! 強化魔法を!」
眼前には既に光熱兵器の発射体勢に入ったガジェットの集団がキャロやエリオ、そして後方支援として後ろにいる地元部隊へと照準を合わせている。
この光景に狼狽しかけたキャロをエリオが役割を与える事で落ち着かせると、防衛に当たっている全ての隊員達のインカムにシャマルからの通信が入る。
『全隊員に通達! これよりホテル外周を完全に防御魔法で固めます! ホテルの外壁から2m以内にいる隊員は即座に離れてください! 繰り返します! これよりホテル外周を完全に防御魔法で固めます! 外壁から2m以内にいる隊員は即座に離れてください!』
エリオが構える槍型デバイスの穂先にキャロの強化魔法が掛けられる中、シャマルの警告染みた指示は全隊員の耳に正確に伝わり、そして彼らを動かした。
後方で杖型デバイスの先端をガジェットの集団に向けていた地元部隊員達が一斉に前方へと三歩程進むと同時に、眼前のガジェット全機からの一斉掃射が開始された。
流星群の様な青の軌跡に対し、地元部隊員達は冷静な判断で個々にシールドを張り熱線を弾き、キャロが咄嗟に張ったシールドのお蔭でエリオも無事で済むが、ガジェットの集団から放たれた何発かは防衛対象であったホテルの宿泊施設裏にある搬入口へと外れてしまう。
これに北側を守っていた全員が目を見開き、後ろへと振り返ってしまう……が、搬入口を容易く全壊させてしまうかと思われた無数の熱線は、突如何もない空間に出現した楯状のシールドにより無効化されてしまう。
熱線が見えない空域に侵入しようとすると瞬きをしたかの様に姿を現すシールドの数々――――ホテル外周、いや全域で発生しているその現象は、シャマルの防御魔法である“風の護盾”によるものだ。
「凄い……」
「これが、ニアSランクの魔法か……」
自分たちにとって常識外れの魔法戦技に思わず呆気に取られる地元部隊員達を、その部隊の隊長に当たる人物が「全員正面に集中しろ! こちらも一斉掃射で仕掛けるぞ!」と喝を入れると全員が「了解!」と返し、すぐさま召喚魔法で大規模転移してきたガジェット群へと多重弾殻射撃による斉射を行う。
北側に配置された地元部隊員の数はおよそ20人程度で、付近の部隊の寄せ集めにしては小隊規模よりも少ないほうではあるが、それでも連携の取れた波状攻撃は確実にガジェットを捉え、そして機能停止または完全撃破していた。
先程までの少数の標的によるものとは違った、この激しくなった後方支援の甲斐あってか、現れた大量のガジェット群は光熱兵器による応戦に回らざる負えず、一向に戦線を前に進められなくなっていた。
確かに数の利は相手側に完全に傾いたが、これまでの六課前線メンバーで対応できていた時よりも違う点が出来たために、ここからは彼らよりも人数の多い地上部隊が重点となってきていたのだ。
違う点……それは至ってシンプルな事で、単に照準を合わせなくとも撃てば当たる状況となり、更にはシャマルの広域にわたる空域指定の防御魔法により建物の損害を気にせずに済むようになったという点だ。
もともと練度自体は六課の新人たちよりも高く、課題は対AMFのみであったために、自律飛行機能を持つガジェットが固定砲台となるように射撃戦へと持って行けさえすれば、彼らの能力は拠点防衛に至っていえば相当な戦力となりえるのだ。
もっとも、これはシャマルによるサポートの貢献度が高かったからこそ成しえたものであり、それがなければ彼らは背中に聳える宿泊施設を気にしつつ、自分にも防御魔法を張って高難易度の射撃魔法を撃ち続けなければならなくなるために、一概に自分たちだけの結果であるとは言い難いのだが……。
されど、この戦果は本物であり現場では誰の手柄かを考えるよりも、目の前の火の粉を振り払う事が先決で、彼らは一心不乱に統制の取れた斉射を行い、自らに迫る熱線は熟練の切り替えでシールドを張り弾き返していた。
地元部隊からの射撃支援と正面に展開するガジェット群からの熱線の狭間、エリオとキャロは互いに自らの特性を活かしつつ、再び全力を持って物言わぬ機械へと挑むのであった。
◆(1)
レッグアーマー型のデバイス越しに足裏へ伝わる感触が、堅いアスファルトの路面から植物を生やす柔らかい土の地面へと切り替わり、周囲の光景も鬱蒼とした茂みや木々が立ち並ぶものとなった今、中々全速力でというのが難しい状況になっているにも関わらず、ライトニング05のアルファードは走らせる足の回転を緩めはしなかった。
土の地面から盛り上がり露出した木の根や、所々隆起した不安定な足場……しかし彼は、それらの障害があろうともむしろ、アスファルトの路面を走っていた時よりも活き活きと爪先に力を入れて目的地へと前進している。
時折、彼の肩や太腿などに小さな木の枝や茂みの葉先が掠めるが、アルファードという男はそれに対して瞬きもせず淡々と正面を見続けており、右肩に掴まっていたリイン空曹長は関心と言うよりも唖然とした様子で彼の横顔を眺めていた。
『リイン曹長、そろそろ目的地ですので念話での会話に切り替えます』
空いた左腕で顔の正面にぶつかりそうであった小さな木の枝を叩き折り、凹凸のある地面を飛ぶように駆け抜けていたアルファードから、リインの脳内に直接声が届く。
目的地が近いという事は、件の召喚魔導師や他の敵勢力に声を聞かれる恐れがあり、それを理解しているリインは即答で彼に返事をする。
『了解です。では、私はどうすればいいですか?』
『自分はこれからデバイスの展開を解除して、魔力反応を消すためにリミッターを掛けながら目的地への接近を試みます。ですので、リイン曹長とは一時的に離れなければいけません』
召喚魔導師探索を現場管制兼指揮を担当しているシャマルに提案したのはアルファードであるため、リインは彼の上官と言う立場にあるのだが基本的に何をするのかは分からないので判断を仰いだのだが、返ってきた言葉は単独行動へ移ると言う無謀とも思えるものであった。
確かに探索へ向かう途中に、シャマルと彼の通信を横から聞いていたリインではあったが、この返答に彼女は難色を示してしまう。
『敵勢力の戦力は未知数で、六課管制室の索敵能力をもってしても巧妙な手口のせいで未だ数すら特定できていません。その状況で魔法の行使を制限しながら単独行動を取るのは危険です』
