9/7の18:37に、前話の話を少し追加させて頂きました。
ご迷惑をおかけして、大変申し訳ございません。
まだご覧になっていない方は、気が向いたらご愛読のほうをよろしくお願い致します。
──境界壁・舞台区画・暁の麓。
──美術品出展会場・主催者側本陣営。
交渉から4日目。
ペスト、ラッテン、ヴェーザーの3人は、その後も展示場の奥の大空洞で過ごしていた。
ラッテンは気に入った美術品を大空洞の中心に集め、うっとりと鑑賞に耽っている。
「ああ、いいわぁ。流石はフロアマスターの誕生祭だけあって、造り手の気合いが違うわねえ。特にこの“ウィル・オ・ウィスプ”製作の燭台! 悪魔の蒼炎をあえて銀の燭台に刻み込む挑戦的姿勢! この見事な職人に“グリムグリモワール・ハーメルン”の旗印を刻ませたい!」
「そりゃ無理だ。それを造ったのはジャック・オー・ランタンだろ? あいつは参加者じゃねえから、ゲームに勝っても俺らの傘下にゃ下らねえ」
ヴェーザーの素っ気ないツッコミに、ラッテンはぶすっと頬を膨らませる。
余談ではあるが、生前のジャックは鍛冶屋を営んでいたらしい。
「あーあー。残念だなー。ジャックも今から巻き込めないの?」
「馬鹿か。ジャックは俺たちと同じ方法で祭典に招かれてんだぞ。書き換えるのは種明かしをするのと同じだろうが」
「それはそうだけど。マスターはどう思いますー?」
「……カボチャは匂いが嫌い」
そこか。
マイペースなマスターに、側近の2人は苦笑した。
ペストは斑模様のワンピースを整え、キャンドルランプの蜻蛉を静かに見つめている。
交渉の席ではあれだけ饒舌だったというのに、普段の彼女は決して自分から口を開こうとしない。
そんな主を気遣ってか、ラッテンはよく彼女へ話しかけていた。
「あれから4日。徐々に感染者が発症し始めているみたいですねえ」
「そうね」
無愛想に返すペスト。
ラッテンはやや拗ねたように唇を尖らせた。
「あーあ。何もかも順調なのに、消えた鉄人形と逃げ出したお嬢さんは見つからないですねー。それにマスターは相手してくれないしぃ。暇だなー暇だなー。せめて“白雪”か“灰かぶり姫”の連中がいれば、傘下に入れた連中を使って面白可笑しいオペラでも演じさせたのにぃ」
「……? “白雪”と“灰かぶり姫”?」
珍しくペストが自発的に問い返す。
ラッテンはパァッと表情を明るくして説明した。
「
「ああ、アレは笑えたな。灰かぶりの奴は陰気だったが、ユーモアのセンスは中々だった」
くつくつと口を押さえて笑う2人。
共有する思い出が無いペストは、不思議そうに小首を傾げるばかりだ。
「……“
「それはもう! 何せ前のマスターの場合は、魔王になった理由からして頭悪かったですよ」
「“俺が魔王になり、怠惰な神々に代わって箱庭を華々しく飾ってやろう!”……って感じの人でな。初めはとんだ外れくじを引かされたもんだと頭を抱えたが………いやいやどうして。最後のその一瞬まで、魔王の名に恥じない散り様だった」
2人の表情から笑みが消える。
幾星霜の彼方、過ぎた日を顧みる彼らの瞳は、少し寂しげなものになった。
「……ああ、そうだマスター。ひとつ、大事な話をしておきます」
「何?」
「あなたは魔王としてギフトゲームを開催しました。今後、多くのコミュニティにその命を狙われることになるでしょう。魔王として戦って戦って、そしてやがて──必ず没します」
「
「……」
ペストは何も言わず、2人の言葉を静聴する。
「この神々の箱庭において、魔王とはそういうシステムだとご理解ください。いかに強大、いかに凶悪、いかに尊大であろうと……いずれ必ず、何者かに滅ぼされる。相手が英雄であるか、神仏であるかは問いません」
「なんつっても、上を見たらきりがねえ。上層は修羅神仏の蠢く魔境。しかし魔王となる以上、上を目指し続けなきゃ生き残れない。俺たちは箱庭の秩序の外に身を置く代償に、いずれ秩序を正す者に“滅ぼされる運命”を背負うのさ。……ま、前のマスターの受け売りだがね」
ヴェーザーは展示品の鉄柵に腰掛け、おどけるように肩を竦める。
