- The Another Origin -   作:青葉空太

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第10話 FAIRYTALE in PERSEUS

 

 ルイオスとの対談から3日後。

 黒ウサギはジンから謹慎処分を受けていた。

 この日は定期降雨により、箱庭の天幕にはどんよりと暗雲が立ち込めている。

 自室の窓に滴る雨粒をそっと指でなぞりながら、黒ウサギはガラスに映る自分を見つめた。

 

(ルイオスさんから提示された期日まで、残り4日。レティシア様を救い出すためにも、黒ウサギは……)

 

 この数日間、黒ウサギの脳裏には終始、あの日ルイオスに持ちかけられた取引のことが浮かんでいた。

 自分が彼の物になればレティシアは助かる。

 その代わり、自分はもう二度と“ノーネーム”には戻れないだろう。

 それでも、たとえどんなに辛く困難な未来が待ち受けているとしても、大切な同士を見捨てるという選択肢を、黒ウサギに選ぶことは出来なかった。

 

(日向さんたちとも、お別れになってしまうのですよね……)

 

 それなのに、何度覚悟を決めようとしても、皆の顔を思い出す度に決心が大きく揺らいでしまう。

 そして黒ウサギは再び鬱々と悩み出し、堂々巡りになっていた。

 

「う~、一体どうすれば……」

 

 ウサ耳を抱えてうんうん唸っていると、コンコンと控えめなノックが室内に響いた。

 だが憂鬱気味な黒ウサギは、

 

「はいはーい。鍵もかかってますし、中にはだーれもいませんよー」

「……今のは入室許可を得たとみてもいいのかしら?」

「そうじゃないかな?」

 

 ウサ耳に聞こえたのは飛鳥と耀の声だ。

 そのままガチャガチャとドアノブを捻る音がする。

 

「あら、本当に鍵がかかっているわ」

「ん……ホントだ。こじ開ける?」

 

 物騒な会話を聞いた黒ウサギは、観念したように席を立った。

 

「はいはい、開けます開けます! 御二人はもう少しソフトというか、オブラートにですね」

「いっそ壊したらどう?」

「そうだね」

 

 バキンッ!

 

「オブラァァァァァト!」

「「五月蝿い」」

 

 ぴしゃりと言われて引き下がる。

 黒ウサギはウサ耳を垂れさせ、破壊されたドアノブを片手にしくしくと泣いた。

 

「そ、それで、御二人はどうされたのですか?」

「黒ウサギにクッキーを届けに来たのよ」

「年長組の子供たちが『早く黒ウサギのお姉ちゃんが元気になりますように』って」

 

 その言葉を境に、3人は複雑な表情で黙り込む。

 コミュニティの誰ひとりとして、黒ウサギの犠牲を望んでいる者などいないのだ。

 

「本当に、子供って卑怯だと常々思うわ。あんな泣きそうな顔で懇願されたら、断れるわけないじゃない」

「皆、黒ウサギに居なくなって欲しくないんだよ」

 

 それでも、黒ウサギは沈鬱そうにウサ耳を伏せる。

 

「ですが黒ウサギが身を差し出さねば、レティシア様は箱庭の外に……」

「そのことだけれど、何か他に方法はないの? 連中が黒ウサギ以外の代物で交渉に乗るか……もしくは、吸血鬼の彼女を賭したゲームを受けてもいいと思えるような、そんな都合の良いものとか」

「ほ、本当に都合のいいものですね」

 

 とは言え今はそれを考えるしかない。

 黒ウサギは顎に右手を添えて考える。

 

「……いえ、やはり難しいと思います。そもそも“ペルセウス”とは、組織内の権力が極端にリーダーへと偏っているコミュニティですので。“ペルセウス”を動かすということは、必然的にルイオスさんを動かすことと同義です。しかし彼が納得するほどのものとなると、今の黒ウサギたちの手元には……」

「なら別の視点から考えてみよう。ルイオスが主導権を握っているにもかかわらず、“ペルセウス”が動かざるを得ないような代物ってない?」

 

