- The Another Origin -   作:青葉空太

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第3章 そう……巨龍召喚
第24話 南側の収穫祭


 

 冴え冴えとした満月が浮かぶ夜だった。

 そこは周囲を竹林に囲まれた、とある静かな湖の畔。

 夜風に踊る竹の葉の音色を楽しみながら、日向と黒ウサギは湖畔の岩場に腰掛けていた。

 

「風流だなぁ~、黒ウサギ」

「風流ですねぇ~、日向さん」

 

 のほほんとした雰囲気で会話する二人。

 その様子はさながら麗らかな春の日差しの下、縁側で湯飲みを手に寄り添い合う仲睦まじい老人夫婦のようである。

 

 のほほんとした雰囲気で、日向は再び口を開く。

 

「ほ~んと、風流だなぁ~、黒ウサギ」

「風流ですねぇ~……って、違いますよ日向さんっ!?」

 

 シャキン! とそれまでの緩んだ空気から急転直下、ウサ耳を逆立てて立ち上がる黒ウサギ。

 

「こんな風にのんびりとしている場合ではありません! こうしている間にも、制限時間は刻一刻と迫っているのですよ!?」

 

 ブンブンと両腕を振りたくって訴える黒ウサギだが、日向はふっと物悲しげな顔をして、

 

「あ、そうか。黒ウサギは俺との月見は嫌なんだな……」

「へ? あ、いえいえ! もちろんそんなことは無いといいますか黒ウサギが言いたいのそういうことではなくてですね──」

「冗談だ」

「たちの悪い冗談はやめてくださいお馬鹿様っ!」

 

 スパァーン! と静かな夜にハリセンの快音が響き渡る。

 日向はすりすりと自分の頭を撫でながら、苦笑して黒ウサギに謝った。 

 

「ははは、悪い悪い。けど、そんなに心配するなって黒ウサギ。これでもちゃんと考えてるからさ」

 

 日向はそう言って手元に視線を落とす。

 彼の手には一枚の羊皮紙が握られており、月明かりで淡く文面が照らし出されていた。

 

 

 

***

 

『ギフトゲーム名 “物語の祖”

 

 ・プレイヤー一覧 “ノーネーム”天道日向

 ・ゲームマスター “竹取物語”かぐや姫

 

 ・クリア条件

  以下の文章を読み解き、物語を完結させよ。

 

 -文章-

 

 かぐや姫を手にするには五つの方法がある。

 

 其の一、龍の首の宝珠を用いて、五色の光りを放て。

 其の二、四つの鉢を合わせ、砕けぬ意志を証明せよ。

 其の三、燃えぬ鼠の衣を纏いて、焦れぬ思いを示せ。

 其の四、鳴き声の群れから貝を探し、命の線を結べ。

 其の五、金と銀の枝を折り、夢色の郷を彷彿させよ。

 

 正しき物語を紡ぎし時、かぐや姫は汝のものとなるだろう。

 しかしゆめゆめ忘れることなかれ。

 彼女には、未だ許されざる罪があることを。

 彼女に罪がある限り、真の自由は訪れないことを。

 願わくば、彼女に月の導き手があらんことを。

 

 ・敗北条件

  満月が沈むまでに参加者(プレイヤー)側が勝利条件を満たさない場合。

  参加者側が上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 ・勝利報酬

  主催者(ホスト)は勝利した参加者側に“天ノ羽衣(あまのはごろも)”と“非時香果(ときじくのかくのこのみ)”を譲渡する。

  主催者は勝利した参加者側の内一名に、該当する者が死亡するか、あるいは今後百年間に渡り隷属する。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

 

              “竹取物語”印』

 

 

***

 

 日向に宥められた黒ウサギは再び岩場に座り直すと、しゅんとウサ耳をへにょらせた。

 

「むぅ。ですが今回の機会を逃してしまえば、もう他に日向さんが参加できるギフトゲームがないのですよ。うぅ、それもこれも、黒ウサギが至らぬばっかりに……」

 

 気落ちする彼女を励ますように、日向がぽんぽんと頭を叩く。

 

「気にするなって。そもそもこれは、別に黒ウサギのせいってわけでもないだろう?」

「ですが……」

「あーもーじれったい」

 

 尚も言い募ろうとする黒ウサギだったが、そこで日向がおもむろに彼女の頬を両手で摘まむと、むにょーんと左右に引っ張った。

 

「ふぁ、ふぁにふるんれすかひぃふぁたはん」

「あのなぁ黒ウサギ。そうやって俯いてばっかりいると、見える勝機も見えなくなるぞ?」

「だ、だっふぇ」

「まだ言うか」

「あうあうあう~」

 

 むにょーん、むにょーんと更に連打。

 これには流石の黒ウサギも観念した。

 

「わ、分かりまひた分かりまひた! 黒ウサひがわるかったれす!」

「そうか分かったか──だが許さん」

「ふぇー!?」

 

 素直に謝ったのにもかかわらず続行する気まんまんの日向にびっくり仰天する黒ウサギ。

 結局、黒ウサギのほっぺが開放されたのは、もうしばらく経ってからのことだった。

 

「もうっ、酷いですよ日向さんっ」

 

 未だにひりひりする自分の頬を撫でながら、涙目で抗議する黒ウサギ。

 日向は「悪い悪い」と苦笑を浮かべつつ、

 

「ま、そうだな。折角白夜叉からゲームを紹介してもらったんだ。もう少し本腰を入れてやってみるか。だから黒ウサギも元気出せ、な?」

 

 岩場から立ち上がってぐっと伸びをした日向は、振り返って朗らかな笑顔を黒ウサギに向ける。

 その表情をしばし見つめた後、黒ウサギは急にぱしーん! と一度自分の頬を叩いてから、決意を固めたように拳を握って顔を上げた。

 

