炎狼   作:ゲレゲレ

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 ファーストアラート編です。



第五話

 訓練に次ぐ訓練……。

 朝から晩まで、本出動も無しに延々と同じ事の繰り返し……。

 この部隊の特性は理解しているつもりのアルファードであったが、こうまで実際の任務に参加できない、または出動要請すら来ない事に、いわゆるフラストレーションを溜めていた……もっとも、ストレスを溜める理由には、こういった部隊に異動させられた経緯も原因の一つに入っているが。

 しかし、上官にどころか他者に対して、なかなか不満を散らそうとはしない性格の彼は、その若さゆえの勇ましさを、胸の内に留める事しかできなかった……。

 

 ◆(1)

 

 皆がまだ隊舎で朝の支度を整えている頃……。

 既にアルファードは訓練用の衣服へと着替えて、いつもの陸戦用空間シュミレーターがある場所へと向かっていた。

 晴天の日差しと、こちらを迎え入れてくれる海からの潮風……非常に爽やかで気持ちのいい朝だ。

 彼は、その中を部隊から支給されたブーツでコンクリートの地面を踏み鳴らしながら歩いていた。

「……うん?」

 寮から歩いて来て、機動六課隊舎を横目に素通りし、そろそろ海上に建造された陸戦用空間シミュレーターが望める高台へと差しかかろうとした時、アルファードの切れ長の鋭い眼が少しだけ細められた。

 見えるのは、高台から船着き場へと降りる階段付近で、何やらホログラムの空間投影ディスプレイを開いて操作を行っている女性の後ろ姿。

 白と青が基調の清潔感のあるジャケットに、青のタイトスカート……均整の取れた体のラインと、茶色い長い髪をサイドテールに括った、あの後ろ姿は……。

「おはようございます!! 高町教導官!!」

「わっ!?」

 その後ろ姿から、目先にいるのは誰なのかを悟ったアルファードは、すぐさまに近づいて行き朝一番から右敬礼を交えた大きな挨拶を彼女の背中に向けて発した。

 瞬間、なのはの両肩がビクリと驚いたように跳ねる。

「ア、アルファードか……ビックリしたぁ」

「申し訳ございません!! 高町教導官!!」

「はは、朝から元気だなあ」

 なのはが眼を見開いた状態で振り向くと、そこには、いつも通り直立不動で理想的な右敬礼を行っているアルファードの姿があった。

 彼の生真面目を通り越して、どこかの独裁国家の兵士張りに律儀な挨拶に、なのはは思わず苦笑をしてしまう。

 切れ長で鋭い瞳に、目にかからない程度に伸びたザンパラな黒髪……精鍛に整った顔立ちは無機質な仏頂面を浮かべており、訓練服の黒いTシャツ越しからは、彼の鍛え上げられたソフトな肉体が伺える。

「まあ、取りあえず敬礼は下ろそうか。そこまで畏まられると、逆にやり辛いから」

「は! では、失礼いたします!!」

 バッと、キレのある動きで挙げていた敬礼を戻し、胸を張った気を付けをするアルファード。

 これに再び、なのはは乾いた「あはは……」という苦笑いを漏らしてしまう。

「休んでいいよ。楽な姿勢で、ね?」

 微笑み、なるべく相手に緊張感を与えない様な優しい声音で、アルファードの仰々しい態度を解こうとするなのは……。

 すると、ようやくアルファードも折れたのか、「……よろしいので?」と、信じられないといった様子で尋ねてきた。

「別に気にしなくていいよ。公式な場って訳でも無いんだし……それに、訓練の時間には、まだ余裕があるから」

「……そうですか、では、改めて失礼致します」

 そう言うと、アルファードは気を付けの姿勢から足を肩幅に開き、両手を後ろに組んだ。

 どうやら彼にとっての楽な姿勢とは、自然体もあるが、なによりも“休めの姿勢”だったようだ。

 相変わらず、無駄に規律に厳しい子だなと思いつつも、まあ、気を付けよりはマシかなと、なのはもこれで妥協をする事にした。

 なのはは、さっきまで開いていたホログラムのディスプレイを閉じると、そのまま船着き場へと降りられる階段付近から離れ、アルファードの下まで歩を進めて行った。

 そして、彼の前で立ち止まる……なのはの身長は160㎝なので、172㎝である彼とは、頭一つ分の身長差がある。

「体の調子はどうかな? どこか、痛いところとかない?」

「いえ、特にはありません。至って健康そのものです」

「そう? 昨日の訓練は、皆、結構きつそうにしてたと思うんだけど?」

「確かに、少々考えさせられた訓練ではありましたが、自分には問題ありません」

「はは♪ いうね。なら、今日の訓練はもうちょっと厳しめにいこうかな?」

「は! ありがとうございます!」

「ははは……」

 普通の子なら項垂れる反応が返ってくる筈だったのだが、彼にとっては、どうやら本当にご褒美だったようで、一切嫌そうな顔は浮かべなかった。

 どうにも扱いづらいというか、色が合わないというか……結構、他の部隊に比べてアットホームな空気が主流な機動六課では珍しい、ガチガチな兵士タイプの彼に、なのはは微妙な心境に陥るのであった。

 だが、それを顔に出すほど子供では無いなのはは、とりあえず話を変えてみるかと、以前から少しだけ気になっていた事を彼に尋ねる事にした。

「そういえばアルファードって、スバルには愛称で呼ばれてるよね? 第四陸士訓練校で一緒だったって聞いたけど、仲良かったの?」

 スバルの様な年頃の少女に、親しげに“アル”などという愛称で呼ばれている事を引き合いに、なのはは少しだけ意地悪な笑みを浮かべながら彼に尋ねた。

 おそらく、彼女は思春期特有の照れ隠しなどが、この少年から飛び出すのではと考えていたのだろう……だが、彼はそんな、そんじょそこらの初心な少年では無い。

「はい、確かに訓練校では一緒でしたが、別段親しかったと言う訳ではありません。気付けば勝手に呼ばれていた次第です」

「勝手に?」

「はい、切っ掛けは分かりません。気付けば、です」

「本当に分からないの?」

 真顔で答える彼に、なのはは首を傾げて、不思議そうな表情を浮かべる。

 16歳という多感な少年が、自身と同じくらいの少女に愛称で呼ばれる理由が分からないと言うのだ……恋話などに興味がある、なのはの様な年頃の女性にとって、これほど理解が出来ない事も無いであろう。

「はい、分かりません」

 ハッキリと答えるアルファードに対して、なのはは、どこかガッカリした様な微笑みを浮かべて「そうかぁ」とだけ相槌を打った。

 暫く、二人の他愛のない会話が続く……。

 前の部隊では、どういったポジションにつき、どういった役割を担わされていてのか?

 陸士訓練校では、どのような生活を送っていたのか?

 基本的に、なのはが話題を振り、アルファードが答えると言った図式で話は進んでいた。

 思えば、彼とここまで話せたのは初めてかなと、なのはが気づいた頃、話題はアルファードのデバイスについてに移っていた。

「アルファードのデバイス……確か、エクスキューションって言ったっけ?」

「はい、その通りです」

「近代ベルカ式のアームドデバイス、両手両足にガントレットと脛当てのアーマーが装着される、徒手格闘が主となるスタイルが特徴……あまり言いたくは無いんだけど、結構ピーキーなデバイスだよね」

「使おうと思えば、中距離用の投擲魔法もあります。ですので、決してピーキーと言う訳ではありません」

「投擲?」

「はい、ナイフを投げます。こう見えて、自分は刃物を投げるのが特技でもあるので、やろうと思えば生身でも30m先の獲物を仕留める事が出来ます」

 妙に自慢げな様子で(あまり表情には出ていないが)、なのはにナイフ投げが得意と豪語するアルファードに、彼女も今日何度目か分からない苦笑を禁じ得なかった……。

 そうこうしていると、いつの間にか訓練の時間が迫っていた様で、アルファードの後ろからスバル・ティアナ・エリオ・キャロ・フリードの四人プラス一匹が駆け足で向かってくるのを、なのはは自分の眼で確認した。

