というより、お願いします。
モザイクガラスで区切られた、何十人が入るのかも分からない湯気立ったシャワールームで、アルファードは頭にシャワーのお湯を被りながら思考に耽っていた。
(俺は、何をやっているんだ……)
目の前にあるオレンジのタイルが貼られた壁に、両手を突っ張って、表情を俯かせる。
彼の隆々とした肉体をシャワーから出たお湯の雫が叩く中、濡れて鬱陶しくなっている黒髪が後頭部や頬に纏わりついている。
(別に、教官がやった事は、俺たちのレベルを考えれば当然の事だ……なのに、俺は)
先程終わったばかりの訓練の後、アルファードは彼らしくも無く、上官に対して意見をしてしまった。
あってはならない事、いくら納得のいっていない異動で着任した部隊だからといっても、いくら意見をすることを許されたとしても、上官に対して生意気な口をきくなど、彼にとっては絶対に犯してはならなかった罪なのであった。
なのにやってしまった……犯してしまった。
(一体どうしたと言うのだ。本部にいた時は、こんな事はなかった……あそこにいた時は、なかったのだ)
自身の身体を伝って、床の排水溝へと流れて行くお湯を視界に入れながら、彼は奥歯を噛みしめる。
(……どうすればいい。自分は、どうすればいいのですか、レジアス中将)
縋る様に、胸中で声を漏らすアルファード。
しばらく、彼はシャワーに打たれながら思考に耽るが、答えが見つからないと見るや、垂れていた前髪を掻き揚げて、お湯を止めるために目の前の赤外線センサに手を翳し、正面から踵を返す。
そのままモザイクガラスの戸を片手で開き、水の音を鳴らしながらシャワールームの出口へと裸足で歩を進めて行くと……。
『アル、いまどこにいるの?』
頭の中に直接、同じ部隊の仲間であるスバル・ナカジマからの念話が入った。
これに、自動ドアである出口から出て、近くの棚に置いてあった籠に掛けられた白いタオルを手に取ったアルファードは、濡れた髪をガシガシと拭きながら答える。
(シャワーを浴びていた)
『そうなんだ……その、なのはさんとは、どうだったの?』
髪を拭き終え、濡れた体をササッと拭いてしまったアルファードは、スバルの心配そうな声音を頭に入れながら、そのまま洗面台の方へと進んでいき、ある程度、自身の髪型を整えた。
(訓練に不満があったのかと聞かれた)
『不満?』
(ああ、それだけだ。今、皆はどこにいる」
髪型をいつも通りのものへと整え、自身のロッカーから六課専用のカーキ色の制服と白いワイシャツを取り出すと、彼はそのまま着替えへと移っていく。
本来のスバルなら、もっと突っ込んでくる場面であったが、彼の素っ気ない態度に流されてしまった様だ。
『シャーリーさんとリイン曹長と一緒に、ロビーに集まってるよ』
(そうか、分かった。準備が整い次第に向かう)
『うん、早く来てね! 皆、アル待ちなんだから!』
(いや、先に進めてもらって構わない)
『え、あ、そういう訳には……』
(そうか、全員揃ってからというのが指示なのだな。なら、急いでそちらに向かう)
彼はネクタイを締め、ジャケットを着こむと、着替えを完了した様で、そのままスバルに伝えたとおり、早歩きで更衣室にもなっているロッカールームから隊舎内のロビーへと向かっていった。
◆(1)
アルファードが居残りのせいで昼食も取らずに急いでいる中、ソファーや観葉植物など、公務員が勤務する隊舎にしては、かなり寛げる空間となっている機動六課のロビーで、フォワード4人と一匹、そしてメカニック兼通信主任であるシャリオとリイン曹長は、其々女性らしく姦しい談笑をしていた。
「へ~、じゃあ、彼とはそれっきりだったの?」
「はい、アルは訓練校を卒業したら、すぐに地上本部の首都防衛隊に引き抜かれてたので……」
「ふ~ん。でも薄情よね、卒業したら同期とはそれっきりなんてさ。あたしは考えられないかな」
ロビーのソファーに腰を落ち着けながら、スバルとアルファードの事について話しをしているシャリオことシャーリーは、本当に分からないと言った様子で首を傾げた。
