- The Another Origin -   作:青葉空太

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第23話 明日に希望を

 

 ──境界壁・舞台区画。

 ──“火龍誕生祭”運営本陣営。

 

 魔王の仕組んだギフトゲームが幕を上げてから、10時間が過ぎようとしていた。

 

「よし! 全員、ステンドグラスを掲げろ!」

「「「おおっ!!!」」」

 

 “黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”との戦いが終わった後、避難していた参加者たちによって舞台の捜索が再開され、すでに偽りの伝承であるネズミ捕りの男と、黒死病によって倒れた者たちが描かれたステンドグラスは1枚残らず砕かれていた。

 そして今、最後に残された真実の伝承──ヴェーザー河の描かれたステンドグラスが、参加者たちの手によって一斉に天へと掲げられる。

 

 “偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ”

 

 その一文が成された直後、彼らの視界は割れるように開けた。

 呆然としながらも周囲を見渡せば、数多の尖塔群とペンダントランプの灯火が見える。

 黄昏時を彷彿とさせる街並みが、そこにはあった。

 言葉が出せない参加者たちの前に、やがて霞の如く現れる白夜叉。

 恥ずかしそうに頬を掻く姿は、外見相応の年に見えなくもない。

 向き直り、言った。

 

「皆、よく戦ってくれたの。東のフロアマスターから礼と……謝罪を告げねばならんの。偉そうにふんぞり返っておきながら、私は終始封印されたままだった。いや、本当に申し訳なかったのぅ」

 

 恥じ入る白夜叉に、しかし非難の声は皆無だった。

 最強の“階層支配者”である彼女に寄せられる信頼は、この程度で揺らぐものではないのだろう。

 白夜叉はお詫びの言葉を述べると、一転して優しげに微笑んで道を空けた。

 

「──故に、この言葉は此度の戦いの立役者である、この者にこそ相応しい」

 

 白夜叉の背後からサンドラが前に出る。

 彼女はしばし瞳を閉じた後、満面の笑みで告げた。

 

「……魔王とのゲームは終わりました。我々の勝利です!」

 

 瞬間、参加者たちは爆発するように歓声を上げた。

 マスターたちの言葉を聞いて、ようやく勝利を実感出来たのだろう。

 

 呪いから解き放たれた者。

 同士の命が救われて涙する者。

 魔王の脅威が去ったことに安堵する者。

 

 そんな彼らを温かく見回した白夜叉は、参加者たちに号令を下す。

 

「傷ついている者にはすぐに手当を。無事な者は率先して手を貸してやるのだぞ。それらが終わったら……魔王を倒した功績の授与と、祝勝会を兼ねた誕生祭の続きだ! 覚えのある者はドキドキワクワクソワソワしながら待ってるが良いぞ♪」

 

 彼女の期待させるような言葉に、一層大きな歓声が上がる。

 各コミュニティはこぞってそれぞれの分担につき、ゲームの後始末を始めるのだった。

 

 

 

***

 

 ──境界壁・舞台区画。

 ──赤窓の歩廊・時計塔頂上。

 

 日向は白髪の少女を腕に抱き、見晴らしの良い時計塔の頂上へ足を運んでいた。

 時刻は間もなく夜明け時だ。

 地平線の空が徐々に白んでいくのを眺めつつ、日向は少女に問いかける。

 

「具合はどうだ?」

「もちろん大丈夫……ではないですね」

 

 少女は苦笑気味に返答した。

 

「予想は出来てましたけど……やっぱり召喚の媒体となったハーメルンの魔書が消えた以上、私も元の世界へ帰されるみたいです」

 

 まるでその言葉を裏付けするかのように、彼女の姿が次第に希薄となっていく。

 恐らくはこの世界に存在していられる時間も、そう長くはないのだろう。

 ふと、日向は思い出したように尋ねた。

 

「そういえば、まだ君の名前を聞いてなかったな」

「え? わ、私の名前ですか?」

「ああ。教えてもらってもいいか?」

 

 日向の要求に、少女はなぜか口ごもる。

 顔を赤くして縮こまる彼女に、日向は首を傾げて疑問符を浮かべた。

 

「あれ? どうしたんだ?」

「いえ、あの……何だかちょっぴり緊張しますね」

「いや、何でやねん」

 

 思わず関西弁でツッコミを入れる。

 「う~」と悶えていた少女は、ようやく観念したように呟いた。

 

「……ユエ。ただのユエです」

「ユエ──か。良い名前だな」

「ほんとう……ですか?」

「ああ。確かとある言語だと、“月”っていう意味もある言葉だな。響きも綺麗で、似合ってると思うぞ」

 