 話はここまで、ここからは朝の訓練が待っている……。

 自身の教え子であるフォワード陣が集まるのと同時に、なのはは公私を切り替え、アルファードとの会話を自然に打ち切ったのだった。

 

 ◆(2)

 

 初訓練の時と同様、陸戦用空間シミュレーターで作り出した、廃墟となった様々なビルが割拠する市街地で、機動六課のフォワード陣五人は厳しい訓練をこなしていた。

「は~い、皆せいれ~つ!」

 そんな中、杖型のインテリジェントデバイスである“レイジングハート”を持ち、白に青いラインの入ったローブのバリアジャケットを身に纏った高町なのはが、両踝辺りから桃色の魔力光を放つ小さな羽を発現させながら、上空に浮遊した状態で教え子たちに集合を掛けた。

 彼女は、いつもはサイドテールに括っている長い茶髪を、今はバリアジャケットを纏っている事で、もう一本尻尾を増やしたツインテールにしていて……その姿は、どこか彼女を年齢よりも幼く見せていた。

 なのはの号令に、訓練用の衣服の所々を汚したフォワード陣五人が、息を切らした状態で集まってくる。

「はぁ……はぁ……はいっ!」

 最初に集まって来たのは、5人の中でも機動力に優れたスバルだ。

 彼女は、疲労の見える表情をしながらも、ローラーブーツ型のデバイスを魔力で駆動させながら、なのはの集合に答えた。

 青いショートカットの髪に、ボーイッシュな顔立ち……意外にも成長期の女子らしい膨らみを持つ胸と、引き締まった肢体が魅力的な少女は、上空に駐留しているなのはを見上げながら、気を付けの姿勢を取る。

 その後ろからは、エリオ・キャロの二人が同じく駆けつけて、気を付けの姿勢を取り、また近くには既にティアナの姿もあった。

 四人が集まり整列を終えると、珍しくアルファードが、この面子で一番遅くなのはの号令に従っていた。

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……申し訳ございません、遅れました」

 もはや肩を苦しそうに揺らしながら、フラフラと四人の下に歩んでいくアルファード。

 キャロの使竜であるフリードにすら遅れた彼の表情には、普段では絶対に見られない、仏頂面ではない苦悶の表情を浮かんでいた。

「辛そうだね、アルファード」

「ぜぇ……問題、ありません」

 絞り出すように、なのはの発破掛けに答えると、アルファードはようやくティアナの隣に整列を終えた。

 見れば、彼の訓練用の衣服には、所々に破けた跡がある。

 確かに他の四人も、それなりにボロボロの格好だが、アルファードのは特に酷かった。

 それを、横目で見たティアナは……。

(こいつが、こんなになるなんて……なのはさん、こいつには一段と厳しくする気ね)

「……なんだ?」

「なんでも無いわ、前見てなさいよ。訓練中よ」

 ざまあ見ろという気持ちが反面、ある意味で特別扱いされだした、アルファードに対する嫉妬が反面。

 ティアナは、自身に浮かんできた二つの感情に複雑な思いをしつつも、それを振り払いながら、なのはから告げられるであろう次の訓練の内容に耳を傾けた。

 フォワード陣の前で、中空に浮遊しているなのはは、教え子たちが整列したのを確認すると、いつも通りの微笑みを浮かべながら次なる訓練を告げる事にした。

「じゃあ、今回の早朝訓練ラスト一本。皆、まだ頑張れる?」

「「「「「はい!」」」」」

「なら、弾丸回避訓練(シュートイベーション)をやるよ。私の攻撃を5分間、被弾なしに回避し続けるか。私にクリーンヒットを入れればクリア。誰か一人でも被弾したら最初からやり直しだよ。頑張って行こう!」

 言いながら、フォワード陣5人の魔導師ランクを遥かに凌駕した力を持つなのはが、自身のデバイス“レイジングハート”を使って、無数の桜色をした魔力弾を作り出し、自らの周辺を覆わせるように中空を舞わせ始めた。

 まるで檻……本来なら一発でも当たれば、新人魔導師では致命的なダメージになりかねない無数の魔力弾が作り出す、彼女を囲う堅牢な檻だ――――しかしながら彼女は、今はもちろん手加減をしているし、魔力弾自体も犯人などをなるべく無傷で捉えられる事が出来る非殺傷設定にしてある。

 これがもし彼女が、いわゆる銃器の安全装置(セーフティー)である設定を解除したのなら、アスファルトの路面で其々構えを取り始めたフォワード陣五人は、死を覚悟して訓練に挑まねばならない……まあ、それはあり得ないが。

「このボロボロの状態で、なのはさんの攻撃を5分間、捌ききる自信はある?」

 目上の中空で、魔力弾を舞わせているなのはを伺い見ながら、自身のデバイスであるアンカーガンを持ったティアナが他の4人に問いかける。

 すると、まず初めにスバルが「ない!」と自信満々に断言し、これに続く様にエリオとキャロも「同じく」や「ありません」などといった返事をしていく。

「……アンタは?」

 そして最後にティアナは、まだ返事を聞いていないアルファードに対して、視線すら向けずに嫌々問いかける。

 この問いかけに、彼は案の定、疲れは見えるが仏頂面で。

「無理だ」

 明らかに普段よりも張の無い声音だが、彼は構えと注意力だけは、いつも通りの様子でなのはに向けている。

「そう……じゃあ、なんとか一発入れるわよ!」

 その姿を、ティアナはチラリと横目で一瞥だけして、再び正面の中空へと視線を戻した。

「準備はOKだね?」

 言いながら、なのはがデバイスを持っている手とは反対の右手を挙げる……すると、それに連れられて、これまで踊っていた無数の魔力弾が動きを止め、まるで彼女に持ち上げられたかのように、少しだけ高度を上げた。

「それじゃ……レディ……ゴー!」

「全員、絶対回避! 二分以内に決めるわよ!!」

 なのはが訓練開始の合図と同時に挙げていた右手を振り下ろすと、整列していたフォワード陣“4人”が一斉に其々散らばる。

 瞬間、これまで彼女たちが立っていたアスファルトの路面に、なのはが作り出した無数の魔力弾が次々と落下し、衝突していった。

 飛び散るアスファルトの破片と塵が入り混じった煙幕……。

 これに、なのはが注視していると、案の定、後ろから気配を感じた。

 すかさず振り向けば、見えたのはスバルが作り出す、青い帯状の道“ウイングロード”。

 そして、その道をローラーブーツ型のデバイスで駆る、右腕を振りかぶった彼女の姿。

「だあぁ!」

 また、視線のみを別に移してみれば、近くのビルの窓から、こちらにアンカーガンの銃口を向けているティアナの姿がある。

「アクセル!」

【Snipe Shot】

 なのはの呼びかけに、レイジングハートから女性による機械的な電子音が発せられると、先程の攻撃の際に残していた魔力弾二発が、迫りくるスバルと、銃口を向けオレンジ色の魔力弾を形成していたティアナに発射された。

 その発射された魔力弾二発が、高速で迫り、スバル・ティアナ両名の腹部を貫通すると……。

「シルエット……やるねティアナ」

 なのはの視界に存在していた筈の二人が、まるでTVの電源を切ったかのように姿を消したのだった。

 これに、なのはが感心したように言葉を漏らす。

 しかし、その時であった。

 中空に浮遊しているなのはの足もとで、これまで濛々と立ち昇っていた煙幕を掻き分けて、一人の少年が姿を現した。

「っ!?」

 自身の真下から突如感じた危機感に、なのはが気づくと同時に、既に脹脛に装着されたアーマー型デバイスの装甲を展開させていたアルファードが、射撃魔法を得意とする彼女の真正面にまで接近していた。

「シッ!!」

 そして、彼は空中に飛び出しているにも関わらず、最大限に腰と右肩甲骨を後ろに引き絞った右拳を、なのはに躊躇なく放った……が。

「甘いよ」

「!?」

 突き出されたアルファードの右拳は、なのはが咄嗟に右手を翳して出した、防御魔法である円形の魔方陣で防がれてしまっていた。

 ガコンと鈍い音を発すると共に、ガントレットの様な装甲を装着しているアルファードの右拳が完全に止められる。

 瞬間、ここで競り合っても仕方がないと判断したアルファードは、止められた右腕を引くと共に、彼が扱える魔法の中でもトップクラスの威力を誇る近接魔法【Flame Execution】を放った。