彼女の言い分は尤もであり、つい二日前に起きたリニアレール車両占拠事件の際も、アルファードは単独で敵魔導師と戦闘を行い決して軽くは無い負傷を負っていたのだ、上官としてではなく仲間としても許容できる提案ではない。
現場指揮の許可を取っているとしても、彼女個人としてはリターンよりもリスクの方が高いと考えているために、彼の提案に疑問を呈したわけだが……。
『リスクは確かにあります。しかし、お言葉を返す様ですがリイン曹長、現状我々は全て後手に回っている状況です。防衛戦という守りに徹しなければならない局面ではありますが、敵の増援を何らかの方法で止めない限り我々に勝利はありません。会場内にいる隊長達が出張ってくれるのであれば話は別ですが、ホテル側の意向により外部状況を隠蔽するので手一杯と見えます』
アルファードの言うように、機動六課と地元部隊が立たされている状況と言うのは既に八方塞に近い状態であり、管理局でも有数な戦力である隊長陣や副隊長陣ですらホテル側の意向を気にしているせいか、その戦力を有効に振るえてはいない……隊長陣に至っては、内部に混乱を伝えない様にするだけで身動きが取れない状況になっており、それは現場に出てくるまで総部隊長であるはやてと共にいたリインも十分に感じていた事である。
故に、それを言われてしまうとリイン自身、どうすれば状況を打開できるかの妙案が今は浮かばないために彼の具申を受け入れる他なかった。
『……そうですね、悔しいですが六課の戦力をフル活用出来ていないのも事実です』
アルファードは後ろを振り向けないために、右肩に掴まっているリインの表情を窺い知る事は出来ないが、念話での声音で彼女も現状の状態に不満を持っているのを察する事が出来た。
すると、彼が上官に対して少し出過ぎた真似をしたかと考えた、その時であった。
「っ!? リイン曹長、物陰に隠れます」
「え?」
リインが彼の声を聴きとるより速く、アルファードは近くにあった茂みの裏へと物音一つ立てずに移動し、そこで膝を着いた。
『どうかしましたか?』
『不自然な物音がします。上です』
念話でアルファードに上を見るように促されたリインは、彼の肩越しに木々の葉が日の光を遮断している森の天井を見上げる。
光が当たっていないために葉の裏側は影を差しこませており、それらの隙間から覗ける快晴の青空に一筋……いや、無数の黒い筋が高速でホテル方面へと移動しているのが確認できた。
『……あれは、偵察用のサーチャーではない?』
『微力な魔力反応もありましたが、あれにはどうやら遠隔操作系の効果が付与されている様です。敵方の新しい兵器か、それとも召喚魔導師が呼び寄せた物なのか、今は判断が付きませんね』
無数の黒い筋が葉の隙間から確認できなくなると、アルファードは周囲を警戒しつつゆっくりと立ち上がり、再び目的地方面へと走り出した。
謎の物体に対して何か思う事は無いと言えば嘘となるが、そこでグダグダと分からない事を考えるよりも行動に移した方が速いために、アルファードとリインの二人に後ろ髪をひかれているという感覚は無い。
すると、移動中の彼らにインカムではなく念話での通信が届く――――送信元は現場指揮や管制を担当しているシャマルだ。
『二人とも、よく聞いて。いまホテル周辺は敵召喚魔導師が直接送り込んできた大量のガジェットとの交戦で非常に危険な状態だから、そちらで緊急事態が起こっても救援は向けられないわ。だから敵召喚魔導師を発見しても、相手が単独でないのなら深入りしてはダメよ。なるだけ相手の召喚魔法による転移を止めて欲しいのだけれど、そこで無理をして撃墜されたら元も子もないからね』
『了解』
『シャマル。今しがた、こちらからホテル側へと飛行している小型の物体を確認しましたです。微力な魔力反応と遠隔操作系の魔法を付与されていた事から、直接的な戦力ではないと思いますが、注意して下さいです』
『分かったわ。そっちも気を付けてね』
シャマルとの念話が途切れると、走り続けているアルファードは最小限の進路変更で木々を躱しながら、リインに現在位置の確認をお願いするために『リイン曹長、近隣の地図を開いてもらえませんか』と声を掛ける。
これにリインは彼のバリアジャケットから右手を離すと、『分かりましたです』と自身の真横に小型の空間投影モニターを展開させる。
展開された周辺地図は、事前にシャマルの物と同期させていたために、今しがた通信で入った大きな魔力反応が発生している範囲も表示されているのだが、そこはどちらにしても今現在、自分たちが急行している地点なのでリインは彼から尋ねられたことだけに答えた。
『私たちは今、目的地の1㎞圏内から約500mほど離れた場所にいるです。ここから北西の方向に真っ直ぐ進めれば2分もしないで着くのでしょうが、アルファードは大体どの辺りでデバイスの展開を解除するですか?』
近くに山がある事から等高線の引かれた森林地帯の地図を真剣な眼差しで眺めつつ、リインが現在位置を口頭でアルファードに伝える。
すると彼は、徐に走るペースを緩め始めた。
『では、この辺りで自分はデバイスの展開を解除します。リイン曹長は、どうされますか?』
『なら私は上から探索するです。いざとなれば木の枝や葉っぱが遮蔽物になってくれるので、見つかっても逃げ切れる可能性が高いですからね』
『了解しました。では、ここで一度止まります』
乾いた土埃を少量足元に舞わせ、立ち止まったアルファードは地面に膝を付いて周りの茂みや木々を利用して身を隠した……同時に、今まで身に纏っていた六課のパーソナルカラーで染められているバリアジャケットを解除すると、自身の目の前に空間投影モニターを展開、手慣れた様子で操作していき魔力反応を消すために自らにリミッターを掛けた。
カーキ色の六課制服姿となったアルファードは、茂みから顔を少しだけ出すと周囲の状況を確認する。
『肉眼での確認ですが、周りには何もいません。別れるなら今です』
『分かりましたです。じゃあ、気を付けて』
『はっ、リイン曹長もお気を付けて』
出していた頭を降ろし、地面へと身を屈めたアルファードの右肩からリインが飛び立ち、あっという間に木々の背を越えて、彼女は空へと飛び立ってしまった。