 不安そうに見上げてくるユエに、日向は朗らかに笑って答える。

 その言葉に安心したように息を吐くと、今度は彼女から日向へ問う。

 

「それじゃあ、次はお兄さんの番ですね。……逃げちゃダメですよ? ちゃんと言わなきゃダメですよ?」

「あのな……そんなに心配しなくても、名前ぐらい普通に教えるよ」

 

 日向は苦笑すると、改めて自身の名前を告げる。

 

「日向。天道日向だ」

「てんどう、ひなた……天道、日向」 

 

 決して忘れまいとするように、ユエは何度も日向の名前を復唱する。

 しばらくして満足したように頷くと、

 

「えへへ……日向お兄さん」

「ん? 何か言ったか?」

「ふふふ、何でもないですよ~」

 

 年相応の笑顔を見せるユエに、日向も同じく笑みを浮かべる。

 その後も笑って会話を交わす2人。

 やがて過ぎゆく時間を惜しむように、ユエは寂しそうな顔をした。

 

「……そろそろ、時間みたいですね」

「……そうだな」

 

 ゆっくりと、彼女の身体が景色を透過し始める。

 もはや完全に消えるのも時間の問題だ。

 不意に、ユエは日向に尋ねた。

 

「お兄さんは、私がこの世界に召喚された理由について話した時のことを、まだ覚えていますか?」

「ああ、覚えてるよ」

 

 日向は静かに首肯する。

 ユエはどこか遠くを見つめるように話を続けた。

 

「あの時、私がこの世界に召喚されたのは、“イレギュラー”だって言いました。偶然に偶然が重なったからこそ、私はこの世界に召喚されてしまったんだって。……でも今は、そうじゃない気がするんです」

「偶然なんかじゃ無かったと?」

「はい」

 

 ユエは即答する。

 

「私はきっと、皆に導かれてこの世界に来たんだと思います。確証はないけれど、そんな気がするんです」

「……そうか。ユエがそう感じたんなら、きっと、そうなんだろうな」

「……はい」

 

 ギュッと、ユエは自分の胸を握り締めた。

 

「だから皆には、“ありがとう”の気持ちでいっぱいです。皆のおかけで、お兄さんに会えたから」

「なら、俺もあの子たちお礼を言わないとな。あの子たちのおかげで、俺もユエに出会えた」

 

 2人は互いに笑い合う。

 そして最後に、ユエは日向に問いかけた。

 

「……また、会えますか?」

「ああ、会えるさ。きっとまた、すぐに会える」

 

 日の光が、黄昏の街を照らし始める。

 日向がその光に目を細め、再び視線を落とした時、すでにユエの姿は消えていた。

 代わりに手の中にあったのは、彼女が目に巻いていた白い布だけだ。

  

『約束ですよ? お兄さん』

 

 不意に、そんな言葉が聞こえた気がした。

 日向は顔を上げると、ギュッと布を握り締め、

 

「ああ。約束だ」

 

 温かに輝く太陽を見据えながら──確かに、そう誓ったのだった。

 

 

 

***

 

 ──境界壁・舞台区画・暁の麓。

 ──美術品出展会場。

 

 参加者たちが祝勝会の準備を進めている中、飛鳥はひとり大空洞へと訪れていた。

 最初にディーンが展示されていた広場まで来た彼女は、最奥の隠し扉を開いて進み、ディーンを手にするためにギフトゲームを行っていた場所に出る。

 その中心へ佇み、彼女はふっと呟いた。

 

「……ハーメルンの魔道書(グリモア)は消えたわ。これでよかったの?」

「はい。これで我々も、望む形で元の時代へ戻れます」

 

 数多の声が空洞に響く。

 ハーメルンで犠牲になったとされる、一三〇人の精霊群。

 飛鳥はしばし瞳を閉じ、覚悟を決めて問いかけた。

 

「ひとつだけ聞かせて。あなたたちが望む形での時間軸というのは?」

「……それを聞いてどうすると?」

「純粋な疑問よ。だって元の時間軸に戻れば、あなたたちは死ぬだけでしょう?」

 

 控えめな声で彼らに問う。

 飛鳥の疑問は当然だろう。

 彼らはハーメルンの悪魔が呼び出される原因。

 つまり、死を約束された御霊(みたま)なのだ。

 箱庭で精霊として暮らすならまだしも、箱庭を出て行くというのは理解しがたい。

 飛鳥は両手を広げ、笑顔で群体たちへ提示する。

 

「そんな恐ろしい場所に戻る必要は無いわ。箱庭に居場所がないなら、私たちのコミュニティに来ない? ちょうど、あなたたちのような仲間が欲しかったところよ。一三一人も仲間が増えて皆喜ぶわ」

「「「──……、」」」

 