 フレイム・エクスキューション……それは、断罪の刃の様に繰り出される、炎を纏った一閃の剛脚。

 アルファードの左足に魔力が通ったと証明するかのように、炎が脚線になぞって纏わりついている。

 もともと柔軟かつ強靭な肉体を、魔力で瞬間的に強化したアルファードは、その左足による浴びせ蹴りの様な廻し蹴りを、防御魔法を展開しているなのはの右側頭部に向けて叩きつけた。

 ドゴンッ!!――――と、先程の右拳を止めた時とは比べものにならない程の衝突音と衝撃が辺りに轟く。

 が……。

「ちっ!」

 なのはの防御魔法を砕くには至らず、彼女の体勢を僅かながらグラつかせたに過ぎなかった。

(やはり、カートリッジを使用しないと教官のシールドは抜けないか……)

「中々の威力だね、だけど……」

 刹那、アルファードは自身の両側に危機が迫っている事を察知した。

 動物的な勘とでも言おうか?

 その感覚に逆らわず、アルファードが蹴り込んでいた左足を真上にずらして、展開されていた脹脛の装甲から魔力を噴出して、強引に高度を下げる。

 すると、今しがたまでアルファードがいた場所を、なのはの魔力弾二発が横に交差するように通り抜けて行った。

(まだ残していたのか……っ!?)

「良い反応」

 先程までの攻撃で、開始前に生成していた彼女の魔力弾は全て無くなったと思い込んでいたが、どうやら隠し玉が存在していた様であった。

 高度を下げ、アスファルトの地面に身を捻って無理矢理着地したアルファードは、すぐさま体勢を整えると、なのはの視界から急いで遠ざかりながら胸中で呟いた。

(流石は教官……一筋縄では行かないな)

 彼は、なのはから距離を取りつつも、彼女の視界から逃れるために、ビルとビルの隙間に存在する裏路地へと逃げ込んだ。

 その間に、アルファードの攻撃を凌いだなのはに対して、さっきの様な幻影ではないスバルとティアナの連携攻撃が行われていた。

 帯状の青い道が、なのはの死角である真上からほぼ90度の角度で形成され、そこからスバルが降下するかの様にローラーブーツ型のデバイスを駆りながら右拳を振り絞っていた。

「でりゃぁぁ!!」

 スバルのデバイスであるリボルバーナックルの手首辺りに存在する二連の歯車が唸りを上げて、彼女が振り落す右拳の威力を強化する。

 なのはは、これに対して先程のアルファード同様、冷静に右手を翳して防御魔法を展開させた。

 そして、激突する両者の矛と盾。

 しかし、スバルの右拳も、なのはの防御魔法を抜くことは出来ず、簡単に受け止められてしまう。

 だが――――

「っ!」

 スバルの拳を受け止めているなのはの後方から、オレンジ色の魔力弾が二発、高速で飛来してくる。

 これに反応した彼女は、すばやくスバルの拳をスカす様に、翳していた右手を外側にずらして、受け止めていた右拳すらもいなしてしまった。

「うわ!」

 押し込んでいた対象をズラされてしまったスバルは、思わず体勢を前に崩してしまうが、そこは何とか持前の運動神経で立て直すと、落下を防ぐためにウイングロードを操作しながら、再びローラーブーツ型のデバイスを青い帯状の道へと強引に着地させた……が、そこでトラブルが起きる。

 無茶な着地の衝撃で、ローラーブーツ型のデバイスが異常を着たし、突然ガタ付き始めたのだ。

「え! うわ! わわわ!?」

 ローラーがガタ付いた事によって、バランスを崩しそうになってしまったスバルは、とにかく転倒もしくは帯状の道からのコースアウトを避けるために、一度・二度と足を踏み直して、走行の軌道に復帰出来る様に対応をし始めた。

 帯状の道とローラーが火花を散らす程の摩擦を生み出すが、スバルは何とか堪え、再び走れる体勢を取り戻すと、なのはから離れる軌道でウイングロードを形成し、そこを滑る様に走行して距離を取った。

 スバルが距離を取る中、彼女をいなしたなのはは、後ろから飛来していた二発の魔力弾を問題なく避けると、一瞬で発射地点を特定して、そこに自身の杖型デバイスの先端を向けていた。

「アクセル」

【All right. Accel Shooter】

 なのはがデバイスに指示を出すと、杖の先端付近に三発の魔力弾が形成される。

 そして、それら三つの内、二発が先程オレンジ色の魔力弾を発射したであろうティアナがいる地点に向けて放たれた。

「拙っ!」

 スバルの援護のために、やむ負えず魔力弾を撃ってしまったティアナは、こちらに飛んでくる桜色の魔力弾を目の当たりにして、即座に場所を移すことを決定する。

 ティアナがいた場所は、なのはがいる地点からは様々な遮蔽物があるために見づらくなっていた、窓が無くなっているビルの四階だ。

 彼女は、とにかくなのはから放たれた二発の魔力弾から逃れようと、薄暗い廃ビルの中を走り、階段を飛ぶように降りて行った。

(建造物の中なら、流石になのはさんでも魔力弾を追尾させられない筈……)

 そう思っていたティアナが二階の階段の踊り場から、一階へと降りて行くと……。

「げっ!?」

 天井に備え付けられた蛍光灯すら明かりを灯していない一階にある、この建物のエントランスホールへと辿り着いたティアナの目の前に、考え得る限りで最悪の事態が起こっていた。

(嘘っ! 待ち伏せされてた!)

 広いエントランスホールから外へと出れる唯一の出入り口である、既に起動していない開けっ放しにされた自動ドアの“内側”には、桜色の魔力弾が一つ、まるで四階から降りてくるティアナを待っていたかのように浮遊しながら待機していた。

 この光景に、ティアナが思わず足を止めてしまう。

(……待って、“サーチャー”は無いの?)

 注意深く、外からの日差ししか明りの無い場所で浮遊している魔力弾周辺を観察するティアナは、今、自身の身の回りに、中距離探査魔法であるエリアサーチが無い事を確認する。

 このエリアサーチとは、魔力で生成した“サーチャー”と呼ばれる端末を飛ばし、端末から視覚情報を送信して、その周囲の状況を術者が認識する魔法だ。

 わざわざ逃走経路を読んで、待ち伏せまでさせていたのに、それを感知するための手段を用いていない……。

 ということはと、ティアナは黙考していると。

(まさか! 私の足止めのために!?)

 ティアナが、それに気づいた時であった。

『ティア! どこにいるの!? 次の指示は!?』

 頭の中に直接、あのボーイッシュな容姿をしたスバルの声が聞こえてきた。

 念話……魔法が使える者なら、誰でも使える通信手段。

 ティアナは今、それをスバルから受信していた。

(スバル!? ごめん、足止め喰らってる! どうかしたの!?)

 スバルから聞こえてくる、焦りが感じられる声音に、ティアナの表情が険しくなる。

『アルが! アルが指示を早く出さないのなら、勝手に動かさせてもらうって!』

「あんの馬鹿……だったら、直接私に来なさいよ!」

 自分が今、外の状況を伺えない状態であることを、アルファードに対するあまりの嫌悪感のせいで失念していたティアナは、アンカーガンを持っていない手で握りこぶしを作りながら、それをプルプルと震わせていた。

 

 

『アルファードさん! 少しだけ、時間を稼いでくれませんか!?』

 スバルとティアナの連携攻撃が失敗に終わったところを、ビルとビルの隙間に存在する裏路地からこっそりと肉眼で伺っていたアルファードは、スバルに単独行動を取る旨を伝え終え、再び大通りの方へと飛び出ていこうとしていたのだが、そこにエリオからの念話が届いた。

(時間? どうするつもりだ?)

