- The Another Origin -   作:青葉空太

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第25話 地域支配者

 

 かぐや姫のギフトゲームから二日後。

 この日、日向、ユエ、リリの三人は、貯水池と農園区を結ぶ水路の点検を行っていた。

 

 この二日間、日向は取りたてて新たな戦果を挙げようとはせず、日中はもっぱら子供たちと共に農園区の復興作業へと勤しんでいた。

 本日も午前中の作業はすでに終わり、他の子供たちは一足先に本拠に戻って昼食の準備の真っ最中だ。

 

「へぇ。それじゃあリリの家系は、もともと農園を預かる一族だったんだな」

 

 道中、リリの話に耳を傾けていた日向は、納得したように相づちを打つ。

 

「はい! だからこうしてコミュニティのお仕事が出来るのはとっても嬉しいんです! ご飯だって、毎日美味しく食べられます!」

 

 ひょこん! と元気よく狐耳を立てて、本当に嬉しそうに話すリリ。

 自慢の二尾も左右へパタパタと大忙しだ。

 

「ふふふ、良かったねリリちゃん」

「うん!」

 

 ユエとリリの仲良し二人組は、顔を見合わせて笑い合う。

 そんな中、ふとリリは農園に続く雑木林を見つめ、そっと胸元で両手を組んだ。

 

「……本当に、皆様には感謝しきれません。荒れ果てた農園を見る度に、私たちの世代で土いじりは出来ないだろうなぁって……ずっと諦めていましたから」 

 

 泥だらけの小さな手を、愛おしそうに握るリリ。

 そんな彼女の姿を微笑ましそうに見つめながら、日向はぽん、とその優しく頭に手をのせて、

 

「なら、これからは腕の見せ所だな。リリが作る美味しいご飯を期待してるぞ?」

「私も精いっぱい手伝うから、一緒に頑張ろうね!」

「……はい!」

 

 二人からの声援に、リリは愛らしいたんぽぽのような笑顔を咲かせた。

 

 その後、点検を終えて本拠へ戻る道に出ると、そこで偶然ディーンの右肩に腰掛けた飛鳥が通りかかった。

 

「あら日向君。農園の世話はもう終わったの?」

「ああ、ひとまずな。飛鳥は何をしてたんだ?」

「廃墟の家屋をバラして整備し直していたの。これまでは農園区の方を優先してきたけど、居住区だっていつまでも放置してるわけにはいかないでしょう?」

 

 なるほどな、と日向は納得して頷く。

 

「お疲れさん」

「ディーンもお疲れ様!」

「DEEEEEEEeeeeEEEEEEEN!!!」

 

 ユエの労いに重厚な雄叫びで応えるディーン。

 そんな巨躯の紅い鉄人を、飛鳥はむっと眉をひそめてたしなめた。

 

「ディーン、何度言ったら分かるの。戦ってるとき以外は叫ぶの禁止と言ったでしょう?」

「……Den」

 

 素直に頷くディーン。

 その様子がどことなく姉に叱れる弟のようで、日向たちは思わず顔を見合わせて苦笑する。

 

「あら、三人とも何を笑っているの?」

「いや、ちょっとな」

 

 曖昧に笑って誤魔化す日向に首を傾げながら、思いついたように飛鳥が提案した。

 

「これから本拠に戻るなら、ついでに乗せて行ってあげましょうか?」

「いいのか?」

「ええ」

「サンキュー。じゃあお言葉に甘えて」

 

 日向は飛鳥の了承を受け取ると、ユエとリリを抱えてディーンの左手に跳び乗った。

 

「二人共、落ちないようにしっかりと掴まってるんだぞ?」

「はーい♪」

「は、はいっ!」

 

 ユエが迷わず日向の左腕に抱きつくと、つられてリリもぎゅっと反対の右腕に抱きついた。

 飛鳥は日向たちが同乗したことを確認すると、改めてディーンへ指示を出す。

 

「行くわよ、ディーン」

「Den」 

 

 ディーンは単眼の頭を小さく縦に振って、重鈍な動きで歩き出す。 

 しばらく四人で和やかに会話していると、ふと脇にある小道から十六夜が姿を現した。

 

「何だ、えらく大きな足音がするかと思ったら、ディーンに乗ったお嬢様たちか」

「十六夜君こそこんなところで何を……って、どうしてそんなにびしょ濡れなの?」

「まぁ、ちょっと野暮用でな」

 

 素っ気ない返答に首を傾げる飛鳥。

 一方で日向には思い当たる節があったのか、ディーンの上から問いかけた。

 

「その様子だと、上手くいったみたいだな」

「ああ。ま、それなりに楽しめたぜ?」

 

 思わせぶりな笑みを浮かべた十六夜は、軽く跳躍して飛鳥とは反対側のディーンの肩へと跳び乗った。

 

「失礼するぜ」

「失礼するなら降りなさい」

「じゃあ失礼しない」

「ならどうぞ。……それで、さっきのやり取りから察するに、何か成果があったのかしら?」

「おう。何とか間に合ったってところだな」

「となると、あとは耀だけか」

 

 噂をすればなんとやら。

 十六夜の登場から間を置かず、日向たちの頭上から強い旋風と共に耀が降ってきた。

 

「皆、今帰るところ?」

「ああ。耀もか?」

「うん。ねえ飛鳥、私もディーンの頭の上……失礼していい?」

「ええどうぞ」

「おいコラお嬢様」

 

 十六夜が抗議するが、飛鳥はしたりでそっぽを向く。

 耀は我関せず抱きつくようにディーンの頭へと寝そべった。

 

