第1話 ようこそ、箱庭の世界へ!
「きゃ!」
「わっ!」
「ハーハッハッハぐぼぁッ!?」
待望していた世界との邂逅に思わず我を忘れて高笑いしていた日向は、案の定なんの備えも出来ないまま、上空4000mの落下を経て下方の湖にダイブした。
冷たい水の中で文字通り頭を冷やした日向は、水中でブクブクと泡を立てながら考える。
(……どうやら、俺以外にも何人か呼び出されていたみたいだな。それにしても、落下してきた高度と衝撃の度合いが比例してないのはどうしてだ?)
冷静に状況を分析するが、とにかくこのままでは息が保たないと思い、急いで水面まで浮上する。
「──ぷはぁっ! はぁ、はぁ、ゲホッ、ゴホッ! ……あー、マジで死ぬかと思った」
呼吸を整えたところで、不意に落ちてきた空を見上げてみる。
じっと目を凝らしてみれば、なにやら薄い水膜のようなものが幾重にも展開されていた。
恐らくあの水膜が緩衝材の役割を果たしたお陰で、落下のスピードが緩和されたのだろう。
まか不思議な技術に好奇心をくすぐられるが、そこでつんざくような絶叫が耳朶を叩いた。
「ニャ、ニャア! フンニャアアアァァァ!?」
声のした方を見てみれば、そこにはどうやら三毛猫と思わしき小動物が、バタバタと湖面でもがきながら溺れていた。
犬掻きならぬ猫掻きで必死に泳ごうとはしているが、このままでは逆に三途の川を渡り切りそうだ。
たまたまそばで浮かんでいた日向は三毛猫の元まで泳いでいくと、ヒョイと水中から抱き上げた。
「よっと。大丈夫か?」
『ゲホッ、ゲホッ! じ、じぬがどおぼた……! 助けてくれておおきに!』
「はは、どういたしまして」
種族の壁で言葉は理解出来ないが、何となく感謝している様子で「ニャーニャー」と鳴いている三毛猫に、日向も朗らかな笑顔で応じる。
ややあって、そんな彼らの元に慌てた様子で一人の少女が泳いできた。
「三毛猫! 大丈夫!?」
心配そうに三毛猫の安否を気遣う少女。
年端のほどは十四といったところだろうか。
可憐な顔立ちと、短い亜麻色の髪が印象的な少女だ。
日向は目に見えて不安の色を浮かべる彼女に、安心させるような柔らかな口調で説明した。
「ああ。少し水を飲んでるけど、心配はいらないと思うよ。君がこの子の飼い主か?」
「えっと、はい。三毛猫は私の友達……です」
「そっか。なら友達が無事で良かったな。ひとまずはこのままあそこの岸まで泳ごう。友達は俺が連れていくよ」
「う、うん」
少々戸惑いながらも少女が頷いたことを確認して、日向は三毛猫を頭に乗せた。
「そんなわけだから、少しそこでくつろいでいてくれ」
「にゃー」
わかったと告げるように頭上で一鳴きする三毛猫。
その後、日向たちは目的の岸辺に到着する。
無事に上陸したところで、日向は頭から三毛猫を下ろして手渡した。
「それじゃ、後は君に任せるよ。風邪を引かないように早めに乾かしてあげてな」
「うん。……三毛猫を助けてくれて、本当にどうもありがとう」
『アンタええ人やなあ。この恩は忘れんわ』
「気にしなくていいさ。困った時はお互い様だ」
ペコリと三毛猫を抱えながら頭を下げる少女に、日向も朗らかに笑って答える。
そうして一息吐いたところで、日向は自分たちよりも先に上がっていた二人の人物に目を向けてみた。
一人は気品の中にもどこか気の強そうな雰囲気を漂わせる令嬢然とした少女で、艶やかな長い黒髪を水滴で綺羅と光らせている。
もう一人は頭に炎のシルエットが描かれたヘッドホンを着けた金髪学ランの少年で、これまた全身をビッショリと水で濡らしていた。
彼らは濡れた服を絞りながら、自分たちの扱いに対して盛大に苦言を呈している。
「招待者は一体何を考えているの!? まさか問答無用に引きずり込んだ挙げ句、空に投げ出すなんて!」