 現在、建物の壁面の端から大通りを覗き見ている彼の瞳には、中空で未だにまともな移動などの行動を取っていない、無類の強さを見せつけているなのはが映っていた。

 さっきから、彼女はあの場所から動こうとはしていない……更に言えば、自分から仕掛けるという場面は、最初の魔力弾による弾幕以外には一度も見かけていない。

 アルファードは、なのはを観察しつつも、器用に頭の中で相手と会話をするように、エリオから届いた念話に答えた。

『僕とキャロで、試したい事があるんです!』

(二人でか……どれぐらい必要だ?)

 実際、一人では打つ手なしと判断していたアルファードは、エリオとキャロが何をしようとしているのかを聞かずに、とりあえずは乗ってみるという選択肢を選んだ。

『約30秒です! なのはさんの前に出た状態で、キャロが詠唱しなくちゃいけないので……』

(30秒間、それを守りながら、教官の意識を俺に向けさせるか……厳しいな、一度でも俺が被弾をしてしまえば、またやり直す事になるのだぞ? そうなれば、こちらの手の内も読まれやすくなってしまう)

 30秒間、中・遠距離で最強とも言える、あのエース・オブ・エースの攻撃を一撃も貰わずに凌ぎ切り、意識をこちらに向け続けさせる……接近戦を主体とするアルファードにとって、これ程に無理難題な注文は無いであろう。

 故に、彼はもう一人、このエリオの提案を実行するために必要な要員を募るために、他の二人へと念話を行った。

(ナカジマ、ランスター、聞こえるか?)

『アル! 待っててくれたんだ!』

『……何よ』

 念話を送ると、まずは元気な様子のスバルが反応し、次に若干嫌そうな様子で返事をしたティアナの声が聞こえてきた。

(二人の状況を教えろ)

『え? えっと……今は、なのはさんから距離を取って、ギリギリ状況を確認できる距離にあるビルの屋上に待機してる状態かな』

『……私は、目の前になのはさんの魔力弾が見えるわ。一応、周辺を確認してみたけど、サーチャーの類は無いみたい。多分、私を足止めしてるんだと思う』

(何とか出られないのか? センターガードのお前がいないと、全体を見れる人間がルシエしかいなくなる)

『近づくのは可能かもしれない……だけど、もし動かない事が、なんらかのブラフだったら、目も当てられないわ』

 司令塔の不在……およそ、何らかの作戦行動を取る場合、指揮系統の空白程に拙い事は無い。

 故に、アルファードは念話に乗らないように黙考する……。

 そして、彼の黙考は、およそ一拍程で完了した。

(分かった、俺がそちらに向かう。デバイスに位置情報を送ってくれ)

『無理よ。私がいる建物は、既になのはさんにバレてるし、しかもほぼ大通りの突き当り付近に面してるところなのよ? 近づいた段階で、なのはさんに見られて撃たれるのが落ちよ』

(良いから送れ。あと4分もあるんだぞ? 教官が本腰を入れて誰かを探し始めたら、それこそ目も当てられん)

『……分かったわよ、送ればいいんでしょ。けど、これが、なのはさんの狙い通りだったのならって事も考えておきなさいよ』

(無論、頭には入れている)

 ティアナの注意に答えると、アルファードのデバイスに彼女からの位置情報が送られてきた。

 これを、彼は目の前の何もない中空にホログラムのディスプレイを浮かび上がらせて確認する。

(T字路の突き当り前いる教官から見て10時の方向、教官から背を向けている状態の俺から見て大体4~5時の方向か……距離的には、そこまで遠くは無いな。だが、やはり大通りを横切らなければならないか)

『アル、やっぱり厳しそう?』

(援護が有れば、行けない事もないが……一人では難しいな。今度見つかれば、おそらく教官は確実に当ててくるだろう。今は煙幕もランスターによる幻影も無い)

 アルファードが目の前に映し出した周辺の地図に視線を向けながら、細い顎に人差し指と親指を当てて思考していると、スバルが決意をした様な声音で、彼にある提案を持ちかけた。

『だったら、私が囮になって、アルがティアの所に行くまでの時間を稼ぐよ』

 この提案に、アルファードは。

(それなら、初めから俺とお前で、モンディアルとルシエの試したい事と言うのを援護してやった方が早いだろうに)

『だけど、それをするにも全体を見通せるティアナがいないと、離脱するタイミングとかも分からないじゃん。どっちにしたって、5人全員で掛からないと、なのはさんに一撃を入れるなんて難しいよ』

 もともと押しの強い方であるスバルであったが、この時ばかりは普段よりもグイグイと前のめりで相手に詰め寄っていた……まあ、念話上での話であるが。

 だが、この熱意は無意識の内にアルファードにも伝わった様で、彼は少しだけ黙考した後に胸中で答えた。

(……分かった、それで行こう。仕掛けるタイミングは、そっちに任せる)

『うん! ありがとう、アル!』

 心からの感謝が込められた言葉に、アルファードは少々やり辛そうな顔をするも、何故かこの時、訓練が始まる前の事を思い出していた。

(アル、か……)

『え? なにか言った?』

(何でも無い、始めるぞ)

 悪くは無い……とは思いつつも、この“アルファード”という名前と、それを与えてくれた“あの方”の事を考えると、やはり、余計な情は不要だと、すぐさまふと浮かんできてしまった弱さを彼は振り払ってしまった。

 

 ◆(3)

 

 中空でティアナがいる廃ビルの方向を見つめる、左手に杖型のデバイスであるレイジングハートを持ったなのはは、そろそろ他が動き出す頃合だと読んで、周辺に気を配り始めた。

 目の前にはT字路の突き当り、後ろには長く広い大通りの直線が続いている。

 陸戦魔導師である彼らが出てくるとするのなら、ビルとビルの隙間である裏路地からか、先程のティアナの様に、ビルの窓からの奇襲……あるいは、屋上からの攻撃といった所であろう。

(そろそろ二分経過か……ティアナが釘づけ状態の今、皆はどう動くのかな?)

 なのはの予想では、アルファードが単独行動で向かってくるか、スバルがティアナを解放するために行動を起こすか、まだ動きを見せないエリオ・キャロが何らかの攻撃を仕掛けてくるか……それとも、ティアナが強引に、あそこを突破してくるかの四択がある。

 その中で一番可能性が高いのは、アルファードの単騎駆けだ。

 おそらく時間的にも、そろそろ彼が動いてくるであろうと身構え始めた彼女であったが。

「っ!?」

 突如、なのはを中心とした状態で、周囲を囲うように青い帯状の道が伸びて形成された。

 これに彼女は「スバルの方だったか」と、予想を外したことに対して、それ程問題は無い様子で呟くと、再び自らの周りを固める様に5個の魔力弾を形成した。

「だあぁぁ!!」

 そして案の定、T字路の長い直線沿いに建っていたビルの屋上から、先程不調をきたしたローラーブーツ型のデバイスを駆っているスバルが姿を現した。

(スバル一人……いや)

 自身で形成したウイングロードに乗って正面から向かってくるスバルとはタイミングを少し遅らせて、彼女が姿を現したビルの向かい側に建っている同型の建造物と、その隣の建物の隙間から今、アルファードが出てきて、気づかれても構わないといった走りで大通りを進み始めた。

 どちらを狙う……違う、どちらも狙える。

 なぜなら、こちらには五つの魔力弾がある。

 其々を操作して、行動を起こした二人に向ければ、おそらく動きを止める、もしくは失敗条件を彼らに果させる事が出来る。

 しかし、それは彼女の本意ではない。

 なぜなら、今回の訓練は、彼らにとっては難題そうに見えても、彼女に満足な連携を見せれば、ある程度甘めに成功させてやろうと考えているからだ。

 さて、今出て来た二人は、何を考えているのか……なのはは探りを入れるために、まずはやたら目立ちながら特攻を仕掛けてくるスバルに二発の魔力弾を発射した。

(来た!)