「もともと、アルは他の人と接点を持とうとはしてませんでしたから……あ、でも、結構女子から人気があったんですよ? 成績も良いし、戦技だって入学した時からトップだったから、密かに見てる子だって多かったし」
「それに無表情だけど顔も良いしね~♪ その辺のモデルでも、あんなキリッとした人はいないよ」
(あの性格じゃ台無しだけどね……)
向き合って並べられたソファーで、スバルとシャリオが対面している中、それをエリオとキャロのいる席で遠目に眺めていたティアナが、詰まらなそうに胸中で呟いていた。
現在、朝の訓練を終えた彼女たちは、なのはに残されたアルファードとは違って、昼食も済ませた状態でここロビーに集まっている。
「その……ティアナさん?」
「うん?」
もともと吊り目がちな目を不機嫌そうに座らせていたせいか、隣に腰かけていたキャロが恐る恐るといった様子で呼びかけてきた。
これにティアナは“いけない”と、すぐに表情を戻して声を掛けてきたキャロに振り向いた。
しかしキャロは、先のアルファードとティアナの一悶着を引き摺ってか、不安そうにハッキリと見開かれた瞳を潤ませて、こちらを見上げている。
だが呼びかけてきたのなら、何か聞きたい事の一つでもあるのだろうと、ティアナがキャロから出てくる言葉を待っていると。
「あの、ティアナさんとアルファードさんって、どういった経緯で知り合ったんですか?」
「え?」
などという、突拍子もない問いが飛んできたのだった。
どういった経緯も何も、これまでの間柄を見れば、私とアイツが、どれだけ反りの合わない関係なのか分かるでしょうにと、ティアナは心の中で、明らかに天然属性のキャロにツッコミを入れていた。
が、別に答えたところで問題になるという事でも無いので、ティアナは仕方がないといった様子でキャロの問いに答えることにした。
実際、ここでうやむやにしたとしても幼い彼女の事だ、心の隅に引っ掛かりを作ったままになってしまうのが予想できるために、どちらにしても教えた方がお互いのためなのだ。
「……別に大した事でも無いわよ。訓練校時代に私とスバルの組が、アイツの組と実戦形式の演習をしただけで、知り合ったっていうよりは顔見知りなだけよ」
「はあ、そうですか……」
素っ気ないティアナの答えに、キャロはむしろどう反応したらいいのか迷っている様であった。
その光景を、スバルと話しながらも微妙に横目で覗いていたシャリオは。
「ねえ、スバル?」
「はい?」
ちょいちょいと、小さく手招きしながら、小声でスバルに顔を近づけるよう促す。
その意図が読めないスバルであったが、もともと素直な彼女はシャリオの手招きのまま、対面に設置されているソファーとソファーの間にあるテーブルから身を乗り出して、顔を差し出していく。
すると、シャリオが内緒話でもするかのように左手を口元に添えて、スバルの耳に息が吹きかかりそうな位置まで自身の口元を持ってきた。
「実際のとこ、ティアナとアルファード君って、どういう関係なの?」
「え? どうって……それは」
さっきまでのティアナとキャロのやり取りを目にしていなかったスバルは、唐突にシャリオから投げかけられた問いに少しだけ戸惑いを見せてしまう。
「それは?」
「う~ん、なんていうか、実際にティアとアルが面と向かって話したのって、一回ぐらいしか無かったですし、結局それも色々あって、喧嘩みたいになっちゃってたし……」
「へ~……(ようは、初めから相性が悪かったって事かしら?)」
「あー! リィンを放って、二人で内緒話なんてズルいです!!」
二人が顔を寄せ合っていると、シャリオ側にいたリイン曹長が不満を露わにして、中空で諸手を挙げている。
この全身を使った抗議に、シャリオが和やかな笑みを浮かべると「はいはい、すみません。でも、リイン曹長にはまだ早いですよ?」などと、茶化すように言った。
「む~!」
「あははは、そうむくれないでくださいよ、リイン曹長」