「激しく同意だぜクソッタレ。こんなもんあの水膜を少しでも逸れてたら速攻でゲームセットじゃねえか。これなら石の中に呼び出された方がまだ親切ってもんだ」
「……いえ、石の中に呼び出されては動けないでしょう?」
そこで思わず待ったをかける黒髪の少女。
確かに常識と照らし合わせれば、石の中に呼び出されるなどそれこそ絶対絶命だろう。
「いや、俺は問題ない」
「うん。まあそれなら俺も大丈夫だな」
そんな彼女の至極当たり前の指摘に対し、さも当然とばかりに答える少年。
それを日向も肯定する。
少女は驚いたように目を丸くさせ、次いで呆れたように息を吐いた。
「そう。随分と丈夫な身体をお持ちなのね」
そう言って少女は濡れた髪を掻き上げる。
するとそれまで三毛猫を乾かしていた少女が、コテンと小首を傾げて呟いた。
「ここ……一体どこなんだろう?」
その疑問に、金髪の少年が応答する。
「さあな。まあ落ちてくる途中に世界の果てみたいなものが見えたし、どこぞの大亀の背中じゃねえか?」
「なるほどな。それなら、他にも三頭の象とかがいたりしてな」
「……へえ?」
ピクリ、と金髪の少年が反応する。
まさか切り返しが来るとは思わなかった。
碧眼の双眸を細め、興味深そうに日向の姿を一瞥する。
すると他の二人にも関心が沸いたのだろう。
この場にいる全員の顔を順次見回し、
「わざわざ尋ねるまでも無いと思うが、一応確認までに聞いとくぞ。ひょっとしてお前たちにも変な手紙が?」
「ええ。その予想で正解だけど、まずはその“オマエ”って呼び方を訂正して。──私は久遠飛鳥よ。以降は気をつけて。それで、そこの猫を抱いているあなたと、その隣の黒髪のあなたは?」
「……春日部耀。以下同文」
「天道日向。日向でいいぞ」
「そう。よろしく春日部さん、それに日向君。最後に、野蛮で凶暴そうなそこのあなたは?」
黒髪の少女──もとい久遠飛鳥は、次に金髪の少年に問いかけた。
その明らかに失礼な物言いを意にも介さず、少年は軽薄そうな笑みで答える。
「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子揃ったダメ人間なので、用法と用量を守った上で適切な対処で接してくれよお嬢様?」
「そう。取り扱い説明書をくれたら考えあげるわ、十六夜君」
「ハハッ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」
そう言って心からケラケラと笑う逆廻十六夜。
傲慢そうに顔を背ける久遠飛鳥。
我関せず無関心を装う春日部耀。
賑やかになりそうだと朗らかに笑う天道日向。
そんな彼らを物陰から伺う黒ウサギは思う。
(う、うわぁ……なんだか問題児ばっかりみたいですねぇ)
自分たちで召喚しておいてアレだが……彼らが協力する姿は、客観的にも想像出来そうにない。
黒ウサギは沈鬱そうに重くため息を吐くのだった。
***
「……で? 呼び出されたはいいけど何で誰もいねえんだよ。こういう場合テンプレだと、招待状に書かれてた箱庭とかいうものを説明する奴が出て来るもんじゃねえのか?」
ケッ、と苛立たしげに吐き捨てる十六夜。
飛鳥も優雅に腕を組んで同意する。
「そうね。なんの説明もないままでは動きようがないもの」
「……この状況に対して落ち着き過ぎているのもどうかと思うけど」
(まったくです)
ぽつりと述べた耀の台詞に、こっそりとツッコミを入れる黒ウサギ。
もっとパニックになってくれれば飛び出しやすいのだが、場が落ち着き過ぎているせいでどうにもタイミングが計りずらいのだ。
「そうだな。ならいっそ盛大に慌てふためいて、この辺一帯を消し飛ばしてみるか?」
(な、なんですとっ!?)