 む? と考え込む黒ウサギ。

 ひとつだけ思い当たるモノがあった。

 

「御二人は、ペルセウスのゴーゴン退治を御存じですか?」

「え?」

 

 黒ウサギの唐突な質問に驚きながらも、飛鳥と耀はたどたどしく答える。

 

「ペルセウスは星座の名前しか知らないわ。ゴーゴンは蛇の髪を持つ化け物だったかしら?」

「はい。そのゴーゴンを暗殺したのが、ペルセウスという騎士なのです」

「そうなんだ。でも、その伝説がどうしたの?」

 

 耀は小首を傾げて問いかける。

 頷き、黒ウサギは神妙な面持ちで話を続けた。

 

「実は、力あるコミュニティは自分たちの伝説を誇示するために、伝説を再現したギフトゲームを用意することがあります。彼らは特定の条件を満たしたプレイヤーにのみ、そのゲームへの挑戦を許すのです。自らの持つ伝説と──旗印を賭けて」

 

 飛鳥は光明を得たように息を呑んだ。

 

「は、旗印……! そうだわ、それを奪えば交渉材料になるかもしれない!」

「はい。ですが、伝説に挑むのですから相応の資格が問われます。提示された2つのギフトゲームを乗り越え、その証を示さねばなりません。いずれも厳しい試練です。クリアにどれだけの年月がかかるか……残念ではございますが、黒ウサギたちにそれだけの時間は──」

「邪魔するぞ」

 

 その時、ズドガァン! と十六夜がドアを蹴り破って入室してきた。

 その後から呆れた表情の日向も姿を見せる。

 2人の登場に驚いた黒ウサギは声を上げた。

 

「い、十六夜さん! それに日向さんも! 今までどこに、って破壊せずに入れないのでございますか貴方たちは!?」

「一応言っとくけど、俺は何もしてないからな?」

 

 日向の言葉もウサ耳に入らず、もはや完全に壊れたドアを見て涙目でツッコム黒ウサギ。

 しかし十六夜は悪びれることなく肩を竦ませた。

 

「だって鍵かかってたし」

「あ、なるほど! じゃあ黒ウサギの持ってるドアノブは一体何なんですこのお馬鹿様!!!」

 

 ブン! と黒ウサギはドアノブを力一杯投げつける。

 十六夜はヤハハと笑いながら、脇に抱えていた大風呂敷で受け止めた。

 そんなやり取りを見ていた飛鳥が、声を上げて問いただす。

 

「2人とも、こんな大変な時に一体どこへ行っていたのよ!」

「まあ、ちょっと野暮用でな」

 

 日向が苦笑して答える。

 見れば、彼の手にも十六夜と同じく大風呂敷が握られていた。

 それを不思議に思った耀が尋ねる。

 

「日向も十六夜も、その大風呂敷に何が入ってるの?」

「ヤハハ、ゲームの戦利品だ」

「見るか?」

 

 2人は少し広げて飛鳥と耀に中身を見せる。

 すると彼女達の表情が見る見る内に変わった。

 元々大人しく表情の変化に乏しい耀でさえも、今は目を見開いて瞳を丸くしている。

 

「──……これ、どうしたの?」

「だから戦利品だって言ってるだろ」

「まさか、2人ともここ数日姿を見せなかったのって、これを取りに行ってたからなの?」

「まあな。若干骨は折れたけどな」

 

 その言葉に飛鳥と耀は顔を見合わせると、何かを意志疎通したかの様に頷き合う。

 日向と十六夜は訳の分からないままでいると、唐突に飛鳥が日向の耳を、耀が十六夜の耳を引っ張った。

 

「ふふ、なるほど。だけどねえ2人とも?」

「そういう面白いことは、私たちにも伝えるべき」

「ヤハハ、そりゃ悪かった」  

「次はちゃんと声をかけるから、今回は大目に見てくれないか?」

 