「YES! 黒ウサギも、精いっぱい応援するのですよ!」

「よし、その意気だ」

 

 揃って意気込みを新たにする二人だが、そもそも、どうして日向がこのギフトゲームに参加することになったか。

 事の起こりは、数日前へと遡る。

 

 

***

 

 北側における、“黒死斑の死神(ブラック・パーチャー)”との死闘から一ヶ月が経ったある日のこと。

 この日、“ノーネーム”の中核を担うメンバーは本拠の大広間で一堂に会していた。

 中央に置かれた長机には、上座から順にジン、十六夜、日向、飛鳥、耀、黒ウサギ、レティシア、ユエ、そして年長組の筆頭として選ばれたリリが座っている。 

 

 このような会議の際、“ノーネーム”ではコミュニティの席次順に上座から並ぶのが礼式だ。

 十六夜と日向の実績は極僅差ではあるものの、先の戦いで神格を得た悪魔──ヴェーザーを討ち取った戦果から、十六夜が二席目となっていた。

 四席目に座る飛鳥は若干不満そうではあるものの、特に異論はない様子。

 

 むしろ問題は、上座に座るジンである。

 端的に言ってガチガチだった。

 ゴーゴンの威光による石化もかくやと言わんばかりに凝り固まった彼を、十六夜がヤハハと笑ってからう。

 

「おいおいどうした御チビ? 俺より良い位置に座ってんのに、ずいぶんと気分が悪そうじゃねえか」

「だ、だって、旗本の席ですよ? 緊張するに決まってるじゃないですか」

 

 ギュッとローブの裾を握るジン。

 情けないようではあるが、しかし無理からぬことでもあった。

 

 そもそもの前提として、上座に座るのは“コミュニティのために試練へ参加できる者”、というのが箱庭の共通認識だ。

 それに加えて、組織への貢献、献身、影響力なども求められる。

 

 その点、今日ここに至るまでろくに戦果らしい戦果を挙げられていないジンが引け目を感じてしまうのも、ある意味では当然のことだった。

 しかしそんな弱腰の彼を、珍しく厳しい口調で日向が諫める。

 

「気持ちはわかる。けどなジン、お前は俺たちの旗頭として、もっと堂々とするべきだ」

「で、ですが……」

「いい加減慣れろよ御チビ。お前は自分の意志で“ノーネーム”の名刺代わりになるって決めたんだろうが。俺たちの名声は全て“ジン=ラッセル”の名の下に集約されて広がっている。そのお前が上座に座らないでどうすんだよ」

 

 そこで黒ウサギが起立して二人に同意した。

 

「YES! 御二人の仰る通りでございます! 現にこのひと月で届いたギフトゲームの招待状は、全てジン坊ちゃんの御名前で届いております!」

 

 ジャジャン! と黒ウサギが取り出したるは、それぞれ違うコミュニティの封蝋が押された三枚の招待状。

 それも驚くべきことに、内二枚は参加者でなく来賓客として招かれたものなのだ。

 旗印を持たない“ノーネーム”としては破格の待遇だろう。

 心から幸せそうに、黒ウサギはぎゅっと三枚の招待状を抱きしめる。

 

「苦節三年……とうとう我らのコミュニティにも、招待状が届くようになりました。それもジン坊ちゃんの御名前で! ですからどうぞ、胸を張って上座へお座りくださいな!」

 

 にぱっとひまわりのように笑って上座を勧める黒ウサギ。

 しかしジンの表情には陰りが差す。

 

「けど、それは──」

 

 ──それは、僕の戦果じゃない。

 

 彼がその言葉を紡ぐ前に、飛鳥が口を挟んだ。

 

「それで? 今日集まった理由は、その招待状についてなの?」

 

 彼女の問いかけに、ジンは慌てて首肯する。

 

「は、はい。それも勿論あるのですが、今日は皆さんにコミュニティの現状をお伝えしておきたいと思いまして、こうして集まって頂きました。……リリ、黒ウサギ。報告をお願い」

「かしこまりました」

「ひゃ、ひゃひっ!」

 

 ジンは一転して明るい表情を見せ、黒ウサギとリリへ報告を促す。

 それに対して黒ウサギは手慣れた様子で対応するが、対照的に末席のリリは舌を噛んで涙目だ。

 自慢の二尾も、今は力なく伏せっている。

 

「リリちゃんっ! ファイトっ!」

 

 そんな友人の小さな背中を後押しすべく、ぐっと両手を握ってユエがこっそりと声援を送る。

 声援を受けたリリはこくりと頷くと、気を引き締めて報告を始めた。

 

「えっと、備蓄に関しては、当面は問題ありません。最低限の生活を営むだけなら、今後一年間は問題ないかと思われます」

「へえ? そりゃまたどうして急に?」

「ひと月前に十六夜様たちが倒した“黒死斑の魔王”が、推定五桁の魔王に認定されたからです。“階層支配者(フロアマスター)”に依頼されていたこともあり、規定報酬が跳ね上がったと白夜叉様からご報告を頂きました。これでしばらくは、皆お腹いっぱい食べられます♪」

 

 パタパタと嬉しそうに二尾を振るリリだが、隣に座るレティシアが少し眉をひそめてたしなめた。

 

「リリ。はしたないことを言うのはやめなさい」

「……え? あっ、す、すいませんっ」

 

 自分の発言が少々露骨だったことに気がつき、リリはかぁっと顔を真っ赤にしながら慌てて頭を下げる。

 日向は苦笑してそんな彼女をフォローした。

 

