- The Another Origin -   作:青葉空太

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第14話 不穏な知らせ

 

 無数に建ち並ぶ建造物の屋根上を、高速で立ち回る2つの軌跡があった。

 

(チッ、やっぱ走力は互角か)

 

 後方に跳び退く黒ウサギを追尾しつつ、十六夜は内心で舌打ちする。

 

(そもそもこのゲーム内容……一見条件は五分っぽいが、実際は奴の方が数段有利だ)

 

 追いかける傍ら、十六夜は以前話に聞いた“月の兎”の情報を思い出す。

 彼女たち“箱庭の貴族”のウサ耳は箱庭の中枢と直結しており、審判時ならばゲームの全範囲、プレイヤー時ならば半径1kmの範囲まで情報を収集することができる。

 

 常に相手の言動や行動を把握でき、機動力まで互角とあっては、流石の十六夜でも勝機は薄い。

 

(なら俺が黒ウサギに勝つための最低条件は──()()()()()()()()()()!)

 

 屋根瓦を踏み砕き、十六夜が黒ウサギに肉薄する。

 対する黒ウサギも、負けじと脱兎のごとく後方へ跳ぶ。

 聳え立つ時計塔を易々と駆け上がる両者を見上げ、観衆も熱気を込めた歓声を上げた。

 

「す、凄い! あれが“月の兎”の力か!」

「しかしもう片方も尋常じゃないぞ! 何者だ!?」

 

 黒ウサギはクルリと後方に宙返ると、尖塔の頭頂に降り立った。

 それを下から見上げた十六夜は、不満そうに訴える。

 

「オイコラ黒ウサギ! スカートの中身が見えそうで見えねえぞ! どういうことだ!?」

「あやや、怒るところはそこなのですか?」

 

 黒ウサギは片手でスカートの裾を押さえつつ、眼下の十六夜に笑いかける。

 

「フフン♪ 残念でしたね十六夜さん。実はこの衣装ですが、白夜叉様の御好意で絶対に見えそうで見えないという鉄壁ミニスカートなギフトを与えられているのですよ♪」

「はあ? あの駄神、チラリストかよクソが! こうなったら直接スカートに頭を突っ込むしか」

「黙らっしゃいこのお馬鹿様!!!」

 

 この上なく速攻で断じる黒ウサギ。

 しかし次の瞬間ペロ、と愛らしく舌を出すと、悪戯っぽく呟いた。

 

「もっとも、そんなお馬鹿なことを言えるのもそこまでで御座います」 

「何?」

「黒ウサギの勝利なのですよ、十六夜さん♪」

 

 突然の勝利宣言と共に、黒ウサギは小さく身体を縮こませると、全身のバネで超跳躍を行った。

 眼下の歩廊目掛けて落下していく彼女を見て、十六夜は自身の失態を悟る。

 

(やべ、ミスった! このまま追って跳べば間違いなく捕まる!)

 

 空中では追う方より、待ち構える方が断然に有利だ。

 かと言ってこのまま黒ウサギを見逃しても、その間に彼女は姿を隠してしまうだろう。

 それでは十六夜の詰みだった。

 

「それじゃ、サヨウナラなのですよ~♪」

 

 遠くでにこやかに手を振る黒ウサギ。

 進むも地獄、退くも地獄。

 完全に悪手を掴まされた十六夜は、悔しそうに舌打ちすると──ニタァと物騒な笑みを浮かべた。

 

「……チッ。中々やるじゃねえか黒ウサギ。シンプルだが、お前のゲームメイクは面白いぞ。だがな──」

 

 十六夜は瞬時を身をひるがえすと、盛大に右足を振りかぶり、

 

「──ここからは、俺のゲームメイクだッ!!!」

 

 それまで足場にしていた時計塔を──()()()()()()()()()

 

「……は? え、ちょ、ちょっとお待ちなさいこのお馬鹿様ああああああ!?」

 

 小躍りするほど余裕を見せていた黒ウサギは、その暴挙に一転、絶叫した。

 巨大な時計塔の頭角は無惨にも瓦礫と化し、第三宇宙速度で迫る散弾の嵐となって歩廊を襲う。

 下にいる観衆もまた、声を揃えて一斉に叫んだ。

 

「「「あ、あの人間無茶苦茶だああああああぁぁぁ!?」」」

 

 堪らずに足を止めて、残骸を避ける黒ウサギ。

 瓦礫の陰からヤハハと哄笑が響いてくる。

 

「っ、十六夜さん……!」

「射程距離だぜ、黒ウサギ」

 

 舞い散る残骸を蹴り飛ばし、十六夜が右手が伸ばす。

 それを間一髪手の甲で弾き、同様に伸びる黒ウサギの右手。

 十六夜も手首で弧を描いて流し、今度は左手で掴みにかかる。

 瓦礫が落ちるまでの刹那の時間、千手の攻防を繰り返す2人。

 互いが互いの攻守に全身全霊を尽くす中、不意にギャラリーのひとりが悲鳴を上げた。

 

「た、建物が崩れるぞおおおおおおぉぉぉ!!!」

 