 4人は悪戯っぽく笑みを交わす。

 まさに問題児といった風の彼らの顔は、新しい遊びを見つけた子供のように輝いていた。

 最後に日向と十六夜は、大風呂敷を黒ウサギの前に突き出し、

 

「つーわけでだ黒ウサギ」

「逆転の一手を持ってきたぞ?」

 

 その言葉に、黒ウサギは信じられないといった表情で彼らを見つめる。

 

「まさか……あの短時間で、本当に?」

「ああ。ま、ゲームそのものよりも時間との戦いが問題だったけどな。日向が間に合うか冷や冷やしたぜ」

「それはこっちの台詞だ。何はともあれ、結果オーライだな」

 

 そう言って2人はからかい合う。

 黒ウサギは思わず泣きそうになるのを堪えて、そんな彼らにお礼を述べた。

 

「ありがとう……ございます。これで胸を張って“ペルセウス”に戦いを挑めます」

「礼を言われる事じゃねえさ。面白いのはここからだからな」

「十六夜の言う通りだ。だからもう、二度と自分を犠牲にしようだなんて思うなよ?」

「……はい!」

 

 彼女はぎゅっと2つの風呂敷を抱きしめる。

 中を確かめる必要などない。

 黒ウサギにはもう中身が何か分かっていた。

 

(コミュニティに来てくれたのが皆さんで……黒ウサギは本当に良かったと思ってます)

 

 黒ウサギは溢れそうな涙を拭き、勢い良く立ち上がる。

 その瞳には何の迷いも見られない。

 4人の顔を見回した黒ウサギは、高らかに宣言したのだった。

 

「ペルセウスに宣戦布告します。我等の同士・レティシア様を取り戻しましょう!」

 

 

 

 

***

 

 ──箱庭二六七四五外門。

 ──“ペルセウス”本拠。

 

 白亜の宮殿の門を叩いた“ノーネーム”一同を中に迎え、謁見の間で両者は向かい合う。

 

「我々“ノーネーム”は──“ペルセウス”に決闘を申し込みます」

「なに?」

 

 ルイオスの表情が途端に不満げに変わる。

 てっきり交渉を呑んだものと期待していただけに、黒ウサギの返答に眉をしかめた。

 黒ウサギは毅然と交渉を続ける。

 

「決闘の方式は“ペルセウス”の所持するゲームの中で最も高難度のモノで構いません」

「……え? なに? そんなつまらないことを言いに来たの? ……はあ、もういいよお前ら。それなら予定通り、あの吸血鬼は売り払って」

 

 ──ドサッ、と黒ウサギはルイオスの前に2つの大風呂敷を広げる。

 風呂敷の中からは“ゴーゴンの首”の印がある紅と蒼の2つの宝玉が転がり出た。

 それを見て傍で控えていた騎士達は、眼をひん剥いて叫び声を上げる。

 

「ば、馬鹿な! これは“ペルセウス”への挑戦権を示すギフト!?」

「まさか名無し風情が、海魔(クラーケン)とグライアイを打倒したというのか!?」

 

 それを聞いた日向と十六夜は首を竦ませて応えた。

 

「ああ、あの大タコか。そこそこ面白くはあったけど、あれじゃヘビの方がマシだ」

「俺は老婆たちだったからなあ。何だか老人虐待みたいで心が痛んだぞ」

 

 その言葉を聞いたルイオスは歯噛みするが、やがて不快感を露わにして言った。

 

「ハッ……いいさ、相手をしてやるよ。元々このゲームは思い上がったコミュニティに身の程を知らせるためのもの。二度と逆らう気が無くなるぐらい徹底的に……()()()()()()()()()

 

 華美な外套を翻して憤るルイオス。

 それを睨み、黒ウサギは宣戦布告する。

 

「我々のコミュニティをことごとく踏みにじった無礼や暴挙の数々。最早言葉は不要でしょう。“ノーネーム”と“ペルセウス”。ギフトゲームにて決着をつけさせていただきます」