「……2人は前のマスターが好きだったのね」
「いい男でしたから。本拠だって、ノイシュヴァンシュタイン城に負けないぐらい豪奢な造りのをポポポーン! と指先ひとつで召喚するような凄い人で──」
と、そこでラッテンは会話を止めた。
不意にそっぽを向いた主人を不思議に思い、彼女の顔を覗き込む。
するとペストは愛らしい顔を、ぷくっと膨らませて拗ねていた。
「……マスター? どうしました? 珍しく仕草が可愛いですよ?」
「そういうあなたは普段通りむかつくわね、ラッテン」
毒を吐いて展示場のベンチに座り、パタパタと足を揺らすペスト。
ラッテンも馬鹿ではない。
拗ねる理由が分からない訳ではないが、今は素直に嬉しかった。
「やーですねえマスター♪ 今の私たちはマスターにゾッコンですよー?」
「ああ。グリムグリモワールの名を担ぐ魔王なんざ、もうあんたを除けば他にいねえだろうしな。……ゆえに、最後まで忠を尽くす。それだけは決して違わねえ」
たとえ、必滅を約束された魔の道であろうと。
その一瞬まで尽くしてみせると契約する。
仄かに揺れる蜻蛉の向こうで。
“
「あの~」
「!?」
ペストたちは驚愕して振り返る。
見れば、展示場の入り口にひとつの人影があった。
咄嗟に前へ出て臨戦態勢を取るラッテンとヴェーザーの背後で、ペストは訝しげに問いかける。
「……あなたは、誰?」
緊張感が高まる中で。
人影は笑い、ハッキリとその言葉を告げたのであった。
「安心して下さい。私は──
***
──境界壁・舞台区画。
──“火龍誕生祭”運営本陣営・隔離部屋個室。
目を覚ますと、見慣れない様の壁が広がっていた。
それが天井だと理解すると、耀は発熱で朦朧とする意識の中で考える。
(私は……そっか。病気で倒れたんだ)
初めて体調に違和感を感じたのは、休戦期間に入ってから2日後のことだった。
それからは日を追うごとに症状が悪化し、ついに5日目の夜に限界が訪れてしまったのだ。
(飛鳥……大丈夫かな)
ふと、大切な友人に思いを馳せる。
自分たちを守るためにたったひとりで戦いへ臨み、敵に捕まってしまった彼女。
魔王側に連れ去られて以降、依然その消息は掴めぬままだ。
無事であると信じたいが、決して楽観視は出来ない状況にある。
(……私、なんにも力になれてない)
己の不甲斐なさを悔やみつつ、寝苦しさを感じた耀はベッドの上で寝返りを打つ。
そこで視界に映った人物に、彼女は瞳を丸くした。
「……日向?」
「ん? ああ、起きたか。具合はどうだ?」
気が付き、日向は朗らかに笑う。
どうやら、耀が眠るベッドの隣で本を読んでいたらしい。
開かれた書籍が何かは分からないが、今回のゲームに役立たせる為のものだろう。
耀は少しだけ上体を起こし、ベッドの背もたれに寄りかかりながら問いかける。
「いつからここに?」
「んー、耀が昨日の晩に倒れてからかな」
つまりは1日中この部屋に居たということだ。
ずっと看病をしていたのか、彼のそばには水の張られた桶が置かれている。
自分の額に乗っている冷たく湿った手拭いに、耀は少しだけ頬を赤らめた。
「でも、隔離部屋なのに勝手に入って大丈夫なの?」
「ちゃんと許可は取ったさ。それに、俺に病原菌は効かないみたいだしな」
今回の病は、正確には病原菌ではなく呪いであると答えるのが正しい。
その効果がギフトの力である以上、日向には通用しないのだ。
相変わらずの無茶苦茶ぶりに、耀は思わず苦笑した。
「ごめんね。こんな大変な時に、私だけ何も出来なくて」
「気にしなくていいさ。今はとにかく、病気を治すことだけに専念していればいい」
「……うん」
日向の言葉に、耀は素直に頷く。
そこで日向は本を閉じて立ち上がると、病室の扉に向かって歩き始めた。
「それじゃ、耀はゆっくり休んでてな。ゲームのクリアは、俺たちに任せとけ」
「うん」
これにも耀は素直に頷く。
しかし最後に、扉から出ようとする日向に向かって声を掛けた。
「日向」
「ん? なんだ?」
日向はドアノブに手を掛けながら、顔だけを振り向かせて応える。
