- The Another Origin -   作:青葉空太

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第9話 英雄の末裔

 

 夜も更け、空には満天の星々が瞬いていた。

 一晩遅れの満月が箱庭を照らしている。

 

「こんなにいい星空なのに、出歩いてる奴はほとんどいねえな。俺の地元なら金とれるぜ」

「本当だな。俺が元居たところでも、ここまで綺麗な星空を仰げる機会はそうそうない」

 

 足早に歩みを進めながら、十六夜と日向は感慨深げに呟いた。

 彼らの生きていた時代は、自然という存在を犠牲にすることで人々が安寧を得ていた時代だ。

 だからこそ、こうして人里で見上げる満天の星空はとても新鮮に感じられた。

 対照的に戦後間もない時代から来た飛鳥にとって、この星空は疑問の対象だった。

 

「あれだけ鮮やかな月なのに、星の光が霞んでいないのはどうしてかしら?」

「箱庭の天幕は、星の光を目視しやすいように出来ていますから」

「そうなの? だけどそれ、何か利点があるのしら? 太陽の光から吸血鬼などの種を守るため、という話なんかはまだ分かるのだけど」

 

 わざわざ星の光を際立たせたることに、何か特別な意味があるとは思えない。

 焦るように小走りをしていた黒ウサギは一旦歩幅を緩めると、

 

「ああ、それはですね」

「おいおいお嬢様。その質問は無粋だぜ」

「そうだぞ。“夜に綺麗な星空が見えますように”っていう職人たちの粋な計らいなのさ」

「あら、それは素敵な心遣いね。とてもロマンチックだわ」

「……そ、そうですね」

 

 黒ウサギは彼らの推察をあえて否定しなかった。

 本当は別に理由があるのだが、話せば長くなるし、何より今は他にやるべきことがある。

 納得してくれたのであれば、ここで無理に説明する必要もないだろう。

 再び小走りに戻ろうとして、

 

「……ま、それだけって訳でもなさそうだけどな」

「え?」

 

 不意に発された日向の言葉に、黒ウサギはピクリとウサ耳を反応させる。

 しかしその意味を尋ねる前に、とうとう目的地まで着いてしまった。

 “サウザンドアイズ”支店の門前に訪れた4人を、いつぞやの無愛想な女性店員が出迎える。

 

「お待ちしておりました。中でオーナーとルイオス様がお待ちです」

「……ほほほ~う? 黒ウサギたちが来ることは承知の上、ということですか。あれだけ遠慮無用に無礼を働いておきながら、よくも『お待ちしておりました』なんて言えたものデス」

「……詳細は聞き及んでおりません。中でルイオス様からお聞きください」

 

 まるで他人事のような返答にまたもや腹を立てそうになる黒ウサギだが、そこで日向が肩に手を置いて口を挟んだ。

 

「まあまあ落ち着け黒ウサギ。そんなに語勢を強めるなんて、いつものお前らしくないぞ? 別にこの人に非があるわけでもないだろう?」

「そ、それはまあ、そうですけれども……そう簡単に納得は出来ないのでございますよ」

「だからこそ、早く中でそのルイオスって奴に文句を言ってやらないとな」

「うう、その通りなのです。……店員さんも、申し訳ありませんでした」

「いえ、どうかお気になさらずに」

 

 日向に指摘され、確かに大人気がなかったとウサ耳を萎れさせる黒ウサギ。

 その頭を日向は苦笑して撫でながら、

 

「ほら、元気を出せ黒ウサギ。交渉の席でそんな顔をしてたら、相手につけ込まれるぞ?」

「日向君の言う通りよ。名前から見てどうやら先方は男性らしいし、むしろ逆に籠絡させるぐらいの気概で行きなさい」

「わ、わかりました!」

「ヤハハ。というわけで、作戦名は『黒ウサギの美脚でエロエロ色仕掛け作戦』に決定だな」

「「異議なし!」」

「YES! って異議ありますよ!? 何ですかそのお馬鹿過ぎる作戦は!?」

 

 ギャースカと喚きながら騒々しく暖簾を潜っていく黒ウサギたち。

 最後に日向が入ろうとしたところで、

 

「……お心遣い、感謝いたします」

 