 

 

 

***  

 

 “契約書類(ギアスロール)”文面

 

『ギフトゲーム名 “FAIRYTALE in PERSEUS”

 

 ・プレイヤー一覧 天道 日向

          逆廻 十六夜

          久遠 飛鳥

          春日部 耀

 

 ・“ノーネーム”ゲームマスター 

   ジン=ラッセル

 

 ・“ペルセウス”ゲームマスター

   ルイオス=ペルセウス

 

 ・クリア条件

   ホスト側のゲームマスターの打倒。

 

 ・敗北条件

   プレイヤー側のゲームマスターによる

   降伏。

   プレイヤー側のゲームマスターの失格。

   プレイヤーが上記の勝利条件を満たせ

   なくなった場合。

 

 ・舞台詳細・ルール

  *ホスト側のゲームマスターは本拠・白

   亜の宮殿の最奥から出てはならない。

  *ホスト側の参加者は最奥に入ってはい

   けない。

  *プレイヤー達はホスト側の(ゲームマ

   スターを除く) 人間に姿を見られては

   いけない。

  *姿を見られたプレイヤー達は失格とな

   り、同時にゲームマスターへの挑戦資

   格を失う。

  *失格となったプレイヤーは挑戦資格を

   失うが、ゲームを続行する事はできる。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、

    “ノーネーム”はギフトゲームに

    参加します。

            “ペルセウス”印』

 

 

 

***

 

 “契約書類”に承諾した直後、眩い閃光が日向たちの視界を埋め尽くした。

 周囲の空間が湾曲し、次元の歪みは彼らを呑み込むようにギフトゲームの入り口へ誘う。

 

「……これは、宮殿の門?」

 

 しばらくして辺りの場景が再び輪郭を取り戻すと、全員がいつの間にか宮殿の門前まで戻されていた。

 しかし背後に振り返り、ここはすでにゲームの舞台であることを理解する。

 白亜の宮殿は周辺ごと箱庭の世界から切り離され、未知の空域で浮遊する宮殿に変貌していた。

 ここは最早、箱庭であって箱庭でない場所なのだ。

 

「姿を見られれば失格、ね。つまりペルセウスを暗殺しろってことか?」

「まあ、伝承に則るならそういうことだろうな」

 

 目の前に佇む白亜の宮殿の全貌を見上げ、十六夜と日向がそれぞれ考察を口にする。

 その横で、ジンは付け足すように指摘した。

 

「ですが、それならルイオスも睡眠中だということになります。流石にそこまで甘くはないと思いますが」

「YES。そのルイオスは恐らく、最奥で待ち構えているはずデス。とはいえ、まずは宮殿を攻略することが目下の指針。伝説のペルセウスとは違い、黒ウサギたちハデスのギフトを所持しておりません。不可視のギフトを持たない我々には、綿密な作戦が必要です」

「ああ、不可視のギフトなら持ってるぞ」

「へ?」

 

 真面目な顔でゲームの筋道を説明していた黒ウサギは、日向の台詞にキョトンとする。

 我に返ると、慌てて問いつめた。

 

「え、え? 日向さん、今何と仰いました?」

「だから、不可視のギフトならここにあるぞと」

 

 再度言葉にして、日向はギフトカードの中から光と共にひとつの兜を取り出した。

 それは紛れもなく、以前“ペルセウス”の騎士たちが使用していたハデスのギフトそのものだった。

 黒ウサギは仰天して声を上げる。

 

「こ、これは正しく“ハデスの兜”のレプリカです! で、ですが、日向さんは一体どこでコレを……?」

「グライアイの試練でな。何でも彼女たちから聞いた話によると、もともとグライアイや海魔のゲームは、クリアすることでペルセウスの武具のレプリカが授けられるというものでもあったらしい。まあ、ここ最近はその制度もほとんど機能してなかったみたいだけどな」

 

 日向は右手で“ハデスの兜”を持ち上げて語る。

 飛鳥を話を戻すように話題を振った。

 