 ハッと見上げる十六夜と黒ウサギ。

 時計塔の残骸によって倒壊した建物が、彼らの頭上から襲いかかる。

 2人は同時に跳躍すると、揃って拳を振り上げた。

 爆砕音と共に、倒壊した建物は跡形も残らず砕け散る。

 と同時に、両者とも守りの手が1手遅れた。

 その隙に掴みかかった2人の手は──

 

「「あっ、」」

 

 パシッ。

 

 と、全く同時にお互いの腕を掴み取った。

 次の瞬間両者の“契約書類(ギアスロール)”が発光し、勝敗を定める。

 

『『勝敗結果:引き分け。

 “契約書類”は以降、命令権として使用可能です』』

 

「……は?」

 

 いぶかしげに眉をひそめる十六夜。

 黒ウサギはあややと苦笑いを浮かべて説明した。

 

「あー……コレは、アレです。引き分けなので、互いに命令権を1つ得たみたいです」

「はあ!? 納得がいかねえぞ! どう見ても俺の方が速かっただろ!」

「やや、そんなことは無いのですよ? 箱庭の判定は絶対です」

「ふざけんな! 今すぐ誤審を問いただして──」

「そこまでだ貴様ら!!」

 

 厳しい怒号が赤窓の歩廊に響き渡る。

 気づけば彼らは炎の龍紋を掲げ、蜥蜴の鱗を肌に持つ集団に囲まれていた。

 北側の“階層支配者(フロアマスター)”──“サラマンドラ”のコミュニティが、騒ぎを聞きつけてやって来たのだ。

 黒ウサギは痛烈に痛そうな頭を抱え、両手を上げて降参するのだった。

 

 

 

***

 

 ──境界壁・舞台区画。

 ──“火龍誕生祭”運営本陣営。

 

 十六夜たちは“サラマンドラ”のコミュニティに連行され、“火龍誕生祭”の運営本部に訪れていた。

 境界壁を削り出すように造られた宮殿はゲーム会場と連結しており、その奥にある石畳を通って本部へ渡る。

 ゲーム会場は輪郭を円形に造られており、それを取り囲む形で客席が設けられているようだ。

 現在は白夜叉の持っていたチラシのギフトゲームが催されており、その舞台では最後の決勝枠が争われていた。

 

『お嬢おおおおおおぉぉぉ! そこや! 今や! 後ろに回って蹴飛ばしたれええええええぇぇぇ!!!』

「気持ちは分かるけど、ちょっと落ち着こうな」

 

 セコンドで日向の腕に抱かれながら、三毛猫が興奮気味に声援を送る。

 ハタから見れば「にゃー! にゃー!」と叫びながら必死に猫パンチを繰り出しているようにしか見えない彼を、日向は「どうどう」と苦笑して宥めていた。

 そんな彼らの目前に広がる舞台では、“ノーネーム”に所属する春日部耀と、コミュニティ“ロックイーター”に所属する自動人形(オートマター)、石垣の巨人との戦いが行われていた。

 

「これで、終わり……!」

 

 鷲獅子(グリフォン)から貰ったギフトで旋風を駆る耀は、巨人の拳を舞うように躱して背後に回り、後頭部を一撃で蹴り崩す。

 そのまま高く飛翔すると、自身の体重を“象”へと変幻させ、落下の勢いと自重で一気に巨人を押し倒した。

 石垣の巨人がリングへ沈むと同時に、会場中から割れんばかりの歓声が起こる。

 

『お嬢おおおおおおぉぉぉ! うおおおおおおぉぉぉ! お嬢おおおおおおぉぉぉ!』

「よしよし、良かったな。だから少し落ち着こうな」

 

 主人の雄姿に感極まり、滂沱の涙を流して勝ち鬨を雄叫ぶ三毛猫と、その頭をやんわりと撫でる日向。

 そんな彼らの様子に気づいたのか、耀は目配せと共に片手を上げて微笑んだ。

 それに日向もビシッ! と親指を立てて笑顔を見せる。

 決着がついたところで、宮殿からゲームを観戦していた白夜叉が、パンパンと大きく柏手を打った。

 すると喧騒がピタリと止む。

 満足そうに頷くと、会場に向けて宣言した。

 

「最後の勝者は、“ノーネーム”出身の春日部耀に決定した。これにて最後の決勝枠が埋まったかの。決勝のゲームは明日以降の日取りとなっておる。明日以降のゲームルールは……ふむ。ルールはもうひとりの“主催者(ホスト)”にして、此度の祭典の主賓から説明願おう」

 

 白夜叉が振り返り、バルコニーの中心を譲る。

 舞台会場が一望できるそのテラスに姿を現したのは、真紅の髪を頭上で結い上げ、荘厳で色彩鮮やかな衣装を幾重にも纏った幼い少女だった。

 彼女こそ龍の純血種──星海龍王の龍角を継承した、新たなる“階層支配者”。

 炎の龍紋を掲げる“サラマンドラ”の幼き頭首・サンドラである。

 玉座から立ち上がった彼女は年相応の笑みを浮かべると、鈴の音のような凛とした声音で挨拶した。

 