「まあまあレティシア。リリたちが喜んでくれるから、俺たちだって頑張れるんだ。俺はリリがそう言ってくれて嬉しいよ」

「……まったく、主殿は甘いな」

 

 言葉とは裏腹に、レティシアは柔和な微笑みを浮かべる。

 

「えへへ。良かったね、リリちゃん」

「う、うん。あ、ありがとうございます日向様っ」

 

 より一層赤みの増した顔で、リリが照れながら日向に感謝を述べる。

 その様子を微笑ましそうに見つめながら、耀が続きを促した。

 

「推定、ってことは、本拠を持たないコミュニティだったんだ?」

「は、はい。本来ならたった三人のコミュニティが五桁に認定されることは滅多に無いことらしいんですが、“黒死斑の魔王”が神霊だったことや、ゲームの難度も考慮した、と白夜叉様は仰っていました」

 

 初めて耳にする箱庭の基準に、日向は興味を引かれた。

 

「へえ、ゲームの難易度も桁数に関係するのか?」

「YES! ギフトゲームとは本来、神仏が恩恵を与える試練そのもの。箱庭ではそれらを分かりやすく形式化したものをギフトゲームと呼び、ゲームの難易度はそのまま己の格を表すのです」

 

 ふむ、と一同は黒ウサギの話を傾聴する。

 

 曰く、箱庭のコミュニティの格付けは、単純に強力な個人が複数所属しているからといって上がるものではないらしい。

 最下層である七桁を除けば、それぞれの階層に求められる条件が存在するのだそうだ。

 

「本拠の階級を上げる方法は数多ございますが、主な例を挙げるなら──」

 

 “六桁の外門を越えるには、階層支配者(フロアマスター)が提示した試練をクリアしなければならない”。

 

 “五桁の外門を越えるには、六桁のコミュニティ

を三つ以上勢力下に置き、その門に旗を飾った上で、百以上のコミュニティが参加するギフトゲームの主催者(ホスト)をしなければならない”

 

「……とまあ、こんなところでしょうか」

 

 前者の六桁の外門は、参加者(プレイヤー)としての力量を求められる。

 後者の五桁の外門は、主催者(ホスト)としての力量を求められる。

 即ち六桁の魔王と五桁の魔王とでは、使用する“主催者権限(ホストマスター)”の質と規模がまるで違うのだ。 

 

 ピッと人差し指を立てた黒ウサギは、いつになく真面目な顔で補足する。

 

「六桁と五桁の魔王では雲泥の差でございます。六桁の魔王が相手ならば、力のある個人や組織力があればクリア可能ですけども、五桁以上の魔王はそうもいきません。五桁以上は“主催者(ホスト)”としての力も認められた猛者たちです。皆さんが戦った“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”もルーキーでこそあれ、ギフトゲームは太陽の星霊を封印するほど凶悪なものでした」

 

 十六夜も珍しく真剣な面持ちで同意する。

 

「そうだな。もしペストが練達の魔王だったなら、俺たちは審議決議でゲームが中断された時点で詰みだった。黒ウサギが審議決議を行うことを見越していたのなら、見事と言わざるを得ない。……ま、交渉の場ではお粗末なもんだったけどな」

 

 ハッと鼻で笑い飛ばす十六夜。

 リリは話を本題へと戻す。

 

「えっと、それでですね。五桁の魔王を倒すために依頼以上の成果を上げた皆様には、金銭に加え別途に恩恵を授かることになりました」

「あら、本当なの?」

「YES! これについては後ほど通達があるので、ワクワクしながら待ちましょう!」

 

 おぉ、と日向たちは喜色のこもった声を上げる。

 

 新たなギフトがいかほどのものかは不明だが、仮にも魔王を打倒した報酬なのだ。

 きっと相当“面白い”ものに違いない。

 

 ジンも満足そうに頷くと、リリに最後の報告を求めた。

 

「それじゃあリリ。最後に、農園区の復興状態の報告をお願い」

 

 ジンが話を振った瞬間、リリはぱあっと表情を輝かせ、今までにないほどの猛烈な勢いで報告を始めた。

 

「は、はい! 農園の土壌はメルンとディーン、それにユエちゃんたちが毎日毎日頑張ってくれたお陰で、全体の1/4はすでに使える状態です! これでコミュニティ内のご飯を確保するには十二分の土地が用意できました! 田園に整備するにはもうちょっと時間がかかりますけど、葉菜類、根菜類、果菜類を優先して植えれば、数ヶ月後には成果が期待できると思います!」

 

 ひょこん! と狐耳を立てて満開の笑顔の花を咲かせるリリ。

 あの荒れ果てた土地が、ほんの一部とはいえ、たった一ヶ月で復興を成し遂げてみせたのだ。

 

 飛鳥が十六夜と日向に次いで三席目に座っているのは、この農園に対する功績が大きい。

 水源である水樹こそ日向と十六夜が入手したギフトだが、土地の復興に必要な地精の恩恵と、それを耕す巨大な労力は彼女が居たからこそ獲得できたものである。

 

 リリと同じく農園の復興に携わっているユエは、彼らの働きを称賛した。

 

「メルンもディーンもとっても頑張ってくれていますよ。特にディーンは本当に働き者で、飛鳥さんがゲームに参加する時以外はずっと土地の整備をしてくれているんです。私が土壌を耕すときも、メルンが分解した若木や材木なんかを休まずに混ぜてくれたりして、凄く助かっているんですよ」

「ふふふ、あの子たちを褒めてくれてありがとう。だけどユエちゃんだって、毎日休まずに土壌を耕しているんでしょう? 貴女も十分立派だわ」

「い、いえ、私はそんな……」

 

