- The Another Origin -   作:青葉空太

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第21話 それぞれの戦い

 

 捜索隊は複数の分隊に別れ、ハーメルンの街に隠されたステンドグラスを探していた。

 

「見つけたぞ! ネズミを操る道化が描かれたステンドグラスだ!」

「それは“偽りの伝承”です! 砕いて構いません!」 

 

 ジンの指示でパリン、とステンドグラスが砕かれる。

 彼は街道に描かれたネズミ模様を確認すると、周囲の建物を見回した。

 

「間違いない……ここがブンゲローゼン通り。一三〇人の子供たちが攫われた街道だ」

 

 手元の地図を広げたジンは、これまでの情報を照合する。

 

「舞台区画でステンドグラスが展示されていた場所と、ハーメルンの街の展示場所はそれほどずれていない。つまり呑み込まれた、ではなく、ハーメルンの街を召喚したということ──?」

「はーい、そこまで♪」 

 

 ハッと街道脇の家屋を見上げる。

 屋根に立っていたのは、ネズミを操る神隠しの悪魔──ラッテンだった。

 

「お前はあの時の……! 飛鳥さんをどうした!?」

 

 ジンが叫ぶが、彼女はクスクスと笑うだけだ。

 やがて仰々しく辞儀をすると、手に持った魔笛を唇に添えた。

 

「ブンゲローゼン通りへようこそ皆様! 神隠しの名所に訪れた皆様には、素敵な同士討ちを御体験していただきます♪」

 

 直後、屋根の上から何十匹もの火蜥蜴が出現する。

 操られた“サラマンドラ”の同士を見て、ジンは盛大に歯噛みした。

 ゲームのルール上、同士討ちは双方失格となってしまう。

 ただでさえ少ない人員がこれ以上減ってしまえば、捜索そのものに支障をきたしてしまうだろう。

 ラッテンは構うことなく、フルートを振るって火蜥蜴たちに命令を下す。

 

「さあ! 仲間同士で戯れてごらんなさいな!」

 

 屋根から一斉に火球を吐き出す火蜥蜴たち。

 参加者側も最早戦うしかないと意を決したその時──(ほとばし)る黒い影が、火球の雨を打ち砕いた。

 

「何ッ……!?」

 

 ラッテンの口元から笑みが消える。

 頭上を見上げれば、輝くように揺れる光が刺し込んだ。

 月明かりを背に煌々と靡く金髪。

 純血の吸血鬼──レティシアが、翼を広げて彼女を見下ろしていたのだ。

 

「見つけたぞ、ネズミ使い」

 

 射殺すような爛々とした双眸でラッテンを睨む。

 そこに普段の温厚さは微塵も無い。

 火蜥蜴たちの中心に佇むラッテンは、レティシアの美貌に歓声を上げた。

 

「うわおおお……! 本物! 本物の、純血の吸血鬼! うわぁ……超美人じゃない。何あの煌めきまくってるスーパープラチナブロンド。ああだめ、今から興奮してきたかも」

 

 思わず恍惚とした表情を浮かべるラッテン。

 その隙にギフトカードから取り出した長柄の槍を投擲するレティシア。

 それをクルリとステップを踏むように避けたラッテンは、再度レティシアへ向き直る。

 

「ふふ。いい感じに祭りっぽくなってきたじゃない。じゃ私も、切り札(ジョーカー)投入といこうかしら?」

 

 途端に眼孔を鋭くすると、彼女は魔笛を唇に当て、演奏を始めた。

 高く、低く、疾走するようにハイテンポなリズムの曲調は、これまでのどの魔笛とも違う。

 まるで何かを目覚めさせるかのようなその旋律は、次第に大地を迫り上げると、陶器で出来た巨躯の兵士を数多に構築し始めた。

 総勢はおよそ十体強。

 舞台区画の各地に現れた陶器の怪物は、一斉に雄叫びを上げた。

 

「「「「「BRUUUUUUUUUM!!!」」」」」

 

 嵐の中心のように、全身の風穴から大気を吸い上げ放出する陶器の巨兵。

 想像以上の戦力を投入してきたラッテンに、レティシアは緊迫した口調で問う。

 

