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大広間での場面を追加させて頂きました。
──“火龍誕生祭”運営本陣営。
──バルコニー入口前。
飛鳥たちが白夜叉の元へ向かうと、バルコニーへの通路を不気味に蠢く黒い風が阻んでいた。
先に進めぬことに歯噛みしつつ、飛鳥は扉の向こうの白夜叉へ向かって叫ぶ。
「白夜叉! 中の様子はどうなっているの!?」
「分からん! だが行動を制限されておるのは確かだ! 連中の“
ハッと気づき、手元の黒い“契約書類”を見る。
途端に文字が曲線と直線に分解され、新たな文面を紡ぎ出した。
***
『※ゲーム参戦諸事項※
・現在、プレイヤー側ゲームマスターの
参戦条件がクリアされていません。
ゲームマスターの参戦を望む場合、
参戦条件をクリアして下さい。 』
***
「ゲームマスターの参戦条件がクリアされていないですって……?」
「参戦条件は!? 他には何が書かれておる!?」
「そ、それ以上は何も書かれていないわ!」
白夜叉は痛烈に舌打ちした。
彼女が知る限り、このような形で星霊を封印できる方法はひとつしか無い。
「よいかおんしら! 今から言うことを一字一句違えずに黒ウサギへと伝えるのだ! 間違えることは許さん! おんしらの不手際は、そのまま参加者の死に直結するものと心得よ!」
普段の温厚さからは考えられない、緊迫した声で言い放つ。
今はそれだけ非常事態なのだ。
飛鳥たちは息を呑んで白夜叉の言葉を静聴する。
「第一に、このゲームはルール作成段階で故意に不備を行っている可能性がある! これは一部の魔王が使う手だ! 最悪の場合、
「なっ……!?」
「第二に、この魔王は新興のコミュニティの可能性が高いことを伝えるのだ!」
「わ、分かったわ!」
とるものもとりあえず、飛鳥たちは頷いた。
詳しく説明を受けている時間はない。
事は一刻を争うのだ。
「第三に、私を封印した方法は恐らく──」
「はぁい、そこまでよ♪」
ハッと白夜叉がバルコニーへと振り返る。
そこには白装束の女──ラッテンが、3匹の火蜥蜴を引き連れて立っていた。
彼らは灼熱の吐息を乱れさせ、血走った
「あら、本当に封じられてるじゃない♪ 最強のフロアマスターも、そうなっちゃ形無しねえ!」
「おのれ……! “サラマンドラ”の連中に何をした!?」
「そんなの秘密に決まってるじゃない。いかに封印が成功したとしても、
そう言ってラッテンは扉を見る。
次に手に持ったフルートを指揮棒のように掲げると、火蜥蜴たちに命令を下して襲わせた。
「きゃあ!」
「飛鳥!」
火蜥蜴の1匹が飛鳥に迫る。
咄嗟に耀が割って入り、体長2mはあるかという巨体を上段蹴りで薙ぎ払う。
「飛鳥、ジン! 掴まって!」
「え、ええ」
耀は鷲獅子のギフトで旋風を巻き起こし、飛翔して距離を置こうとする。
その様子を眺めたラッテンは、少なからず驚きの声を上げた。
「あら、人間? それにしても今の力……グリフォンか何かかしら? 随分と変わり種じゃないの。見れば顔も端正で可愛いし……よし、気に入った! あなたは私の手駒にしましょう!」
ラッテンは廊下に飛び降りた耀たちを追わず、艶美に笑ってフルートに息を吹き込んだ。
宮殿内へ高く、低く──妙なる魔笛の旋律が響き渡る。
その音色は以前飛鳥が聞いた不協和音とは違い、甘く誘うように中枢神経を刺激した。
とりわけ優れた五感を持つ耀にとって、その音色は絶大な効果を及ぼしてしまう。