頬を膨らませて、自分は怒っているという事をアピールするリイン曹長であったが、その小ささゆえに愛らしさしか感じられず、逆にシャリオをほっこりとした温かい気分にさせてしまう。
女性陣(小人込み)+少年+一匹の白竜が、そうやって姦しくしていると、この広いロビーの一角に、一人の男性隊員が早歩きで近づいてきた。
男性隊員……いや、正確に言えば少年であろうが、彼はシャリオやスバル達が座っているソファーの近くまで来ると、一度立ち止まって周辺を見渡し始めた。
「あ、アル! もう来たんだ」
「あぁ。で、集合した後の指示は来ていないのか?」
丁度、シャリオとリイン曹長が座っているソファーの背側から歩いてきたアルファードをスバルが見つけると、彼女は革張りの席から立ち上がって彼を迎えた。
が、スバルの弾んだ声音とは対照的な彼の冷めた様子に、シャリオは思わず苦笑してしまう。
「ううん、まだ来てないよ。ていうかアル、早かったね?」
「俺一人のためにリイン曹長やフィニーノ一等陸士を待たせる訳にはいかないからな、当然だ」
シャワーを浴びて更衣室から直行してきたアルファードではあったが、その身なりには一切の乱れは見えず、無造作なザンパラ頭は確りと乾いており、さっきまで湯で汗を流していたとは思わせない清潔感を醸し出していた。
「感心感心♪ じゃあ、みんな揃った所だし、ちょっと私に着いて来て」
アルファードが来た事によってフォワード陣全員が揃ったので、シャリオがソファーから腰を上げて、他の席に座っていたティアナたちに声を掛けた。
すると、キャロ・エリオ・ティアナの三人が、シャリオたちが座っていた席へと集まってくる。
しかし、その三人の表情には、どこかアルファードに対する気まずさがあり、ティアナに至っては微妙に睨みつけている様にも見えた。
朝の訓練での出来事を既に知っていたシャリオは、内心で仕方ないなとは思いつつも、いずれ何とかしないとなと頭を悩ませていた……もっとも、表情には出ていないが。
ロビーの一角に集合を終えた一行は、シャリオとリイン曹長の指示に従って、このロビーを後にしたのだった。
◆(2)
シャリオとリイン曹長に連れて来られた場所は、メカニック担当でもある彼女の拠点とも言える部屋で……デバイスの修理や整備・設計・開発を行う専用のラボであった。
無骨で何に使うのかも分からない器具の数々や、様々な状況を映像として伝えてくれる数台のモニター、制作・修理・整備したデバイスの仕上がり具合を確かめるために作られた別室。
そのどれもが冷たい鉄の色をしており、薄暗い雰囲気を醸し出していた……が、まだ新設されたばかりという事もあり、室内の様子は案外片付けられたものであった。
「さて、なのはさんが来る前に、君たちには見せたい物が有ります」
部屋の主でもあるシャリオが、この空間の中央に位置する台座まで歩み寄ると、踵を返して既に横一列で並んでいるフォワード陣に笑みを向ける。
また、彼女のすぐ横には、同じく相手の反応が楽しみだといった笑みを浮かべたリイン曹長が浮遊している。
「本来なら、なのはさんがいる中で渡したかったのですが、まあその辺は色々あったので仕方ないとして」
そう言って、リイン曹長は隣にいるシャリオとアイコンタクトを取って互いに頷く。
「じゃじゃ~ん♪ 全員、台の上に注目ですぅ!」
リイン曹長が嬉しそうに中空で跳ねながら右へとずれると、隣にいるシャリオも自身の後ろ側にあった台座の上をフォワード陣に見せるために、大股で一歩、左へとずれた。
すると、これまでシャリオの体が影となって伺えなかった、台座の上に置かれていた物が露わとなる。
「これは……」
それを見たフォワード陣の内、スバルが呟く様に言葉を漏らした。
台座の上に置かれていた物……それは、其々異なった形をした、四つの待機状態にしてあるデバイスであった。
一つは掌サイズのカード型をした、白を基調とし、中心には縦の赤いラインが入ったデバイスで、表裏同柄の配色をしていた。