「……あの陶器の巨兵。“ハーメルンの笛吹き”とは無関係の魔物だな?」

「まあねー。とある神様が造った泥人形のオマージュのレプリカのその眷属から派生した超雑種って奴? どちらにせよそんなご大層なモノじゃ御座いませんよ。どっかのパワー馬鹿と違って、私は神格も持ってませんしぃ?」

 

 投げやりに呟くラッテン。

 しかしレティシアは、彼女の言葉に驚愕した。

 

「神格だと……!?」

「あれ? 私たちの謎を解いたんじゃなかったの? うちのマスター、あれで神霊の類なのよ。だから神格のひとつぐらいならどうにか出来ちゃうわけ。……ひとつぐらいならね」

 

 ケッ、と悪態をついて不貞腐れる。

 その間に、レティシアはジンへ問いかけた。

 

「ジン、大丈夫か?」

「大丈夫。特に怪我も無い」

「それは良かった。ここは私に任せて、ステンドグラスの捜索に急げ。あの巨兵が暴れ出せば、それどころではなくなるだろう」

 

 頷き、ジンは捜索隊と共にこの場を離れる。

 ひとり残ったレティシアは、すでに火蜥蜴たちによって周りを包囲されている。

 そこに3体ものシュトロムが加わり、もはや完全に四面楚歌だ。

 

「ネズミ使い。飛鳥を攫ったのはお前か?」

「だったらどうするの吸血鬼さん? “箱庭の騎士”の力を見せつけてくれるのかしら?」

 

 ラッテンは配下の魔物たちへ、いつでも襲い掛かれるよう臨戦態勢を取らせる。

 しかしレティシアは怯まず、美麗に微笑んで返答した。

 

「残念ながら、今の私が所持しているギフトはどれも三流まがいのモノばかりでな。唯一戦力になりそうなのが……この“影”のギフトだけなんだ」

「影?」

 

 ラッテンの視線は自然とレティシアの影に落ちる。

 すると彼女の影は、無尽の刃へと姿を変えた。

 いや、無数の刃が擦れ合うようなその様はむしろ──

 

「その影……“(あご)”? いえいえちょっと待った! そもそも吸血鬼に影は無いはずじゃ、」

「いかにも。コレでも昔は系統樹の守護者、“龍の騎士(ドラクル)”まで上り詰めたことがあってな。この“遺影”は、その時に信仰していた龍のモノだ」

 

 ラッテンの余裕が一転する。

 聞き間違いかと思考した一瞬の隙に、レティシアの影は膨張してその姿を変幻させた。 

 彼女は鋭利な眼差しをラッテンに向け、

 

「この前の御礼参りだネズミ使い。我が同士を傷つけた報いを、ここで受けるがいいッ!!」

 

 無尽の刃は巨大な龍のアギトとなり、平面に広がって周囲を薙ぐ。

 3体のシュトロムは龍の顎に噛み砕かれ、一撃で粉砕された。

 間一髪跳び上がって避けたラッテンだが、上空から俯瞰したその影に驚愕する。

 

「龍の騎士に、無尽の刃を持つギフトですって……!? あなたまさか、神格を持った吸血鬼! 魔王ドラキュラだとでもいうの!?」

「懐かしい二つ名だが、それはとうに捨てた名だ。魔王ドラキュラと称された吸血鬼は、とっくの昔に倒されたんだよ。お前たち“幻想魔道書群(グリム・グリモワール)”が没した数百年後にな!」

 

 舌打ちと共に逃げ出すラッテン。

 屋根の上を跳び回りながら、火蜥蜴たちを盾にして叫ぶ。

 

「くっ、蜥蜴共! 私を守りながら跳びかかりなさい!」

 

 命令に従い、一斉に襲いかかる火蜥蜴たち。

 レティシアはやむ得ず影を引っ込めて相手取る。

 龍の遺影のギフトでは、破壊力が大きすぎて無傷で押さえることが難しいからだ。

 ラッテンはその隙に路地裏へ下り、姿を隠しながら逃走した。

 

(何であんな大物がここに……!? たかが名無し風情のコミュニティに、一体どれだけの人材が集結しているの!?)

 

 ブンゲローゼン通りから逃走したラッテンは一路、マルクト教会へ走る。

 

(教会の付近にはシュトロムを数体待機させてる。防衛線を張るにしても、まずはあそこへ……!)