筋肉が弛緩し、意識を蝕まれる感覚に、彼女は思わず顔を歪めた。
「あ……駄目だ、コレ……!」
「きゃっ!」
「耀さん!?」
堪らず旋風を消した耀は、辛うじて地面に着地する。
腰が砕けたように震える彼女は、渾身の力で飛鳥たちへ叫ぶ。
「アイツが来る……飛鳥、ジン! 逃げて……!」
「馬鹿言わないで! ジン君!」
「は、はい!」
強張った表情で返事するジン。
飛鳥は大きく息を吸い込むと、何かを決意したように呟いた。
「先に謝っておくわ。……ごめんなさいね」
え? とジンは小首を傾げる。
飛鳥は一瞬だけ申し訳なさそうな顔をして、
「コミュニティのリーダーとして──
同士の心を支配した。
それも偶発的ではなく、意図的に。
「……分かりました」
ジンの瞳から光が薄れ、言われるがまま耀を連れてこの場を去る。
飛鳥は自らの意志で、彼の誠実な心根をねじ曲げた。
後にジンが、飛鳥を残したことを大いに悔やむだろうと理解しながら。
(……本当にごめんね、ジン君)
逃げる彼らの背を、飛鳥はしばし哀しげに見つめ──背後から現れた敵に、溢れる怒りを以て振り向いた。
「……あらら? あなたひとり? お仲間は?」
「私に任せて先に逃げたわ。あなた程度の三流悪魔、私ひとりで十分ですって」
「……ふぅん?」
ラッテンはスゥッと目を細める。
飛鳥の表情を勘ぐるような視線から一転、不敵な笑みを唇に浮かべた。
「それは半分嘘ね。あなたの瞳は、背負わされた人間の瞳じゃない。自ら背負った人間の瞳よ。……うん、凄く好みかも。あーもう、予想外にいい人材が転がってるじゃない! あっちこっち目移りしちゃうわねホント!」
屈託なく笑うラッテン。
飛鳥はその姿を油断せずに見据えたまま、脳裏で素早く思考する。
(……笛吹き道化の伝承は、“人とネズミを操る道化”。それに従うなら、他の種への強制力は小さいはず。同じ条件なら、私の支配力が勝るはず……!)
飛鳥は密かにギフトカードを手に取った。
そして緊張を解すように、大きく息を吸って呼吸を整える。
意を決したように目を見開くと、腹の底から大声で叫んだ。
「全員──
は? と唖然とするラッテン。
しかしその直後、ガチン! と火蜥蜴を含め彼女の身柄が拘束される。
千載一遇のチャンスに飛鳥はギフトカードから白銀の十字剣を取り出すと、一足跳びで敵の懐へ飛び込んだ。
ラッテンの心臓を狙い、破邪の力を持って突き出された白銀の剣の切っ先は、
「──っ……!! この、甘いわ小娘!!」
重なる金属音。
ラッテンは拘束を振り払い、圧倒的な後手をモノともせずに剣を弾いた。
全身全霊の一撃を容易く凌がれた飛鳥は、その勢いで側面を壁に打ちつけられる。
(こ、の……! せめて春日部さんの半分も動けたら……!)
己の力の無さを、ここに来て再び痛感した。
飛鳥は“支配する者”であり、“行使する者”ではない。
彼女の身体は、ただの15歳の少女でしかないのだ。
自らの領分をわきまえなかった、必然の敗北だった。
「驚いた……不意打ちとはいえ、数秒も拘束されるなんて。かなり奇妙な力を持ってるのね、あなた」
ズドンッ!!!
と笑いながら、飛鳥の腹部を蹴り上げるラッテン。
「……っ……!」
込み上げる嘔吐感を、飛鳥はプライドひとつで抑え込んだ。
痛烈に痛む腹部を押さえながらも、彼女は不敵な眼差しでラッテンを睨む。
「……フフフ、綺麗な子。さっきの子もいいけど、総合ではあなたの方が素敵かな」
ズドンッ!!!