日向の物騒な発言に、思わずシャキン! とウサ耳を逆立てる黒ウサギ。
「ヤハハ! オイオイなんだよそれ、ちょっと面白そうじゃねぇか!」
「そうね。私もそろそろ我慢の限界が来ていたところよ。鬱憤を解消するには丁度いいかもしれないわ」
「……確かに」
次から次へと日向の提案に賛同の姿勢を見せる三人。
黒ウサギは慌ててあわわと狼狽え出す。
(い、いやいやいや! ちょっと何てことを気軽にのたまっていらっしゃるのですかこの問題児様方は! というかあれ!? それでは黒ウサギもピンチなのですよ!?)
冗談ではないと内心で悲鳴を上げた黒ウサギは、意を決して姿を見せようと試みる。
が、直後に放たれた日向の言葉に、その動きをピタリと静止した。
「ま、そういう冗談は置いとくとしてだ。そろそろ、
(バ、バレてたー!?)
ピコーン! と仰天したようにウサ耳を伸ばす黒ウサギ。
そんな彼女の動揺を尻目に、他の三人も矢継ぎ早に続く。
「なんだ、日向君も気づいていたの?」
「まあな。というか十六夜もだろ?」
「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ? そっちの猫を抱いてる奴も気づいてたみたいだしな」
「風上に立たれたら嫌でもわかる」
「……へえ? 面白いなお前」
軽薄に笑うも、十六夜の目は笑っていない。
彼らは理不尽な招集を受けた腹いせに、殺気を込めた冷ややかな視線をとある方向に向ける。
その視線の先では、茂みからぴょっこりと青いウサ耳が飛び出していた。
この時、四人の内心が一致していたことは言うまでもない。
((((頭隠してウサ耳隠さず……))))
何ともお粗末なウサギである。
そんな日向たちの呆れの一方でビクゥッ! と震えた黒ウサギは、慌てて爽やかな笑顔を取り繕いつつ、ひょこっと草むらから現れた。
「ア、アハハ。いやですよう御四人様。そんな狼みたいに恐い顔で見られると、黒ウサギは死んじゃいますよ? ええ、ええ、古来より孤独と狼はウサギの天敵でございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じて、ここはひとつ穏便に御話を聞いていただけたら嬉しいのでございますヨ?」
そんな彼女に対する日向たちの返答は、以下の通りだった。
「断る」
「却下」
「お断りします」
「聞くだけ聞こう」
「あっは、取りつくシマもないですね♪ って最後の人だけちょっぴり優しい!?」
バンザーイ、と降参のポーズをとり、続いてウサ耳を逆立てて驚く黒ウサギ。
しかしその目は冷静に彼らを値踏みしていた。
(最初の御三方は肝っ玉に関しては及第点です。この状況でNOと言える勝ち気は買いですね。まあ、扱いにくいのは難点ですけども。最後の御方に関しては……うう。ありがとうございます)
黒ウサギはおどけつつも、日向たちにどう接するべきかを少し感動しながら考えている──と、不意に耀が不思議そうに黒ウサギの隣に立ち、彼女の青いウサ耳を根元から鷲掴むと、
「えい」
「フギャッ!」
思いっきり引っ張った。
「ちょ、ちょっとお待ちを! 触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵耳を引き抜きにかかるとはどういう了見ですか!?」
「好奇心の成せる
「自由にもほどがあります!」
「へえ? このウサ耳って本物なのか?」
興味を引かれた十六夜が、右から掴んで同じように引っ張る。
「……じゃあ私も」
「それじゃあ俺も」
そこに若干そわそわとした飛鳥が加わり、続いて日向も便乗した。
「ちょ、ちょっと待──!」
結局、左右から無遠慮にウサ耳を引っ張られた黒ウサギは声にならない悲鳴を上げ、その絶叫は近隣に木霊したのだった。
──ちなみに、最後に手を伸ばしてきた日向にビクビクと怯える黒ウサギだったが、思いのほか優しく撫でてもらうだけだったので、思わず涙ぐんでいたのは余談である。
***
──一時間後、黒ウサギは涙を流して泣いていた。
「うう……しくしく、しくしく」
「36?」
「かけ算じゃありませんよ! 落ち込んでいるのです!」
「悪い悪い。それで? 何をそこまで悲しんでるんだ?」
「この状況に決まってますよぅ。日向さん以外誰も話を聞いてくれないですし……」