「何にせよ、これでかなりゲームクリアが楽になったのではないかしら? その兜を被れば、姿を消すことが出来るのでしょう?」

「ああ。但し事情があってな。この兜が恩恵を発揮するのは、もって30分が限度だそうだ」

「……? どうして?」

 

 耀が小首を傾げて問いかける。

 日向は苦笑して返答した。

 

「何でも、コレは失敗作らしくてな。だからギフトを発動できるのも1回のみ。その後は至って普通の兜に戻るんだそうだ」

「ならその効力が消えない内に、さっさと必要数の兜を揃えることが最善だな。とにかく姿を見られる前に、ゲームマスターに辿りつかねえと」

「そうね。そしてそのためには、主に3つの役割分担が必要になるわ」

 

 飛鳥の指摘に耀が頷く。

 

「うん。まず、ジン君と一緒にゲームマスターを倒す役割。次に索敵、見えない敵を感知して撃退する役割。最後に、失格覚悟で囮と露払いをする役割」

「春日部は鼻が利く。耳も目もいい。不可視の敵は任せるぜ」

「なら、俺はこの兜を被って耀のサポートだな」

 

 十六夜と日向の提案に、黒ウサギが続く。

 

「黒ウサギは審判としてしかゲームに参加することができません。ですからゲームマスターを倒す役割は、日向さんと十六夜さんにお願いします」

「あら、じゃあ私は囮と露払い役なのかしら?」

 

 むっ、と少し不満そうな声を漏らす飛鳥。

 だが飛鳥のギフトがルイオスを倒すに至らないことはすでに知れていることだ。

 何より彼女のギフトは、不特定多数を相手にする方がより力を発揮できる。

 しかし、それが分かっていても不満なものは不満なのだろう。

 少し拗ねた口ぶりの飛鳥を日向が諭す。

 

「悪いな飛鳥。譲ってやりたいのは山々だが、今回の勝負は絶対に勝たきゃならない。あの男の相手は、どう考えても俺や十六夜が適してる」

「……ふん、いいわ。今回は譲ってあげる。ただし、負けたら承知しないから」

「ああ、任せとけ」

 

 日向は朗らかに笑って応える。

 しかし黒ウサギは、険しい顔で首を振った。

 

「残念ですが、必ず勝てるとは限りません。油断しているうちに倒さねば、非常に厳しい戦いになると思います」

 

 日向たちの目が一斉に黒ウサギに集中する。

 飛鳥がやや緊張した面持ちで黒ウサギに問う。

 

「……あの外道、それほどまでに強いの?」

「いえ、ルイオスさんご自身の力はさほど。問題は彼が所持しているギフトです。もし黒ウサギの推測が外れていなければ、彼のギフトは──」

「「隷属させた元・魔王様」」

「そう、元・魔王の……え?」

 

 日向と十六夜の補足に黒ウサギは一瞬、言葉を失った。

 

「ま、まさか、日向さんと十六夜さんは、箱庭の星々の秘密に気づいたというのですか……?」

 

 驚愕に目を見開く黒ウサギに、日向が頷いて推測を述べる。

 

「まあな。もしもペルセウスの神話どおりなら、ゴーゴンの生首がこの世界にあるはずがない。あれは戦神に献上されているはずだからな。それにも関わらず、奴らは石化のギフトを使っている。──星座として招かれたのが、箱庭の“ペルセウス”。ならさしずめ、ルイオスの首に下げられているのは、アルゴルの悪魔ってところだろ? ちなみに、十六夜はいつから気づいてたんだ?」

「ま、このまえ星を見上げた時に推測して、ルイオスを見た時にほぼ確信したって感じだ。後は手が空いた時にアルゴルの星を観測して、答えを固めたってところだな。機材は白夜叉が貸してくれたし、難なく調べることが出来たぜ」

 

