- The Another Origin -   作:青葉空太

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第15話 飛鳥の決意

 ──境界壁の展望台。

 ──“サウザンドアイズ”旧支店。

 

「お風呂へ駆け足ッ!! 今直ぐですッ!!」

 

 店先で飛鳥を迎えた割烹着姿の女性店員は、彼女を見るや否や八重歯を剥いて大一喝。

 

「そんな薄汚れた格好で“サウザンドアイズ”の暖簾をくぐろうなどとは言語道断! 衣類をこちらへ! 洗濯します! 解れは修繕してあげますから感謝しなさい! ……は? 生傷? そんなものはお風呂に入れば治ります!! さっさと身を清めてください!! お店が汚れてしまうでしょうがッ!!」

 

 スポポポポーンとあっという間に服を脱がされ、露天風呂のように空が開けた湯殿に放り込まれた飛鳥。

 唖然とした顔でポツリと立ち竦む彼女の手には、いつの間にか渡された手拭いだけが握られていた。

 

「……別に、そこまで言わなくたっていいじゃない」

 

 しかし汚れていたのは確かである。

 飛鳥は気を取り直しかけ湯で身を清めると、つま先からそっと湯船に浸かっていく。

 チャポン、と肩まで沈み込むと、途端にドッと疲れが噴き出した。

 

「ふ~」

 

 思わず気の抜けた吐息が漏れる。

 ふと自分の身体を見てみれば、傷口が見る間に回復し始めていた。

 その劇的な効能に感心しつつ、飛鳥は夜空を見上げて考える。 

 

(さっきのネズミ……どうして私のギフトが効かなかったのかしら?)

 

 飛鳥の力が通用しなかった場面は、これまでにも何度が存在した。

 

 1度目は、“ペルセウス”のリーダー・ルイオス。

 

 2度目は、“ノーネーム”の工房に眠る宝剣・聖槍・魔弓といったギフト。

 

 例えを挙げれば一目瞭然だが、いずれも彼女より高い霊格をその身に宿したモノたちだ。

 

(“霊格”というものをまだ完全に理解したわけではないけれど……少なくともネズミに劣るってことはないはずよ)

 

 飛鳥は黒ウサギから以前聞いた話を思い出す。

 曰く“霊格”とは生命の階位であり、それを手にするには大きく分けて2つの方法が存在する。

 

 1つ、“世界に与えた影響・功績・代償・対価によって得る”

 

 2つ、“誕生に奇跡を伴う遍歴がある”

 

 本来であればただの人間に過ぎないはずの飛鳥が、なぜこれほどまでに高位の霊格を宿すことになったのか。

 その原因を、黒ウサギは後者にあると見立てていた。

 つまり飛鳥は、誕生の際に何かしらの特別な事情があったのか、もしくは先祖に修羅神仏へ属する超常存在がいた可能性があるということだ。

 彼女の力は未だ磨かれぬ原石のままだが、それでもかなり高い霊格を備えていると、黒ウサギは誇らしげに語っていた。

 

(なら……考えられる理由は1つ)

 

 飛鳥は受け入れがたい事実に歯噛みする。

 あの時、支配の力が通用しなかった原因。

 それは即ち──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と考えるのが妥当だからだ。

 

(……選択、間違ったかしら)

 

 ドボン! と湯に深く沈み込み、ブクブクと膝を抱えて悩む飛鳥。

 彼女の選んだ“ギフトを支配するギフト”というスタンスは、そもそも別途に強力なギフトが無ければ意味を成さない。

 かといって、原石のままでは高位の恩恵は操つれない。

 ならばやはり、この力は人心を操る方向性に伸ばすべきではなかったのか。

 そんな考えが脳裏をよぎるが──

 

「……でも私は、そんなもの望んでないわ」

 

 飛鳥はそのプライド以上に──正義感の強い少女だった。

 心を歪めてまで相手から得る“(YES)”に、一体どれほどの価値があるというのか。

 誇り高い彼女だからこそ、今日まで真っ直ぐに生きてこられたのだ。

 

 飛鳥は湯船から立ち上がり、拳を握って宣言する。

 

