- The Another Origin -   作:青葉空太

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第13話 黄昏の街と逃走劇

 

 ──北側の境界壁。

 ──箱庭四〇〇〇〇〇〇外門・三九九九九九九外門区画。

 ──“サウザンドアイズ”旧支店。

 

 店を飛び出すと、途端に熱い風が頬を撫でた。

 高台にある支店からは、街の一帯が展望できる。

 

「こ、これは……!」

 

 眼下の街並みを見下ろした飛鳥は、不意に大きく息を呑んだ。

 直後、興奮で胸を躍らせるように呟きを漏らす。

 

「赤壁と炎と……ガラスの街……!?」

 

 ──そう。

 東と北を区切って立つ、天を穿たんばかりの高大な赤壁。

 あれが話に聞いた境界壁なのだろう。

 そこから発掘される鉱石で彫像されたモニュメントに、境界壁を削り出すようにして建築したゴシック調の尖塔群のアーチと、外壁に聳える2つの外門が一体となった巨大な凱旋門。

 

 遠目からでもキラキラと輝いて見える歩廊には、色とりどりのカットガラスが飾られている。

 また昼間にもかかわらず街全体が黄昏時を思わせる色味を放っているのは、境界壁の影となる場所を朱色の暖かな灯火で照らす、巨大なペンダントランプが各所に点在しているためだ。

 

 小さなキャンドルスタンドが二足歩行で街中を闊歩している光景を見て、十六夜も喜色の声を上げる。

 

「おいおい、流石は980000kmも離れてるだけあって、東とはずいぶん文化様式が違うじゃねえか! 歩くキャンドルスタンドなんて奇抜なもの、実際に目にする日が来るとは思わなかったぜ!」

「フフ、どうやらお気に召したようだの。しかし東側と違うのは、何も文化だけではないぞ? そこの外門から外に出た世界は、真っ白な雪原でな。それを箱庭の大結界と灯火で、常秋の様相を保っているのだ」

 

 白夜叉はふんすっ、と小さな胸を自慢げに張る。

 その解説を聞いた日向は、素直に感心した。

 

「なるほど。厳しい環境ありきの発展てわけか。これは確かに見所が多そうだ」

「ああ。聞くからに東より面白そうだぜ」

「……むっ? 日向はともかく、今の台詞は聞き捨てならんぞ小僧。東側にだって良い物は沢山あるっ。おんしらの住む外門が特別寂れておるだけだわいっ」

 

 一転して拗ねたように唇を尖らせる白夜叉。

 日向たちが本拠を構える東側の二一〇五三八〇外門区画は、“世界の果て”と向かい合っていることで、箱庭外で手に入る資源が極端に少ない。

 そのため力の無い最下層のコミュニティでは、発展にも限度があるのだ。

 一方で胸の高まりが収まらない飛鳥は、まるで子供のように瞳を煌めかせると、美麗な街並みを指差して熱っぽく訴えた。

 

「ねえねえ皆、今すぐ降りましょう! あのガラスの歩廊に行ってみたいわ! いいでしょう白夜叉?」

「ああ、構わんよ。しばらく楽しんで来るといい。話の続きは夜にでもしよう。暇があるなら、このギフトゲームにでも参加していけ」

 

 ゴソゴソと、白夜叉は着物の袖からゲームのチラシを取り出して見せる。

 日向たちがそれを覗き込もうとすると、

 

 

()()()()()──のですよおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」

 

 

 ズドォン!!!

 

 とドップラー効果の効いた絶叫と共に、背後で爆撃のような着地音。

 思わず跳ね上がる日向たち。

 恐る恐るそっちに視線を向けてみれば、その場には案の定、邪悪に笑う黒ウサギの姿が。

 

「フ、フフ、フフフフフ……! ようぉぉぉぉぉやく見つけたのですよぉ、この問題児様方……!」

 

 淡い緋色の髪を戦慄かせ、全身から怒りのオーラをこれでもかと噴出させる黒ウサギ。

 その姿は帝釈天の眷属というよりは、むしろ仁王のそれである。

 危険を察知した問題児たちの中で、真っ先に動いたのは十六夜だった。

 

