随分とお待たせいたしました、お久しぶりですゲレゲレです。
今回はかなり難産でしたが、所々カットした部分があるために不自然な繋ぎがある可能性がありますが、そこは素人の甘さという事で許していただけると幸いです……が、見つけたのであれば、それを指摘して下さると一番助かります。
森林地帯の空白地とも言える、雑草が生い茂った広場を駆け抜けながらアルファードは右手に持つ二本のナイフを一人の少女へ投げつける。
彼の魔力変換資質により、炎で形作られたナイフは切っ先を真っ直ぐに標的へと向けて、重力の影響を受けながらも事前に付与された加速効果により速度を上げつつ、寸分違わず召喚魔法陣の上に立つ少女の胸へと突き刺さろうとする。
しかし、その二本のナイフは少女が展開している召喚魔法陣の範囲に入る事はなく、その直前で何かに弾かれたように宙へと散らばってしまっていた。
少女の方へと走りつつ、思わず舌打ちをしてしまったアルファードの視線の先には、一人の大男が標的だった相手の前で槍型アームドデバイスを構えて立っており、おそらくは今は静かにこちらへと切っ先を向けているそれで、飛んできた全てのナイフを叩き落としたのであろう。
大男に弾かれた二本のナイフは、そのまま虚しく土の地面に落ちていく……が、ここでアルファードの十八番とも言うべき二段構えの魔法が発動する。
土の地面に落ちた炎で形作られたナイフが、其々内部から沸騰するかのように造形を膨張させると、そのまま周囲一帯を巻き込むような爆炎と爆風が大男と後ろで守られていた少女を襲った。
広間を囲む木々が揺れ、雑草や土の地面が飛び散り、黒煙と土埃を周囲に巻き上げたアルファードの魔法は確実に大男と少女を飲み込んでいた。
故に彼はそのまま黒煙が舞い上がる爆心地へと突貫し、左右のガンドレット型デバイスの収納庫から一発ずつのカートリッジを使用、それを排出口から吐き出させると、右手と左手に一本ずつ炎のナイフを精製し逆手に握らせる。
炎の足跡を残しながら黒煙の中に突っ込んだアルファードは、そのまま土の地面を抉りながら飛び上がり、大男が立っていた場所を大きく飛び越えると、少女がいるであろう地点に落下しながら両手に逆手で持ったナイフを構える。
ザンバラの黒髪を揺らし、黒煙や土埃が舞う中でも瞬きせずに相手へと落下していくアルファードは、遂にその両手のナイフの切っ先を少女の頭上へと振り下ろす……が、それは突如横から入った槍型アームドデバイスの穂先によって阻止されてしまう。
鋭い穂先が自身の左脇を捉える寸前、アルファードは中空で落下しているにも関わらず身を反転させると、その迫ってきた穂先を反転した勢いそのままに、右のナイフで弾くように捌いた。
鋭利な刃物同士が衝突し、火花を散らした甲高い音が周囲に短く響くと、アルファードは落下途中であった体の姿勢を着地体勢へと整え、膝のバネをクッション替わりにして両足を地面に着けると同時に左へと駆け出し、視界の悪い黒煙の中から飛び出した。
着地点に少女の影も形も無かったことから、既に少女は別の場所に逃げていた事を察したアルファードは、失敗した奇襲から頭を切り替え、これから来るであろう相手の反撃に身構える。
同時に、槍型……というより短槍に近い形をしたアームドデバイスを両手で構えた、フード被りの大男もアルファードの正面へと躍り出る。
赤朽ち葉色のローブで身を包み、フードを目深に被って顔すらも隠した大柄な男は、黒煙から飛び出した勢いを、右足を土の地面にめり込ませる程に突きだす事で相殺すると、その足を若干屈ませた後に膝を一気に伸ばして鋭い踏み込みを行い、再びアルファードへと接近、両手で構えていた槍型アームドデバイスの穂先を彼の胸へと迫らせる。
その刺突の速度は本来のアルファードが得意とする相手の攻撃を受けずに戦うスタイルを許してはくれず、彼は思わず両腕のガンドレッドを身体の前でクロスさせると、自身の正面に衝撃を弾くタイプである防御魔法を展開させた。
「っ!?」
だが、敵の穂先はアルファードが張った円形のシールド表面に直撃したかと思うと、それを瞬く間に罅割れさせ、刺突の軌道線上に何も無かったかのように突き破ってきた。
シールドを突破した相手の穂先が、アルファードが胸の前でクロスした両腕の内、右前腕のガンドレッドに突き刺さり、それに蜘蛛の巣状の亀裂を入れさせる……されど、それ以降を貫く事は敵わず、アルファードの肉体を傷つける事は出来なかったが、刺突自体の衝撃だけで彼の身体を10m以上後方にまで吹き飛ばしてしまう。
身体が“ノの字”に仰け反るほどの衝撃を受けたアルファードであったが、脊柱起立筋を中心とした背筋力と臀部の力を総動員させ、全身を強引に弓なりに反らせると、そのまま地面に両足を着地させる。
正面から受けた刺突の威力が強烈だったためか、地面の土を抉りながら更に後方へと下げられたアルファードは、足だけではなく両手に持ったナイフを地面に突き刺す事で何とか後退を停止させる。
「……」
獰猛な獣が威嚇時に見せる前傾姿勢の状態からすぐさま立ち上がって、近接格闘においてオーソドックスな左構えをナイフを逆手に持ちながら取ると、周囲の状況を一瞬で確認するため黒い瞳を2回ほど動かした。
正面には既に自然体となり、右手一本で持った槍型アームドデバイスの穂先を下げた大男が立っており、そのすぐ隣は未だ立ち込める黒煙のせいで中は伺えないが、おそらくは召喚魔導師である少女がまだいる筈だ……アルファードと大男が対峙して5秒ほど経った時、中から件の少女を左腕だけで抱えた黒衣の女が、黒煙を掻き分けながら姿を現した。
「申し訳ありません、騎士ゼスト。本来なら、あなたの助力を借りる訳にはいかなかったのですが」
「構わん。ホテルへの襲撃は兎も角、降りかかる火の粉を払うのは当たり前の事だ」
黒衣の女はそう言って、左腕一本で抱えていたコスモス色の長髪をしている少女を土の地面に降ろすと、右手に持った太刀型アームドデバイスの峰を右肩に乗せ、正面で二本のナイフを逆手に構えるアルファードを見据えた。
アルファードの静かな接近を阻止したと思いきや、失敗には終わったが結果的に召喚魔導師への奇襲を仕掛けさせてしまった黒衣の女は、自責の念に駆られながらも意識を切り替え、目の前の相手に
「ここからは私一人にお任せください。お二人は任務達成後、ここから退却する事をお勧めします」
「そうさせてもらう」
口元以外の顔立ちを黒いバイザーで隠した黒衣の女は、ゼストと呼んだ大男がコスモス色の髪をした少女の肩を抱いて後ろへと下がったのを確認すると、右肩に太刀の峰を乗せたまま二歩ほど前に出る。
女性として恵まれた体のラインを露わにする、ウエットスーツの様な黒い着衣に、この土の地面には不釣り合いなヒール……所々癖毛は目立つが腰まで伸びた艶やかな黒髪に、口元からも分かる白い肌。
背は女性にしては高くはある、しかし、その細腕からは到底持っている得物を自在に振り回せるとは思えない……だが、それは彼女が肩に乗せていた太刀を軽く一振りした事で間違いであったと気付かされる。
右手を下に降ろすついでに振り降ろされた太刀は、刃渡りにして100㎝ちょっとはあるために、正確には大太刀と言っても良いのであろうが、彼女の様な華奢な体をした人間が、一切の乱れを切っ先に見せることなくそれを扱っていると、傍目からでは刀身の重さがどれだけのものなのか判別が付かない。
されど、芸術とも呼べる緩やかな反りに、白銀の輝きを放つ刃と吸い込まれるような黒さを持つ
「では、“お父様”の相手は、この“ファクティス”のアインスが務めさせて頂きます」
右手一本で持った大太刀の切っ先を地に着けることなく、自然体のまま左手で自身の胸に手を当ててアルファードに目礼をするアインスに、彼はジリッと前足である右足の爪先を数ミリ前方へと進ませた。
「ファクティス……またか。二日前に死んだ者とは違うみたいだが?」
どんな攻撃でも迎撃できる程の集中力と警戒心を携えたアルファードは、まだ間合いが10m以上は開いているために、まずは情報を聞き出すための会話を試みた。
以前の相手は、火事場にいるというのにどこか無邪気な人物であったため、口を開けば情報の一つや二つ漏らしていた様なタイプであったが、今度のはどうかとアルファードは相手の性格を見定め始めた。
「アインスは個体番号の様なものです。私たちは個であって全でもある、いえ……正確には全であって個でもある、です」
「訳が分からんな。結局、貴様らはテロリスト集団の内にある、一種のグループの様なものか」
落ち着いた物腰の口調と右手に持つ得物以外は、二日前に交戦した人物と瓜二つの女は、大人びた佇まいであってもアルファードの質問には前の相手と同じく食いついている。
しかし、もともとネゴシエーションは全くの不得手であるアルファードは、随分とザックリとした自身の見解を何の配慮もなしに口に出してしまう……が、アインスと名乗った彼女は特に気にした様子も無く首を左右に振るだけで、機嫌を損ねたという雰囲気は感じられなかった。
「そうとも言いますが、根本が違います。私たちは集団ではありますが、大元を辿れば集団ではなく個人に属すると考えています。尤も、今の“お父様”には理解しがたい事でしょうが……」
「理解する必要性が感じられんな」
「そうですか。まあ、それも仕方のない事です……というより、“お父様”ならそう仰ると思っていましたから」