「ご紹介に与りました、北のマスター・サンドラ=ドルトレイクです。東と北の共同祭典・火龍誕生祭の日程も、今日で中日を迎えることが出来ました。さしたる事故も無く、進行に協力して下さった東のコミュニティと北のコミュニティの皆々様には、この場を借りて御礼の言葉を申し上げます。以降のゲームにつきましては、御手持ちの招待状をご覧ください」

 

 促された観衆は招待状をその手に取る。

 すると書き記されたインクは直線と曲線に分解され、別の文章を紡ぎ始めた。

 

 

***

 

『ギフトゲーム名“造物主達の決闘”

 

 ・決勝戦参加コミュニティ

  ・ゲームマスター “サラマンドラ”

  ・プレイヤー “ウィル・オ・ウィスプ”

  ・プレイヤー “ラッテンフェンガー”

  ・プレイヤー “ノーネーム”

 

 ・決勝ゲームルール

  ・お互いのコミュニティが創造した

   ギフトを比べ合う。

  ・ギフトを十全に扱うため、

   1人まで補佐が許される。

  ・ゲームのクリアは、登録された

   ギフト保持者の手で行うこと。

  ・総当たり戦を行い、勝ち星が多い

   コミュニティが優勝。

  ・優勝者はゲームマスターと対峙。

 

 ・授与される恩恵に関して

  ・“階層支配者”の火龍に対して、

    プレイヤーが希望する恩恵を

    進言できる。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、

    両コミュニティはギフトゲームを

    開催します。

         “サウザンドアイズ”印

           “サラマンドラ”印 』

 

 

 

***

 

 決勝戦のルール説明が行われた後。

 日向は白夜叉に呼び出され、宮殿内にある謁見の間へと赴いていた。

 左右に控える門番に軽い会釈をすると、火龍のレリーフが彫られた重厚な石扉が開かれる。

 入室すると、中には十六夜や黒ウサギ、そしてジンの姿も見受けられた。

 白夜叉はバサリと扇を開いて出迎える。

 

「よく来てくれたの。試合後で慌ただしいが、ちょいと重要な話があるのでな。悪いが少しだけ付き合ってくれ」 

「別に構わないさ。俺はしがないサポート役だし、特に疲れてもいないしな。その分、耀は休ませてやりたいから俺ひとりで来たんだが……何か問題はあるか?」

「いんや、どの道全員に話す予定だしの。多少手間が増えるだけなら、今はこれだけで十分だ。それにこの場では、本題とは別に話し合わねばならぬ別件もあるのでな」

 

 白夜叉は扇で口元を隠しつつ、チラシと十六夜に思わせ振りな視線を送る。

 そこで全てを察した日向は、苦笑いで問いかけた。

 

「おい、一体何をやらかした?」

「ヤハハ。ご要望通り、祭りを盛り上げてやったぜ」

「胸を張って言わないで下さいこのお馬鹿様!!!」

 

 スパァーン! 

 

 と黒ウサギのハリセンが奔る。

 後ろではジンが痛そうな頭を抱えていた。

 白夜叉は必死に笑いを噛み殺しつつ、努めて真面目な姿勢を保つ。

 今は誕生祭の主賓、サンドラ嬢も傍に居るのだ。

 彼女もはしたない真似は出来ないのだろう。

 そこでサンドラの側近らしき軍服の男が前に出ると、日向たちを鋭い目つきで威嚇した。

 

「フン! “ノーネーム”の分際で我々のゲームに騒ぎを持ち込むとはな! 相応の厳罰は覚悟しているか!?」

「これマンドラ。それを決めるのはおんしらの頭首、サンドラであろ?」

 

 白夜叉がマンドラと呼ばれた男をたしなめる。

 サンドラは上座にある豪奢な椅子から立ち上がると、問題の両名に声を掛けた。

 

「“箱庭の貴族”とその盟友の方。此度は“火龍誕生祭”に足を運んで頂きありがとうございます。あなたたちの破壊した建造物の一件ですが、白夜叉様のご厚意で修繕してくださいました。負傷者は奇跡的に無かったようですので、この件に関して私からは不問とさせて頂きます」

 

 チッ、と舌打ちをするマンドラ。

 十六夜は意外そうに片眉を上げた。

 

「へえ、ずいぶんと太っ腹だな?」

「うむ。仮にもおんしらには、私が直々に協力を要請したのだからの。何より怪我人が出なかったことが幸いした。よって路銀と修繕費は、報酬の前金とでも思っておけ」

 

 ホッと胸を撫で下ろす黒ウサギ。

 そんな彼女の苦労に苦笑しつつ、日向は白夜叉に問いかけた。

 

「それで、俺たちを呼び出した本題は?」

「ふむ、そうだの……」

 

 チラッ、と白夜叉が連れの者たちに目配せする。

 サンドラも同士を退室させ、側近のマンドラだけがこの場に残った。

 途端に彼女は硬い表情と口調を崩し、玉座を飛び出してジンに駆け寄ると、

 

「ジン、久しぶり! コミュニティが襲われたと聞いて、随分と心配していた!」

「ありがとう。サンドラも元気そうで良かった」

 

