- The Another Origin -   作:青葉空太

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第20話 再開

 

 ──境界壁・舞台区画。

 ──“火龍誕生祭”運営本陣営・大広間。

 

 黄昏時の夕日で染まる舞台区画の歩廊は、1週間の喧騒が嘘のように静まり返っている。

 尖塔群の影も伸び、暗がりを深める宮殿の大広間に集まった人員の総数は僅か五〇〇。

 休戦前の段階ですでに屈服を強制されてしまった者や、ジャックなどの『出展物枠』は参加資格を持たないことが判明し、まだ病魔に冒されていないメンバーを出来る限り集めたのだが、それでも全体の一割未満だ。

 ざわつく参加者たちの前に姿を現したサンドラは、不安をかき消すような凛然とした声で話す。

 

「此度のゲームの行動方針が決まりました。まだ動ける参加者の皆様には、それぞれ重要な役割を果たして頂きます。ご静聴ください。……マンドラ兄様、お願いします」

 

 そばに控えていたマンドラは軍服を正すと、参加者側の行動方針を定めた書状を読み上げた。

 

「その1。3体の悪魔は“サラマンドラ”とジン=ラッセル率いる“ノーネーム”が戦う。

 その2。その他の者は各所に配置された一三〇枚のステンドグラスの捜索。

 その3。発見した者は指揮官の指示を仰ぎ、ルールに従って破壊、もしくは保護すること」

 

 サンドラは頷き、参加者へ向き直る。

 

「ありがとうございます。──以上が、参加者側の方針です。魔王とのラストゲーム、気を引き締めて臨んで下さい」

 

 おおと大広間に雄叫びが上がった。

 ゲーム再開の間際ではあったが、明確な指針が出来たことで士気も高められたようだ。

 病魔に蝕まれている者もいるが、そんなことは言っていられない。

 魔王のゲームに勝利するため、参加者は一斉に行動を開始するのであった。

 

 

 

***

 

 その頃。

 宮殿のテラスへ出た黒ウサギは、ひとり舞台区画を俯瞰していた。

 夕陽に染まる歩廊は至る場所にペンダントランプの破片が散乱しており、戦いの名残を留めている。

 彼女は胸に両手を当てると、そっと静かに瞳を閉じた。

 その手は、微かだが震えている。

 

「……っ」

「よっ、黒ウサギ」

 

 ひゃっ! と、黒ウサギはウサ耳と尻尾を跳ねさせた。

 慌てて後ろへ振り向けば、日向が片手を上げたまま、苦笑を浮かべて佇んでいる。

 

「悪いな。驚かせるつもりは無かったんだ」

「い、いえ。日向さん御ひとりですか?」

「ああ。ジンと十六夜は、下でサンドラたちとゲームの方針を確認してる」

 

 答えつつ、日向は黒ウサギの隣に立った。

 黄昏時の美麗な街並みを見渡しながら、日向は彼女に問いかける。

 

「それで? もうこれでもかってぐらい思い詰めた顔をしてたけど、何か心配事か?」

「み、見られていたんですか」

 

 気恥ずかくなった黒ウサギは、思わずウサ耳を赤くして俯いた。

 日向はふと、呟く。

 

「……飛鳥のことか?」

「──ッ!」

 

 目の見えて動揺を現す黒ウサギ。

 揺れる眼差しでゆっくりと日向に向き直った彼女は、振り絞るように問いかけた。

 

「……どうして、分かったのですか?」

「俺も、同じことを考えていたからな」

「日向さんも?」

 

 日向は「ああ」と頷くと、どこか自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

「“必ず守る”って約束したのにな。どうやら俺は、口先だけの男らしい」

「そ、そんなことはありませんッ!!」

 

 黒ウサギが大きく叫ぶ。

 目を丸くして日向が彼女を見てみれば、黒ウサギは泣きそうな表情を浮かべていた。

 

「黒ウサギ……」

「そんなことは、ありませんッ……! だって日向さんは……皆さんは、黒ウサギたちに希望を与えてくれました……!」

 

 胸元で両手を握り締め、噛み締めるように話す黒ウサギ。

 儚げに顔を上げた彼女は、日向を見つめて微笑んだ。

 