 

 ルネサンス調の街並みの中、ゴシック調の尖塔のある教会を目指すラッテン。

 しかしマルクト教会では、すでに先客が待ち構えていた。

 

「──待っていたわ、偽りの“ハーメルンの笛吹き”。いえ、本物の“ネズミ捕り道化(ラッテンフェンガー)”」

 

 その姿に、ラッテンは目を丸くする。

 真紅のドレスを身に纏った飛鳥が、教会のステンドグラスを背に佇んでいたのだ。

 

「なっ……あなた、今までどこに」

「“ラッテンフェンガー”のコミュニティに匿われていたのよ。あなたを倒すためにね」

 

 自信に満ちた顔つきで、長い髪と真紅のドレスを靡かせる飛鳥。

 その肩には、例のとんがり帽子の精霊がいた。

 己の真名を騙る怨敵を見つけたラッテンは、艶美な表情を歪ませ、フルートを指揮棒のように掲げて叫ぶ。

 

「とうとう姿を現したわね偽物……! ハッ、丁度いいわ! あなたを人質に吸血鬼を抑え込む! 捕まえなさい、シュトロム!」

「BRUUUUUUUUUM!」

 

 瞬く間に迫り上がる地盤。

 姿を現した3体の巨兵は、教会の壁を打ち砕いて飛鳥を襲う。

 しかし飛鳥はシュトロムを一瞥した後、悠々とギフトカードを掲げた。

 

「いいわ。まずは貸しをひとつ返させて頂きましょう。──来なさい、ディーン!」

 

 ワインレッドの輝きが教会を満たす。

 ギフトカードからは無印の円陣が浮かび上がり、中から天地を揺るがすほどの雄叫びが響いた。

 

「──DEEEEEEeeeEEEEEEN!!!」

 

 主の呼び声に、紅い鋼の巨人は伽藍洞(がらんどう)の身体を大きくしならせて応える。

 紅い巨躯の総身に太陽をモチーフにしたと思われる塗装と意匠を凝らし、圧倒的な存在感を放つ巨兵。

 ラッテンはディーンに驚愕しながらも、シュトロムたちに命令を下す。

 

「か、構わないわ! 圧殺しなさいシュトロム!」

 

 シュトロムは嵐のように大気を揺らし、周囲の建造物を吸収し始めた。

 飛鳥は余裕に満ちた表情のまま、シュトロムの一撃を優雅に待つ。

 

「迎え撃つのよディーン。彼らに格の違いを見せつけて差し上げなさい」

 

 ディーンは不気味なひとつ目を揺らし、鈍く頷く。

 瓦礫を溜め込んだシュトロムは、顔面に空いた巨大な空洞を臼砲のようにして塊を撃ち出す。

 その刹那、両者は同時に叫んだ。

 

「潰せ、シュトロムッ!!」

「砕きなさい、ディーンッ!!」

「DEEEEEEeeeEEEEEEN!!!」

 

 飛鳥の言葉で、ディーンの重鈍な動きが一気に加速する。

 高速で襲う巨大な岩塊は、振り回される鋼の豪腕によって全て叩き落とされた。

 飛鳥は続いてディーンに指示を出す。

 

「ここのステンドグラスは“真実の伝承”のひとつ! 壊しては元も子もないわ! 教会を出るわよディーン!」

 

 ディーンは承知したかのように鈍く唸り、伽藍洞の身体をしならせて壁を突き破る。

 突進したディーンは隣接するシュトロムの一体を押し倒し、打ち砕き、叩きつけて木っ端微塵に粉砕した。

 

「DEEEEEEeeeEEEEEEN!!!」

 

 雄叫びと共に暴れるその様は、正に鋼の魔人と称するに相応しい姿だろう。

 ラッテンは戦慄きながらも、残りのシュトロムに命令を下す。

 

「背面の一体! 一瞬でいいわ、押さえつけなさい!もう一体は嵐で牽制するのよ!」

 

 ディーンの背面に立っていたシュトロムは、全身の風穴から空気を噴出して突進する。

 もう一体は嵐のような乱気流を巻き上げ始める。

 しかしその程度、紅い鉄人形には通用しない。

 乱気流をモノともせず、突進を仕掛けたシュトロムを片腕で受け止めた。

 ディーンの背面に立っていた飛鳥は一度離れ、乱気流に呑み込まれないよう教会の柱へ掴まりながら指示を出す。

 