アルファードの即答に、悲しそうに諦めに似た言葉を口遊んだアインスは、大太刀を右手一本で持ったまま、アルファードとの間合いを散歩でもするかのように詰め始める。
もう彼女は口を噤んでおり、言葉を交わす時間は終わりだとばかりに自身の周りに間合いを形成し、アルファードへとバイザー越しの視線を向けている。
表情は隠れているために窺い知れないが、おそらくは刃物の様に鋭利な眼光が自身に向けられている事を肌で感じ取っていたアルファードは、両足に装着されたレッグアーマー型のデバイスの踝辺りにある収納庫から、其々計4発のカートリッジを使用し、排出口からそれを後ろへと吐き出させ土の地面に転がせる。
使い惜しみはしない……元々、今回の作戦前に前の部隊にいたデバイスマスターから、所持しているカートリッジを全て使い切るように指示は出されていたが、それよりも状況が彼に限界以上の結果を求めているために、残弾数や体力などは気にしていられないのだ。
また目の前のアインスに発見された時既に、自身のデバイスに対して思念操作による救援信号を出させているので、現場管制であるシャマル主任医務官がこれに気づけば、何らかの手段は講じてくれる望みはある……本来であるならばホテル周辺は救援すら出せない程に戦力を動かせない状態なのだが、既に召喚魔導師である少女は魔方陣を展開しておらず、当初の目的は果たせているために、後は時間との駆け引きとなっていた。
一歩、また一歩と、もう10mも無いこちらとの間を歩いてくるアインス。
雑草と土をヒール付の靴で踏みしめながら、ふと、右手に持った大太刀の切っ先を揺らした――――
これに反応したアルファードが、両手に構えた炎のナイフを順手に持ち直す……刹那、正面で大量の土埃を巻き上げたアインスが、右手に持った大太刀を上段に振り被りながらこちらへと飛び上がる。
普通なら、上空に身を置いた相手など防御を捨てた死に体と変わりないために、アルファードも大して脅威には感じないのだが、相手は魔導師であり、更にいえばどんなスキルを持っているのかも分からない敵なのだ。
故に、「おおおおっ!!」と雄叫びを挙げて上空から落下し、そのまま刀身に炎を纏わせて振り下ろしてきた相手の大太刀の刃を、アルファードは順手に持った二本のナイフを十字に重ねて受け止める。
上段の位置で受け止めた相手の大太刀による一刀は、アルファードの両足で踏みしめていた土の地面を円状に凹ませ、腕を上げるために突っ張った三角筋や三頭筋を軋ませた。
あまりの威力と重さにアルファードの背骨が徐々に曲がっていくが、彼は受け止めきれないと察すると共にカートリッジを使用して強化していた両足を使って、二本のナイフで止めた大太刀の軌道を逸らしながら全力で左真横へと体を移す。
瞬間、先ほどまで彼のいた位置から少し逸れた地点に、アインスの大太刀が振り下ろされ、地面に迫撃砲を直撃させたかのような大量の土砂を上空へと舞い上がらせた。
「そこっ!」
アインスは軌道を逸らされ地面に叩きつけられた大太刀の刃を右手一本で返し、アルファードが逃げた方向へと右足で踏み込みながら、左下から右上へと逆袈裟斬りで切り上げる。
この右斜め下から迫る刃に対し、アルファードは右手に持っていたナイフのエッジを向けると、そのバックにナイフを握ったままのもう片方の左手を乗せた。
大太刀の刃と、炎で形作られたナイフのエッジが衝突すると、周囲に甲高い金属音を響かせ、足元に生えた無数の雑草を激しく揺らさせた。
アルファードの両腕とアインスの右腕が競り合いによって震えるが、その拮抗はアルファードが空いていた左肩を相手の体の正面に目がけて当てた事で崩れる事になる。
大太刀を持っていた右腕の肘ごと体の正面を押し込まれてしまったアインスは、踏み込んで前に出していた右足を一歩後ろへと下げさせられると、前に突っ込んできたアルファードと体を入れ替え、再び競り合いへと持ち込もうと相手の左側へと回り込む……が、その動きを読んでいたアルファードは左手に握っていた炎のナイフを相手の腹部に刺すのではなく、掌で殴りつけるようにして押し当てた。
アインスの細く引き締まった右の脇腹にアルファードの掌底がナイフ越しに突き刺さる。
(これはっ!?)
ナイフのエッジで斬り付けるでもなく、切っ先で突き刺すでもないアルファードの掌底にバリアジャケットを抜かれ、その衝撃で内臓を圧迫されたアインスは一瞬息を止めてしまうが、その本当の意図を察知した瞬間、これまで遊ばせていた“左手”を自身の右脇腹に押し当てられた彼の左手首にへと伸ばし、それを握り潰す様に“掴んだ”。
途端、競り合いから脱しかけた筈の両者の動きが止まり、意味深な膠着状態へと陥ってしまうが――――。
「っ!?」
須臾の間で異変に気付いたアルファードの両目が驚愕に見開かれる。
何故ならばアインスに掴まれた左手に握られていた、炎で形作られたナイフが蒸発するかの様に形を崩し、そして遂にはただの魔素となって周囲に昇華してしまったからだ。
別に起爆したわけでも、集束状態を解消させた訳でもない……全く彼の意思に関係なく、彼の魔法が解除されてしまったのだ。
「驚かれましたか? これは“ファクティス”の中でも“アインス”の個体番号を持つ私だけが扱える
尤も、意識をしていなければ自分の魔力の流れすらも触った瞬間に断ってしまうのですけどね――――と付け加えたアインスは、バイザー越しの顔を目の前で競り合うアルファードへと近づけさせる。
眼に掛からない程度に伸びたザンバラな黒髪に、鷹を思わせる凛々しくも獰猛な切れ長な目、程よく整った輪郭に、確りと筋の通った鼻は傍目から見ても二枚目と呼べるものであった。
大太刀の刃と炎のナイフのエッジを擦らせている最中、奥歯を噛みしめながらも“お父様”と呼ぶ相手をじっくり観察するアインス。
魔力の流れを遮断する左手で彼の左手首を拘束し、大太刀の重さと魔力で強化された自身の腕力で相手の炎のナイフと右手の動きを止めている彼女は、そうして相手を観察している内に徐に口端を吊り上げた。
「二日前に“お父様”と戦った“ドライ”の記憶を通して見てはいましたが、近くで見ると私たちは眉毛や鼻筋は“お父様似”なのですね」
「……なんの話だっ!」
上下の歯が震える程に噛み合わせ、身体強化の魔法を掛けている両足で相手から掛かる圧力に耐えるアルファードは、アインスが嬉しそうに漏らした言葉に眉間に皺を寄せ反応する。
「そのままの意味です、“お父様”……」
魔力の流れを遮断された左手首は、魔力強化された相手の握力で圧迫されているために既に力は入らず、実質的にナイフで鍔迫り合いをしている右腕のみで正面からの重さに耐えていたアルファードであったが、アインスが徐々に大太刀に掛ける力と魔力を増やしていくと、彼の重心が後ろへと一歩後ずさった。
こちらも右腕のみではなく背中や腰、臀部に足にと魔力による身体強化を行っているのだが、どうやら相手の方が出力は上手だったらしく、単純な力比べでは利は向こうにある様であった。
「私たち“ファクティス”は“お父様”の遺伝子と、優れた魔導師であり
「それがどうしたっ!」
震えるナイフのエッジと相手の大太刀の刃が火花を散らし頬に熱をぶつけてくるが、アルファードはそれよりもアインスから出てきた言葉に表情を歪ませる。
「お父様には知って欲しいのです……私たち“ファクティス”が、どんな思いで貴方の姿を見ているのかを」
言い終えると共に、アインスは右腕一本で扱っている大太刀でアルファードをナイフごと切り払い、彼の体を一気に後退させる。
レッグアーマーが装着された両足を地面に擦らせながら、何とか後退を止めたアルファードは、左手に魔力が流れていくのを感じると再びアインスへとオーソドックスな左構えを取る。
構えの先端となる右手に炎のナイフを握りしめ、それを逆手に構えると、正面にいたアインスは大太刀の峰を右肩に乗せ、口元以外の表情を隠していた黒いバイザーを解除し、こちらに素顔を晒した。
「この顔は覚えていますね?」
黒いバイザーを――――どういう操作でやったのかは分からないが――――カチューシャの様に縮小化させると、そこにはアルファードが二日前に遭遇した敵魔導師と全く同じ顔立ちがあった。
細く整えられた眉の下で妖艶な光を宿す切れ長な瞳、確りと筋の通った鼻と、透き通るような白い肌にマッチした瑞々しい唇が異性の心を焚き付けるが、目の前のアルファードには警戒心と懐疑心しか抱かせはしなかった……むしろ、死んだはずのファクティスと身体的特徴のみならず顔立ちまで同一であるアインスに、嫌悪感すら覚えていた。
「私たちは簡単に言えば、お父様とお母様の間に産まれた子供のクローン体の様なものです。ですが、それだけでは身体的特徴を一致させ、其々の記憶や経験を並列化させる事は出来ません」
「……」
「詳しい仕組みはDrに口止めをされているので、私からは申し上げられません。ですが、これだけは知っていてほしいのです……私達は皆、お父様の事を本当の肉親の様に思っている事を」
魔力の流れを遮断する左手を胸に当て、切に願うようにアルファードへと自らの思いを発露するアインス……しかし、対峙している自分たちにとって父と呼べる人物は、彼女の事を敵としか見ていない。
いや、むしろ知らぬ間に作られた自身の肉親という存在に、本人の意思とは関係無にどす黒い憎悪を心の内に渦巻かせ始めていた。
故に、彼は彼女の思いを切り捨てるように口を開いた……それも、彼にしては珍しく感情の籠った声音で。