 飛鳥に褒められて頬を染めて照れるユエ。

 小さくなった彼女は、そこでチラリと日向に視線を向ける。

 日向はそんな彼女と目が合うと、そっと優しく笑って頷いてみせた。

 それを見たユエは大きく表情を輝かせ、

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 と、元気に飛鳥へとお礼を述べた。

 大広間全体が明るい雰囲気に包まれる中、黒ウサギはここぞとばかりにとある話題を提示する。

 

「さあ! ここで本日の本題でございます! 復興が進んだ農園区に、特殊栽培の特区を設けようと思うのです!」

「「「「特区?」」」」

 

 揃って首を傾げる日向たちに、黒ウサギが満面の笑みで「YES!」と答える。

 

「ありていに言えば霊草・霊樹を栽培する土地ですね。例えば」

「マンネンタケとか?」

「マンドラゴラとか?」

「マンドレイクとか?」

「マンイーターとか?」

「YES! っていやいや最初の日向さん以外全員おかしいですよ!? “人喰い華”なんて物騒な怪植物を子供たちに任せるわけにはいきませんっ! それにマンドラゴラやマンドレイクみたいな超危険植物も黒ウサギ的にアウトですっ!」

「クソっ! 俺もボケるべきだった!」

「そこ悔しがるところですか!?」

 

 痛恨の極みと言わんばかりに拳を強く握り締める日向に、黒ウサギは驚いてツッコミを入れる。

 一方で、耀はこてんと愛らしく小首を傾げ、

 

「……じゃあ、ラビットイーターとか?」

「なんですかその黒ウサギをダイレクトに狙った嫌がらせは!?」

 

 うがーッ!! とウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギ。

 レティシアは一向に話が進まないことに辟易し、率直に告げた。

 

「つまり主たちには、農園の特区に相応しい苗や牧畜を手に入れて欲しいということだ」

「牧畜って、山羊や牛のような?」

「そうだ。都合がいいことに、南側の“

龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟から収穫祭の招待状が届いている。連盟主催ということもあり、収穫物の持ち寄りやギフトゲームも多く開催されるだろう。中には種牛や希少種の苗を賭けるものも出てくるはず。コミュニティの組織力を高めるには、これ以上ない機会だ」

 

 なるほど、と納得する日向たち。

 黒ウサギは“龍角を持つ鷲獅子”の印璽が押された招待状を開くと、内容を簡単に説明する。

 

「今回の招待状は前夜祭からの参加を求められたものです。しかも旅費と宿泊費は“主催者”が請け負うという“ノーネーム”の身分では考えられない破格のVIP待遇! 場所も南側屈指の景観を持つという“アンダーウッドの大瀑布”! 境界壁に負けないほどの迫力がある大樹と美しい河川の舞台! 皆さんが喜ぶことは間違いございません!」

 

 黒ウサギが胸を張って紹介する。

 彼女がここまで強く勧めてくるのは珍しい。

 日向たちは顔を見合わせると、揃って悪戯好きそうな笑みを浮かべた。

 

「ほっほう? “箱庭の貴族”のお墨つきなんて、これはもう期待せずにはいられないな。さぞかし壮大な舞台に違いない。……飛鳥はどう思う?」

「あら、そんなの当然じゃない。だってあの“箱庭の貴族”がこれほど推している場所なのよ? きっと目も眩むような素敵な場所に違いないわ。……そうよね春日部さん?」

「うん。これでガッカリな場所だったら……黒ウサギはこれから、“箱庭の貴族(笑)”だね」

「“箱庭の貴族(笑)”!? 何ですかそのお馬鹿っぽいボンボン貴族なネーミングは!? 我々“月の兎”は、由緒正しい貞潔で献身的な貴族でございますっ!」

「献身的な貴族ってのがもう胡散臭いけどな」

 

 最後に十六夜がヤハハと笑ってからかうと、黒ウサギは拗ねたように頬を膨らませてそっぽを向いた。

 思わず苦笑いを浮かべたジンは、コホンと咳払いして皆の注目を集める。

 

「方針については一通りの説明が終わりました。……しかし、一つだけ問題があります」

「問題?」

「はい。この収穫祭は二十日ほど開催される予定で、前夜祭を含めれば二十五日。およそ一ヶ月にもなります。この規模のゲームはそうそう無いですし、もちろん最後まで参加はしたいのですが……かといって長期間コミュニティに主力が居ないのは何かと心配です。そこでレティシアさんと共に一人残って欲し」

 

「「「嫌だ」」」

「だよな……」

 

 即答だった。

 あまりに予想通りな返事に日向も苦笑を浮かべるが、気持ちとしては同感だ。

 こんな面白そうなチャンスは滅多にない。

 出来ることなら、全日参加して楽しみたい。

 

 しかしこればかりはジンも譲れない。

 コミュニティが力をつけ始めた今だからこそ、防備も固めておかねばならないのだ。

 ならばと、彼は折衷案を提示する。

 

「ではせめて、日数を絞らせてもらえませんか?」

「というと?」

「前夜祭を三人、オープニングセレモニーからの一週間を四人、残りの日数を三人───このプランでいかがでしょう?」

 

 ムッ、と顔を見合わせる日向たち。 

 耀が挙手して質問する。

 

「そのプランだと、二人だけ全部参加できることになるよね? それはどうやって決めるの?」

「それは──」

 

 当然、席次順で決める、と言いかけたジンだが、咄嗟に口を噤んだ。

 箱庭の組織としては常識かもしれないが、それが外界から来た彼らの常識とは限らない。

 どうしたものかと迷っていると、不意に十六夜が軽薄な笑みで提案した。

 