「この1ヶ月間、日向さんたちが“ノーネーム”にもたらしてくれた恩恵の数々は、劇的に生活を変えてくれました。もう水不足で困ることはありません。食事のやりくりに困ることも少なくなりました。『お腹が空いた』と訴える子供たちを見て、心を痛めることも皆無です」

「……」

 

 日向は何も言わず、黒ウサギの言葉を聞き入れる。

 黒ウサギは大切なモノを慈しむかのように、思いの丈を告白した。

 

「元・魔王であるアルゴールを倒し、レティシア様を取り返して下さった時……黒ウサギは、大きく道が開けた思いでした。つい先日まで明日が見えず、現状を維持するしかなかったコミュニティに、暗雲が晴れたような……そんな錯覚さえ覚えたほどです」

 

 遠くで沈む夕陽を見つめ、黒ウサギは当時の心情を打ち明ける。

 

 そう、奪われた仲間が戻ってきた。

 それは小さくとも、確かな前進だ。

 3年間、止まっていたコミュニティの時間が動き出した。

 希望が見えた。

 明日が開けた。

 これからは進むだけだ。

 

 ……そう、思っていた。

 

「初めて日向さんたちと出会ったあの日。あの廃墟で日向さんが言ってくれた言葉を、黒ウサギは生涯忘れることはありません。あの瞬間から黒ウサギは、この身を賭して皆さんの力になろうと誓ったのです。皆さんと同じ道を、共に歩んでいこうと思ったのです。それなのに……!」

 

 黒ウサギはぎゅっと唇を噛みしめる。

 その声は、自然と震えていた。

 

「……日向さんは、白夜叉様の忠告を覚えていますか?」

「……ああ」

 

 日向は首肯する。

 あの日、白夜叉が飛鳥と耀に向けた言葉。

 

『魔王とのゲームの前に、力を付けろ。お前たちの力では──魔王とのゲームを生き残れない』

 

 黒ウサギも、その言葉の重みは十分わかっているはずだった。

 しかし彼女は今までその忠告を軽んじ、彼らにはコミュニティの生活のためだけにギフトゲームを紹介してきた。 

 いかに最高の才能を持っていたとしても、それでは高めようがない。

 いつの日かコミュニティの名を、旗印を、仲間を取り戻すために力を貸してくれた彼ら。

 無理難題を押し付けることも無く、笑って快諾してくれた同士の好意を、蔑ろにしてきたのだ。

 

「……“打倒魔王”を掲げると聞いた時。黒ウサギは皆さんの頼もしさに胸が震えました。しかしだからこそ! この神仏が集う箱庭で生まれ育った黒ウサギだからこそ、教えられることがもっとあったはず! なのに、魔王と対峙するまで計画も立てずに安穏と過ごし、その結果……!」

 

 飛鳥が敵に捕らわれ、耀は病に倒れた。

 黒ウサギは情けなさで泣きそうになった。

 コミュニティの中心は彼女だと言ってくれた彼らの心を、無下にしたと言っても過言ではない。

 

「……皆さんにはそれぞれ違う方向性の、素晴らしい才能が御座います。帝釈天の眷属の名に懸けて、それを保証いたします。黒ウサギは結局、皆さんの優しさに甘えていたのです」

 

 ああ、そうだと。

 彼らは優しかったのだと、黒ウサギは思う。

 自分たちが楽しいからだと。

 面白いから協力しているのだと。

 自分本位に理由を付けながら……その実、彼らは一度も正義を違えたことは無かった。

 だから余計に、黒ウサギは飛鳥たちに申し訳なくて堪らなかった。

 黒ウサギは顔を上げ、ウサ耳を伸ばし、真っ直ぐに

日向と向き合う。 

 

「……日向さん。ひとつ、お願いが御座います。聞いてもらえますか?」

「何だ?」

「魔王の相手は、この黒ウサギに任せてはいただけないでしょうか?」

 

 真摯さの中に、確かな怒りを込めて黒ウサギは日向に頭を下げた。

 

「お願いします。どうしても……黒ウサギは、魔王に一矢報いてやらねば気が済みません」

 

 ザワッと黒ウサギの髪が闘志で戦慄く。

 青い髪は淡い緋色の光に包まれ、軍神の眷属に相応しいオーラが全身を包む。

 日向はそんな黒ウサギを見つめ──問いかけた。

 

「勝算は?」

「あります。いえ、むしろ最高の相性とも言えるギフトを、黒ウサギは所持しております。たとえ相打つことになろうとも、必ずや魔王の首を──」

「ならダメだ」

 

