- The Another Origin -   作:青葉空太

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第17話 The PIED PIPER of HAMELIN

 

 樹の根の大空洞にて、日向とジャックは相対する。

 両者とも身構える姿に隙は無く、互いに初手を探りながら静かに睨み合っていた。

 気を抜かぬまま、日向は眼前で浮遊するカボチャの幽鬼に問いかける。

 

「……ひとつ、聞いていいか? どうしてアンタは、これまで正体を隠してたんだ?」

 

 純粋な疑問だった。

 今でこそ明確な意思と魂をその瞳の炎に宿す彼が、なぜ先ほどまで心無き一介の作品を装っていたのか。

 ジャックは笑い、軽快な口調で返答する。

 

「ヤホホ♪ 何、簡単な話です。アーシャの成長のためですよ。あの子はまだ幼く、このように大きなギフトゲームに参加するのも今回が初めてのことでしてね。本来なら、私もただのお目付け役に徹している予定だったのですが……いやはや。やはり晴れ舞台は華々しく飾ってあげたいという親心が出てしまったようで」

 

 ヤホホ……と少し照れたようにカボチャ頭を掻くジャック。 

 その姿は悪魔というよりは、我が子を想うひとりの父親のように見えた。

 そんな彼に日向も笑みを浮かべると、どこか楽しそうに会話を続ける。

 

「ハハ、そういうことか。だからあの子は、あんなに張り切っていたんだな」

「ええ。アーシャは本来地災で亡くなり、自縛霊となって彷徨(さまよ)っていたところをウィラが引き取った子でしてね。そんな彼女も、今では立派な大地の精霊として力を付け始めている。天然ガスを放出していたのも、地霊の一端というわけです」

「へえ。何というか、正しく伝承通りのコミュニティなんだな」

 

 感心する日向の感想に、ジャックは嬉しそうな笑声(しょうせい)を上げた。

 

「ヤホホ♪ 我々“ウィル・オ・ウィスプ”に纏わる逸話をご存知とは、私も鼻が高いですねえ。その通りです。我々の蒼き炎の(しるべ)は、報われぬ魂を導く篝火。彷徨う御霊を導く功績で、私たちは存在とコミュニティを大きくしてきたのです」

「そっか。アンタもそのウィラって人も、子供想いの優しい悪魔なんだな」

「ヤホホ、恐れ入ります。……さて、そろそろ始めしょうか」

「ああ」

 

 親しげな雰囲気から一転、2人の声が重くなる。

 ジャックは瞳の炎を激しく揺らすと、両手を広げて高く叫んだ。

 

「御覧に入れて差し上げましょう! 我ら蒼き炎の導を描きし旗印は、無為に命を散らした魂を導く篝火なのだと! 救済の志は、神々に限られた領分ではないのだと──!!!」

 

 己が御旗を誇るように、カボチャの幽鬼は轟々と燃え盛る猛火を背にして宣言する。

 

「いざ来たれ! その身に尋常外の奇跡を宿す少年よ! 聖人ペテロに烙印を押されし不死の怪物──このジャック・オー・ランタンがお相手しましょう!!!」

 

 業火の炎で大炎上する樹の根の空洞。

 その燃える瞳より放たれる威圧感は、日向が箱庭で対峙したどの敵よりも強大なものだった。

 

 これが“悪魔”と呼ばれる種。

 

 世界に独立した霊格(そんざい)を認められた超常存在。

 日向は好戦的に笑うと、自らも名乗ってついに開戦の狼煙を上げた。

 

「ハッ! いいぜ、相手にとって不足は無しだ! “ノーネーム”出身天道日向! こっちも全力で行かせてもらうぞ!」

 

 刹那。

 日向は驚異的な脚力で樹の根の足場を踏み砕き、ジャックの眼前に肉薄する。

 巻き散る木片を背に、第三宇宙速度を遙かに凌駕する速度で瞬時に懐へ飛び込むと、勢いに任せてその山河を砕く拳を振り抜いた。

 しかし日向の打撃が決まる間際、ジャックの身体は大きく揺らぎ、陽炎のごとく消え失せる。

 

「ヤホホ! 甘いですよ!」

 

 一瞬で日向の背後に移動したジャックは、軽快に笑いながら両手に提げるランタンを振るう。

 放出された業火は瞬く間に周辺の樹の根を焼き尽くし、触れたそばから黒い炭へと変えていく。

 