「力の差を見せつけなさい、ディーン!」

 

 一喝、ディーンはシュトロムの頭を掴んで捻じ伏せる。

 陶器の巨兵は抵抗むなしく、乾いた音と共に一撃で粉砕された。

 これで残り一体。

 最後のシュトロムを倒すために指示を出そうとした飛鳥は──ふと、ラッテンの姿がないことに気づく。

 

「……消えた……!?」

 

 失態に舌打ちしながらも、飛鳥は頭を振って周囲を伺う。

 しかし気が付かない。

 それもそのはず。

 ラッテンはシュトロムの巻き上げた風で──()()()()()()()()()()

 

(鉄人形と距離を置きすぎたわねお嬢さん……! もらったッ!)

 

 ラッテンは勝利を確信し、フルートの尖端を飛鳥の頭上目掛けて固定する。

 上を見上げ、間一髪気が付いた飛鳥だがもう遅い。

 避ける暇もなく突き出された魔笛は、

 

「──潰しなさい、ディーン」

 

 高速で()()()巨躯の豪腕に、握り潰された。

 

「ギッ──!」

「Bur……!?」

 

 ズドンッ!!

 

 と伸びた豪腕に掴まれたラッテンは、そのまま高速でシュトロムに叩きつけられる。

 3体目のシュトロムもその一撃で粉砕し、ディーンは無骨な雄叫びを上げた。

 普段の重鈍な動きとは裏腹に、戦闘時の動きは軽快ささえ垣間見える。

 飛鳥の力が、スペック以上の力を引き出しているからだろう。

 

「DEEEEEEeeeEEEEEEN!!!」

 

 勝ち鬨を上げる紅い鋼の魔人。

 ラッテンは今更になって気が付く。

 この巨躯の鉄人形が、どうやって大空洞の中心に搬入されていたのか。

 あの僅かな時間に、どうやって大空洞から姿を消したのか。

 その解答に至り、畏怖を込めた眼差しでディーンを見上げた。

 

「し、伸縮自在の鋼……! 龍種の“純血”のみが錬成できる、神珍鉄の魔人……!」

 

 ──神珍鉄製の自動人形(オートマター)

 

 かつて七人の魔王を総べた“斉天大聖(天に斉しき者)”が愛用したという、質量を自在に増減できる神の鉱物。

 それを地精の精霊群が鍛えて組み上げた鉄人形。

 伽藍洞の中身とは裏腹に、その巨体に宿る重量は途方も無い。

 飛鳥はコツコツと歩み寄り、瀕死のラッテンに微笑みかける。

 

「これで蹴られた貸しは無しにしましょう。喧嘩両成敗というやつね。……だけどイーブンには少し早いわ。まだ貸しをひとつ返してもらっていないもの」

 

 パチン! と飛鳥が指を鳴らす。

 飛鳥の合図に頷いたディーンは、ラッテンを放して後ろへ下がった。

 解放されたラッテンは崩れ落ち、ガクガクと膝を震わせて地面にへばり付く。

 白装束を鮮血で染めた彼女は、トドメを刺さない飛鳥に疑問の眼差しを向けた。

 

「なっ……何を、」

「覚えているかしら? 私は1週間前、あなたの音色で支配されたネズミたちによって敗北したわ。つまり貸しを返して頂くというのは……率直に言うと、一曲所望したいということよ」

 

 スッと。

 ディーンの巨大な手の平に腰かけ、細く長い指でラッテンを指差す。

 

「ゲームをしましょう。あなたに一曲分の演奏を許可します。その一曲で、私に服従しているディーンを魅了してみなさい」

 

 挑戦的な瞳には、ただ勝つだけでは意味が無いという強い意志が見て取れた。

 敗北した相手のギフトを打ち破り、完全な形での勝利を望むと彼女は言うのだ。

 

「……なるほど、ね」

 

 ラッテンは肩が上下する程乱れた息を、血反吐ごと飲み込むように吸って正す。

 

「いいわ……あなたのゲームに乗って、一曲奏でましょう」

 

 彼女は魔笛を唇に当て、いつもの茶化した笑顔でウインクした。

 

「幻想曲“ハーメルンの笛吹き”。どうかご静聴のほどを♪」

 

 

 

***

 

「いい加減、無意味だと分からないの?」

 