 日向は即決を下す。

 慌てて言い返そうとする黒ウサギを、日向は苦笑して宥めた。

 

「悪い。何というか、俺もちょっと悲観し過ぎていたみたいだ」

「日向さん?」

「でも、黒ウサギの言葉を聞いて思った。やっぱり俺は、皆のことを守りたい」

 

 日向は顔を上げ、スッと右手を夕陽へ伸ばす。

 

「だけど、今回のことで確信したよ。皆を守る。それは俺ひとりの力じゃ無理なんだ。だから黒ウサギ、お前の力を貸して欲しい」

「黒ウサギの……力を?」

「ああ。そして黒ウサギだけじゃなく、十六夜や、ジンや、レティシアや、皆の力を貸して欲しい。そして魔王を倒して、()()()飛鳥を救い出すんだ」

 

 グッと、伸ばした手を握りしめる。

 そんな日向の言葉に、黒ウサギはしばし唖然とし──そっと、優しく微笑んだ。

 

「……YES。私も日向さんと……いいえ、皆さんと共に戦います」

「ああ。ありがとな、黒ウサギ」

 

 日向は朗らかに笑って感謝を述べる。

 とそこで、彼らの背後から声がかかった。

 

「ヤハハ。ずいぶんといい雰囲気じゃねえか、お二人さん?」

 

 振り返る日向と黒ウサギ。

 見ればそこには十六夜の他に、ジンやレティシアも立っていた。

 

「み、皆さん! いつからそこにいらしたんですか!?」

「え、えーと、“皆の力を合わせて、飛鳥さんを助け出そう”……の辺りからかな」

 

 黒ウサギの問いかけに、ジンが苦笑して答える。

 その隣で、レティシアは美麗に微笑んで口を開いた。

 

「だが、日向の言う通りだな。皆で力を合わせれば、きっと魔王を退けられる。そして誰ひとり欠けることなく、また私たちのウチへ帰ろうじゃないか」

 

 レティシアの言葉に、全員が頷く。

 日向は仲間の顔を見回すと、一度静かに瞳を閉じる。

 そして、ハッキリと宣言したのだった。

 

「必ず飛鳥を助け出して……全員で、“ノーネーム”に帰ろう!」

「「「「おー!」」」」

 

 

 

***

 

 ゲーム開始時刻になり、主催者側は再開前の確認を行っていた。

 布の少ない白装束を揺らし、ラッテンは配下のネズミから情報を受け取る。

 

「マスターマスター。どうやら連中、私たちの謎を解いちゃったみたいですよー?」

 

 その報告に、軍服姿のヴェーザーは黒い短髪を掻きながら愚痴った。

 

「チッ。ギリギリまで最後の謎は解かれないだろうと踏んでいたんだがな」

 

 (まだら)模様のワンピースを揺らして立ち上がったペストは、両手を後ろで組んで呟く。

 

「……構わないわ。最悪の場合は皆殺しにすればいいだけよ」

 

 余裕の素振りを見せるペスト。

 そんな彼女に、ラッテンは僅かな懸念を指摘する。

 

「そう言えば、結局4日前に現れたあの子、あれ以来姿を見せませんでしたねー。何だか私たちの仲間とか言ってましたけど、本当に信用していいんですか?」

「別に信用しているわけじゃないわ。適当に泳がせておけば、いずれ敵か味方かも判明するでしょ」

「それで、もしも敵だった場合は?」

「殺すだけよ」

 

 ペストは即答する。

 彼女は改めてラッテンとヴェーザーへ向き直ると、無機質な瞳で宣言した。

 

「──ハーメルンの魔書を起動するわ。謎が解かれた以上、温存する理由はないもの」

 

 その言葉に、側近の2人は凶悪な笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「ふふ~ん。いよいよもって盛り上がってきましたねーマスター♪」

「おい、油断するなよラッテン。参加者側には“箱庭の貴族”もいるんだからな」

 

 厳しい声音のヴェーザーに、ラッテンは肩眉をしかめて問いかける。

 

「……やっぱり凄いの? “月の兎”って」

「ああ。一度戦っているところを見たが、並の神仏じゃ歯が立たん。アレは正真正銘の眷属だ。授けられているギフトの数が違う。俺やお前じゃ、とても抑えられんだろうな」

 