「おっと! やっぱその炎は厄介だな!」

「ヤホホ! まだですよ!」

 

 一度炎を避けた日向の頬を、途端に激しい熱風が撫で始めた。

 高度を上げたジャックは頭上に3つの業火を秘めたランタン出現させると、炎の瞳をギョロリと向けて宣言する。

 

「受けてみなさい! 我が召喚せし地獄の業火を!」

 

 蓋を開くと同時に、荒ぶるの炎がこぼれ落ちて膨れ上がった。

 まるで地獄の釜を彷彿とさせるかのような、灼熱の嵐が日向に迫る。

 樹の根のことごとくを焼き尽くし、立ちはだかる全ての存在を焦土に変えんと燃え盛るそれを、日向は真正面から迎え撃った。

 

「──しゃらくせえ!!!」

 

 地獄の業火と、日向の天地を穿つ拳がぶつかり合う。

 その衝撃は凄まじく、余波は空洞を震撼させ、樹の根に巨大なクレーターを形成した。

 もうもうと立ち昇る黒煙の中、ジャックは更に2つのランタンを出現させる。

 同時に煙幕が中心部から爆散され、右腕の袖を僅かに焦がした日向が姿を現した。

 日向は再び業火を召喚させまいと、臆すること無くジャックの頭上へ跳躍する。

 そのまま空洞の天辺に足を着けると、弾丸のような踏み込みと共に踵落としを叩き込んだ。

 辛うじて反応したジャックは咄嗟に2つのランタンを防御に回すと、生じた爆風で両者は再び距離を取る。

 

「ヤホホ! これは驚きました。まさか地獄の業火を素手で無効化されるとは。一体どんなギフトをお持ちで?」

「悪いな。実は俺にも把握し切れていないんだ」

 

 日向は肩についた灰を払いながら苦笑する。

 それを聞いたジャックは、心底愉快そうに哄笑を上げた。

 

「ヤホホホホ! それはそれは、何とも不思議な話ですねえ。己が魂の一部でありながら、あなた自身にもその本質が分からないと?」

 

 日向は懐からサンシャインイエローのギフトカードを取り出と、そこに刻まれたギフト名を開示する。

 

「ああ。この通り出所不明・効果不明・名称不明の“認識不可(コード・エラー)”だ。誰か腕のいい鑑定士を知っていたら、紹介して欲しいくらいだよ」

「ヤホホ! あなたは本当に面白い人だ。願わくばこのまま談笑に耽っていたいところですが、生憎と今はギフトゲームの真っ最中。これ以上時間を掛けるのも何ですし、ここはひとつ、互いに全力の一撃を以て勝負を決めると致しませんか?」

「オーケーだ。そろそろ耀たちもゴールに辿り着く頃だしな。俺もちょうど試してみたいことがあるし、こっちも決着をつけようか」

 

 合意し、2人は自身が放ちうる最高最強の一手を繰り出すための動作に入る。

 ジャックは頭上に7つのランタンを。

 日向は静かに瞳を閉じ、スッと右手を頭上に掲げる。

 

 ──その時、そんな日向の姿を観客席で目にした十六夜は、ふと怪訝そうに眉をひそめた。

 

(……うん? あの構えは──)

 

 一方で両者の緊張感が極限となり、遂に決着をつけようと同時に踏み出したその瞬間──周囲がガラス細工のように砕け散り、景色が円形の舞台に帰還した。

 日向とジャックは立ち止まって唖然とし、試合を見守っていた観客たちもまた、夢から覚めたように静まり返る。

 その中でただひとり、黒ウサギだけが満面の笑みで宣言した。

 

『勝者、春日部耀!!!』

 

 ハッと観客席から声が上がる。

 次に割れんばかりの歓声が会場を包んだ。

 堰を切ったように喧騒が沸き起こる舞台の中心で、気勢をそがれた日向とジャックは苦笑する。

 

「ヤホホ、どうやら我々の負けのようですね」

「みたいだな。アーシャって子には悪いけど……」

「いえ、あの子にも良い経験になりました。私も久々に血湧き肉踊りましたよ」

「ああ、俺も楽しかった。ていうか、カボチャに血や肉があるのか?」

「ヤホホ! そう言えばありませんね!」

 

