- The Another Origin -   作:青葉空太

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第16話 造物主達の決闘

 

 ──境界壁の展望台。

 ──“サウザンドアイズ”旧支店。

 

 翌日の早朝。

 宛てがわれた和室で耀が三毛猫と戯れていると、不意にふすまの向こうから声がした。

 

「耀、ちょっといいか?」

「……日向? うん、平気だよ」

 

 了承を受け、日向はふすまを開けて入室する。

 部屋に入ると、まずは申し訳なさそうに謝罪した。

 

「おはよう。悪いな、こんな朝早くに押しかけて」

「おはよう。ううん、気にしなくていいよ」

 

 耀は微笑んで首を横に振る。

 と同時に、小首を傾げて問いかけた。

 

「それで、一体どうしたの?」

「ああ。……黒ウサギから聞いたよ。今日のゲーム、補佐の参加を断ったらしいな」

「……うん」

 

 耀は日向から視線を外し、コクリと小さく頷いた。

 その様子を見つめつつ、日向は言葉を続ける。

 

「昨晩白夜叉が言っていた通り、今回の相手は格上だ。それでも、本当にひとりで戦うつもりなのか?」

「うん。そのつもり」

 

 日向とは目を合わさないまま答える耀。

 日向は真面目な面持ちで確認する。

 

「それは、何か勝算があってのことなのか? それとも、何か自分なりにそうしたい理由でもあるのか?」

「……」

「もしそうなら、俺から言うことは何もないよ。余計なお節介を焼いて悪かった。……けど、もしそうじゃないなら話は別だ」

 

 何も言わず、耀は僅かに顔を俯ける。

 その態度に、日向の予想は確信に変わる。

 

「なあ耀。もしかしてお前は……()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……ッ!」

 

 その一言に、彼女の瞳が明らかに揺れた。

 それでも動揺を出さぬよう、努めて冷静に対応する。

 

「そ、そんなことないよ。“ペルセウス”戦の時だって──」

「あの時は総力戦だった。望む望まないに関わらず、俺たちは協力するしか無かった。けど今は違う。俺たちが協力するかしないかは、そっくりそのまま、耀が俺たちの協力を必要とするかしないかだ」

 

 日向はいつになく強めの語調で語りかける。

 それは、耀のことを大切に思うがゆえに。

 

「別に毎回協力し合えってわけじゃない。けどな耀。もしもお前が、仲間の協力が必要な時。それでもひとりで挑んでいって、その結果お前自身が傷つくようなことがあった時。一番悲しむのは、他でもない。──お前の仲間である、俺たちなんだ」

「……あっ」

 

 ゆっくりと、耀は瞳を見開いて日向を見る。

 日向は物寂しそうな、それでいて心配そうな。

 そんな表情を彼女に向けていた。

 

「……耀。俺はお前の力になりたいと、心の底から思ってる。そしてそれはきっと、飛鳥や黒ウサギ。十六夜だって同じなはずだ」

「そう、かな?」

「当たり前だろ? それこそが仲間であり、同士であり──“友達”ってやつなんだからさ」

 

 ハッと、耀は何かに気づいた顔をする。

 気のせいか、その瞳に先ほどまでの動揺はない。

 日向は頬を掻いて苦笑すると、最後の言葉を投げかけた。

 

「ごめんな、偉そうなことを言って。実際のところ、俺もこの世界に来るまで、友達なんてひとりもいなかったんだ」

「え……?」

 

 耀は信じられないと言った面持ちで日向を見る。

 

「日向も?」

「ああ。こんな力のせいでな。だから俺にとっても、耀たちは生まれて初めて出来た、かけがえのない大切な友達なんだ。だからこそ、俺は皆の力になりたい。……けどこれは、俺の単たる独りよがりなのかもしれないな」

「ち、ちが、そんなこと──」

「はは、悪かったな、朝から時間をとらせちまって。俺が言いたかったのはそれだけだ。試合頑張れよ。俺も皆と客席から応援して──」

 

 そう言って日向が踵を返そうとした時、彼の服の袖を、耀が摘まんで引き留めた。

 思わず、日向は耀の顔を見る。

 

「……けじゃない」

「耀?」

 

 小さく呟いた彼女の言葉に、日向は首を傾げて問い返す。

 耀は曇りのない双眸で顔を上げると、真っ直ぐ日向を見つめて告げた。

 