耀は小さく微笑むと、
「看病してくれてありがとう。……頑張って」
感謝と共に声援を贈った。
その言葉に、日向も朗らかな笑顔を浮かべ、
「おう! 任せとけ!」
そう言って扉を閉め、日向は病室を後にした。
日向を見送った後、耀は再びベッドへ潜り込む。
ベッドの中には、ずっと話を伺っていた三毛猫がいた。
『ホンマに大丈夫かなあ、お嬢』
「大丈夫だよきっと。日向たちなら、きっと大丈夫」
『……そやな』
どこか確信を以て言う耀に、三毛猫も首肯する。
「それより、三毛猫は私といて大丈夫なの? 病気がうつるかも」
『何、お嬢が心配することやないよ。生まれからの14年間、ずっと一緒だったんや。お嬢の腕のなかで往生するのも悪くない』
にゃーと鳴いて腕に潜り込む。
熱にうなされながらも耀は三毛猫を抱きしめ、戦いへ赴く同士たちを想いながら、次第に微睡みへ落ちていく。
(皆、頑張って)
父から譲り受けたペンダントを握りしめながら、彼女は眠りに就くのであった。
***
耀の病室を退室した後。
日向が宮殿の廊下を歩いていると、そこで見覚えのあるツインテールが前方に見えた。
向こうも日向に気づいたのか、パタパタと足音を立てて近寄ってくる。
「よ、よう」
「ああ。こんにちはアーシャ」
挨拶してくるゴスロリツインテールの少女──アーシャに、日向も笑って挨拶を返す。
アーシャは少しだけ照れたようにしていたが、やがておずおずと問いかけてきた。
「そ、そのさ……あいつの容態はどうだった?」
「ん? あいつって誰のことだ?」
実際はちゃんと分かっていながらも、日向はあえて首を傾げる。
アーシャはうっ、と呻くと、やがて振り絞るように答えた。
「……よ、耀だよっ! 耀の容態はどうだったかって聞いたんだよ!」
「耀の容態……30点だな」
「ダジャレじゃねえええええぇぇぇ !!!」
ウガーッ! と地団駄を踏むアーシャ。
日向は相変わらずだと笑いつつ、彼女の疑問に返答する。
「さっき目を覚ましたよ。熱はあるけど、安静にしていれば大丈夫だ」
「そ、そっか。……良かった」
アーシャは安心したようにホッと胸をなで下ろした。
その様子を見た日向は、穏やかに微笑んで告げる。
「優しいんだな、アーシャは」
「へ?」
その言葉に、日向の顔を見たアーシャは──ボンッと顔を真っ赤にした。
「べ、べべべべべ、別に! 心配なんかしてないし! ただ、あいつが死んだら試合のリベンジが出来ないってだけで……ほ、本当にそれだけなんだからなっ!」
「はいはい。アーシャは友達想いだな」
「だから私の話を聞けえええぇぇぇぇ!!!」
まるでコントのようなやり取りを交わす日向とアーシャ。
彼女はガックリと肩を落とした。
「はぁ、何で私はこんな奴を……」
「ん? 何か言ったか?」
「い、いや! なんでもないっ!」
慌てて両手をブンブンと振るう。
日向はそんな彼女に首を傾げると、
「あれ? アーシャ、何だか顔が赤くないか?」
「え、そ、そう? そんなことないと思うけど」
「まさか黒死病が……どれ」
そう言ってアーシャの額に手を当てた。
「うーん、熱は無いみたいだな。良かった……って、アーシャ?」
ふと日向が彼女の顔をのぞき込むと、アーシャは再び真っ赤になって口をパクパクさせていた。
やがて何かが限界に達した彼女は、
「……ひ、ひ、日向のバカヤロー!!!」
「なんで!?」
と罵倒と共に慌てて走り去って行った。
そんな彼女の後ろ姿を、日向はただ唖然と見つめているのだった。
***
その後。
日向は気分転換にと、宮殿の外を散歩していた。
本来なら多くの人々で賑わっているはずの舞台区画も、今は閑散とした様相を呈している。
魔王との交渉からすでに6日。
先ほど耀にはああ言ってのけたものの、未だにゲームクリアの目処は立っていない。
歩きつつ、日向は“