現在、日向以外の三人はそれぞれが実に思い思いに過ごしていた。
十六夜は湖畔の岩場で寝転がり、
飛鳥は指先で自分の髪をクルクルと弄り、
耀は三毛猫とじゃれている。
実に三者三様の有り様である。
「あ、あの~……皆さん? そろそろ本気で黒ウサギの話を聞いていただきたいのですが」
「「「嫌だ」」」
「うわーん! 日向さーん!」
「よしよし。元気出そうな黒ウサギ。試しに俺からも頼んでみるから」
日向の胸でしゃくりを上げる黒ウサギは、うるうると瞳を潤ませながらも首を振る。
「ぐす。お気持ちは嬉しいのですが、この方々には普通に頼み込む──」
「皆、そろそろ黒ウサギの話を聞かないか?」
「チッ、しょうがねえな」
「まったく、仕方ないわね」
「はあ、気は進まないけど」
「──だけでは、ってなぜっ!?」
急に態度を一変させた三人に思わずツッコム黒ウサギ。
「お、おかしいのです! 差別です! なんで日向さんの時だけアッサリ承諾するんですか!?」
「まあまあ」
「いいからさっさと進めろ」
酷い扱いの落差に憤然と抗議する黒ウサギだが、日向からの宥めと十六夜からのまくし立てにしぶしぶにながらも引き下がる。
経緯はどうあれせようやく訪れた説明のチャンス、ここを逃せばまた数時間にも及ぶ説得劇を敢行する羽目になりかねない。
黒ウサギは気を取り直して咳払いをすると、大きく両手を広げて宣言した。
「おっほん! それでは、心の準備はよろしいですか御四人様? 定例文で言いますよ? 言いますよ? さあ、言います! ようこそ、我らが“箱庭の世界”へ! 我々は御四人様にギフトを与えられた者だけが参加出来るゲーム──通称“ギフトゲーム”への参加資格をプレゼントさせて頂こうかと思い召喚いたしました!」
黒ウサギの説明に、まずは耀が小首を傾げて尋ねる。
「ぎふとげーむ?」
「そうです! すでにお気づきでしょうが、御四人様は皆、普通の人間ではございません! その特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます! “ギフトゲーム”はその“恩恵”を用いて競い合うためのゲーム。そしてこの箱庭の世界は、強力な力を持つギフト保持者たちがオモシロオカシク生活するために作られたステージなのでございますよ!」
両手を広げて箱庭をアピールする黒ウサギに、今度は飛鳥が挙手して問う。
「まず、初歩的な質問からしていいかしら? あなたの言う“我々”とは、あなたを含めた誰かなの?」
「YES! 異世界から呼び出されたギフト保持者は、箱庭で生活するにあたって数多とある“コミュニティ”のいずれかに必ず属していただきます♪」
「嫌だね」
「属していただきますっ! そして“ギフトゲーム”の勝者はゲームの“
順を追ってこの世界の説明をしていく黒ウサギに、続いて日向が疑問を投じる。
「“主催者”というのは誰のことなんだ?」
「様々ですね。暇を持て余した修羅神仏が人を試すための試練と称して開催するようなゲームもあれば、コミュニティの力を誇示するために独自開催するグループもございます。特徴として前者は自由参加が多いですが、“主催者”が修羅神仏なだけあって凶悪かつ難解な物が多く、命の危険もあるでしょう。しかし見返りは大きいです。“主催者”次第ですが、新たな“
「後者はずいぶん俗物ね……チップには何を?」
「それも様々ですね。金品・土地・名誉・権利・人間……そしてギフトを賭けることも可能です! 新たな才能を他者から奪えばより高度なギフトゲームに挑むことも可能でしょう。ただし、ギフトを賭けた戦いに負ければ当然──ご自身の才能も失われるのであしからず」
黒ウサギは愛嬌たっぷりの笑顔に黒い影を仄めかせる。
挑発とも取れるその発言に、同じく飛鳥は挑発的な声音で問う。
「なら、最後にもう一つだけ質問させてもらっていいかしら?」
「どうぞどうぞ♪」
「ゲームそのものはどうすれば始められるの?」
「コミュニティ同士のゲームを除けば、それぞれの期日内に登録していただければOKです! 商店街でも商店が小規模のゲームを開催しているので、よろしければ参加していってくださいな♪」
飛鳥はピクリと眉を上げる。