単独行動へと移ったアルファードは、まず土の地面に右耳をそっと当てて周囲に不自然な振動は無いか意識を集中させる……地中にある木の根っこや、そこに住むミミズやモグラなどの生物が障害物となり、普通ならばこういった方法では10m圏内も探索は出来ないのだが、アルファードの場合はそれすらも頭に入れて200m近い探索が可能であった。
(久しくやってはいなかったが、身体が覚えているものだな……)
地中に生きる生物たちの動きや鼓動すらも耳に入れ、その中から地上からの振動を割り出そうとしていたアルファードは、瞼を閉じながらも口端を軽く“ふっ”と上げた。
笑った――――確かに彼は、機動六課の面々には決して見せたことが無い微笑を浮かべたのだ。
(こうしていると、昔を思い出す。首都防衛隊では、やる必要すらなかったからな……)
胸中で感傷に浸っているのか、アルファードは瞼を上げると衣擦れの音すら発せずに無音で立ち上がり、革靴など気にせずに北西へと足を走らせ始めた。
彼の走りは、先程の魔力を使ったものとは明らかに違っていた……。
外敵に察知されない様に派手な動きはせず、走りつつも茂みに身体を掠らせる事すら嫌い、意図的に目的地方面から自分を見辛くするために木々の障害物を巧みに使う……姿勢は周りに生えた茂みの平均的な背に合わせた中腰で、視野は常に最大限に広げる。
鼻孔を擽る森の匂い、木漏れ日から差し込む光の線、乾いた土を蹴り出すことによって舞い上がる土埃――――どれもこれもが、彼にとっては懐かしい心地よさを湧き上がらせていた。
魔導師が魔力を使用せず敵地へと赴いているというのに、そこに不慣れな空気は感じられず、むしろこれが彼にとっての本質であるかのようで、もしも六課の隊長陣や副隊長陣がこれを映像で見ていたのなら、否応にも無く経歴自体を疑われていた事であろう。
それだけに、彼の隠密移動のスキルは高かったのだ。
走りづらい中腰の姿勢だと言うのに、目的地までの約500mの道のりは大体にして4分程度で走破してしまった彼は、息一つ乱さずに件の1㎞圏内を探る。
他と大差ない太さを持つ木の幹を背に、そっと横顔を後ろへと晒す……。
(不自然な土の膨らみが幾つかあるな。土の変色具合から考えるに、作業は昨晩辺りに済ませたのか……よく地元部隊に見つからずに間に合わせたものだ)
これまで通りの森の景色の中に、人の手が加えられたような形跡を目敏く見つけていくアルファードは、敵の工作能力の高さに関心を覚えてしまうが、周りにはそれ以外に何もない事を確認すると、すぐさま背にしていた木の幹から体を離し、中腰の姿勢で茂みが連なる所を進み始めた。
今度は急ぎではなく、足音も土埃も立てずに森の静けさと同化して進行していく。
今のところ誰かに気づかれた気配はなく、順調に目的地であった1㎞圏内を探索していたアルファードであったが、ここで自身の視界に不自然な揺らめきを発見する。
すぐさま身を屈め、地面に耳を付け足音が聞こえないかどうか探るが、この目的地1㎞圏内には魔力反応を追う索敵を妨害するための装置が無数に埋め込まれているために、それの起動音が邪魔してピンポイントで音を確認するのは不可能となっていた。
思わず舌打ちをしそうになるが、アルファードはぐっと喉元でそれを抑え、茂みの間から静かに不自然な揺れを発見した場所に目を向ける。
そこは目測にして約100m程の距離にある、木と木の間の暗闇。
茂みの葉先によって視界は制限されているが、ここからでも十二分に暗闇の中の様子が見えるアルファードは、ぐっと目を凝らして眼球にある水晶体を薄くさせ、限界まで開散させる。
(いるな……一人か?)
確認できたのは、暗闇の中で唯一の光である木漏れ日が、自然とは異なった膨らみと色を明るみにさせてくれたお蔭だった。
敵が着ている衣服は黒、森の天井が作り出す暗さよりも濃い黒から見えるシルエットは、おそらく女性によるもの……ふと、その先に視線を向けてみると木の枝に白いコートの様な物が引っかけられている。
(あのコートは敵の警戒心を向けさせるための囮か。ということは、ここで待ち伏せをしていたという事か? いや、決めつけるのはまだ早いか……)
自身に与えられた時間こそは少ないが、アルファードは暫く茂み越しに100m先にいる人物を観察する。
長い黒髪に何かを被っているのか、顔立ちが隠された頭……体のラインや女性としての特徴の発達具合から年齢的には若い相手であることが分かる。
彼女がしている格好は見覚えがある……そう、二日前に戦い、そして自らの不注意で自殺を許してしまった魔導師“ファクティス”がしていたものと同じなのだ。
(ある意味“当たり”だが……違うな。奴は召喚魔導師ではないし、ましてや死んだ筈だ)
死んだ人間が何らかの誤情報や工作で街中を歩いていたなどという与太話を聞かされたことは何度かあるが、流石に自分の目の前で喉元を捌いた相手が生きていたなどと勘違いするほど自分は狂ってはいないと分かるアルファードは、視線の先にいるのは同じ格好をした別人だと断定した。
更に、アルファードは相手が対処すべき目標ではない事を判断すると、そのまま物音一つ立てず、気配や息すらも殺してその場を迂回し、再び召喚魔導師探索へと移っていた。
本来であるならば、ここで現場指揮兼管制のシャマル主任医務官に念話かインカムを通した通信報告を入れたい所ではあるのだが、生憎と魔力を完全にデバイスのリミッター機能で抑えているために念話は使えず、音を無暗に立てる訳にはいかないので通信すら控えなければならなかった。
枯れ枝や雑草を踏まない様に足元を慎重に動かし、茂みの葉先を揺らさないために上半身を最小限の動きで避けさせ、未だこちらに気づいていない相手の後ろへと容易く回り込む。
今なら絶好の不意打ちを仕掛けられるのだが、アルファードは欲に埋もれずジャミング装置が埋め込まれた1㎞圏内の中心地へと向かっていく……。
心の中で上空から探索をしているリイン空曹長が発見されなければいいがと祈るアルファードであったが、暫く森の中を進み続けると前方150m先に、森林地帯の空白地とも言える広場を発見する。
(……あそこか)