(あの悪魔たちは全員、“ハーメルンの笛吹き”での一三〇人の子供たちの死因に由来する天災の名前を冠している。なら勝利条件にある『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』とは、1284年6月26日のハーメルンで起きた事実をこれらの悪魔から考察しろ……という解釈に捉えられるはずだ)
日向は記憶の中にある、報告された悪魔たちの名前にを思い出す。
ラッテン=ドイツ語でネズミの意。
ネズミと人心を操る悪魔の具現。
ヴェーザー=地災や河の氾濫、地盤の陥没
などから生まれた悪魔の具現。
シュトロム=ドイツ語で嵐の意。
暴風雨などによる悪魔の具現。
ペスト=斑模様の道化が、黒死病の伝染元
であるネズミを操ったことから推測。
黒死病による悪魔の具現。
いずれも永きに渡る歴史の中で、“ハーメルンの笛吹き”における子供たちの死因として提唱されてきた俗説だ。
この中から偽りの伝承と真実の伝承を見極めなければならない……のだが。
(どれが真実かと問われると、この問題の難易度は格段に跳ね上がる)
そもそも、“ハーメルンの笛吹き”の伝承に特定した真実は存在しないとされている。
どれが有力であるかに迫ることは可能だが、それが真実であると証明する手だてが無いのである。
(唯一偽物として有力なのはペストだが……それで他の3つが本物だと決めつけるのは安易過ぎる)
神隠し、暴風、地災。
そのどれもが刹那的な死因であるのに対して、黒死病だけが長期的な死因として描かれている。
日向はグリム童話で伝承の原型となった碑文から、ペストだけは偽物であると確信を得ていた。
──1284年
ヨハネとパウロの日 6月26日
あらゆる色で着飾った笛吹き男に一三〇人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、丘の近くの処刑場で姿を消した──
(この碑文から推測するに、“ハーメルンの笛吹き”は1284年6月26日という
黒死病の潜伏から発症までの期間は2日から5日。
一斉に同じ病状が発見され、一斉に子供たちが死なない限り、この“ハーメルンの笛吹き”の碑文は成立しないことになる。
ならば単純に“黒死斑の魔王”を倒せばいいのだとも考えられるが、それでは“ゲームマスターの打倒”という第一の勝利条件と被ってしまうことになる。
後者を盛大なブラフだと割り切ってしまうのは簡単だが、それは余りにも危険だろう。
(後者の条件も、部分的には解明できるんだけどな……)
そもそも、ハーメルンの魔王たちは一体どうやってこの祭典に侵入出来たのか。
その解答は、今回のゲームには参加者でも主催者でもないにもかかわらず、祭りに参加できる特別枠が用意されていたからだ。
──“
祭典のホストに許可なく入る事を禁ず。
──祭典区画内で参加者の“主催者権限”の
使用を禁ず。
──祭典区域にある舞台区画・自由区画に
参加者以外の侵入を禁ず。
これらのルールに抵触せず、なおかつ独立した意思を持つ参加枠とはつまり、
(──
こうして歩廊を歩いている最中にも、度々見かけるステンドグラス。
その中にはネズミを操る笛吹き男を描いたものや、伝染病によって倒れる人々を描いたものも存在していた。
ここで思い出さなければいけないのは、勝利条件にある“偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ”の一文だ。
この記述から伝承は一対の同型状であり、また“砕き”“掲げる”ことが出来る物だと推測される。
その条件に最も合致するのが、このステンドグラスなのだ。
(つまり勝利条件を満たす方法とは、展示された偽りのステンドグラスを砕いて、本物を掲げろってことなんだろうが……)
日向は天を仰いで苦笑を漏らす。
ここまでの推理をすでに終えていた日向だが、それは文字通り
偽りのステンドグラスを砕き、本物を掲げなければならないところまでは理解できたが、そもそも伝承の真偽があやふやで、ペスト以外のどのステンドグラスを砕いて掲げればいいのかも分からない。
加えてサンドラに確認したところ、この会場に設置されたステンドグラスは百枚以上にも昇るそうだ。