ともう一度腹部を蹴られ、飛鳥は意識を失った。
ラッテンは妖艶な微笑みを浮かべると、再び魔笛を口元に添える。
「さあ! 我々“グリムグリモワール・ハーメルン”のゲームはコレからが本番よ! 最高に過激な
奏でられる魔笛の旋律が、舞台会場に響き渡った。
人心を操る音色は参加者たちの意識を蝕み、同士討ちや破壊活動を強制する。
参加者側の主力はすでに交戦中にあり、彼女を止められる者はひとりもいない。
思考を支配され、屈服を強要されたコミュニティが次々と脱落していき、半ば勝敗が決したと思われたその刹那──激しい雷鳴が轟いた。
「そこまでです!」
魔笛を掻き消されたラッテンは、ハッと空を仰ぐ。
「今の雷鳴……まさか!」
彼女が見上げる先。
宮殿の屋上で幾度も雷鳴を鳴らしているのは、軍神・帝釈天より授かったギフト──“
彼女は輝く三又の金剛杵を掲げ、高らかに宣言した。
「“
***
──境界壁・舞台区画。
──“火龍誕生祭”運営本陣営・大広間。
宮殿内は多くの参加者で溢れていた。
集められた者の中には、負傷者の数も多い。
そんな中、合流した日向と十六夜は、互いに敵の情報を交換し合っていた。
「ふぅん。黒い風を操る斑ロリと、巨大な陶器の化け物か。お前はどっちが魔王だと思う?」
「女の子の方だな」
十六夜の問いに、日向は即答した。
「というか、俺が最初に倒した相手が魔王だったら、このゲームはすでに終わってるだろ」
「ま、それもそうか。……それで? 実際に戦ってみた感想は?」
「強いな」
これにも日向は即答した。
その答えに、十六夜は不敵な笑みを浮かべる。
「へえ、やっぱり強いのか。流石は魔王様、こっちの期待を裏切らねえな」
「お前の戦った方はどうなんだ? 確かヴェーザーとか言ってたけど」
「そっちは問題ない。俺かお前、それかサンドラでもたぶん楽勝だ」
「そうか。となると問題は、仲間を操るラッテンって悪魔の対処と、やっぱり魔王のあの子だな」
「おう。とりあえず俺とお前は──」
2人でゲーム再開後の作戦を練っていると、そこへ黒ウサギとジンが心配そうに駆け寄ってきた。
「日向さん! 十六夜さん! ご無事でしたか!?」
「ああ、俺たちは平気だよ」
「それより他の面子はどうなってる?」
「残念ながら、御二人と黒ウサギを覗けば満身創痍です。飛鳥さんに至っては姿も確認できず……すみません、僕がしっかりしていれば」
「気にするな。ジンのせいじゃないさ」
悔しげに下げられたジンの頭に、日向が優しく右手を置く。
しかし現状が芳しくないのは確かだ。
耀とレティシアは敵との交戦で疲弊しており、すぐに戦いを始められる状態ではない。
状況を確認した黒ウサギは、苦々しい声を漏らす。
「白夜叉様の伝言を受け取り、すぐさま審議決議を発動したのですが……少し遅かったようですね」
「そもそも審議決議ってのは何なんだ?」
「“主催者権限”によって作られたルールに、不備がないかどうかを確認するために与えられたジャッジマスターが持つ権限のひとつでございます。それに一度始まったギフトゲームを強制中断できるわけですから、奇襲を仕掛けてきた魔王に対抗するための権限、という側面もあります」
「へえ、要するにタイムアウトみたいなものか。無条件でゲームの仕切り直しが出来るなら、かなり強力な権限だな」
思わず感心の声を上げる日向。
しかし黒ウサギは複雑な表情で首を振った。
「いえ、そうとも限らないのですよ。審議決議を行ってルールを正す以上、これは“主催者”と“参加者”による対等のゲーム。……えっと、単刀直入に説明しますと“このギフトゲームに一切の禍根を持たない”という相互不可侵の契約が交わされるのですヨ」
黒ウサギの説明に、十六夜は片眉を歪ませる。
「……つまりゲームで負ければ最後、他の“サウザンドアイズ”や“サラマンドラ”は報復行為を理由にギフトゲームを挑むことが出来ない、ってことか」
「YES。ですので、負ければ救援は来ないものと思ってください」
「ハッ、最初から負けを見据えて勝てるかよ」
「そうだな。勝てば何も問題ない」
十六夜と日向が互いに意気込んでいると、そこで大広間の扉が開いた。
広間に入ってきたのはサンドラとマンドラの2人だ。
今から行われる魔王との審議決議に、“ハーメルンの笛吹き”に詳しい同行者を募りに来たのだ。
その呼びかけに日向と十六夜は、