「日向だけじゃない。私も、日向や皆のこと、大切な友達だと思ってる。……ごめん、私が間違ってた。改めて言います。同士として、私に力を貸して欲しい」

 

 真剣な眼差しで頼み込む耀に、日向は瞳を丸くすると……やがて、朗らかな笑みで頷いた。

 

「ああ。もちろんだ!」

 

 

 

***

 

 ──境界壁・舞台区画。

 ──“火龍誕生祭”運営本陣営。

 

 割れんばかりの歓声の中、“ノーネーム”一同は運営側の特別席に座っていた。

 一般の枠がすでに満席であるとのことで、本陣営のバルコニーから試合を観戦できるよう、サンドラが取り計らってくれたのだ。

 十六夜はワクワクと決勝の開幕を待ちわびながら、ふと気になったことを隣の白夜叉に問いかけた。

 

「ところで白夜叉。黒ウサギが審判を務める許可は下りたのか?」

「うむ。黒ウサギには正式に審判・進行役を依頼させてもらったぞ」

「ふうん、そうか。けど仮に“箱庭の貴族”の審判が無くたって、ゲームは進行出来るだろ? ならあいつがわざわざ審判をすることに意味があるのか?」

 

 彼の疑問に、中央で座るサンドラが答える。

 

「“審判権限”を持つ“箱庭の貴族”が審判を務めたゲームは、即ち“箔”付きのゲーム。ルール不可侵の正当性は、箱庭の名誉ある戦いに昇華され、記録される。箱庭の中枢に記録されるということは、両コミュニティが誇りの下に戦ったという太鼓判。これは、とても大事」

「へえ? ならサンドラ──いや、サンドラ様の誕生祭は、見事箔付きのゲームに認定されたってわけだ」

 

 呼び捨てにしようとした十六夜だが、マンドラの鋭い視線に肩を竦めて訂正する。

 程なくして、黒ウサギが舞台中央に現れた。

 彼女は胸いっぱいにスウッと息を吸い込むと、円状の観客席に向かって元気に宣言する。

 

「皆様! 大変長らくお待たせしました! これより火龍誕生祭のメインギフトゲーム・“造物主達の決闘”の決勝戦を始めたいと思います! 進行及び審判は“サウザンドアイズ”の専属ジャッジでお馴染み、黒ウサギが務めさせて頂きます♪」

 

 彼女が満面の笑顔を振りまいた瞬間、突如歓声以上の奇声が会場を震撼させた。

 

「うおおおおおおお月の兎が本当にきたあああああぁぁぁぁああああああ!!」

「黒ウサギいいいいいいい! お前に会うためここまできたぞおおおおおおお!!」

「今日こそスカートの中を見てみせるぞおおおおおおぉぉぉぉおおおおお!!」

 

 ほとばしる熱い情熱を叫ぶ観客たち。(主に男性)

 黒ウサギは笑顔を見せながらもへにょり、とウサ耳を萎えさせて怯む。

 一方観戦席の十六夜は、そんな観客たちの声にハッと重要なことを思い出した。

 途端に眉をしかめると、不満げな口調で白夜叉に問う。

 

「そういえば白夜叉。黒ウサギのミニスカートを見えそうで見えないスカートにしたのはどういう了見だオイ。チラリズムなんて趣味が古すぎるだろ。昨夜語り合ったお前の芸術に対する探究心は、その程度のものだったのか?」

「そんなことを語っていたの?」

 

 お馬鹿じゃないの?

 という飛鳥の意見は、彼らの耳には入らない。

 

「フン。所詮はおんしもその程度の(おとこ)であったか。それではあそこに群がる有象無象となんら変わらん。おんしは真に芸術を解する漢だと思っておったのだがの」

「……へえ? 言ってくれるじゃねえか。つまりお前には、スカートの中を見えなくすることに芸術的理由があるというんだな?」

 

 無論、と白夜叉は肯定する。

 彼女は鋭い気迫を放ち、圧倒的な凄みを以て持論を展開し始めた。

 

「考えてもみよ。おんしら人類の最も大きな動力源とはなんだ? エロか? なるほど、それもある。だが時にそれを上回るのが想像力! 未知への期待! 知らぬことから知ることへの渇望!! 小僧よ、キサマほどの漢ならば、さぞかし数々の芸術品をその目にしてきたことだろう!! その中にも、未知という名の神秘があったはず!! 例えばそう!! モナリザの美女の謎に宿る神秘性ッ!! ミロのヴィーナスの腕に宿る神秘性ッ!! 星々の海の果てに垣間見るその神秘性ッ!! そして乙女のスカートに宿る神秘性ッ!! それらの神秘に宿る圧倒的な探究心は、同時に至ることのできない苦渋!! その苦渋はやがて己の裡においてより昇華されるッ!! 何者にも勝る芸術とは即ち──己が宇宙の中にあるッ!!」

 

 ズドオオオオオオオオン!!!