 迫り来る轟雷と炎弾を、球体状に展開した黒い風で阻むペスト。

 一向に好転しない戦況に、サンドラは大きく歯噛みした。

 

「やっぱりダメ! 神格級のギフトが2つ同時に攻撃してもビクともしない!」

「確かに、タイムオーバーを狙っているのは明白ですが……少々妙な力でございますね」

 

 サンドラに比べると、幾分か冷静な黒ウサギ。

 というのも、彼女はペストの霊格に心当たりがあったからだ。

 黒ウサギは疲弊したサンドラを一瞥すると、屋根の上からペストへ問う。

 

「“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”。あなたの正体は……神霊の類ですね?」

「えっ?」

「そうよ」

「えっ!?」

 

 悠々と問いへ答えるペスト。

 サンドラは驚きながら2人の顔を交互に見る。

 

「日向さんから話を聞いた時、よもやとは思いました。あなたの持つ霊格は“ハーメルンの笛吹き”に記述された“一三〇人の子供の死の功績”ではなく、十四世紀から十七世紀にかけて吹き荒れた黒死病の死者──()()()()()()()()()()()を持つ悪魔ではないか、と」

 

 今度こそサンドラの表情は蒼白に変わった。

 

「八〇〇〇万の死の功績……!? それだけあれば、神霊に転生することも可能」

「無理よ」

「無理です」

 

 同時にキッパリと否定され、サンドラはちょっぴりしょんぼりした。

 

「最強種以外が神霊になるために必要な功績は“一定数以上の信仰”でございます。いかに規格外の数の死を収集しようと、神霊に至ることは不可能でございますよサンドラ様」

「そ、そっか」

「ですが信仰の形は様々です。恐怖を以て奉られる神仏も決して少なくはありません。密教の悪神にはよくあることでございます。──しかしペスト。あなたは神霊に成り上がるための恐怖も信仰も足りなかった。後の医学が黒死病(あなた)に対抗する手段を得ることで、神霊には成りきれなかったのです」

「……」

「だからあなたは自分に最も近い存在で、恐怖の対象として完成されている形骸を欲したのです。……それが“幻想魔道書群(グリム・グリモワール)”の魔道書に記述された、(まだら)模様の死神。あなたは自分自身を神霊として呼び出すために──」

「残念ながら、所々違うわ」

 

 へ? と絶対の自信があった推測を否定され、黒ウサギはウサ耳をへにょらせる。

 ペストは毛先を弄りながら、少し憂鬱そうに口を開いた。

 

「だけどそうね……時間稼ぎ程度に教えてあげる。私は自分の力で箱庭に来たんじゃない。私を召喚したのはかの魔王軍・“幻想魔道書群”を率いた男よ」

「なっ、」

「きっと私を手駒に加えたかったのね。八〇〇〇万もの死の功績を持つ悪魔……いいえ。“八〇〇〇万の悪霊群”である私を死神に据えれば、神霊として開花させられると思ったのよ」

 

 黒ウサギは思わずウサ耳を疑った。

 

「ということは……あなたは黒死病が神霊化したわけではなく、黒死病の死者の霊群ですと?」

「ええ。その代表が私。……しかしかの魔王は、私たちを召喚する儀式の途中で何者かとのギフトゲームに敗北し、この世を去った」

 

 そして幾星霜の月日が流れた。

 何かの拍子で召喚式が完成され、時の彼方から呼び出されたのがペスト。

 世界人口の3割が減少し、死の病が蔓延る恐慌時代からやって来た少女。

 

「私たちが“主催者権限(ホストマスター)”を得るに至った功績。この功績には私が……いえ。死の時代に生きた全ての人の怨嗟を叶える、特殊なルールを敷ける権利があった。黒死病を世界中に蔓延させ、飢餓や貧困を呼んだ諸悪の根源──怠惰な太陽に、復讐する権限が……!!!」

 

 あまり感情を表に出さないと思われていたペストは、初めて激情で語調を強めた。

 彼女は八〇〇〇万の怨嗟の声に応えるため、この神々の箱庭で太陽に挑むのだという。

 

「太陽に復讐とは……流石は魔王。太陽の主権を持っている白夜叉様を狙った理由は、そこにあったわけですか」

 