「日向も十六夜も、何か成果あったの?」

「ああ。それなりにな」

「俺も上々だぜ。まあ期待してろよ」

 

 ヤハハ! と十六夜は腕を組みながら軽快に笑う。

 そう、と耀は呟くと、それきり何も言わず、静かにディーンの上で脱力した。

 その様子を少しだけ疑問に思った日向たちだったが、疲れているのだろうと思い、それ以上の追求はしなかった。

 

 その後もディーンの歩みに揺られながら、彼らは本拠への帰路に就くのであった。

 

 

 

***

 

 昼食をとった後、日向たちはいつぞやのように本拠の大広間へと集まっていた。

 言わずもがな、この一週間に渡って取り組んだゲームの勝敗を決するためである。

 なお、ユエとリリは家事全般の取り仕切りに戻ったため、この場には列席していない。

 

 問題児たちは各々の戦果を報告し、ジンとレティシアが審査役を務める。 

 そこでふと、日向が気づいたように問いを発する。

 

「あれ? 黒ウサギはいないのか?」

「ああ、先ほど“サウンドアイズ”に向かってな。この場は私たちだけで執り行う」

「審査基準は聞いてあるので、僕とレティシアだけでも大丈夫です。それに、あと残っているのは十六夜さんの報告だけですから」

「そっか」

 

 日向が納得したところで、ジンはこほん、と軽く咳払いをしてから本題に入った。

 

「えー、細かい戦果は後に置いておくとして、まずは皆さんが挙げた大きな戦果から報告していきたいと思います。……よろしいですか?」

 

 全員が了承の意を示したことを確認し、ジンは審査を開始する。

 

「では、初めに飛鳥さんですが、牧畜を飼育するための土地の整備と、山羊十頭を手に入れたそうです。飼育小屋と土地の整備が調い次第、連れてくる手筈になっています」

「子供たちも『山羊が来る!』『乳がいっぱい来た!』『これでチーズも作れる!』と全員喜んでいた。派手な戦果や功績ではないが、コミュニティとしては大きな進展だと思うぞ」

 

 フフン、と自慢げに後ろ髪を掻きあげる飛鳥。

 華やかな戦果ではないものの、コミュニティの生活のためにはとても貴重な成果である。

 

 レティシアは手元の報告書をペラリと捲って話を続ける。

 

「次に耀の戦果だが……ふふ、これはちょっと凄いぞ? 火龍誕生祭にも参加していた“ウィル・オ・ウィスプ”が、わざわざ耀と再戦するために招待状をお送りつけてきたのだ」

「アーシャやジャックたちのコミュニティが? するともしかして、例の三枚の招待状の内の一枚って……」

 

 日向が立てた予想に、レティシアは然りと頷いた。

 

「ああ、その通りだ。“ウィル・オ・ウィスプ”主催のゲームに勝利した耀は、ジャック・オー・ランタンが制作する炎を蓄積できる巨大なキャンドルホルダーを無償発注したそうだ」

「なのでこれを機に、竈・燭台・ランプといった生活必需品を、全て“ウィル・オ・ウィスプ”に発注することになりました。こちらは中々に値段が張りましたが……先行投資と思えば悪くありません。これで本拠内は恒久的に炎と熱を使うことができます」

「……へぇ? そいつは本当に凄いな」

 

 十六夜が喜色と感心の混じった声を上げる。

 掛け値無く大した成果だと彼も思ったのだ。

 今の台所は薪を入れるタイプの竈だが、これからはその手間もいらなくなる。

 燭台に火を灯し続けられるのなら、夜の読書も蝋燭を消費しないで済む。

 読書家の日向や十六夜にとっては、この上なくありがたいギフトだろう。

 

「なるほど、俺たちが知らない間にそこまで設備の強化プランが進んでいたんだな。流石は耀だ」

「うん。今回は本当に頑張った。アーシャたちも、日向によろしくって言ってたよ」

「そっか。今度は俺も行ってみたいな」

 

 そう言って朗らかに笑う日向。

 その笑顔を見つめ、耀はこっそりと表情に影を落とした。

 実はこの件に関して、彼女は日向に後ろめたい事情があったのである。

 罪悪感に胸を締め付けられながら、それでも──と、耀は毅然とした面持ちで前を向く。

 どうしても、今回の勝負だけは譲れないのだ。

 実際、彼女は自分の成果に自信があった。

 これを越える戦果は流石に無いだろうと、仄かに余裕さえ抱いていた。

 

 十六夜は背もたれの椅子から上体を起こすと、女性陣を見回してニヤリと笑った。

 

「いや、意外だったぜ二人とも。金銭を賭けた小規模なゲームが多い七桁で、なかなか大きな戦果を挙げたじゃねぇか」

「どうも上から目線でご親切に。……それで、十六夜君はどんな戦果を挙げたのかしら?」

 

 皮肉を交えつつ、飛鳥は胡乱げに十六夜へ問う。

 しかし十六夜は不敵に笑って飄々と質問を受け流した。

 

「ま、俺のは後回しだ。それより先に日向の戦果を聞こうじゃねぇか。御チビ様?」

 

 促され、ジンは慌てて報告書を確認する。

 

「は、はい。えー、日向さんの戦果ですが──」

 

 カチン、とそこでジンが硬直する。

 突然の沈黙に、訝しんだレティシアが声をかけた。

 

「ジン、どうしたんだ?」

 

 その呼びかけでハッと我に返る。

 なんとか持ち直したジンだが、それでもまったく落ちつかない様子で発表した。

 