 

 という効果音が似合いそうな雰囲気で、十六夜は瞳を見開いた。

 

「なッ……己が宇宙の中に、だと……!?」

 

 自分の知らない新たな境地の存在に、まるで雷が落ちたような衝撃を受ける十六夜。

 白夜叉は尚も己が芸術性を熱く語る。

 

「そうだッ!! 真の芸術とは己が内的宇宙に存在するッ!! 乙女のスカートの中身も同じなのだ!! 見えてしまえばただただ下品な下着たちも──()()()()()()()()()()!!!」

 

 ズドオオオオオオオオン!!!

 

 という効果音が似合いそうな顔で白夜叉は言い切った。

 やり遂げたかのような清々しい微笑みを浮かべる彼女の手には、2組分の双眼鏡。

 

「この双眼鏡で、今こそ世界の真実を確かめるがいい。若き勇者よ。私はお前が真のロマンに到達できる者だと信じておるぞ」

「……ハッ。元・魔王様にそこまで煽られて、ノらないわけにはいかねえな……!」

 

 ガッ! と双眼鏡を受け取り、2人は一点の曇りもない真剣な双眸で頷き合う。

 そしてスチャリと双眼鏡を装着すると、黒ウサギのスカートの裾を追った。

 訪れるかもしれない、奇跡の一瞬を逃さないために。

 

「あ、あのー?」

「見るなサンドラ。馬鹿がうつる」

 

 小首を傾げるサンドラの顔を、マンドラが片手でそっと隠す。

 飛鳥は生ゴミを見るような冷えた目で、そんな彼らを空気と見なすことにした。

 

 

 

***

 

 視点は移り、選手が控える舞台袖。

 日向と耀は観客席からは見えない舞台袖で、ジンやレティシアと共に対戦相手の確認を行っていた。

 

「“ウィル・オ・ウィスプ”に関して、僕が知っていることは以上です。お役に立てればいいのですが」

「ありがとう。大丈夫。ケースバイケースで臨機応変に対応するから」

 

 まるでどこかのキャッチフレーズのような応答に、思わず苦笑を浮かべる日向たち。

 三毛猫を胸に抱いたレティシアは、美麗に微笑んで声援を送る。

 

「しかし、相手は曲がりなりにも格上だ。くれぐれも油断だけはしないようにな。私たちも、舞台の袖から応援している」

「ああ、ありがとな。まあ折角の機会だし、精々六桁の実力を見せてもらうとするさ」

『お嬢も頑張ってな!』

「うん。それじゃあ行ってきます」

 

 そのやり取りを最後に日向と耀はジンたちと別れ、入場口の手前まで移動する。

 舞台の上では、黒ウサギが開幕の宣言を行っていた。

 

「日向、準備はいい?」

「おうよ。俺たちの力、格上様に見せてやろうぜ」

「うん」

 

 2人は互いに笑い合う。

 それと同時に、黒ウサギが選手の入場を促した。

 

『それでは選手に入場して頂きましょう! 第1ゲームのプレイヤー・“ノーネーム”の春日部耀と、“ウィル・オ・ウィスプ”のアーシャ=イグニファトゥスです!』

 

 舞台の真ん中でクルリと回った黒ウサギは、入場口から迎え入れるように片手を広げて宣言した。

 日向と耀は頷き合い、舞台上へと歩き出す。

 2人が観客の前に姿を現した次の瞬間──突如耀の目の前を、高速で駆ける火の玉が横切った。

 

「YAッFUFUFUUUUUuuuuuu!!」

「わっ……!」

 