「逃げるぞッ!」

「逃がすかッ!」

「え、ちょっと……」

 

 十六夜は咄嗟に隣にいた飛鳥を抱きかかえ、展望台から飛び降りた。

 耀も遅れじと旋風を巻き上げて飛翔するが、しかし数手遅かった。

 黒ウサギは全身のバネで弾丸のごとく跳躍すると、ガッシリと彼女のブーツを握り締める。

 

「わ、わわ……」

「フフフ。耀さん、捕まえました。もう逃がさないのでございますヨ……?」

 

 どこかぶっ壊れ気味に笑う黒ウサギ。

 その様子を見て、日向は内心で決意した。

 

(ああ、俺は絶対、黒ウサギには逆らわないでいよう)

 

 黒ウサギは空中で耀を引き寄せると、胸の中で強く抱き締めながら囁きかけた。

 

「後デタップリト御説教タイムナノデスヨ。フフフ、御覚悟シテオイテクダサイネ♪」

「りょ、了解」

 

 一切の反論を許さないカタコトの言葉に、耀は怯えながら返事をする。

 今日の黒ウサギは普段よりバイオレンスだと、野生の直勘が見抜いたのだろう。

 着地と同時に、日向に向かって勢い良く耀を投げつける黒ウサギ。

 3回転半して吹っ飛んできた彼女を、日向は慌てて抱き止めた。

 

「きゃ!」

「うおっと!? 容赦ないな黒ウサギ……」

「耀さんを確保しておいてください! 日向さんは、モチロン黒ウサギノ味方デスヨネ?」

「あ、あったりめーよ! 耀のことは任せとけ!」

「ありがとうございます!」

 

 脅迫じみた問いに、一瞬で態度を改める日向。

 黒ウサギ超恐い。

 この時、彼は本気でそう思った。

 

「白夜叉様は御二人をお願いします! 黒ウサギは他の問題児様方を捕まえに参りますので!」

「お、おお? うむ。何だか良く分からんが心得た。頑張るんだぞ黒ウサギ」

「はい!」

 

 あまりの剣幕に思わず首を縦に振る白夜叉。

 黒ウサギは展望台からジャンプすると、怒涛の勢いで十六夜たちの後を追う。

 ゲームの開始から約2時間。

 黒ウサギと問題児たちの追いかけっこは、後半戦にもつれ込むのだった。

 

 

 

***

 

 その後、“サウザンドアイズ”の店内にて。

 日向と耀は招かれた座敷でお茶を啜りながら、今回の経緯を白夜叉に語った。

 

「……と、まあそういう訳なんだ」

「カッカッカ、なるほどのう」

 

 大方の事情を聞き終えた白夜叉は、呵々と愉快そうに哄笑を上げる。

 ひとしきり笑い終えた後、まるで子供のやんちゃを見守る母親のような面持ちで口を開いた。

 

「ふふふ。まあ日向はともかく、おんしらたちらしい悪ふざけだ。しかし“脱退”とは穏やかではない。ちょいと悪質だとは思わなんだのか?」

 

 白夜叉は耀に視線を向けて問いかける。

 自覚があったのか、彼女は気まずそうに頷いた。

 

「それは……うん。確かに少しだけ私も思った。だ、だけど黒ウサギだって悪い。お金が無いことをちゃんと説明してくれていたら、私たちだってこんな強硬手段には出なかったもの」

「普段の行いが裏目に出た、とは考えられんかの?」

「うっ……そ、そうかもしれないけど。それも含めて信頼の無い証拠。少しは焦ればいい」

 

 ぷいっと拗ねたようにそっぽを向く耀。

 その姿をくつくつと笑う白夜叉。

 日向も思わず苦笑する。

 

「まあ、確かに耀の気持ちも分かるんだよな。俺だって、大祭のことを黒ウサギたちから秘密にされていたと知った時は、少なからずショックを受けたし」

「……日向も?」

「そりゃあそうさ。信頼する仲間に隠し事をされて、思うところの無いはずがない。だけどな、耀」

 

 日向は隣に座る耀を見つめ、真剣な顔で尋ねた。

 