「あの幼い精霊がいる限り、必ずまた襲ってくるはず! その時に決着をつけてみせるわ!」

「よし、その意気だ」

 

 きゃっ! と突然聞こえたその声に、飛鳥は慌てて湯船に沈み込む。

 キョロキョロと真っ赤な顔で辺りを見回し、狼狽えた声で問いかけた。

 

「そ、その声はもしかして日向君?」

「ああ。男湯に居るぞ」

 

 声のする方に視線を向ければ、高い木製の仕切りが設けられていた。

 恐らくは、この仕切りの向こうに男性用の湯殿があるのだろう。

 覗かれていたわけでは無いと知り、飛鳥は落ち着きを取り戻して問いかける。

 

「いつから入っていたの?」

「最初からだな」

「……変態」

「いや、何でだよ」

 

 日向の苦笑したような声が響いてくる。

 飛鳥は更に気になったことを尋ねてみた。

 

「日向君以外にも誰かいるの?」

「いや、俺だけだ。最初は十六夜とジンも居たけど、飛鳥が来る少し前に上がったよ」

「そう。日向君て、結構長風呂なのね」

「まあな」

 

 クスリ、と飛鳥は笑みをこぼす。

 すると今度は、日向の方から話が来た。

 

「それよりも、何かあったのか?」

「え?」

 

 不意に投げかけられたその問いに、飛鳥は少しだけ瞳を丸くする。

 

「何だか、悩んでいるみたいだっからさ」

「……別に、何でもないわ」

 

 思わず素っ気ない口調で返す飛鳥。

 日向は気にせずに話を続けた。

 

「そっか。まあ、何でもないならそれでいいさ」

 

 それだけ告げると、日向はそれ以上の詮索を止めた。

 飛鳥は少しだけ迷った末、おずおずと口を開こうとして、

 

「あの、日向く──」

「飛鳥さん! お怪我のほどは大丈夫でございますか!?」

 

 スパン! と勢い良く湯殿の扉を開け放ち、黒ウサギが入ってきた。

 素肌を手ぬぐいで隠した彼女は、慌てて飛鳥に駆け寄るが、

 

「待て待て黒ウサギ! 家主より先に入浴とはどういう了見でやっほぉぉぉぉーい!!」

「きゃあああああ!!」

 

 バシャン! ズゴン!!

 

 と同じく素っ裸な白夜叉に背後から飛びつかれ、頭から湯殿に突っ込んだ。 

 しかしすぐさまバシャッ! とめげずに湯船から立ち上がると、飛鳥の肩を掴んでボディチェックをしはじめる。

 

「き、傷は大丈夫でこざいますか? 細菌は問題ないですか? 乙女の肌に痕が残るようなのも御座いませんか? 痩せ我慢していませんか? 本当に大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫よ。湯船に浸かったらすぐ治ったわ」

 

 頬を赤らめて困っていると、白夜叉は飛鳥の素肌をまじまじと見つめて呟いた。

 

「……ふむ。飛鳥の身体は15歳とは思えん肉付きだの」

「「は?」」

 

 素っ頓狂な声を上げる飛鳥と黒ウサギ。

 白夜叉は顎に手を当てつつキラン、と目を輝かせると、

 

「飛鳥の体は鎖骨から乳房まで豊かな発育をしているのにもかかわらず乳房から臍へのボディラインには一切の崩れが無くされど触れば柔らかな女人の肉であることは間違いなくしかも臀部から腿への素晴らしい脾肉を揉みほぐせば指と指の間に瑞々しい少女の柔肌が食い込むことは確定的に」

 

 スパァーンッ!!