「なら前夜祭までの期間で、誰が何日行くのかをゲームで決めるってのはどうだ?」

「へぇ? 面白そうだな。ルールはどうする?」

「そうだな。“前夜祭までに、最も多くの戦果を上げた二名が勝者”──この辺りが妥当じゃねえか? 期日までの実績を比べて、収穫祭で一番戦果を挙げられる人材を優先する。……これなら、不平不満はないだろ?」

 

 確かに、それなら条件は五分と五分である。

 他の三人も承諾した。

 

「よっしゃ! その勝負受けて立つ!」

「ええ、それで行きましょう」

「うん。……絶対に負けない」

 

 こうして四人の問題児たちは、“龍角を持つ鷲獅子”主催の収穫祭への参加を賭けて、ゲームを開始したのであった。

 

 

 

***

 

 ──と、ここでようやく話が冒頭に帰結するのである。

 そして肝心の、現時点での日向の戦果成績だが……意外や意外、ぶっちぎりの最下位だった。

 それも驚くべきことに、あの十六夜と同率で、である。

 “ノーネーム”の席次ツートップの二人が、まさかの最下位争い真っ只中であった。

 

 しかし、これにはちゃんとした理由があるのである。

 

 腰掛けた湖畔の岩場で両足をぷらぷらとさせながら、黒ウサギは盛大なため息を吐いた。

 

「はぁ……。まさかジン坊ちゃんの評判と共に、日向さんや十六夜さんの戦果まで広まっていたなんて。今回は白夜叉様が特別にゲームを取り付けてくれたからいいものの、今後はもっと参加できるゲームが減っていくかも……」

 

 そう、そうなのだ。

 話を簡単にまとめると、“ノーネーム”の評判と共に日向と十六夜の戦歴まで周囲に伝わってしまったことから、彼らはゲームへの参加を著しく制限されてしまったのである。

 結果として、ついには“サウザンドアイズ”の白夜叉しかゲームを紹介できない状況にまで陥ってしまったのだ。

 

 だが、それも無理からぬことではある。

 これまで人智を超えた強敵を幾度となく打ち負かしてきた彼らの実力は、最早最下層の範疇を逸脱している。

 

 “主催者(ホスト)”側にも生活がある。

 大敗すると分かっていて参加させる訳にはいかないだろう。

 

「ま、彼我の実力差が大きすぎる場合、それは対等なゲームじゃなくただの搾取になるからな。仮にゲームを強制しようものなら、それこそガルドの二の舞だ。せっかく上げた評判も地に落ちる。ならいっそ勝てるゲームを避けて器の大きさを示した方が、コミュニティにとっても有益だ」

「それはそうでございますけど……しかしこのゲームの恩恵は、逆転を狙えるものなのですか?」

「どうだろうな? まぁ、それはクリアしてからの」

 

 お楽しみだな──と、日向が続けようとしたその時。

 突如、それまで静謐だった湖上に灼熱の炎が現出した。

 球体状に渦巻くそれは、やがて闇夜を切り裂くように爆散する。

 舞い散る火花が大輪となって咲き誇る中、唐突に声が木霊した。

 

「わっはっはっは! 私! 参!! 上!!!」

 

 それは静かな景観におよそ似つかわしくない、とてもハイテンションな声だった。

 唖然と事態の推移を静観していた日向たちは、ハッとして声の主を注視する。

 

「……え~っと、女性の方、ですよね?」

「ああ、女性だな」

 

 そう。

 燃え盛る炎の中から現れたのは、妙齢の女性だった。

 腰元まで伸びる艶やかな濡れ羽色の長髪に、やや幼さを残しながらも美麗に整った成人の顔立ち。

 女性にしては身長が高く、着重ねした紅い着物を押し上げる上下の肉付きは豊満だが、対照的に腰回りは見事なくびれを描いている。

 目にした誰もが認めるだろう、絶世の美女がそこに居た。

 

「ふふふ、決まった……」

 

 目を閉じてやり切ったように悦に入っている女性に、黒ウサギがおずおずと話しかける。

 

「あ、あの、どちら様でしょうか?」

「よくぞ聞いてくれました! 私の名は」

「かぐや姫?」

「あるぇっ!?」

 

 言い切る前に暴露され、心底驚いた表情を見せる女性──もといかぐや姫。

 しょんぼりと肩を落とした彼女は、ふよふよと力無く湖上を漂って日向たちの前までやって来た。

 

「はい。私が“主催者(ホスト)”のかぐや姫です……」

 

 明らかにテンションがガタ落ちした、まったく覇気の無い様子で自己紹介するかぐや姫。

 日向はやや困ったふうに頬を掻いた。

 

「その、ごめんな? 悪気はなかったんだが……」

「あ、ううん、別にいいよ。でも、どうして私の名前がわかったの?」

「“契約書類”にばっちり書いてあるし……」

「あ、そうだった……」

 

 日向の指摘で更にどよ~んと落ち込むかぐや姫。

 この瞬間、日向と黒ウサギは直感した。

 

(なるほど、天然か)

(天然さんですね)

 

 二人は瞬時にアイコンタクト、互いにこくりと頷き合う。

 

「いや~、それにしても、最初の登場は凄かったな! かなりキマッてたぞ!」

 

 ぴくっ、とかぐや姫が反応する。

 

「そうですね! 黒ウサギなんてもう思わず見惚れてしまいました!」

 

 ぴくぴくっ、とかぐや姫が更に反応する。

 彼女は遠慮がちに顔を上げ、ぽつりと問いかけた。

 

「……ほんとう?」

「ああ、本当だ!」

「もちのろんでございます!」

 

 日向と黒ウサギの全力のヨイショに、かぐや姫はぷるぷると震えると──

 

「い、いやだなーもー! そんなに褒められた照れちゃうよー!」

 

 ようやく最初の元気を取り戻した。

 ほっと安堵の息を吐き、日向は改めて質問する。

 