 通り過ぎる直前、ポツリと女性店員が囁いた。

 日向は軽く頷いて謝意を受け取ると、仲間に続いて店内に進む。

 そのまま案内された離れに向かうと、室内で迎えたルイオスは黒ウサギを視界に収めた途端盛大に歓声を上げた。

 

「うわお! ウサギじゃん! 噂には聞いてたけど、まさか本当に東側に居るなんて思わなかった! つかミニスカにガーターソックスってかなりエロいな! ねえ君、うちのコミュニティに来ない? 今なら三食首輪付きで毎晩可愛がるぜ?」

 

 ルイオスは地の性癖を隠す素振りもなく黒ウサギの全身を舐め回すように視姦してはしゃぐ。

 黒ウサギは思わず背筋に悪寒が走り、慌てて日向の背中に身を隠す。

 飛鳥はそんなルイオスに憚ることなく不快感を露わにすると、毅然な態度で言い渡した。

 

「これはまた、随分と典型的な外道が出たわね。先に断っておくけど、この美脚は私たちの物よ。それでもお近づきになりたいと言うのなら、それなりの誠意を見せてもらおうかしら?」

「ちょ、飛鳥さん!?」

 

 黒ウサギが慌てて飛鳥に食ってかかる。

 飛鳥はヒソヒソと彼女のウサ耳に耳打ちした。

 

(ほら、今こそ作戦を遂行する時よ黒ウサギ)

(ええっ!? む、無理です無理ですっ! 生理的に絶対無理ですっ!)

(おいおい、何も本気でお前の美脚を犠牲にしようだなんて考えてねえよ。あくまでも主導権を握るためのキッカケさえ掴めればそれでいい)

(そ、それはそうかもですけど……)

(安心しろ黒ウサギ。いざって時は、絶対に俺たちが助けてやるから)

(……わ、分かりましたっ!)

 

 同士の後押しで決心をつけた黒ウサギは、チラリと日向の後ろから太ももを覗かせ、

 

「ふ、ふふふ。もしも黒ウサギのお願いを聞いてくれたら、この美脚に触れるかもしれないのですよ♪」

「それは誠かっ!?」

「別の人が引っかかった!?」

 

 物凄い勢いで座敷を立つ白夜叉。

 彼女は鼻息を荒くして問いつめる。

 

「ほれほれ、どうした? 早ようそのお願いとやらを言うがよい。私の全権力を駆使して叶えてやるぞ? フフフ、遂にこの時が来たのだ。かねてよりの念願であった黒ウサギの持ち得る美脚の素晴らしさを隅から隅まで味わい尽くすという私の欲望が今こそ叶」

「うわけないでしょうこのお馬鹿様ああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 スパアァァァンッ!!!

 

 と全力でハリセン一閃。

 叱られた白夜叉はしょんぼりと頭をさすりながら、

 

「堅いことを言うなよぅ。ちゃんと優しくするぞ?」

「その発言がすでに危ねえよ」

「ああ、変態だな」

「何だと!? おんしらだって男ならば、黒ウサギの美脚を一度は堪能してみたいと思うだろう!?」

「「フッ、否定はしない」」

「だから否定してくださいこのお馬鹿様方ああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 スパパアァァァンッ!!!

 

 と更に全力でハリセン一閃。

 今日の黒ウサギは短気だった。

 肝心のルイオスはすでに完全に蚊帳の外だ。

 彼は日向たちのやり取りを唖然と見つめていると、唐突に笑い出した。

 

「ぷっ、あっはははは! え、なになに? 君らもしかして“ノーネーム”っていう芸人のコミュニティか何かなの? もしそうならまとめて“ペルセウス”に来いってマジで。もちろん、その美脚は僕のベッドで毎夜毎晩好きなだけ味合わせてもらうけど」

「お断りでございます。黒ウサギは礼節も知らぬ殿方に肌を見せるつもりはありません」

 

 黒ウサギが嫌悪感を吐き捨てるように言うと、隣の十六夜がからかうに問いかける。

 

「ふーん? 俺はてっきり見せるために着てるのかと思っていたが?」

「そ、そんなわけないじゃないですか! こ、これは白夜叉様が開催するギフトゲームの審判をさせて頂く時に、この格好を常備すれば賃金を3割増しにすると言われて嫌々……」