「黒ウサギが何の理由も無しに、俺たちに隠し事をするような奴だと、本気で思うか?」

「それは……」

 

 耀は僅かに逡巡するも、すぐに首を左右へ振った。

 

「ううん。思わない」

「だろ? だったらそこには、何かしらの原因があるはずだ。そしてその原因が、今回は俺たちにあった」

「……」

 

 何も言えず、耀は暗い顔で俯いた。

 日向は微笑むと、ポン、と彼女の頭に手を置いて、

 

「はは、悪い悪い。別に耀を責めてるわけじゃないんだ。……たださ、心配しなくても、黒ウサギはちゃんと俺たちのことを信頼してるよ。それはこの1ヶ月間で、誰よりも俺たち自身が分かってるはずだ。そしてその信頼は、一方通行じゃないだろ?」

「……うん」

 

 耀は顔を上げると、照れ臭そうに頷いた。

 それに日向も笑顔で応え、明るい声で続ける。

 

「まあ、要するにアレだな。俺たちも、普段からちょっとだけはしゃぎ過ぎたってことだな!」

「うん。ちょっとだけね」

 

 実際はちょっとどころの騒ぎでは無いのだが、そこに敢えてツッコム者は居ない。

 耀は少しだけ考えるような素振りを見せると、

 

「だけど、一応、ちょっとだけお詫びをしようかな?」

「ああ。ちょっとだけな」

 

 そこで2人は顔を見合わせ笑い合い、揃って白夜叉に視線を向ける。

 

「と、いうわけで白夜叉」

「何かちょっとしたお詫びが手に入るような、そんなギフトゲームはない?」

 

 彼らの問いかけに、白夜叉は大きく頷いた。

 

「あるとも。特に耀には、打ってつけのゲームがの」

「私に?」

 

 耀は小首を傾げて問い返す。

 白夜叉はうむと首を縦に振り、着物の袖から先ほど見せようとしたゲームのチラシを取り出した。

 早速2人は文面に目を通す。

 

 

***

 

『ギフトゲーム名 “造物主達の決闘”

 

 ・参加資格、および概要

  ・参加者は創作系のギフトを所持。  

  ・サポートとして1名までの同伴を許可。

  ・決闘内容はその都度変化。

  ・ギフト保持者は創作系のギフト以外の

   使用を一部禁ず。

 

 ・授与される恩恵に関して

  ・“階層支配者”火龍にプレイヤーが

    希望する恩恵を進言できる。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、

    両コミュニティはギフトゲームを

    開催します。

         “サウザンドアイズ”印

           “サラマンドラ”印』

 

 

***

 

 ゲームの概要を確認した耀は、不思議そうに小首を傾げて疑問符を浮かべた。

 

「……? 創作系のギフト?」

「うむ。人造、霊造、神造、星造を問わず、製作者が存在するギフトのことだ。北では過酷な環境に堪え忍ぶため、恒久的に使える創作系のギフトが重宝されておってな。その技術や美術を競い合うゲームが、しばしば開催されるのだ。そこでおんしが父から譲り受けたギフト“生命の目録(ゲノム・ツリー)”は技術・美術共に優れておる。人造とは思えんほどにな。その木彫りに宿る“恩恵”ならば、力試しのゲームでも勝ち抜けると思うのだが……」

「そうかな?」

「うむ。これまた幸いなことに、サポーター役として日向もおる。本件とは別に、祭りを盛り上げるために一役買って欲しいのだ。無論勝者の恩恵も強力なものを用意する予定だが……どうかの?」

 

 ムムム、とこめかみに指を当てて考える耀。

 しばらく悩んだ彼女は、ひとつ白夜叉に尋ねた。

 

「ねえ、白夜叉」

「何かな?」

「その恩恵で……本当に黒ウサギと仲直りできるかな?」

 

 きっと、それが本音だったのだろう。

 不安そうな表情で問いかける耀に、白夜叉は優しく微笑んで頷いた。

 

「ああ、出来るとも。おんしらに、そのつもりがあるならの」

「……そっか。それなら、出場してみる」

「よっしゃ! 決まりだな!」

 