 苦い顔で押し黙る。

 そんな彼らに、ペストは微かに笑いかけた。

 

「そっ。なら魔書の他に、もうひとつ策を設けるわ」

「策?」

 

 ペストは悠然と歩み寄り、綺麗な指先を伸ばしてヴェーザーの額に押し当てる。

 

「ヴェーザー。あなたに神格を与えるわ。開幕と同時に、魔王の恐怖を教えてあげなさい」

 

 

 

***

  

 ゲーム開始の合図は、激しい地鳴りと共に起きた。

 境界壁から削り出された宮殿は光に呑み込まれ、瞬くプリズムと共に参加者たちのテリトリーを包み込む。

 やがて輝きが収まったところで見上げれば、天を衝くほど巨大な境界壁は跡形も無く消えていた。

 代わりに、見たこともない別の街並みが舞台区画に広がっていたのだ。

 

「なっ……どこだここは!?」

 

 参加者の誰かが、驚愕の声を上げた。

 周囲を見渡せば数多の尖塔群は劇的に変貌し、木造の街並みに姿を変えている。

 黄昏時を彷彿とさせるペンダントランプの煌めきは無くなり、パステルカラーの建築物が一帯を埋め尽くしていた。

 ステンドグラスの捜索側に回っていたジンは、顔を蒼白にして叫ぶ。

 

「まさか、ハーメルンの魔道書の力……ならこの舞台は、ハーメルンの街!?」

「何だとッ!?」

 

 マンドラがジンへ振り返った。

 その間も周囲の混乱は広がり続け、士気高く飛び出した参加者側は出鼻を挫かれて足を止める。

 

「こ、ここは一体!?」

「それに今の地鳴りは!?」

「まさか魔王の仕掛けた罠か!?」

 

 ザワザワと動揺が波紋のように広がっていく。

 マンドラは舌打ちしながらも一喝した。

 

「狼狽えるな! 各人、振り分けられたステンドグラスの確保に急げ!」

「し、しかしマンドラ様! 地の利も無く、ステンドグラスの配置もどうなっているのか分からないままでは、」

「安心しろ! 案内役ならばここにいる!」

 

 ガシッ! とマンドラがジンの肩を持つ。

 ジンは驚いた表情のままマンドラを見上げた。

 彼は険しい顔でジンに耳打つ。

 

「知りうる限りで構わん。参加者たちに状況を説明しろ」

「け、けど、僕もそこまで詳しいわけでは、 」

「だから知りうる限りで構わんと言っているだろうがッ。貴様が多少なりとも情報を持っている事はすでに知れ渡っている。お前の言葉ならば信用する者もいるだろう。とにかく動き出さねば、24時間などあっという間に過ぎるぞ!」

 

 ぐっとジンも反論を呑み込む。

 泳いだ視線は自然に日向や十六夜を捜していた。

 彼らならば、ハーメルンの地理にも詳しいはずだからだ。

 しかし、この場に2人の姿はすでに無かった。

 そして時間制限がある以上、1分1秒を争うのも事実。

 ジンは意を決したように捜索隊の前に立つ。

 

「ま、まずは……教会を探して下さい! ハーメルンの街を舞台にしたゲーム盤なら、(ゆかり)のある場所にステンドグラスが隠されているはず! “偽りの伝承”か“真実の伝承”かは、各自発見した後で指示を仰いで下さい!」

 

 ジンの一言で捜索隊が一斉に動き始める。

 再び街全体を揺り動かす地鳴りが起きたのは、その直後だった。

 

 

 

***

 

 ひとり集団から離れた十六夜は、己の獲物を探すようにハーメルンの街の屋根を跳躍して駆けていた。

 地鳴りで揺れる足場を感じ、楽しそうに笑みをこぼす。

 

「へえ……? 地精寄りの悪魔とは思ってたが、地殻変動そのものを引き起こすとは恐れ入った。そんな地力があったなんてな。それにこの街の建築様式……ハッ、なるほど。ゴシック調の街からルネサンス調に変われば、そりゃ仕込んだ種も割れるって話だ」

 

 街中で一番大きな建物に登り、十六夜は一帯を見回した。

 夕陽で黄昏色に染まるハーメルンの街並みは、彼の知っている地理とはまた別の形で造り出されている。

 十六夜の時代とは別の時代がモデルとなっているのだろう。

 しかしその中でも、ハーメルンの伝承に基づいた場所だけは精巧に形成されていた。

 