「へえ、嫌々そんな服を着せられてたのか。……おい白夜叉、これはひと言いわせてもらうぞ」

「全くだな。俺も貴女に言っておきたいことがある」

「ほう、なんだ小僧ども」

 

 キッと白夜叉を睨む十六夜と日向。

 両者は凄んで火花を散らすと、同時に右手を掲げ、

 

「「超グッジョブ」」

「うむ!」

 

 ビシッ! と親指を立てて意志疎通する3人。

 話が進まず、ガクリと項垂れる黒ウサギ。

 そんな状況を見かねたのか、女性店員が静かに部屋の障子を開けて助け船をだす。

 

「あの……御来客の方も増えましたし、よろしければ店内の客間に移りましょうか? この人数では流石に手狭でしょうし」

「い、YES。そうして頂けると助かります」

 

 こうして一度仕切り直すことになった一同は、女性店員に連れられて客室の方に向かうのだった。

 

 

 

***

 

 “ノーネーム”の面々は、“サウザンドアイズ”の幹部と向かい合う形で座敷に座る。

 対面に腰を下ろしたルイオスは、相変わらず下卑た視線で黒ウサギを見ていた。

 黒ウサギは悪寒を感じつつも、ルイオスを無視して白夜叉に事情を説明する。

 

「──“ペルセウス”が私たちに対して無礼を働いたのは、以上の内容となります。ご理解いただけましたでしょうか?」

「う、うむ。“ペルセウス”の所有物・ヴァンパイアが“ノーネーム”の本拠に無断で踏み入り、その敷地を荒らしたこと。またそれを捕獲する際における数々の暴挙と暴言。しかと聞き届けた。正式に謝罪を望むのであれば後日」

「結構です。あれだけの暴挙と非礼の数々。最早我々の怒りはそれだけでは済みません。“ペルセウス”に受けた屈辱は、両コミュニティの決闘をもって決着をつけるべきかと」

 

 両コミュニティの直接対決。

 それこそが黒ウサギの狙いだった。

 レティシアが敷地内で暴れ回ったというのは、勿論ねつ造だ。

 しかし彼女を取り戻すには、なりふり構っていたのでは間に合わない。

 黒ウサギたちに有利な手札はあまり無いのだ。

 少しでも使えるカードは全て切る必要があった。

 

「“サウザンドアイズ”にはその仲介をお願いしたく参りました。もしも“ペルセウス”が拒否するようであれば、“主催者権限(ホストマスター)”の名の下に」

「いやだ」

 

 唐突にルイオスは宣言した。

 

「……はい?」

「いやだね。決闘なんて冗談じゃない。そもそもあの吸血鬼が暴れ回ったという証拠はあるの?」

「それなら彼女の石化を解いてもらえば」

「駄目だね。あいつは一度逃げ出したんだ。出荷するまで石化は解けない。……それに、口裏を合わせないとも限らないだろ? ねえ、元お仲間さん?」

 

 嫌味たらしく笑うルイオス。

 しかし筋が通っているだけに反論できない。

 

「だいたい、あの吸血鬼が逃げ出した原因はお前たちだろ? 実は盗んでいたりして」

「な、何を馬鹿なことをッ! 一体どこにそんな証拠が」

「だ・け・ど。事実、あの吸血鬼はアンタらのところに居たじゃないか」

 

 黒ウサギはぐっと黙り込む。

 それを衝かれては言葉が出なかった。

 黒ウサギの主張にしろ、ルイオスの主張にしろ──第三者がいないという点では同じなのだ。

 

「どうしても決闘に持ち込みたいなら、ちゃんと検査をしないとね。まあもっとも? ちゃんと検査されて一番困るのは全く別の人だろうけど」

「そ、それは……!」

 

 黒ウサギは視線を白夜叉に移して押し黙る。

 彼女の名前を出されては、流石に手が出せない。

 この3年間“ノーネーム”を存続出来ていたのは、間違いなく彼女の支援があったからだ。

 今回の一件で更なる苦労はかけたくなかった。

 

「それじゃま、そろそろ帰ってあの吸血鬼を外に売り払うとするかね。愛想の無い女は嫌いだからさ、僕。特にアイツは体もほとんどガキだしねえ。けどほら、見た目だけなら可愛いから。その手の愛好家にしたら堪らないだろ? 気の強い女を裸体のまま鎖に繋いで組み伏せ啼かす、なんてのが好きなヤツもいるし? 太陽の光っていう天然の牢獄の下、永遠に玩具として扱われる美少女ってのもエロくない?」