 同じく笑顔で接するジン。

 サンドラは一層はにかんで笑う。

 

「ふふ、当然。魔王に襲われたと聞いて、本当はすぐにでも駆け付けたかったんだ。けどお父様の急病や継承式のことで、ずっと会いに行けなくて」

「それは仕方ないよ。だけどあのサンドラがフロアマスターになっていたなんて──」

「その様に気安く呼ぶな、名無しの小僧!!!」

 

 マンドラは獰猛に牙を剥き、腰に帯刀していた剣をジンに向かって振り下ろす。

 その刃が彼の命を刈り取る刹那、間に割って出た日向が蹴りで刀身を粉砕した。

 

「なっ!?」   

「……チャンスは一度だ。次はテメェに当てる」

 

 普段の性格からは考えられないような、凍える双眸でマンドラを睨む。

 ゴクリと息を呑む黒ウサギたち。

 同じく割り込もうとした十六夜は拍子抜けしたように肩を竦め、軽薄な笑みをマンドラに向けた。

 

「オイオイ、知り合いの挨拶にしちゃ穏やかじゃねえな。止める気無かっただろ、オマエ」

「あ、当たり前だ! サンドラはもう北のマスターになったのだぞ! 誕生祭も兼ねたこの共同祭典に“名無し”風情を招き入れ、恩情を掛けた挙げ句、馴れ馴れしく接されたのでは“サラマンドラ”の威厳に関わるわ! この“名無し”のクズが!」

 

 睨み合う三者。

 サンドラが慌てて止めに入る。

 

「マンドラ兄様! 彼らはかつての“サラマンドラ”の盟友! こちらから一方的に盟約を切ったにもかかわらずにそのような態度を取られては、我らの礼節に反する!」

「礼節よりも誇りだ! そのようなことを口にするから周囲に見下されるのだと──!」

「これマンドラ、いい加減に下がれ」

 

 呆れた口調で諌める白夜叉。

 マンドラはそれでも煮え切らぬのか、非難の矛先を彼女に向けた。

 

「フン。“サウザンドアイズ”も余計なことをしてくれたものだ。同じフロアマスターとはいえ、越権行為にもほどがある。『南の幻獣・北の精霊・東の落ち目』とはよく言ったもの。此度の件も、東が北を妬んで仕組んだことではないのか?」

「マンドラ兄様ッ!」

 

 サンドラが見かねて叱りつける。

 明らかに失言が過ぎた。

 しかし事情を知らない日向たちは、顔を見合わせて首を傾げる。

 

「白夜叉、噂って何のことだ? 俺たちに協力して欲しいことと関係あるのか?」

 

 うむ、と白夜叉は全員の顔を一瞥した後、着物の袖から1枚の封書を取り出した。

 

「この封書に、おんしらを呼び出した理由が書いてある。……己の目で確かめるがいい」

 

 促されるまま、日向たちは受け取った文面に目を落とす。

 そこにはただ一文、こう書かれていた。

 

『火龍誕生祭にて、“魔王襲来”の兆しあり』

 

「……なっ、」

 

 黒ウサギは絶句し、呻くような声を漏らす。

 隣のジンも同様だ。

 日向と十六夜だけが、冷静な面持ちで呟いた。

 

「……なるほどな。正に俺たち向きの依頼ってわけだ」

「ああ。けど正直意外だったぜ。てっきりマスターの跡目争いとか、そんな話題だと思ってたんだがな」

「何ッ!?」

 

 十六夜の発言に牙を剥いて憤るマンドラ。

 サンドラが慌てて落ち着かせる。

 白夜叉は無視して話を進めた。

 

「謝りはせんぞ。内容を聞かずに引き受けたのはおんしらだ」

「違いねえ……それで、俺たちに何をさせたいんだ? 魔王の首を取れっていうなら喜んでやるぜ?」

「その前に、そもそもこの封書は何なんだ?」

「うむ。ではまずそこから説明しようかの」

 

 白夜叉は頷くと、神妙な面持ちで語り始める。

 

「知っての通り、我々“サウザンドアイズ”は特殊な瞳を持つギフト保持者が多い。様々な観測者の中には、未来の情報をギフトとして与えておる者もいるのだ。これはその中でも、幹部のひとりが未来を予知した代物での」

「へえ。予言という名の贈り物(ギフト)ってことか。ちなみに、その予言の信憑性は?」

「上に投げれば下に落ちる、という程度だな」

 

 日向の問いに、白夜叉は例えを挙げて返答する。

 しかし十六夜は、その例えに怪訝そうな眼差しを向けた。

 

「……それ、本当に予言なのか? 上に投げれば下に落ちるのは当然だろ?」

「予言だとも。なぜならそやつは“誰が投げた”も“どうやって投げた”も“なぜ投げた”も分かっている奴での。ならば必然的に“どこに落ちてくるのか”を予測することが出来るだろ? これはそういう類の予言なのだ」

 

 はっ? と日向たちは言葉を失う。

 それも当然だろう。

 犯人も、犯行も、動機も、全て判明しているのに、未然に防ぐことが出来ないというのだ。

 マンドラは顔を真っ赤にして叫んだ。 

 