そこは周囲に比べて開けた場所であり、日の光を直に浴びている所であるのだがホテルからは6㎞離れた地点にあるために、図表上はともかくとして、映像を送るサーチャーのマークからは外れても仕方のない位置に存在していた。
実際、質量兵器が手に入りづらいミッドチルダでは防衛拠点から5㎞圏内まで調べられれば十分であるために、今アルファードの視線の先にある地点は意外な穴場となっているのだ……尤も、これがミサイルや戦闘機が飛び交う世界であるのならば30㎞以上は警戒圏内に入れなければならないために、この位置取りはミッドチルダならではと言えなくもない。
(数は二人か……一人は体格的に男であることは確実だが、フードのせいで顔が見えないな。もう一人は子供か)
アルファードが確認した体格差のある二人組は、150m先の広場の更に奥に立っており、すぐ後ろには森林が広がっているため気づかれ逃げ込まれたのであれば、一人での追撃は難しい位置取りとなっており、速攻の奇襲は控えざる負えなかった。
出来る事ならば、交戦を仕掛け今すぐに展開している召喚魔法陣を解かせ、ホテル周辺を防衛している仲間たちの負担を軽減させたいのだが、少女の傍らに立つ大男が持つ独特な臭いと、先程無視して迂回してきた場所にいる敵の存在のせいで、アルファードは二の足を踏み始めていた。
(しかし、あの年齢で6㎞先の地点にピンポイントでの大量転移を行えるとはな……)
フード付のローブを被っている大男の素顔を見る事は出来ないが、長くきめ細かな髪の色と同じ魔力光を放つ召喚魔法陣を足元に展開させている少女を見て、アルファードは思わず胸中で感心してしまう。
自身が所属する機動六課にもキャロ・ル・ルシエという召喚魔導師の少女がいるが、これほどの大規模な魔法を行使していると言うのに表情一つ変えない姿は、どう見ても外見にそぐわない実力を持っている事が伺えた。
魔力ランクでいえば確実にAはオーバーしている能力を持つ少女に、身に着けた傷だらけの手甲やレッグアーマーから熟練の魔導師である事が分かる大男……正直、いま飛び出した所で自分が撃墜されてしまうことは火を見るよりも明らかな事であり、アルファードは右頬に冷や汗が流れるのを感じながらも黙して息を潜めている。
しかし、いつまでも眺めたままではいられないのも確かであり、アルファードは腹ばいの体勢に移り、茂みや木々の影を利用しながらじっくりと、そして静寂に紛れつつ森の広間へと匍匐前進で接近していく。
ジリジリと雑草の生えた土の地面を這っていく中、広場まであと100m付近という所で突然アルファードがハッと後ろへと振り返る。
(……)
地面に近い視点から後方を見るが、そこにはこれまでと変わらない森の風景しか広がっておらず、常人ならば気のせいかと再び前を向き直る場面であったが、アルファードはそうではなかった。
カーキ色の制服と地面が擦れる音を消しつつ、スッと中腰の姿勢になったアルファードは注意深く体も後ろへと振り返らせる……。
時間にして1分ほどだろうか……アルファードがジッと警戒した視線を来た方向に向けていると、どこからともなく女の声が聞こえてきた。
「流石ですね、お父様……この状態でも私の気配を読むとは」
瞬間、アルファードは自身のデバイスのリミッターを空間投影モニターを開かずに「リミッター解除」と音声入力だけで解くと、待機状態にしてあったリングネックレスのアームドデバイス“エクスキューション”のバリアジャケットを再度全身に纏わせる――――同時に彼は、右腕のガンドレッドの肘関節より少し下部分にある収納庫から二発のカートリッジを排出させると、右手付近に炎で形作られた五本のナイフを出現させ、その内の二本を自身の足元に落とした。
「っ!? させません!」
炎で形作られた二本のナイフが地面へと落ちていく中、アルファードの20m程前方から突如として一人の女性が、まるでカメレオンの擬態を解いたかのように姿を現し、その程よい肉付きをした優美な足を一気に走らせた。
刹那、内部から沸騰したようにアルファードが落とした二本のナイフが膨張すると、次の瞬間には地面の土や周囲の植物を吹き飛ばす程の爆炎と爆風を撒き散らした。
何もない場所から浮き出てくる様に現れたと共に足を走らせていた黒の女性は、この一瞬で起きた衝撃に思わず足を止めてしまう。
「逃がしませんよ!」
見た目の割に出力が抑えられていたのか、木の葉を飛ばし木々を焦がす程度の威力しかなかった爆炎が止むと、口元以外の顔を黒いバイザーで隠した女は、その右手に自身のデバイスである太刀を展開させると、既に姿を隠したアルファードの後を追った。
バイザー左の耳元にあるダイヤル式の装置を操作し、自身の視界をサーモグラフィーの様な熱源暗視へと切り替えると、女は自身の仲間である召喚魔導師、ルーテシアの方へと走り始めていたアルファードの姿を確認する。
「私から逃げるために爆発を起こしたと思っていましたが、それを利用してルーテシアの意識の外から接近する戦法でしたか! 勉強になります!」
周囲の暗い青とは違い、赤と緑の熱分布で現されているアルファードの身体は、女から見て2時の方向……つまり、爆発地点から一直線にではなく、斜めに走ったかの様な位置にあった。
これを追いかけようと、女も魔力で全身を強化して足を走らせるが、アルファードは炎の軌跡を残して全力で森の広間へと飛び出し、まだ先ほどの爆発に気を取られていたルーテシアへと接近しようとしていた。
その右手には残りのナイフ“二本”が握られており、女は一刻も早く彼を止めなくてはと自身も森から広間へと出ようとする。
「っ!?」
しかし、ここで女……アインスは致命的な見落としをしていた事に気が付いた。
自身が森から出ようとしていたルートの横にある一本の木の裏――――そこに、熱源暗視で赤に表示されていた一つの物体が刺さっていた事に。
気づいた時にはもう遅く、アインスは咄嗟に太刀の腹を正面に置き、防御魔法である円形のシールドを張るが、瞬く間に目の前の木々や土を吹き飛ばした爆炎は先のものとは比較にならない程の威力があり、彼女の踏ん張っていた足を浮かし、10m程後方へと弾き飛ばしてしまう。
飛ばされた方向に立っていた木々に背中を衝突させ薙ぎ倒し、ようやく足を地面に着けられた時にはアルファードはルーテシアに二本のナイフを投げ込んでいた。