 体勢を崩して倒れる彼女を、日向は肩に腕を回して抱き止める。

 そのまま正面を見上げれば、火の玉の上に腰掛ける人影があった。

 対戦相手のアーシャ=イグニファトスだ。

 彼女は自慢の青髪ツインテールと白黒ゴスロリのフリルスカートを揺らしながら、愛らしくも高飛車な声で彼らの姿を嘲った。

 

「あっはははははは! 見て見て見たぁ、ジャック? “ノーネーム”の女が無様に倒れて驚いてる! ふふふ。さあ、素敵に不敵にオモシロオカシク笑ってやろうぜ!」

「YAッFUFUFUUUUUuuuuuu!!」

 

 ドッと観客席の一部からも笑いが起きた。

 対戦相手であるアーシャ以外にも、栄えある舞台に“ノーネーム”が立つことを不満に思っている者たちがいたのだろう。

 しかし日向と耀は、大して気にせず言葉を交わす。

 

「大丈夫か?」

「うん。ありがとう日向」

 

 耀は礼を述べつつ立ち上がると、視線をアーシャが乗っている火の玉に移した。

 その中心に浮かぶシルエットに、思わず釘付けとなって言葉を漏らす。

 

「その火の玉……もしかして」

「はあ? 何言ってんのオマエ。アーシャ様の作品をただの火の玉なんかと一緒にすんなし。コイツは我らが“ウィル・オ・ウィスプ”の名物幽鬼! ジャック・オー・ランタンさ!」

「YAッFUFUFUUUUUuuuuuu!!」

 

 アーシャは腰掛ける火の玉へと合図を送る。

 すると火の玉は取り巻く炎陣を振りほどき、自らの姿を顕現させた。

 その容姿に耀や日向のみならず、観客席までもがしばしの間呆然となる。 

 轟々と燃え盛るランプと、実体の無い浅黒い布の服。

 そして人の頭部の数十倍はあろうかという巨大なカボチャ頭。

 その容姿はまさしく、飛鳥が幼い日より夢見ていた、あのカボチャのお化けそのものだった。

 

「ジャック! ほらジャックよ十六夜君! 本物のジャック・オー・ランタンだわ!」

「はいはい分かってるから、落ち着けお嬢様」

 

 らしくないほど熱狂的な声を上げて、十六夜の肩をグイグイと引っ張る飛鳥。

 下の声が聞こえていなかったのは幸いだろう。

 なぜなら眼下の舞台袖では、アーシャが日向たちを見下して嘲けり笑っていたからだ。

 

「ふふ~ん。“ノーネーム”のくせに私たち“ウィル・オ・ウィスプ”より先に紹介されるとか生意気だっつの。私の晴れ舞台の相手をさせてもらうだけで泣いて感謝しろよ、この名無し」

「YAHO、YAHO、YAFUFUUUuuuuuu~~~♪」

 

 そう言って笑い続けるアーシャとジャック。

 もしもこの場に飛鳥がいたら、ジャックに抱く夢が脆くも崩れていたかもしれない。

 至近距離で見守っていた黒ウサギは、審判の役目が無ければとっくに激怒していただろう。

 顔には出していないものの、親しい者だけが分かる怒りのオーラを振りまき始めていた。

 

『せ、正位置に戻りなさいアーシャ=イグニファトゥス! あとコール前の挑発行為は控えるように!』

「はいは~い」

 

 小馬鹿にするような仕草と声で舞台上に戻る。

 日向は苦笑を浮かべて口を開いた。

 

「これはまた、随分とユニークなご挨拶だな」

「ん、大丈夫。気にしてない」

 

 言葉通りに全く関心を見せない耀。

 彼女は円上の舞台を見回すと、バルコニーにいる飛鳥たちに小さく手を振った。  

 飛鳥も気づいて手を振り返す。

 その行動が気に食わなかったのか、アーシャは舌打ちと共に皮肉げな口調で問いかけた。

 

「大した自信だねーオイ。私とジャックを無視して客とホストに尻尾と愛想ふるってか? 何? 私たちに対する挑発ですかそれ?」

「お、十六夜たちあんな特等席から見てるのか。白夜叉かサンドラにでも融通を利かせてもらったのな? 何にせよ、これじゃ情けない姿を見せる訳にはいかないな。頑張ろうな、耀」

「うん」

 

 完全に無視して、2人は意気込みを新たにする。

 アーシャは眉をピクピクと震わし、青筋を浮かべて叫び散らした。

 