「ふ、ふざけるなッ!! それだけ分かっていながら、魔王の襲来しか教えぬだと!? 戯言で我々を翻弄しようという狂言だ!! 今すぐにでも棲み家に帰れッ!!」

「に、兄様……! これには訳があるのです……!」

 

 憤慨するマンドラを尻目に、日向と十六夜は脳裏で情報を整理する。

 やがてとある結論を導き出すと、十六夜は確認するように問いかけた。

 

「なるほど。事件の発端に一石投じた主犯はすでに分かっている……が、その人物の名前を出すことは出来ないんだな?」

「うむ……」

 

 十六夜の言葉に、歯切れの悪い返事をする白夜叉。

 日向は確信したように頷くと、ニュアンスを変えて問い直した。

 

「つまり今回の一件で、魔王がこの祭典に現れるよう仕向けた者が他にいる──けれどその人物は、()()()()()()()()()()()()()()()()ってことか?」

 

 ハッとジンも気がつき、サンドラを見る。

 北側へ来る際、白夜叉との会話にはこうあった。

 

 『幼い権力者をよく思わない組織がある』──と。

 

 もしもその人物が『口に出すことも憚られる人物』だというのなら、それは──

 

「まさか……他のフロアマスターが、魔王と結託して“火龍誕生祭”を襲撃すると!?」

 

 想像するのも恐ろしいことだった。

 秩序の守護者である”階層支配者”が、その秩序を乱すという。

 白夜叉は悲しげに嘆息した後、静かに首を横に振った。

 

「まだ分からん。この一件はボス直々の命令でな。内容は予言者の胸の内ひとつに留めておくよう厳命されておる。故に私自身、まだ確信には至っていない。しかし、もし北のマスターが大祭に非協力だった理由が、“魔王襲来”に深く関与していたなら──これは大事件だ」

 

 唸る白夜叉と、絶句するジンと黒ウサギ。

 十六夜と日向は納得したように相槌を打つ。

 

「ま、所詮はフロアマスターも脳味噌のあるひとりの何某だ。秩序を預かる者が謀をしないなんてのは、どこの世界でも幻想だな」

「ああ。仮に飛鳥が聞いていたら、いかにも不満を言いそうな話だ」

 

 皮肉げに話す彼らの言葉に、白夜叉は真剣な声音で応じる。

 

「かもしれん。しかしなればこそ、我々は秩序の守護者として、その何某を正しく裁かねばならんのだ」

「けど目下の敵は、予言の魔王。ジンたちには魔王のゲーム攻略に協力して欲しいんだ」

 

 サンドラの言葉に全員が首肯する。

 魔王襲来の予言があった以上、これは新生“ノーネーム”の初仕事でもあるのだ。

 ジンは事の重大さを受け止めるように、重々しい声で承諾した。

 

「分かりました。“魔王襲来”に備え、“ノーネーム”は両コミュニティに協力します」

「うむ、感謝するぞ。無事に魔王を退けた後、主犯には相応の制裁を加えると、我ら双女神の紋に誓おう」

「“サラマンドラ”も同じく。──ジン、頑張って。期待してる」

「わ、分かったよ」

 

 ジンは緊張しながら了承する。

 白夜叉は硬い表情を一変させ、哄笑を上げた。

 

「カッカッカ! そう緊張せんでもよいよい! 魔王はこの最強のフロアマスター、白夜叉様が相手をするゆえな! おんしらはサンドラと露払いをしてくれればそれで良い。大船に乗った気でおれ!」

 

 双女神の紋が描かれた扇を広げ、呵々大笑する白夜叉。

 しかしジンが快諾する一方で、不満そうな顔振りの十六夜。

 白夜叉は思わず苦笑を向ける。

 

「やはり露払いは気に食わんか、小僧」

「いいや? 魔王ってのがどの程度か知るにはいい機会だし、今回は露払いでいいが──別に、()()()()()()()()()()魔王を倒しても、問題は無いよな?」

 

 挑戦的な笑みを浮かべる十六夜に、隣の日向も諦めたように肩を竦める。

 白夜叉は不適に微笑むと、鋭い眼差しで宣言した。

 

「よかろう。隙あらば魔王の首を狙え。私が許す」

 

 頷き、日向たちはその場を後にするのだった。

 

 

 

***

 

 一方その頃。

 黄昏が過ぎ、夜の帳が下りる時間。

 レティシアは焦燥の面持ちを浮かべ、飛鳥の行方を追っていた。

 

(くそ、私の失態だ! いくら飛鳥でも、この時間帯にひとりは危険過ぎる!)

 

 漆黒の翼を広げ、空から市場を俯瞰しつつ、彼女は内心で歯噛みする。

 北側に蔓延る悪鬼羅刹は、闇の中でこそ本性を現す者が多い。

 この地域に食人の気がある鬼種や悪魔は少ないものの、確実の安全は保証できない。

 

(仮に飛鳥が向かうとすれば……そうだ、何か面白い展示物が公開されている場所は!?)