 なのはが、こちらに狙いを定めてきたと判断したスバルは、その向かってくる二発の魔力弾に対して、止まる事無く、ひたすらに前に出る選択をした。

 前進する事によって、前髪が靡く中、スバルは一切瞬きすることなく、その瞬間を掴み取るために集中力を高める……そして、二発の魔力弾が彼女に衝突するか否かのタイミングが訪れようとした瞬間。

「でやぁ!」

 スバルがローラーブーツ型のデバイスを履いている両足を揃えたかと思うと、両膝のバネを使って、正面から向かってくる二発の魔力弾を飛び越える様にして空へと舞いあがった。

(とにかく、なのはさんの注意を私に向けるんだ! そうすれば、アルがティアナを連れてきてくれる!)

 発射された桜色の魔力弾を飛び越えたスバルの視界には、こちらを見据えているなのはと、その横を魔法を使わずに通り抜けて行くアルファードの後ろ姿が映っていた。

 

 ◆(4)

 

 見つかっている……。

 スバルとなのはが交戦に入ったのを横目で一瞥しながら、アルファードは自身が彼女に視認された事を自覚していた。

(どういう事だ……わざと見逃して、何か教官には考えがあるのか?)

 大通りの歩道を馬鹿正直に走っていたとしても、中空でスバルの接近を許したなのははアルファードにアクションを起こそうとはしない。

 そして遂には、当初の予測では辿り着ける筈もない早さで、ティアナが足止めを喰らっている建物の前へと辿り着いてしまった。

(ここまで、罠らしい罠も無かった……まさか、わざと成功させようとしているのか?)

 目的としていた所定の位置に着いたアルファードであったが、なのはが考えている事が分からないせいで、彼らしくない戸惑いを見せてしまう。

 すると、彼の目の前に佇む、廃ビルの入口が開かれている事で吹き曝しとなっている一階エントランスから、一人の少女の声が飛んできた……いや、正確には頭の中に直接飛んできた、だ。

『なにモタモタしてるのよ! 何かしに来たんでしょ!?』

 瞬間、ハッとするアルファード。

 そうだ、俺はここに何をしに来た……目的を果たすために、わざわざ魔法も使わずに走ってきたのであろう。

 見逃してくれるのなら、今はそれを受け入れる。

 ビルの中で足止めを喰らっていたティアナの声で、とりあえず割り切れたアルファードは、すぐさま右手に魔力を集中して、自身が持つ数少ない中距離魔法を発動した。

【Five Knife】

 彼のデバイスから、無機質な男性の電子音が聞こえたと思うと、魔力を集中させていた右手に、炎で形作られた五本のナイフが発現した。

 彼は、その五本の内、四本を右手の指の隙間に其々収めると、ティアナの進行方向を不気味に阻んでいた桜色の魔力弾に向けて、それを投げつけた。

 真っ直ぐに、寸分の狂いなく飛んでいく炎のナイフ四本……。

 そして炎のナイフの切っ先が、中空で停止していた魔力弾に接触すると……。

「っ!?」

 建物内に存在していた大量の埃や、コンクリートの破片を巻き上げて、近くにいたティアナの両足が一瞬浮き上るほどの爆発を発生させ、衝撃破を周辺に撒き散らした。

 この様子を建物の外から伺っていたアルファードは、右手の近くに待機させていた残り一本のナイフを手に取って身構える。

 炎のナイフを逆手に持って、身体を軽く右構えの半身に切っている体勢。

 油断なく、ティアナが足止めを喰らっていた建物を注視していると……。

「ゴホ! ゴホ……」

 巻き上がった埃を吸い込まないように左手で口元を押さえたティアナが、視界を遮る煙幕を掻き分けながら、建物の中から歩いて出て来た。

 その光景を、暫く黙って見つめていたアルファードは、ゆっくりとナイフを持った構えを解くと。

「ふむ、どうやら何も無かった様だな」

「ふざけんな!」

 瞬間、これまで立ち込める埃に苦しそうな顔をしていたティアナが全力で走りだし、構えを解いて棒立ちになっていた彼に右頬に、これまた全力の左ストレートをかました。

 ティアナの左ストレートをモロに受けたアルファードは、頭を殴られた方向へと弾けさせると、ガクリと膝を折った……しかし、彼の首は思いの外強靭で、倒れるかと思いきや、そのまま何事も無かったかのように、自然体へと体勢を戻していた。

「何をする」

「何をするじゃないわよ! あんなことするなら、事前に私に伝えるのが常識でしょ!?」

 極めて無表情で納得が行かないと問いかけてくるアルファードに対し、ティアナは思わず怒鳴り声を挙げてしまう。

「時間が無かったのだ、仕方ないだろう。ナカジマは今も教官と交戦しているのだぞ?」

「そ・れ・で・も・よ! もし、私が爆風に巻き込まれてたら、どうするつもりだったのよ!? 自分勝手も体外にしなさい!」

「自分勝手では無い、証拠に、現にお前の救援に来たであろう。とにかく、こんなところで無駄な時間を浪費する訳にはいかない! 俺は、すぐにナカジマの援護に向かう! お前は全体を見て、モンディアルとルシエの二人に指示を出してくれ!」

「ちょ! なに勝手に話終わらせようとしてるのよ!」

 呼び止めようとも、右頬にティアナの拳の跡を付けたアルファードは、そのまま彼女から背を向けると、スバルの援護に向かうために、魔力を使用した移動を開始してしまう。

 埃塗れの白いシャツに、サスペンダーホルスターを巻いたティアナは、相変わらず人の言う事を聞こうとしないアルファードの背中を見送っていると、ハッと自分の役割を思い出し。

「……たくっ! しょうがないわね!」

 自らも、彼に続く様にアンカーガンのグリップを握り直して走り出したのだった。

 

 ◆(4)

 

 なのはを中心に置いた、円周に作られたウイングロードをスバルは駆り続ける。

 帯状の青い道が5つ、なのはを立体的に囲っている光景は、まるで丸く青い駕籠に鳥を閉じ込めたかのようであった。

(速く! もっと速く走らないと!)

 なのはの視界を右から左へと横切ったと思えば、コースを入れ替え、斜め上から斜め下へ、真下から真上へと変則的な軌道で走るスバル。

 五つの魔力弾を操りながら、その様子を伺っているなのはは、時折スバルからのリボルバーナックルによる攻撃が来たかと思えば、防御魔法を展開して受け止め、彼女が停止した隙を狙って二つ程の魔力弾を発射する。

 しかし、それは大抵、意地でも避けようと無理矢理な体の使い方をするスバルに回避されてしまい、再び彼女をウイングロードの駕籠へと戻してしまう。

(良い反応だけど、スバル一人じゃ時間稼ぎにしかなってない……ということは、アルファードはティアナを迎えに行ったのかな? じゃあ、そろそろだね)

 レイジングハートを両手で構えて、スバルの不規則なタイミングで来る攻撃に備えていたなのはは、頃合が近づいてきているという事を感じる。

 すると彼女の予想通り、状況が変化した。

「スバル! 私が援護するから、アルファードと入れ替わりで離脱して!」

「ティア! アル!」

 T字路の突き当りから出て来たティアナが、開口一番、スバルに対して指示を飛ばす。

 これにスバルが嬉々とした表情を浮かべると、アルファードが近くにあったビルの壁面へと飛び、そこを更に踏み台にして、中空でウイングロードに囲まれたなのはへと飛んだ。

(来たね)

 彼は右手に握っていた、一本の炎で作られたナイフの柄を左手で抑えて突き立てると、五つのウイングロードの隙間からなのはへと接近する。

 しかし、彼女の周りには最初の時と同様、5発の魔力弾が舞うように行き交っているために、容易には接近できない……筈だった。

 だが、予想に反して、なのははその魔力弾でアルファードを撃ち落とそうとはせず、あえて彼を自身の近くに招き入れて、翳された右手から作られた防御魔法で、突き立てられていた炎のナイフを受け止めた。

 瞬間、アルファードが怪訝そうな表情を浮かべるも、彼は少しだけなのはの防御魔法に火花を散らしながら突き刺さった炎のナイフを手放すと、その柄頭に右の拳を叩き込んだ。

 ガゴン!――――と、轟音が辺りに響くも、それでもなのはの防御魔法であるプロテクションを抜くことは出来ず、彼はすぐさま彼女の近くから離脱した。

 同時に、これまでただ黙ってアルファードの接近を許していた数発の魔力弾が、さっきまで彼のいた場所に発射されていた。

(やはりな……)