「いや、お前の方がキモい」

「同感だ」

「おいそこの金髪と黒髪。お前ら後で表に出ろ」

 

 口を挟んだ十六夜と日向を睨みつけるも、ルイオスは気を取り直して話を続ける。

 

「けどまあ、アイツも心底可哀想なヤツだよね。箱庭から売り払われるだけに飽きたらず、恩知らずな上に恥知らずな仲間のせいでギフトまでも魔王に明け渡すことになっちゃったんだから」

「なんですって?」

  

 反応したのは飛鳥だ。

 彼女はレティシアの状態を知らなかったために驚きも大きい。

 黒ウサギも口には出さないものの、その表情からはハッキリと動揺が見て取れる。

 ルイオスはそこにつけ込んだ。

 

「いやあ、報われない奴だよ本当に。“恩恵”はこの世界で生きていくのに必要不可欠な生命線。魂の一部だ。それを馬鹿でマヌケな仲間の無茶を止めるために捨てて、ようやく手にした自由も仮初めのモノ。他人の所有物なんていう極めつけの屈辱に耐えてまで駆けつけたってのに、その仲間はアッサリと自分を見捨てやがるときたもんだ! 果たして目を覚ましたあの女は、一体どんな気分になるんだろうね?」

「……え、な」

 

 黒ウサギは途端に絶句する。

 そしてみるみる蒼白に染まり始めた。

 同時に幾つもの謎が解け、レティシアがどれだけの代償の払い、自分たちの元まで駆けつけたのかを理解する。

 ギフトを手放し、力を落としてまで──魂を砕いてまで、彼女は自分たちを守ろうとしたのだ。

 ルイオスはにこやかに笑うと、茫然自失な黒ウサギに向けてスッと右手を差し出した。

 

「ねえ、黒ウサギさん。このまま彼女を見捨てたら、コミュニティの同士として義が立たないんじゃないのかい?」

「……? どういうことです?」

「取引をしようよ。吸血鬼を“ノーネーム”に返してやる。その代わり、僕は君が欲しい。君は生涯、僕に隷属するんだ」

「なっ……!?」

「一目惚れってヤツ? それに“箱庭の貴族”という泊も惜しいし」

 

 再度絶句する黒ウサギ。

 飛鳥もこれには我慢ならず、座敷から立って怒声を上げた。

 

「これまで散々外道外道とは思ってきたけど、まさかここまでだとは思わなかったわ! もう行きましょう黒ウサギ! こんな奴の話を聞く義理はないわ!」

「お、お待ちください飛鳥さん!」

 

 黒ウサギの手を掴んで退室しようとする飛鳥。

 しかし黒ウサギは座敷を出ない。

 彼女は瞳は困惑している。

 ルイオスの提案に揺らいでいることは明白だ。

 手応えを感じたルイオスは嫌らしい笑みを浮かべてまくし立てた。

 

「ほらほら、君は“月の兎”だろ? 仲間のために、煉獄の炎に身を投げ出すのは本望だろ? 何せ君たちにとって、自己犠牲は本能だもんなあ?」

「……っ」

「ねえほらどうしたの? ウサギは義理とか人情とかそういうのが命よりも大好きなんだろ? 安っぽい命を安っぽい自己犠牲ヨロシクで帝釈天に売り込んだんだろ!? 箱庭に招かれた理由が献身なら、種の本能に従って安い喧嘩を安く買っちまうのが筋だよな!? ええほらどうなんだよ黒ウサ」

()()()()()!」 

 

 ガチン! とルイオスの下顎が不自然に閉じる。

 見かねた飛鳥の力が原因だ。

 

「っ……!?……!!?」

「貴方は不快だわ、()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 困惑するように口元を押さえたルイオスは、飛鳥の支配の言霊に従って徐々に体勢を前傾に歪め出す。

 しかし強制力に逆らって無理やり上体を起こすと、事態を理解した彼は強引に言葉を紡いだ。

 

「おい……女。そんなのが、通じるのは──格下だけだ、馬鹿がッ!!!」

 