 日向も拳を打ち付けてやる気を見せる。

 白夜叉は彼らが了承したことを見て取ると、静かに上座から腰を上げた。

 

「では、そうと決まれば善は急げだ。すでに昼時を回っておるし、ゲーム開始まであまり時間も無い。早速舞台会場に向かうとしよう」

「ああ、そうだな」

 

 日向も同意して立ち上がる。

 だがそこで、耀が真剣な面持ちで挙手をした。

 

「待って」

「ん? どうしたのだ? まだ何か質問があるのか?」

 

 出端を挫かれ、不思議そうに尋ねる白夜叉。

 彼女はより一層表情を引き締めると、

 

「……その前に、ここにあるお茶菓子食べてもいいですか」

 

 日向と白夜叉は互いに苦笑し、再度座敷に腰を降ろすのだった。

 

 

 

***

 

「──すごく綺麗な場所。私の故郷には、こんな場所は無かったわ」

 

 視点は移り、レンガとカットガラスで彩られた赤窓の歩廊の中心・龍のモニュメント前。

 飛鳥は黄昏の街並みに映える真紅のドレススカートを翻しながら、楽しそうに呟いた。

 一方の十六夜は、大きな翡翠色のガラスで造られた龍のモニュメントの周囲をグルグルと回りながら鑑賞している。

 一通り見終わると正面に戻り、そこで展示品の詳細が記された案内板に目を落とす。  

  

『出展コミュニティ“サラマンドラ”

 タイトル:霊造のテクタイト結晶によって

      彫像された、サラマンドラ初代

      頭首“星海龍王”様。

              製作者・サラ』

 

 その解説を読んだ十六夜はしばしの間沈黙すると、やがて疑うような眼差しで再びモニュメントを見上げて口を開いた。

 

「霊造ってことは……オイオイ、人為的に造り出したテクタイト結晶ってことか?」

「そのテクタイト結晶とは何なの?」

「天然ガラスの一種さ。隕石の衝突時に発生したエネルギーと熱量によって合成される希少鉱石。にしても……ふぅん。この製作者のサラって奴、面白そうだな。確か御チビの知り合いみたいだったし、機会があったら会ってみるか」

 

 ニヤリ、と物騒な笑みを浮かべる十六夜。

 そんな彼の横顔を不思議そうに見つめていた飛鳥は、ポツリと疑問を漏らした。

 

「前々から思っていたのだけど……十六夜君も日向君も、どうしてそんなに博識なの?」

「俺に関してはそうでもないさ。博識というよりは雑学程度だ。……お、歩くキャンドル発見!」

 

 二足歩行で歩くキャンドルスタンドを見つけ、十六夜は面白そうに歓声を上げる。

 どうやら彼らも美術展の作品らしく、首(?)から“ウィル・オ・ウィスプ”という看板をぶら下げていた。

 

「歩くキャンドルランプに浮かぶランタン……ならカボチャのお化けはいないのかしら? ハロなんとかってお祭りに出てくる妖怪なのだけど、十六夜君は知ってる?」

 

 ワクワクと瞳を輝かせながら尋ねる飛鳥。

 その問いかけに十六夜は驚き半分、呆れ半分で苦笑する。

 

「おいおい、箱入りが過ぎるぜお嬢様。カボチャの怪物って、ジャック・オー・ランタンのことだろ? 今時ハロウィンぐらい知っとけよ──と、そうか。確かお嬢様は、戦後間もない時代から来たんだっけか?」

 

 十六夜が思い出したように訂正すると、飛鳥は少しだけ悲しげな表情を浮かべた。

 

「……そう。十六夜君の時代では、もうハロウィンは珍しいものではないのね」

「……悪いな。野暮なことを聞いちまって。お嬢様はハロウィンみたいなお祭りが好きなのか?」

「別に好きという程のものじゃないわ。ただ幼い頃に小耳に挟んだ時は……とても素敵な催し物だと思ったの」

 

 飛鳥は黄昏色の空を仰ぎ、まるで遠い場所を見るかのように双眸を細める。

 