 その光景を、すでに球上の駕籠から変形し、普通の立体道路の様な状態に変わっているウイングロードに降り立ったアルファードが確認すると、彼は確信を得たとばかりに残念そうな表情を浮かべる。

 既に、近くにスバルの姿は無い……おそらく、一度ティアナと連携を立て直すために離脱したのであろう。

 故に、なのはから来る魔力弾の攻撃は、スバルが残したウイングロードに乗った彼に集中する事となる。

(だが、教官がいかに甘かろうが、俺には関係ない……とにかく、今はモンディアルとルシエが行おうとしている事を成功させなければ、どちらにしてもやり直しは確実だ)

 自分一人で成功条件を達成する事は、確かに不可能な事では無い……だが、それはおそらく無理な話だ。

 なぜなら、それは目の前のエース・オブ・エースが手加減を続けてくれればの話であり、もしも彼が今の状態で単独行動に走れば、彼女はそれを許してはくれないだろう。

 だからこそ待たねばならない。

 だからこそ、時間を稼がねばならない。

 アルファードは、ウイングロードを足場に、中空で魔力弾を操っているなのはに向けて、腰を落とした左構えを取った。

「あと2分……逃げ続ければ訓練はお終いだけど?」

「それが現実的ではないと分かっているから、一撃を狙っているのです」

 優しげな声音で問いかけてくる彼女に対して、彼は油断なく答える。

【Five Knife】

 そして、再び右手付近に炎で形作られた5本のナイフを発現させると。

「へぇ、さっき言ってた投擲魔法って、それだったんだね」

 五本の内三本を右手の指の隙間に持ち……それを中空で、こちらを見下ろしている彼女に投げ込んだ。

 

 ◆(5)

 

 アルファードと入れ替わりにティアナの下へと降りたスバルは、形状を変化させたウイングロードを維持しながらも、彼女に指示を仰いだ。

「ティア、これからどうするの?」

「エリオとキャロの二人が何かするんでしょ? だったら、その準備が整うまで、アンタとアイツでなのはさんを釘づけにして」

 中空では、数々の爆音と、彼の拳や蹴りが、なのはの防御魔法に阻まれる音が繰り返されている。

「分かった、離脱のタイミングはティアに任せるから!」

 そう言って、スバルは空を見上げると、再びなのはとアルファードが交戦を行っている火事場へと、新しく作ったウイングロードで向かっていった。

(エリオ! なのはさんは二人が止めてるから、早く始めなさい!)

『了解! 僕たちはティアナさんから見て、10時の方向にあるビルの屋上にいます!』

 ティアナから許可を得たエリオは、念話で自身の居場所を伝えると、後ろに首だけ振り向いて口を開いた。

「やるよ、キャロ!」

「うん!」

 背の高いビルに挟まれた場所で、二人は互いにやる事を確認すると、同時に自分たちのデバイスを構えた。

「我が乞うは、疾風の力、若き槍騎士に、駆け抜ける力を」

 キャロが両手に着けているフィンガーレスグローブ型のデバイスが桃色に光だし、足もとには同色の魔方陣が展開され始める。

【Boost Up. Acceleration】

 そして彼女が左手を、正面でこちらに背を向けているエリオに空振りすると、彼の足もとで光っていた金色の三角形の魔方陣が、一際強い光を放つ。

 キャロが持つブーストデバイスの魔法の効果により、槍型のデバイスを持つエリオが強化されたのだ。

「あの、かなり加速が着いちゃうから、気を付けて!」

「大丈夫、スピードだけが取り柄だから!」

 体を右構えで半身に切っているエリオは、両手で持つ槍型デバイス、ストラーダの柄を握り直す。

 すると、平三角錐の形をした矛の鍔部分に存在する、二門の噴出口から、魔力が推進力として噴出される。

 それを確認すると、エリオはまるで、これから槍投げでもするかのように両手で持っていたデバイスを右手一本で持ち、前足であった右足を後ろに引いて、デバイスを振りかぶった。

(仕掛けられます、ティアナさん!)

『分かったわ!』

 キャロとの必殺の一撃を構えたエリオは、なのはの足止めを行っている二人を見守るティアナに対して念話を飛ばした。

 これに、彼女は答えると。

(スバル! アルファード! 私が援護射撃をするから、それに便乗して、そこから離脱しなさい!)

『分かった!』

『了解!』

『ティアナさん! フリードも手伝います!』

(オッケー、キャロ。チビ竜にタイミングを合わせる様に、言い聞かせておいて!)

『了解しました!』

 司令塔として、全体に向けての念話で作戦を取りまとめると、彼女はそのまま、持っていたアンカーガンを激しい攻防を繰り広げている三人の方へと向ける。

 青い帯状の道が複雑に折り重なり、そこを縦横無尽に駆け抜けているスバルや、なのは相手に照準を絞らせない様、時折ウイングロードの陰に隠れたり、不意を見つけてはナイフによる投擲を仕掛けるアルファード。

 二人は決定打を、複数の魔力弾を操るなのはに上手く封じられたまま、何とか時間を稼いでいたという表情をしている。

(さっきまで足止めを喰らってたぶん、ここで挽回しないとね……)

 直線の大通りの中央で、二人と交戦しているなのはに、アンカーガンのアイアンサイトで照準を合わせて行くティアナ。

 スタンスは肩幅に、体は正面に向けて、両手で銃を構える……。

 すると、アンカーガンの銃口前に、オレンジ色の魔力弾が形成され始める。

 そして、スバルとアルファードが、なのはから一瞬離れると。

(ここっ!!)

 ティアナは迷わず、二人に意識を向けているなのはに、アンカーガンの銃口を引いた……が、しかし。

 カチン――――「……は?」

「え、うそ! こんな時に!?」

 確かに、アンカーガンの引鉄を彼女は確りと引いた。

 しかし、発せられたのは撃鉄の軽い金属音と、発射される筈であった魔力弾が虚しくも霧散してしまう光景であった。

(ティア! まだ!? そろそろ拙いよ!)

「たっく!」

 アンカーガーンの不具合に対して、ティアナは素早く対応し、銃身に詰めていた二発の筒状の弾であるショットシェルを抜き取ると、新しい同系統の物をリロードした。

 同時に、先程と同じく、なのはに向けてアイアンサイトを合わせると。

 ガン! ガン! ガン!――――今度はまともに三発の魔力弾を、中空で二人を相手にしていた彼女に発砲する事が出来た。

「きた! アル!」

「分かっている」

 オレンジ色の魔力弾が、なのはに迫るのを確認した二人は、ほぼ同時に火事場から離脱した。

「っ!?」

 二人が自身の周りを囲んでいたウイングロードと共に撤退するのを見たなのはは、すぐさま何かが来ると判断し、その場から回避行動を取る。

 案の定、さっきまで彼女がいた場所を、三発の魔力弾が直線状の軌道で通り過ぎたかと思えば。

「キュル!」

 なのはが回避するのを読んでいたとばかりに、いつの間にかにいたキャロの使役竜であるフリードが、口の中から小さな火炎球を作りだし、彼女に向けて吐き出していた。

 ほぼ真上から、その火炎球を放たれたなのはであったが、これも問題ない様子で、顔に微笑を浮かべながら軽く回避する。

 しかし、その時であった。

(うん? あれは……)

 多方向からの回避行動のため、辺りを見回すようになった彼女は、その流れで、エリオとキャロがいるビルの屋上に気が付いた。

 背の高いビルとビルの間に存在する、その屋上は、確かに、さっきまでなのはがいた場所からでは見づらい場所であった。

『エリオ! 今!』

「うおおおおお!」

【Speerangriff】

 ティアナの指示が飛ぶと、エリオがこれまでずっと振りかぶっていた槍型デバイスと共に、こちらに気付いたなのはへと弾丸のような突撃を慣行した。

 これに、なのはは何かを含んだ笑みを漏らすと、槍型のデバイス、ストラーダの推進力に身を任せて突貫してくるエリオへ、自らも突撃を仕掛けて行く。

 ほぼ同高度での衝突を選んだ教官を、スバルと共に並んで伺っていたアルファードは馬鹿なと胸中で毒づいた……。

 互いに超速で接近し合っているために、両者が衝突するのは、まさに一瞬の出来事で――――大きな爆炎と風を撒き散らしながら、ストラーダの矛先を構えたエリオと、バリアジャケットとシールドのみを武器としたなのはが激突し合った。