 ジャックはカボチャ頭をピシャリと叩き、こりゃ一本取られたと哄笑を上げる。

 日向もそんな彼の冗談を愉快に思い、同じように笑みを浮かべる。

 彼らが親しげに会話をしていると、少し離れたところから耀とアーシャが近付いてきた。

 

「日向、お疲れ様」

「ああ、お疲れ様。勝てたのは耀のお陰だな」

「ううん。協力した私たち2人の勝利だよ」

 

 耀は首を振ると、小さく笑って訂正する。

 その言葉に日向は少しだけ意外そうな顔をすると、すぐさま「だな」と答えて朗らかに笑った。

 

「うう。ごめんジャックさん。負けちまった」

「謝る必要はありません。前半はともかく、後半のあなたは何ら恥じること無いゲームメイクをしていました。敗北したとは言え、胸を張っていいんですよ」

「……うん」

 

 アーシャは頷くと、悲しげながらも少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべる。

 しかし次の瞬間にキッ! と目尻を吊り上げると、ズンズンと日向たちの元に近づいてきた。

 

「おい、オマエ! 名前は何ていうの? それと出身外門は?」

「……二一〇五三八〇外門出身、春日部耀」

「耀だな! 覚えといてやるから感謝しろ! ……そ、それで、えっと、隣のあんたは?」

 

 チラリと日向に視線を向けながら、頬を染めつつ尋ねるアーシャ。

 その仕草に普段の強気は見受けられない。

 日向は朗らかに笑って告げた。

 

「同じく二一〇五八〇外門出身、天道日向だ。よろしくな、アーシャ」

「うっ……い、一応言っとくけどな! べ、別に私は、お前のことなんて全ッ然! まったく! これっぽっちも! 気にしてなんていないんだからな! 変な勘違いとかするんじゃねえぞ! 分かったな!?」

「ありゃりゃ、こりゃまた随分と嫌われたな。けど俺としては、出来ればアーシャと仲良くしたいんだけどな」

「~~~~~~ッ!」

 

 明るい笑顔を向ける日向に、アーシャは顔を地獄の業火よりも真っ赤に染める。

 思わずバッ! と2人の元から飛び退くと、強気で高らかに宣言した。

 

「と、とにかく! もう一度名乗っとくぞ! 私は六七八九〇〇外門出身、アーシャ=イグニファトゥス! 次に会うようなことがあったら、今度こそ私が勝つから覚悟しとけ! ……だ、だからその、えっと……ま、またな! 日向に耀!」

 

 おっ? とアーシャの台詞に日向と耀は首を傾げるが、その間に彼女はツインテールを揺らして脇目も振らずに去っていく。

 ジャックはヤホホ! と笑うと、2人に向かって語りかけた。

 

「ああ見えて、あの子はとても優しい子なんですよ。良ければ友達になってあげてください」

「ああ、もちろんだ。耀もいいよな?」

「うん」

「ヤホホ! ありがとう。宜しくお願いします」

 

 そうして彼らは笑い合い、互いに握手を交わすのだった。

 

 

 

***

 

「見て見て! やったわ十六夜君! 春日部さんたちの勝利よ!」

「ヤハハ。そうだなお嬢様」

 

 明るい声で喜ぶ飛鳥に、十六夜は軽薄な笑みで応える。

 彼はふと先ほどの試合を思い出すが──

 

(……いや、まさかな)

 

 と内心で自らの考えを切って捨てた。 

 そこで中央に控えていたサンドラと白夜叉が、彼らに賞賛の言葉を送る。

 

「シンプルなゲーム盤なのに、とても見応えのあるゲーム。本当に見事だった」

「うむ。今回のようにシンプルなゲームはどうしてもパワーゲームに成りがちだが、中々堂に入ったゲームメイクだったぞ。これなら優勝もあり得るかもしれんの」

 

 この会場には最早、彼らを“ノーネーム”だと卑下する者はひとりもいない。

 皆が皆、素晴らしいゲーム内容に惜しみない喝采を上げていた。

 

「“ウィル・オ・ウィスプ”は六桁でも最上位の一角だからの。加えて主力のジャックは業火と不死の烙印を持つ幽鬼。あやつらはそんな格上を相手に見事勝利を収めたのだ。“ノーネーム”としては正に快挙とも呼べる戦果だぞ」

 

 白夜叉は賛辞を述べ、十六夜たちに目を向ける。

 

「……?」

 