 

 と木製の桶が2つ、白夜叉の顔面に直撃する。

 冒頭から最後まで3秒とかからない高速の、いや神速のセクハラ発言だった。

 

「……え? 何? 白夜叉ってこんな人だったの?」

「ええ、まあ。凄い人ではあるのですが。それ以上に残念な御方なのでございます」

 

 まるで生ゴミでも見るかのように冷めた視線を向ける飛鳥に、黒ウサギも諦めたように相槌を打つ。

 するとそれまで静観していた日向が、男湯から呆れたように声をかけた。

 

「何だか、急に騒がしくなったな」

「あれれ? 日向さんも御入浴中でしたか?」

「まあな」

 

 日向が答えたところで、またもや女湯に繋がる脱衣場の扉が開け放たれた。

 次に入ってきたのは耀にレティシア、そしてとんがり帽子の小さな精霊だ。

 

「あすか!」

 

 スタタタタ、と走り寄った精霊は飛鳥の身体をよじ登る。

 こそばゆいのを我慢しながら、飛鳥は耀たちに問いかけた。

 

「どうしたの? 皆して入浴?」 

「うん」

「たまにはいいなと思ってな。せっかく集まったのだから、今日のことや明日の予定を話し合っておこうと思い立ったのだ」

「ああ、そういうこと」

「日向もいるなら丁度良い。悪いが、もう少しだけ入浴を楽しまないか?」

「了解」

 

 2人きりの時から一転、騒がしくなった湯殿で、日向たちは話し合いを始めるのだった。

 

 

 

***

 

 一方その頃。

 十六夜とジンは用意された来賓室で、例の女性店員と歓談に勤しんでいた。     

 彼らは浴衣姿で海苔煎餅を齧りながら、この店がどうやって転移したのか質問する。

 客人の話し相手に嫌々ながらも指名された彼女は、仕方が無さそうに返答した。

 

「ああ、この店ですか? 別に移動してきた訳じゃありません。“境界門(アストラルゲート)”と似通ったシステムと言えば分かります?」

「いや全然」

 

 即答する十六夜。

 店員はため息を吐き、少し砕けた口調で説明する。

 

「要約すると、数多の入り口が全て1つの内装に繋がるようになっているの。例えば蜂の巣……ハニカム型を思い浮かべてくれれば分かりやすいはずですよ」

「なるほど。それで店内が外観よりも大きな内装になっていたんですね」

 

 ジンは納得したように頷いた。

 十六夜は興味津々な顔つきで続きを促す。

 

「へえ? じゃあ本店も支店も全て兼ね備えている、ということか?」

「いえ、違います。けどそうね、語弊がありました。境界門と違う点はそこです。境界門は全ての階層に繋がっているのに対し、“サウザンドアイズ”の出入り口は各階層に1つずつハニカム型の店舗が存在しているの」

「ふうん。つまり“七桁のハニカム型支店”“六桁のハニカム型支店”って感じなのか」

「そう。無論、本店への入り口は1つしかありませんが」

 

 頷く十六夜に、女性店員は言葉を続ける。

 

「この高台は立地が悪く、閉店となった過去の店。今回は白夜叉様が共同祭典に来られるということなり、一時的にこの店への出入り口を繋げ、私室部と店内の空間を別に切り分けているの。店内へと繋がる正面玄関は開かない仕組みになっているので悪しからず」

「あいよ……と、そうだ。最後に1つ聞いておきたいことがあるんだが」

「何ですか?」

 

 途端に真剣味を帯びる十六夜に、緊張感を高める女性店員。

 彼は少し間を空けた後、満を持して問いかけた。 

 

「……ぶっちゃけ、日向のことはどう思ってるんだ?」

 

 ズルッとこける女性店員。

 ジンは隣で苦笑している。

 一転して悪戯好きそうな笑みを浮かべる十六夜に、彼女は呆れた声音で返事をした。

 

「……別に、どうも思っていませんよ。そもそも、私と彼には何の接点もありませんし」

「まるっきり無いわけでもないだろ? ギフトゲームで手に入れた金品は、いつもアイツに換金させに行かせてるんだし」

「だから毎回彼が来ていたんですか……それでも、それはあくまで取り引き上での関係です。私個人としての関わりは、やはりありませんよ」

「恋愛事に興味が無いのか?」

「そういう訳ではありませんが……今は仕事の方が大事ですし」

 

 淡々と答える女性店員。

 いつの間にやら恋愛談にふけっていると、湯殿から飛鳥たちが上がってきた。

 十六夜は備え付けの浴衣に着替えた女性陣を一瞥すると、ニヤリと笑って口を開く。

 

「……ほう、コレはなかなかいい眺めだ。そうは思わないか御チビ様?」

「はい?」

 

 十六夜はキラン、と瞳を輝かせ、

 

「黒ウサギやお嬢様の薄い布の上からでも分かる二の腕から乳房にかけての豊かな発育は扇情的だが相対的にスレンダーながらも健康的な素肌の春日部やレティシアの髪から滴る水が鎖骨のラインをスウッと流れ落ちる様は視線を自然に慎ましい胸の方へと誘導することは確定的に」

 

 スパァーン!!