「……つまり“ギフトゲーム”とはこの世界の法そのもの、と考えてもいいのかしら?」
お? とウサ耳を反応させて驚く黒ウサギ。
「ほほう? 中々鋭いですね。しかしそれは八割正解の、二割間違いです。我々の世界でも強盗や窃盗は禁止ですし、金品による物々交換も存在します。ギフトを用いた犯罪などもってのほか! そんな不逞な輩はことごとく処罰します。が、しかし! “ギフトゲーム”の本質は全くの逆! 一方の勝者だけが全てを手にするシステムです。店頭に置かれている商品も、店側が提示したゲームをクリアすればタダで手に入れることも可能だということですね」
「そう。中々野蛮ね」
「ごもっとも。しかし“主催者”は全て自己責任でゲームを開催しております。つまり奪われるのが嫌な腰ぬけは、初めからゲームに参加しなければいいだけの話なのでございます」
黒ウサギはあら方の説明を終えたのか、そこで一端会話を区切る。
「さてさて。皆さんの召喚を依頼した黒ウサギには、箱庭世界における全ての質問に答える義務がございます。が、それら全てを語るには少々お時間がかかるでしょう。新たな同士候補である皆さんをいつまでも野外に放り出しておくのは忍びないですし。ここから先は我らのコミュニティでお話させていただきたいのですが……よろしいです?」
「待てよ。まだ俺が質問していないだろ」
するとそれまで静聴していた十六夜が、威圧的な声と共に立ち上がる。
ずっと刻まれていた軽薄な笑みが消えていることに気づいた黒ウサギは、身構えるように聞き返した。
「……どういった質問です? ルールですか? ゲームそのものですか?」
「そんなものは
十六夜は黒ウサギから視線を外し、巨大な天幕によって覆われた都市を見つめる。
そして、何もかも見下すような声音で一言、
「この世界は……
ただ一言、そう問うた。
その質問に、日向たちも無言で返答を待つ。
彼らを呼んだ手紙には、確かにこう書かれていたのだ。
──“家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い”──
その言葉に見合うだけの催しがあるのかどうかこそ、四人にとっては何よりも重要なことだった。
「──YES。“ギフトゲーム”は人を超えた者たちだけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保証いたします♪」
彼女の答えに十六夜は再び軽薄な笑みを浮かべ──日向もまた、内心で歓喜するのだった。
***
それから更に時を跨ぎ、ちょうど太陽が中天と地平の中頃辺りに差しかかる頃。
箱庭についての説明にひとまずの区切りをつけた日向たちは、黒ウサギの案内を元に一路、俗に“外門”と呼ばれる地点を目指していた。
しばらく街道を歩いていると、やがて道の先に大きな門が見えてくる。
そこで黒ウサギは片手を振り上げると、前方に佇む幼い少年に向かって呼びかけた。
「ジン坊ちゃーん! 新しい方たちを連れてきましたよー!」
ジンと呼ばれた少年は、ブカブカのローブに跳ねた緑色の髪が特徴的な人物だった。
黒ウサギの声に気づいた彼は、居住まいを正しつつ柔和な笑みで彼女たちを迎えた。
「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性御二人が?」
「はいな! こちらの御四人様が──」
クルン、と笑顔で振り向く黒ウサギ。
ガチン、とそのまま固まる黒ウサギ。
「あ、あれれれれ~? 黒ウサギの記憶が確かなら、もう御二人いませんでした? 少し目つきが怖くて、かなり口が悪くて、それはもう“俺問題児!”ってオーラを全身から放っている殿方と、唯一それなりに話を聞いてくれて、黒ウサギの素敵耳を優しく撫でてくださった紳士的な殿方が」
言葉の端々に日向と十六夜に対する評価の差をチラチラと見え隠れさせながら、黒ウサギはこの場に残っている飛鳥と耀に問いかけた。
「ああ、もしかして十六夜君と日向君のこと? 彼らならさっき『ちょっくら今から世界の果てを見てくるぜ!』と言って意気揚々と駆け出して行ったわよ。あっちの方に」
あっちの方に。
そう言って飛鳥が指差したのは、上空から見えた断崖絶壁。
口を開けて呆然となった黒ウサギは、ハッと我に返って問いただす。