「私が元居た場所は、本当につまらない所だったわ。財閥の令嬢と言えば聞こえはいいかもしれないけど、肝心の両親はもう居ないし……人心を操る力なんて持って生まれたせいで、隔離のような形で寮制の学校に閉じ込められていたもの」

「……へえ? それはお嬢様らしくねえな。さっさと抜け出せばよかったじゃねえか」

「そう、それよ。あの手紙が来なかったら、帰省に乗じて出て行くつもりだったわ。行き先は……そうね。終戦を迎えたお祝いに、さっき話していたハロウィンでも経験しに行っていたわ」

 

 歩廊の真ん中でおどけるように笑う飛鳥。

 十六夜はそんな彼女の瞳の奥に、深い哀愁のような念を感じ取った。

 飛鳥の鬱屈とした生活の裏には、外の世界や文化に対する強い憧れがあったのだろう。

 

「“Trick or Treat!!(お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!)”──このフレーズ、とても可愛らしくて素敵じゃない? 私も仮装して、大人たちに苦笑いされながらお菓子を貰ってみたかったわ」

「大きなカボチャを被りながら?」

「そうそう! ああだけど、そうね。今の私なら魔女でもいいわ。似合うと思わない?」

 

 そうだな、と相槌を打つ十六夜。

 飛鳥はクルリとスカートをなびかせ、一回転する。

 その仕草は普段の落ち着いた彼女よりも、ずっと少女らしく見えた。

 

「私……箱庭に来て本当に良かったわ。こんな素敵な場所に来ることが出来たんだもの。噂のハロウィンを経験することは出来なかったけど……実家で飼い殺しにされる人生なんかよりも、よっぽど明日に期待を持てる」

 

 クルリクルリと歩廊の真ん中で回る彼女を、十六夜は静かに見つめていた。

 しばらくして何かを考えるように虚空を見上げ……ふと思いついて口を開く。

 

「なあお嬢様。ハロウィンが、元々は収穫祭だってことは知ってるか?」

「え?」

「ついでに言うとだ。“ノーネーム”の裏手には莫大な農園跡地があってだな。あの土地を復活させれば、コミュニティにとっても大助かりだと思うんだが……いかがなものだろう?」

「え、ええ。そうね。それは知っているわ」

 

 質問の意図が分からない飛鳥は、首を傾げて困ったような眼差しを向ける。

 ニヤリと笑った十六夜は、彼女に顔を近づけ、

 

「農園を復活させて──いつか俺たちで、()()()()()()()()()()()()()──という提案なんだが、お嬢様はどう思う?」

 

 瞬く間に飛鳥は目を丸くする。

 十六夜の示す“俺たちのハロウィン”──その言葉の裏にあるものは、ひとつしかない。

 

「私たちのコミュニティで……ハロウィンのギフトゲームを主催する、ということ?」

「ああ。今後も箱庭の世界で過ごす以上、やっぱり“主催者(ホスト)”は経験しとかないとな」

 

 彼の申し出に飛鳥はパアッと顔を輝かせると、両手を合わせて喝采した。

 

「素晴らしい提案だわ! それならコミュニティも助かるし、とても楽しそうだもの!」

「ハハ、流石に話が分かるなお嬢様! じゃあ俺たちが最初に“主催者”をするギフトゲームは、ハロウィンで予約しておこうぜ」

 

 コクコクと何度も頷く飛鳥。

 その瞳は彼女らしくない、熱っぽいものだった。

 頬を緩ませ、はにかんで笑う飛鳥は、未来の主催を思い描いて夢心地に語る。

 

「私たちが主催するハロウィン……ふふ。じゃあ収穫祭を行うためにも、まずは農地を復活させないといけないわね」

「おうともよ。それにこの案なら、白夜叉にも借りが返せるしな」

「あら、どうして?」

「ハロウィンは元々、太陽に1年の感謝をする祭りなんだ。宗旨は違うが、そんなことを気にする奴でもないだろ」

 

 ヤハハと笑う十六夜。

 飛鳥も納得したように微笑んだ。

 