 

 と、本日2度目の桶ツッコミ。

 もちろん耳まで紅潮させた飛鳥と、ウサ耳まで紅潮させた黒ウサギによるものである。

 

「変態しかいないのこのコミュニティは!?」

「白夜叉様も十六夜さんも皆お馬鹿ですッ!!」

「ま、まあ2人とも落ち着いて」

 

 慌てて彼女たちを宥めるレティシア。

 その裏側で、まるで同好の士を得たかのように握手を交わす十六夜(変態)白夜叉(変態)

 

「……君も大変ですね」

「……はい」

 

 さらにその裏側で、虚しい哀愁を分かち合う女性店員(苦労人)ジン(苦労人)

 ところどころで様々な友情が築かれる中、ひとり無関心な耀は小首を傾げて問いかける。

 

「それで、十六夜たちは何をしてたの?」

「ん? ああ、ちょっと歓談をな。内容はこの店員が日向と恋仲になりたいという」

「そんな事は一言たりとも言ってません!!」

 

 顔を真っ赤にして叫ぶ女性店員。

 しかしそれを聞いた女性陣は、獲物を見つけた狩人のように妖しく瞳を光らせた。

 

「あら、それは気になる話ね。ぜひ私たちを混じえた上で詳しく聞かせてもらいたいわ」

「うん。ちなみに拒否権は無し」

「何を言っているんですかアナタたちは!?」

 

 意地の悪い顔をする飛鳥と耀に、盛大に嫌な予感がする女性店員。

 彼女は黒ウサギに助けを求める。

 

「ちょ、ちょっと、アナタからも何とか言ってください!」

「あ、いや、実は黒ウサギも、ちょっとだけ聞いてみたいかな~……と」

 

 気まずげに答える黒ウサギ。

 齢200の彼女とて、月の兎としてはまだまだ恋に恋するお年頃。

 恋愛事はいつだって興味の種なのだ。

 

「くっ! し、しかし、私にはまだ仕事がありますし……」

「構わんよ。祭りの日くらいおんしも休め」

「オーナー!?」

 

 敬愛する上司にまで裏切られ、徐々に逃げ道を失う女性店員。

 ジリジリと後ずさるが、飛鳥たちも逃がすものかとにじり寄る。

 額に冷や汗を浮かべる彼女だったが──その時、不意に誰かと背中がぶつかった。 

 

「……と、大丈夫ですか?」

「え?」

 

 聞こえてきたのは日向の声だ。

 そこで女性店員は閃いた。

 この場を収められるのは、もはや彼を置いて他にいないと。

 彼女は期待を胸に振り返るが──

 

「あ、アナタからも何とか言って下さい! 私とアナタは、決してそういう関係ではな……い……と」

 

 言葉を失う女性店員。

 なぜか放心したように日向を見つめて固まっている。

 日向といえば風呂上がりで、服装も例に漏れず浴衣姿だ。

 しかし金髪碧眼という日本人にしては少々変わった容姿の十六夜と比べて、日向の黒髪黒目は純粋な意味で似合っていた。

 日向は首を傾げつつ、目の前でポカンとしたままの女性店員へ話しかける。

 

「あの……どうかしましたか?」

「……えぇっ!? あ、いえ! その……」

 

 一気に顔を真っ赤に染め上げ、わたわたと狼狽える女性店員。

 不思議に思った日向は彼女に顔を近づけると、綺麗な蒼い瞳を覗き込んだ。

 

「大丈夫ですか? 何だか顔が赤いような……」

「あ、や……い、い……!」

「い?」

 

 更に頬を紅潮させる女性店員。

 次第に目元を潤ませた彼女は、スッと右手を振り上げると、

 

「いやーーーー!!!」

 

 バチーン!