 群体たちの気配が変わる。

 敵意があるわけではない。

 ただ、困惑している様子だ。

 

「……飛鳥。あなたの誘いはとても嬉しい。その言葉だけで、長かった旅が報われた」

「それでも、我々は戻らねばなりません。後の時代を紡ぐために」

「そんな優しいあなただから、どうか最後に聞いて欲しい。死者も神隠しも存在しない──もうひとつの“ハーメルンの笛吹き”の可能性を」

 

 群体たちは大空洞を輝きで満たし、“ハーメルンの笛吹き”の可能性を示す。

 

 ──1284年

 ヨハネとパウロの日 6月26日

 あらゆる色で着飾った笛吹き男に一三〇人

 のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、

 丘の近くの処刑場で姿を消した──

 

 この碑文の、最後の解釈。

 それは即ち──一三〇人の子供が新たな土地で、自分たちの街を造ろうとしたというもの。

 親元を離れ、ヴェーザー河を下り、笛を吹きつつ、歌いながら未踏の地を目指した子供たち。

 他の誰でも無い、自分たちで一から造り上げた、街という名のコミュニティ。

 そして笛吹き男とは、新たに造られた街のリーダー的存在だったという伝承。

 

「飛鳥。我々にも、帰らねばならないコミュニティがあるのです」

「1284年のあの日に」

「我々が旗揚げした、第2の故郷へ」

「……」 

 

 そう、と飛鳥は小さく呟いた。

 彼らは飛鳥とは違い、全てを捨てて箱庭に来たわけではない。

 むしろ箱庭という場所に、無理やり呼び出されて捕らわれていたのだろう。

 飛鳥は諦めたように肩を落とし、力なく笑った。

 

「なら仕方ないわ。あなたたちの街造りが上手くいくように、箱庭から願ってます」

「ありがとう飛鳥」

「そんなあなただからこそ託せます」

「紅い鋼の巨兵・ディーンと──一三一人目の同士を!」

 

 え? という言葉は、激しい風と共に掻き消された。

 解放された群体精霊の霊格は、徐々にひとつの人形を形成していく。

 光の中から現れたのは、とんがり帽子の小さな精霊。

 飛鳥に懐いていた、あの幼い少女だった。

 消えた群体の声が反響する。

 

『──我々が後の世代に授かる、開拓の功績をその子に授けました。私たちが箱庭に残せる、最後の生きた証。あなたに託します──』

 

 それきり、大空洞から群体の気配は消えた。

 残されたのは飛鳥の手の平で眠る、とんがり帽子の精霊だけだ。

 眠たそうに目を擦った幼い精霊は、ゆっくりと身体を起こし、

 

「……あすかー?」

「……ええ。おはよう、メルン」

「めるん?」

「そう。あなたは“ハーメルンの笛吹き”の、正統な功績を継いだ地精。そして今から──私たちの同士よ」

 

 飛鳥の言葉に、んーと小首を傾げるメルン。

 周囲を見渡し、ユラユラと頭を左右に揺らして考えた後、

 

「──はい!」

 

 満面の笑みで、元気よく返事をするのだった。

 

 

 

***

 

 ゲーム終幕より48時間が過ぎた。

 外では祝勝会を兼ねた誕生祭に加え、終日宴の席が設けられている。

 数千人もの人員が魔王のゲームに捕らわれながら、ほんの僅かな犠牲で勝利を掴み取ったのだ。

 功労者である“サラマンドラ”と“ノーネーム”には、惜しみない称賛の声が上がっていた。

 今回のゲームに参加した者たちで、彼らを軽んじる者は最早ひとりも居ないだろう。

 日向と十六夜が考案した策は、ひとまずの成功を収めたのだった。

 

 ──一方の、舞台裏。

 

 マンドラは宮殿の執務室でひとり、“サウザンドアイズ”の黒い封蝋が押された手紙を読んでいた。

 書面に一通り目を通した彼は、ため息を吐いて苦笑する。

 

「『全てが万事上手く進行し、魔王を撃退されましたこと、お祝い申し上げます。新生“サラマンドラ”が北の階層支配者(フロアマスター)としてご活躍されることを心より期待しております。

 追伸/星海龍王からお預かりした神珍鉄は、例の撒き餌たちに贈らせていただきました』、か。

 ……流石は“サウザンドアイズ”。何もかもお見通しか。悪いことは出来んな」

「何が?」

 

 ガタン! とマンドラは立ち上がる。

 周囲には誰もいない。

 だが聞き覚えのある声だった。

 

「まさか、“ノーネーム”の小僧……! どこにいる!?」

「屋根裏にいるぞ!」

 

 ズドガァン!