また隣には、ひし形に近い六角形の青いクリスタルが装飾された、ネックレス状のデバイスが置かれていた。
更に、その隣にも後二つデバイスが置かれていたのだが、既にそちらは、リイン曹長に促されたエリオとキャロの二人が手に取っていた。
「お二人はちゃんとしたデバイスの使用経験が無かったみたいなので、これまでは基本フレームと最低限の機能だけが搭載された物を渡していましたが、これからは、その六課の前線メンバーとメカニックスタッフが技術と経験の粋を集めて完成させた最新型を使ってもらうです♪」
「あれで最低限だったんですね……」
「きれい……」
今、エリオの子供の手には、これまた子供らしい青のベルトをしたデジタル腕時計型のデバイスが握られている。
そして、その隣に立っているキャロの両手の上には、二つで一対の紐に桃色のクリスタルが二つ、装飾として着けられた、二枚の羽を模した白い布が特徴的なブレスレットが置かれていた。
二人の前で自慢げな表情をしているリイン曹長の説明によれば、この待機状態の形状こそは以前から使っていた物と差異の無いデバイスには、これまで使用してきた物よりも数段上の性能が秘められているらしい。
「ほら、二人も手に取って見て♪ ネックレス型のがスバルので、カード型のがティアナのね」
「はい……」
エリオたちに続いて、シャリオに手に取る様に促されたスバル・ティアナの二人が、台座の上に乗っていた、自分たちの新しいデバイスと対面する。
「もともと、六課に入ってくる君たちには訓練の進行具合で、この実戦用の新デバイスに切り替えてもらう予定だったから、今回の故障は丁度いいタイミングだったのかもね♪」
今回の訓練で異常をきたしてしまったスバルのローラーブレード型のデバイスと、ティアナのアンカーガン型のデバイスは、実は彼女たち手製の自作機であり、専門のスタッフたちが手掛けたものでは無かった。
故に、台座の前に立ったスバルとティアナの二人は、エリオたちと同様に、自分用に設計・開発されたというデバイスを手に取ってみると、言い知れない感動の様なものを覚えていた。
「これが、私の新しいデバイス……」
ティアナが感慨深げに、手に取ったカード型のデバイスに向けて呟くと、シャリオが満足した様子で頷いた。
「設計主任は私、協力はなのはさん・フェイトさん・レイジングハートさんにリイン曹長。その子たちは、どれも部隊の目的とあなた達の個性や特性に合わせて開発されたものだから、文句なしの最高の機体よ♪」
「それに、その子たちは、まだ生まれたばかりの機体ですが、色んな人の願いや思いが込められてて、一杯時間をかけて作られた物ですから、ただの武器や道具だとは思わないで、大切に……だけど、性能の限界まで思いっ切り使ってあげて欲しいです♪」
「この子たちも、きっとそれを望んでいるから」
まるで、自慢の我が子を預ける親の様に、スバル達に渡したデバイスについて語る二人の表情は、本当に慈愛に満ちたものがあった。
しかし、ここでスバルが何かに気付いたように、手に持っていたデバイスから視線を外して、後ろへと振り返った。
「あれ……でも、アルのは?」
新しいデバイスを渡された四人とは違って、まだ何も渡されていないアルファードに、どこか気まずげな視線を向けるスバル。
この無機物な部屋を見渡す限り、確かに四人が持っている物以外、デバイスらしき影は見当たらないのだが……彼はそんな事など全く気にも留めていない様子で、自身の制服の胸ポケットから、一つのリングネックレスを取り出した。
「俺には、自作デバイスや簡易的なデバイスを使っていたお前たちとは違って、前の部隊の技術主任から頂いた、このデバイスがあるからな。新しいのは必要ない」
「え、でも……」
アルファードの下手したら相当な嫌味に聞こえてしまいそうな言葉に、スバルは戸惑いがちに、思わずと言った様子でシャリオを見てしまう。
その視線に、シャリオは優しげな笑みを浮かべると。