 

 その閃きを頼りに、レティシアは境界壁の麓にある美術品の出展会場へと空路を向ける。

 やがて岩壁を掘り進んで造られた会場の入り口に降り立った彼女は、翼を畳み、早速中へ入ろうとして、

 

「もしかしたらここに──」

「──ぎ、ぎゃあああああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 突如響いた絶叫に、その思考を凍らせた。

 途端、洞穴の中からわらわらと参加者たちが逃げ出して来る。

 レティシアは逃亡者のひとりである犬耳の男の胸倉を掴み、声を荒げて事情を問う。

 

「中で何があった!? 答えろ!」

「か、影が……! 真っ黒い影と紅い光の群れが……!」

「影だと?」

「そ、そうだ。その影が長い髪の女の子と小さな精霊を追いかけて──」

 

 ドン! と男を突き離す。

 その少女と精霊が飛鳥たちである可能性は非常に高い。

 阿鼻叫喚が渦めく中、次の異変は間もなく起きた。

 

(──!? なんだ、この音は……!?)

 

 衆人の悲鳴に次いで響く、不協和音を刻むリズム。

 レティシアは不快げに耳を塞いだ。

 

「くっ! 急がなくては!」

 

 翼を広げ、洞穴の回廊を突き抜けて飛ぶ。

 程なくして、飛鳥と思われる声を聞いた。

 

「──……っていなさい。落ちては駄目よ!」

「飛鳥!? 何がっ──!?」

 

 駆けつけたレティシアは、言葉を切って息を呑む。

 彼女が展示会場で見たのは、洞穴を埋め尽くす何千、何万という魔性の群れ。

 そしてその中で小さな精霊を守って戦う──久遠飛鳥の姿だった。

 

 

 

***

 

 ──境界壁・舞台区画・暁の麓。

 ──美術品・出展会場。

 

 時は黄昏時まで遡る。

 飛鳥は幼いとんがり帽子の精霊を肩に乗せ、境界壁の麓の街道を歩いていた。

 

「別に、取って食おう、というわけじゃないの。ただ旅の道連れが欲しかっただけよ」

「ひゃ~」

 

 幼い精霊は飛鳥の肩で大の字に寝そべり、疲れた声を上げている。

 飛鳥は売店で買ったクッキーを割ると、その欠片を精霊に分け与えた。

 

「はいコレ。友達の証よ」

「──!?」

 

 ガバッ! と甘い匂いで起き上がる。

 小さな彼女は自身の身の丈ほどのクッキーをシャリシャリとかじると、「キャッキャッ♪」と愛らしくはしゃいで飛鳥の頭によじ登った。

 

「仲良くなったところで自己紹介しましょうか。私は久遠飛鳥よ。言える?」

「……あすか?」

「ええ、そう」

「あすか!」

 

 元気に飛鳥の名を呼ぶとんがり帽子の幼い精霊。

 飛鳥も満足そうに笑顔を見せた。

 

「ふふ、ありがとう。それじゃあ今度は、あなたの名前を教えてもらえる?」

 

 精霊は飛鳥の頭で立ち上がり、叫んだ。

 

「らってんふぇんがー!」

「──? ラッテン……?」

 

 やや驚いた顔をする飛鳥。

 意味は分からないものの、この愛らしい精霊にしては少々厳ついイメージがある。

 飛鳥は精霊を手の平に乗せて問いかけた。

 

「それがあなたの名前なの?」

「んー、こみゅ!」

「コミュ……コミュニティの名前? じゃああなたの名前は?」

「?」

 

 意味が分からない、と言った様子で小首を傾げる幼い精霊。

 

(もしかして、個別の名前が無いのかしら……?)

 

 そこで飛鳥はレティシアの言葉を思い出す。

 彼女たちは“群体精霊”と呼ばれる存在。

 それならば、確かに集団名で呼ぶのが正しいのかもしれない。

 それでも何だか煮え切らない飛鳥は、ふと閃いたように提案した。

 

「そうだわ。折角だから、私が名前をつけましょうか?」

「──? んーん、らってんふぇんがー!」

「ええ。だからそのラッテンフェンガーという名前の他に」

「んーん、まきえ」

 

 とんがり帽子の精霊は、首を横に振って否定する。

 

「……マキエ? それがあなたの名前?」

「んーん。らってんふぇんがー!」

 

 要領が掴めず、飛鳥は小さくため息を吐いた。

 名前のことはひとまず隅に置いておき、彼女と一緒に出展会場を見て回る。

 

「……すごい数。こんなに多くのコミュニティが出展しているのね」

 

 展示品の前には、それぞれのコミュニティが持つ名前と旗印が下げられている。

 中でも目を引いたのは、キャンドルホルダーに旗印が刻まれた銀の燭台だった。

 

「製作・“ウィル・オ・ウィスプ”? あの歩くキャンドルを作ったコミュニティじゃない」

 

 巧緻な細工で施された紋様は、旗印をモチーフにしたのだろう。

 燃え上がる炎の印を刻んだ燭台は、まるで篝火のように温かく引き寄せられるようだ。

 

「コミュニティの旗印があるのと無いのでは、作品の表現も違うものなのね……」

 

 そう言ってやや憂鬱そうにため息を吐く飛鳥。

 