いくら魔法による防御と身体強化で守られていたとはいえ、背中に感じる痛みや横隔膜にダメージを負った事で一時的に呼吸が困難となっていた女は、その光景を目に入れながらも再び立ち上がりアルファードの背中へと足を走らせた――――。
◆(2)
アルファードから引き継いでホテル西側の防衛に回っていたスバルは、肉体や魔力に疲労を感じつつも未だ衰えぬ機動力と打撃力でガジェットを一機、また一機と確実に仕留め続けていた。
後方ではエリオやキャロの二人が守っている北側よりも多い、地元部隊のおよそ30人に近い人員が突如大量に出現したガジェット群に間髪いれない後方射撃を行っており、周囲からは爆発の音が飛び交い続けている。
これだけの乱戦であっても、ウイングロードで陸戦魔導師でありながら空戦もこなしているスバルに対する
「だあああ!」
とはいっても、大きく声を挙げて一機のガジェットに右手に装着されたリボルバーナックルを叩き込んだ彼女も無傷とはいかず、所々焦げた白いバリアジャケットや、ボーイッシュな顔立ちに着いた掠り傷などが痛々しく血を滲ませており、決して一方的な優勢を勝ち取っている訳ではない事を物語っていた。
額に巻いた白い鉢巻を揺らし、両足に装着された“マッハキャリバー”の車輪《ウィル》を走らせ縦横無尽の機動で大型ガジェットも難なく粉砕していく彼女の様は雄々しく、地元部隊の士気も向上させてはいるのだが如何せん数の差は未だ埋められておらず、劣勢に立たされている事には変わりがない。
(シャマル先生の防御魔法でなんとかホテルには損害は無いけど、このままだと押し切られちゃう!)
戦況の傾き具合から何時もは明るい彼女も、徐々にそのポジティブさを失っていくが足は決して止める事は無い……もしも今ここで足を止めてしまったのなら無数のガジェット群の良い的にされてしまうからだ。
いくら後方支援があるとはいえ一人で前衛を張り続けていると、やはり普段からパートナーとしてコンビを組んでいるティアナの有難みが痛いほど分かってしまうのは、彼女が背中に不安を感じている表れともいえるかもしれない。
しかし、不安を感じつつもカプセル型のガジェット一機を叩き壊した、そんな時であった――――。
『スバル!? 右よ!!』
「っ!?」
シャマルのハッとした念話と共に生じた、右側から受けた激しい衝撃――――野生の感とも言える反応と判断で、なんとか頭部への直撃は右腕で側頭部を固めたことによって防げたが、スバルはそのまま不意打ちを受けた衝撃の方向へと吹き飛ばされてしまう。
「あうっ!?」
肺から空気を漏らしながら何とかアスファルトの地面で受け身を取りつつ、一転二転と転がったスバルはすぐさま立ち上がり、先程まで自分がいた方向へと振り返る。
「よく受けましたね。確実に入れたと思ったのですが」
そこには、一人の女性が立っていた。
女性として恵まれた肢体のラインにフィットした黒いウエットスーツの様な衣服に、口元以外の顔を隠す黒いバイザー、多少癖毛はあるが艶のあるショートの黒髪と、両手両足に装着された無骨で鎧の様な近接格闘用のデバイス。
背は自分よりも10㎝は高く、両手足もしなやかに伸びており、格闘技を収めるにあたって非常に理想的な体系をした女性は、足元に転がったスバルが粉砕したガジェットの残骸を軽く蹴ってどかすと、こちらへとバイザー越しの視線を向けてきた。
「初めまして。もう“ドライ”が名乗っているとは思いますが、“ファクティス”の“エンデ”です……自分で名乗っておいてあれですが、敵に自己紹介をするというのは不思議な気分ですね」
「え? あ……はい。私はスバルっていいます?」
若く瑞々しい唇で微笑を浮かべ、自然体でこちらを見ているエンデに、何やら乗せられてしまったのかスバルも右構えを取りながらではあるが、頭を軽く下げて自己紹介を仕返してしまう……しかし、そこに釘を刺すようにシャマルからの念話が届く。
『スバル気を付けて。今の一撃や、こっちの索敵を掻い潜った隠密移動技術……並みの魔導師じゃないわ』
総部隊長八神はやての固有戦力である彼女が、ここまで評価するという事は現状のスバルにとっては非常に危険な相手なのであろうが、もう既に相対してしまった彼女は、構えを取っている両手に汗を滲ませ、目端を吊り上げてエンデと名乗った彼女を見据えた。
「スバルさんですか。覚えました……」
エンデは自身の身にスバルの名を刻むように小さく呟くと、自然体の体勢から突如間合いを詰めるために地面を蹴りだし、相手に接近を果たすと共に鋭い右の前蹴りを腹部めがけて突き刺した。
咄嗟の反応で腹部へと迫る相手の右足を左手で外側へと捌いたスバルは、眼前に晒されたエンデの左脇腹に右のリボルバーナックルを横から突き刺すように叩き込む。
しかし、これはエンデの左前腕に装着されたガンドレッド型のデバイスでブロックされ、鈍くも響く金属による衝突音を残しただけに留まった。
されど、右をブロックされたスバルは切り替えしの左のハイキックを相手の右側頭部に回す。
女性特有の柔軟性とスバルが持つ尋常ではないパワーが乗せられた左ハイキックは、先ほどの右前蹴りを降ろしたばかりのエンデの右側頭部を確実に捉えたかと思ったが、それは先の右のボディ打ちと同じく右腕のブロッキングで防がれてしまっていた……だが、衝撃は伝わっており、太い鈍器でぶん殴られたかのようにエンデの髪が揺れ、その軸を蹴られた方向へと崩していた。
すかさず蹴った足を地面に踏みつけるかの様に降ろしたスバルが、今度こそとリボルバーナックルのシリンダーを回転させカートリッジを一発使用し、相手の防御魔法すら容易く貫く魔力を右拳に込めると、右足を大きく相手の懐へと踏み込ませ、腰の捻転をフルに活用した特大の一撃をエンデの腹部に見舞った。
「ぐっ!?」
スバルの右拳が突き刺さった腹部を基点に、エンデのスレンダーな体が“くの字”に折れ曲がる。
口からは内臓にダメージが伝わった事によって大きく息が吐き出され、少量の唾液も外へと飛び散っていた。
手応えを感じたスバルは、そのまま右拳を引きながら、返しの左フックをエンデの細い顎に打ち放つ……が、それは虚しく空を切ってしまう。
(え?)