「オ、オォォォゥケェェェイ!!! オマエらが私を舐め腐りやがってんのはよぉぉぉく分かった! ぜってえ試合で吠えづらかかしてやるからな! 精々子犬みてぇにプルプルと震えながら覚悟しとけよ!」

「聞いた日向? 子犬みたいにプルプルとだって」

「ああ。意外に例えが可愛いな」

「馬鹿にしてんのか! オマエらホント承知しねえからな! マジで叩き潰してやるかんな! 謝るんなら今の内だぞ!」

「「え、ごめん。何か言った?」」

「うがーーーー!!!」

 

 八重歯を剥き出してダンダンと地団駄を踏むアーシャ。

 黒ウサギもそんなやり取りで溜飲が下りたのか、宮殿のバルコニーに手を向けて厳かに宣言した。

 

『──それでは第1ゲームの開幕前に、白夜叉様から舞台に関して御説明があります。ギャラリーの皆様はどうかご静聴の程を』

 

 刹那、会場からあらゆる喧騒が消えた。

 “主催者(ホスト)”の言葉を聞くために静寂が満ちる。

 バルコニーの前に出た白夜叉は静まり返った会場を見渡し、緩やかに頷いた。

 

「うむ。協力感謝するぞ。私は何分、見ての通りのお子様体型なのでな。大きな声を出すのは苦手なのだ。──さて、それではゲームの舞台についてだが……まずは手元の招待状を見て欲しい。そこにナンバーが書かかれておらんかの?」

 

 観客は一斉に招待状を取り出す。

 手元にない者は慌てて鞄の中を捜し、置いてきた者はひたすらそれを悔いていた。

 一喜一憂する観客たちの様子を温かく見つめる白夜叉は、説明を続けた。

 

「ではそこに書かれているナンバーが、我々ホストの出身外門──“サウザンドアイズ”の三三四五番となっている者はおるかの? おるのであれば招待状を掲げ、コミュニティの名を叫んでおくれ」

 

 ざわざわと観客席がどよめく。

 するとバルコニーから真正面の観客席で、樹霊(コダマ)の少年が招待状を掲げていた。

 

「こ、ここにあります! “アンダーウッド”のコミュニティが、三三四五番の招待状を持っています!」

 

 おおおっ! と歓声が上がる。

 白夜叉はニコリと笑いかけ、バルコニーから霞のように姿を消すと、次の瞬間には少年の目の前に立っていた。

 

「ふふふ。おめでとう、“アンダーウッド”の樹霊の童よ。後に記念品でも届けさせてもらおうかの。よろしければ、おんしの旗印を拝見してもよろしいかな?」

 

 コクコクと勢いよく頷く少年。

 彼の差し出した木造の腕輪には、コミュニティのシンボルと思われる、巨大な大樹の根に囲まれた街が描かれていた。

 しばし旗印を見つめた白夜叉は微笑んで少年に腕輪を返すと、再びバルコニーの上まで戻る。

 

「今しがた、決勝の舞台が決定した。それでは皆のもの。お手を拝借」

 

 白夜叉が両手を前に出す。

 倣って観客も両手を前に出す。

 パン! と会場一致で柏手ひとつ。

 その所作ひとつで──世界の全てが一変した。

 

 

 

***

 

 変化は劇的だった。

 日向たちの足下は虚無へと呑み込まれ、闇の向こうには流線型の世界が数多に廻っている。

 その世界の1つに、以前耀が鷲獅子(グリフォン)と戦った舞台があることに気がついた。

 

(これは……白夜叉の力か……?)

 

 御技の出どころに心当たりを付けた日向は、坩堝(るつぼ)の底に沈む感覚に身を任せ、やがて濾過(ろか)されるのを静かに待つ。

 激しいプリズムを迸しらせながら、彼らだけが星の果てに投げ出された。

 バフン、と少し意外な着地音。

 見れば下地は樹木の上だ。

 

「ここは一体……耀、何か分かるか?」

「えっと……うん。どうやらここ、樹の根に囲まれた場所みたい」

 

 ──そう。

 彼らの居る場所はただの樹木ではなく、上下左右全てが巨大な樹の根によって囲まれている大空洞だった。

 耀が樹の幹だとすぐに判断できたのは、彼女の持つ強力な嗅覚が土の臭いを嗅ぎとったからだ。

 2人のやり取りを聞いていたアーシャは、小馬鹿にしたように笑う。

 