「「ウチのジン=ラッセルが誰より知ってるぞ! めっちゃ知ってるぞ! とにかく詳しいぞ! 役に立つぞ! この件で“サラマンドラ”に貢献できるのは“ノーネーム”のジン=ラッセルを置いて他にいないぞ!」」
「え? えっ? えぇっ!?」
とこれ以上ないくらいジンを持ち上げ、結果、見事審議決議への参加を勝ち取ったのだった。
***
その後、ゲーム中断からおよそ1時間。
両陣営は宮殿の貴賓室で対面した。
「ただ今よりギフトゲーム“The PIED PIPER of HAMELIN”の審議決議、及び交渉を始めます」
厳かな声で黒ウサギが告げる。
日向たちの向かいには白黒斑のワンピースを着た少女が座り、背後の両隣に軍服姿のヴェーザーと、白装束のラッテンが控えて佇んでいる。
一方
“サラマンドラ”からはサンドラ、そしてマンドラの2人だ。
黒ウサギを含め総計9人が、今この場で一堂に会していた。
「まず“
「不備は無いわ」
斑の少女は、黒ウサギの言葉を遮るように吐き捨てる。
「今回のゲームに不備、不正は一切ないわ。白夜叉の封印も、ゲームのクリア条件も全て
静謐な瞳とは裏腹に、ハッキリとした口調で話す斑の少女。
「……受理してもよろしいので? 黒ウサギのウサ耳は箱庭の中枢と繋がっております。嘘を吐いてもすぐに分かってしまいますヨ?」
「ええ。そしてそれを踏まえた上で提言しておくけれど。私たちは今、無実の疑いでゲームを中断させられているわ。つまりあなたたちは、神聖なゲームにつまらない横槍を入れているということになる。──言ってること、分かるわよね?」
少女は涼やかな顔でサンドラを見る。
対照的に、サンドラは顔を歪めて歯噛みした。
「不正が無かった場合……主催者側に有利な条件でゲームを再開させろ、と?」
「そうよ。新たなルールを加えるかどうかの交渉はその後にしましょう」
「……分かりました。黒ウサギ」
「は、はい」
少し動揺したように頷く黒ウサギ。
頭上を仰ぎ、ウサ耳をピクピクと動かし始める。
その隙に、日向は後ろで控えるマンドラに尋ねる。
「今の内に少し聞いておきたいことがあるんだが……一体どの程度ならゲームの不正に当たるんだ?」
「……そんなことも知らずに同行したのか、貴様」
チッと舌打ちして、マンドラは説明する。
「貴様も知っているだろうが、ギフトゲームは参加者の能力不足・知識不足を不備としない。たとえ不死を殺せと言われようが、殺せぬ方が悪い。今回ならば、クリアに“ハーメルンの笛吹き”の伝承の知識が必要でも、知らぬ方が悪いとなる」
「へえ? そりゃ理不尽だ」
十六夜が気のない感想を返す。
マンドラは取り合わず話を続けた。
「今回のゲームに不備があるとすれば、まず白夜叉の封印だ。参加を明記しておきながら、参戦は出来ぬと言う。これは看過できん。そこには明文化された要因が必要のはず」
「けど記されていたのは、『偽りの伝承を砕き、真実を掲げよ』の一文のみ、か。……なるほどな」
日向は顎に指を添えて思考する。
そこでこれまで瞑想していた黒ウサギが、気まずそうにウサ耳を伏せた。
「……箱庭からの回答が届きました。此度のゲームに不備・不正はありません。白夜叉様の封印も、正当な方法で造られたものです」
ギリ、と奥歯を噛む音がした。
これで参加者側は一気に不利となってしまう。
「当然ね。じゃ、ルールは現状を維持。問題はゲーム再会の日取りよ」
「
サンドラは意外そうな目を向けた。
他の参加者たちも同様だ。
明らかに劣勢である参加者側に、あえて時間を与えるというのだから当然だろう。
少女は気に止めず、黒ウサギの方へ視線を向ける。
「ジャッジマスターに問うわ。再会の日取りは最長でいつ頃になるの?」
「さ、最長ですか? ええっと、今回の場合だと……1ヶ月でしょうか」
「じゃ、それで手を──」
「待った!」
「待ちな!」
「待ってください!」
日向、十六夜、ジンが同時に声を上げる。
斑の少女は抑揚の無い声で返答した。
「……なに? 時間を与えてもらえるのが不満?」
「いや。それ自体は確かにありがたいんだけどな」
「ああ。けど場合によるね。……俺たちは後でいい。おチビ、先に言え」
「はい。主催者に問います。あなたの両隣にいる男女は“ヴェーザー”に“ラッテン”だと聞きました。そして日向さんが倒したという陶器の怪物が“シュトロム”だと。ならあなたの名は……“
「ペストだと!?」
ジンの発言に一同の表情が驚愕に染まり、一斉に斑の少女を見る。
しかし無理もないだろう。
──“黒死病”とは、十四世紀から始まる寒冷期に大流行した、人類史上最悪の疫病である。