「そうね。何だかんだで、彼女には黒ウサギ共々たくさんお世話になっているんだもの。いつかお礼をするために、白夜叉を招くに相応しい“主催者”を目指しましょう」

「とは言え、今まだ無理だけどな。まずは色々なギフトゲームに勝たないと」

「もちろん。こんな大きなお祭りなんだもの。きっと凄いギフトが貰えるゲームがあるはずよ」

「YES!  此度の祭典では耀さんの持つ“生命の目録”のような、創作系のギフトを競い合う二大ギフトゲームが進行中なのですよ!」

「へえ? 何か強力な恩恵が貰えるのか?」

「それはもう! 新たにフロアマスターとなったサンドラ様から直々に恩恵を賜るとなれば、よっぽどのものでございますよ!」

「そう。なら春日部さんに連絡して出場してもらおうかな。伝言お願いね、黒ウサギ」

「YES! 任されたのですよ♪ それではそれでは御二人様! 今から向かうので黒ウサギニオトナシク捕マッテクレマスヨネ?」

 

 壮絶な笑顔で問う黒ウサギ。

 2人は即答した。

 

「「断る!」」

 

 瞬間、十六夜が歩廊にクレーターを打ち込む脚力でスタートダッシュ。

 飛鳥は反対方向に逃げ出すが、空から舞い降りた金髪メイド服の吸血鬼、レティシアに飛びつかれて捕縛される。

 

「きゃ!」

「フフ。観念してもらうぞ飛鳥」

 

 黒い翼を折り畳み、美しい微笑を浮かべながらブ~ラブ~ラと抱きつくレティシア。

 はたから見れば完全に姉と戯れる妹である。

 飛鳥は仕方なさそうに両手を上げて降参すると、最後に一声、十六夜に向かって声高に叫んだ。

 

「十六夜君!  アナタが最後の1人よ! 簡単に捕まったら許さないわ!」

「了解、任せとけお嬢様!」

 

 ヤハハハハハハ! と笑いながら十六夜は赤窓の歩廊を駆け抜ける。

 しかし黒ウサギも負けてはいない。

 “箱庭の貴族”と呼び称される彼女の身体能力は、並の神仏ですら持て余すほどなのだ。

 

「逃がさないのです十六夜さんッ! 今日という今日は堪忍袋が爆発しました! 捕まえたら黒ウサギの素敵な御説教を長々と聞かせて差し上げるのですよーッ!!」

「ハッ、そりゃ魅力的な申し出だ! 帝釈天の眷属の御説法、聞かせたいなら捕まえてみろ!」

 

 十六夜は建造物を蹴り上がるように跳躍し、尖塔群の頭頂に登る。

 黒ウサギも負けじと壁を垂直に走って追いかける。

 騒ぎを聞き付けたギャラリーが、2人を指差して口々に叫んだ。

 

「アレを見ろ! ウサギだ! “月の兎”がいるぞ!」

「なぜ“箱庭の貴族”がこんな下層に!?」

「誰かを追ってるのか!? それにしても何て速さだ!」

「だが追われてる方も尋常じゃないぞ!?」

 

 ザワザワと騒ぎが広がる観衆の頭上で、屋根に登った両者は激しく睨み合いつつ距離を取る。

 好戦的な笑みを浮かべた十六夜は、心底面白そうに哄笑を上げた。

 

「ハハハ! やるじゃねえか黒ウサギ! 手紙に書いたのは冗談だったんだが、焚き付ける材料としては申し分なかったみたいだな」

「ほほう? ほほほ~う? コミュニティの脱退を賭けた勝負を冗談半分で持ちかけたと? それはそれは、随分と笑えない話でございますねぇ」

 

 キッと黒ウサギは十六夜を睨む。

 確かに組織の脱退を軽々しく口にするような者を甘やかしては、団体の統率は乱れるだろう。

 親しき中にも礼儀あり。

 今回の悪ふざけは、少々悪質に過ぎるものだ。

 自覚があったのか、十六夜は肩を竦ませた。

 

「ま、そうだな。確かに冗談にしては質が悪い。そこは素直に認めるさ」

「……大人しく降参すると?」

「馬鹿言え。ここまで盛り上げといて何もしないなんて、ギャラリーが許さねえよ」

 