 そう言ってヤハハと愉快に笑う十六夜。

 そんな彼らを前にして、黒ウサギだけがことの異常さに気がついていた。

 それでも、信じがたいことのはずなのに、なぜか黒ウサギはこの2人ならばあり得るのかな? と不思議に納得をしてしまう。

 この箱庭に召喚して以来、彼らには驚かされっぱなしであると、彼女は呆れを通り越してどこか嬉しそうに笑うのだった。

 

「全く。御二人共、頼もしい限りでございますよ」

「ハッ! そういう言葉は、最後までとっとくもんだぜ黒ウサギ」

「だな。それじゃま、いっちょ始めるとしますか」

 

 黒ウサギの言葉を背に受けながら、2人は揃って入り口の正面に立つ。

 そして互いに拳を構えると、その山河を砕く一撃を同時に振り抜いた。

 轟音と共に、宮殿の門が粉々に砕け散る。

 彼らの挑むギフトゲームは、こうして幕を上げたのだった。

 

 

 

 

***

 

 正面の階段前広場は、飛鳥の奮戦で大混戦となっていた。

 真正面から挑んだ日向たちを捕らえに来た騎士たちを、飛鳥はあらかじめ“ノーネーム”の貯水池から持ち出しておいたギフト──水樹によって阻んでいるのだ。

 

「ええい、小娘ひとりに何を手間取っている!」

「不可視のギフトを持つ者は残りのメンバーを探しに行け! ここは我々が押さえるぞ!」

 

 発見された時点で、飛鳥はすでにゲームマスターへの挑戦資格を放棄している。

 彼女の役割はあくまで囮。

 しかしただ逃げ回るだけでは華に欠けるし、何より敵に背を向けるなど自分の性分が許さない。

 そこで飛鳥は決意した。

 どうせ囮役を全うするならば、いっそ騎士たちが自分を無視できないようにしてやろうと。

 そのための方法を考えた彼女は──白亜の宮殿を破壊することにした。

 

「ふふ……不可視の人間を除けば、だいぶ集まってきたかしら?」

 

 続々と詰め寄せてくる騎士たちを見渡すと、飛鳥は伸びる水樹の枝に腰をかけ、命令を下す。 

 

「今よ! なぎ払いなさい!」

 

 飛鳥の言葉に支配された水樹は、瞬間圧倒的な水量で迫る騎士たちを押し流し始める。

 その激流は建物の内部をことごとく満たしていき、華美な装飾や名画と共にあらゆるものを呑み込んでいく。

 

 “ギフトを支配するためのギフト”

 

 飛鳥の持つ“威光”はこの場において、その力を十全に発揮していた。

 それでも、今はこの水樹を操るので精一杯だ。

 己の才能を悟り、その力の正しい使い方を見い出した今でも、彼女はその事実が不満だった。

 ルイオスの件を見ても明らかなように、未だ格上の存在を相手取るのには、今の飛鳥では余りに無力だ。

 彼女が宝物庫のギフトではなく、コミュニティの生命線である水樹を持ち出したのも、水樹しか彼女の命令に従わなかったからである。

 プライドの高い飛鳥はそんな現状に歯噛みするも、同時に新たな決意を胸に浮かべていた。

 

(まあ、今はいいでしょう。コレぐらい反発してくれないと張り合いがない。これからは、様々な奇跡を支配出来るようになってみせるわ)

 

 飛鳥はフン、と息を吐きながら、迫り来る騎士たちを水樹に命令して襲わせていく。

 彼女の役割は道の確保と囮だ。

 今はただ、その役目を全力で全うしなければならない。

 

(だから悔しいけど、日向君に十六夜君。今回は貴方たちに任せるわ。負けたら承知しないんだから)

 

 そんな飛鳥の想いに呼応するかのように、水樹は脈打ち、その水量を増すのだった。

 

 

 

***

 

 飛鳥が敵の大部分を引き受けている隙に、日向・十六夜・耀・ジンの4人は姿を見られないよう慎重に宮殿の奥まで進んでいく。

 先頭では耀がその優れた五感を発揮して、周囲の索敵を行っていた。

 