「けど、どうして今頃出てきたんだ? もうゲームが始まってから結構な時間が経ってるのに」

「あ、あーっと、それはね……」

 

 かぐや姫は露骨に視線を逸らすと、人差し指同士をつんつんとしながらバツの悪そうに答えた。

 

「い、いや、実は最初から姿を見せるつもりだったんだけどね? まぁ、ちょっと寝過ごしたというか何というか……」

「……それって、仮にも“主催者”としてどうなんだ?」

「うぐっ。だ、だからね!? お詫びと言ってはなんだけど、そっちのウサギちゃんも一緒にゲームに参加していいよ!」

「ほえ? 黒ウサギもでございますか?」

 

 意外そうにウサ耳を傾ける黒ウサギ。

 今回、彼女は審判として同行しているので、本来なら日向の手助けとしてゲームに参加することはできない。

 が、“主催者”であるかぐや姫が認めるなら話は別である。

 

「でも、本当にいいのか? お詫びにしてはそっちのリスクが高い気がするが……それだけ自分のゲームに自信があると?」

「ううん、違うよ。私としては、むしろ早く誰かにこのゲームをクリアしてもらいたいんだ」

「へ? どういうことでございますか?」

 

 かぐや姫は苦笑して事情を説明する。

 

「いやぁ、実はね、このゲームはとある人からの、私に対するおしおきなんだ」

「「おしおき?」」

 

 揃ってオウム返しをする日向と黒ウサギ。

 かぐや姫は「うん」と頷いた。

 

「ちょ~っとヘマをやらかしちゃってね? 私的にはそこまでのことでも無かったんだけど、その人ってば予想以上にご立腹だったらしくて。怒り心頭のその人いわく『いい加減堪忍袋の緒が切れた。しばらく下層でその馬鹿な頭を冷やしてこい』ってことでさ。誰かが試練をクリアするまで、この空間に閉じこめられているんだよ」

「つまり私たちがこのゲームをクリアすれば、かぐや姫さんは晴れてお許しを頂けると?」

「うん! 私はクリア方法を知らないし、許されてるのは精々参加者の指定ぐらいなんだ。だからウサギちゃんを参加させるのも、ある意味では私のためでもあるんだよ」

「なるほど、そうだったんですか」

 

 ぴょこぴょことウサ耳を動かして納得する黒ウサギ。

 しかし日向は考えるように腕を組む。

 

「んー? なぁかぐや姫。君はこのゲームがクリアされたら、許してもらえるって言われたのか?」

「そうだよ? まぁ私もほんのちょこっとだけ後ろめたさがあったからさ、仕方なくその条件を呑むことにしたんだ。だから君たちがこのゲームをクリアしてくれれば、私は大手を振って元の居場所に帰れるんだよ」

 

 そう笑顔で話すかぐや姫。

 しかし日向は「んんー?」とより深く首を傾げた。

 

「どうしたんです日向さん?」

「いや、ちょっとこの“契約書類”に書いてある勝利報酬が気になったんだが……」

「「勝利報酬?」」

 

 日向は「ああ」と言って手元の“契約書類”に視線を落とす。

 

「この内容を見る限り、勝利報酬の一つがかぐや姫の隷属になってるだろ? てことは、仮にゲームをクリアしても、かぐや姫は元の居場所には帰れないんじゃないか?」

「「………………あっ」」

 

 虚を突かれたように絶句する二人。

 先に復活したのは黒ウサギだった。

 

「そ、そうです! 日向さんの仰る通りなのですよ!」

「しまったー! ハメられたー! もっと“契約書類”をしっかり見とくんだったー!」

 

 かぐや姫は打ちのめされたように地面に両手をつく。

 そして流れるように体育座りに移行すると、膝を抱えて地面にのの字を書き始めた。

 

「うぅ、酷いよぅ。本当に悪気は無かったんだよぅ。何もそこまでマジ切れしなくてもいいじゃんかよぅ……」

 

 涙目で愚痴るかぐや姫に同情しつつ、日向と黒ウサギは話し合う。

 

「ですが、単なるお仕置きというには少々度が過ぎているのではないでしょうか? 隷属とはすなわち、主に身も心も完全に支配されることと同義です。そのためいかに酷い扱いを受けようととも、抵抗する権利すら与えられません」

「まぁ、その辺りは最低限考慮されてるんじゃないか? 現に隷属期間は主が死亡するか、あるいは今後百年に限定すると書かれている。参加者の人格についても、たぶん白夜叉が選定役を担っていたんだろう」

 

 なるほど、と得心する黒ウサギ。

 そう言えばこのゲームは白夜叉からの紹介だった。

 彼女ほどの慧眼ならば、参加者の善し悪しを見定めることも容易いだろう。

 

「とにもかくにも、まずはゲームをクリアしないとな。かぐや姫が望むなら、その後に隷属を解消すればいい」

「……ううん。私は君たちについて行くよ」

 

 首を横に振って、かぐや姫は日向の申し出を断った。

 

「……よろしいのですか?」

「うん。今帰ってもまたすぐに追い出されそうだし、もう少しほとぼりが冷めるまで待つことにするよ。それに、君たちは良い人そうだしね」

 

 はぁ~、と深々とため息を零すかぐや姫。

 その様子に苦笑しながら、日向は気を取り直してゲーム攻略に意識を向ける。

 

「よし。そうと決まれば話は早い。さっさとこのゲームをクリアしよう」

「YES! 早速謎解きに取りかかるのですのよ!」

「うん! こうなったら私も頑張って考えるよ!」

 

 気合いを入れて奮起する黒ウサギとかぐや姫。

 しかしそこで日向は待ったをかけて、

 