「アルファード君の場合、事前に新しいのは必要ないっていう旨は伝えられてたし、前に居たっていう部隊の技術主任の方からも『改造の必要は無い』って釘を刺されてるから、今回は四人だけって感じなんだ。あ、でもアルファード君のデバイスも近代ベルカ式の最新型で、その『改造の必要は無い』っていった人が設計・開発に携わってたみたいだから、下手に弄れないっていう理由もあるんだ」
「でも、ガジェットとの戦闘訓練のために、少し細工してるって言ってましたよね?」
スバルが単純に気になった事を尋ねると、シャリオもそれに言いよどむ事無く、別にやましい事は無いといった表情で答えた。
「そういった面でのことは、ちゃんと向こうの許可を貰ってからやってるから、別に問題は無いのよ?」
「ちなみに訓練プランや、どんなところに手を加えるのかといった計画書や進行報告書などもちゃんと提出してるのです♪」
リイン曹長が胸を張って言外に『抜かりはない』というアピールをしていると、リングネックレス型の待機状態を取っているデバイス“エクスキューション”を再び胸ポケットにしまったアルファードが、補足と言った形で二人の言葉に続く。
「このデバイスは、俺の身体情報と魔力特性、変換資質などを綿密に調べ上げたうえで作られた物だから、おそらく、フィニーノ一等陸士やリイン曹長たちが手掛けた、そのデバイスと同等程度の性能は誇っている筈だ。それでも、そうは見えなかったのなら、俺の実力が不足していたという事だろう」
最後の一言には、どこにも冗談めいた色は見られなかったため、それだけ彼が自身のデバイスに全幅の信頼を置いているという事が伺えた……また、そのアルファードの言葉を聞いたティアナは、誰にも悟られない程度の音量で「ふん……」と、気に入らないと言った風に鼻で息を鳴らしていた。
すると、アルファードの説明を聞いていたシャリオの何らかの触手が動いたのか?
「へぇ、この子たちと同等程度ね……参考までに聞かせてもらいたいんだけど、基本スペックとかはいいから、どれぐらいアルファード君から情報を取ったのか教えてもらえないかしら?」
不敵な笑みを浮かべながら、眼鏡のブリッジを掛け直して、そうアルファードに尋ねた。
これに対しアルファードは、彼女が何故、自分に向けて敵意に似た感情を発しているのか、理解出来ないといった困惑気味な表情を浮かべながらも、情報開示が許されている範囲で答えた……まあ、なぜ彼女がそういった感情を露わにしているのかと言えば、ただ単に、自身が新しく作ったものと同程度と言われて、技術者的なプライドが働いたというだけなのだが。
「自分が分かる範囲で開示が許されているのは、リンカーコアの基本情報と、基本的な運動能力や視力と聴力、体重に骨格・骨の可動域・骨密度・筋質量・血液量・血中酸素濃度・基礎代謝率や肺活量、更には様々な遺伝情報に至るまでだと聞かされています。様々な遺伝情報というのは、直接聞かされた自分ではあまり理解出来なかったのですが、染色体と精子の数・直進率まで調べたと聞かされました」
「せいっ……」
「……」
アルファードの極めて事務的な口調から発せられた、ある一つのワードに、この部屋にいる年頃の女性陣(シャリオを除く)が、一瞬にして顔を赤らめる……ちなみに、ビクリと反応してしまったのはスバル、無言でそっぽを向き始めたのがティアナで、キャロはエリオと共に、なぜ皆が顔を赤らめているのか分からないと言った顔をしていた。
「ふぅん……聞く限り、かなり隅々までって感じだけど、なぜ遺伝情報まで調べたのか、ちょっと分からないわね。う~ん、やっぱり奥が深い……」
「自分にもっと専門的な知識があれば、確りと説明できたのですが……申し訳ございません」
ぶつぶつと腕を組んで唸り始めたシャリオに、何か自分は拙い事をしてしまったのではないかと勘違いしたアルファードが、申し訳なさそうに軽く頭を下げる。
これにシャリオは「あ、いいのいいの、気にしないで、こっちの話だからさ♪」と、勘違いしている彼を宥める様に両手を胸の前で振っていた。