 しかし、十六夜の思考はすでにゲームの舞台から離れていた。

 彼の視線は遙か彼方、箱庭の空に向けられている。

 十六夜は怪訝な面持ちで白夜叉に問う。

 

「……白夜叉。()()()()()()?」

「何?」

 

 白夜叉も上空へ目を向ける。

 観客たちも、何人か気づいたように声を上げた。

 空の上から、まるで雨のようにばら撒かれる黒い封書。

 黒ウサギはすかさず手に取って確かめる。

 

「黒く輝く“契約書類(ギアスロール)”……ま、まさか!?」

 

 笛を吹く道化師の印が入った封蝋を開封すると、“契約書類”にはこう記されていた。

 

 

***

 

『ギフトゲーム名“The PIED PIPER

             of HAMELIN”

 

 ・プレイヤー一覧

  ・現時点で三九九九九九九外門・

   四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の

   舞台区画に存在している参加者

   及び主催者の全コミュニティ。

 

 ・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター

  ・太陽の運行者・星霊 白夜叉。

 

 ・ホストマスター側 勝利条件

  ・全プレイヤーの屈服・及び殺害。

 

 ・プレイヤー側 勝利条件

  一、ゲームマスターを打倒。

  二、偽りの伝承を砕き、

    真実の伝承を掲げよ。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホスト

    マスターの名の下、ギフトゲームを

    開催します。

      “グリムグリモワール・

             ハーメルン”印』

 

 

***

 

 無数の黒い封書が舞い落ちる中、静まり返る舞台会場。

 やがてひとりの観客が、膨張した空気が弾けるように叫んだ。

 

 

「ま、魔王が……魔王が現れたぞおおおおぉぉぉぉ──!!!」

 

 

 

***

 

 ──境界壁・上空2000m地点。

 

 遙か上空、境界壁の突起に4つの人影があった。

 ひとりは露出が多く、布の少ない白装束を纏う女。

 彼女は二の腕程の長さのフルートを右手で弄びながら、舞台会場を見下ろして語る。

 

「プレイヤー側で相手になるのは……“サラマンドラ”のお嬢ちゃんを含めて5人ってところかしらね、ヴェーザー?」

「いや、4人だな。あのカボチャは参加資格がねえ。対戦相手だった黒髪の男もそれなりだったが、特にヤバイのは吸血鬼と火龍のフロアマスターだ。──あと事のついでに、偽りの“ラッテンフェンガー”も潰さねえと」

 

 女の疑問に答えたのは、対照的に黒い軍服を着た、短髪黒髪のヴェーザーと呼ばれた男。

 その手に握られた笛は白装束の女のものとは違い、長身の男と同等の長さである。

 楽器としては明らかに常軌を逸した形状だ。

 そして3人目は、外見がすでに人ではなかった。

 陶器のような材質で造られた滑らかなフォルムと、全身に空いた風穴。

 全長五十尺はあろうかというその姿を安易に例えるならば、擬人化した笛というところだろう。

 顔面に空いた特に巨大な空洞は、絶えず不気味な鳴動を放っている。

 その3体に挟まれる形で佇んでいるのは、白黒の(まだら)模様のワンピースを着た少女。

 斑模様の少女は三体の顔を一度ずつ見比べると、無機質な声で宣言した。

 

「──ギフトゲームを始めるわ。あなたたちは手筈通り御願い」

「おう、邪魔する奴は?」

「殺していいよ」

「イエス、マイマスター♪」

 

 

 

***

 

「……どうやら、噂の魔王様が現れたみたいだな」

 

 空から降ってきた黒い封蝋を開封した日向は、中から取り出した“契約書類”を読んで判断する。

 舞台周辺はすでに大混乱となっており、観客たちは我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げていた。

 

「でも、魔王は白夜叉の力で“主催者権限(ホストマスター)”を使えないはずじゃなかったの?」

 

 日向の隣で耀が尋ねる。

 白夜叉が自身の“主催者権限”を使い、この“火龍誕生祭”で魔王対策にと定めていた幾つかのルール。

 

 一、一般参加は舞台区画内・自由区画内で

   コミュニティ間のギフトゲームの開催

   を禁ず。

 

 二、“主催者権限”を所持する参加者は、

   祭典のホストに許可なく入る事を禁ず。

 

 三、祭典区画内で参加者の“主催者権限”