自身の左拳が左から右へと、何もないところを殴ったかと思えば目の前にいた筈のエンデの姿が忽然と消えていた――――刹那、スバルの顔正面をエンデの左足の甲が襲う。
「っ!?」
当たったのはスバルの額、彼女はまたしても直感による緊急回避でエンデの足の甲に自身の額を当てさせ、深刻なダメージを多少軽減させることが出来たのだが、そのまま頭部を後ろへと弾かれ、体ごと後方へと蹴り飛ばされてしまう。
すぐ近くの森に立つ木の幹に背中を打ち付けられたスバルは、一瞬膝の力が抜けたことに気づくと全身を気張らせて無理矢理に両足を立たせ、相手がいる方向へとオーソドックスな左構えを取った。
「あれをまともに受けても立てるなんて、貴方は相当なタフさを持っている様ですね」
「えへへ、体だけは頑丈だからね……」
振り抜いていた左足は既に地面に降ろされており、こちらに自然体のまま体の正面を向けているエンデに、スバルはまだ視界が霞みがかっているにも関わらず苦笑した様に強がりを吐く。
蹴られた額からは少量の血が滴り落ちており、巻かれていた鉢巻も既に千切れてどこかへと飛ばされていた。
「ですが、貴女の右も中々に強力でした。もう少し体を起こすのが遅ければ、この顎を捉えられていたかもしれません」
(そっか……今のは私から見て左に逃げただけだったんだ。消えたかと思っちゃったよ)
随分と楽しそうに自身の細い顎を指さすエンデに、スバルは胸中で何が起こったのかを悟っていた。
つまり、こちらの打撃をまともに受け動きを止めていた筈のエンデは、ダメージを受けながらも鋭いサイドステップで相手の死角へと回り込み、そこから左のハイキックを放っていただけなのだ。
これが魔力を使用していない
「ふふ。初めての実戦の相手が、貴女で良かった……」
「え?」
「貴女ほどの直感と反応速度、そして打たれ強さを持った相手には中々巡り会えませんからね。こちらも色々と試し甲斐があると言うものです」
彼女の言動に、スバルは思わず取っていた構えのガードを少しだけ上げてしまう。
その様子を見て取ったエンデも、自然体の状態から左構えを取ると、軽く膝と肩を揺らしてリズムを取り始めた。
「戦場で正々堂々と向き合い戦う場面は、殆ど無いと言って良いでしょうが……そういった場面にも一番対応できる構えとは、当然と言えば当然ですが格闘技なんかでよく見かける“これ”なんです。知ってましたか?」
「……」
注意深く相手の構えと出方を観察しているスバルとは対照的に、新しい玩具で初めて遊ぶ子供のように嬉しそうなエンデは、クールな外見の割に饒舌な様子で喋り続ける。
ふと、エンデが前に置いていた左手をピクリと動かす。
同時に、スバルの両手もピクリと反応する。
「警戒していますね。その構えはシューティング・アーツですか? ミッドチルダでは随分とメジャーな格闘技と聞いています」
ジリッと、相手の前足である左足がスバルとの間合いを半歩詰める。
両者の間に空いた距離は5歩程度のもので、本来なら構え合い警戒する様な距離でもないのだが、魔法戦ともなるとこの距離でも一瞬で間合いを詰められてしまうために、二人の視線は既に間合い地獄の様相を呈していた。
すると案の定、圧力を掛け続けていたエンデが奥足を蹴りだしスバルへと肉薄する。
真正面から突貫してきたために、元々警戒していたスバルは左のジャブで応戦するが、それは彼女が着けるバイザーの左側を掠っただけで容易く躱されてしまう。
ヘッドスリップ……ボクシングなどで使われる、放たれたパンチを頭に滑らせるようにして躱す防御法だ。
その動作は正に最小限と言ってよく、上半身の動きと首の動き、そして膝のバネで相手へと接近しつつも構えを維持できるために、躱しながら即反撃と言う攻防一体のアドバンテージを生み出す。
例に漏れず、エンデがそのまま右のフックをスバルの横顔に打ち込もうと腰を捻った……が、その瞬間、相手の足元から激しい
刹那、左のジャブを引いていたスバルの身体がエンデから見て左側に10m以上は離れてしまう。
激しくもなめらかな軌道の走りでエンデから距離を取り、体勢を立て直したスバルは相手の力量に驚嘆する。
(このエンデって人、私のジャブを一発で見切ってた……こんなの、アル以来だ)
いま打ち込んだ左ジャブは、間合いもタイミングもドンピシャだった筈……本来であるならば、その出会い頭の左は相手の頭部を確実に捉える条件が揃っていたのだが、それをエンデは初見で躱してしまったのだ。
まだ遭遇してから一度も見せていない拳を完璧に躱されたというのもそうだが、もしそれが偶然ではなかった場合、エンデはスバルの
再び構えを取って相手に対する警戒心を高めたスバルは、ここで初めて周囲のガジェットがこちらへと攻撃をしてこない事に気が付いた。
「あぁ、安心してください。周りのガジェットには手出しはさせないように命令を出していますから、邪魔される心配はありませんよ」
この言動で、スバルはようやく思い出せたことがあった。
そういえば彼女と同じ格好をした人物を、ヘリの中で行われたブリーフィングで見たことがあったと……二日前の車両占拠事件で、アルファードと交戦した“ファクティス”という名前の人物で、あの映像の中では黒髪は長く、手には片刃の長剣型デバイスを持っていた。
しかし彼女は既に死亡したと、アルファードが書いた報告書に記載されていた筈で、故にいま目の前にいる彼女は全くの別人であるのは間違いない……だが、同じ格好をし同じ敵勢力と共に行動をしている事から、今回の事件の重要参考人である事は疲弊したスバルでも分かる事だ。