「ああいや、謎解きならもう終わってる。だから後は、文字通りゲームをクリアするだけだ」

「「へ?」」

 

 あっけらかんと、そう言ってのけた。

 出鼻をくじかれた女性陣は慌てた様子で日向へと詰め寄る。

 

「え!? 本当!? 本当にもう謎が解けたの!?」

「ああ。たぶんいけると思うんだが……もしもこれが正解なら、このゲームの制作者は本当にクリアさせるつもりがあったのか?」

「え? どういうことですか?」

 

 日向の発言に小首を傾げる黒ウサギだが、日向は余計な考えを振り払うように頭を振った。

 

「いや、とにかく実際に確かめてみないと分からないな。黒ウサギ、ちょっと耳を貸してくれ」

「? はいな」

 

 ぴょんっ、と手招きする日向のそばに跳び寄って、黒ウサギはしゃきっとウサ耳を伸ばす。

 そのまま日向が何事かをひそひそとウサ耳打ちすると、

 

「え!?」

 

 黒ウサギがびっくりしたように聞き返した。

 

「ほ、本当にその様な方法で、この試練をクリア出来るのですか!?」

「ああ、恐らくな。丁度舞台も整ってるし、やってみてくれるか?」

「は、はい! 了解しました!」

 

 日向の言葉を信じ、気合いを入れる黒ウサギ。

 彼女が懐から白黒のギフトカードを取り出したところで、状況を把握していないかぐや姫が騒ぎ出した。

 

「ねえ、何? どういこと!? 私にも教えてよー! 仲間外れは寂しいよー!」

「悪い悪い。心配しなくても、直ぐに分かるさ」

「え? それってどういう……」

 

 かぐや姫が再度疑問を呈する前に、準備の整った黒ウサギが輝くギフトカードを夜空に掲げる。

 

「それでは! 御二人を月へと御案内します!」

 

 そんな彼女の声が響いた刹那──日向たちの視界は反転した。

 

 

 

***

 

「──えっ!?」

 

 変化が収まった直後、目前に広がる光景にかぐや姫は驚愕を露わにした。

 見れば、いつの間にやら静謐な湖と竹林は消え失せ、代わりに石碑のような白い彫像群が散乱する白亜の大地が広がっていたのだ。

 体感温度は急激に下がり、頭上には箱庭の世界と共に数多の星々が廻っている。

 

 月の神殿を誇るようにポーズを決めた黒ウサギが、ぱちりとウインクして一同を迎えた。

 

「ようこそ! “月界神殿(チャンドラ・マハール)”へ!」

「チ、“月界神殿”!? ってことは、ここは月の上ってこと!?」

「正解だ」

 

 かぐや姫の予測を肯定する日向。

 彼女はすかさず日向に詰め寄った。

 

「ねえねえ、一体どうしてこんな場所に来たの!? これも謎解きの一環なの!?」

 

 キラキラと瞳を輝かせ、興奮気味に尋ねるかぐや姫。

 どうやらこの後の展開が楽しみで仕方がないようだ。

 黒ウサギも気になるのか、期待するような視線を日向へと向けている。

 

 ぐいぐいと顔を近づけてくるかぐや姫を押しとどめながら、日向は苦笑して話を始めた。

 

「まぁまぁ、ちゃんと順を追って説明するよ。まずは、そうだな。“契約書類”に書いてある、“以下の文章を読み解き、物語を完結させよ”の一文についてだ」

 

 ふむふむと興味津々に聞き入る二人。

 

「文章の序盤に出てきた、かぐや姫を手にすることが可能とされる五つの方法。それに加えて、“正しき物語を紡ぎし時、かぐや姫は汝のものとなるだろう”という一文。この二つの文面から解釈するに、一見するとこの五つの中から正しい方法を選択することが、このゲームのクリア条件──すなわち、“物語の完結”を導くための糸口になると考えられる」

「……うん。確かに、まずはそう考えるのが妥当だよね」

「ああ。けどこれらは、実は全て謎解きの真相を隠すためのフェイク。いわゆるミスリードってやつだ」

「ミスリード……で、ございますか?」

 

 小首を傾げる黒ウサギに、日向は静かに首肯する。

 

「ああ。黒ウサギは竹取物語の内容を知ってるか?」

「は、はい。日本最古の物語として有名なお話ですので、簡単なあらましぐらいは承知しておりますが……」

「よし、なら詳しい内容は省くとして……作中において、かぐや姫はある日、五人の男性から同時に求婚を受ける。それを断るために、かぐや姫がそれぞれに無理難題を課すんだが……抽象的な表現に置き換えられているものの、冒頭の五つの方法はそれらを差していると考えられる」

 

 当時、都でも絶世の美女と評判だったかぐや姫の元には、連日多くの男性たちから婚姻を求める声が絶えなかったという。

 その中でも有力な五人の男性にかぐや姫が提示した条件というのが、指定した品を彼女の前に持参すること。

 そしてそれらの内訳は、それぞれ“龍の首の珠”“仏の御石”“火鼠(ひねずみ)(きゅう)”“燕の産んだ子安貝”“蓬莱(ほうらい)の玉の枝”という、いずれも入手困難な珍しい代物ばかりであったとされている。

 

「いやー、そんなこともあったっけなぁ。でも結局は、誰も課題を達成することが出来なかったんだよね。持ち寄られる物は全て贋作偽作紛い物。皆私をお嫁さんにしたくて一生懸命なのは分かるんだけどさ、もうちょっと誠意ってものを見せて欲しかったよ」

 

 やれやれと肩を竦めるかぐや姫に、思わず苦笑する日向と黒ウサギ。

 気を取り直して、日向は説明を続ける。

 