「あらあらそりゃあどうも教えてくれてありがとよ。そっか、ここは樹の根の中なのねー」

「それにしても、やっぱり白夜叉は凄いな。こんなゲーム盤まで用意してるとは。けど、それに気づけた耀も流石だな」

「ううん、そんなこと無いよ」

「だから無視すんじゃねえええぇぇぇ!!!」

 

 うがー! と再び喚くアーシャ。

 苛立ちが頂点に達した彼女は隣に浮かぶジャック・オー・ランタンと共に臨戦態勢に入るが、日向は苦笑を浮かべてそれを宥めた。

 

「悪い悪い。まあ冗談はさておき、試合を始めるにはまだ少し早いと思うぞ?」

「はあ? どういうことだよ?」

「勝利条件も敗北条件も提示されていない。これじゃゲームとして成り立たない」

 

 ムッとするアーシャ。

 だが2人の言い分に正当性を感じたのだろう。

 互いに主催者側のアクションを待っていると、突如彼らの前で空間に亀裂が走った。

 その中から出てきたのは、輝く羊皮紙を持った黒ウサギだ。

 主催者権限(ホストマスター)によって制作された“契約書類(ギアスロール)”を振りかざした彼女は、書面の内容を淡々と読み上げる。

 

 

***

 

『ギフトゲーム名“アンダーウッドの迷路”

 

 ・勝利条件

   1、プレイヤーが大樹の迷路より野外

     に出る。

   2、対戦プレイヤーのギフトを破壊。

   3、対戦プレイヤーが勝利条件を満た

     せなくなった場合。(降参含む)

 

 ・敗北条件

   1、対戦プレイヤーが勝利条件の1つ

     を満たした場合。

   2、プレイヤーが上記の勝利条件を

     満たせなくなった場合。    』 

 

 

 

***

 

「──“審判権限(ジャッジマスター)”の名において。以上が両者不可侵であることを、御旗の下に契ります。御二人共、どうか誇りある戦いを。ここに、ゲームの開始を宣言します」

 

 黒ウサギの宣誓が終わる。

 それが開始のコールだった。

 両者は距離を取りつつ初手を探る。

 勝利条件が複数ある以上、まずは明確な方針が必要だった。 

  しばしの空白の後。

 まず先に動いたのは、小馬鹿にした笑みを浮かべるアーシャだった。

 

「睨み合っても進まねえし、先手は譲るぜ」

「ほう? かなりの自信だな」

「ハッ! 当然。まあさっきの1件があるしね。後でイチャモン付けられるのも面倒だし?」

 

 ツインテールを揺らしながら肩を竦め、余裕の笑みを浮かべるアーシャ。

 すると日向の隣で、耀が静かに口を開いた。

 

「アナタは……“ウィル・オ・ウィスプ”のリーダー?」

「え? あ、そう見える? なら嬉しいんだけどなあ♪ けど残念なことに、アーシャ様はコミュニティのトップではないんだよなあコレが」

 

 リーダーと間違われたことが余程嬉しかったのか、愛らしい満面の笑みで答えるアーシャ。

 そんな彼女を様子を見た日向は、朗らかに笑って語りかけた。

 

「なんだ、そういう表情も出来るんだな」

「え?」

 

 突然の言葉に、アーシャは一瞬完全に気の抜けた顔になる。

 

「妙に悪ぶってる時よりも、そっちの方が断然に魅力的だぞ?」

「……は? え、なあっ!?」

 

 しばし固まったアーシャは、言葉を飲み下すと同時に顔を真っ赤に染めて狼狽えた。

 

「なななな、何言ってんだよ!」

「ん? 素直に思ったことを言っただけだぞ?」

「い、いや、でも! だって……」

 

 アーシャは次第に威勢を無くしていくと、頬を染めて両手の指をつんつんさせながら独り()ちる。

 

「た、確かにアーシャ様は可愛いしそういう気になっちゃうのは分かるけどでも流石に急すぎるっていうかそもそも心の準備が出来てないしそれにアイツは名無しでいや気持ちは嬉しいっていうかむしろ満更でもなくはないんだけど……」

 

 ひとりでぶつぶつと呟いているアーシャに、日向は首を傾げて疑問符を浮かべる。

 そこで彼の服が後ろからクイクイと引っ張られた。

 