「ですが、確かにシャーリーの言うとおり、遺伝情報まで調べるというのは珍しいですぅ」
「ですよねぇ……て、今はそれを考えてる場合じゃ無かったわね」
同じく、何かに引っかかっていたリイン曹長が話を振り戻すが、流石に乗ってしまうと何時まで経っても本題が進められないので、シャリオは場の軌道修正を自ら図ろうとした……が。
突然、この室内の出入り口から、スライド式の自動ドアが開閉される静かな音が発せられる。
そちらへと、室内にいた全員が振り向くと。
「ごめん、ごめん。お待たせぇ」
そこには、戦技教導隊用の制服では無く、皆と同じカーキ色の六課専用の制服を着こなした、高町なのは一等空尉の姿があった。
彼女の登場に、まずはリイン曹長が「なのはさぁん♪」と文字通り飛び込んでいき、シャリオが「おぉ、ナイスタイミングです♪」と、声を弾ませる。
飛び込んでいったリイン曹長が、なのはの整った顔の前で止まると、「丁度これから、機能説明をするところですぅ♪」と、話の進行具合を伝えた。
「そう、もう使える状態なんだよね?」
「はい♪」
なのはの問いに、自信満々といった様子で頷くリイン曹長。
これを見て、なのはも「じゃあ、早いところ説明を終わらせちゃおうか」と、笑顔を向ける。
彼女が現れた事によって、スバルを筆頭に其々の面子の表情が心なしか、さっきよりも一段階、明るくなったように見えるのは気のせいでは無いのであろう……が、やはり、さっきの訓練終りに、なのはに対して身の程を弁えない言動をしてしまったアルファードは、どこかばつが悪そうに彼女から視線をそらしてしまう。
そのアルファードの様子を、どうやらなのはも感じ取った様であったが、彼女は一瞬、残念そうな顔をするだけで、すぐにシャリオが待っている方へと歩を進めてしまった。
「よし、じゃあまずは最初に、その子たちに掛けられたリミッターについて説明するわね」
「リミッター、ですか?」
ティアナの疑問が込められた言葉に頷くと、シャリオは、皆が囲いをつくっている台座の前から遠ざかって、別室の様子を伺える壁の前で足を止めると、空間にモニターを発生させる装置を起動した。
すると、シャリオの前に、よくなのはが訓練中にも使っているホログラムのディスプレイが四つ映し出される。
映し出された四つの画面には、今フォワード陣の四人が手に持っている、其々のデバイスの待機状態の画像が表示されていた。
「そう、デバイスの出力を制御するリミッターね。段階としては四段階で、一番最初は、それほどビックリするようなパワーはでないから、まずは、この状態で扱いを覚えてもらって……」
ホログラムのディスプレイから振り返って、フォワード陣たちに軽く流すような形で説明していくシャリオ。
本来なら、ディスプレイに表示された画像隅にあるスペックデータも交えて説明するべきなのであろうが、ここにはまだ専門的な知識に乏しいキャロやエリオといった二人もいるために、なるだけ簡潔に重要な点だけを伝えようとしていた。
「で、各自がいま設定されている出力に慣れたら、なのはさんやフェイトさん、リイン曹長と私の判断で解除していくから、デバイスと一緒に成長してもらうって形になっています」
まるで教え子に物事を教える教師の様に、右手の人差し指を立てて「とまあ、こんな感じかな」と締め括ったシャリオ……すると、この一回の説明で確りと理解したティアナが、徐に口を開いた。
「出力リミッターと言えば、なのはさん達にも掛かっていますよね……? そういった形とは違うのでしょうか?」
このティアナの問いには、シャリオの右隣に立っていたなのはが直接答えた。
「基本的には同じだけど、私たちの場合はデバイスだけじゃなくて、本人にも掛けられてるね」
「「「「え?」」」」
「……」
何ともないと言った彼女の答えに、スバル・ティアナ・エリオ・キャロの四人が同時に呆けた声を出し、アルファードは少々片眉を吊り上げて、無言のまま、なのはの次の言葉を待っていた。