(将来的に立派な“主催者”を目指すなら、やっぱり旗印が無いと締まりが無いわ。是が非でも魔王から取り戻さないと)

 

 内心で決意を一新しつつ、更に奥へと展示会場の回廊を進む。

 ほどなくして、広い空洞に辿り着いた。

 恐らくは、ここが会場の中心なのだろう。

 より意匠が凝らされた出典物が陳列する中で、ふと中央に目を向けた飛鳥は大きく瞳を見開いた。

 

「あ、あれは……!」

 

 他の全てを意識の隅に追いやってしまうほど、その作品に衝撃を受ける。

 

「紅い……()()()()()()?」

「おっき!」

 

 ──そう。

 大空洞の中心に佇む、紅い鋼で造られた巨人。

 身の丈三十尺はあるだろう巨大なその寸胴は、この見事な作品たちが並べられる中でなお、ひときわ圧倒的な迫力と存在感を放っていた。

 

「す、凄いわね。一体どこのコミュニティが……?」

「あすか! らってんふぇんがー!」

 

 とんがり帽子の精霊は目を輝かせ、飛鳥の肩から飛び降りる。

 彼女の指差す看板には、確かに『制作・ラッテンフェンガー 作名・ディーン』と記されていた。

 

「まさか、アナタのコミュニティが作ったの?」

 

 えっへん! と胸を張るとんがり帽子の精霊。

 人間より遙かに小さい彼らがこの巨躯の鉄人を造り上げるなど、生半可な労力ではなかっただろう。

 飛鳥は心の底から感心したように呟いた。

 

「そう……凄いのね、“ラッテンフェンガー”のコミュニティは」

 

 にはは、とはにかんで笑う幼い精霊。

 よほど嬉しかったのだろう。

 その姿に微笑みながら、飛鳥は再び周囲を見渡す。

 

「軽く見た感じだと、この紅い巨人だけじゃなく、大空洞に集められた展示品がメインの扱いみたいね。アナタたちのコミュニティがギフトゲームの勝者になるかもしれないわ」

 

 はしゃぎながら「らってんふぇんがー!」と叫び続けるとんがり帽子の精霊。

 呆れながら摘まみ上げた飛鳥は再び彼女を肩に乗せ、他の展示品を見て回ろうと足を運ぶ。

 

 ──異変はその直後に起きた。

 

「……きゃ……!?」

 

 ヒュゥ、と。

 大空洞を一陣の風が吹き抜ける。

 数多の灯火は一瞬で消え去り、飛鳥は小さく悲鳴を上げた。

 

「どうした!? 急に灯りが消えたぞ!」

「気をつけろ、悪鬼の類かもしれない!」

「身近にある灯りを点けるんだ!」

 

 周囲の観客たちも騒ぎ出し、混乱が波紋のように伝染する。

 大空洞の最奥に不気味な光が宿ったのは、その時だった。

 

『ミツケタ……ヨウヤクミツケタ……!』

 

 怨嗟と妄執を交えた怪異的な声が空洞内に木霊する。

 飛鳥は咄嗟に傍にあった燭台に備え付けのマッチで火を点けると、力を込めて叫んだ。

 

「この卑怯者! 姿()()()()()()()()()()()!」

 

 飛鳥の支配力のある声が響き渡る。

 しかし犯人からの反応はない。

 代わりに五感を刺激する笛の音色と、怪異的な声が響いて来た。 

 

『──嗚呼、見ツケタ……! “ラッテンフェンガー”ノ名ヲ騙る不埒者ッ!!!』

 

 刹那、洞穴の細部からザワザワと這い寄るような音が聞こえ出す。

 間もなく洞穴の暗闇から現れたのは──何千、何万という赤い瞳の大群だった。

 途端に、観衆の1人が声を上げる。

 

「ね……ネズミだ!? 一面全てが、ネズミの群れだ!!」

 

 ──そう。

 地面を覆い尽くすほどの、蠢くネズミの大進行。

 これには堪らず、飛鳥も背筋に悪寒が走った。

 

「で……出てきなさいとは言ったけど、いくら何でも出すぎでしょう!?」

 

 ひゃー、と悲鳴を上げるとんがり帽子の精霊。

 飛鳥はネズミの大海に背を向けると、一目散に駆け出した。

 

「も、もういいわ! ()()()()()()()()()()()()!」

 

 再び強制の言霊を口にする。

 しかしネズミは止まるどころか、天井まで伝って飛鳥たちを追い立てる。

 肩の上で震えているとんがり帽子の精霊に、1匹のネズミが襲い掛かった。

 

「ひゃ、」

「危ない!」

 

 咄嗟に後ろへ跳び退く飛鳥。

 慌てて出口へ向かおうとするも、我先にと逃げる観客たちが悲鳴を上げてひしめき合う。

 

「どけえええッ!」

「きゃあ!」

「ど、どうなってるんだ!?」

「お、俺が先だ! 邪魔すんじゃねえ!」

「押すな押すなどけ!」

「駄目だ、もうそこまで来てる! にげられ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()!!!」

 

「「「「分かりましたッッ!!!」」」」

 

 飛鳥の怒りと焦りの大一喝。

 観客たちは一転し、一糸乱れぬ動きで洞穴内を爆走する。

 彼女は最後尾でネズミの進行から逃れつつ、敵の存在をいぶかしむ。

 

(支配するギフトが消えたわけじゃない……! ならどうして……!?)