「ひ、日向さんの戦果の一つ目は……神格武具である、“天の羽衣(あまのはごろも)”の入手です」

 

 カチン、と今度はもれなく全員が凍りついた。

 否、その中でただ一人──逆廻十六夜だけが、心底面白そうな笑みで渦中の人物へと問いを投げる。

 

「オイコラ日向。一体どんなゲームに挑んだらそんな物を手に入れて来るんだよ?」

「白夜叉に紹介してもらったゲームの報酬でな。まぁ、正直これは俺にも予想外だった」

 

 少しばかり苦笑して答える日向。

 だがそこで、バン! と勢いよく飛鳥が机を叩いて立ち上がった。

 

「ち、ちょっと待ってもらえるかしら!? 神格武具ってつまり、黒ウサギが持っているあの“インドラの槍”と同格のギフトってことでしょう!?」

 

 飛鳥が取り乱すのも無理はない。

 なにせ彼女はほんのひと月ほど前、実際に神格武具の一つである“インドラの槍”をその手で放ち、かのギフトの圧倒的な凄まじさを直に体感したばかりである。

 

 あの神霊であった“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”ですら一撃で消滅させるほどの、文字通り究極の神具。

 箱庭に存在する全てのコミュニティが目標とし、欲して止まないものの一つだ。

 無論、使いこなせるか否かは使い手の力量次第だが、上手くすれば魔王に対抗する上で絶大な戦力になり得るかもしれない。

 

 ジンは飛鳥の言葉を肯定しつつ、更に重要な観点を指摘する。

 

「は、はい。“ノーネーム”の工房にも神格の付与された武具はいくつかありますが、やはりそう簡単に手に入るものではありません。ましてや今回は、宿っている恩恵の都合が良すぎるんです」

「……? どういうこと?」

 

 耀が小首を傾げる一方で、十六夜は猛烈な勢いで脳内の情報を検索し、すぐさま解答を導き出した。

 

「“天ノ羽衣”……なるほど、羽衣伝説か。ならその武具に神格を与えたのは、さしずめ豊穣神の一柱ってところか?」

「ああ。正確には豊宇気毘売神(トヨウケビメ)っていう女神だそうだ」

「「羽衣伝説?」」

 

 飛鳥と耀が口を揃えて疑問符を浮かべる。

 

「日本じゃそこそこ有名な伝説だったと思うけど、飛鳥たちは知らないか?」

「確かに聞いたことはあるけど、詳しい内容までは知らないわ」

「私も。確か天女の羽衣を男が隠しちゃってどうこう……みたいな話だっけ?」

「ああ、大体そんな感じだ。詳しく説明するとだな──」

 

 ──“羽衣伝説”とは。

 古くから日本で語り継がれてきた説話であり、各地によって少しばかり内容に差異はあるものの、大まかな共通点は以下の通りである。

 

 その昔、空から舞い降りてきた天女が湖で水浴びをしていたところ、とある男がその天女に恋をして、近くの木にかけてあった天女の羽衣を隠してしまう。

 羽衣を無くした天女は天界に帰ることが出来ず、下界で数年間、男と幸せな日々を送る。

 しかしある日、天女は偶然にも隠されていた羽衣を見つけてしまい、男の元を去って天界へと帰って行ってしまう──というのがあらましだ。

 

「一説によると、その天女のこそが後の豊穣神である豊宇気毘売神とされていて、なおかつその天女が纏っていた羽衣は、竹取物語に登場する“天ノ羽衣”と同一のものであるとされているんだ」

「竹取物語って、あの有名な?」

「ああ。たぶん飛鳥の予想で合ってるぞ。実は俺が挑んだギフトゲームは、この竹取物語を原型にしたものでな。“天ノ羽衣”はそのゲームの勝利報酬だったんだ」

「ならもしかして……日向はかぐや姫に会ったの?」

「ああ、会ったぞ。というか、今は俺に隷属してる」

「「え?」」

 

 一瞬、日向の台詞に理解が及ばず、飛鳥と耀は素っ頓狂な顔をする。

 日向は苦笑すると、手短かに経緯を説明した。

 すると、彼女たちはどこか遠くを見るような眼差しを浮かべ、

 

「……今更だけど、何でもありね箱庭は」

「そうだね。まさか本当に月のお姫様まで居るなんて。ちょっと感動かも」

「まっ、すぐそこに“月の兎”が居るんだ。他に似たようなのが居たって不思議じゃねえだろ」

「あっ、何か今、とたんにありがたみが無くなったわ」

「私も。そっか、黒ウサギとおんなじか」

 

 十六夜の言葉でそれまでの感慨を一瞬で消し去る飛鳥と耀。

 もしもこの場に黒ウサギがいたら、きっと涙目で打ちひしがれていたに違いない。

 

 日向は黒ウサギの残念な扱いを憐れみつつ、話を戻して説明を続ける。 

 

「と、まぁそう言うわけでな。“天ノ羽衣”には豊穣神の恩恵が宿っている。これを活用すれば、農園区の復興も一段とスムーズに進むはずだ」

 

 ようやく納得した飛鳥たち。

 そこでレティシアがもっともな疑問を提示する。

 

「だが、では誰が使うんだ? 神格武具を十全に扱える者など、そうそう居ないと思うが」

「そこは妥協するしかないな。かぐや──かぐや姫曰く、使いこなせないまでも、身につけているだけでそれなりに効果は望めるらしい。その中で候補を挙げるとすれば……ユエにメルン、リリの辺りになるだろうな」