「貴様の戯言などには興味は無い。俺の知らぬ所で産まれようとも、管理局に敵対するのであれば貴様は所詮テロリストでしかない」
「……そう仰ると思っていました」
アルファードの言葉を聞き入れたアインスは、顔を俯かせ、前髪で表情に陰りを作ると右肩に担いでいた大太刀を右手一本で正眼に構えた。
「皆も、お父様が私たちを素直に受け入れてくれるとは思っていませんでしたからね。そのせいか、其々でどう貴方に自分たちが存在している事を受け入れさせるか、色々と試行錯誤している所ですし」
緩やかに湾曲した大太刀の切っ先を間合いの外側にいるアルファードの額に向けたアインスは、そこで言葉を区切ると地を踏み出し正面へと駆けだした。
大物を得物とする相手に対して助走と遠心力を与えては不利になると判断したアルファードも、両足の踝辺りにある収納庫から計2発のカートリッジを使用すると、接近してくるアインスに対して引き絞った弓矢を放したかの様な突貫を仕掛ける。
両者の間に開いていた空間は瞬きよりも早く詰められ、再び大太刀の刃とナイフのエッジを激突させる。
激しい金属音が混ざった衝撃に、アインスの長く癖毛の目立つ黒髪や、周囲にあった様々な雑草などが揺らされるが、次の瞬間にはアルファードが右手に握っていたナイフが内部から破裂し、森を揺るがす程の爆炎が再び舞い上がった。
黒煙が視界を支配する中、至近距離からの爆撃を大太刀の刃を通して張ったシールドで防いだアインスは、まるで示し合せたかのような反応で左掌を左側へと翳し、こちらの左側頭部目がけて飛んできたアルファードの左腕を掴み取った。
飛来したアルファードの拳は彼女の米神を捉える寸前で止められ、その拳面に付与されていた集束魔法も例の特殊技能で一気に霧散してしまう。
「ちっ!?」
左の肘関節を魔力の流れを遮断する相手の左手で鷲掴みにされてしまったアルファードは、思わず悪態をつく様に舌打ちをするが、続く左の前蹴りをアインスの身体の奥、大太刀を持った右手の手首へと蹴り込んだ。
カートリッジで強化された彼の左足には魔力変換資質によって体現された炎が纏わされており、その爪先を力点とした蹴り出しの速度も常人では確認すら出来ない程のスピードを秘めていた。
アインスの細い右手首に魔力が集束されている爪先が突き刺さる……が、その一撃は彼女のバリアジャケットの防御力を上回る事は出来ず、その右腕を大きく後方へと弾いただけに留まっていた。
常ならば魔力を集束させた彼の打撃は、どんな魔導師であろうとバリアジャケット程度の防御力は容易く抜ける威力がある筈だった……が、気づけばアルファードの蹴り足である左太腿に、今しがたまでこちらの左肘関節を鷲掴みにしていたアインスの左手が添えられていた。
相手の魔力が込められた前蹴りを当たり前の様に無力化したアインスは、右腕を弾かれた勢いを利用し、そのまま大降りに振り被った右の大太刀を左側で蹴り足を引いたアルファードへと叩き下ろす。
全身を捻り込んでまで降ろされた稲光の様な一刀が、アルファードの脳天をかち割らんと一息で落下していくも、両断したのはまたしても土の地面であり、アインスは大量の土砂を眼前に撒き散らしてしまう。
瞬間――――視界を黒々とした土に覆われたアインスの右米神に、弾丸よりも鋭い膝蹴りが突如として叩き込まれる。
高速で飛来してきた鉄球が激突したかの様な衝撃が、体全体を薄皮一枚で覆っていたフィールド系の防御魔法を今度こそ貫き、アインスは頭部を蹴られた方向へと弾き飛ばされてしまう。
意識は何とか保てたが、首を強引に伸ばされたことにより体は左側へと傾いてしまう……しかし、彼女は衝撃を受けた方向に振り返りながら追撃は許さんと、その右手に持った大太刀を横薙ぎに振り放つ。
剣圧が咄嗟に上半身だけを屈ませたアルファードの背中や髪の毛に掛かるが、彼はその大振りな横薙ぎの隙を突いて一気にアインスの懐へと肉薄すると、その右拳に球体の魔力を集束させ、それを相手の胸骨付近へと真っ直ぐに突き放った。
右腕で振り抜いたために刹那の間ではあったが体の正面を彼に晒してしまっていたアインスは、その自身の胸に突き刺さった彼の拳の威力によって背中にまで衝撃を感じると、大量の空気を吐き出して細い顎を無理矢理下げさせられてしまう。
更に、アルファードは前足の左と奥足の右を地面に固定させるように踏ん張ると、拳に集束されていた魔力球を内部から破裂させ衝撃波を生み出し、彼女の体を後方へと吹き飛ばした。
反動でアルファードの右腕も肩より後ろへと弾かれ、地面に踏ん張っていた踵も土を盛り上げながら数㎝位置をずらすが、その衝撃を直に受けたアインスは持っていた大太刀を手放し、そのまま彼から大分離れた地点に身を打ち付け、数回体を転がしながら土の地面に倒れ込んだ。
手応えはあった……しかし、それだけで安心するほど彼は甘くは無く、すぐさま両腕のガンドレッドに収納されていた残り全てのカートリッジを使用すると、ガンドレッドの装甲を展開させ、そこから余剰魔力の炎を推進剤の様に噴出させ始めた。
そして左右のレッグアーマーの収納庫から其々一発ずつカートリッジを使用すると、彼は両足に魔力による再強化を施し、前方でまだ立ち上がれていないアインスへと突貫する。
装甲が展開された両腕のガンドレッドから炎の残照が後ろへと尾を引く中、彼は地面を蹴り抜きながら倒れ伏せる彼女へと接近し、振り下ろしの右をうつ伏せになっている相手の背骨へと落下させた。
しかし、アルファードの拳が砕いたのは彼女がうつ伏せで寝ていた土の地面であり、既にそこには気を失っていた筈のアインスの姿は無く、彼の打撃の衝撃で発生した火山の噴火の様な土砂が視界を覆い尽くすのみであった……が、彼は確りと寝ていた筈のアインスがどこへ消えたのかを、その常人よりも遥かに優れた動体視力で捉えていた――――故に。
「っ!?」
自身の右米神に蹴り込まれたアインスの左の膝を、地面を抉った右拳とは反対の左手で受け止め、その直撃を寸での所で阻止していた。
相手が保有し運用できる魔力量はこちらを凌駕しているために、この一撃を掌で防いだとは言っても、事前にカートリッジを使用してデバイス機能の限界を引き出していなければ、とてもではないが片手で凌げる威力では無かったが、止めてしまえばどんな結果も過程に過ぎなくなるのが戦いというものだ。
それを理解していなかったアインスは切れ長な眼を見開き、一瞬であるが動きを止めてしまうが、アルファードは驚く彼女に対して振り向き際のタックルを喰らわせる。
肩でぶつかるというよりも相手の両足を両腕で捉え、細い胴体に突き刺さる様なタックルに、アインスは思わず後ろへとバランスを崩し、その後頭部を地面に叩きつけてしまう。
魔法戦ではあまりにも珍しいグラウンドへと持ち込んだアルファードは、寝技に慣れない彼女の腹部に容易く腰を乗せ馬乗りの体勢になると、そのまま右肘を相手の華奢な喉元に押し込み、左手は魔力を行使できる右手の手首を押さえ込んだ。
「お前がどんな存在かなどには興味は無いが、今度こそ自殺などはさせないように拘束させてもらう」
「がっ!」
下手に喋ったり口を閉じたり出来ぬように喉元を圧迫させれたアインスは、なんとかマウントの体勢から脱しようと暴れるが、腹部に圧し掛かったアルファードの腰が想像以上に重かったために、足をジタバタとさせる事ぐらいしか出来ないでいた。
その様子を確認し、アルファードは視線を彼女から外すと、こちらの戦闘に巻き込まれないような位置で静かに立っていた大男と少女の方へと顔を向ける。
どういう訳か、彼らは味方であるアインスが押さえ付けられた状態に陥っても、行動を起こす素振りを見せないでいた。
「貴様らも下手な手出しはするなよ? その場合はコイツを殺して、二人の内どちらかを拘束させてもらう」
アルファードにとっては、敵魔導師のうち一人でも逮捕する事が出来れば、そこから様々な情報を引き出せると考えていたために、この脅しもあながちハッタリでは無かったのだが、内心では効果は薄いだろうなと悟っている……大体、助ける気があるのであれば、こうなる前に大男が自分を撃墜している筈だし、それだけの実力が相手にはあったのだ。
それが無いという事は、今こちらで拘束しているアインスという女と、あちらの二人は其々別の心理で動いている可能性が高い――――故に、アルファードはアインスの首と両足、そして左手と右手を自身が出来うる限りの精度で精製したバインドで拘束すると、彼女の腹部から腰を上げ、こちらをただ眺めている二人へと自然体ではあるが臨戦態勢を取った。
(こちらライトニング05。リイン曹長、応答願います)
アインスの魔力遮断がある左手を左足で踏みつけながら、二人へ油断の無い視線を向けているアルファードは、早速念話での通信を近くにいるであろうリイン曹長に飛ばし始めた。
『はい、聞こえているです! シャマルに状況を伝えたら、なのは隊長を出してくれたので、もうすぐ到着する筈です』
返答は思ったよりも早く帰ってきた。
どうやら、リインも戦闘が始まった際に近くの森で待機していたらしく、魔力反応を軽く探ってみればすぐに位置は特定できる場所にいた……あの小さな体で随分とリスキーな位置取りをするとアルファードは感心するが、彼は場所を探ったとしてもそちらに視線を向ける事は無かった。
彼女がいたのは、こちらを眺めている二人組の更に奥にある森の木の陰で、木の葉と木の葉の隙間から肉眼でこちらの様子を伺っていた。
(具体的な到着時間は?)