 

 苦し紛れにギフトカードから白銀の十字剣を取り出して振るうも、ネズミは恐れることなく跳び掛かる。

 その奇妙な行動から、飛鳥はハッと気がついた。

 

(……まさか、この子が狙われている……!?)

 

 肩に乗せた、幼い精霊に視線を落とす。

 小さなとんがり帽子の精霊は、飛鳥にしがみついたまま泣きそうな顔で怯えていた。

 

「……っ」

 

 狙いがこの精霊ならば、肩から振り落とすだけで飛鳥は難を逃れるだろう。

 しかしその怯え震える幼い姿を見捨てるなど、彼女の誇りが許さなかった。

 飛鳥は脆弱な意思を振り払い、服の胸元を大胆に開けて精霊を中へと押し込んだ。

 

「むぎゅ!?」

「入っていなさい。落ちては駄目よ!」

 

 飛鳥は意を決し、蠢く大地を駆け出した。

 紅いドレスから覗く素肌は、すでに数ヶ所から真っ赤な鮮血が滲んでいる。

 

(出口まで、もうそんなに距離は無いはず……!)

 

 必死に走る飛鳥の背に、いよいよ魔性の群れが差し迫ろうとしたその時──突如洞穴内を漆黒の影が這い尽くし、無尽の刃が顕現した。

 

「鼠風情が、我が同胞に牙を突き立てるとは何事だ!? 分際を痴れこの畜生共ッ!!」

 

 影は洞穴内を竜巻の如く駆け巡り、魔性の群れのことごとくを刻み尽くして呑み込んでゆく。

 

「か、影が……あの数を一瞬で……!?」

 

 唖然と呟き振り返る飛鳥。

 そこで2度驚嘆する。

 駆けつけた声からレティシアであることは分かっていたが、その容姿の変わりように絶句した。

 愛らしい少女の顔は妖艶な色香が漂う大人の女性のものへと変貌し、美麗な金髪は愛用のリボンを解いて眩い煌めきを放っている。

 メイド服は真紅のレザージャケットに切り換わり、拘束具を彷彿とさせる奇形のスカートを穿いていた。

 レティシアは怜悧な顔を怒りで歪ませ、吸血鬼の証である牙を獰猛に向いて叫び散らす。

 

「術者はどこにいるッ!? 姿を見せろッ!! このような往来の場で強襲した以上、相応の覚悟あってのものだろう!? ならば我らが御旗の威光、私の牙と爪で刻んでやる! コミュニティの名を晒し、姿を見せて口上を述べよ!!!」

 

 激昂したレティシアの一喝が轟いた。

 しかし返事もなければ気配もない。

 どうやら術者は逃げ去ったようだ。

 飛鳥は息を呑みながら、激変した彼女の背中に声を掛ける。

 

「アナタ……レティシアなの?」

「ああ。それより飛鳥、何があったんだ? 多少数がいたとはいえ、鼠如きに遅れを取るとはらしくないぞ」

 

 普段の口調で振り返るレティシア。

 その表情は大人になっても温和なままだが、先ほどの力を垣間見た飛鳥はポカンとしながら呟いた。

 

「……アナタ、こんなに凄かったのね」

「は?」

 

 と小首を傾げるレティシア。

 しばらくして賛辞だと理解すると、やや不機嫌そうに返答する。

 

「あ、あのな主殿。褒められるのは嬉しいが、その反応は流石に失礼だぞっ。私はコレでも元・魔王にして吸血鬼の純血! 誇り高き“箱庭の騎士”! 神格を失ったとはいえ、畜生を散らすのは造作も無いこと。あの程度なら幾千万相手したところで問題はないっ」

 

 唇を尖らせ、拗ねたように語るレティシア。

 その仕草は間違いなく普段の愛らしい彼女のものだ。

 だが飛鳥の目には映らない。

 彼女は俯いたまま、複雑そうに独り言ちた。

 

「それに比べて、私は何も……」

「あすかっ!」

 

 キュポンッ! と飛鳥の胸元から、とんがり帽子の精霊が飛び出る。

 半泣きになりながらも、彼女は飛鳥の首筋に抱きついて歓喜の声を上げた。

 

「あすかっ! あすかぁっ……!」

「ちょ、ちょっと」

 

 泣きそうな、でも嬉しそうな声を上げて抱きつくとんがり帽子の幼い精霊。

 彼女なりに感謝を示しているのだろう。

 その様子にレティシアは苦笑しながら首を振った。

 

「やれやれ、すっかり懐かれたな。日も暮れて危ないし、今日のところは連れて帰ろう」

「そ、そうね」

 

 飛鳥は戸惑いながらも小さく頷く。

 これ以上の襲撃が無いとも言い切れない。

 彼女たちは朱色のランプが照らす街を進み、“サウザンドアイズ”の店舗に戻るのだった。

 

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