「なるほど。確かに彼女たちなら、その身に宿す恩恵も土壌に関連したものだ。その霊格が底上げされれば、おのずと成果も上がるだろう」

 

 日向に同意するレティシアに続いて、飛鳥も自らの意見を述べる。

 

「私はユエちゃんかリリちゃんに託すべきだと思うわ。今後は農地そのものを復活させるよりも、実際に土壌を耕したり、作物を育てていくことが主流になっていくはずですもの。長期的に考えれば、その方が効率的なはずよ」

 

 的を射た指摘に、反論の声は上がらなかった。

 場面ごとに各々で使い分ける選択肢もあるが、それでは練度が高まらない。

 であれば、やはり使用者は一人に限定すべきだ。

 

「となると、おのずと答えは出るんだよな。実はこの羽衣について、人間には使わせないようにとかぐやからは念を押されているんだ」

「え、どうして?」

「何でもこの羽衣には、人間の在り方や心を変容させてしまう効果があるらしくてな。実際にどんな影響があるのかは分からないらしいが、触らぬ神に祟り無しだ。その点、霊体のユエなら問題も無いしな」

「では、この恩恵はユエさんに預けるということでよろしいですか?」

 

 ジンの確認に全員が肯定する。

 話題に区切りがついたところで、十六夜は更に問いかけた。

 

「それで? 一つ目は、ってことは、二つ目以降があるんだろ?」

「まぁな。二つ目は“非時香果(ときじくのかくのこのみ)”っていう果実で、これも竹取物語に登場する代物だ。一応、作中では不死の妙薬として描かれている」

「ふ、不死の妙薬!?」

 

 久遠飛鳥、本日二度目の驚愕である。

 

「……そんなものが本当にあるの?」

 

 耀も一見落ち着いている風ではあるものの、内心では同様に驚いていた。

 なまじジャックという実在する不死の存在を知っているがために、信憑性は否が応にも高まってしまう。

 彼女たちの中で期待や懐疑心などが渦巻く中、日向は苦笑して首を横に振った。

 

「期待を裏切るようで悪いが、実際に不死になれるわけじゃないらしい。一応、って前置きをしたのもそのためでな。精々がいかなる病も治し、あらゆる傷を癒やす程度だそうだ。ま、要するに万能薬だな」

「それでも十分に凄いギフトだと思うのだが……」

 

 冷静にツッコむレティシアの一方で、飛鳥と耀はホッと安心したような、それでいてちょっぴりガッカリしたような、ちょっと複雑な表情をしている。

 実際になりたいかどうかと言われれば首を傾げてしまうものの、やはり不死という言葉には少なからずロマンを抱くのだろう。

 

 ここで日向は話を締め括った。

 

「今のところ、俺の報告は以上だな」

「……今のところ?」

 

 妙な言い回しに耀は僅かな違和感を覚えたが、考える前にジンが進行を再開する。

 

「さて、これで残るは十六夜さんの戦果ですが……」

「ああ。それじゃ、今から受け取りに行くとしようかね」

 

 不敵な笑みと共に立ち上がる十六夜。

 飛鳥は怪訝な面持ちで問いかけた。

 

「……受け取りに行く? 一体どこへ行くの?」

「“サウザンドアイズ”にさ。黒ウサギも行ってるなら丁度いい。主要メンバーには全員聞いておいてもらいたい話だからな」

 

 含みのある言葉に、日向以外は揃って首を傾げる。

 一同は大広間を後にすると、“サウザンドアイズ”の支店へと足を運ぶことにしたのだった。

 

 

 

***

 

 噴水広場を通り抜け、水路の橋を渡り、日向たち“ノーネーム”の面々は一路、“サウザンドアイズ”の支店を目指して歩いて行く。

 道脇に植えられた街路樹は桃色の花弁を散らして、今は初々しい青葉をつけようとしていた。

 箱庭にやって来た当初は桜に似ていると思われた木だが、二ヶ月経ってようやく移り目を迎えたようだ。

 

 しばらくして目的地が見えてくると、本日もおなじみの女性店員が、店先に散乱した桃色の花弁を竹箒でせっせと掃いていた。

 彼女は忙しそうに手を動かしていたが、一行を見つけるなり露骨に顔をしかめると、

 

「……またあなたたちですか」

「どうも。今日もお仕事お疲れ様です」

 

 そんな女性店員へ、日向は朗らかに挨拶する。

 彼女はキッと眼光鋭く日向を睨むと、さながら氷のように冷たい声音で告げた。

 

「私の言いたいこと……分かりますよね?」

「ようこそいらっしゃいました?」

「違うわよ!」

 

 氷から高熱の水蒸気へと、昇華のごとく一瞬で怒りの沸点を突破した女性店員は、八重歯を剥いて日向に怒鳴る。

 彼女の怒気にあてられて、ぶわっと周囲の花弁が舞い上がった。

 日向は慌てて首と両手を横に振り、

 

「じ、冗談ですよ冗談。ウチは“ノーネーム”お断り、ですよね?」

「分かっているなら最初からちゃんと答えなさい!」

「す、すいませんっ!」

 

 女性店員に一喝され、日向は反射的に頭を下げる。

 それでひとまずは溜飲が下りたのか、彼女は小さくため息を吐いた。

 

「まったく、あなたはいつもいつも……とっとと用件を済ませて帰ってください」

「あはは……はい、ありがとうございます。それじゃあお邪魔しますね」

 

 一礼して暖簾をくぐる日向。

 もちろん、その後に十六夜たちも続くのだが……。

 