その中から偽りだけを見つけて砕くのは至難の技である。
加えて多くの人手が必要になるだろうが、現状の戦力は黒死病の発症者を除きすでに2割を切っている状態だ。
(ゲーム開始まで残り28時間。コミュニティを団結させるため、サンドラが方針を決めるとしても、後数時間が限度だろう)
現時点において最も深刻なのは、参加者たちの士気の低下だった。
次々と仲間が倒れていく中、謎解きに関しても答えが見えぬまま多くの議論が飛び交っており、意思の統率が出来ないでいるのだ。
このままでは最悪、それぞれのコミュニティが独断専行に走りかねない。
しかしそれではダメなのだ。
何よりも今回のゲームは、参加者たちの連携が要になるのだから。
日向は大きくため息を吐くと、頭を掻いて踵を返す。
(……仕方ない。そろそろ戻って、もう一度十六夜と謎解きを──)
「わぷっ」
と、その時。
日向が振り返ると、不意に誰かとぶつかった。
腹部の辺りに軽い衝撃を感じた彼は、そのまま真下に視線を落とす。
するとそこには、両目に白い布を巻きつけた、白髪白装束の少女がいた。
「ああ、ごめん。大丈夫か?」
「あ、はい。こちらこそすいませんでした」
日向が少女に謝ると、白髪の少女もペコリと頭を下げて謝罪した。
日向はしゃがみ込んで少女に怪我などがないか確認すると、ホッとひと息ついて話しかける。
「本当にごめんな。考え事をしていたせいで、周りが見えて無かったみたいだ」
「いえ。こちらこそ不用意に後ろを歩いていたので、お互い様ですよ」
少女はニッコリと笑って答える。
その姿に日向も微笑んで立ち上がると、少しだけ逡巡した後で問いかけた。
「そっか。ところで、君がその目に巻いている布はもしかして……」
「はい、お察しの通りです。私って、小さい頃に目が見えなくなっちゃったんですよ」
少女は臆面もなく、明るい口調で答える。
初めから予想はしていたが、やはりこの少女は盲目であるらしい。
対照的に、日向は申し訳なさそうな顔をした。
「……悪いな。変なことを聞いて」
「大丈夫ですよ、気にしないでください。それに目が見えなくても、音や風の流れなんかで周囲の様子は分かるんですよ?」
「そうなのか?」
「そうなのです」
えっへん、と少女は小さな胸を張って主張する。
その姿が何だかおかしくて、思わず日向も笑ってしまった。
「実は、今もこの辺りを見て回っている最中だったんですよ。たとえ景色が見えなくても、色んな人たちの話し声を聞いているだけで楽しいですから。でも……」
そこで少女は言葉を区切る。
日向も周囲を見回した後で、苦笑を浮かべてそれに応えた。
「ま、確かにこの状況じゃ、人気なんて無いよな」
「はい。まだこの街にやって来たばかりですけど、街全体が暗い気持ちに包まれているのが分かります」
「そんなことが分かるのか?」
「はい。私って目が見えない分、少しだけ他人の感情なんかに敏感なんですよ」
日向は少女の言葉に感心する。
確かにこの少女は目が見えていないのかもしれないが、それ以上に多くのことを感じ取っているのだ。
「さっきまでは、お兄さんの心もそんな感じでした」
「暗い気持ち……だったってことか?」
「はい。でも今は、少しだけ明るくなりましたよ」
そう言えば、と日向は気づく。
先ほどまでずっとひとりで悩んでいたせいか、この少女と話したお陰で思考も明瞭になったようだ。
納得していると、不意に少女が口を開いた。
「私は暗い気持ちになった時には、お天道様のことを思い浮かべるんですよ」
日向は首を傾げて問い返す。
「太陽を?」
「はい。お天道様は、いつだって皆を明るく見守ってくれているんです。こうして目の見えない私にも、誰にだって平等に光を照らしてくれるんです。だから暗い気持ちなった時は、お天道様に励ましてもらえばいいんですよ」
少女はどこか楽しそうに語る。
「私は目が見えないけれど、それでも、昔見たお天道様の優しい光は忘れません。たとえ見えなくなっていても、その光はちゃんと私の中にあります。今でもちゃんと、私の心を優しく照らしてくれています。だから私は、暗い気持ちもへっちゃらなんです。たとえ光が見えなくたって、全然怖くないんです」