   の使用を禁ず。

 

 四、祭典区域にある舞台区画・自由区画に

   参加者以外の侵入を禁ず。

 

 これらの条件を参加項目に組み込むことで、本来であれば魔王が“主催者権限”を行使することはおろか、この大祭に足を踏み入れることすら不可能であったはずなのだ。

 

「考えられるとすれば、白夜叉の“主催者権限”が破られたか……あるいは、ルールに抵触しない抜け道のような手段を用いられたかの二択だな」

「……そんなことが可能なの?」

 

 日向の推測に、耀は再び小首を傾げて問いかける。

 日向は上空を見上げると、真剣な眼差しで頷いた。

 

「前者はともかく、後者であれば可能性はある。この世に完璧なルールなんてそうそう無いからな。そこには大抵、何かしらの抜け穴や見落としがあるはずだ。つまり奴らは、俺たちの想定しえなかった方法で舞台に上がり込んだことになる」

「でも、ならどんな方法を使ったんだろう?」

「さてな。けどもしかすると、それがこのゲームをクリアする手掛かりになる可能性も……」

「日向さん! 耀さん!」

 

 日向と耀が思考を巡らせていると、舞台の中央から黒ウサギが慌てて駆け寄ってきた。

 舞台袖からもジンやレティシアが合流する。

 

「魔王が現れた。……そういうことでいいんだよな、黒ウサギ」

「はい」

 

 真剣な表情で頷く黒ウサギ。

 メンバー全員にも緊張が走る。

 とそこで、突然頭上から飛鳥を抱えた十六夜が飛び降りてきた。

 

「十六夜、どうしたんだ?」

「分からねえ。急に白夜叉が黒い風に呑み込まれたと思ったら、俺たちもバルコニーから押し出されちまった」

 

 飛鳥を降ろした十六夜は、周囲の人影を見渡して呟く。

 

「……チッ。どうやら、サラマンドラの連中は観客席に飛ばされたみたいだな」

 

 “ノーネーム”一同は舞台側へ。

 “サラマンドラ”一同は観客席へ。

 日向は更に状況を整理すべく、黒ウサギに質問を投げかける。

 

「黒ウサギ、白夜叉の“主催者権限”が破られた様子はあるのか?」

「いえ、ございません。黒ウサギがジャッジマスターを務めている以上、誤魔化しも利きませんから」

「へえ? なら連中は、ルールに則った上でゲーム盤に現れているわけだ。……ハハ、流石は本物の魔王様。期待を裏切らねえぜ」

 

 阿鼻叫喚が渦巻く会場の中で、軽薄な笑みを浮かべる十六夜。

 しかしその瞳には、いつもの余裕が見られない。

 皆が気を引き締める中、耀は緊張した面持ちで確認する。

 

「どうするの? ここで迎え撃つ?」

「ああ。けど全員で相手するのは具合が悪い。それに“サラマンドラ”の連中も気に掛かる。アイツらは観客席の方に飛んでいったからな」

「となると、ここは役割を分けた方が良さそうだな」

 

 日向の提案に、黒ウサギは厳粛な顔で頷く。

 

「では黒ウサギがサンドラ様たちを捜しに行きます。その間は日向さんと十六夜さん、レティシア様の3人で魔王に備えてください。ジン坊ちゃんたちは白夜叉様をお願いします」

「分かったよ」

 

 ジンとレティシアが共に頷く。

 対照的に、飛鳥の表情は不満に染まった。

 

「ふん……また面白い場面を外されたわ」

「そう言うなよお嬢様。“契約書類”には白夜叉がゲームマスターだと記述されてる。それがゲームにどんな影響を及ぼすのかも確かめねえと──」

「お待ち下さい」

 

 不意に、彼らの背後から声が掛かる。

 振り向くと、そこには同じく舞台に上がっていた“ウィル・オ・ウィスプ”のアーシャとジャックの姿があった。

 

「おおよその話は分かりました。魔王を迎え撃つというのなら、我々“ウィル・オ・ウィスプ”も協力しましょう。いいですね、アーシャ」

「う、うん。頑張る」

 

 前触れもなく魔王のゲームに巻き込まれたアーシャは、緊張しながらも承諾する。

 

「では御二人は黒ウサギと一緒にサンドラ様を捜し、指示を仰ぐことにしましょう」

 