 

 と天井を蹴破って現れる十六夜。

 どんな経路で潜り込んだのか、全身蜘蛛の巣だらけである。

 ぺっぺっとホコリを払った彼は、やや軽蔑の嘲笑を浮かべて尋ねた。

 

「で、何が悪いことなんだ? まさか、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……なっ、」

「いやいや、驚くとこかそこ? 普通に考えれば分かるだろ。連中は出展物に紛れていたんだぜ? それも一三〇枚もの笛吹き道化のステンドグラスを出展していた。主催者(ホスト)側が意図的に見落としてない限りは、不審に思うだろ?」

 

 違うか? と目線で問う十六夜。

 マンドラは背中に冷や汗を流しながら、帯刀した剣の柄を握っている。

 十六夜は壮絶に面倒くさそうな表情で頭を掻くと、執務机に腰を下ろした。

 

「ああいや、別に摘発しようとかそういうのじゃねえし。俺がここまで来たのは、ほら。なんだ。知的好奇心って奴だ」

「何……!?」

「俺の主観だが。あんたは別にサンドラを殺そうとか、跡目が欲しいとかじゃねえんだよな。むしろこう……サンドラがしっかりすることで“サラマンドラ”を支えて欲しいとか。そういう意図が見てとれるというか。もしかしてシスコン?」

「……」

「は、冗談として。俺なりに考えてみたんだが……“階層支配者”の使命を思い出してピンと来た。要するに今回の誕生祭襲撃は、一種の通過儀礼みたいなもんじゃねえのかなーと」

 

 “階層支配者”は、魔王の防波堤としての役目がある。

 即ち、魔王とのゲームを乗り越えることで、周囲のコミュニティから一人前と認められるという側面もあるのだ。

 マンドラの手に汗が滲むも、十六夜は無視して話を続けた。

 

「ルーキー魔王VSルーキーマスター? いやいや、偶然にしちゃ出来すぎなぐらい出来すぎだ。経験を積ませるという意味じゃこれ以上の相手はいない。これでサンドラは晴れて一人前の北のマスターとして認められるってわけだ! いやホント、“サラマンドラ”も安泰だな!」

「……っ……」

 

 ぐっと歯噛みするマンドラ。

 十六夜はスッと瞳を剣呑にし、

 

「……おい、黙ってんじゃねえぞ。俺が笑っている内に話すのが身のためだぜ? 魔王相手に、秩序の守護者がどうのと言って啖呵切った姿はどこにいった?」

 

 剣の柄を壊れるほど強く握るマンドラ。

 十六夜は机の上で上体を反らし、その姿を笑う。

 

「今回、死者は5名だっけ? あぁ、よかったよなあぁ? 死んだのが“サラマンドラ”の連中で! これで俺の身内に何かあったらお前──サンドラもろとも潰してたぞ?」

「サンドラは関係無いッ!」

 

 怒声を上げ、帯刀していた剣を引き抜くマンドラ。

 十六夜は呆れたように肩を竦めた。

 

「あのなあ……もう1回言うぞ。俺は摘発しようとかそういうつもりはねえんだ。秩序なんて所詮、汚れながら守られるもんなんだろうからな」

「知ったふうな口をッ……!」

「ああ、所詮知ったかだ。だから俺は他人が悪事に加担しようが構わない。(はかりごと)も構わない。罪を犯すのも構わない。人を殺すのも好きにしろ。けど──()()()()()()()()()()()

「っ……!!」

「俺は俺の視界に入ったものを俺なりに、善悪付けて決めてきたわけだが。今回のケースは()()()()。関わる気にすらならねえんだが……そっちがやる気なら仕方ない。お前が俺に向けたその剣、振りかぶる暇も無いと思え」

 

 ゆらり、執務机から立ち上がる。

 その視線には明らかな侮蔑と憤りが込められていた。

 

「サンドラが関係無いだと? テメエの身内が、テメエの通過儀礼なんぞで死んでんだ。知らぬ存ぜぬで通せると思ってんのか? 祝勝会で偉そうに、参加者たちへ言ってたぜ?