「街道は結構滅茶苦茶だが……あそこにあるのがマルクト教会に、ブンゲローゼン通りかな。押さえるところは押さえているってわけか。さて、どっちから向かうべきか──」

「──その前に、決着と行こうぜ坊主ッ!!」

 

 一喝の直後、十六夜が足場にしていた家が真下から吹き飛んだ。

 建築物の地盤ごと砕かれ、木造の建築は跡形も無く粉砕する。

 声に反応した十六夜は反射的に上空へ跳び退いたが、追い打ちを掛けるように地面から飛び出したヴェーザーに顔面を掴まれた。

 

「テメェ……!」

「前回のお返しだ! 先手は譲ってもらうぞッ!!」

 

 棍に似た巨大な笛で、ヴェーザーは十六夜の腹部を強打する。

 先日とは比べものにならない強大な力が宿った一撃は、超振動のように十六夜の身体を浸透した。

 十六夜はハーメルンの街に流れるヴェーザー河の水面を水切りのように弾きながら、対岸の地面に打ちつけられる。

 ペッ、と血反吐を吐き捨てて立ち上がった十六夜は、口元を拭いながらヴェーザーを睨んだ。

 

「……やるじゃえか。今のは相当効いたぞ」

「当たり前だ。前回と同じと思って油断なんかすんじゃねえぞ坊主。こっちは召喚されて以来、初めての神格を得たんだ。簡単に終わっちゃ興ざめするってもんだ」

 

 クックッと牙を剥いて獰猛に笑うヴェーザーは、構えた棍を一閃に薙ぐ。

 すると大地は地鳴りを始め、震動を起こし始めた。

 

「ああ、そうだ。これが“神格”を得た悪魔の力……! クク、とんでもねえぜ坊主! 一三〇人ぽっちの死の功績なんざ比較にならねえ! 今の俺は、星の地殻そのものに匹敵する!」

 

 豪快に両手を広げて宣言する。

 比類なきその力は、十六夜や日向が戦った蛇神とは比べ物にならないだろう。

 蛇が“神格”を得たモノと、悪魔が“神格”を得たモノとでは、その地力が圧倒的に違うのだ。

 目に見えて立ち昇るヴェーザーの力に、十六夜は不敵な笑みを露わにした。

 

「ハッ……なんだよ。少し楽しめればそれでいいと思っていたのに、ずいぶんと俺好みなバージョンアップをしてきたじゃねえか。嬉しいぜ、()()()()()()()()()()()()”」

 

 十六夜の言葉に、ヴェーザーも笑みを返す。

 

「謎を解いたのはやはりお前か、小僧」

「半分正解だな。確かに俺は解答に行き着いたが、それは何も俺だけじゃない」

「……ほう? どうやらそっちには、他にも頭の回る奴がいるようだな」

 

 肩を竦めて応える十六夜に、ヴェーザーは思わせぶりな視線を向ける。

 有力な人材を求めている彼らにとって、有望株は自然と気になるのだろう。

 

「そういや、参加者側の中に面白い奴がいるとマスターが言ってたな。もしかしてそいつか?」

「さて、どうだろうな。知りたきゃ自分で確かめな」

「ハッ、違いねえ」

 

 笛を肩へと担ぎ直し、ヴェーザーはニヒルな笑みで応えた。

 十六夜は眼前のヴェーザーを見据えながら、改めて謎解きの解を示す。

 

「けど、土壇場まで騙されてたぜ。お前以外のメンバーは全員偽者。十四世紀以後の黒死病の大流行と共に後付けされた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ──1284年。

 ヨハネとパウロの日 6月26日

 あらゆる色で着飾った笛吹き男に一三〇人

 のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、

 丘の近くの処刑場で姿を消した──

 

 本来の伝承と碑文には、()()()()()()()()()()()()()()()()

 ハーメルンの笛吹きにネズミとネズミを操る道化師か現れるのは、黒死病の最盛期である一五〇〇年代からのことなのだ。

 