 

 と、日向の頬を全力で叩いた。

 来賓室に乾いた音が響き渡る。

 女性店員は赤い顔を俯けたまま、日向の背後をそそくさと走り去って行った。

 顔を別の意味で真っ赤な手形に染めた日向は、しばしの間呆然とすると、

 

「……え? なんで?」

 

 と呟いた。

 傍で成り行きを静観していた十六夜たちは、そんな彼らをニヤニヤと面白そうに見守っているのだった。

  

 

 

***

 

 ──その後。

 気を取り直した一同は、来賓室で腰を下ろしていた。

 レティシアは女性店員の様子を見てくると言って席を離れており、この場には彼女を除いた“ノーネーム”の面々と白夜叉、そしてとんがり帽子の幼い精霊が集まっている。

 上座に座る白夜叉は、テーブルの上に両肘を置くと、これ以上なく真剣な顔で、

 

「それでは皆の者よ。今から第1回、黒ウサギの審判衣装をエロ可愛くする会議を」

「始めません」

「始めます」

「始めませんっ!」

「からの~?」

「始めませんってば!?」

 

 アホな議題を挙げる白夜叉と、それに悪ノリする十六夜と日向。

 速攻で断じる黒ウサギ。

 日向は苦笑を浮かべて謝りつつ、白夜叉に先を促した。

 

「ははは、悪い悪い。まあ、冗談はこれぐらいにするとして、そろそろ本題に入ろうぜ白夜叉?」

「いや、満更本筋から逸れてもいないのだ。実は明日から始まる決勝戦の審判を、黒ウサギに依頼したくての」

「あやや。それはまた、唐突な御話でございますね。何か御理由でも?」

「うむ。おんしらが起こした騒ぎで、“月の兎”が来ていると公になってしまっての。明日からのギフトゲームで見られるのではないかと、期待が高まっているらしい。仮にも“主催者(ホスト)”として、観客の要望にはなるべく応えてやりたいのでな。そこで黒ウサギには、正式に審判・進行役を依頼させて欲しいのだ。無論、別途の金銭も用意しよう」

 

 なるほど、と全員が納得する。

 黒ウサギはピンと姿勢を正すと、真面目な表情で頷いた。

 

「分かりました。明日のゲーム審判、及び進行は、この黒ウサギが務めさせて頂きます」

「うむ、感謝するぞ」

 

 満足そうに頷く白夜叉。

 そこで耀が挙手して問いかけた。

 

「ね、白夜叉。私が明日戦う相手ってどんなコミュニティ?」

「すまんがそれは教えられん。“主催者”がそれを語るのはフェアではなかろ? 教えてやれるのはコミュニティの名前までだ」

 

 パチン、と白夜叉が指を鳴らすと、それぞれの手元に昼間と同じ羊皮紙が現れる。

 文面を見た飛鳥は、驚いたように目を丸くした。

 

「“ウィル・オ・ウィスプ”に──“ラッテンフェンガー”ですって?」

「うむ。この2つは珍しいことに六桁の外門、1つ上の階層からの参加でな。格上と思ってよい。詳しくは話せんが、余程の覚悟はしておいた方がいいぞ」

 

 白夜叉の真剣な忠告に、コクリと頷く耀。

 一方の日向は、“契約書類(ギアスロール)”を読んで呟いた。

 

「“ラッテンフェンガー”……なるほど、“ネズミ捕り道化(ラッテンフェンガー)”のコミュニティか。なら明日の相手はさしずめ、ハーメルンの笛吹き道化だったりするのか?」

 

 え? と飛鳥が声を上げる。

 しかしそれは、隣に座る黒ウサギと白夜叉の驚嘆の声で掻き消された。

 

「ハ、“ハーメルンの笛吹き”ですか!?」

「待て、どういうことだ小僧。詳しく聞かせろ」

 