自身が持っている情報を整理し、これから自分がやらなければならない事を理解したスバルは、警戒を緩めることなく相手と対峙しながら、情報をなるべく引き出すために口を開いた。
「エンデ……だったよね。ファクティスって名前じゃなかったんだ」
スバルに距離を取られ、構えを解いて自然体へとなっていたエンデは、その問いかけに首を振った。
「いえ、“ファクティス”は名前です。エンデというのは……そうですね、個体番号の様なものです」
「個体番号……?」
「はい、ですので私の事はエンデと呼んで頂いて結構です。その方が混乱も少ないでしょうし……?」
スバルと対峙していたエンデが、唐突に何かに気づいたように空を見上げ始める。
これに訝しげな視線を送るスバルに、エンデは残念そうにバイザー越しの視線を彼女に戻した。
「非常に残念ですが、どうやら貴女と戦うのはここまでの様です」
「え?」
「目的は達成したという事です。では、また会えたのなら“今度は全力で”闘いましょう」
「あ! 待って!」
そう言い残し、エンデは踵を返して北西へと走り出し、炎の足跡を残して瞬く間に撤退をしてしまった。
一瞬追おうかとも考えたスバルであったが、エンデが走り去るのと同時に周りのガジェットが自身へと熱線を撃ってきた事から頭を切り替え、再度ホテル防衛へと戻る。
エンデという女性はガジェット関連の事件で重要な参考人となり得る魔導師であったが、今の自身の実力ではガジェットを相手にしながら彼女を捕える事など到底不可能だ……ここにティアナが居ればと、パートナーの不在を悔やむスバルであったが、そこに現場指揮兼管制のシャマルから念話が届く。
『大丈夫、スバル?』
『はい、なんとか……すみません。情報を引き出そうと思ったんですが』
『ううん、いいの。それに私こそ謝らなければならないわ。本当はシグナム副隊長を向かわせたかったんだけど、正面の地元部隊が崩れ始めてたから、そっちに手が回せなかった……エンデという魔導師を取り逃がしたのは、現場指揮を執ってる私の責任だからスバルは引き続き防衛に当たって』
『分かりました』
脳内に直接届くシャマルの心配そうな声音と言葉から、彼女が自分を励ましているのだと察したスバルは、ガジェットの猛攻から逃れるために展開したウイングロードに乗り、その上で両頬を両手で叩くと、それだけで気合を入れ直してしまう。
(取り逃がしたのは私の実力不足! だからしょうがない! 今はガジェットの数を一つでも多く減らさないと、ティアナに笑われちゃうから! 気張れ、私!)
頬にある掠り傷から垂れる血や、先ほどのエンデの蹴りで出血した額など関係ないかのように、再び全身に気合と力を巡らせたスバルは、ウイングロードの道をガジェットが固まっている地点へと向けさせると、これまでよりも激しくマッハキャリバーの車輪を駆動させ、猛々しい雄叫びと共に突貫を開始していた。
◆(3)
ホテル東側を防衛ラインから後退してきたヴィータと共に守り続けていたティアナは、戦闘開始の頃と比べると明らかに命中精度が落ち、魔力の消費量も増えていたために発砲する一発一発の魔力弾の威力も目に見えて低下し始めていた。
(クソ! 敵は城塞でも攻めてるつもりなの!)
胸中で悪態を吐きつつも、両手に構えた拳銃型インテリジェントデバイス“クロスミラージュ”の引き金を一心不乱に引き続けるティアナ。
雑草が生えた土の地面に転がったカートリッジバレルは既に15個となっており、彼女が今回の防衛任務にあたる際に持ち込んでいた物は全て使い切ってしまっていた様だ。
されど、それだけの事で射撃魔法を止める訳にはいかず、カートリッジ・システムという魔力増幅の手助け無しに、ティアナは多重弾殻射撃による攻撃を大規模転移されてきたガジェットへと放っていた。
確かに地元部隊からの射撃も本来の練度を見せつけるように激しくなっているし、上空で鉄球を四発ずつ撃ち放ち続けているヴィータも撃墜数を荒稼ぎしているのだが、如何せん転移されてきた機影の数が尋常ではないために皆も消耗を隠せないでいた。
ましてや相手には自律飛行という機動力のある移動法とAMFという魔導師にとって天敵とも言える防御機能もあるために、一発で仕留める事は訓練でも積んでいない限りは難しく、地元部隊の波状射撃とも言える弾幕をもってしても数に対して中々致命的な打撃は与えられないでいる。
(たく、本当に数が多すぎる!)
魔法行使を補助するインテリジェントデバイスの助けを借り、二発の魔力弾に弾殻を張って射出したティアナは、前髪が張り付くほどに汗を掻いた額を拭いながら放った弾丸を誘導制御し、森林地帯の向こう側にあるアスファルトの路面上で浮遊していた一機のガジェットを見事粉砕してみせた。
しかし、彼女の表情は苦しいままで、本来の調子であるならば一発で一機を落とせた筈だったものの、二発分の魔力弾を個別の方向に誘導する程度の集中力が自身に残っていない事に歯噛みをしてしまう。
揺れる銃身、挙げるのも辛くなってきた両腕、魔力の量も底が見え始め、最初の勢いなどもはや忘れてしまったかのように疲弊した心……無意識の内に頭に血を昇らせていた彼女は気づいていないが、これは明らかに序盤からのハイペースな魔力運用が原因であった。
(ここで限界なんて言ってたら、それこそ私は六課のお荷物になる……弱音は吐くな! 前を見て、敵を撃墜する事だけを考えろ!)