「グリム童話の魔書に描かれている、()()()()()()()()()()()()。それが“ネズミ捕りの道化(ラッテンフェンガー)”と呼ばれる偽のハーメルンの笛吹き。それにこのパステルカラーの街並み……『ヴェーザー・ルネサンス建築』って言うんだっけか? これも十五世紀後期からの出現だ。最初からハーメルンの魔書を開かなかったのは、年代を特定されないためだろ? ゴシック調の造りが目立つ境界壁の街から、ルネサンス調の街に変われば異変は浮き彫りだ」

 

 十六夜の質問に、ヴェーザーは肩を竦めることで返す。

 

「これで黒死病・ネズミ使いの2人は偽者だと断定できる。ハーメルンの笛吹きの考察に黒死病が現れたのは、斑模様であること以上に、伝染元のネズミが原因だったからだ 」

「……」

「“シュトロム”も、本物と見せかけて実はフェイク。なぜなら碑文の“丘の近くで姿を消した”の一文の“丘”とは、ヴェーザー河に繋がる丘を指し、天災で子供たちが亡くなった象徴とされる。つまりシュトロムもまた、ヴェーザー河の存在を示す。あの巨兵は恐らく、お前たちが子飼いにしているハーメルンとは無関係の怪物か何かだろう。──よってヴェーザー。アンタだけが、本来のハーメルンの笛吹きの碑文に沿った悪魔だったということになる」

 

 ピッとヴェーザーを指差す十六夜。

 

「そしてハーメルンの魔道書。あれは箱庭に召喚する際に、立体交差する時間軸のクロスポイントを、一二八四年から一五〇〇年以降の“ハーメルンの笛吹き”に沿って発生させ召喚するギフト。もし召喚式である魔道書を破壊すれば……さて、何が起こるだろうな? 白夜叉の封印が解けて、お前たちは皆消えるとか?」

 

 十六夜の考察に、ひたすら沈黙するヴェーザー。

 その沈黙を是ととった十六夜は、最後にこう締めくくる。

 

「ハーメルンの伝承と黒死病の年代記が同一視させるようになった背景には、諸説あると考えていたんだが……お前が神格を得たことでひとつ、大きな候補が浮上した」

 

 十六夜は背筋に心地良い汗を流しながら、魔王の正体を指摘する。

 

「ハーメルンの伝承にある道化師と、黒死病の伝承元のネズミ。この2つは共通した異名がある。その異名こそ、この世に死を運ぶ者。即ち……“死神”だ」

 

 ──神霊・“黒死斑の死神”

 

 それがあの魔王の持つ、真のギフトネームだと十六夜は推測した。

 考察を聞き終えたヴェーザーは、心底珍しい珍獣を見るようにまじまじと十六夜の顔を見つめ、

 

「はあー……おい、坊主」

「なんだ? 訂正があるなら聞くぜ?」

「いいや全然。つーかなんだ、アレだ。お前やっぱりこっち側に移籍しろよ。お前は絶対に、魔王側の方が舞台映えするぜ?」

 

 半ば以上本気の勧誘を、十六夜は弾けるような笑いで否定した。

 

「悪いが御断りだ。魔王も面白そうだけど、今は他に目標があるからな」

「そうかよ。けどタイムアップを狙わせてくれるほど手ぬるい相手じゃねえしなあ……」

 

 ヴェーザーは一転、鬼気迫る闘志を放出し、

 

「しょうがねえ。やっぱ死んどけ坊主ッ!!」

「ハッ! こっちの台詞だ木っ端悪魔ッ!!」

 

 怒号を上げてぶつかり合う2人の衝撃は、一帯の土地全てに巨大な震動を奔らせる。

 星の揺らぎの如く地響きを上げて大地を粉砕する両者の戦いは、こうして幕を上げたのであった。

 

 

 

***

 

 

 一方その頃。

 日向は宮殿のバルコニー地点まで戻り、木造建築の屋根上に佇んでいた。

 周辺の景観は例外なくハーメルンの街並みと化しており、時折響く地鳴りから、すでに本格的な戦闘が開始されたのだと理解する。

 

「さて、と。ならこっちもそろそろ始めないとな」

 

 その言葉を皮切りに、不意に日向は大きく息を吸い込んだ。

 そして、大声を出して叫ぶ。

 

「おーい! もし居るなら出て来てくれないか!? 悪いけど、俺もあんまりのんびりしていられる時間はないんだ!」

 

 日向の言葉が盛大に周囲へ響き渡る。

 反応は、その直後にあった。

 

「こんにちは、お兄さん」

 