 2人の剣幕に、思わず瞬きする日向。

 白夜叉は幾分声のトーンを下げ、質問を具体化した。

 

「ああ、すまんの。最近召喚されたおんしらは知らんのだな。──“ハーメルンの笛吹き”とは、とある魔王の下部コミュニティだったものの名だ」

「何?」

 

 その言葉に真っ先に反応したのは十六夜だ。

 日向たちも真剣な面持ちで話を伺う。

 

「魔王のコミュニティ名は“幻想魔道書群(グリムグリモワール)”。全二〇〇篇以上にも及ぶ魔書から悪魔を呼び出した、驚異の召喚師が統べたコミュニティだ」

「しかも一篇から召喚される悪魔は複数。特に目を見張るべきは、その魔書の1つ1つに異なった背景の世界が内包されていることです。魔書の全てがゲーム盤として確立されたルールと強制力を持つという、絶大な魔王でございました」

「──へぇ?」

 

 十六夜の双眸が鋭く光る。

 黒ウサギは説明を続ける。

 

「けどその魔王はとあるコミュニティとのギフトゲームで敗北し、この世を去ったはずなのです。……しかし日向さんは、“ラッテンフェンガー”が“ハーメルンの笛吹き”だと言いました。童話の類は黒ウサギも詳しくないですし、万が一に備えてご教授して欲しいのです」

「そういうことだったのか」

 

 納得したように頷く日向。

 そこで彼は、2つ隣の十六夜と視線を交わす。

 彼らはコクリと意志疎通すると、間に座るジンの肩をそれぞれ掴み、

 

「よし、事情は把握した」

「ならここは、我らが御チビ様にご説明願おうか」

「え?」

 

 突然話を振られて困惑するジンに、日向と十六夜は左右でそっと耳打ちする。

 

「……大丈夫だ。こういう時のために、これまで頑張ってきたんだろう?」

「……早速見せ場が来たんだ。成果を見せてやれ」

「は、はい」

 

 皆の視線が集まる中、コホンと咳払いするジン。

 そしてゆっくりと話し始めた。

 

「“ラッテンフェンガー”とはドイツという国の言葉で、意味はネズミ捕りの男を指します。このネズミ捕りの男とは、グリム童話の魔書にある“ハーメルンの笛吹き”を示す隠語です」

 

 ふむ、と頷く一同。

 

「大本のグリム童話には、創作の舞台に歴史的考察が内包されているものが複数存在しています。“ハーメルンの笛吹き”もその1つ。ハーメルンとは、舞台になった都市の名です」

 

 グリム童話の“ハーメルンの笛吹き”には、原型となった碑文がある。

 

 ──1284年

 聖ヨハネとパウロの日 6月26日

 あらゆる色で着飾った笛吹き男に一三〇人の

 ハーメルン生まれの子供らが誘い出され、

 丘の近くの処刑場で姿を消した──

 

 この碑文はハーメルンの街で起きた実在する事件を示すものであり、1枚のステンドグラスと共に飾られている。

 後にグリム童話の一篇として、“ハーメルンの笛吹き”の名で綴られる物語となったのだ。

 

「ふむ。ではその隠語がなぜにネズミ捕りの男なのだ?」

「グリム童話の道化師が、ネズミを操る道化師だったとされるからです」

 

 白夜叉の質問に滔々(とうとう)と答えるジン。

 そのかたわらで、飛鳥は静かに息を呑んだ。

 

()()()()()()()()()……ですって……?)

 

 先の襲撃が脳裏を掠める。

 そういえば襲われた際、不協和音のような笛の音を聞いた。

 

「ふーむ。“ネズミ捕り道化(ラッテンフェンガー)”と“ハーメルンの笛吹き”か……となると、滅んだ魔王の残党が“火龍誕生祭”に忍んでおる可能性が高くなってきたのう」

「YES。参加者が“主催者権限(ホストマスター)”を持ち込むことが出来ない以上、その路線はとても有力になってきます」

「あん? なんだそれ、初耳だぞ」

「どういうことなんだ?」

 

 十六夜と日向の疑問に、白夜叉は思い出したように説明する。

 