「耀?」

「……今のうち」

 

 なぜかいつもより声のトーンが数段低い気がする彼女の言葉に、日向戸惑いながらも「あ、ああ」と首を縦に振る。

 そのまま背後の通路に疾走していく彼らを尻目に、相変わらず自分の世界に浸るアーシャ。

 今は両手を頬に当ててクネクネと体を動かしている。

 

「いやでも禁断の愛っていうのも憧れるし身分違いの恋ってのもロマンチックで悪くないっていうかよく見れば顔も悪くないし別に仕方なくだけどそこまで言うんだったらそういう関係になってやらなくもないんだけど?」

「YA、YAッFUFUFUUUuuuuuu……」

 

 乙女オーラ全開の彼女に、隣で浮いているジャックは心なしか可哀想なものを見るような雰囲気で肩を叩いた。

 

「あん? どうしたんだよジャック。今いいところ……って、アイツらは?」

 

 キョトンとした目で周囲を見回す。

 やがて自分だけ取り残されたことに気がつくと、次第にワナワナと全身を震わせ始めた。

 

「ほ、ほう? ああそう。へえ、そうなんだ。つまりお前らは、とことんまであたしを馬鹿にしてくれるってわけかよ。ハッ、いいぜ。そっちがその気ならこっちだって手加減なしだよコンチクショウが……!」

 

 その瞬間アーシャは顔を上げると、カッ! と目を見開いて怒りのままに絶叫した。

 

「ジャアアアアァァァック!!! 行くぞ! 樹の根の迷路で人間狩りだ!!!」

「YAHOHOhohoho~~!!」

 

 まさに怒髪天を衝くが如くツインテールを逆立てて猛追を開始するアーシャ。

 一方その頃、先を行く日向たちには少しだけ気まずい空気が流れていた。

 

「な、なあ耀。なんかさっきから機嫌悪くないか?」

「……別に。そんな事ない」

「い、いやでも、明らかに不貞腐れてるような気が──」

「待ぁぁぁちぃぃぃやぁぁぁがぁぁぁれぇぇぇぇぇ!!!」

 

 その時、突如背後からまるで地獄の底から這い上がって来るようなおどろおどろしい絶叫が木霊してきた。

 その正体とは言わずもがな、鬼気迫る表情で彼らを猛追するアーシャである。

 

「よくも乙女の純情踏みにじりやがって! 焼き払えジャック!!!」

「YAッFUUUUUUuuuuuuuu!!」

 

 大きく左手を振りかざすアーシャ。

 ジャックの右手に提げられたランタンとカボチャの頭から溢れた悪魔の業火は、瞬く間に樹の根を焼き払って日向たちを襲う。

 しかし日向は振り向きざまに蹴りで炎を無効化し、耀は最小限の風を起こす事で炎を誘導して回避した。

 

(な、何だ今の!? 私の炎を無効化した!? 女の方は風を操るギフトか!? クソ、コイツら思ったよりやるじゃねえか!)

 

 アーシャはジャックの業火が届かない状況に舌打ちする。

 対して日向たちは、すでにジャック・オー・ランタンの秘密に気が付き始めていた。

 

「あの青い炎……どうやら伝承通りで間違いないみたいだな」

「うん。試合前にジンが言ってたのと同じ」

 

 ──Will o' wi sp(ウィル・オ・ウィスプ)Jack o' lantern(ジャック・オー・ランタン)の伝承。

 前者の伝承は、無人の場所で突如、青白い炎が生まれる現象。

 俗に鬼火と云われるものだ。

 そして後者の伝承は、彷徨う死者の魂が形骸化された逸話。

 いわゆる幽鬼と云われるものである。

 しかしこの2つの伝承には、それぞれに共通した逸話が残っている。

 その1つが、『2度の生を受けた大罪人の魂に、名も無き悪魔が篝火(かがりび)を与えた』という点だ。

 伝承では、生前のジャックは二度の生を大罪人として過ごし、永遠に生と死の境界を彷徨うこととなる。

 そんな彼を哀れに思った悪魔が与えた炎こそ、ジャックのランタンから放たれる業火なのだ。

 霊格を得る条件の1つに、“世界に功績を与える”というものがある。

 そして黒ウサギ曰く、“伝承がある”ということは、即ち“功績がある”。

 その法則に則るなら“ウィル・オ・ウィスプ”のコミュニティのリーダーは、伝承に登場する『生と死の境界に現れた悪魔』のはずだ。

 