なるだけ彼女の居場所が勘付かれない様に相手を見据えたまま念話を続けるアルファードは、カートリッジの消費無しに左手に一本のナイフを出現させる。
『私が救援をお願いした後すぐに出た様なので、あと2分もあれば、なのは隊長はこちらを確実な射程内に収められるはずです』
リインの言葉を聞いて、ホテル周辺のガジェット進攻はどうやら収まりつつあるのだなと言外に理解したアルファードは、自身がやり遂げた功績に少しだけ高揚感を感じつつも、気を緩めぬように眉間を更に険しくさせた。
(了解)
念話越しの相手に自らの気持ちの変化を悟られぬように短く答えると、アルファードはリインとの念話を切り、正面の危機に対して集中力を傾ける。
大男と少女に未だ動きは無い……不気味なほどに、こちらの様子を伺っている雰囲気も見られない。
見捨てるのか、それとも油断を誘っているのか。
どちらにしても判断の付かないアルファードは、アインスの左手を踏みつけていた左足を少しだけ浮かし、それを彼女の前腕へと叩きつける。
レッグアーマーの底と、彼女のバリアジャケットが衝突する鈍い音が響き渡り、アインスの「ぐうっ!」という痛みに耐える声が下から聞こえてきた。
骨を折るほどの力は籠めていないが、これも一種の警告だ。
「貴様もおかしな真似をすれば、この左腕だけでは済まさんぞ。いいな?」
「ふふ……構いませんよ」
地面に拘束魔法であるバインドで張り付けられているアインスは、自嘲めいた笑みを浮かべながらアルファードの言葉に答えた。
その表情にはまだ余裕が感じられ、拘束されたとは言っても何か脱出する当てがある様にも思えたが、殺すことよりも逮捕する事が目的のアルファードに、これ以上の手は下せないため一先ずは置いておく他なかった。
視線を二人へと戻し、さてどうするかと思考を巡らせる。
(こちらに二人を相手にする余力など無い……すでに両腕のカートリッジは空で、両足のカートリッジもあと二発ずつ。これではゼストと呼ばれていた大男の方を相手にすれば、30秒も持たないかもしれん)
余剰魔力を吐き出すために装甲を展開させていた両腕のガンドレッドは、既に展開していた装甲も収納され、そこに集束されていた魔力も霧散してしまっているために強力な一撃を放つことは出来なくなっており、両足についても後数回ぐらいしか相手の防御魔法を破る打撃は撃てない状態だ。
グラウンドも交えた、確実性を求めた一見地味な攻防ではあったが、それだけに見えない所では自身の限界に近い魔力運用を行っていたために、消費した部分もかなり大きかった様だ。
尤も、この守り側からの奇襲作戦を決行する前から大量のガジェットと交戦していたために、その時点から魔力量というのは消費されていた訳だが……。
だがあと2分――――それだけ場を持たせることが出来れば、戦局を一人で変えられる可能性を秘めたエース・オブ・エースが援軍として来てくれる。
単騎とはいえ、これほど心強い戦力は中々無いと言えよう。
(という事は、この2分が勝負か……)
故に、彼はこの硬直状態を2分間継続させる決断をする。
拘束中ではあるがまだ余力のある敵を餌にして、相手を撤退させずに時間を稼ぐ。
その全てを熟すなど現実的ではないが、アルファードはとにかく足元のアインスだけは確保し続けたいと考えていた……。
「全員デバイスの展開を解除しろ。抵抗は無駄だ、これより2分以内にホテル側から増援が来る。転移魔法で逃走を図ろうとも、直後であればどのみち足が付いて貴様らでは逃げ切れまい」
「……」
無言でアルファードの事を見る大男と、彼の右袖を左手で掴みながら拘束されているアインスに視線を向ける少女。
少女の方は人形の様に冷たい無表情ではあるが、敵であるアルファードを見ずに目をアインスに固定させているあたり、内心では味方である彼女が心配である事が伺える。
(ゼストという男はともなく、女の方は少なくとも足止めぐらいは出来そうか?)
こちらの状況的に遠距離型の彼女を相手にするのも難しい所ではあるが、人質に対して心理面が傾いてくれているのなら話は早い。
アルファードは思い立つと共に、左手に持っていた炎のナイフを下に落とし、仰向けに拘束されているアインスの左耳付近の地面にそれを突き立たせた。
ドスッと言う土を貫く刃物の音と共に突き立てられた、アルファードの思念的な遠隔操作により爆弾としても使用できる炎のナイフを横目で見て、アインスは自身の左前腕を踏みつけている彼に見られない様に、不敵に口端を吊り上げていた……。
「このナイフがどういう物なのかは既に理解している筈だ。貴様らのどちらかが不穏な動きを取れば、こいつの頭は吹き飛ぶぞ。さあ。早くデバイスの展開を解除するんだ!」
この管理局員というよりも、テロリストに近い脅迫をするアルファードに、少女の体がピクリと反応する。
いける、女の方はまだ子供だ……と、彼がそう確信した時であった。
「間近でじっくりと観察する機会がなかったので、真似は出来なかったのですが……なるほど、こうなっていたのですね」
足元から聞こえてくる、アインスの感心したような声にアルファードが視線だけを下に降ろす。
彼女は自身の左耳に掠りそうな位置にあった彼の炎のナイフに瞳孔だけを向けており、そのハンドル部分や内部に集束されている魔法的な構造などを肉眼で観察していた。
これに拙いと直感で察したアルファードは、すぐさま彼女の左前腕を踏んでいた左足を浮かせると、相手の前腕の骨を折るために、一切の迷いなくその靴底をアインスの細い左前腕に叩きつけた。
瞬間、乾いた枝が折れた様な生々しい音が周囲に響き渡るが、彼女は一言も悲鳴を漏らすことなく右手を拘束していたバインドを魔力強化された筋力のみで引き千切ると、続いて右足に纏わりついていたバインドも同じ要領で解除してしまった。
立て続けの行動はアルファードが事を起こすよりも早く、彼はすぐさまその場から飛び去り、相手の左耳付近に突き立てていたナイフを起爆させようと思念を飛ばす――――が、彼が爆発に巻き込まれない位置まで下がっている間に、彼女は左手以外のバインドを全て力付くで剥がし終えており、最後の左手のバインドは右手で引っぺがす様にして無効化させていた。
そして、アインスは前腕が折れている左手を右手で支えながら、立ち上がった足元に突き立てられていた炎のナイフを左掌で触れ、それをただの魔素へと分解させてしまう。
「ちっ!」
起爆を阻止され、思わず舌打ちをしてしまったアルファードであったが、レッグアーマーの両踝辺りにある収納庫から残り全てのカートリッジを使用して、腹部より下に炎を纏わせると、先ほどの両ガンドレッドと同様に脹脛の位置にある装甲をスラスターの様に展開させ、そこから余剰魔力を噴出させて爆発的なダッシュ力を生み出す。
視線の先では前腕が折れた左腕をだらりと垂らして立つアインスが、猛烈な踏込で肉薄しようとしているこちらへと冷や汗が滲んだ顔を向けている。
左前腕を踏み抜かれ、骨を折られた際には悲鳴一つ上げなかった彼女であったが、その表情からは明らかな苦悶が感じられた。
状況は僅かながらに有利と判断したアルファードは、中途半端な思考は全て放棄し、既に得物も持っていない無手となった彼女の体を自身の間合いに入れ、右足に一際激しい炎を纏わせて舞わせる。
『Flame Execution』
アルファードのデバイスが機械的な男性の声音を発すると共に、彼の右廻し蹴りがアインスの左側頭部を刈り取る様に振り抜かれた。
魔力で身体的能力を底上げし、装甲をスラスターの様に展開させたデバイスの補助も付随された彼の蹴りは、単純な目視では第三者からでも視認できない程の速度を誇っており、また防御魔法などのシールドも砕ける威力を誇っていたのだが、彼女はこれを上半身を後ろへと反らすだけで躱して見せた。
彼女の前髪の先端に、アルファードの炎の残照が掠りかけるが、結局なんのダメージも生み出さないまま虚しく空を切ってしまう。
しかしアルファードも、なんの“仕込み”も無しにハイキックの様な大技が当たるとは考えていなかったらしく、振り抜き一回転した勢いの最中、左の後ろ廻し蹴りをアインスの左米神へと蹴り込んだ。
軸足を変え、それをスライドさせながら台風の回転の様に蹴りを放ったアルファードであったが、この後ろ廻し蹴りの踵はアインスが咄嗟に右手で張ったシールドで防御をさてしまう……しかし、彼の打撃はもともと貫通力の高い性質を持っているために、その緊急展開した様な薄いシールドはガラス細工の様に砕け散ってしまった。
されど踵の動きを一瞬ではあるが止める事には成功していたために、アインスはまたしても上半身を反らすスウェーバックで彼の蹴り足を躱しきっていた。
2段構えの蹴りを躱されたアルファードであったが、左周りの回転から再びアインスへと正面を晒したかと、全身を鞭の様に撓らせて右の中段蹴りを相手の左前腕へと蹴り放った。
スウェーバックの体勢から戻ったばかりのアインスは、これをまともに貰ってしまう。
「あぐっ!?」