 冷や汗を浮かべながら、黒ウサギは理解した。

 ペストは先ほどまでの熱を消すと、泰然と構えて薄く笑う。

 そして手元から黒い風を噴出させ、戦慄と共に宣言するのだった。

 

「……さ、ゲームを再開しましょ。あなたたち2人は大事な駒だもの。タイムオーバーのその瞬間まで、たっぷりと遊んであげる」

 

 

 

***

 

 山河を打ち砕く両者の激突は、瞬く間に地形を塗り替えて瓦礫の山を築いていた。

 大地を捲り、河を操り、地殻変動に匹敵する威力で迫る水柱や岩塊を、十六夜は四肢の力ではね飛ばす。

 

「しゃら、くせえ!」

 

 その隙にヴェーザーは死角から十六夜の懐へ飛び込もうする。

 しかしそれに気づいた十六夜も、岩塊を足場に跳び退いて距離を取る。

 この俊足こそ十六夜最大の武器であり、身を守る術なのだ。

 その後も激化する両者の戦闘。

 だが十六夜は、ふっとその足を止めた。

 ヴェーザーは警戒しながら彼に問う。

 

「どうした坊主? まさか諦めたってわけじゃねえよな?」

「……気に入らねえな」

「は?」

「お前、ずっと本来の力を隠してるだろ?」

 

 不満そうに吐き捨てる十六夜。

 その身体は全身に細かい傷が付いてはいるものの、致命的な一撃は最初の一打しかない。

 俊足に任せて動く十六夜と、それに合わせて待つヴェーザー。

 搦め手を交えてはいるが、両者とも決定打に欠ける一進一退の攻防を繰り返していた。

 しかし十六夜は気付いていたのだ。

 ヴェーザーが、未だ明らかにしていない隠し玉を所持していることに。

 

「俺の懐に飛び込んだ時のお前の目。“この一撃さえ当たれば勝てる!”……そんな目をしているのが、あぁぁあ気にくわねぇ!」

 

 一転して、好戦的な笑みで叫ぶ。

 ボロボロになって肩で息をしていたヴェーザーは、呆れたように構えを解き、巨大な笛を肩に担いで息を吐いた。

 

「そんなこと言ってもお前……じゃあどうすんだよ」

「このままじゃ埒が明かねえ。だからお互いに、全力の一撃で決着を付けようぜヴェーザー」

 

 ピッと、ヴェーザーを指差して宣言する十六夜。

 ヤハハと笑う彼とは対照的に、ヴェーザーの表情は険しかった。

 今の膠着状態は、彼にとっては歓迎すべき状況だ。

 このまま延々と戦い続ければ、いずれタイムオーバーが来るだろう。

 

 ──しかしだ。

 

 この悪童を殺してしまうのは惜しいと考える反面、力の底がどこまであるのか見てみたいという期待感もあった。

 ヴェーザーはしばし沈黙し、

 

「…………………………………はぁ」

 

 ドッと、脱力したように肩を落とした。

 黒髪の短髪をボリボリと無造作に掻き毟り、軍服の襟元を開くと、血走った眼で、

 

「OK。死ね、糞ガキ」

 

 己の霊格を全解放した。

 ヴェーザーは魔笛を掲げ、頭上で円を描くように乱舞し始める。

 それに応じて、立っているのも難しいほどの地鳴りと震動が起こり始める。

 今までの揺れとは比べ物にならない地殻の変動は、徐々にヴェーザーの魔笛の切っ先に集まる。

 乱舞する魔笛に、地殻変動級のエネルギーが収束していく。

 次第に揺れが収まっていく中、十六夜は腰を落とし、右腕を引き絞るように後ろへ下げる。

 腕力だけでなく、全身の駆動をフルに使った、生涯初めての全力に心が踊る。

 

「よしよしいいぞ……! かなり期待できそうだ……!!!」

 

 互いに次の一撃のため、身体を後方に捻る。

 大地の揺れが収束されると同時に──必殺の一撃はぶつかり合った。

 

 

 

***

 

 各所で戦闘が激化する中、日向は広々とした街道で静かに構えていた。

 しかしその双眸に油断の色は無く、五感をフルに活用して周囲の気配を探っている。

 