 クイッと親指で眼下を指す。

 下では騒ぎに駆けつけた住人たちが、2人を見上げて歓声を上げていた。

 

「そこで1つ提案がある。俺と黒ウサギだけで、短時間のゲームをしないか?」

「え?」

「ふむ、そうだな。謝罪代わりに、そっちのチップは無しでいい。こっちのチップは──ん、何が欲しい? 1回分の首輪とかか?」

「は──!?」

 

 黒ウサギは驚きの余り、ウサ耳を大きく跳ねさせて息を呑む。

 この自由奔放で天上天下唯我独尊を地で行く男に、1回分の首輪を付けることが出来るのだ。

 彼女にとっては喉から手が出るほど欲しい権利ではあるが──それでも、黒ウサギは躊躇いがちに首を横に振った。

 

「それは……駄目でございますよ十六夜さん」

「なんだ? たかが1回分の首輪じゃ不服か?」

「い、いえ、そうではなくですね。十六夜さんの謝意は伝わりました。ま、まあ、黒ウサギの頭が少々固かったことも認めます。ですのでギフトゲームをするなら……それはやはり、対等の条件でなければ、と」

 

 今度は十六夜が目を丸くして驚く。

 つまりは黒ウサギも、1回分の首輪を十六夜に賭けるというのだ。

 

「ペナルティーのあるゲームで得たギフトなんて頂いても、達成感は得られません。なのでやるのならば正々堂々! そして真正面から、黒ウサギは十六夜さんに御説教をするのです!」

「……ハッ。黒ウサギのくせに生意気言いやがって」

 

 物騒に笑う十六夜。

 その瞳からは、すでに遊び心は消えている。

 向かい合う2人が宣誓を交わすと、それぞれの手元に羊皮紙が舞い落ちた。

       

 

***

 

『ギフトゲーム名“月の兎と十六夜の月”

  

 ・ルール説明

  ・ゲーム開始のコールはコイントス。

  ・参加者がもう1人の参加者を“手の

   平で”捕まえたら決着。

  ・敗者は勝者の命令を1度だけ強制さ

   れる。

 

 宣誓 上記のルールに則り、

    “黒ウサギ”

    “逆廻十六夜”の両名は

    ギフトゲームを行います。   』

 

 

***

 

「これはコミュニティ間の決闘ではなく、個人の間で取り引きされる“契約書類(ギアスロール)”です。決着と同時に勝者の紙は命令権へと変化し、敗者の紙は燃える仕組みです」

「へぇ……?」

 

 物珍しそうに羊皮紙を読み直し、ヤハハと笑う十六夜。

 その後、制服のポケットから1枚のコインを取り出した。

 

「そんじゃま、早速ゲーム開始といこうぜ。コインが地面に着くと同時にスタートでいいんだな?」

「YES。トスは譲るのですよ」

「……ふぅん? ずいぶん余裕じゃねえか」

「フフフ、当然です。今日こそはみっちりと御説教をしてさしあげるのですよ!」

「ハッ、ぬかしやがれ!」

 

 そして、賽は投げられる。

 キンと高い金属音が響いた直後、旋風の如く駆け出す2人。

 問題児と黒ウサギの追いかけっこは、遂に最終ラウンドを迎えるのだった。

 

 

 

***

 

 ──境界壁・舞台区画。

 ──“火龍誕生祭”運営本陣営。

 

「それでは! これよりギフトゲーム“造物主たちの決闘”第1回戦・第3試合を行います! 選手の方は、舞台上にお上がり下さい!」

 

 司会の声が響くと同時に、盛大な歓声が会場を揺らした。

 舞台袖に控える日向と耀は、互いに顔を見合わせて会話する。

 

「なあ耀。本当に俺のサポートはいらないのか?」

「うん、大丈夫。それに日向が出たら、私の出番が無くなっちゃうよ」

 

 今回、選手はサポーターも含め、創作系以外のギフト使用が一部禁止されている。

 しかし日向であれば、その身体能力だけで並大抵の相手は余裕で圧倒出来るだろう。

 だが今回は白夜叉から祭りの盛り上げ役も頼まれているため、余り簡単に決着がつき過ぎてしまっても困るのだ。

 だからこそ耀は、苦笑で日向の申し出を遠慮した。

 