『誇りある戦いをした同士に喝采を!』とか。

『名誉ある死を遂げた同士に黙祷を!』とか。

 ハッ、マジ笑わせんなよ。そういうのは事情を知っている連中だけが──」

「──知っていたとも」

 

 何? と十六夜は言葉を切る。

 気づけばマンドラの握った剣は、小刻みに震えていた。

 

「知っていたと……言ったのだ。今回の一件を、魔王襲来を仕組んだのが“サラマンドラ”であることは、サンドラを除き“サラマンドラ”全員が知っている……!!! 知った上で、同士は命を落としたッ!!! 知った上で……恥じ入りながら、命を落としていったのだ」

「……」

 

 彼を震えさせているのは怒りか、羞恥か。

 切迫した表情でマンドラは十六夜を睨み返す。

 

「箱庭の外から来た貴様には分かるまい……! コミュニティの旗を! 名を! 名誉を守るという意味がッ!! 有力な跡目に裏切られ、長が病の床に()せ……! 失墜寸前のコミュニティを支えるために命を賭すなどッ!! 箱庭の外の、ましてや人間なんぞに分かるはずがないッ!!!」

 

 所詮、箱庭の外の部外者なのだと。

 そう突き付けられて、十六夜は目を逸らして舌打ちした。

 マンドラは激情を湛えながらも瞳を閉じ、剣を鞘に収め、

 

「……しかし、私がお前に勝てるとは思っていない。私は不出来な亜龍だ。百歳も下の妹にさえ劣る才しかない」

 

 帯刀していた剣のベルトを解き、地面に置いた。

 

「気の済むようにしろ。貴様の怒りは真っ当なものだ。しかし、この場だけは……この命ひとつで許して欲しい」

「……」

 

 はあ、と十六夜は毒気を抜かれたようにため息を吐く。

 

「別に、んなこたどうでもいい。腹の底からどうでもいい。あー何? 有力な跡目に裏切られた? それってあれか。白夜叉が言ってた、長女のサラとかいう奴か」

「……そうだ。本来なら、成熟した力を持つ姉上が“サラマンドラ”を継ぐはずだった。父上が病に臥しさえしなければ、10やそこらのサンドラがマスターの座に就くなど……!」

 

 あっそ、と十六夜は興味を失ったように背を向ける。

 そう、継ぐはず()()()

 しかしそうはならなかった。

 ならばそれが全てなのだろう。

 十六夜は特に言及しなかった。

 

「まっ、死んだ連中が承諾済みで死んだってんなら、それは俺の関与することじゃねえだろうよ。壊された街のことを抜きにすれば、損したのはお前ら。一番得したのは俺たちなんだ。わざわざ水を差す必要もない」

「……すまん」

 

 出て行こうとした十六夜は、謝罪の言葉で足を止める。

 身勝手に頭を下げるマンドラに苛立ったのだろう。

 踵を返し、獰猛な笑顔で話を切り出した。

 

「いや、そうだな。この機会にひとつ契約しておいてもらおうか」

「……っ……!」

 

 マンドラの顔が緊迫する。

 どんな無理難題を押し付けられたとしても、この状況では断る権利がない。

 十六夜は人差し指を立てて前に突き出し、壮絶に悪い笑みを浮べ、

 

「今回のはひとつ貸しだ。お前にじゃない。“サラマンドラ”へのな。──俺たちは今後も、魔王と戦い続けていく。その中でもし、万が一にも俺たちのコミュニティに何かあった際……お前たちが、いの一番に駆け付けろ。それで許してやる」

 

 返事を待たずに出て行く十六夜。

 執務室の扉をぶっきらぼうに開け放った彼の背に、マンドラはひとり呟いた。

 

「──ああ、御旗に誓おう。その時こそ、“サラマンドラ”は秩序の守護者として駆けつけると」

 

 

 

***

 

 ──境界壁・舞台区画。

 ──“火龍誕生祭”運営本陣営。

 

 ゲーム会場を取り囲むようにして設けられた観客席は、大勢の参加者たちで賑わっていた。

 舞台の中央に立った黒ウサギは、花が咲いたような満面の笑みで宣言する。

 

「これよりギフトゲーム“造物主達の決闘”の表彰式を行いたいと思います。皆様はバルコニーにご注目下さい。それでは入場して頂きましょう! 優勝コミュニティ“ノーネーム”の春日部耀と、同じく天道日向の両名です!」

 

 ワァッと大きな歓声が起こった。

 盛大な拍手と喝采の中、日向と耀はバルコニーの中心に姿を現す。

 2人は観客席に背を向けると、上座で佇むサンドラへ向き直った。

 その様子を見て、黒ウサギが進行を続ける。

 

「優勝者である彼らにはなんと! 此度の祭典の主催者(ホスト)であるサンドラ様に、望む恩恵を進言する権利が与えられます! 果たしてどのような恩恵が授与されるのか、黒ウサギもワクワクドキドキが止まりません♪」

 

 彼女の言葉で、会場の熱気が一層高まる。

 割れんばかりの歓声で溢れる舞台会場を背に、日向はこっそりと苦笑した。 

 

「けど、あんまり優勝って実感は湧かないな」

「そうだね」

 