 ふと、背後から幼い声がかかる。

 日向は動揺した様子もなく振り向くと、そこに立つ人物へ挨拶を返した。

 

「ああ、こんにちは。やっぱり君だったか」

 

 日向の正面、屋根の向かい側に立っているのは、いつぞやの白髪白装束の少女であった。

 彼女はニッコリと笑いかけると、透き通るような声で話す。

 

「でも、驚きました。どうして私がここに来ると思ったんですか?」

「まあ、ほとんど勘みたいなものだよ。この辺りには、白夜叉が封印されているからな。君なら、ここに来るんじゃないかと思ったんだ」

 

 あの日、少女が太陽について語った想い。

 日向はその時のことを思い出して説明する。

 彼女ならば、太陽の星霊である白夜叉の元に来るであろうと、日向は推測していたのだ。

 

「ふふふ、なるほどです。それじゃあ、私の正体についても分かっていたりしますか?」

 

 日向はスッと瞳を細めると、真剣な表情で頷いた。

 

「これは、これはあくまで俺の推測だが。君は──()()()()()()()()()()?」

 

 日向の言葉に、少女は笑顔で応える。 

 

「やっぱり、お兄さんは凄いですね。いつから気付いていたんですか?」

「この場所に君が現れるまでは、俺もずっと半信半疑だったさ。ただ強いて言うなら……そうだな。キッカケは、君の台詞だ」

「私の台詞?」

「ああ。前に会った時、君は言ったよな。『この街にやって来たばかり』……ってさ。その頃、この街はギフトゲームによってすでに出入りが制限されていた。なら君は、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 日向の言葉を静聴していた少女は、両手を組むと納得したように頷く。

 

「なるほど、確かに不用意な発言でした。でも、今から4日前に来たっていうのは本当なんですよ? それだけは信じてもらえると助かります」

「信じるさ。恐らく君がこの舞台に現れた方法は、あの魔王たちと同じ原理だろ?」

「はい、その通りです。まあ、私は存在は想定外。所謂ところの、“イレギュラー”って言うものだったんですけど」

 

 少女は苦笑して日向の言葉を肯定した。

 次いで意味ありげな微笑を浮かべると、今一度尋ねる。

 

「ならお兄さんは、私の霊格(そんざい)についても分かっていますか?」

 

 日向は頷くと、ゆっくりと自身の考察を述べた。

 

「ああ。君の霊格は恐らく、“ハーメルンの笛吹き”の異説を基にして得られたものだろ? それなら、君が盲目であることにも合点がいく」

 

 日向の述べる、“ハーメルンの笛吹き”における異説。

 

 本来の物語は、笛吹き男に一三〇人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、その姿を消したというのがあらましだ。

 しかし一部の考察によれば、子供たちの中には2人だけ生き残りがいたとされる。

 その生き残りとは、足が不自由なために他の子供たちよりも遅れた子供。

 あるいは、()()聾唖(ろうあ)──即ち、()()()()()()()()と耳が聞こえない子供であったとされるのだ。

 

 “伝承がある”ということは“功績がある”

 

 霊格が世界に与えた影響・功績・代償・対価によって得られる以上、彼女の霊格は、この異説の伝承を起源としたモノであると推測できる。

 日向が少女を一三一人目と呼んだのも、そのためである。

 

「そして俺の予測が正しければ、君は恐らく人間じゃない。たぶん、ヴェーザーやラッテンと同じく、一三〇人の死の功績を持つ悪魔の類だろう?」

 

 その指摘に、少女は悲しそうに顔を伏せる。

 やがて、徐々に話し始めた。

 

「お兄さんの言う通りです。確かに私は、人間ではありません。ですが悪魔というわけでもないんです。例えるなら……そうですね。悪霊が一番近しいかもしれません」

「悪霊?」

「そうです。私の大本の霊格は、“ハーメルンの笛吹き”の異説で間違いありません。けどそれは、とても小さな功績です。それで力を得たとしても、精々生き霊程度が限界でしょう」

「だが君は、後天的に一三〇人の死の功績を手に入れることで、悪霊として再顕現したってことか?」

「はい。けどこれは功績というよりも、“呪い”と言った方が良さそうですが」

「呪い?」

 

 日向は首を傾げて問い返す。

 少女は切なげに微笑むと、己の誕生の由来を語った。

 