「おお、そうだったな。魔王が現れると聞いて、最低限の対策を立てておいたのだ。私の“主催者権限”を用いて、祭典の参加ルールに条件を付け加えることでな。詳細はコレを見よ」

 

 白夜叉がピッと白い指を振ると、日向たちの目の前に光り輝く羊皮紙が現れた。

 

 

***

 

『§ 火竜誕生祭 §

 

 ・参加に際する諸事項欄

   1、一般参加は舞台区画・自由区画内

     でコミュニティ間のギフトゲーム

     の開催を禁ず。

   2、“主催者権限”を所持する参加者

     は、祭典の“主催者”に許可なく

     入ることを禁ず。

   3、祭典区画内において参加者の

     “主催者権限”の使用を禁ず。

   4、祭典区域にある舞台区画・自由

     区画に参加者以外の侵入を禁ず。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホスト

    マスターの名の下、ギフトゲームを

    開催します。

         “サウザンドアイズ”印

           “サラマンドラ”印』

 

 

***

 

 文面を読み終え、日向と十六夜はそれぞれ呟く。

 

「“参加者以外はゲーム内に入れない”、“参加者は主催者権限を使用できない”……か」

「確かにこのルールなら、魔王が襲ってきても“主催者権限”を使うのは無理そうだな」

「うむ。まあ押さえるところは押さえたつもりだ」

 

 そっか、と納得したように頷く2人。

 一方の黒ウサギは、ジンに対して意外そうに声をかけた。

 

「けど驚きました。ジン坊ちゃん、どこで“ハーメルンの笛吹き”を知ったのです?」

「べ、別に。日向さんや十六夜さんに地下の書庫を案内している時に、ちょっと目に入っただけで……」

「ははは、謙遜してなくていいんだぞ?」

 

 照れたように誤魔化すジンを、日向はガシガシと頭を撫でて褒めてやる。

 ジンは困り顔になりながらも、どこか嬉しそうに笑っていた。

 

「ふむ、そうか。何にせよ情報としては有益なものだったぞ。サンドラの顔に泥を塗らぬよう監視はつけておくが──万が一の際は、おんしらの出番だ。頼むぞ」

 

 “ノーネーム”一同は頷いて返す。

 しかし飛鳥だけは、胸中で不安の影が渦巻いていた。

  

(“ラッテンフェンガー”が魔王の配下……? なら、この子は──?)

 

 彼女の膝上ですやすやと寝息を立てている、とんがり帽子の幼い精霊。

 彼女もまた、自らの出自を“ラッテンフェンガー”だと語っていた。

 だがこの小さな精霊が、そんな邪悪な存在であるとは思えない。

 飛鳥はよほどそのことを皆に伝えようかと悩んだが、結局その場で口に出すことは出来なかった。

 思い詰めたように、彼女は顔を俯ける。

 その姿にただひとり、日向だけが密かに気づいていたのだった。

 

 

 

***

 

 会議が解散となった後。

 自室に戻ろうと廊下を歩いていた飛鳥の背を、後ろから日向が呼び止めた。

 

「飛鳥、ちょっといいか?」

「え、日向君?」

 

 突然の背後からの呼び掛けに、飛鳥は少々驚いたように振り返る。

 

「どうかしたの?」

「んー……やっぱり、ちょっと気になってな。なあ飛鳥、本当は何か、悩み事があるんじゃないか?」

「──! そ、それは……」

 

 日向が頬を掻きながら答えると、飛鳥は気まずそうに視線を逸らす。

 今も自分の手の中で眠るとんがり帽子の精霊のことを、ここで日向に話すべきか迷っていた。

 

「ごめんな、別に無理して打ち明けてくれなくてもいいんだ。飛鳥が話したくなったら話せばいい。ただ俺でよければ、いつでも相談に乗るからな。伝えたかったのはそれだけだ。それじゃあな」

 

 日向は笑うと、手を振って踵を返そうとする。

 飛鳥はきゅっと口元を結ぶと、意を決して彼の背中を呼び止めた。

 

「ま、待って日向君!」

「ん? どうした?」

「その、実は……」

 

 