「──! 日向、あの角を曲がってすぐのところに、人の気配がする。たぶん、姿を消して待ち伏せてる」

「了解」

 

 耀に敵の居場所を知らされた日向は、気配を消すと瞬時に移動し、指定された地点に拳を振るう。

 

「よっ」

「ごはっ!?」

 

 待ち伏せていた不可視の騎士は、同じく“ハデスの兜”で不可視となった日向に後頭部を打たれて気絶する。

 倒れると同時に兜の外れる音がすると、騎士は姿を現した。

 日向は間もなく十六夜たちが近寄ってきたことを確認すると、兜を外して話しかける。

 

「まさにジャストポイントだったな。流石は耀だ」

「うん。索敵なら任せて」

 

 耀は小さく笑って頷く。

 十六夜は落ちた兜を拾いながら、

 

「よし。ならここからは俺も参戦して、3人で不可視の敵を叩くぞ。日向の兜の時間制限もあるし、前哨戦をチマチマやってても意味がない。本命はルイオスの野郎だからな。春日部には悪いが、早いとこ最低限だけ揃えて再奥に向かった方がいい」

「うん、私のことは気にしなくても大丈夫」

 

 耀はフルフルと頭を振る。

 派手に動けば不可視の敵も捕らえられるだろうが、耀も失格となるだろう。

 だがそんなことに拘って勝機を逃すわけにはいかない。

 

「悪いな、いいとこ取りみたいで。これでもお嬢様や春日部にはソレなりに感謝してる」

「そうだな。今回のゲームなんて、2人がいなきゃ攻略出来そうになかった」

「だから気にしなくていい。埋め合わせは必ずしてもらうから」

 

 耀は平坦な声音で取り立てを断言する。

 思わず笑いそうになった日向と十六夜だが、今はそんな場合でもない。

 

「それじゃあジンは見つからないよう、安全な物陰で隠れててな」

「死んでも姿を見られんなよ?」

「は、はい!」

 

 ジンが隠れたことを確認すると、十六夜も日向と同じく不可視のギフトで姿を消す。

 そして耀と共に3人で白亜の宮殿を駆け回り始めようとしたその時──

 

「わっ!?」

 

 突然、前触れもなく耀が吹き飛んで傍にあった壁に叩きつけられた。

 日向と十六夜が即座に反対方向へそれぞれ蹴りと拳を入れるが、何かに当たった形跡はない。

 周囲を警戒しつつ、日向は脳裏で思考する。

 

(まさか……レプリカじゃなく、本物を使っている奴がいるのか……!?)

 

 日向の推測は正しかった。

 本来であれば耀の五感で発見されているはずの敵は、これだけ接近していながらも一切の気配を感じさせない。

 それ程までに完璧な隠形が可能なギフトなど、正しく本物の“ハデスの兜”ぐらいしか存在しないはずなのだ。

 

(これは……面倒だな。耀はもちろんだが、このままじゃ俺と十六夜も危険だ。何かのはずみで兜が取れたりでもしたら……)

 

 耀が襲われた時、日向も十六夜も敵の気配に全く気づくことが出来なかった。

 気配はおろか初期動作すら察知できないともなれば、流石の彼らでも油断は出来ない。

 

「おい日向! 春日部を連れて一旦引くぞ!」

「ああ!」

 

 倒れた耀を拾い上げた十六夜は、一旦身を引いて体勢を立て直そうとする。

 だが不可視の敵は、それを見計らっていたかのように十六夜を襲った。

 姿の見えている耀を抱き上げれば、自然と十六夜の位置も把握されてしまうのだ。

 巨大な鈍器らしきもので横なぎに吹き飛ばされた十六夜は、堪らずに耀を手放してしまう。

 耀は一瞬空中をさ迷うが、慌てて日向が抱き止めた。

 

「十六夜! 大丈夫──ぐっ!?」

 