この病は敗血症を引き起こし、全身に黒い斑点が浮かび上がって死亡する。
グリム童話の“ハーメルンの笛吹き”に現れる道化が斑模様であったこと。
そして黒死病が大流行した原因である、ネズミを操る道化であったこと。
この2点から、一三〇人の子供たちは黒死病で亡くなったという考察が存在するのだ。
「その通り。だから君のギフトネームは、“
「それで? 回答は魔王様?」
「……ええ。正解よ」
涼やかな微笑で斑の少女──ペストは頷いた。
「お見事、名前も知らないそこのあなた。よろしければ、コミュニティと名前を聞いても?」
「……“ノーネーム”のジン=ラッセルです」
「そっ。覚えておくわ。……だけど確認を取るのが一手遅かったわね。私たちはゲーム再開の日取りを左右できると言質を取っているわ。もちろん、参加者の一部にはすでに病原菌を潜伏させている。ロックイーターのような無機生物や悪魔でもない限り発症する、呪いそのものを」
「っ……!?」
最悪の事実だった。
彼女の撒いた呪いが黒死病と酷似するのであれば、発症するまで最短で2日。
1ヶ月もあれば、力の無い種は死滅してしまうだろう。
日向たちは今、戦わずして負けようとしているのだ。
「ジャ、ジャッジマスターに提言します! 彼らは意図的にゲームの説明を伏せていた疑いがあります! もう一度審議を、」
「いけませんサンドラ様! ゲーム中断前に病原菌を潜伏させていたとしても、その説明責任を主催者側が負うことはありません! また彼らに有利な条件を押し付けられるだけです……!」
ぐっと言葉を堪えるサンドラ。
彼女の悔しそうな姿を涼やかな眼差しで見つめながら、ペストはこの場にいる参加者へ問う。
「ここにいる人たちが、参加者側の主力と考えていいのかしら?」
「…………」
「マスター。それで正しいと思うぜ」
黙り込む参加者に代わり、ヴェーザーが答える。
「なら提案しやすいわ。──ねえ皆さん。ここにいるメンバーと白夜叉。それらが“グリムグリモワール・ハーメルン”の傘下に下るなら、他のコミュニティは見逃してもいいわよ?」
「なっ、」
「私、あなたたちのことが気に入ったわ。サンドラは可愛いし。ジンは頭いいし。それに……不思議なギフトを持っている人もいるみたいだし?」
そう言いながら、不意にペストは日向を見つめて微笑んだ。
日向は何も言わず、その瞳を見つめ返している。
「私が捕まえた紅いドレスの子もいい感じですよマスター♪」
ラッテンが愛嬌たっぷりに言うと、“ノーネーム”のメンバーの顔が強ばった。
「ならその子も加えて、ゲームは手打ち。参加者全員の命と引き換えなら安いものでしょ?」
薄い笑みを浮かべ、愛らしく小首を傾げるペスト。
しかしその笑顔の裏にあるのは真逆の意。
戦慄するような、幼くも美しい笑みに戸惑う一同。
しかし日向と十六夜、ジンの三人だけは、冷静に状況を分析していた。
ジンは機を伺っていたように、真剣な面持ちで問いかける。
「……これは白夜叉様からの情報ですが。あなたたち“グリムグリモワール・ハーメルン”はもしや、新興のコミュニティなのでしょうか?」
「答える義務はないわ」
即答だった。
しかしそれが逆に不自然さを浮き彫りにする。
日向はすぐさまその隙を見抜いて畳み掛けた。
「へえ、なるほど、新興のコミュニティか。だから優秀な人材集めにあれほど貪欲だったんだな」
「……」
「おいおい、このタイミングでその沈黙は是と取るぜ? いいのか魔王様?」
切り口を見つけ、挑発的に笑う十六夜。
ペストはそれまでの笑みを消し、眉をしかめて彼らを睨んだ。
「……だからなに? 私たちが譲る理由は無いわ」
「いいえあります。だってあなたたちは、僕らを手に入れたいと思っているはずですから。もし1ヶ月も放置されたら、きっと僕たち皆死んじゃいます。……だよねサンドラ」
「え? あ、うん」
突然話を振られ、サンドラは地で返事をする。
慌てて正そうとするも、ジンは待たずにまくし立てた。
「そう。死んでしまえば手に入らない。だからあなたはこのタイミングで交渉を仕掛けた。実際に30日が過ぎて、その中で失われる優秀な人材を惜しんだんだ」
キッパリと断言する。
今回に限ってだが、ジンはこの解答に絶対の自信があった。
しかしペストは、それでも憮然と言い返す。
「もう一度言うけど。
「では発症したものを殺す」
ギョッと全員がマンドラへ振り向いた。
その瞳は真剣そのものだ。