「そう。かぐや姫の言う通り、結果的に誰もこれらの難題を成し遂げられた者はいなかった。即ち、五つの方法全てにおいて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

 その瞬間、黒ウサギはハッと気づいたようにウサ耳を伸ばす。

 “正しき物語を紡ぎし時、かぐや姫は汝のものとなるだろう”。

 もしも今の日向の言葉を念頭にして、この一文の謎を読み解くのであれば───

 

「──()()()()()()()()()、ということですか?」

「そうだ。そして文面には、その考えが正しいことを暗喩する表現も含まれている。ここで重要なのが文章の後半部分だ」

 

 しかしゆめゆめ忘れることなかれ。

 彼女には、未だ許されざる罪があることを。

 彼女に罪がある限り、真の自由は訪れないことを。

 願わくば、彼女に月の導き手があらんことを。

 

「この四つの文章が、真の結末へと至るヒントになっているのさ」

 

 ここまで来れば、黒ウサギにも解答への道筋が見えてくる。

 一方のかぐや姫は、うんうんと頷きながらも何が何やら分かっていないようだった。

 

「うん。つまり、どういこと?」

「ああー、結論を述べるとだな。“かぐや姫の罪”、“真の自由”、“月の導き手”──これらは全て、竹取物語の結末。かぐや姫が育ての親である(おきな)たちと別れて、月の都へと帰る場面を示唆していると思われるんだ」

 

 ──御伽噺(おとぎばなし)“竹取物語”の結末。

 月の世界にて何らかの罪を犯したかぐや姫は、罰として穢れの多き地上へと追放される。

 そして幾年かの年月が過ぎた頃、彼女の罪が償われたとして、月の世界から迎えがやって来るのである。

 彼女を渡すまいとした翁たちの抵抗も虚しく、かぐや姫は空飛ぶ車によって月へと帰ってしまうのだ。

 その際に愛する翁たちに残した物が、“天ノ羽衣(あまのはごろも)”と“非時香果(ときじくのかくのこのみ)”という不死の妙薬であったとされている。

 

「あー。実は私、その人たちことはあんまり覚えて無いんだよねえ」

「ええ!? 大切な育ての親だったのにですか!?」

「いやー、何というかね。確かに今の話を聞くと、胸の真ん中辺りがなんだかチクリと痛むんだよ。だけどね、私はその翁って人たちに対して、ほとんど何の感情も湧いてこないんだ」

 

 かぐや姫の言葉に、信じられないと言った様相を浮かべる黒ウサギ。

 その会話を聞いていた日向は、そっと今の話に補足を入れる。

 

「一説ではかぐや姫が月へと帰る際、そばにいた天女に羽衣を着せてもらったところ、それまで抱いていた人間の心が消えてしまったとされている」

「え?」

「うん。あれは人間を何かしら別種の存在へと変える力を持っているとされているんだ。多分、強い心を持っていればどうにかなるんだろうけどね。私の場合はきっと……自分から受け入れたんじゃないかな。その時の私がどんな気持ちだったのかは分からないけれど……想いが(かせ)になることもあるからね」

 

 ──どうせ離ればなれになる運命なら、全てを消し去ってしまった方が幸せだと、当時の彼女は思ったのかもしれない。

 しんみりとなった雰囲気を払拭するように、かぐや姫は明るく笑って場を和ませた。

 

「うん! だからね、君たちも“天ノ羽衣”を人間に使わせちゃ駄目だよ! 実際にどうなるかは分からないけれど、それで誰かが不幸になるのは悲しいからね」

「……そっか。優しいんだな、かぐや姫は」

「うえっ!? そそ、そんなこと無いよぅ! もうっ、お姉さんをからかっちゃいけないんだよ!」

 

 顔を真っ赤にして狼狽するかぐや姫。

 そんな彼女を見て、日向と黒ウサギは微笑ましい表情を浮かべた。

 

「さて、とまあそう言うわけでだ。恐らくこの謎の解答に繋がる“正しき物語”とは、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”で成されるはずだ。実際の月の都とは異なるが、月に帰るという行為そのものが罪の清算を意味するのなら、広義的にはこれでも物語の筋道は通るだろう。まあ今回の罪に関して言えば、悪戯のお仕置きっていうお粗末な内容だったけどな」

「よ、余計なお世話だよ! それで、結果はどうなのウサギちゃん!?」

「YES! ただ今箱庭の中枢に確認するので、少々お待ちください!」

 

 黒ウサギが瞳を閉じ、ウサ耳をピクピクと動かし始める。

 その様子をそばで見守りながら、かぐや姫はこっそりと日向にお礼を述べた。

 

「……あのさ、さっきはありがとね。私のことを気遣ってくれたんでしょ?」

「別に礼を言われるほどのことじゃないさ。何にせよ、これでゲームがクリア出来ればいいんだけどな」

「……ううん、きっと大丈夫だよ。そんな気がするからね。私の勘は良く当たるんだよ?」

「そうか? なら、かぐや姫は」

「ん、かぐやで言いよ。それより、君の名前を教えて欲しいな。なんせ、これからご主人様になるかもしれない人の名前だからね」

 

 どこか嬉しそうに話すかぐや姫に、日向は苦笑を浮かべながらもはっきりと答える。

 

「日向。天道日向だ」

「天道日向……うん。あったかそうで良い名前だね」

「そうか? まぁ、それじゃあ改めて──」

 

 その時、黒ウサギが満面の笑みで宣言した。

 

「箱庭からの報告が届きました。……見事! ギフトゲームクリアです!」

 

 日向は朗らかに笑って、かぐや姫と言葉を交わすのだった。

 

「これからよろしくな、かぐや」

「うん! こちらこそよろしくね、ご主人様!」

 

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