己を鼓舞しつつ、再び弾殻を何層にも重ねた魔力弾二発を発砲するが、今度はそれら全てが誘導制御していたにも関わらず一機のガジェットに回避されてしまい、その後方にあった一本の木を破壊すると言う無駄な結果に終わってしまう。
(クソ! クソ、クソ!! なんで当たんないのよ!)
あまりの悔しさに唇を血が滲むほどに噛みしめてしまうティアナ。
この乱戦で一か所に留まる事は危険と知っていても、今の彼女は持ち味の冷静さを欠き始めてしまっていたために足を完全に止めて固定砲台へと成り下がっているのだが、それにすらも気付けていない彼女の様子を見ると、もはや限界の二文字が真後ろにまで迫っている事が傍目からでも理解する事が出来た。
故に、ガジェットを上空から掃討しつつも仲間であるティアナの様子を横目で伺っていたヴィータは、その胸中に自分ではなく彼女に対する警戒心を強めていた。
(そろそろ下げ時か……プライドの高いティアナはすげえ傷つくだろうが、仕方ねえか。死ぬよりかはマシだからな)
ヴィータが自身の目の前に出現させた四発の鉄球をグラーフアイゼンで打ち放ちつつ、そんな事を胸中で呟いていた時、ホテルから随分と離れた場所から何やら黒い物体が急速に接近してくる様を彼女は視界に捉えた。
揺ら揺らと不規則に形を変化させている黒い物体は、ヴィータの視力を凝らせば何か羽の付いた小型の集合体である事が確認できる。
(なんだ、ありゃ……)
ヴィータが眉間に皺を寄せ、訝しむように黒い物体へと視線を向けていると、突如としてその集合体は個々に形を崩し、地上にいたガジェットへと降り注ぎ、衝突すると同時に一つに同化し始めた。
「なっ!?」
ヴィータの童顔が驚愕に染まる。
羽の付いた小型の虫の様な物体と同化したガジェットたちは一様にコスモス色に発光したかと思うと、これまで単純な軌道でホテルへと飛行していた動きが複雑なものとなり、地元部隊から放たれる弾幕をAMFを用いずに全て自前の機動力で回避して見せたのだ。
この現象が単なる偶然のものでは無く、必然的に起こされたものだと一瞬で察知したヴィータは急いでシャマルへとインカム越しの通信を飛ばす。
「こちらスターズ02! シャマル、ティアナの奴を急いで下げろ!」
『え?』
突然のヴィータからの怒鳴り声に戸惑った声を出したシャマルであったが、あちらでも状況を確認できたのか深刻そうな声音が返ってきた。
『どうやら何機かのガジェットがAIによる動きから、何者かの手による遠隔操作に切り替わったみたいね……分かったわ、ティアナを私の所に退避させます。今後スターズ02は単独で地元部隊と連携を取りつつ、敵勢力の掃討に当たってください』
「了解!」
シャマルとの通信を終えたヴィータは、憎たらしそうに口端を吊り上げると中空で停止させていた体を前傾姿勢に倒し、急いで遠隔操作へと切り替わったガジェットがいる方向へと飛行魔法を使って向かっていった。
この状況の変化にも気づかず、地上で殆ど当たらなくなってしまった魔力弾を撃ち続けていたティアナに、シャマルからの通信が入る。
『こちらシャマル、ティアナ聞こえてる?』
「はい……聞こえてます!」
六課の毛色とは違ったアルファードを除けば、普段は新人の中で誰よりも確りとした受け答えの出来る彼女が、苦しそうに行き詰った応答をしたことにシャマルもティアナはもう限界であるという判断を下す……。
『何機かのガジェットが自律飛行から遠隔操作に切り替わったわ。そのせいで戦況はまた苦しくなる……だからティアナ、これは現場指揮官を任された私からの命令です。あなたは下がりなさい』
「っ!?」
この通信内容に、ティアナの切れ長で勝気そうな目が一気に見開く。
しかし、次の瞬間には自身の足元に転移魔法陣が形成され始め、そのまま光に包まれたかと思うと気付いた時にはエントランスホール屋上で指揮を執っていたシャマルの後ろへと転移されていた。
当然納得のいかないティアナは屋上風に髪とバリアジャケットを揺らしつつ、屋上の白いコンクリートの上を駆けシャマルにへと言い寄る。
「……納得がいきません! 私はまだやれます! すぐに戻してください!」
ツーハンドモードのままクロスミラージュを握りしめ、多くの空間投影モニターを展開し、ホテル全域をカバーするほどの防御魔法を行使し続けているシャマルの背中に不服の声を挙げるティアナ。
しかし、その悲痛に感じられた抗議はシャマルの一言で一蹴されてしまう。
「上官命令です。貴女はそこで休んでいなさい」
冷たく言い放たれたシャマルの言葉に、ティアナは一度胸を射抜かれた様な愕然とした顔をすると、握っていたクロスミラージュを待機状態にへと戻し、表情を俯かせてしまう。
「……了解しましたっ」
唇を噛みしめ、掌に爪が食い込み出血を起こす程に両手を強く握りしめたティアナは、そのまま体を震えさせながら黙り込んでしまう……。
その空気を背中で感じ取ったシャマルは、彼女の悔しさを理解しつつもあえて声を掛けずに目の前の事象に対する対応に意識を集中させていた。
冷たいようであるが、今の彼女に優しい言葉を掛けたとしても逆効果になるのは目に見えているし、自分としても現状の対応で手一杯であるために、放置する以外にやってあげられる事は無かったのだ。
そして上官であるシャマルから戦闘続行は不可能の判断を下されたティアナは、情けない自分へ対する怒りで体を震えさせたまま、一人虚しさに打ちひしがれるのであった……。
次でアグスタ編はラスト、エピローグ挟んで次章となります。
かなりごっちゃになってしまった文章ですが、何かあればご指摘ください。
そして前回の感想はとても励みになりました、本当にありがとうございました。