「例外は無い。たとえサンドラだろうと“箱庭の貴族”だろうと……無論、私であろうと殺す。フロアマスターである“サラマンドラ”の同士に、魔王へ投降する脆弱な者はおらん」
一同は絶句する。
仮にブラフだとしても、明らかに過激すぎる宣言だ。
しかし日向と十六夜は、ここでマンドラの発言に活路を見いだす。
日向は黒ウサギへ問いかけた。
「なあ黒ウサギ。ルールの改変はまだ可能か?」
「へ? ……あ、YES!」
ピン! とウサ耳を伸ばす黒ウサギ。
その言葉に頷き、十六夜は交渉を続ける。
「よし。なら交渉しようぜ“黒死斑の魔王”。俺たちはルールに“自決・同士討ちを禁ずる”と付け加える。だから再開を3日後にしろ」
「却下。2週間後よ」
十六夜が提案するも、即断を下された。
しかし2週間は長い。
理想的な期間は、ゲームの謎解きも含めて1週間以内。
他に交渉材料は無いものかと日向は辺りを見回して……そこで黒ウサギと目が合った。
「今のゲームだと、黒ウサギの扱いはどうなってるんだ?」
「黒ウサギは大祭の参加者ではありましたが、審判の最中だったので15日間はゲームに参加できないことになっています。……主催者側の許可があれば別ですが」
頷き、日向は再び交渉へ乗り出す。
「ならこうしよう。黒ウサギは参加者じゃないから、ゲームで手に入れることは出来ない。けど、参加者にすれば手に入る……というのはどうだ?」
「………10日。これ以上は譲れないわ」
「ちょ、ちょっとマスター!? “箱庭の貴族”に参戦許可を与えては……!」
「だって欲しいもの。ウサギさん」
焦るラッテンに素っ気ない一言で答えるペスト。
しかしまだだ。
あと少し、あと少しで五分にまで持っていける。
だがこれ以上他に交渉するモノが見当たらない。
全員が最速で思考を巡らせる中──ジンは意を決して切り出した。
「ゲームに……期限を設けます」
「なんですって?」
「再開は1週間後。ゲーム終了は……
ゴクリ、と黒ウサギやサンドラたちの息を呑む音が室内に響く。
「……本気? 主催者側の総取りを覚悟するというの?」
「はい。1週間は死者が現れないギリギリのラインです。今後現れるであろう症状やパニックを想定した場合、精神的にも体力的にも耐えられるであろう限界。そして、
「────……、」
ペストは口元に手を当てて思案する。
これは確かに両者にとって得となる申し出だ。
今後の準備や謎解きの時間が欲しい参加者側。
優秀な人材たちを無傷で手に入れたい主催者側。
1週間+1日というタイムリミットは、まさに理想的な期限──では……あるのだが。
(……気に入らないわ)
ペストは不服だった。
一見合理的に話が進んでいるようで、実際は何もかもが参加者側の目論見通りになっている。
確かに彼女は若輩だ。
魔王を名乗れはするものの、同時にルーキーである点は否めない。
思うようにゲームメイクが出来ないのも、ある種仕方が無いことではあるのだ。
しかし、彼女が何よりも気に入らないことは、
「……ねえ、ジン。もしも1週間生き残れたとして、あなたは──いえ、
「勝てます」
脊髄反射で答えるジン。
彼自身、考えて答えた訳ではないので内心肝が冷えている。
しかしそれでも、同士の勝利だけは決して疑っていなかった。
「………………そう。よく分かったわ」
ペストは不機嫌な顔を一転させ、ニッコリと笑う。
そしてそんな花咲いたかのような、愛らしい笑顔で、
「宣言するわ。あなたたちは必ず──私のオモチャにすると」
その瞳には、壮絶な怒りの色が宿っていた。
途端に黒く染まった風が室内を吹きぬけ、参加者たちの眼前から彼女──“黒死斑の魔王”は配下と共に姿を消す。
後に残されたのは、1枚の黒い“
***
『ギフトゲーム名“The PIED PIPER
of HAMELIN”
プレイヤー一覧
・現時点で三九九九九九九外門・
四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の
舞台区画に存在している参加者
及び主催者の全コミュニティ。
(“箱庭の貴族”を含む)
・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター
・太陽の運行者・星霊 白夜叉
(現在非参戦の為、中断時の接触禁止)
・プレイヤー側・禁止事項
・自決及び同士討ちによる討ち死に。
・休止期間中にゲームテリトリー
(舞台区画)からの脱出を禁ず。