 

***

 

「……なるほどな。その子のコミュニティもまた、“ラッテンフェンガー”を名乗っているわけか」

「ええ。ただ私には、どうしてもこの子たちが魔王に関係しているとは思えないのよ」

「そうか……その子は、他にも何か言ってたか?」

「特に重要そうなことは何も……あっ」

 

 日向の問いに、飛鳥は思い出したように口を開いた。

 

「確か……“マキエ”がどうのと言っていたわ」

「“マキエ”?」

「ええ。日向君には意味が分かる?」

「んー……いや、流石に思い浮かばないな」

 

 日向はしばし真剣な顔で考えるも、すぐさま苦笑しながら首を振った。

 飛鳥は「そう」と呟くと、どこか不安そうに日向を見つめる。

 

「……ねえ、日向君。私は一体、どうしたらいいと思う?」

 

 飛鳥の表情からは、様々な感情が感じ取れた。

 この小さな精霊を信じるか否か、たとえ信じたとしても、果たして自分に守りきることが出来るだろうか。

 日向は優しげに微笑むと、迷うことなく返答した。

 

「決まってるさ。飛鳥の好きにすればいい」

「え?」

 

 飛鳥はキョトンとまぶたを瞬く。

 日向はゆっくりと言葉を続けた。

 

「その子が魔王に関係しているにしろ、そうでないにしろ、飛鳥はその子のことを信じたいと思ったんだろ? なら最後まで、とことん信じ抜いてやればいいさ。誰に何と言われようが、自分の信じた道をどこまでも真っ直ぐに貫き通す。それこそが俺の知る、“久遠飛鳥”って人間の在り方だよ」

 

 飛鳥を瞳を丸くさせ、心底驚いたように唖然とする。

 やがて小さく息を吐くと、呆れた顔で苦笑した。

 

「……ふふ、そうね。その通りだわ。先の分からないことをうじうじ悩んでいるなんて、私らしくないものね」

「ああ。飛鳥はいつもお転婆なくらいが丁度いいさ」

「あら、それは聞き捨てならないわね。これほど物静かなレディを捕まえて」

 

 くすっ、と2人は苦笑する。

 

「……何だか、憑き物が取れたみたいだわ」

「それは良かった。ま、きっと大丈夫さ。それでも万が一間違えて、飛鳥が危険に晒されたその時は……」

「その時は?」

 

 小首を傾げる飛鳥の前で、日向は朗らかに笑って宣言する。

 

「その時は、俺が必ず守ってやるさ」

「……あっ」

 

 その言葉に、飛鳥は少し頬を染めた。

 思わず、目線を下に俯ける。

 しかしすぐさま口元に笑みを浮かべると、自信たっぷりに顔を上げた。

 

「ふふふ、ありがとう日向君。でも結構よ。だって私は、万に一つも間違えないもの」

「ははは、確かにその通りだな」

 

 飛鳥は傲慢な態度で言い渡す。

 そこに先程までの杞憂は無い。

 互いに言葉を交わす中で、飛鳥はそっと小さく呟いた。

 

「……本当にありがとう。日向君」

「ん? 何か言ったか?」

「いいえ。何でも無いわ」

 

 どこか嬉しそうに笑う飛鳥に、日向は首を傾げて疑問符を浮かべる。

 彼女は背を向けて歩き出すと、最後に顔だけを振り向かせて声を掛けた。

 

「ふふ、それじゃお休み。日向君」

 

 日向は一瞬呆然としながらも、同じく笑って言葉を返す。

 

「ああ。お休み」

 

 日向は飛鳥の背中を見送った後、不意に窓の外へと視線を向けた。

 月明かりが照らす夜陰の街は、昼間の喧騒が嘘のように静かな景観に満ちている。

 街の至る所で仄かに輝くペンダントランプは、まるで夜空に浮かぶ星々のように暖かな光を放っていた。

 日向たちが過ごす北側の1日は、こうして次第に更けていく。  

 誰も居ない廊下で独り佇んだ日向は、瞳を細めるとふっと小さく呟いたのだった。

 

「……“撒き餌”、か」

 

 

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