 耀も隣で困ったように笑みを浮かべる。

 当初は3つのコミュニティで総当たり戦を行うはずだったのだが、コミュニティ“ラッテンフェンガー”は事実上の棄権退場。

 よってコミュニティ“ウィル・オ・ウィスプ”に勝利した日向たちが、暫定的に優勝という扱いになったのだ。

 本来であればゲームマスターである“サラマンドラ”と対峙するという予定も、魔王襲来後の復興作業などでお流れとなってしまっていた。

 

「それにしても、本当に俺まで良かったのか? 耀はともかく、俺はただのサポート役だろ?」

「カッカッカ。気にするな。此度の表彰は、魔王討伐の功労者を讃える意味合いも含んでおるのでな。ま、ついでだついで」

「何だか、微妙にありがたみを感じないな……」

 

 上座の横で呵々(かか)と笑う白夜叉。

 そこでサンドラが静かに手を掲げると、会場の騒ぎがピタリと止んだ。

 彼女は2人へ視線を向け、凛とした声音で語りかける。

 

「御二人共、優勝おめでとうございます。ゲームルールに従い、“サラマンドラ”は御二人が望む恩恵を進呈致します。何かご希望はありますか?」

 

 サンドラの問いに、日向と耀は顔を見合わせる。

 日向はどこか申し訳なさそうな表情を浮かべ、

 

「……なあ耀、本当にいいのか?」

「うん。私のことは気にしないで。日向のしたいようにすればいい」

「……ありがとな」

 

 小さく笑って応える耀に、日向も苦笑して感謝を告げる。

 その後顔を上げて居住まいを正すと、サンドラに向けて進言した。

 

「サンドラ様に進言します。私の望む恩恵は──」

 

 日向の望みが語られる。

 その内容にサンドラと、そばで控える白夜叉も少々も驚いたような顔をする。

 やがて希望を言い終えた日向に、サンドラは慌てた様子で問いかけた。

 

「ほ、本当にそれでよろしいのですか?」

「はい。……もしかして不可能でしょうか?」

「い、いえ。希望自体は問題なく叶えられると思うのですが……」

 

 どこか歯切れの悪い彼女に、首を傾げる日向。

 そこに白夜叉が助け船を出す。

 

「サンドラが戸惑っておるのは、本当にその程度の望みで良いのかという意味だ」

「そんなに簡単なのか?」

「まあ、確かにそこまで容易というわけでもないが……仮にも望む恩恵を進言出来るという割には、いささかか勿体無いような気がするのう」

 

 苦笑を浮かべて説明する白夜叉。

 日向は腕を組んで考える。

 

「けど、他に叶えたい望みなんて無いしな」

「ふむ。なんなら2つでも構わんぞ? 此度の魔王討伐の報酬とすれば文句も無かろう。それほど飛び抜けた願いでない限り、私の方からも便宜を図るぞ?」

「そう言われても……」

 

 うーん、と悩み続ける日向。

 そこでふと、思いついたように問いかけた。

 

「そうだ、なあ白夜叉。“サウザンドアイズ”では、色んな種類のギフトを取り扱っているんだよな?」

「いかにも」

「ならもしかして────なんて商品もあったりするか?」

 

 日向の疑問に、白夜叉は少しだけ考えるような素振りを見せる。

 その後、小さく頷いた。

 

「うむ。あるぞ。現に上層の支店では、そう言った商品も扱っておる」

「よし、ならそれで頼むよ」

「良かろう。ではおんしの望む恩恵は、用意が出来次第私の方から手渡すとしよう。それで良いかなサンドラ?」

「は、はい! あなたの望む恩恵、しかと承りました。北の階層支配者である“サラマンドラ”の御旗に誓って、必ず叶えさせて頂きます」

 

 サンドラが笑顔で宣言する。

 その瞬間、再び歓声が舞台を揺らした。

 北と東の共同祭典──“火龍誕生祭”は、こうして更なる盛り上がりを見せたのだった。

 

 

 

***

 

 ──箱庭二一〇五三八〇外門区画。

 ──“サウザンドアイズ”支店。

 

 それから1週間後。

 東側に帰って来た日向は、間もなく白夜叉に呼び出され、“サウザンドアイズ”の支店へと足を運んでいた。

 サラサラと水路に水が流れ、桜に似た樹が立ち並ぶ街道を歩いていると、やがて向かい合う双女神の紋が描かれた看板が見えてくる。

 視線の先では今日もまた、割烹着姿の女性店員が竹ぼうきでせっせと店前を掃いていた。

 日向は歩み寄り、朗らかに笑って挨拶を告げる。

 

「どうも、おはようございます」

「あ、はい。おはようございま──」

 

 カチン。

 

 と営業スマイルで振り返った女性店員は、日向を見るなりまるで凍ったように動きを止めた。

 いつもと違う反応に、日向は首を傾げて問いかける。

 