 一同は視線を交わして頷き合い、各々の役目に向かって走り出す。

 直後に、観客席から悲鳴が上がった。

 

「見ろ! 魔王が降りてくるぞ!」

 

 上空に見える4つの人影が落ちてくる。

 その様子を見るや否や、十六夜は強く拳を打ち付けると、日向とレティシアに向けて叫んだ。

 

「んじゃいくか! 黒い奴と白い奴は俺が、デカいのと小さいのは頼んだ!」

「よっしゃ! 任せとけ!」

「了解した主殿」

 

 日向は軽快に応え、レティシアは単調に返事をする。

 ここに、魔王とのギフトゲームが開幕した。

 

 

 

***

 

「何!?」

 

 全力で跳躍した十六夜は秒を跨がず軍服の男の前に躍り出ると、第三宇宙速度を遙かに凌駕した速度で境界壁に叩きつけた。

 そのまま男の頭を鷲掴み、壁面を水平に踏み抜きながら疾走する。

 

「ヤハハ! 会いたかったぜ魔王様! 俺にも一曲恵んでくれよ」

「──ッ! 舐めるな、この糞ガキ!!」

 

 軍服の男が棍のような笛を一振りすると、途端に岩壁が生き物のように蠢き始め、十六夜の足を固定した。

 男は紅く染まった唾液を吐き捨てながら、鋭い目付きで十六夜を睨む。

 

「ペッ、やってくれじゃねえか。まさか先手を取られるとは思わなんだ」

「そりゃどうも。『意外性に富んだ男の子』ってのが通知表の評価でね。良くも悪くも、期待を裏切ることには定評があると自負してる」

 

 ヤハハ! と笑う十六夜は今、岩壁に対して垂直に立っている。

 (すね)の辺りまで岩壁に突っ込んで立っている姿は、異様とも間抜けとも取れるだろう。

 2人が言葉を交わす中、陶器の巨兵と斑模様の少女は止まることなく落下していき 、もうひとりの女は岩壁に掴りつつ軍服の男に叫んだ。

 

「ちょっとヴェーザー! そんな奴さっさと片付けなさいな!」

「ラッテン、お前は先に降りてろ。マスターをひとりにしたら皆殺しにしちまうからな」

 

 ラッテンと呼ばれた女は舌打ちと共に飛び降りる。

 それを静かに見届けた十六夜は、軽薄に笑って呟いた。

 

「ふぅん。“ラッテン”に“ヴェーザー河”……つまりお前たちは、“ハーメルンの笛吹き”の伝承に基づく課程から生まれた悪魔──一三〇人の子供たちを生け贄に、殺し方を霊格化したものってことか」

 

 ヴェーザーの顔が驚愕に染まる。

 十六夜の指すヴェーザー河とは、ハーメルンの付近を流れる大河のことだ。

 悪魔という種は、その霊格(そんざい)を“世界に与えた影響・功績・代償・対価”などによって得る。

 故にグリム童話における“ハーメルンの笛吹き”が悪魔の霊格を得て顕現した理由を、十六夜は“一三〇人の子供たち”の生け贄によるものだと推測したのだ。

 

「ハーメルンの伝承には数多の考察がある。人攫いのような人為的なものから神隠し、黒魔術の儀式などetc……。その中に“ヴェーザー河”が含まれるのは──()()()()()()()()()。例えばアンタがこの岩壁を歪ませた力は、土砂崩れや地盤の崩落などを形骸化した霊格だと推測できる。そしてクリア条件である『偽りの伝承を砕き、真実を掲げよ』とは、ハーメルンの事件の真実を暴け、という意味に解釈される。……どうだ? 満点とは言わずとも八〇点は堅いだろ?」 

 

 ヤハハと得意げに笑う十六夜。

 黙っていたヴェーザーは十六夜の姿を値踏みするように眺めると、頭を掻いて呆れたように苦笑した。

 

「チッ、ただの糞ガキかと思ったら、随分と頭が回るじゃねえか。……だがま、ルールがルールだしな。見所もあるし一応聞いておくが、」

「断る」

「早ええなオイ!」

「分かりきっている問答に付き合う趣味はねえからな。つーか幻滅させないでくれよ魔王様。こっちは魔王会いたさに異世界からやってきたんだぜ?」

 