声にならない悲鳴が口から洩れると共に、アインスの折れた左前腕がアルファードの全力の蹴りによって針金の様に拉げると、彼の蹴りはそのまま彼女の体を蹴った方向へと蹴り飛ばした。
相手を自身から見て左へと蹴り飛ばしたアルファードは、すかさず体勢を立て直す暇を与えぬとばかりに、両脹脛辺りの装甲を展開して出現させたスラスターから余剰魔力を推進剤として噴出させ、弾丸よりも素早い突貫を地面に転がったアインスへと仕掛ける。
この接近に気付いたアインスが左腕の痛みに耐えながら立ち上がったと同時に、アルファードは自身の肉体の限界を超えた突進力でもって相手へと肉薄し、左の飛び膝蹴りを彼女の顔面へと突き刺そうとする……が、それもアインスは全身を後ろへと反り返らせ、アクロバティックな片手後方倒立回転でアルファードの大砲の様な飛び膝蹴りを寸での所で躱しきったのだった。
彼女を飛び越え、土の地面を抉って着地し、振り返りながら再び一撃を与えようと接近を試みるアルファードであったが――――。
「っ!?」
次の瞬間に彼女の右手に握られていた“得物”を見て、彼は即座に左足をつっかえ棒の様に地面にめり込ませ、相手の左手側へと回り込もうとする。
しかし、それよりも速く彼女の右手に握られていた“得物”は振り下ろされ、アルファードは足を止めそれを受け止めざる負えなかった。
ガンドレッドを装備した両前腕の外側をクロスさせ、その中心で振り下ろされた“刃”を受け止めたアルファードは、自身の眼前に迫った相手の“得物”を忌々しそうに睨みつける。
「自分の魔法が自分に返ってくるというのはっ、一体どういう気持ちになるのですか、お父様……」
額どころか全身に冷や汗を流し、これまでの様な余裕を表情から消し去った彼女が右手に精製した“得物”……それは、緩やかに湾曲している刀身の中に、激しく燃え上がる炎が完璧に集束された、アルファードが使用していた炎のナイフと同系統の魔法で作られた大太刀であった。
「悪趣味だっ……!」
自らが得意とする十八番を簡単に真似された事にではなく、その危険性と汎用性を知っているために苦虫を潰したかのように奥歯を噛みしめたアルファードは、接近戦を望んでいたにも関わらず、この距離は拙いと受け止めていた相手の刃をいなす為に体を動かそうとする……が、その時であった。
「っ!?」
刹那、アルファードの両足首にコスモスの色をした鎖型のバインドが地面から伸びて巻き付けられ、それに釣られて視線を落としたタイミングを見計らってか、両腕や首にも鎖型の拘束魔法が伸びてきて彼の身動きを封じてしまったのだ。
「ルーテシア?」
四肢と首を拘束され、容易く無力化されてしまったアルファードを眼前で見ていたアインスは、意外そうな面持ちで戦闘に巻き込まれない様な場所に立っていた少女に視線を移す。
華奢で儚げな容姿をしたルーテシアは、足元に自身の髪と同じ色をした魔方陣を展開させながら、こちらへと無機質な表情を向けていたのだが、ぽつりと呟くようにアインスへと口を開いた。
「Drが欲しがってた物はガリュウが回収して、合流地点にまで運び終えたみたいだから、アインスも一緒に撤退する」
「……エンデは?」
「エンデも、ちょっと前からガリュウと一緒にいるって」
「そう、でも少しだけ待って頂戴」
無表情というより、本当に自我があるのかも分からないルーテシアと話していたアインスは、左前腕が完全に折れているにも関わらず、それを御くびにも出さずに優しげな笑みを見せるとアルファードへと向き直る。
向き直った彼女の眼には歓喜とも悲哀とも取れる、不安定な光が揺れており、表情はルーテシアに見せていたものとは違い、他者の心を凍らせる様な冷たい微笑を浮かべていた。
「ちっ!?」
ルーテシアの拘束魔法により、もはや肉の像と化したアルファードから、炎で形作った大太刀を引いたアインスは、それを右手一本でゆらりと上段に構えると、相手の背筋どころか五臓六腑にまで悪寒を走らせる冷たい瞳を、目の前の父と呼ぶ男へと向けた。
アルファードは何とかルーテシアの鎖から逃れようと四肢に力を籠めて抵抗する……が、それに反応した拘束魔法が特性を発揮し、彼の肉体を地面に引きずり込むかのように後ろへと引っ張り始めた。
これによりアルファードは立ってはいるものの、先ほどまで上段で両腕を十字に重ねていた体勢から、無理矢理に四肢を大の字に伸ばされ、敵に無防備な正面を晒してしまう。
「良い格好ですね。これなら手元が狂う心配もありません」
「ぐぅっ!」
鎖を引き千切るために首にまで力を入れていたアルファードは、その拘束魔法が喉仏や頸動脈まで締め付けてきているのを感じ、思わず口端から少量の唾を漏らしてしまうが、それでもなお体に残った魔力を総動員して何とか脱出しようと足掻き続ける。
しかし、彼の抵抗もそこまでであった……。
「……!?」
「おや」
突然、全身の筋肉と言う筋肉から力が抜け、更には今まで肉体を強化していた魔力の付与まで、汗が蒸発するかのように周辺へと霧散してしまったのだ――――これは、と、アルファードが状況を理解した時にはもはや手遅れであった。
「魔力枯渇ですか。デバイスの
「……」
これまでは戦闘時による興奮状態で何とか疲労は誤魔化せていたが、拘束され動きと自由を奪われたと脳が認識してしまった途端に、遂に肉体とリンカーコアが限界を迎えてしまったのだ。
新人が犯すようなミスをしてしまうとは、なんとも無様な事か……しかしアルファードの眼は、そのような悲観には染まっておらず、ただジッとアインスの顔を鋭い眼光で見つめていた。
「見たところカートリッジも全て使っている様ですし、これ以上の魔法戦は不可能と言って良いでしょう。ならば……」
アインスが右手一本で上段に振り上げていた大太刀の切っ先を、アルファードの右肩の付け根へと突きつける。
「私と言う存在を、“お父様”に刻ませて頂きます」
「つっ!?」
突き付けられた大太刀の切っ先が、およそ2㎝ほどアルファードの右肩の付け根辺りの大胸筋にゆっくりと刺さって行く……六課新人フォワードのパーソナルカラーである白いバリアジャケットを紙の様に貫通し、彼の肉を裂いた炎の大太刀の切っ先は、その刀身の周りに接触した皮膚や肉、そして血管を焼きながら動き出す。
右肩から左の脇腹へとなぞる様に斬り付けられたアルファードは、その焼ける様な痛みと血が沸騰する様な熱さから奥歯を噛みしめ、声にならない声を唸らせながら相手を睨み続ける。
額に滲む汗、引き絞る様に紡いだ口元に限界まで寄せられた眉間……痛みに耐えるために首の筋肉が引き千切れる寸前まで力み、両拳は爪が掌を傷つける程に握り込まれ、鎖に拘束されている両腕には蜘蛛の巣の様な血管が浮き出ていた。
「この痛み、この傷跡は私と言う存在の証。これが刻まれ続ける限り、“お父様”は私と言う存在の証明になるのです」
「――――っ!?」
アルファードの肉体を斜めに切り裂いた炎の大太刀が、刃に付着した血液を蒸発させながら地面へと振り切られると、がくっと彼の全身から力が抜け、焼かれながら斬られた傷口からは人肉を焦がした匂いが漂い始めていた。
ルーテシアの拘束魔法により傷口を押さえる事も出来ず、むしろ両腕を後ろに引っ張られている事によって胸を開かされているアルファードは、そのまま膝を地面に着けると紡いでいた口を大きく開き、まるで水中から出てきたかのように激しく息を吐いた。
その様子を見下ろしていたアインスは、彼の横を抜けゼストと呼ばれていた大男の下へと歩いていくと「お待たせいたしました。では撤退に移りましょうか」と言って、この場から立ち去ろうとしてしまう。
痛みを抑え、ようやく意識を傾けられるようになったアルファードは、首を捻じり、後ろへと振り返りながら「待てっ!」と制止の声を挙げる。
あと少し、あと1分もあれば……と、焦るアルファード。
しかし、両手足を拘束されている様な男の言葉などで三人は止まらず、アルファードの視線の先で足元にコスモス色の魔方陣を展開し、そのまま転移魔法を発動しようとしてしまう――――しかし、その一瞬の隙を突くかのように、これまで木の葉の陰に隠れて待機していたリインが行動に出た。
「
白い騎士甲冑を纏ったリインは腰まで伸びた銀髪を揺らしながら、まるで小鳥の様に木の葉の陰から飛び立つと同時に、転移魔法を発動する直前であったルーテシア達三人の周辺に漂っていた大気中の水分を瞬間凍結させ、瞬く間に魔法の対象とした地点に冷気が漂う氷の檻を発現させる。
「急ごしらえなので長くは持ちませんが、なのは隊長が到着するまでの時間は稼げるです!」
空中に浮遊しながらアルファードの下まで急いで駆けつけたリインは、魔法制御をするために右手を氷の檻の方へと向けつつ、彼の怪我の容態を目視で確認する。
(これは、酷いです……)
拘束魔法が解けていない事から、術者の少女はまだ氷の檻の中で意識を保っている事が分かるのだが、それよりもリインにはアルファードの右胸から左の脇腹に掛けてなぞられた刀傷を見て、眉を悲痛に歪めていた。