 不意に、彼の背後から円錐状の土槍が飛来した。

 日向は敏感に察知すると、振り向き様に拳を振るってそれを砕く。

 直後、左右後方から再び土槍が撃ち出された。

 攻撃を凌いだ直後の僅かに生まれた隙をつく、絶妙なタイミングでの追撃。

 咄嗟に跳躍することで回避するも、まるでその瞬間を見計らっていたように無数の土針が連射される。

 いかに日向と言えど、空中では身動きの取りようが無い。

 それでも彼は冷静に虚空を蹴り上げると、生じた風圧が防御膜となって全ての土針を吹き飛ばした。

 地面に着地するや否や、日向は攻撃が繰り出された地点へ瞬時に移動して拳を振り抜く。

 その一打で家屋の一軒が倒壊するが、すでに相手の姿は影も形も消え失せていた。

 

(この動き方……どうやらこっちの手は読まれているみたいだな)

 

 そして、戦況は再び振り出しへ戻る。

 すでに数度繰り返されているやり取りに、日向は身構えたままで問いかけた。

 

「やっぱり、タイムアップ狙いか?」

「ふふふ、当然です。私にも彼我の実力差くらい分かりますから。ハッキリ言って、正面から戦ってもお兄さんには絶対に勝てません」

「そこで長期戦覚悟のかくれんぼか。それにしても、いささか堂に入りすぎてやしないか?」

 

 日向は思わず苦笑する。

 現在も少女は周囲の反響を利用して言葉を発しており、こちらに位置を悟らせない。

 辺りには建造物が建ち並んでいるため、身を隠す場所ならいくらでもあるのだ。

 ならば力ずくの手段に打って出たいところだが、真実の伝承のステンドグラスを破壊してしまう恐れがある以上、下手な行動を取ることは出来ない。

 恐らくはそれすら見越した上での戦略なのだろう。

 洗練された戦い振りに、日向は素直に感心した。

 

「ふふふ、前にも言ったじゃないですか。私は目が見えない分、少しだけ人の感情なんかに敏感なんですよって。加えて風の動きや僅かな物音から、お兄さんの行動は手に取るように分かります」

「なるほどな。それは確かに厄介だ。さっきからの攻撃を見ると、君は地精寄りの悪霊なのか?」

「はい、その通りです。私の所有するギフトは2つ。そのひとつが“土系の操作”です。効果は見ての通り、土の形状を変化させたり、自由自在に動かしたりといったモノですね。無論、操れる範囲は私の霊格に依存しますが」

「へえ? ちなみに、もうひとつのギフトは何なんだ?」

「ふふふ、流石にこれ以上は明かせませんよ? もしも教えて欲しければ、私を捕まえてみて下さいね♪」

「ま、それもそうだな……っと!」

 

 続いて迫り来る数本の土槍を弾きながら、日向は脳内で思考する。

 

(参ったな……こうなったら少し面倒だが、荒技を試して見るか)

 

 刹那、日向は地面を踏み抜くと同時に姿を消した。

 高速で街中を駆け巡り、少女が反応する前に見つけてしまう魂胆だ。

 

 しかし──

 

(おかしいな……聞こえる声の大きさからして、少なくとも半径二〇〇m以内には居るはずだが……)

 

 ほとんど音速で駆けている日向にとって、その程度の範囲を探すことなど一瞬だ。

 しかし少女の姿は一向に見えない。

 訝しむ日向をからかうように、周囲から少女の声が反響する。

 

「ふふふ。ほらほら、ここですよー?」

「お兄さんこちら♪ 手の鳴る方へ♪」

 

 まるで本当に遊んでいるかのように、楽しそうな声で話す少女。

 仕舞いには『鬼さん』と『お兄さん』を掛けてくるほどの余裕振りだ。

 この程度の挑発に乗るような日向ではないものの、依然として姿の見えない少女に少なからず疑問を抱く。

 

(ここまで探して見つからないとなると……他に残る場所は……)

 

 と、その時。

 不意に日向は視界の隅で、地面に空いた小さな穴を発見した。

 

(穴? どうしてこんな所に……ッ! そうか!)