「能力限定って言ってね。うちの隊長と副隊長は、皆デバイスと自分にリミッターを掛けてるんだ」
「もちろん、はやてちゃんもですね」
なのはの説明に補足と言った形で、リイン曹長が付け足した。
しかし、それだけ聞いても、まだ理解出来ていない様子のフォワード陣の面々(アルファードを除く)に、シャリオが噛み砕いて、なぜそれが必要なのかの説明を始める。
「ほら、部隊ごとに保有できる魔導師ランクの総計規模って決まってるじゃない? 確か、アルファード君が前に居た部隊でも、同じことをしてたんじゃないかな?」
急に話を振られたアルファードは、特にあたふたとする様子も無く、極めて事務的な口調で答えた。
「はい。一つの部隊に優秀な魔導師を多数置くための処置として、隊長を筆頭に、ランクの高い隊員からリミッターを掛けられていました。一番リミッターを掛けられていた隊長は、確かSからAランクまで制限を掛けていると仰っていました」
「うん、大体そんな感じで、一つの部隊の規模に上手く収まる様に調整しているの。まあ裏技的な手だけど、他の部隊も同じことをしてるから、暗黙の了解として許されちゃってるんだ」
アルファードが以前に所属していた部隊を引き合いに出して、他のフォワード陣の面々に粗方の説明をしたシャリオは、ふと右隣にいる、なのはに視線を向けた。
「そういえば、六課で一番リミッターを掛けられているのは、八神部隊長でしたよね?」
「うん、そうだよ。うちの場合は、はやて部隊長が4ランクダウンで、隊長たちは大体2ランクダウンかな」
「四つですか!? 八神部隊長ってSSランクの筈ですから、Aランクまで落としているんですか?」
自身の所属している部隊の総部隊長が背負っている負担を聞かされて、素で驚いた表情を露わにしてしまうティアナ。
すると、そこにリイン曹長が中空を滑る様に飛んできて「はやてちゃんも色々苦労をしてるですぅ」と、ここにはいない彼女を労わる様に、フォワード陣に向けて言葉を漏らした。
「あの、なのはさんは……」
そんなリイン曹長の様子から、なのはがどれほど負担を背負っているのか気になったスバルが、少し気まずげな様子で尋ねた。
これになのはは、別に気にする事は無いと笑顔を浮かべながら答えた。
「私はもともとS+だったから、2・5ランクダウンでAAランク。だから、そろそろ皆を一人で相手するのは辛いかな?」
スバルの疑問に答えつつ、さっきから普段通りの仏頂面をしているアルファードに視線を送るなのは。
おそらく、いま自身が喋ったことが、訓練後に伝えきれなかった事の一つだと、視線で語っているのであろう……アルファードも、このなのはからきた視線での言葉を正確に理解していたのだが、やはり、まだどこか納得していないのか、すぐに瞼を伏せてしまった。
この彼の仕草によるサインは、無言の了承とも取れるものであったが、なのはは内心で(まあ、これで納得しろっていうのも無理があるか)と、アルファードと言う個人の性格を踏まえた上で捉え、教え子の心情を確りと理解していた。
若いと言っても、この辺は流石、教導官といったところか。
二人がそうこうしている内に、リイン曹長が説明を引き継いでいた。
「フォワードの皆さんとは違って、隊長さんたちは、はやてちゃんの許可を、はやてちゃんは直接の上司であるカリムさんか部隊の監査役、クロノ提督の許可がないとリミッターは解除できないですし……許可自体、滅多な事でも無い限り下りないそうですぅ」
小さな彼女から出て来た、総部隊長である八神はやての上司の名前……。
これに、なのはからの視線を避けるために瞼を閉じていたアルファードが、ゆっくりと目を開けて、胸中で黙考し始めた。
(聖王教会の重鎮、カリム・グラシア少将と、時空管理局の本局つきの提督、クロノ・ハラオウン提督か……話に聞く限り、カリム・グラシア少将は未来予知に似た“レアスキル”を所有しているというし、クロノ・ハラオウン提督に至っては、次元航行船のXV級艦船“クラウディア”の艦長という役職に就いていながら、高町一等空尉にも劣らない戦技を持っているという。普通に考えれば、これ以上に無い後ろ盾だが……どうにも引っかかるな)