 真っ直ぐと、偽りの無い本音の言葉を向ける十六夜。

 箱庭に訪れてからの1ヶ月──魔王のゲームに参加することが夢のひとつであったと、彼は胸を張って告げた。

 

「……ほお? そりゃ失礼したな坊主」

 

 十六夜の返答に、何か思うところがあったのか。

 ヴェーザーは獰猛に笑うと、臨戦態勢を取って答える。

 

「坊主の期待に応える意味で、ひとつ誤りを正す。──俺は魔王じゃねえ。ただの木っ端悪魔さ。俺らの魔王閣下は、先に落ちた2人のどちらかだ」

「そうかい。じゃあ前座をさっさと済ませねえと、魔王様に失礼って話だ」

「馬鹿を言え。前座はゲームを盛り上げるのが仕事だ。いいクライマックスは、良い前座がいるからこそ映えんだよ。──ま、坊主じゃ役者不足かもしれんがな」

 

 ()ッ、と笑い、2人は同時に走り出す。

 両者の激突は境界壁に巨大な亀裂を(はし)らせ、砂塵と共に岩塊を降らせた。

 天を衝き、山河を打ち砕く十六夜の拳を、ヴェーザーは巨大な笛で受け止める。

 十六夜は鬩ぎ合いながらも、その事実に嬉々として叫んだ。

 

「ハッ! こりゃ確かにいい前座になりそうだ……!」

「チッ、そりゃこっちの台詞だ糞ガキ!」

 

 怒号一閃。

 上空1000m地点において、十六夜とハーメルンの悪魔の激闘が始まった。

 

 

 

*** 

 

「やりないさい、シュトロム」

「BRUUUUUUUUUM!!」

「うおっと! レティシア、そっちは大丈夫か!?」

「ああ! 問題ないぞ主殿!」

 

 一方その頃。

 地上で敵を迎撃した日向とレティシアは、落下してきた陶器の巨兵と、斑模様のワンピースを着た少女と対峙していた。

 陶器の巨兵は全身の風穴から空気を吸い込み、四方八方に大気の渦を形成している。

 

「BRUUUUUUUUUM!!」

 

 奇声に応じて鳴動する大気。

 地上に起きた乱気流の渦が、周囲の瓦礫を次第に吸収し始めた。

 日向は気流に引き寄せられるのを堪えつつ、先ほど斑模様の少女が口にした、目の前の巨兵の名について考える。

 

(シュトロムは確か──“嵐”だったな。ならコイツは、天災に関する悪魔の類か……)

 

 シュトロムと呼ばれた陶器の巨人は、吸収した瓦礫の山を圧縮し、まるで臼砲(きゅうほう)のように射出した。

 数多の残骸が、眼前で相対する日向に向かって襲い掛かる。

 

「BRUUUUUUUUUM!!」

「あらよっと!」

 

 しかし次の瞬間、日向は迫り来る凶弾を真正面から殴り飛ばした。

 第三宇宙速度を遙かに越える速度で撃ち返された瓦礫群は、凄まじい威力で陶器の巨兵を粉砕する。

 

「BRUUUUUUUUUM……」

「悪いな。手間暇かけてる余裕はないんだ」

 

 あっという間に巨兵を沈黙させるや否や、日向は頭上に目を向ける。

 視界の先では、レティシアと斑模様の少女が壮絶な空中戦を繰り広げていた。

 斑の少女は、無機質な表情を浮かべて呟く。

 

「……あなた、ホントに純血のヴァンパイア?」

「手厳しいな! これでも精一杯闘っているつもりだが……!」

 

 金糸の髪を解れさせ、苦々しい声で答えるレティシア。

 少女は興味を失ったように瞳を細めると、気の無い声で告げた。

 

「もういいや、あなたはいらない。本命を捜すから、死んでいいよ」

 

 無情にも死を宣告する斑の少女。

 彼女は静かに片手を上げると、トドメの一撃を放とうとする。

 しかしその刹那。

 レティシアはリボンを解いて大人の姿へ変幻すると、翼を畳み急加速して少女の懐に攻め込んだ。

 

「……あれっ、」

「謝らないぞ。騙される方が悪いんだからな」

 

 不敵な笑みを浮かべるレティシア。

 先程までの劣性が(かた)りだったと気づくがすでに遅い。

 彼女は金と黒のギフトカードから長柄の槍を取り出すと、疾風のごとき一刺しで少女の胸を貫いた。

 

「やったか──!?」

「やってないわ」

 

 抑揚のない声で返される。

 驚くべきことに、レティシアの突き出した槍は微塵も少女に届いておらず、尖端は胸部に当たって拉げていた。

 斑の少女は無造作に槍先を掴んでレティシアを引き寄せると、その手から黒い風を発生させて彼女の身柄を拘束する。

 

(な……何だ、この奇妙な風は……!?)