 

 瞬間、日向は何かに気づいて足を止める。

 その様子に、少女は不思議そうに問いかける。

 

「あれれ? もう追いかけっこは終わりですか?」

「ああ。残念ながら、そろそろ捕まえさせてもらうとするよ」

「──? 一体どうやって──」

 

 少女が眉を歪めると、日向は静かに拳を引いた。

 そして、ニヤリと笑って一言、

 

「──さあ、出て来てもらおうか」

 

 そう言って──()()()()()()()()

 日向の拳は大地を放射状に割り砕き、さながら爆心地のように巨大なクレーターを形成する。

 倒壊した家屋の瓦礫や木材が宙を舞い、衝撃は地殻を抉って土や砂礫を巻き上げる。

 ありとあらゆる物が盛大に頭上を飛び交う中、嫌に目立つ存在がひとつ。

 地中から引っ張り出された白髪の少女は、キョトンとした顔で空中に打ち上げられていた。

 

「あ、あれれ?」

「ハハハ……()()()()()

「あ、アハハ。見つかっちゃいました……?」

 

 まるで悪戯が成功したような笑みを向ける日向に、少女は苦笑を浮かべて冷や汗を流す。

 咄嗟に周囲の瓦礫や土塊を土槍へ変化させた彼女は、それらを撃ち出しながら慌てた声で問いかけた。

 

「ど、どうして私が地中に居ると分かったんですか!?」

「君を探し回っている時、おかしいなとは思ったんだ。声は近くにあるはずなのに、君の姿はどこにもない。そんな時、地面に空いた小さな穴が目についた。そこで思い付いたのさ。君のギフトなら、地中に隠れることが出来るんじゃないかって。あの小さな穴は、地中から声を伝えるための伝声器のようなものだろう?」

 

 迫り来る土槍を回避し、受け流し、時に砕きながら日向は答える。

 完全に見破られたことを理解した少女は、それでも納得がいかないと訴えた。

 

「うう、流石です。で、でも! こんな大規模な攻撃をすれば、周囲のステンドグラスもただでは済まないんじゃ、」

「それなら、さっき全部確認したさ」

「え? そんな、一体いつ……ッ!」

 

 その瞬間、ハッと少女は思い出す。

 先ほど日向が、辺り一帯を駆け巡っていた時。

 彼は彼女の姿を探すのと同時に、周囲にステンドグラスが無いことを確かめていたのだ。

 

「さあ、これでチェックメイトだ」

「っ! まだです!」

 

 少女は周りの土塊を変化させ、無数の弾丸を撃ち出した。

 眼下の日向へ、視界を覆い尽くさんばかりの弾幕が迫る。

 日向はそんな凶弾の嵐を、

 

「──しゃらくせえ!!!」

 

 己が拳の一振りで、ひとつ残らず弾き飛ばした。

 直後に足場を踏み抜くと、一瞬で少女の眼前に躍り出る。

 目の前で拳を握る日向に、少女はニッコリと笑いかけた。

 

「ふふ、負けちゃいましたね」

「……ごめんな」

「気にしないで下さい。これでようやく私も──!?」

 

 日向が勝負を決めようとしたその時、突如少女の身に異変が起こった。

 白髪は徐々に黒く染まり、彼女は苦痛に喘ぐかのように声を漏らす。

 

「あ、駄目……皆、どうして……!」

「──! おい! 大丈夫──ッ!?」

 

 異変に気づき、日向が手を伸ばそうとするも、少女の前に発生した黒い瘴気によって弾かれた。

 瘴気はやがて、少女を包み込むように広がっていく。

 

「あ、う、あ……お、兄さん……わ、私、を」

「なんだ!?」

 

 完全に呑み込まれる寸前、少女は日向に何かを伝えようと、必死に声を振り絞り出す。

 問い返す日向が、最後に耳にした彼女の言葉は、

 

「私を──()()()下さい」

 

 瘴気が黒い球体を成し、少女の姿が完全に呑まれた。

 しばしの静寂の後。

 不意に球体にヒビが入り、瞬く間に全体へ亀裂が広がっていく。

 まるで鳥の雛が卵の殻を破るように、砕けた球体の中から現れたのは──

 

「お前は……()()?」

 

 黒い髪。

 黒い装束。

 黒い包帯。

 

 日向の問いに、全身を漆黒へと染めた少女は、

 

「殺、サセナイ。ヒトリニナンカ、シナイ。絶対ニ──守ッテミセル!」

 

 夕陽が暮れ落ち、夜の帳が下りる時間。

 宵闇に佇む少女は酷く、醜く、狂気的な声で──優しく、叫ぶのであった。

 

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