「……なんですかその表情は」

 

 十六夜、飛鳥、耀。

 三人が三人とも非常に生暖かい目でニヤニヤと笑っているのを見て、女性店員は思わずツッコんだ。

 

「いやぁ? いつの間にやらずいぶんと仲良くなったもんだと思ってな」

「そうね。以前なら是か非でも通そうとしなかったのに、どういった心境の変化かしら?」

「愛のなせるわざ」

「違いますっ!!!」

 

 若干頬を赤らめつつも、きっぱりと否定する女性店員。

 そこで暖簾をどかしつつ、日向が店内から顔を出す。

 

「おーい、皆入って来ないのか? 表で何してるんだ?」

「何でもありませんっ! いいからあなたはさっさと行きなさい!」

「えっ!? あ、はいわかりましたっ!」

 

 急に怒鳴られた日向は頭上にいくつも疑問符を浮かべながら、慌てて店内に引っ込んだ。

 十六夜たちのニヤニヤがうなぎ登りである。

 

「照れたな」

「照れたわね」

「照れたね」

「あなたたちもさっさと入りなさい!」

 

 怒り心頭に発す、と言った様子で竹箒を振り上げた女性店員を尻目に、十六夜たち最後までニヤニヤとしながら暖簾をくぐった。

 店内で日向と合流する。

 

「なぁ、一体外で何を話してたんだ?」

「いや別に。なぁお嬢様?」

「ええ、何でもないわ。ねぇ春日部さん?」

「うん。日向は何も気にしなくていいよ」

「? そうか?」

 

 首を傾げる日向だったが、十六夜たちは曖昧に濁して誤魔化した。

 その後、一同は勝手知ったる人の家と言わんばかりに中庭を通って座敷へと向かう。

 

 のだが。

 

「や、やめてください白夜叉様! 黒ウサギは“箱庭の貴族”としての沽券にかけて、あれ以上きわどい衣装は着ないと言ったではありませんか……!」

「えー? 私は結構好きだよ? 動きやすいし、足下は涼しいし」

「ば、馬鹿を言うなかぐやよ! 黒ウサギの言う通りです白夜叉様! この白雪も神格のはしくれとして……こ、このようなはずかしい格好をして人前に出るわけには……!!!」

 

 障子の向こうから聞こえてくる女性陣のあられもない悲鳴に、日向たちは揃って足を止めた。

 声の主は三人。

 黒ウサギにかぐや姫、そして聞き慣れないが白雪と名乗る女性である。

 障子に映る白夜叉の影絵は、ノリノリで彼女たちに迫っていた。

 

「ふふふ、黒ウサギと白雪は初心だのう。おんしらは何もわかっておらん。清く正しく美しく、尊いがゆえに、穢し堕とし辱めたいと人は強く望むものよ。おんしらのように高嶺の花は特にそうなのだ! さぁ早く、かぐやを見習って艶めかしい素肌を晒すがよい! でなければその発育した豊満でエロい体にエロいことを仕込みたいというエロい欲求が爆発したエロい暴徒がおんしらを姦策に嵌めてエロエロにしようと動きだすに違いない! そうッ!! まるで今の私のようにッ!!」

「「黙れ、この駄神ッ!!!」」

「姦策ってなに?」

 

 刹那、迸る轟雷と竜巻く水流、そして灼熱の炎が盛大に障子を突き破った。

 ついでに白夜叉も吹っ飛んできた。

 十六夜がスッと足を出す。

 

「てい」

「ゴバァッ!? お、おんしいい加減せいよッ!? 足で受け止めるなと言っておるだろうッ!!」

「なら吹っ飛んで来るなよ」

「だな。というか、一体何をやったら黒ウサギに金剛杵を使わせるほど──」

 

 怒らせられるんだ、とは、続かなかった。

 水煙の向こうに見えた黒ウサギたちの姿に、日向は言葉を失ってしまう。

 

「……黒ウサギ? どうしんだその格好?」

 

 ひゃ、と水煙の向こうで情けない声が響く。

 

「ゃ、やだ、なんで日向さんたちがここに!?」

「いや、なんでって言われてもな……」

「とりあえず、この水煙が邪魔だな」

 

 ばっと十六夜が腕を振るって水煙を散らす。

 視界がクリアになった途端、黒ウサギと見知らぬ女性が自分の体を抱きしめるようにその場でへたり込んだ。

 ただ一人、かぐや姫だけは両手を腰にあててふんぞり返っていたが。

 

 水煙が晴れて見通しが良くなったことで、後ろの仲間たちの目にも三人の姿が映り込む。

 黒ウサギたちの服装にしばし唖然としていた一同だったが、やがてぽつりと飛鳥が言った。

 

「……着物?」

「えっと、ミニスカの着物?」

「ユエと同じ……じゃないな。露出度が違いすぎる」

「ああ。例えるならワンサイズ小さいミニスカの着物に、エロいガーターソックスだ」

 

 うむ、と白夜叉が小さな胸を自慢げに張る。

 黒ウサギたちが着せられていたのは、体のラインがはっきりと分かるよう小さめに着付けられた着物を、股下でバッサリと切り取った奇形の着物だった。

 加えて肩から胸までを大胆に開き、肌の露出を増やしている。

 彼女たちのように豊満な肉付きをした女性がこれほど布地の少ない衣装を着ていれば、嫌でも視線は釘付けになるだろう。

 加えて花柄レースのガーターソックスという、もはや統一感も何もない衣装である。

 はぁ~、と深いため息を吐いたレティシアが、黒ウサギたちの元まで歩み寄る。

 

「三人とも、とりあえず着替えなさい。特に黒ウサギ。そんな全身濡らした格好では、」

「何ッ!? 黒ウサギが濡れ濡れだと!?」

 

 ズドオォォォォォォォン!!!