・休止期間の自由行動範囲は、
本祭本陣営より500m四方に限る。
・ホストマスター側 勝利条件
・全プレイヤーの屈服・及び殺害。
・8日後の時間制限を迎えると
無条件勝利。
・プレイヤー側 勝利条件
一、ゲームマスターを打倒。
二、偽りの伝承を砕き、
真実の伝承を掲げよ。
・休止期間
・1週間を、相互不可侵の時間として
設ける。
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホスト
マスターの名の下、ギフトゲームを
開催します。
“グリムグリモワール・
ハーメルン”印』
***
──境界壁・舞台区画・暁の麓。
──美術品・出展会場。
すでに無人となった境界壁の展示場。
ペストたちはそこに本陣を敷いていた。
幕間の退屈を慰めるには、様々な美術品が置かれたこの場所は最適であると考えたからだ。
ラッテンは白装束の尾ひれを揺らしつつ、嬉々としてペストに話しかける。
「ねえねえマスター! これからの1週間、どんな風に過ごしますー?」
「別に。特に予定はないわ」
ハイテンションなラッテンと、対照的に冷め切った声で答えるペスト。
そこでヴェーザーが、ふと思い出したように問いかけた。
「おいラッテン。そういや結局“ラッテンフェンガー”の偽物は見つかったのか?」
「あー全然。ネズミ共は何か見つけたみたいだったけど、取り逃がしたみたい。まあゲームに参加してるっぽいし? 8日後には全部分かるわよ」
互いに肩を竦ませる2人。
その後揃って美術品を物色しながら大空洞を回っていると、不意にペストが小首を傾げて呟いた。
「……あら? 中心にあった鉄人形は?」
何となしに言った言葉。
しかしラッテンとヴェーザーは、瞳を丸くして起こった事実に驚愕する。
「う、嘘……!? あんな巨大な鉄人形がパッと消えるはずないわ!」
「違う! 問題はそこじゃねえ! あの鉄人形を造ったのは確か──!!!」
コミュニティ・“
グリム童話の“ハーメルンの笛吹き”を暗喩する何者かが造った巨躯の鉄人が、一切の痕跡を残さずまるで煙のように消え失せていた。
困惑する2人の元へ、追い打ちをかけるように複数のネズミが駆け寄ってくる。
「は、はあ!? あの紅いドレスの子も消えたぁっ!? 何やってんのよこの無能共ッ!!」
「詮索は後だ! ラッテン、ネズミ共に探させろ! まだそれほど遠くには行ってないはずだ! 」
「分かってるわよ! ああ、マスター! 不埒者は直ちに成敗しますゆえ、少々お暇を──」
「放っておきなさい。面倒くさいし、今日はもう疲れたわ」
ふぁ、と小さな欠伸をひとつ。
そのままテーブルクロスに横たわって眠る姿勢を取るペスト。
勢いを挫かれて呆然となるラッテンとヴェーザーに、彼女はゾッとするような薄い笑みで、
「好きに泳がせなさい。邪魔者も偽物も──8日後に纏めて殺せばいいわ」
それだけでしょ? ──と。
“黒死斑の魔王”は、悠然と微笑みを浮かべるのだった。
***
暗い意識の中、幼い声が聞こえてきた。
「あすかっ、あすかっ…!」
ぴちょり、と滴が頬に落ちる。
そこで目を覚ますと、とんがり帽子の小さな精霊が必死に飛鳥の身体を揺すっていた。
「ひ、ぃっく……! あ、あすか……あすかぁ……!」
「……大丈夫よ。だから泣かないで」
「──! あすかっ!」
しゃくりを上げていたとんがり帽子の精霊は、すぐさま飛鳥の顔へしがみつく。
よっぽど心配だったのだろう。
その顔は大粒の涙で濡れてくしゃくしゃになっていた。
「あなたが無事で良かった……咄嗟に服の中へ詰め込んだけれど、ほら。私の胸って黒ウサギほど大きくないから」
らしくない自虐的な冗談を言ってしまうのは、彼女自身気が滅入っている証拠なのだろう。
それでもやがて意識がしっかりし始めると、飛鳥は上体を起こして周囲を見回す。
境界壁の空洞なのか、展示場と似た材質の壁に囲まれているのを理解して、彼女は妙だと首を傾げた。
「私は、確か……そうよ、あの女に蹴り飛ばされて!」
ガバッ! と盛大に立ち上がる飛鳥。
それにちょっぴり驚くとんがり帽子の幼い精霊。
その後精霊を摘まんで肩に乗っけた飛鳥は、出口を探して空洞内の散策を始めた。
人工的な場所なのか、所々に明かりとなる松明が飾られている。
念のためにそれらのひとつを手に取った飛鳥は、慎重に洞穴の中を進んでいき、やがて天井高くまであるような巨大な門の前まで辿り着いた。