「……そっか」
日向は優しげに微笑みながら、目の前の小さな少女の頭を撫でた。
なぜだか日向には、この少女がとても眩しく見えたのだ。
少女は少し照れたように頬を赤らめるが、それでも嬉しそうにはにかんだ。
「私は、いつかもう一度、お天道様を見ることが夢なんです。そしてちゃんとお礼を言いたいんです。“こんな私でも、ずっと見守ってくれてありがとう”“光を照らしてくれてありがとう”って」
「ああ、きっと叶うさ」
日向は確信を以て答える。
日向が元いた世界では、盲目の治療法は存在しない。
しかしこの世界なら、このあらゆる奇跡に満ちた“箱庭”の世界ならば、必ず何か方法があるはずだ。
この少女の夢を守るためにも、必ずギフトゲームをクリアしようと、日向は強く誓うのだった。
「それじゃあ、私はそろそろ失礼します。またどこかで会いましょうね、お兄さん」
「ああ、気をつけてな」
少女は再びペコリと頭を下げた後、街を染め上げる黄昏の中へと消えていった。
その後ろ姿を見送った日向は、不意に空を見上げて呟く。
「太陽はいつだって、皆を平等に照らしてくれる……か」
頭上では、太陽が明るく輝いている。
その光景を眺めながら、日向はふと思い出した。
(そう言えば、白夜叉も太陽の星霊だったな)
依然としてバルコニーに封印されたままの白夜叉。
結局彼女の参戦条件も分からず仕舞いだ。
(確か白夜叉は、箱庭の太陽の主権を持っているんだっけか。太陽そのものの属性と、太陽の運行を司る使命を──)
──ん? と。
そこまで考えて、日向の脳裏に何かが引っかかった。
(……
どこかで似たような話を聞いた、と日向は首を傾げてみる。
それも昔の話ではない。
つい最近のことだ。
(確かサラマンドラの書庫で、十六夜と黒死病について調べていた時だったか)
思い出すや否や、日向は脳内で黒死病に関する知識をありったけ反復し始める。
そもそも“黒死病”とは、十四世紀から始まる寒冷気に大流行した人類史上最悪の疫病のことだ。
この病は敗血症を引き起こし、全身に黒い斑点が浮かび上がって死亡する。
グリム童話の“ハーメルンの笛吹き”に現れる道化が斑模様であったこと。
そして黒死病の流行元であるネズミを操る道化であったこと。
この2点から、“一三〇人の子供たちは黒死病で亡くなった”という考察が存在する──
(………………
日向が目を付けたのは、病状や潜伏期間ではなく、黒死病が流行した年代記だった。
そもそも、ハーメルンの碑文には太陽を封印するような一文は出てこないのだ。
この碑文が描かれたのが、1284年。
しかし黒死病の大流行が始まったとされるのは、1350年以降の数百年。
つまり、黒死病の最盛期とハーメルンの碑文は──
(まさか……ペストは碑文のハーメルンとは、無関係な時代から来た悪魔なのか……!?)
なぜこれまで気づけなかったのか。
ペストは初めから、自分はハーメルンの魔王ではないと名乗っていた。
つまり彼女の持つ黒死病の属性は、ハーメルンとは無関係のものだったのだ。
「そうか、そうだったのか! 黒死病が大流行した寒冷の原因は……
日向は空に浮かぶ太陽を見上げて叫ぶ。
太陽の運行を司る白夜叉が封印されたのは、太陽の氷河期──即ち、太陽の力が弱まっていたとされる年代記をなぞったゲームルールが組み込まれていたためなのだろう。
日向は好戦的に笑い、“偽りの伝承”の意図を理解する。
「なら、あの悪魔たちは1284年のハーメルンじゃなく……ああクソッ! 完全に騙されてよ“
バッ! と日向は踵を返して走り出す。
目指すは“火龍誕生祭”の運営本陣営だ。
(ありがとな。君のおかげで、謎を解くことが出来た!)
日向は心中で感謝を告げる。
そんな彼の後ろ姿を、物陰から見つめる人影があった。
──そして、28時間後。
本陣営に、活動できる全てのコミュニティが集結する。
“黒死病の魔王”との、ラストゲームが始まろうとしていた。