 

 と、本日二度目の轟雷が白夜叉を貫いたのだった。

 

 一方。

 

「やっ、二日ぶりだねご主人様! どうどう? この着物似合ってる?」

「ああ、まあ確かに似合ってはいるな……というか、かぐやは割とその格好を気に入ってるっぽかったのに、どうして白夜叉を攻撃したんだ?」

「え? うーん……なんか、身の危険を感じたから?」

 

 ああ、なるほど。

 と、その場にいた全員が完全に納得をしたのは余談である。 

 

 

 

***

 

「まぁコンセプトは悪くなかった。しかし次からはきちんと俺に相談してからだな」

「これ以上その話を引き延ばすのはやめてくださいっ」

 

 スパンッ、といつもの服装に戻った黒ウサギが軽めに十六夜の頭をハリセンで叩く。

 

「そうだぞ十六夜。この話は後で時間をかけてゆっくりと」

「後先の問題でもありませんっ」

 

 スパンッ、と日向の頭も軽めに叩く。

 そんな彼らの目の前で、上座に座った白夜叉が少し焦げた頭を横に振った。

 

「いや、あの服も今日の話に無関係ではない。本来は黒ウサギに着せる衣装ではなく、この外門に造る新しい施設で使う予定の正装での」

「し、施設の正装!? あのエッチな着物モドキがでございますか!?」

 

 そんなお馬鹿な!? と驚愕する黒ウサギだが、白夜叉は「うむ」と思いのほか真剣な面持ちで首肯した。

 

「い、一体どんなお馬鹿な施設を作るつもりなんです!?」

「いいから少し落ち着けよ。施設そのものは至って真っ当な代物だ」

 

 十六夜にたしなめられ、黒ウサギはしぶしぶ引き下がる。

 白夜叉は話を再開した。

 

「小僧の言う通りだ。やや話が逸れてしまったが、この件については“階層支配者(フロアマスター)”の活動の一環でな。このところ東区画下層では魔王らしい魔王も現れておらんし、ちょいと発展に協力しようと思っての。しかしさて、どこから手を付けたものかと悩んでおった折りに、十六夜と日向から提案があったのだ。“発展にはまず、潤沢な水源の確保が望ましい”とな」

「あれれ? 日向さんも関わっているのですか?」

 

 黒ウサギに意外そうに尋ねられ、日向は頷いて経緯を話す。

 

「ああ。ほら、ちょっと前に旱魃騒ぎがあっただろ? あの様子を見る限り、どこのコミュニティも水の工面には苦労してるみたいだったからさ。そこで俺と十六夜で話し合って、白夜叉に提言したって流れだ」

「うむ。街中に張り巡らされている水路だが、あれは使用料を払える中級以上のコミュニティしか使えないのが現状。東の七桁の外門では、多くの組織が都市外にまで水を汲みに行っておる。定期降雨は行っているものの、十分な貯水が出来るコミュニティは、果たしていくつあるものか」

 

 存外まともな話に面食らいながらも、黒ウサギはこくりと頷いた。

 

「そ、そうですね。北側のように降雪量が多いわけでも無く、南側のように大河が都市部を貫通しているわけでもありません。こればかりは土地柄として諦めるしかなかった問題です」

「その通りだ。そこで一つ、“階層支配者”の権限で大規模な水源施設の開拓を行おうというわけだ。そこで小僧たち二人の内、十六夜には水源となるギフトを取りに行ってもらったのだが……よもや隷属させてくるとは思わなんだ。まだまだ修業不足だのう、白雪?」

 

 白雪と呼ばれた女性の正式な名前は白雪姫。

 美麗衆目な顔立ちと、後頭部で結い上げた艶やかな黒髪に白地の着物が特徴的な人物である。

 聞けば彼女は、以前に日向や十六夜が出会ったあのトリトニスの大滝に潜んでいた蛇神らしい。

 前回の雪辱を晴らすため、自信満々に十六夜へ試練を課したところ、ものの見事に返り討ちにあったそうだ。

 ニヤニヤと笑う白夜叉に、白雪姫はムスッとしてそっぽを向いた。

 

「御話は分かりました。しかしそうならそうと言ってくだされば良いものを……こんな小僧を介さずとも、我が主神の求めならば喜んで協力致しましたのに」

 

 白雪姫は愚痴をこめて返す。

 しかし白夜叉は予想外なほど真剣な声音で制した。

 

「いや、それでは意味が無いのだ。“階層支配者”が全てを成して甘やかせば、下層は堕落する一方。施設は用意しても、最後の一押しはやはりその地域に住まうものが成さねばらなん。この度の一件で二人に依頼したのは、最下層から実力のあるコミュニティが現れたことを広く知らしめ、競争心を高めようという狙いもあったからの」

 

 ましてやそれが無旗無名の“ノーネーム”ともなれば、自分たちにもやれるかもしれないと勢いづくコミュニティも出てくるだろう。

 そんな白夜叉のプランを聞いてもしかめっ面の晴れない白雪姫だったが、十六夜を一瞥して諦めたように息を吐いた。

 

「ふぅ……まぁ、致し方ない。異議を唱えても契約が覆るわけも無く。トリトニスの滝は移住してきた水精群に預け、我は小僧に従いましょう」

「そりゃどうも。ま、心配せずとも俺から命令することはしばらくねえよ。施設が完成するまでは白夜叉に身柄を預ける契約だしな」

 