バリアジャケットである半袖のジャケットと黒いノースリーブのフィットシャツを容易く切り裂き、斜めに着けられた切り口は人が焼かれた直後の異臭を放っており、ここまで深く焼かれては魔法治療を施したところで確実に傷は残ってしまう事が伺えた。
確かに2㎝ほど深く切られた箇所は肉体や細胞、そして脳に残された記憶により修復は可能だが、焼かれた箇所は焦げるまで重度な火傷となっているために、二日前にアルファードが応急処置として止血のために自分で焼いた右肩とは違って、人工皮膚による治療を行わなければ治らないぐらいに酷いものであった。
「申し訳ございませんリイン曹長。不覚を取りました……」
「気にしないでください。私も今まで、隠れてチャンスを伺う事しか出来なかったですから」
氷の檻を制御している右手とは反対の手で、アルファードを拘束する鎖型のバインドに触れていき、その魔素の結合を意図的に乱して解除していくリインは、既に魔力枯渇を起こすまでに限界を迎えている彼に代わって、ここは何としても時間を稼ぐと決意を固める。
「それにしても、あの拘束魔法……何故、奴の特殊技能に反応しないのですか?」
拘束魔法を一つずつ解除してもらっているアルファードは、自身の後ろにいるリインへと素朴な疑問を投げかけた。
そう、リインが生成した氷の檻の中には、左手に魔力の流れを遮断する特殊技能を秘めたアインスがいる……だというのに、なぜ氷の檻は未だ堅牢な雰囲気を漂わせているのか、アルファードには理解出来なかったのだ。
彼の質問に、バインド解除と檻の制御を同時に行っているリインは、心なしか得意げに答えた。
「この拘束魔法は対象の周辺に大気中の水分を集めて一気に凝固させるという仕組みで出来ているのですが、魔法で何かを行うというのは水分を集めるのと温度を下げる、それと檻の強度を保つ程度の事しかしてないのです。だからあの中は、ただの氷の固まりとなっているだけですから魔力遮断が有ったとしても効果は薄いんです」
リインの説明に「なるほど……」と頷くアルファードを尻目に、彼女は森の広間で冷気を漂わせながら佇む氷の檻に視線を固定しつつ、こちらに救援として向かっている高町なのはへと念話を飛ばす。
(なのは隊長、魔導師三人を一時的にですが拘束しました! ですがアルファードが負傷し、魔力枯渇を起こしています!)
緊迫した状況下故に、相手に確りと届かせる様なリインの声音に反応してか、なのはからの返事はすぐに帰ってきた。
『分かった。こっちももうすぐそっちの上空付近に到着するから、何とか持ち堪えて!』
中・長距離による射撃戦を得意とするタイプの魔導師である彼女ではあるが、その飛行速度や小回りの良さは近接戦を主とする並みの空戦魔導師よりも速いために、たかが6㎞程度の距離ならば約2分で飛べる……しかし、今は1秒足りとて油断できない状態なのは、アルファードとリイン、それになのはも理解している事であり、三人とも一様に焦燥に駆られていた。
だが、リインがなのはとの念話を切ったのと同時に、氷の檻を制御している右手に強烈な痺れを感じ始める。
「すごい抵抗っ! でも、持たせないと!」
アルファードを拘束魔法から完全に解放したリインは、左手で右手首を抑え、右腕全体にまで広がり始めた痺れに耐えながら敵魔導師の抵抗に耐えようとする――――されど、リイン一人では三人の敵魔導師を押さえ込む事は出来ず、その頑張りも次の瞬間には水泡と化してしまった。
冷気を漂わせるほどに表面温度ですら極低温な氷の檻に、コマ送りの様な須臾の間で無数の亀裂が入る。
「そんなっ!?」
この様子にリインのクリッとした両目が大きく見開かれると、堅牢と思われた氷の檻がいとも簡単に内部から破壊され、その破片を周囲一帯に撒き散らし始めた。
「リイン曹長!」
魔法で出現させたのではなく、大気中に含まれた水分を集め凍結させた檻であったために、鋭利な刃物と化した氷の破片が、拘束魔法を破られ驚愕の内に動きを止めていたリインを襲うが、直前でアルファードが前へと出て、小さな体で浮遊していた彼女を正面から覆いかぶさる様にして庇った為に、深刻な事態は避けられたが……。
「アルファード!」
「自分は大丈夫ですっ!」
数個の氷の破片が、もはや緊急展開しているだけで強度は無いに等しかったバリアジャケットを突き破り、アルファードの筋肉で固められた背中に浅く突き刺さるが、彼はすぐさまリインから踵を返すと氷の檻から脱出した三人へと戦闘態勢を取る。
「通常のバインドの様な魔法ではなく、自然にある物質を利用した拘束魔法ですか……しかも発動寸前であった転移魔法陣に別の魔方陣を被せる事で妨害を成功させるオマケつき。とても器用で珍しい物を体験させてもらいましたが、私達三人を閉じ込めるには柔らかすぎましたね」
転移魔法が使えるルーテシアという少女の前に立ち、未だ右手に炎で精製した大太刀を持ったアインスは感心したようにアルファードの後ろに控えるリインを見やるが、すぐさま隣に立っていたゼストを見ると「では、今度こそ撤退をしましょうか」と言って、再び表情を覆い隠す黒いバイザーを展開させてしまう。
そして今度こそ、アインス達三人の足元に転移魔法陣が完成すると、彼らの全身を紫色の光が包み込み、アルファードとリインが何か行動を起こすよりも先に、その姿を完全に消し去ったのであった。
◆(1)
「分かった。ならアルファードの事は救護班に任せて、逃走した敵魔導師については管制室とリイン、それとなのは隊長にお願いするな。人手が必要なら地元部隊にも協力を仰いで構わないから、出来るだけ逃走ルートの痕跡を追うんやで?」
『了解です! では、私は引き続き敵魔導師の追跡に入るです』
自身の目の前に展開させていた空間投影モニターを閉じると同時に、リインとの通信も一時的に切られる。
ホテル・アグスタのオークション会場から少し離れた、ホテルの玄関とも言える、壁がガラス張りのエントランスホールの中央で、古代遺失物管理部機動六課総部隊長である八神はやては、疲労とも呆れとも取れない曖昧なため息を付いた。
「はぁ~……」
オークション会場内を警備していたために、ドレスコードに沿ってボディラインを露わにする白を基調にしたショートドレスを身に纏っていた彼女は、普段のカーキ色の制服の時よりも艶やかな魅力を放ってはいるものの、今はこの溜息のせいで折角の衣装の白さも濁りが混じったように感じられる。
周囲は負傷した地元部隊の隊員をストレッチャーで運んでいく救護班の隊員達や、発生した襲撃事件の調査のために地元捜査官の人間たちもチラホラと姿を見せていた。
管理局の人間であるはやてにとって、こういった忙しない周りの喧噪には慣れたものだが、さっきまでオークション会場内に外の状況を漏らさないための情報操作や、現場管制と指揮を行っていたシャマルとのやり取り、そして総部隊長として六課隊舎にある管制室と幾度となく情報交換や指示を出していたために、彼女は肉体的というよりも精神的に疲れ始めていた。
事後処理は終えているものの未だ様々な案件を残している、ガジェットによるリニアレール車両占拠事件からまだ二日目だというのに、再び舞い込んできた今回の事件……確かに襲撃される可能性は高いと踏んでいたが、敵が予想の範疇を越える物量を投入してきたことや、フォワード陣の勧善点の露見に負傷者の発生など、彼女の疲労の種はまだまだ増え続けている。
溜息と共に肩を落としていた彼女であったが、総部隊長である自分がいつまでも立ち止まってはいられないと気を入れ直すと、普段の朗らかな表情を引き締めて背筋を整えた。
天井にあるシャンデリアの灯りを反射させている白タイルの床を、これまたドレスに合わせた足の甲辺りに花の装飾が施されたヒールで歩きながら、はやてはこのエントランスホールから外の現場へと出ようとする……が、両開きの自動ドアのセンサーが彼女を認識する直前に、突然後ろから「そこの御嬢さん? オークションはもういいのかい?」という軟派な男の声が掛けられた。
「うん?」
微妙に聞き覚えのある声に、はやてが首を傾げながら振り向く。
そこに立っていたのは、多元的な世界があるからこそ見られる珍しい緑髪を肩甲骨辺りにまで真っ直ぐに伸ばした優男――――白のスーツを当然とばかりに着こなし、すらりと伸びた手足や女性の扱いに慣れていそうな立ち姿は、社交界にでもいそうな雰囲気を漂わせている。
「そっちは会場とは反対方向だけど、オークションはお気に召さなかったのかな?」
細い輪郭に知性が感じられる目つきをはやてに向けながら、気取っている様で自然な口調で尋ねてくる優男に、彼女は少しだけ意地悪な笑みを浮かべながら答えた。
「ご親切にどうも。せやけど、これでも一応お仕事中ですんで……どこかのお気楽査察官とは違って、忙しい身なんです」
「ほほう……」
両手をズボンのポケットに入れたまま、言うなぁとばかりに微笑を浮かべる優男に、はやては嬉しそうに顔を綻ばせた。
「お久しぶりです、ヴェロッサ・アコース査察官」