「ななな、何で止めてくれなかったんですか!」
「あら、止めたわよ。日向君が」
「ほえ? そうなのですか?」
「うん。凄くキラキラした顔で『イザヨーイ。戻って来ーい』って言いながら追いかけて行った」
「それ明らかに口だけですよね!? 便乗して着いて行く気満々ですよね!? どうして黒ウサギに教えてくれなかったんですか!」
「『頼む! もうこれ以上黒ウサギに迷惑はかけられない! 十六夜は必ず俺が連れ戻すから、二人は黙っていてくれ!』と日向君に頼まれたんだもの」
「え、そんな。まさか日向さんは、本当に黒ウサギのためを思って──」
「あ、それと最後に『ははは! やっぱりごめんな黒ウサギ!』とも言ってた」
「ってやっぱり日向さんも行きたかっただけじゃないですかーっ!!」
ガックシ、と前のめりに膝をつく黒ウサギ。
ほんの数時間前まで新たな人材を心待ちにしていたというのに、いざ蓋を開けてみればコレである。
よりにもよってどうして端から端までこうにも問題児ばかりが揃うのか。
加えて唯一まともかもしれないと日向には期待していただけに、受けるダメージもひとしおだった。
そんなorzとなった黒ウサギの隣で、ジンは顔を蒼白にして叫ぶ。
「た、大変です! “世界の果て”にはギフトゲームのため野放しにされている幻獣が!」
「幻獣?」
「は、はい。ギフトを宿した獣を指す言葉で、中でも“世界の果て”には強力なギフトを所持した者たちが多くいます。万が一にも遭遇すれば最後、生身の人間ではとても適いません!」
「あら、それは残念。ということは、彼らはもうゲームオーバーなのかしら?」
「ゲーム参加前にゲームオーバー? 斬新だね」
「で、ですから! 冗談を口にしている場合では……!」
ジンはあれやこれやと事態の深刻加減を訴えるが、当の二人はさらりと受け流すだけである。
そんなやり取りを横目で見つつ、黒ウサギは盛大にため息を吐いて立ち上がった。
「はあ……ジン坊ちゃん。誠に申し訳ないのですが、御二人様のご案内をお任せてしてもよろしいでしょうか?」
「あ、うん。黒ウサギはどうする?」
「問題児様方を捕まえに参ります。事のついでに──“箱庭の貴族”とまで謳われるこの黒ウサギを馬鹿にしたことを、骨の随まで後悔させて差し上げますッ!!!」
悲しみを払拭した黒ウサギは全身から怒りのオーラを漲らせると、艶のある長い青髪を徐々に淡い緋色へと染めていく。
やがて毛先まで完全に変色させた彼女は空中高くに跳び上がると、外門の脇に置かれた彫像を次々と駆け上がってその柱に水平に取り付き、
「一刻ほどで戻ります! 皆さんはゆっくりと箱庭ライフを御堪能くださいませ!」
淡い緋色の髪を戦慄かせ、足場に亀裂が走るほどの強烈な踏み込みで瞬く間に弾丸のごとく跳び去って行った。
巻き上がる風から長い髪を庇うようにして押さえていた飛鳥は、すでに見えなくなった黒ウサギの背中を見つめて呆れたように呟いた。
「……箱庭の兎は随分と速く跳べるのね。素直に感心するわ」
「兎たちは箱庭の創設者の眷属。その実力は言わずもがな、様々なギフトに加え特殊な権限も持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り心配ないとは思うのですが……」
ジンの心配を余所に、飛鳥は「そう……」と空返事をする。
「なら黒ウサギもご堪能くださいと言っていたし、お言葉に甘えて先に箱庭へ入るとしましょう。エスコートはあなたがしてくださるのかしら?」
「あ、はい。コミュニティのリーダーを務めているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですが、どうぞよろしくお願いします。御二人のお名前は?」
「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱えているのが」
「春日部耀」
ジンが礼儀正しく自己紹介して一礼すると、飛鳥と耀もそれにならって一礼する。
「さ、それじゃあ箱庭に入りましょう。まずはそうね。軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」
飛鳥はジンの手を取ると、胸を躍らせるような笑顔で箱庭の門をくぐるのだった。