「その代わり、三毛猫の世話をお願いしていい?」

「ああ、分かった。けど、どうして俺の力が必要な時は、遠慮せずに言うんだぞ?」

「うん。ありがとう」

『頑張ってなお嬢! ワイも全力で応援しとるで!』

 

 レティシアたちに便乗してきた三毛猫が、日向の腕に抱かれながら声援を送る。

 耀は小さく笑って頷くと、踵を返して舞台上へと歩みを向ける。

 

「それじゃあ、行ってきます」

「ああ、行ってこい!」

 

 そう言って彼らが別れた直後。

 一際大きい歓声が、会場を揺らしたのだった。

 

 

 

***

 

 一方その頃。

 あえなく捕まった飛鳥はレティシアと共に、十六夜たちは反対側の歩廊を歩いていた。

 小腹の空いた彼女たちは出店でクレープを購入し、飛鳥は手に持ったそれを物珍しそうに見つめている。

 

「どうした飛鳥? 食べないのか?」

「いえ、そうではないのだけど……私の故郷には、こんな食べ物は無かったから」

 

 彼女が口をつけるかいや待てまだ早いのではないかと悪戦苦闘している内に、すでに半分ほど食べ進めたレティシアはペロリと指を舐めて語りかけた。

 

「まあ、箱庭外の世界から来た人間のほとんどが飛鳥のような反応をするものだ。故郷とかけ離れた食文化、建築物、思想、種族etc……だがそういったものを全て楽しんでこその箱庭だ。食べず嫌いは良くないぞ? 人生経験は大いなる財産だ」

「わ、分かったわ」

 

 意を決し、飛鳥は大きく口を開いて齧りつく。

 途端に暖かく柔らかい生地の中から、1口サイズのバナナやチョコレートムースが溢れ出た。

 初めて味わう甘美な舌心地に、飛鳥は思わず表情を綻ばせる。

 

「……美味しいわ」

「それはよかった。コレぐらいの食べ物で二の足を踏まれていたのでは、南側には絶対に行けないからなあ」

「そ、そう。そんなに南側の食事は凄いの?」

「凄いなんてものじゃないぞ。向こうの料理はとにかくワイルドなんだ。斬る! 焼く! 齧る! の三工程を食事だと説明された時は、流石の私も頭を抱えたよ」

 

 フッと遠い目をするレティシア。

 なぜか小さく身震いしている。

 苦笑した飛鳥は、ふと鮮やかな切子細工のグラスを売る出店の棚に目を向けた。

 

「レティシア。あれは……何?」

 

 ん? と指差す方向に首を傾けるレティシア。

 彼女も驚いたように足を止めた。

 飛鳥の指の先では──手の平サイズしかない身長の、とんがり帽子を被った小人の女の子が、切子細工のグラスをキラキラとした目で眺めていたのだ。

 

「あれは、精霊か? あのサイズがひとりでいるとは珍しいな。“はぐれ”かな?」

「はぐれ?」

「ああ。あの類の小精霊は群体精霊だからな。単体で行動していることは滅多にないんだ」

 

 そう、飛鳥は相槌を打つ。

 物珍しそうにとんがり帽子の精霊に近づくと、背後からの影に気づいたのか、精霊もひょいと振り返った。

 自然と交差する両者の視線。

 

「「…………、」」

 

 途端に「ひゃっ!」と愛らしい声を立てて、とんがり帽子の精霊は逃げ出した。

 飛鳥はクレープをレティシアに預け、その小さな背中を追いかける。

 

「わっ、あ、飛鳥!」

「あげる! ちょっと追いかけてくるわ!」

 

 嬉々としてとんがり帽子の精霊を猛追し始める飛鳥。

 しかしそれも仕方がない。

 逃げられれば追いたくなるのは、問題児としては当前すぎる習性だろう。

 レティシアは困ったように笑うと、飛鳥に貰ったクレープを齧り、その背中を見送るのだった。

 

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