「おいおい、随分と堅苦しい挨拶だなぁ」
「勤務中ですんで、ロッサって呼ぶのは控えさせてもらいます」
言葉とは裏腹に有無を言わさぬはやての笑顔に、彼女とは旧知の仲であるヴェロッサ・アコース査察官は仕方がないと苦笑しながら彼女へともう一歩歩み寄る。
しかし、仕事場にいるとはいえ二人の間にある空気にはどこも緊張の色は見られず、むしろ精神的には普段と変わらない、互いにやり易いと言う距離感が感じられた。
「外の戦闘はもう落ち着いたようだね」
「落ち着いたといえば落ち着きましたが、まだ敵魔導師と召喚士の追跡が続いてるって感じです」
ガジェットによる襲撃中には姿を見せなかった彼であったが、当たり前の様にその話題を切り出してきた相手に、はやてもまた“彼なら知っていて当然”といった様子で現在の状況を話した。
周りから見れば、一見部外者にも見えそうなヴェロッサに管理局の行動内容を話してしまうのは拙いのではないかと思われそうではあるが、査察官という役職に就いている彼にとっては全く問題の無い事であるために、はやても特に隠し事をせずに話を続けた。
「近隣の隊舎にいる観測班にも連絡を取って協力を仰ぎましたし、最低でも途中までの足取りは掴めるかなと思います」
「なるほどね。まあ相手は転移魔法で移動してるみたいだし、そこまで出来れば妥当かな」
ポケットから右手を出し、その親指と人差し指の横腹を顎に当てて頷くヴェロッサ。
一体彼は今回の襲撃について、どこまで情報を得ているのかは分からないが、様子から察するにはやてが細かい説明をするまでも無いくらいは知っている様であった。
「まだ新設された部隊だけど、シグナム達や管理局でも有数の実力を持つ二人の隊長に、その下で新人でありながらもガジェットの大群に引けを取らなかった彼らを見る限り、部隊運営自体は順調とみて良いだろうね」
「まあ、戦力自体は他の部隊よりもずば抜けて高いと思います……ですけど」
「数の前では戦線維持は難しいと……まあ、それは仕方ないんじゃないかな。いくら優秀な戦力とバックアップがあったとしても、少数対多数じゃ大体が勝ち目がないからね」
査察官という役職ゆえに、客観的にはやてが作った部隊の良い面と悪い面を分析したヴェロッサは、訳も無いと言った様子で鼻を鳴らし、彼女の懸念材料を会話の隅に追いやった。
そして再び顎に当てていた右手をポケットに入れると、徐に彼は目の前のはやてを横切り、エントランスホールの出入り口である両開きの自動ドアを開いた。
「立ち話もなんだし、少し外に出ないか? はやてもそのつもりだったんだろ?」
自身の横を歩いて行った彼を目で追っていたはやても、その言葉に「それもそうですね」とだけ答えて、少しだけ疲労感が垣間見えるはにかみを浮かべた。
二人はそのままエントランスホールから外へと出て、ホテルの来客者などが車で利用するロータリーを迂回すると、まずは地元部隊が防衛に当たっていたホテル正面の状況を目の当たりにする。
歩道となっていたコンクリートの地面は所々に焼け焦げた跡や破壊された部分があり、車道であるアスファルトの地面には戦闘の跡が生々しく刻まれていて、何らかの衝撃で抉れた部分には未だ熱が消えぬのか、アスファルトの石が焼ける臭いと黒い煙が立ち込めていた――――また、怪我人こそは既にホテルの医務室や付近に待機させてあった救急車両などに収容済みではあるが、路面の所々には赤黒い血痕の跡などが残されており、とてもではないが観光地とは思えない光景が広がっていた。
このホテル正面は基本的に対AMF戦闘に慣れていない地元部隊の人間だけで防衛に当たっていたために、被害の方は他の方面よりも甚大であったが、幸いにしてシャマルのサポートと、途中から合流したシグナムの力もあってか死者自体は出てはいない。
しかし……と、はやては悔しそうに歯噛みをする。
その様子を隣で歩いていたヴェロッサは横目で眺めていたのだが、特にフォローの言葉などを掛ける事も無く、彼女の後悔を無視していた。
実際、自分の部隊を持ったのであれば、こういった経験は少なからずどの人間にも降りかかる物であるために、彼はあえて余計な手助けをする事はしなかったのだ。
暫く歩いていくと、ホテル正面から離れ、今度はホテルの西側へと到着する。
この西側はもともとアルファードが担当していた場所なのだが、途中で敵召喚士を探索するためにスバルと入れ替わっていた……はやてはそのスバルはどこかと辺りを見渡してみるが、目に入ったのは地下駐車場へと続く入り口と、ホテル宿泊者のために舗装された散歩道の上に散乱した、無数のガジェットの残骸ぐらいのものであった。
また、この一帯もエントランスやホテル正面同様に地元部隊の人間たちが時折怒鳴り声をあげながら動き回っているため、落ち着いて何かを話すという場所には全く向いていない。
されど、ホテル西側の地下駐車場へと続く、中央線が引かれたアスファルトの二車線道路を見やったヴェロッサは、気持ち小さめの声ではやてへと口を開いた。
「ここには敵魔導師が一人だけ現れたらしいね。それも二日前に、はやての部隊の人間が接触した人物と、全く同じ名前を名乗っていたそうじゃないか」
視線は前を向いたままのヴェロッサに、はやてはそこまで知っていたのかと呆れ交じりの感心を胸中で見せるが、それを表情に出すことはしない。
もともと査察官という役職は、一般組織や施設を内部調査し、不正が無いか確認するのが仕事であるために、管理局の中でも調査能力と対人交渉能力が優れた人物が付くことが多いいため、その情報網の広さは想像の域を脱するほどに広大なのだ。
ましてや自身は彼の身内であり、自惚れではないと断言できるぐらいには親しい仲である……故に、プライベートで自身の現状を調べられていても不思議ではないのだろうと、はやては考えていた。
「ファクティス……今回それと交戦したスバルとリインの話じゃ、どうやら一人一人に個体番号の様なものが振られてるみたいです」
この情報はシャマルやリインから聞かされたもので、はやて本人はまだ映像記録の方は閲覧していないのだが、ヴェロッサは彼女にとって信用に値する相手なので、その情報を下手に隠すという真似はしない。
「ふむ、なら益々きな臭くなってきたね。DNAの塩基配列を見る限り、はやての部隊にいるアルファード君とやらとほぼ一致しているそうだし」
アスファルトの路面を白の革靴で歩いていくヴェロッサに、ドレス姿のはやても一歩引いた位置で付いて行く……二人の格好だけを見れば、オークション会場から抜け出した客が気まぐれに散歩しているだけにも見えなくもないが、話している内容は一般人には秘匿すべきレベルのものであり、それを心得ていた二人は周囲に聞き耳を立てている物がいないか探りながら会話を続けていた。
「確かに、これまで得た情報を整理すれば行き着く先は見えているんですが……」
「まあ中々踏み込める場所ではないからね。査察官である僕としては、少し探りを入れたい所ではあるのだけれど……」
二人で歩いている最中、何かを見つけたようにアスファルトの路面に片膝を付いて地面を観察するヴェロッサの背中に、はやては至極真剣な表情で釘をさす様に語りかける。
「あまり無茶はしないでください。何かあれば教会の方にも飛び火する可能性があるので」
「分かっているよ。それにまだ地上本部の仕業と決まったわけじゃない。彼のDNA情報が今回の事件の首謀者に何らかの形で渡ってしまった可能性もあるわけだし……というより、そっちの方が現実的かな。他人の遺伝子を混ぜ合わせて、限りなく一方のクローンに近い、性別などの遺伝子情報を操作された魔導師を作り出すっていう、いかにも“非人道的だ”とかいってメディアが食いついてきそうな事を、地上本部にいる“あの人”が主導でやるはずが無い。だけど、これを“海”側の人間である僕が調べたとして、もしも足を掴まれてしまえば“あの人”は確実に“海”と教会の方へと内部干渉だとかいって手を伸ばしてくるだろうね」
アスファルトの路面に転がっていた何かの破片を、ジャケットの裏にあるポケットから取り出したハンカチで摘み取ったヴェロッサは、そのまま立ち上がって後ろにいるはやての眼を見つめる。
「ましてや今は仲間内で足を引っ張り合う時じゃない。今回のガジェットの大量投入や敵魔導師のレベル、更には六課の管制室やシャマルでも探知できない位置から転移魔法を使い、戦力を戦線へと投入する事が出来る高ランクの召喚士が出てきたとあれば、これは類を見ない組織的なテロ集団が現れたと見て間違いないからね」
摘み取った鉄片は黒曜石の様に深く暗い色をしているのだが、それをハンカチで摘まみながらクルクルとヴェロッサが弄っていると、陽の光を点滅させながら反射させ始める。
はやての顔に、その反射光が何度か当たるが、彼女はそんなヴェロッサの戯れを無視していた。
反応の無い彼女を見ていたヴェロッサは、一先ずその鉄片をどこからともなく手品のように取り出した小袋の中に回収したかと思うと、一つため息を付いてはやての目の前まで歩を進めた。