 と、話が纏まりかけたところで、ふと黒ウサギが思い出したように問いかけた。

 

「あれ? それでは結局、日向さんへの依頼とはどのような内容だったのですか?」

「日向には水源施設を開拓するにあたって、どうしても必要になるもう一つの要素を満たすためのギフトを入手するよう頼んだのだ」

「もう一つの要素?」

 

 黒ウサギはこてんと小首を傾げる。

 うむ、と頷き、白夜叉は詳細を語る。

 

「水源施設を造るのはいいが、こと水を扱う以上、どうしても避けられない課題が出てくる。その最たるものが水質の汚濁や汚染だな。この課題が解決できなければ、水源施設の開拓など夢のまた夢だ」

「なるほど。しかし日向さんが手に入れたゲームの報酬には、水質を浄化できるような恩恵は無かったと思いますが……」

「そこが悩みの種でのう。身近で浄水効果を持つギフトとしては水仙卵華が代表例だが、アレは北や南側ではギフトゲームのチップに使われる程度には高価なものだ。水源施設を丸ごと賄えるほどの数を揃えようと思えば、決して容易なことではない。かといって前述したように“階層支配者”として甘やかすわけにもいかんしの。さてどうしたものかとあれこれ打開策を模索していたおり、日向から面白い申し出があっのだ」

「面白い申し出?」

 

 うむ、とどこか感心した様子で頷いてみせる白夜叉。

 そこで日向が自ら答えた。

 

「まぁ、ちょっとだけ発想の転換をしてみたんだ。水質を浄化する恩恵を利用した仕組みを造ることは難しい。ならいっそのこと、恩恵そのものを必要としない仕組みにしてみたらどうかってな」

「恩恵を利用せずに……そんなことができるのですか?」

 

 日向は力強く笑って頷いた。

 

「できるさ。恩恵を使わずに水質を浄化するなんて、俺が元居た世界じゃ当たり前のように行われていたことなんだ。ならあとは、先人の知恵を借りればいい」

「な、なるほど。それで、その方法とは一体どのようなものなのですか?」

「ここでキーになるのが、かぐやの力なんだ」

「かぐやさんの?」

 

 話題に出たかぐや姫は、えっへんと豊かな胸を張る。

 服も着替えており、今は出会った当初の紅い着物を纏っていた。

 

「ああ。実はかぐやには、炎を操る以外にもう一つのギフトがあってな。その能力っていうのが、“竹を生み出す”ことなんだ」

「た、竹でございますか?」

 

 予想外の解答にオウム返しで問いかける黒ウサギ。

 日向は首肯して続けた。

 

「そうだ。黒ウサギは活性炭って知ってるか?」

「活性炭……炭ですか?」

「ああ。この活性炭を使った方法が、俺の元居た世界じゃ結構使われててな。本来は木炭や石炭なんかを利用するが、実は竹炭の方が効果は高い」

 

 日向は簡単に活性炭について説明する。

 

 ──活性炭とは、特定の物質を選択的に分離、除去、精製するなどの目的で吸着効率を高めるための処理を施した、多孔質の炭素を主成分とする炭のことである。

 水のような極性分子は吸着力が低い一方で、逆に細孔より小さな粒状の有機物を選択的に吸着しやすいという特性を持っている。

 そのため現代日本でも脱臭や水質浄化など、有害物質の除去に広く用いられているものだ。

 

「加えてこの活性炭を製造する方法が、約1000℃の炎で資材を燃焼させることでな。これもかぐやと相性が良い」

 

 日向が説明を続ける中で、耀がふとした疑問を口にする。

 

「そう言えば、どうして彼女は炎が使えるの? かぐや姫と炎って、あまり関係が無い気がするけど」

「いや、そうでもない。かぐや姫は、またの名前を迦具夜比売命(かぐやひめ)。この“迦具(かぐ)”という字は火を意味する言葉でな。日本神話で有名な火の神である“火之迦具土神(ひのかぐつち)”のそれと同様の綴りだ」

 

 へぇ、と感嘆の声を上げる耀。

 日向は説明の締めくくりに入る。

 

「まぁ、実際にはもう少しいくつかの行程を経て水質を完全に浄化するわけなんだが、使用された活性炭は順次各コミュニティに配布される手筈になっている。これを土壌に混ぜると、地力の活性化なんかに結構な効果があるからな。作物不足の改善にも、少しは役に立つだろう」

「そ、そこまで考えているのね」

 

 思わぬ方面にまで配慮されていることに対し、飛鳥は純粋に感心した。

 日向と十六夜は、満を持して白夜叉に向き直る。

 

「さて、これで話が終わったわけだが」

「そろそろ、例のものを渡してもらおうか?」

 

 彼らは何も、無償でかぐや姫と白雪姫を貸し出すわけではない。

 報酬を催促する二人に、白夜叉は微笑んで了承する。

 

「ふふ、分かっておる。“ノーネーム”に託すのは前代未聞であろうが……地域発展のために、片や神格保持者を貸し出すほどの功績を立てたのだ。他のコミュニティも文句はあるまいさ」

 

 三人のやり取りに、周囲の緊張が高まる。

 この報酬次第で収穫祭の参加が決まるのだ。

 白夜叉は両手を前に伸ばし、パンパンと小さな手で柏手を打った。

 すると座敷は光に包まれ、やがて一枚の羊皮紙が彼女の前に現れる。

 虚空から羽ペンを取り出した白夜叉は文末にサインを書き込むと、リーダーであるジンに視線を移した。

 