あまり外見には悟らせずに、シャリオやリイン曹長の説明を聞きながら、静かに思考に耽るアルファード。
六課の設立に当たっては、いま挙げられた二人の人物の他にも、リンディ・ハラオウン総務統括官という人物もいるのだが、それよりも彼にとっては、どうしてこれほどの権力を持った面々が、この機動六課という実験部隊にも似た部隊に協力的なのかという事に疑問を抱いていた。
確かに、八神総部隊長には、その彼女が持つ特異性故に、聖王教会という騎士たちを束ねる組織と繋がりがあるという事は知っていた――――騎士と言うのは、簡単に言ってしまえば時空管理局と共に、次元世界に多大な影響力を持つ大規模組織、聖王教会に所属する魔導師の呼称である……まあ、実際には他にも色々と分け方はあるのだが、大雑把な説明としては、これがベストなのかもしれない。
そして、クロノ・ハラオウン提督に至っては、アルファード自身が所属するライトニング分隊隊長のフェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官が妹という関係性なので、その筋で親密な関係があるという事も頷ける。
また、先に挙げたリンディ・ハラオウン総務統括官は、この二人の母に当たる人物だ。
考えれば考える程、特に政に強くは無いアルファードは、ただの身内贔屓なのかという結論に至ってしまうのだが、どうにも、それでは引っ掛かりが取れなかった。
故に、彼は今度、こういった話題に強い方に相談してみようと、一応の歯止めを置くのであった。
「……とまあ、話は少し脱線しちゃったけど、簡単な機能と使用方法の説明は、理解出来たかな?」
「「「「はい!」」」」
アルファードが、ある意味で疑問の先送りをしたのと同時に、どうやら他の四人が受け取った新デバイスの説明は終わっていた様であった。
「とりあえず、新型も皆の訓練内容に合わせて微調整していく予定だから……」
「午後の訓練でテストして、少し合わせてみる?」
「遠隔調整も出来ますから、手間もそこまで掛からないですよ?」
説明を終えたシャリオが、ホログラムのディスプレイを閉じながら、なのはと今後の調整に着いて話し合っていく。
「はあ、最近は便利になったね」
歳に似合わず肩を竦めて、時代の進歩に溜息を付いたなのはは、隣でフワフワと飛んでいたリイン曹長を見ると、彼女もまた「便利です♪」などといって、両手を挙げて技術の進化を歓迎していた。
「あっと……そういえばスバル」
「あ、はい」
シャリオが何かを思い出したかのように声を掛けると、スバルがハッとした様子で姿勢を正した。
「スバルの場合は、リボルバーナックルとのシンクロ機能も上手く設定できてるからね♪」
「本当ですか!」
「もちろん♪ あと、持ち運びが楽になる様に瞬間収納と瞬間装着の両方の機能を着けておいたから」
「あはは! ありがとう御座います♪」
もともとスバルが使っていたローラーブレード型のデバイスは自作であったために、そこまで多彩な機能が詰められていた訳では無く、訓練の前に履いて使うと言ったアナログ的な装着方法を取っていたのだが、今度からは、いつでもどこでも呼び出せ、そして自動的に両足に装着される様になっているという。
これに、彼女も嬉しそうな笑みを浮かべていた。
しかし、そんな和やかなムードが場を満たしていた時であった……。
部屋に設置されていた赤いランプが点滅し出し、数台のモニターの画面全てが『ALERT』という文字に埋め尽くされる……。
一同に緊張が走る……なぜなら、この現象と共に隊舎中に聞こえてくるアラートの音は“一級警戒態勢”と呼ばれる、文字通り非常事態を伝えるものなのだから――――
あまり話が進められませんでしたが、次回はちゃんと進みます。
ある程度……ですが。