「あの、どうかしましたか?」

「……えっ? あっ、いえ! ななな、何でもありません! どどど、どうぞ中へお入り下さい! オーナーが私室でお待ちです!」

 

 ふと我に返った女性店員は、慌てて日向を店内へ促す。

 実は以前に日向を叩いてしまって以来、そのことを酷く後ろめたく思っている彼女であった。

 いつもなら入店時に大なり小なりお小言を貰っていたのだが、それすら無いことに違和感を覚えつつも日向は素直に暖簾をくぐる。

 そのまま和風の廊下を進み、縁側にある白夜叉の私室の前に辿り着いた。

 日向はそこで足を止めると、閉め切られた障子の向こうに声を掛け

 

「おーい、白夜──」

「お兄さーん!」

 

 ……る前に、和室の中から何者かが障子を開いて飛び出してきた。

 日向は慌てて抱き止めつつ、自分の腹部に顔を埋めている人物に向かって話しかける。

 

「はは。久しぶりだな、ユエ」

「はい! お久しぶりですお兄さん♪」

 

 日向に飛びついた人物──ユエは、満面の笑みで顔を上げた。

 

「目の調子はどうだ?」

「バッチリです! お兄さんの顔も良く見えます!」

 

 日向を見上げて嬉しそうにはしゃぐユエ。

 空を閉じ込めたかのよう澄んだ青い瞳には、確かに日向の姿が映っていた。

 その様子を微笑ましげに眺めていた白夜叉は、私室の中から声をかける。

 

「ふむ、良く来たの。おんしの望む恩恵、これでしかと授けたぞ」

「ああ、ありがとう白夜叉」

 

 ──そう。

 日向がサンドラと白夜叉に望んだ恩恵。

 ひとつは、異世界からユエを正規に再召喚すること。

 そしてもうひとつは──彼女に()()()()()()()()()()

 これこそが、あの時日向が進言していた願いだったのだ。

 

「一応、おんしに与える恩恵という名目だったのでな。その娘の希望もあってか、立場上はおんしに隷属という形になっておる」

「そうなのか?」

「はい。よろしくお願いします」

 

 ユエはペコリと頭を下げる。

 その姿に日向も微笑むと、  

 

「ああ、よろしくな」

 

 そう言って彼女の頭を優しく撫でた。

 えへへ、と嬉しそうにはにかむユエ。

 そこでふと、日向は気づいたことを尋ねてみる。

 

「そう言えば、前と服装が変わってないか?」

「あ、はい。白夜叉様が下さいました」

 

 クルリと回り、ユエは笑顔で答える。

 目の前の彼女の服装を例えるなら、恐らくミニスカの着物という表現が一番しっくりくるだろう。

 白を基調とした着物に、これまた白い帯を腰元に巻いており、後ろで大きなリボンのように結ばれている。

 年相応にはしゃぐユエの説明に、白夜叉は誇らしげに小さな胸を張って答えた。

 

「ふふん。懐の広い私からの親切な贈り物だ。心して受け取るが良いぞ」

「で、本音は?」

「ユエちゃんにミニスカの着物を着せたかった!」

 

 二秒で前言を覆す白夜叉。

 そんな彼女に日向は苦笑し、ユエは隣で不思議そうに小首を傾げているのだった。

 

 

 

***

 

 その後。

 ユエを連れて本拠に戻った日向は、早速“ノーネーム”の面々に彼女を紹介することにした。

 

「と、いうわけで。この子が皆に話していたユエだ」

「初めまして、ユエといいます。ふつつか者ですが、これからよろしくお願いします」

 

 ペコリ、と丁寧にお辞儀したユエは、顔を上げると花が咲いたように笑う。

 最初に応えたのは黒ウサギだった。

 

「YES! こちらこそよろしくお願いするのですよユエさん♪」

 

 彼女に続いて、飛鳥と耀も挨拶を返す。

 

「話は日向君から聞いているわ。私は久遠飛鳥よ。これからよろしくねユエちゃん」

「私は春日部耀。よろしく、ユエ」

「はい! 黒ウサギさんも飛鳥さんも耀さんも、皆さんよろしくお願いします!」

 

 その様子に、そばで控えている十六夜はヤハハと笑って口を開いた。

 

「ま、仲間が増えるのは良いことだ。そうだろ御チビ様?」

「はい。我々“ノーネーム”は、ユエさんを新たな同士として歓迎します」

 

 柔和な笑みで答えるジン。

 こうしてユエは、晴れて“ノーネーム”の一員となったのだった。

 

 

 

***

 

 ──箱庭二一〇五三八〇外門区画。

 ──“ノーネーム”農園跡地。

 

 互いに自己紹介を終えた一同は、農園跡地でメルンへ土地の修復を頼んでいた。

 主力メンバーはもちろん、子供たちも胸を躍らせるように彼女の活躍を期待していた……が。

 

「むり!」

 

 ブンブンブンブン!