 瞬間、立ち込める黒煙……。

 そのせいで、エリオの突撃が成功したのか確認できない他のフォワード陣は、アルファード以外、其々心配そうな面持ちで中空を見守っている。

 濛々と広がっていた黒煙から、エリオが弾き出されたように姿を現した。

 ストラーダを左手に持って、黒煙の中からアスファルトの路面へと着地するエリオ。

「どうなったの!?」

「分かりません! 当たったはずですが……」

 ティアナの確認に、エリオは不安げな様子で、黒煙の中心部に視線を向け続けている。

 中空で立ち込めていた黒煙が、次第に海風に乗って晴れてゆく……。

【Mission complete】

 すると、完全に視界が回復した二人の激突地点から、極めて機械的な、女性の電子音が聞こえてきた。

 声の主は、なのはが持っている杖型デバイスの先端に着いている、赤い宝玉レイジングハート。

 言葉の内容は、訓練の成功条件を果たしたという事だ。

「おみごと、ミッションコンプリート♪」

 また、なのは本人からも、条件を達成したフォワード陣たちを労う言葉が掛けられる。

「本当ですか!?」

 彼女から出て来た、自身の攻撃が成功したと言う事実に、エリオが眼を見開いて驚きを示す。

 これに、なのはが「ほら、ここ。ちゃんとバリアを貫いて、ジャケットまで通ったよ」と、左胸辺りを指し示した。

 その指示された箇所をよく見れば、確かに薄らと、なのはが身に纏っている白いローブ型のバリアジャケットに、焦げた跡の様なものが存在していた。

 自分たちの成果を確認したアルファードを除くフォワード陣の表情が、まるで先程の黒煙が晴れた時の光景の様に、パッと笑顔を咲かせた。

「じゃ、今朝はここまで。一端、集合しよう」

 其々の笑顔を上空で嬉しそうに眺めながら、なのはが今回の訓練を閉めるために、皆を自らの足もとへと集めさせた。

 同時にゆっくりと高度を落として、纏っていたバリアジャケットを解いて行くなのは……解除されたバリアジャケットの下からは、彼女が普段着ている、女性用の教導隊制服が露わとなる。

 青のタイトスカートから伸びる、綺麗な脚線を描いている彼女の足が、アスファルトの路面へと着地した。

 既に、フォワード陣は彼女の前に横一列で整列を終えている。

 これになのはは、小さな赤い宝玉の待機状態になったレイジングハートを左手に収めると。

「さて、皆もチーム戦にだいぶ慣れてきたみたいだね」

「「「「「ありがとう御座います」」」」」

 確りと向き合って、素直に彼らの成長を認めた彼女に、アルファードを除くフォワード陣は疲れた様子ではあったが、嬉しそうに返事をした。

「アルファードも、皆に合わせる様になってきたし」

「……恐縮です」

 直立不動で、いつも通りの仏頂面で彼女からの評価を受け入れるアルファード。

 だが、心なしか、その無機質な顔は、どこか不機嫌に見えた。

 しかし、目の前のなのはは、それに気づかずに、今度はティアナへと視線を向ける。

「ティアナの指揮も、なかなか筋が通って来たよ。指揮官訓練、受けてみる?」

「い、いやあ、戦闘訓練だけで、いっぱいいっぱいです」

「ふふ♪」

 なのはの勧めに、本当に遠慮するといった様に細眉を“ハの字”にしながら、両手の掌を軽く前に向けるジェスチャーをするティアナ。

 隣にいたスバルが、その様子をニコやかに見つめていた。

「クル?」

 すると、何やらキャロの足もとにいた使役竜であるフリードが、何かに気付いたのか辺りをキョロキョロと見まわし始めた。

「え? フリード、どうしたの?」

 自身の竜であるフリードの様子に気づいたキャロが、そう尋ねれば、今度は彼女の隣にいたエリオが「そういえば、なんか焦げ臭い様な……」と、鼻を引くつかせながら呟いた。

「確かに……てっ」

 皆が異臭の原因を探ろうと、其々近くに視線を配っていると、ティアナが隣に立っていたスバルの足もとに思わず目を釘づけにしてしまった。

「スバル、あんたのローラー……」

「え?」

 ティアナの視線に、スバルも釣られて自身の足もとへと顔を向けると。

「あ、うあ! やば!」

 そこには、ショートし電流をバチバチと鳴らした、彼女が右足に履いているローラーブーツ型デバイスがあった。

 それを見た瞬間、スバルは頭に巻いていた白い鉢巻を揺らしながら、焦ったように身を屈めてデバイスの故障具合を確認する。

 土埃で汚れ、中から不穏な黒煙を吐き出している、自作のデバイス……。

「あっちゃ~……しまった、無茶させちゃったぁ」

 外見からでも限界を迎えたと分かる故障に、スバルはいつもは元気な眉毛を垂らしながら残念そうに呟いて、すぐさま自作のデバイスを脱いだ。

 両手で脱いだデバイスを抱えて、再び立ち上がるスバル。

「オーバーヒートかな? あとでメンテスタッフに見てもらおう」

「はい……」

 明らかに意気消沈してしまっているスバルに、なのはが故障した彼女のデバイスを専門の者に見てもらう事を勧める。

 他のアルファード以外の面子も、そんな彼女の事を心配そうに見つめていた……が、これまで会話に参加しようとしていなかった彼が、徐に口を開いた。

「普段から自分でメンテナンスを行っていれば、どんなに無茶をさせようとも、それほどの状態になる事は無い。実際、さっきも一度、それでイレギュラーが起きた。怠慢だな」

 この物言いに、彼とはスバルを挟んだ位置にいるティアナが、眉間に皺を寄せた。

「あんた、そんなに言う必要は無いじゃない」

 もともと勝気で吊り目がちな瞳を、更に鋭くさせてアルファードを睨むティアナ。

 これに、彼はさも当然といった様子で。

「ランスター、お前のもそうだろう。さっきの離脱時に行った援護射撃に、明らかな数秒のラグがあった。普段のお前なら、考えられない援護の遅さだったからな、すぐ分かったぞ」

 おそらく、本人には悪気は無いのであろう……彼的には、相手のためを思って言った言葉だった筈だ。

 だが、得てして対人関係とは、ちょっとした亀裂が入っていただけで、どんな言葉も嫌味に聞こえてしまう時があるのだ。

 故に……。

「あんた、いい加減にしなさいよ?」

「何がだ? 俺は、ただ事実を述べているだけだ」

「にしたって、言っていい事と、悪い事ってのがあるでしょ?」

「ちょ、ティア……」

 さっきまでの空気が、二人が醸し出す険悪な空気によって、一気に不穏な匂いを醸し出し始める。

 すかさずスバルが、二人の間という事で、仲を取り持とうとする。

「悪い事? 今の指摘がか?」

「そうよ」

「悪いが、俺にはお前が何を言っているのか分からない。理解しかねる」

「このっ!」

「待って、ティア! 落ち着いて!」

「どいてスバル! こいつには、一回言ってやんないと分かんないのよ!」

 今にも飛びかかりそうな剣幕で、アルファードに詰め寄ろうとするティアナ……だがそれは、両手で故障したデバイスを抱えたスバルが、思わず彼女の前に立ちはだかっていた事で未然に防がれた。

 すると、この三人の様子を黙って見ていたなのはが、静かに口を開いた。

「三人とも、少し黙ろうか。まだ、訓練が終わったなんて言ってないけど?」

「あ……すみません」

 なのはの厳しめな口調に、何故か間に挟まれていたスバルが一番に反応して、更にシュンとした様に縮こまってしまう。

 二人はと言えば、ティアナはスバルに少し遅れて「すみません」と納得が行かない様子で姿勢を正し、対するアルファードは「は、申し訳ありませんでした」と、いつも通りのハキハキとした口調で視線を正面に戻していた。