「こんな場所に門……? それにこの紋章、確かどこかで見たような……」
門の全体には、旗印と思わしき文様が刻み込まれている。
光の差さないこの地下道で、これほど巨大な門に旗印の細工を施す巧緻な技術。
覚えがあるとするなら展示会場だ。
「……あすか」
とんがり帽子の精霊が、静かに飛鳥の名前を呼んだ。
そして、巨大な門の中心を指差す。
そこには1枚の羊皮紙が貼られていた。
***
『ギフトゲーム名“奇跡の担い手”
・プレイヤー一覧 久遠 飛鳥
・クリア条件
・敗北条件
プレイヤー側が上記のクリア条件を
満たせなくなった場合。
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、
“ ”はギフトゲームに
参加します。
“ラッテンフェンガー”印』
***
「これ……“
「あすか」
とんがり帽子の精霊は飛鳥の肩から飛び降りると、手頃な岩壁の突起に立つ。
幼い精霊は寂しそうな、切なそうな、でも少しだけ嬉しそうな、そんな瞳で飛鳥を見て──
「わたしから、あなたにおくりもの。どうかうけとってほしい。そして偽りの童話──“ラッテンフェンガー”に終止符を」
声は目の前の精霊ではなく、四方八方から聞こえてきた。
洞穴の虚空から、岩肌の中から。
その時、飛鳥はこの小さな精霊が何者であるのかを思い出し、そして同時に直感した。
ここに──彼女の仲間たちがいたのだと。
「“群体精霊”。あなたたちは、大地の精霊か何かなの?」
「はい。私たちはハーメルンで犠牲になった一三〇人の
──“ウィル・オ・ウィスプ”のアーシャのように、天災や天変地異で亡くなった魂は、時にその魂の形骸を肥やしとして新たな超常存在へと昇華する。
人の身から精霊へ。
転生という新たな生を経て、霊格と功績を手にした精霊群。
それが彼ら“群体精霊”の正体である。
「……私を、試していたの?」
「いいえ。この子とあなたの出会いは偶然であり、私たちにとっての最後の奇跡。そこに群体としての意識的介入はありません」
幼い精霊が飛鳥に惹かれたのは、故意ではなく。
彼女は、運命的にあなたに惹かれたのだと群体は語る。
「あなたには全てを語りましょう。1284年6月26日にあった真実を。そして偽りのハーメルンの正体を」
「そして捧げましょう。我々が造り上げた最高傑作。星海龍王より授かりし鉱石で鍛え上げた、最後の
「最早叶わぬ願いと思っておりました。しかし一三一人目の同士が、あなたをここに連れてきた」
「“奇跡の担い手”と成りうるあなたを。幾星霜の旅路は、決して無駄ではなかった……!」
巨大な門が音を立てて開く。
ヒラリヒラリと舞った“契約書類”は、そっと飛鳥の手に落ちた。
「決断はあなたに委ねましょう。我々のギフトゲームを……受けてくれますか?」
「……」
飛鳥は書類に視線を落とす。
そこにはまだ、彼女のコミュニティのサインがない。
ギフトゲームを受けるか否かの選択を、彼女自身に示して欲しかったのだろう。
飛鳥は書面を一通り確認し、スッと顔を上げる。
「ひとつだけ確認するわ。あなたたちの造ったギフトがあれば……奴らに勝てる?」
「あなたが使えば」
「あなたが従えれば」
「あなたが担うのなら」
「「「必ずや、あなたを勝利させましょう」」」
群体の声が空洞内に反響する。
ならば断る理由はない。
飛鳥は頷き、“契約書類”に筆を走らせてサインした。
「“ノーネーム”在籍、久遠飛鳥。あなたたちの挑戦、心して受けましょう」
光り始めた書類は門の中へと飛んでいき、
道標に従い、門の奥へと進む飛鳥。
するとドーム状に開けた大地の中心に、身の丈三十尺はあろうかという紅い鋼の巨人が佇んでいた。
「これは……展示会場にあった?」
紅と金の華美な装飾に加え、太陽の光をモチーフにしたと思われる抽象画を装甲に描くその姿は、例えようもなくド派手だ。
加えて人間の倍はあろうかという巨大な拳と足。
寸胴な頭と体。
唖然と見上げる飛鳥に、群体の声が響く。
「決戦までの7日間。それまでに彼──“ディーン”を服従させること」
「それがこのギフトゲーム。あなたの“威光”で、鋼の魂に灯火を」
刹那、
鳴動する鋼は地響きを立てて、不気味なひとつ目を輝かせる。
紅い巨人は、天地を震撼させるような産声を上げた。
「───DEEEEEEeeeEEEEEEN!!!」
伽藍洞の身体をしならせ、紅き鋼の巨人『ディーン』が
死の病にも倒れない、永久駆動の魔神が立ち上がる。
対魔王に向けて、飛鳥の