「心配してるのかい?」
こちらまで後一歩程の位置に立ち、随分と嬉しそうに尋ねてきたヴェロッサに、はやては不機嫌そうに視線を外して唇を尖らせた。
「心配なんかしてませんよ。ただそこまで分かっているのなら、あまり一人走りはして欲しくないだけです」
「それも十分に承知しているよ。一人で勝てる程、地上本部は甘いところじゃないし、そもそも勝負にすらならないからね。それに僕たちが戦うべきは地上本部という組織じゃない……今はジェイル・スカリエッティに焦点を絞るべきだ。そこを突き詰めて行けさえすれば、いずれ枝分かれした場所に辿り着けるのだからね」
鉄片が入れられた透明な小袋をはやてに差し出し手渡すと、ヴェロッサはそのまま前のめりになって彼女の耳元に自身の口を近づけさせる。
何事かと一瞬ビクリと体を硬直させるはやてであったが、相手が相手なだけにその肉薄を一言も発することなく受け入れていた……これがもし、全く知らない赤の他人にやられたのであれば、あまり――――“そういう関係が目的の”――――男性に対して免疫の無い彼女は全力で突っぱねていた所であったが、ヴェロッサは昔から自身の事を妹の様に可愛がっているために、そういう対象として認識されていない事は理解しているので、彼の体を押しのけるなどの事もしなかったのだ。
されど、いきなりこういった行動に出るのは勘弁願いたいと思うはやてであったが、おそらく彼が今から囁く言葉は周りには絶対に聞かれてはならない事なのだろうと判断すると、左耳の近くにある彼の口に意識を傾けた。
別に念話でも良いのではないかと思われる所ではあるが、念話も傍受しようと思えばハッキリとした音声で盗み聞きが出来るために、こういった読唇術や指向性マイクなどを使っても完璧には拾えない小声で話す方が無難なのだ。
「最後に言っておくけど、何も注意すべきは地上本部やスカリエッティだけじゃない。はやての部隊に所属しているアルファード・レヴェントンだってマークすべき人物だ」
ヴェロッサの忠告は、言うまでも無く六課隊長・副隊長陣も初めから十分に承知している事ではあるが、これまでのアルファードの素行を見る限りでは、その可能性は低いのでは無いかと考えていた彼女は、反論のために口を動かそうとする……が、それはヴェロッサの左人差し指を唇に当てられたことで止められてしまった。
「間諜の仕方には色々あるんだ。それこそプロを潜り込ませて内部情報を引き出すものから、全くの素人を所属させて、上手く情報を洩れさせる方法までね。彼は多分後者だ……彼には何も知らされていないし、何も指示を出されていない。これは忠告であり僕からの警告だよ、彼には必要最低限の事以外は教えてはいけない。分かったね?」
一方的に言い放つと、ヴェロッサは微かに香る香水の匂いを残しながら上半身を引いてはやてから離れる。
確かにまだ蟠りはあるが、はやて自身は警戒しつつもアルファードの事を少しでも信じようとし始めていたために、第三者から告げられた現実に対して、意図せずに複雑な顔を浮かべてしまう。
そんな表情を俯かせてしまった彼女にヴェロッサは一つ苦笑をすると、「それじゃあ僕は本来の仕事に戻る事にするよ」とだけ言って、何事も無かったかの様な足取りでホテルへと戻っていった。
残されたはやては思考を巡らせる……。
それはアルファードの事か、それとも今回の事件の事なのかは本人にしか分からないが、彼女は一度深く深呼吸をすると、次の瞬間には表情を切り替え、未だ敵魔導師の追跡を行っている者達へと連絡を取り始めた。
嫌な事を隅に弾く様にではなく、立ち止まらない様に、振り向かない様に行動に移っていく彼女の姿は、どこか無理をしている様に感じられるが、今はそれに気付ける人物は誰一人として近くにはいなかった。
◆(2)
コンクリートで作られた建物の壁を、誰かが殴る音が聞こえた。
人の拳と人工的に作られた固い壁面がぶつかり合う音は、実に生々しく痛々しいものであったが、今その光景を後ろで目の当たりにしている少女にとっては、そんな事よりも心に突き刺さるものがあった。
泣いている……普段は厳しくも心に強い芯を持った親友が、後ろにいる自分に気づくことも無く、声を喚き散らしながら泣いている。
空は青く、右手に見える森は静かに揺れ、左手に見えるホテルは冷たく佇んでいるが、正面で泣いている彼女は恥も外聞も気にせずに悔しさに涙を流し続けている。
声を掛けたい、今すぐにでも手を差し伸べて、その涙を拭ってあげたい……だけども、何と声を掛ければいいのか、どうやって彼女を振り向かせればいいのか分からない少女、スバル・ナカジマはただ只管に正面にいるティアナ・ランスターの背中を見つめ続けていた。
プライドの高い彼女が、こうして泣いている理由は知っている……防衛作戦の途中に、魔力枯渇寸前の状態に陥り、副隊長であるヴィータに戦線から下がる様に言われてしまったからだ。
確かに悔しい気持ちは十分に伝わる。
されどスバルにとっては、ティアナが無事に済んだだけでも嬉しい事であるために、彼女が本当に泣いている理由を理解する事は出来ないでいた。
またホテルの壁面に拳と額を押し付け、肩を揺らしながら自身の情けなさに打ちひしがれているティアナも、仲間の気持ちを理解できずに、自らの不出来さを恨んでいる。
そうして二人は互いに一歩通行の思いを抱きながら、現場管制であるシャマルからの通信が来るまでの間、ずっとこの場に居座り続けたのであった。
◆(3)
新暦75年6月2日
報告先 時空管理局地上本部 中将 レジアス・ゲイズ殿
報告者 古代遺失物管理部機動六課 陸上二佐 八神はやて
捜査報告書
新暦75年6月1日に起きたガジェットによるホテル・アグスタ襲撃事件ついて。
事件はミッドチルダ南東方面にあるホテル・アグスタで行われたオークション開始前に発生、事件後オークションの出品物の一つが紛失していた事から、これを狙った組織的な犯行とみて間違いは無いと考えている。
襲撃による被害はホテル外周にある森林や、舗装されていた路面が破損した程度で、建物自体には被害は及んでいないが、地元部隊と六課隊員から負傷者が出ている。
死者は0、重軽傷者24名となっているが、重傷者は2名で2名とも命に大事は無く、現在は付近の病院に入院している。
捜査事項としてはガジェットの残骸に、敵魔導師や召喚士が居場所を攪乱するために使用していたジャミング装置、敵魔導師が残していった衣類など多岐に渡るが、詳細は同封した映像記録を参照して頂きたい。
捜査状況は、ガジェット関連は2日前のリニアレール占拠事件と大差無いが、その時の大型ガジェットとは違って今回の大型にはジュエルシードなどといったエネルギー結晶は搭載されてなかったために、性能面では本来の戦力が投入されたと思われる。
また、今回投入されたガジェットにもジェイル・スカリエッティの名前が半導体に刻まれており、これまでのものと何らかの関連性があると見て現在も調査中である。
今回の事件で進展したのは、敵勢力には大量のガジェットを生産する施設があるばかりか、魔導師が複数人おり、最低でも長距離転移魔法などの技術を持った高ランクの召喚士が一人いると判明した事である。
同封された写真は、六課隊員が戦闘時に自動撮影したものをデバイスの記録媒体に保存していたものであり、紫髪の少女はルーテシア、フードを被った大柄の男はゼスト、黒いボディスーツを着ている二人がファクティスと名乗る者達で、髪が長い方がアインス、短い方がエンデと名乗っていたとされているが、どれも偽名である可能性が高いために、同名による捜査は効果が薄いと考えられる。
現場から転移魔法で逃走した直後の彼らを追跡したものの、足取りを掴むことは敵わなかったために、今後は同封された写真をもとに目撃情報などを募っていきたい。
捜査の結果、以上の事が判明した訳だが、今回の事件と二日前に起きた前回の事件だけではなく、ガジェット関連の事件を整理すると、やはり重要参考人にはジェイル・スカリエッティが最有力と判断できるために、今後も彼の捜査に全力を注ぐ所存である。
最後急いだ感が半端ないですが、これでアグスタ編は終わりです。
はやての報告書については、レジアス・ゲイズが首都の防衛長官であるために、現在は地上に部隊を構えている彼女にはそっちにも報告義務があるのかなという妄想で書きました、決してエピローグを確り書くのが面倒だったとかではありません。
色々と疑問が残る(ストーリーではなく描写面で)回ではありましたが、質問にはなるべく答えていこうと考えていますので、なんなりと書いてください。
まあ管理局の組織図とか、原作読んでもあまり理解できないので、報告先とかは妄想の域を出ませんし、陸と海が全体的にどれだけ歩調を合わせられていないかとかも分かりませんので、そういった質問には上手く答えられないかもしれませんがね。
とりあえず、次回はティアナの話です……3月末までには終わらしたいぜ。