うん。まさかほぼ三年放置されているとは思ってなかったよ。
いや本当にごめんなさい。多分今後はこれ以上待たせることはないです。
……きっと!
コード保持者は『不老不死』。
この世のいかなる兵器、自然現象でさえその存在を完全に抹消することはできない。しかしそれは
「終わった……」
己の身体より流れ出した血だまり。その上に倒れこんだまま、立ち上がれない。
既に傷はなく、
これほど自分が無力だと痛感させられたのはいつ以来だろう。
守ると誓った。その準備もしてきた……つもりだった。しかし“彼女”は死んだ。
謝罪の言葉を口にしようとして、やめる。その対象がいない言葉ほど、むなしいものはないから。
「マリアンヌ」
涙はでない。それは私が薄情だからか、それとも――
■
時間は一時間ほど巻き戻る――。
V.V.がアリエス宮に訪れた瞬間、それは私に伝わった。コード保持者は互いに存在を感知できる。さすがに国境を越えた先までは不可能だが建物の中くらいならばどこにいても可能だ。
これから奴は原作通りにマリアンヌを殺すつもりだろうが、そうはいかない。彼女は私が守って見せる。
たとえ未来を変えてしまおうとも。
当たり前の事だが今後の歴史は大きく変化するだろう。
マリアンヌが死なないのならルルーシュ達が日本に捨てられる事もない。つまり『ゼロ』にならないし『黒の騎士団』も結成しないわけだ。
もしかしたらブリタニアへの反逆自体、考えもつかない可能性もある。
そうなると彼に私とギアスの契約を結ぶ理由がなくなる。結果私の望みが絶たれるかもしれないが――友人を見捨てることはできなかった。
確かに、ルルーシュに殺されることが現在の最も大きな望みではある。
だが、だからと言ってマリアンヌを己の欲の為に見殺しにすることはできない。
今に至るまでかなりの時間悩んだけれど私は問題を先送りにすることにした。
どうなるかはわからないがとりあえず今は己の心に従おう、と。
シャルルの事もある。最近のあいつはマリアンヌという、家族以外で初めてわかり会える存在を見出した事により「ラグナレクの接続」を見直す方向に心が変化している。
マリアンヌも現状ラグナレクには意欲的ではない。
そんな様がV.V.の目には裏切りに映ったのだろうが――
奴の葛藤など私はどうでもいい。ブラコンとは対話が成立しない。だから説得も不可能、とくれば今回の暗殺を防いだ後、シャルルにちくって封印してもらうしかないだろう。
下手にコードを奪ってギアス能力が復活しても厄介だ。
まあコードを奪って即殺す、という手段もあるにはあるがその手はあまり使いたくない。
マリアンヌは殺させない。でも、できるなら最後はルルーシュに殺されたい。
改めて考えると矛盾だらけで笑えて来る。
そもそも、後者に至っては彼女を守り切った場合高確率で達成は不可能だろう。
我ながら愚かだがすべては終わってから考えよう。
そうして少しの緊張を胸に秘め、私は自室のドアをそっと開き――次の瞬間、銃弾の雨が私を撃ち抜いた。
■
「出来の悪い喜劇だ」
現実逃避の回想から意識を戻して、やっと力の入るようになった身体を起こすと目の前には見知った顔の“死体”が転がっていた。
その死体――私を
おそらくは嚮団のギアスにより操られ私をハチの巣にしたあと、己の頭を撃ち抜いて自害したのだろう。
確かにV.V.の存在なら知覚できるがギアス能力者でもない上、ギアスにかけられただけの一般人の行動までは読み切れなかった。
私を先に殺しておく事にしていたのだ、奴は。
勿論不死である私は死なないが殺しつくすことで復元を遅らせ、足止めをすることはできる。
見事にそれは成功し、私はマリアンヌを救う事が出来なかった。
護衛と言う事で居候をしていた身だと云うのに、彼女を守るどころか盾になる事すら出来ずに虫食いだらけのチーズ状態でさっきまで死んでました、などと――なんて無様で滑稽な様なんだろう。
コード所有者は契約者の生死を知覚できる。
先ほど、マリアンヌをマリアンヌたらしめていた個体は生命活動を停止した。だが、彼女は完全に死んだわけではない。
精神と魂は肉体を脱し、ある一人の少女に取り憑いた。今後、マリアンヌだったものはその少女の中に巣食い精神を変質させていくことだろう。
そしてシャルルはラグナレクの接続へ本格的に動き出す。
――私はそれを止められる立場にありながら、何もできなかった。
「……」
涙は出なかった。友人が死んだにも関わらず、私の表情筋も涙腺も相変わらず仕事をしようとはしない。泣きたいほど悲しんでいるのに。
あるいは私は、彼女の事をそれほど大切に思ってなかったのかもしれない。
友だなんだと言っておきながら所詮は己が楽になる為に利用する駒の一つ程度と考えていたのだろうか。
それは違う、と心は訴えている。しかしそんな自分の心を最早信用できない。
長い時の流れの中、私はあらゆる事象に対して不感症を貫いてきた――それは一種の自己防衛でもあったのだが――そのために感情がマヒしてしまい、よほど強い想いでないと表層にまで表れることはない。
つまり今の私にとって友の死ですらそれに届かない……まさに
だがそんな人でなしで、度し難いほど愚かな私にも未だ強く心に抱くものがある――それこそがルルーシュへと求める、己の死だ。
一度は友のためにと忘却することも吝かではなかった望みだが……結局、その友を失ったことでより強く渇望することになったのは皮肉だろうか。
はじめは、殺してくれるならだれでもよかったのに、ルルーシュを思い出したその瞬間に彼に囚われてしまったから、彼でないとだめなのだ。
実際、ルルーシュなら私を必ず殺してくれるまで育つ。
身の毛がよだつほど強いギアス適性。彼がいかに忌避しようとも一度契約してしまえばその力は必ず達成人へと至るだろう。
次こそは間違えない。私は死ぬために今を生きている。
そもそも、たった一つ以外は切り捨てるべきだった。ルルーシュに関する事以外は。
「ふん……」
自身の流した血と銃弾で服の役割を成さなくなったそれ――騎士服――を脱ぎ捨てる。
未だシャルルが混乱しているうちに支度を整えて国外へ飛ばなければならない。
時が来るまで、再びの流浪生活になるが……なに、いずれ来るその時を思えば苦ではない。
浴室に入り、シャワーの蛇口を目いっぱいひねる。
熱いその感覚を全身で感じながら、都合のいいことを考えてしまう。
熱湯により流れ落ちる血液のように“ここ”で得たすべての過去が流れ落ちてくれることを。
次回はもう本編時間軸まで飛びます。