 三人が口を閉じたのを確認すると、なのはがいつもの微笑みを潜めて、極めて事務的な声音で「じゃあ、続けるよ」とフォワード陣五人を見渡した。

「とりあえず、話は後にしてもらうから、今は皆シャワーを浴びてきて。その後、全員ロビーに集合ね」

「「「「「はい」」」」」

 これまでにない、なのはの教導官としての威圧感に、さっきまでオロオロとしていたエリオ・キャロを含めた5人が、委縮した返事を返す。

 それに一つ頷くと、次に彼女は、一貫して仏頂面を崩していないアルファードに視線を向けた。

「アルファードは、このあと残る様に。他のみんなは、もう解散していいよ」

「「「「「はい」」」」」

 なのはが告げると、アルファードを除いたフォワード陣が、チラチラと後ろを振返りながらではあったが、陸戦用空間シミュレーターを後にした。

 

 ◆(6)

 

 海風が前髪を撫でる中、空間シミュレーターが作り出した、オフィス街のゴーストタウンでアルファードとなのはが二人、訓練前同様に対峙する。

 だが、その表情は、互いに和気藹々としたものではない……。

「アルファードは、今の部隊に何か不満があるのかな?」

 真剣な眼差しで、目の前の教え子にストレートな問いを掛けるなのは。

 アルファードは、これに対して同じく真っ直ぐな眼差しで答えた。

「はい、あります」

「それは、何かな?」

 言えと言われれば言う、喋るなと言われれば口を閉ざす……基本的に上官には絶対服従である彼は、なのはの促しに素直に従う。が、今の様にハッキリと上官に不満があるという事は、本来の彼からしたら全く考えられないものであった。

 しかし、最近の彼は、本出動も無し、毛色の違う環境での生活と、色々と鬱憤が溜まっていたこともあり、珍しく饒舌な様子で心中を語たり出してしまっていた。

「まず、今の甘い状態では、強靭な部隊は作れないと考えているからです」

「……続けて」

「教官、失礼ですが、先程の最後の訓練……弾丸回避訓練(シュートイベーション)で、教官は手を抜き過ぎだと思います。自分がランスターの救援に向かった際、教官は意図的に自分を見逃しました。普通、あの場面で自分の行動に気づいていたのなら、まともな思考を持った敵は自分を見逃したりはしません。ましてや、教官の様なエースクラスともなれば、確実にナカジマと自分の二人をまとめて撃墜する事も可能だった筈です。更に言えば、モンディアルとルシエの連携にも、教官はわざと正面から受けていました。これでは、彼らのためになりません」

 アルファードの言葉を、静かに腕を組んで聞き続ける。

 なるほど、流石は規律に厳しく、そして首都を防衛するという重要な任務を担った部隊に所属していた子だ。

 彼が、この機動六課にスカウトされる前に所属していた部隊、地上本部首都防衛隊……聞けば、歴戦のベテランや、任務遂行能力の高い優秀な魔導師を取り揃えていると言う。

 おそらく、彼はその猛者たちの中で、スバルやティアナ、そしてエリオやキャロとは一線を画した訓練を積み、そして揉まれてきたのであろう。

 だとしたら、この不満も頷けるかもしれない……。

 要は、彼はこう言いたいのであろう。

 あなたの訓練は、私にとっては“温い”と。

 確かに、彼には最後の訓練の前に、他とは二段階ほど違った激しい動きを要求した……しかし彼は、それに耐えきり、ヘトヘトになりながらも、他のフォワード陣と差異の無い動きをしていた。

 要するに足りないのだ、彼に対する訓練メニューが。だが、そこでこれ以上、彼だけを特別に厳しくして行く訳にはいかない。

 理由は多々ある……分隊内でのレベルの差が広がってしまう、一人を特別扱いする事によって誰かが嫉妬をしてしまう、最悪は、彼が実際の任務の時に、訓練のせいで他に後れを取ってしまう事だ。

 故に彼女は尋ねてしまう。

「なら、アルファードはどんな訓練がしたいのかな? みんなの意見は、なるべく取り入れたいと思ってるから」

 規律の厳しい組織の上に立つ者として、威厳を失いかねない提案。

 しかし、この時ばかりは、彼女の人柄ゆえか、アルファードは特に気にもせず、何の遠慮も無しに意見を述べていた。

「妥協の無い、確実に実力の付く効率的な訓練です。そのためには、我々の気構えもそうですが、何より教官が本気になってくれなければなりません」

「私が本気で教えてない? 本当に、そう思うの?」

「はい。教官が本気になれば、自分など、3分と持たずに地を這いつくばる筈です。ですが、今もこうして自分は意識をハッキリとさせています。それが、なによりの証拠です」

 流石に言い過ぎではないかと苦笑しそうになったなのはであったが、それよりもまず思う所があったのか、静かに目を細めた。

「なんでアルファードは、そんなに無茶な訓練が必要だって考えるのかな?」

 異常なまでの要求を、先程からしているアルファード……彼をそこまで駆り立たせる思想とは、一体なんなのだろうか?

 なのはの問いに、彼の仏頂面だった表情が、眉間に皺を寄せる程に強張った。

「自分は、この地上を守りたいのです。この身と、己の力で……だからこそ、一切の妥協を許してはいけないと考えているのです」

 口調こそは、今まで通り……しかし、目に籠る意志の力は、これまでに感じた事の無いものを秘めていた。

 地上を守りたい。

 この考えは、“陸(おか)”の中でもタカ派の人間が良く抱くものではあるが、普通の隊員が口にしても不思議ではないものだ……だが彼の場合、どちらかと言えば、前者のものであろう。

 別に悪いとは言わない。

(だけど、それじゃ皆が着いて行けない……)

 そう、それでは他は着いて来てくれないし、ましてや自由な風潮のある機動六課では、アルファードの考えは硬すぎる。

 総部隊長である八神はやてを始め、自身やライトニング分隊の部隊長であるフェイト・テスタロッサ・ハラオウン……その他にも規律に厳しい“陸(おか)”とは違って、気さくな者達が大多数を占める人員が、機動六課と言う組織のカラーを作っている。

 おそらく、このままでは、アルファードは部隊内から浮いた存在となってしまうだろう。

 いくら地上本部からの楔役を担っているかもしれないという疑惑はあっても、なのはにとっては既に教え子なのだ、放ってはおけない。

 しかし、何をすればいい?

 これがベテランの教導官なら、何かしらの案を出せるのかもしれない……だが、まだ若いなのはには、今のアルファードを上手く導く方法が浮かばない、経験が浅い故に、浮かぶ筈がない。

 胸の中で陰鬱に巡る、モヤモヤとした思いに、なのはは思わず組んでいた腕の中で、握りこぶしをギュッと作ってしまう。

「アルファードの気持ちは分かったよ」

「恐れ入ります」

 静かに告げる、その言葉……アルファードは目を伏せて、頭を少しだけ縦に下げる。

 しかし、なのはの眼には、意思を曲げた色は認められない。

「だけど、訓練の内容を変えるつもりは無いし、手加減だってしなくちゃ、皆が着いて行けない」

「……はい」

 この間の空いた返事からするに、おそらくは納得していないんだろうなと、なのはは胸中で勘付いていた。

 すると、なのはが徐に、右手首に巻いていた腕時計に目を通した。

「そろそろ時間だね。皆を待たせるのも悪いし、早くアルファードもシャワーを浴びて、お昼を食べてきたら?」

「了解しました」

 既に昼の中休みに入っている4人と、彼を早く合流させなければ、午後の訓練の時間に支障をきたす可能性がある……。

 故に、なのはは留めていたアルファードの事を解放した。

 右敬礼を相も変わらず行い、なのはから踵を返して、陸戦用空間シミュレーターを出て行くアルファード。

 そんな彼の、Tシャツを着た背中を見守るなのはは……。

「はぁ……ままならないな」

 と、小さく一つ、呟くのであった。

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