「けど、あの子はリーダーじゃない」

「うん。なら彼女は、違う悪魔か種族のはず」

 

 仮にアーシャの正体が生と死の境界を行き来できる程の力を持つ悪魔だったのならば、日向たちも覚悟を求められただろう。

 初めの耀の質問は、それを確かめる意図があったのだ。

 

「あーくそ! こうなったら片方を狙って手数で勝負だ! 3発同時に撃ち込むぞジャック!」

「YAッFUUUUUuuuuuuuu!!」

 

 アーシャが耀に向かって右手をかざし、次に右手のランタンで業火を放つ。

 先ほどより勢いを増した3本の炎。

 対する耀は、鷲獅子のギフトすら使わずにそれら全てをすり抜けた。

 

「……な……!?」

 

 絶句するアーシャ。

 日向は移動しながら耀の隣で問いかける。

 

「耀、今のはどうやったんだ?」

「ん、臭いで分かった。やっぱりあの青い炎は、ジャックが出しているんじゃない。あの子の手で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その解答に、彼らは今度こそ業火の正体を看破した。

 “ウィル・オ・ウィスプ”の篝火の正体。

 それは即ち──大地から溢れ出た、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 本来なら無味無臭の天然ガスだが、人間の数万倍もの嗅覚を持つ耀はその違和感を敏感に感じ取ったのだ。

 鷲獅子のギフトで軌道を曲げることが出来たのは、噴出したガスや燐を発火前に霧散させたためである。

 アーシャは種を見破られた事実に歯噛みした。

 

「くそ、やべえぞジャック……このままじゃアイツらに逃げ切られる!」

「Yaho……!」

 

 走力では俄然、日向たちが勝っているのだ。

 加えて耀は、その優れた五感で外からの気流を読みとり、すでに正しい道を把握している。

 アーシャは離れていく彼らの背中を見つめ──諦めたように息を吐いた。

 

「……くそったれ。悔しいが後はアンタに任せるよ。本気でやっちゃって、()()()()()()

()()()()()()

 

 え? と耀が振り返る。

 遙か後方にいたはずのジャックの姿はすでに消え失せ、耀のすぐ前方に霞の如く現れた。

 

「嘘」

「嘘じゃありませんよ。失礼、お嬢さん」

「させるかよ!」

 

 ジャックの巨大な手が、風を切って耀に迫る。

 間一髪両者の間に割り込んだ日向は、咄嗟にその手を蹴り飛ばした。

 

「耀、先に行け。コイツは俺が足止めする」

「……任せてもいいんだよね?」

「当たり前だろ? だからしっかり勝ってこい」

「……うん!」

 

 振り向かずに笑って宣言する日向。

 耀もその言葉を信じると、旋風を纏って先へ進む。

 対面のジャックも、視線は逸らさぬまま背後のアーシャへ語りかける。

 

「アーシャ、アナタも行きなさい。ここは私が引き受けます」

「悪いねジャックさん。本当は私の力で優勝したかったんだけど……」

「それはアナタの油断と怠慢が原因です。猛省し、この方々のゲームメイクを少しは見習いなさい。……とは言うものの、恋は盲目とも言いますし、仕方のないことかもしれませんが」

「こ、こここ恋って! 何言ってんだよジャックさん!?」

「ヤホホ♪ ほらほら、急がないと先ほどのお嬢さんに先を越されてしまいますよ? それにここで良いところを見せれば、彼に好印象を与えられるか──」

「行ってきます!!!」

 

 言い終わらぬ内に駆け出すアーシャ。

 残された日向とジャックは、互いに距離を取りつつ睨み合う。

 

「……なるほどな。アンタこそが、本物のジャック・オー・ランタンってわけか」

「はい。アナタの御想像は正しい。私こそが生と死の境界に顕現せし大悪魔、ウィラ=ザ=イグニファトゥス製作の大傑作! 世界最古のカボチャのお化け……ジャック・オー・ランタンでございます♪」

 

 ヤホホ~♪ と軽快に笑うジャック。

 “造物主達の決闘”、決勝戦・第1ゲーム。

 “ノーネーム”と“ウィル・オ・ウィスプ”のギフトゲームは、後半戦へともつれ込むのだった。

 

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