 耀を抱えたまま十六夜に安否を問おうとするが、そこへ狙いすましたように敵の鈍器が日向を襲う。

 わき腹を強打されるが、何とか完全に打ち込まれる前に飛び退いて衝撃を緩和した。

 

「十六夜! 俺は春日部を安全な場所に避難させる! それまで相手を頼めるか!」

「おう! 任せとけ!」

 

 互いに姿の見えない日向と十六夜は、声を上げて意思を疎通する。

 足止めを任せた十六夜は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、

 

「ヤハハ! これなら不可視も何も関係ねえだろ!」

 

 山河を打ち砕く拳を、地面に向かって叩きつけた。

 その威力は宮殿の床を放射状に割り砕き、巻き上がる土煙で耀の姿を隠す。

 確かにこの状況ならば、不可視の敵も耀を見つけることは出来ないだろう。

 

「ん……日向」

「耀、大丈夫か? 今すぐ安全な場所に──」

 

 土煙に紛れてこの場を引こうとする日向。

 しかし耀は、首を横に振るって否定した。

 

「待って。私に考えがある」

「……本当か?」

「うん。私が合図したら、その場所に攻撃して」

 

 日向は一瞬、耀の提案を受け入れるべきが逡巡する。

 しかし真っ直ぐに自分を見つめる耀を見て、日向も覚悟を決めた。

 

「分かった。信じるぞ」

「うん。……ありがとう」

 

 日向に下ろされた耀は、そこでそっと目を閉じた。

 それと同時に、日向の耳朶に微かな耳鳴りのようなものが聞こえてくる。

 耀には劣るものの、常人より遙かに高性能な五感を持つ日向だからこそ感じるレベルの微弱な音波だ。

 そしてその音波の発生源こそ、他でもない耀であった。

 彼女は口元から音波を発し、その反響を利用することで相手の位置を探っているのだ。

 やがて視界が晴れ、耀の姿を捉えた不可視の騎士は、それに気づくことなく勝負に出た。

 左方向から耀に目掛けて突進を仕掛ける。

 瞬間、耀が声を張り上げた。

 

「左方向、今すぐ!」

 

 彼女の言葉に応えた日向は、言われた地点にすかさず拳を叩き込む。

 その一撃は今度こそ相手を捉え、鎧の砕かれる音と共に虚空から苦悶の声が漏れた。

 数本の柱を砕きながら吹き飛ばされた敵を見て、日向は咄嗟に叫ぶ。

 

「十六夜!」

「分かってる!」

 

 十六夜は壁に衝突した不可視の騎士に飛びつくと、すぐさま問答無用に兜を剥ぎ取った。

 見れば、姿を現した騎士はルイオスの側近にいた男だった。

 

「へえ? これだけの一撃を受けて、よく気を失わなかったな」

「……ふん。我らの鎧を甘くみるな。しかし無鉄砲な一撃で負けたのならともかく、ギフトを真正面から打ち破られての敗北だ。──見事。お前たちには、ルイオス様に挑むだけの資格がある」

 

 膝を突き、倒れる側近の騎士。

 これで手に入れた不可視のギフトは3つ。 

 ようやくルイオスに挑戦する準備が整った。

 耀と日向はすぐさま十六夜の元に駆け寄る。

 

「しっかし、春日部もよくソナー探知なんて思いついたな」

「ああ。耀のおかげで倒せたな」

「えっへん」

 

 日向と十六夜の誉め言葉に胸を張る耀。

 そこへ神妙な面持ちのジンが告げた。

 

「ともあれ、これでルイオスに挑戦する目処が立ちました。日向さん、十六夜さん、準備はいいですか?」

「ハッ! 愚問だぜ御チビ。とっとと行ってケリをつけるぞ」

「ああ。きっと黒ウサギも待ってるだろうしな」

「うん。3人とも頑張って」

 

 こうして日向たちは不可視のギフトを手に、白亜の宮殿の再奥を目指すのだった。

 

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