 

 不気味に蠢く生物的な黒い風は、徐々にレティシアの意識を蝕んでいく。

 斑模様の少女はレティシアの胸倉と顎を掴むと、薄い微笑で囁いた。

 

「痛かった。凄く痛かった。だけど許してあげる。……あなたはいい手駒になりそう」

「悪いけど、うちのメイドそう易々と渡すわけにはいかないな!」

 

 刹那、斑模様の少女を日向が側面から殴りつける。

 少女は黒い風で防御を試みるも、瞬時に無効化され驚愕と共に吹き飛ばされた。

 同時に黒い風が霧散して空中に投げ出されたレティシアを、日向は抱きかかえて下方の屋根に着地する。

 

「す、すまない主殿。お陰で助かった」

「気にするなって。これでも一応主人だしな。メイドを助けるのは当然の──」

 

 そう言ってレティシアの姿を見た瞬間。

 カチン! と日向は硬直した。

 

 ……ちなみに、日向が大人になったレティシアを見るのは、この時が初めてであったりする。

 更にちなみに、彼女は未だに意識が朦朧としているのか、日向の腕の中で儚げな吐息を漏らしていた。

 

「──? どうしたんだ日向?」

 

 様子がおかしいことに気づいたレティシアが尋ねるも、日向は呆然と彼女を見たまま微動だにしない。

 やがてたっぷりと時間をかけた後──ポツリと呟いた。

 

「……綺麗だ」

 

 一瞬、言葉の意味が分からず首を傾げるレティシア。

 しばらく考えて日向の台詞を理解すると──みるみる頬を赤く染めた。 

  

「なっ、ばっ、馬鹿者っ!! こんな時に何を言っているんだ!!」

「……あっ! いや、今のは違──!?」

「戦闘中に余所見とは余裕じゃない」

 

 珍しく取り乱したレティシアの叱咤で、日向はようやく我に返る。

 その瞬間、2人の元に黒い風が迫ってきた。

 

「──! しまっ──!」

「危ない!」

 

 黒い風が日向たちに届く間際、突如上空から炎弾が放たれて相殺される。

 斑の少女は日向たちを顧みず、そのまま意識を頭上に向けた。

 

「……そう。ようやく現れたわね」

 

 上空で輝くのは、飾られたペンダントランプだけではない。

 轟々と燃え盛る炎の龍紋を掲げた、北側の“階層支配者(フロアマスター)”──サンドラが、龍を模した炎を身に纏って見下ろしていた。

 斑模様の少女はスカートを風で靡かせると、微笑を浮かべてサンドラを見上げる。

 

「待っていたわ。逃げられたのではと心配していたところよ」

「……目的は何ですか、ハーメルンの魔王」

「あ、ソレ間違い。私のギフトネームの正式名称は“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”よ」

「……二十四代目、“火龍”サンドラ」

「自己紹介ありがと。目的は言わずとも分かるでしょう? 太陽の主権者である白夜叉の身柄と、星海龍王の遺骨。つまりあなたが着けている龍角が欲しいの」

 

 だから頂戴? とでも言いたげな軽い口調で、サンドラの龍角を指差す少女。

 

「……なるほど。魔王と名乗るだけあって、流石にふてぶてしい。だけどこのような無体、秩序の守護者は決して見過ごさない。我らの御旗の下、必ずあなたを誅してみせる」

「そう。素敵ね、フロアマスター」

 

 轟々と荒ぶる火龍の炎を、黒々とした不気味な暴風で受け止める。

 2つの衝突は空間を歪め、強力な衝撃波となって大気を揺らす。

 砕け散ったペンダントランプの残骸は、まるで両者の戦いを彩るかのように鮮やかな煌めきを放っていた。

 

「……わ、我々も行こうか主殿」

「……あ、ああ。うん。そうだな」

 

 苛烈を極める激戦の下で。

 日向とレティシアは、お互いに真っ赤な顔で視線を逸らしているのだった。

 

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