「ハーメルンの子供たちは、自然災害で死んだとされる説があります。しかし私の時代では、子供たちの死因は天災ではないんです」

「なら、その死因とはなんだったんだ?」

「黒魔術による……生け贄です」

 

 少女は白い包帯の巻かれた目で、不意に空を見上げる。

 心なしか日向には、その瞳に深い悲しみが浮かんでいるような気がした。

 

「人間が霊格を得る方法は、大まかに分けて2つあります。1つ目は、出生に何らかの特別な事情を持つ場合。2つ目は、生け贄や人柱などによって得る場合です。しかし私の世界では、この一三〇人の子供たちを生け贄に捧げた人物は、その功績を得る前に死んでしまいました。そして、行き場を失った子供たちの怨念や執念が向かった先。それこそが……私だったんです」

「……」

 

 日向は何も言わず、彼女の言葉を聞き届ける。

 

「私の中には、今も彼らの──幼くして命を落とした子供たちの、後悔や無念が息づいています。“ああ、もっと生きたい”“どうして僕たちが死ななきゃいけないの?”“お母さんやお父さんに会いたい”。そして、その中でも特に強い思念の形は──」

 

 

 ──“どうして、君は死ななかったの?”

 

 

「……つまりは、子供たちの生に対する執着心が、生き残りであった君を恨み、怨念という形で引き寄せられた……ってことか?」

 

 少女はこくりと頷いた。

 

「きっと皆は、私のことを恨んでいるんです。連れ去られた子供たちとは違い、生き残った私のことを」

「でも、それならもうひとり、難聴の子供も生き残っていたはずだろ? どうして君だけを恨むんだ?」

 

 日向の問いかけに、少女は静かに首を振る。

 

「分かりません。どうして皆が、私の元に集まったのか。私には……その理由が分からないんです」

 

 少女は悲痛な声音で答えた。

 彼女は胸に手を当ててひと息つくと、スッと纏う雰囲気を和らげる。

 

「ひとつだけ、お兄さんには間違いがあります。正確には、私は一三二人目です」

「ん? ということは、すでに一三一人目は存在していると?」

「はい。元々はそれが原因で、このゲームに私という異説が入り込む隙を与えてしまったんです」

「へえ? ちなみに、その人物って誰なんだ?」

「ふふふ。お兄さんも、たぶん一度は会っていると思いますよ」

 

 日向は首を傾げ、思い当たる人物を探る。

 可能性があるのは──

 

「……まさか、飛鳥と一緒にいたあの小さな精霊の女の子か?」

 

 日向の解答に、少女はにっこりと微笑んだ。

 

「でも、あの子はちゃんと耳が聞こえる筈だぞ?」

「そうですね。これは私の憶測ですが……彼女はまだ幼く、周囲に耳を貸すことが得意ではありません。その性質が聾唖に類似するとされた結果、一三二人目として、盲目である私が召喚されたのだと思います」

 

 その解釈に、日向は思わず苦笑する。

 

「はは。何というか、凄く曖昧な結論だな」

「ふふふ、だから言ったじゃないですか。私の存在は“イレギュラー”だと。偶然に偶然が重なったからこそ、私はこの世界に召喚されてしまったんです」

「なるほどな。それで君は──()()()()()()()?」

 

 日向の問いに、少女はしばし沈黙した。

 やがて花が咲いたような笑みを浮かべると、

 

「ごめんなさい。私は、お兄さんたちの敵です」

 

 ハッキリと、そう宣言した。

 

「あの人たちの中にも──一人は違うみたいですけど、死んでしまった一三〇人の子供たちの霊格(そんざい)が宿っています。なら私は、彼らの敵になるわけにはいかないんです」

「……そっか」

 

 日向は肯定も否定もせずに頷く。

 そのままそっと瞑目すると──戦意を漲らせた。

 

「なら、俺は君と戦わなくちゃいけない。俺にも、絶対に譲れないものがあるから」

「はい。私も、自分の大切なモノのために戦います。……勝っても負けても、恨みっこは無しですよ。お兄さん?」

 

 満面の笑みで少女は語る。

 それに対し、日向も朗らかに笑って応えた。

 

「ああ。俺も全力で──君を倒すよ」

 

 沈みゆく太陽に見守られながら。

 己が信じるもののために。

 日向と少女は、その想いをぶつけ合うのだった。

 

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