 

 と激しく左右へ首を振るメルン。

 水が涸れ、土壌が廃れ、砂と砂利しかない土地を前に、彼女は一目で匙を投げた。

 飛鳥は困った表情でメルンに問う。

 

「……無理?」

「むり!」

 

 即答である。

 地精である彼女がここまでハッキリとした態度をとる以上、やはり余程の霊格を持つ者でなければ厳しいのだろう。

 飛鳥は申し訳なさそうに皆へ頭を下げた。 

 

「ごめんない……期待させるようなことを言って」

「お、お気になさらないでくださいまし! また機会はありますよ!」

「そうだよ飛鳥。また違うギフトゲームで頑張ればいい」

 

 しょんぼりした飛鳥を励ます黒ウサギと耀。

 そんな中、十六夜は農園の砂利を一握りし、ふっとメルンへ尋ねる。

 

「なあ、極チビ」

「ごくちび?」

「そ。“極めて小さいメルン”だから略して極チビ。それでもしもだが……土壌の肥やしになるものがあったら、それを分解して土地を復活させることは出来るか?」

 

 その提案に、日向も納得したように相槌を打った。

 

「なるほど。確かに“ノーネーム”には廃墟の木材やら、本拠の周りの林がある。これまで使い道が無かった資材でも、土地の肥料としてなら十分に活用出来るだろう」

「土壌を耕すなら、私でも力になれると思います!」

 

 ふんすっ、と両腕に力を込めるユエ。

 そんな彼らの提案に、メルンはおお? としばし考える仕草を取る。

 零からではなく、土壌を耕すための素材が他にあるというのならばあるいは──

 

「……できる!」

「ホント!?」

「かも!」

 

 ガクッ、と飛鳥はやや右肩下がりに気が抜けた。

 しかし試す価値はあるらしい。

 ギフトカードを取り出した飛鳥は、ディーンを召喚して命令する。

 

「ディーン! すぐに取り掛かるわよ! 年長組の子も手伝いなさい!」

「「「「「分かりました!」」」」」

「DeN」

 

 短く無骨な返事のディーンと、元気よく飛び出していく子供たち。

 飛鳥はそれを見送り、彼らが帰ってくるのを待つ。

 地精として独立出来るだけの霊格を得たメルンは、はしゃぎながら飛鳥の顔に跳び付いた。

 そんな2人の姿に、日向は朗らかに笑って声をかける。

 

「何というか、2人は本当に仲が良いな」

「ふふ、そうね。箱庭に来るまで知らなかったけど、私って結構子供を可愛がるのが好きみたい。……それに、」

 

 ふっと飛鳥の目が遠くなる。

 箱庭よりも遙か彼方を映す瞳でポツリと、

 

「……私、本当は姉妹が居る予定だったの。だからかもしれないわ」

「……そっか」

 

 日向はそれだけ答えた。

 そう、姉妹がいる予定()()()

 けど、そうはならなかった。

 ならこの話はここで終わるべきなのだろう。

 日向はそれ以上の言及をしなかった。

 大きな巨人と戯れながら走り回る子供たちを見つめ、飛鳥は悪戯っぽくメルンを撫でる。

 

「さ、忙しくなるわよメルン! 早く土壌を復活させて、みんなでハロウィンをするのだもの。あなたには人一倍頑張ってもらうわ」

「はい♪」

 

 飛鳥の期待に、元気よく返すメルン。

 まだまだ先のことだろうが、いつかこのコミュニティでハロウィンをする日が来るだろう。

 飛鳥が故郷に残してきた、小さな未練。

 “Trick or Treat!!”と言える日を夢見て、明日の希望に胸を馳せるのだった。

 





 YES! あとがき・舞台裏次回予告!!

飛鳥「お疲れ様。舞台裏、次回予告のコーナーよ」 

十六夜「お疲れさん。今回はホントにお嬢様押しの舞台だったな」

黒ウサギ「YES! 飛鳥さんのお話が色々と聞けたエピソードでございました♪ さて、次回は耀さんの……!?」

日向「うん? どうしたんだ黒ウサギ?」

黒ウサギ「驚きの次回は……日向さんと十六夜さんの御二人と、コミュニティの生活がメインのエピソードでございます!」

耀「!?」

飛鳥「ファ、ファイトよ春日部さん。その内にメインが回ってくるわ」

耀「……うん」


全員『次章は書き上がり次第の月の初めに投稿予定! お楽しみに♪』
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