「それでは、ジン=ラッセル。これはおんしに預けるぞ」

「ぼ、僕ですか?」

「うむ。これはコミュニティのリーダーが管理するもの。おんしがその手で受け取るのだ」

 

 ジンは促されるまま白夜叉の対面に座り、受け取った羊皮紙の文面に目を通す。

 直後、彼は硬直したまま動かなくなった。

 近頃固まってばかりの彼であるが、今回はその中でも一番の固まり具合である。

 しかし、それもそのはすだ。

 なぜなら──

 

「こ、これ……まさか……!?」

「どうしましたジン坊ちゃん?」

 

 ピョンと、ジンの後ろに回り込む黒ウサギ。

 すると彼女もジン同様、驚愕したまま動きを止める。

 羊皮紙の文面には、次のようなことが書かれていた。

 

 

***

 

『 - 二一〇五三八〇外門 利権証 -

 

 *階層支配者(フロアマスター)は本書類が外門利権証であることを保証します。

 *外門利権証の発行に伴い、外門の外装をコミュニティの広報に使用することを許可します。

 *外門利権証の所有コミュニティに右記の“境界門(アストラルゲート)”使用料の八〇%を納めます。

 *外門利権証の所有コミュニティに右記の“境界門”を無償で使用することを許可します。

 *外門利権証は以降より、“    ”のコミュニティが地域支配者(レギオンマスター)であることを認めます。

          “サウザンドアイズ”印』

 

 

***

 

「が……外門の、利権証……! 僕らが“地域支配者”!?」

「うむ。外門の利権証は地域で最も力のあるコミュニティに与えられるもの。“フォレス・ガロ”が解体して以降、“サウザンドアイズ”が預かっていたが……今のおんしらになら、返しても問題なかろう」

 

 ふふふ、と口元を隠しながら笑う白夜叉。

 

 ──外門利権証とは、箱庭の外門に存在する様々な権益を取得できる特殊な“契約書類”である。

 外門同士を繋ぐ“境界門”の起動や広報目的のコーディネートなどを一任するもので、コミュニティが施した装飾や規模がそのまま地域の復興に繋がることもあるほどの重要な利権だ。

 同列の外門同士を比べ合う際には、外門の装飾がそのまま地域の格付けにもなる。

 この利権証を所持するコミュニティはその影響力から“地域支配者”と呼ばれるのだ。

 

「し、しかし、今の僕らには外門に飾る旗印がありません。外門が無印では地域のコミュニティから異論が上がるかも」

「おいおい御チビ、頭使えよ。仮にも俺たちは水源施設をこぞって地域に無償提供するんだぜ?」

「ああ。ここまでしてやれば常日頃から名無しと声高に罵っている連中も、口を噤まずにはいられないだろ?」

 

 ハッと言葉を呑み込むジン。

 彼らはそこまで計算して事に及んでいたのだ。

 ジンは大きく息を吸い込み、困惑した視線を黒ウサギに向ける。

 

「黒ウサギ……」

「────……」

 

 ジンの呼びかけにも反応せず、顔を俯かせたまま微かに震えている黒ウサギ。

 彼女はおもむろに立ち上がると、静かに日向と十六夜の前に立った。

 しれっとした様子で、彼らは黒ウサギに問いかける。

 

「どうした? 何か不満があるってんなら聞くだけ聞くぞ?」

「ちなみに報酬の割り当ては俺と十六夜で三:七だ。審査の際はその点を考慮して──」

 

 日向の言葉はそれ以上続かなかった。

 なぜならば、いきなり飛び込んできた彼女を抱きとめなければならかったからだ。

 同じく黒ウサギを抱きとめた十六夜は、怪訝そうに眉根を寄せた。

 

「おい、どうした黒ウサギ?」

「……いのです」

 

 ぽつりと、黒ウサギが呟いた次の瞬間。

 まるで堰を切ったように、彼女の感情が爆発した。

 

「……凄いのです。凄いのです凄いのです凄いのです! 凄すぎるのですよ御二人共っ!! まさかたった二ヶ月で、利権証まで取り戻して頂けるなんてっ……! 本当に、本当にありがとうございますっ!!!」

 

 ウッキャー♪ と奇声を上げながら彼らに抱きつく黒ウサギ。

 普段以上のオーバーアクションに面食らう二人だが、十六夜は触れ合う胸の柔らかさに、日向は彼女の満面の笑顔にすぐさま気を取り直した。

 

(おお、こりゃ役得だ。つーかこの細い体にどうしてこれだけのボリュームがあるんだ?)

(胸が当たってるんだが……まぁ、喜んでくれてるならいいか。それにしても、やっぱり大きいな……)

 

 体を押しつけるのもいとわずに、力いっぱい彼らを抱きしめる黒ウサギ。

 普段の彼女なら赤面必至だが、そんなことも忘れるくらいに嬉しかったのだろう。

 そしてそんな彼らを後方から見ていた問題児二人は、落胆したように顔を見合わせる。

 

「……やっぱり、私たちの負けなのかしら?」

「……そうなるかな。ごめんね、飛鳥」

「いいのよ。春日部さんこそいいの?」

「うん。だって仕方がないよ。黒ウサギもジンも……あんなに喜んでるんだから」

 

 そう、と飛鳥は短く返して黒ウサギたちを見る。

 日向と十六夜を中心にはしゃぐ彼らを、二人はどこか遠い場所のことのように見つめ続けていたのだった。

 

 

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