 激昂したルイオスは完全に拘束を振り切ると、立ち上がると同時に懐からギフトカードを取り出した。

 そして光と共に現れた鎌をその手に取ると、飛鳥に向けて振り下ろす。

 あわや直撃、というところで刃を受け止めたのは、隣で座っていた十六夜だった。 

 

「な、なんだお前……!」

「十六夜様だよ色男。喧嘩なら利子付けても買うぜ? もちろんトイチだけどな」

 

 軽薄に笑い、掴んだ柄を蹴って押し返す。

 ルイオスは堪らず跳び退いた。

 しかし瞬時に体勢を立て直し、再び身構える。

 ピリピリと一触即発な雰囲気が漂う中で、それまで静観していた日向が厳しい声音でたしなめた。

 

「止めろ。俺たちは争いにじゃなく、話し合いに来たんだ。飛鳥も向こうの挑発に乗るな」

 

 しかし当の飛鳥は納得がいかないとばかりに異議を唱える。

 

「日向君! 貴方はこんな外道が許せるの!?」

「あのな飛鳥。こういう場は先に手を出した方が負けなんだ。ひとまずは気持ちを落ち着かせろ」

「そんなこと出来るわけがないでしょう! ここまで黒ウサギの想いを踏みにじられて、日向君はなんとも思わないの!? 見損なっ──!?」

 

 怒りのままに日向を咎めようとするが、しかしその先の言葉を続けることは出来なかった。

 ゴクリと、思わず息を呑む。

 なぜなら、彼女は目にしてしまったのだ。

 

 日向が、本気で激怒しているその姿を。

 

 一見しただけでは、普段と何も変わらない。

 無表情で、静かに腰を落ち着けているその様子は、むしろいつにも増して冷静沈着に見えるだろう。

 それでも真っ直ぐにルイオスを見据えるその瞳の奥では、圧倒的な憤怒の念が渦巻いていた。

 この場でルイオスに憤りを抱いているのは、決して飛鳥だけではないのだ。

 彼女はそれ以上二の句を継げることが出来ず、悔しそうに唇を噛んで閉口する。

 そこにこれまで成り行きを見守っていた白夜叉が、呆れたように釘を刺した。

 

「日向の言う通りだ。このうつけ者どもが。話し合いで解決出来ぬなら、門前に放り出すぞ」

「……チッ。けどその男の言う通り、先に手を出したのはそこの女だけどね?」

 

 尚も殺気立つルイオス。

 黒ウサギも静かに首肯した。

 

「ええ、分かっております。これで本日の一件は互いに不問ということにしましょう。……それと」

 

 彼女はギュッと胸の前で両手を握ると、震える声でルイオスに告げた。

 

「……それと、先ほどの話ですが……少しだけお時間をください」

 

 その言葉に驚愕した飛鳥は、反射的に叫ぶ。

 

「なっ、待ちなさい黒ウサギ! 貴女、この男の物になっても構わないと言うの!?」

「……仲間と相談するためにも、どうかお時間を」

「オーケーオーケー。ならこっちの取引ギリギリ期日まで……そうだね。1週間だけ待ってあげる」

 

 爽やかに笑うルイオス。

 黒ウサギはそれだけ告げ、足早に座敷を出た。

 飛鳥はすぐにその後を追いかける。

 そんな彼女たちを見送り、十六夜は呆れたように肩を竦ませた。

 

「白夜叉は恵まれてるな。気難しい友人とゲスい部下に挟まれるなんて、滅多に経験出来ないぞ」

「全くだの。羨ましいなら代わってやるぞ?」

「ヤハハ、遠慮しとくぜ」

 

 控えめに笑うと、座敷から腰を上げて黒ウサギたちの後に続こうとする。

 障子を開けて退室しようとしたところで、ふと思い出したようにルイオスに向けて問いかけた。

 

「ああ、そういや……“ペルセウス”のリーダーってお前か?」

「あぁ? そうだけど、今さら何聞いてんの?」

 

 先ほどのこともあり、不機嫌そうに返すルイオス。

 十六夜はしばらくルイオスを見つめた後、酷く落胆したようにため息を吐いて踵を返した。 

 

「おい、今のため息は何?」

「名前負けしすぎ。期待した俺が馬鹿だった……そういう意味さ」

「ハッ。今なら安い喧嘩でも安く買うぜ?」

 

 口調に明確な怒気を孕ませながら、ルイオスは再び鎌を取る。

 彼とて“ペルセウス”を率いる男。

 並み居る修羅神仏を押しのけて五桁の外門に本拠を構えているのだ。

 その実力は事実、並の人間とは一線を画す。

 先ほどは力負けしたかもしれないが、本気で戦えば自分が敗北するなどとは微塵も思っていない。

 挑発を受け、十六夜は片眉を上げて見つめ直す。

 それでもやはり、興味なさそうに視線を外して座敷から退室していった。

 

「クソッ、何なんだよアイツは! この僕を偉そうに見下しやがって!」

「はぁ。全く、どいつもこいつもやれやれだの。……それで、おんしはまだ帰らんのか?」

 

 子供のように憤慨するルイオスを余所に、白夜叉は未だ座敷で座る日向に問う。

 正直なところ、まだ短い付き合いでも彼なら真っ先に黒ウサギの後を追うであろうと予想していたので、内心気にはなっていたのだ。 

 問われた日向は気づいたように返事をした。

 

「ん? ああ、少しこの男に用があってな」

 

 その発言を耳にして、ルイオスはつまらさなそうに聞き返した。

 

「は? 何? お前も僕に文句があんの?」

「ああいや。別に文句なんて大層なものじゃないさ。……ただ、これだけは伝えておこうと思ってな」

「あ? なんだよ」

 

 日向はスッと立ち上がる。

 そして射殺すような凍てつく眼光を浮かべて一言、

 

「……テメェ如きに、黒ウサギは絶対に渡さねぇ」

 

 

 

 

***

 

 その後“サウザンドアイズ”支店から退出した日向は、ひとり本拠に向けて帰路に就く。

 街灯ランプで仄かに照らされる夜の道は、昼間とはまた違った趣を見せている。

 周囲に他人の気配は無く、脇を流れる水路の水音がサラサラと鼓膜にせせらぎを奏でた。

 そんな風に道を進んでいると、不意に桃色の花弁を散らす街路樹に、十六夜が背中を預けて佇んでいた。

 十六夜は日向に気がつくと、軽薄な笑みを浮かべて歩み寄る。

 

「よお」

「なんだ、まだ帰ってなかったのか?」

「まあな。夜の花見ってのも、なかなか乙なもんだ」

 

 ヤハハと静かに笑う十六夜。

 しかし次の瞬間、スッと目を細める。

 

「で、やるんだろ?」

 

 瞳の奥に明らかな戦意の炎を灯しながら、十六夜は不敵な笑みで問いかけた。

 その一言で彼の言わんとするところを理解した日向は、苦笑混じりに返答する。

 

「どうやら、お前も知ってるみたいだな」

「まあな。元々は奴らの主催するギフトゲームに参加する予定だったんだ。相手のことを調べておくのは、プレイヤーとして当然だろ?」

「ま、それは確かに同感だ」

「つーわけで、俺も手伝ってやるよ。大体──こんな面白そうなこと、独り占めなんてさせねえぜ?」

 

 ニヤリと、十六夜は悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべる。

 つられて、日向も口角を吊り上げた。

 

「面白そう……か。確かにな」

 

 2人は笑みを交わし合う。

 期限はたったの1週間。

 その間に勝利のピースをかき集め、あのルイオスを──“ペルセウス”を叩き潰す。

 誰もが正気を疑うだろう。

 誰もが不可能と断じるだろう。

 しかし人々は知らない。

 彼らが、世界屈指の問題児たちであることを。

 信じられぬのであれば、見せつけてやろうではないか。

 あの下らぬ自己犠牲にその身を投じようとしている少女に。

 完結に、完璧に、完膚無きまでに。

 彼らの召喚した同士が完全無欠の“希望”足り得ることを、この手で証明してやろうではないか。

 

「さてと、それじゃあいっちょやるとしますか。ヘマするなよ十六夜?」

「ヤハハ! おいおい、誰に向かって言ってんだよ。お前こそ大丈夫か? 何なら休んでていいだぜ?」

「ハッ! 上等だ。何なら競争でもするか?」

 

 夜空に輝く満月の下、彼らはその手を取り合った。

 

 ──奇跡は、ここから紡がれる。

 

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