- The Another Origin -   作:青葉空太

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第28話 嵐の中の邂逅

 

 明くる日の朝、南側へと出発する当日。

 予定の時刻になっても、十六夜は集合場所である本拠の前に姿を見せなかった。

 

 初日から参加組の飛鳥は、今日も深紅のドレススカートを風になびかせ、足下には遠出用の鞄を置いている。

 日傘を傾けながら、飛鳥は心配そうに頬に手を当てて口を開いた。

 

「十六夜君、まだ見つけられないの? 夜通し探していたのでしょう?」

「YES。今も子供たちを総動員して探しているのですが……うぅ、そろそろ出ないと間に合わないのです」

 

 おろおろし始める黒ウサギの隣で、同じく初日から参加組の日向は落ち着き払った様子で言う。

 

「ま、そんなに心配しなくても大丈夫だろ。あいつのことだ、そろそろ何かしらの決断をするさ」

 

 彼の言葉を肯定するように、ジンが本拠の入り口を見て声を上げた。

 

「あ、来ましたよ!」

 

 本拠の中から十六夜が出てくる。

 しかしその頭にはいつものヘッドホンはなく、代わりにヘアバンドがのっていた。

 

 ぽかん、とした表情で黒ウサギが問う。

 

「ど、どうしたんですそれ?」

「頭の上に何かないと髪が落ちつかなくてな。それより話がある」

 

 スッと十六夜が道を空けると、その後ろからトランクを引いた耀と三毛猫が進み出てきた。

 彼女は十六夜の隣に並び、その顔を見上げて小さく首を傾げると、

 

「……本当にいいの?」

「仕方ねえさ。アレをのっけてないと、どうにも髪の収まりが悪い。とっくに壊れたスクラップだが、無いと困るんだよ」

 

 前髪を掻き揚げて飄々と笑う十六夜。

 そのやり取りを見て、日向たちも察するように顔を真合わせた。

 つまり十六夜は、ヘッドホンを探すために本拠に残るというのだ。

 

 耀はぱちぱちと瞬きしながら十六夜の顔をしばし見つめ──ふっと、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。十六夜の分まで頑張ってくるね」

「おう。ついでに友達百匹くらい作ってこいよ。南側は幻獣が多いらしいし、俺としてはそっちの期待も大きいぜ?」

「ふふ、わかった」

 

 頷き、耀はトランクを引いて日向たちと合流する。

 これで初日組の顔ぶれが出揃った。

 見送りに出てきたレティシアは、可憐なメイド服姿で彼らへと微笑む。

 

「では皆、道中はくれぐれも気をつけてな。本拠のことは私たちに任せて、存分に収穫祭を楽しんでくるといい」

「YES! よろしくお願いするのですよレティシア様!」

 

 元気よく返事する黒ウサギ。

 ふと、そこで日向とレティシアの目が合った。

 その瞬間、二人は同時に顔を赤くすると、これまたさっと同時に視線を逸らした。

 

「……ひ、日向も、気をつけてな」

「……あ、ああ。ありがとうレティシア」

 

 どこかぎこちなく会話する二人。

 そんな彼らの様子を見て、他の面々はひそひそと小声で話し合う。

 

(ねえ、あの二人、何かあったのかしら?)

(うん。明らかに様子が変だよね)

(レティシア様が顔を赤らめているなんて、滅多にない光景なのですよ)

(確かに……)

 

 井戸端会議よろしく身を寄せ合って相談し合う飛鳥たち。

 ただ一人、その輪に加わっていない十六夜は日向たちの様子を眺めながら、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

 そんな彼に飛鳥が問いかける。

 

(ちょっと十六夜君、何か知っていそうな顔ぶりね?)

(説明を要求する)

(ヤハハ。いやな? 実は昨晩、ちょっとした小細工を使って日向とレティシアだけを一緒に混浴させたんだが……ここまで言えば分かるだろ?)

 

 ピーン、と飛鳥たちは察した。

 そしてすぐさま十六夜と同様にニヤニヤとした笑みを浮かべ始める。

 

(ふふ、なるほど、そういうことね)

(十六夜……グッジョブ)

(ヤハハ。そう褒めるなよ。まあ、何があったのかは知らねえが……少なくとも、()()()()()()んだろうな)

(な、何かって、何でしょう?)

(い、いけませんジン坊ちゃん! ジン坊ちゃんにはまだ早すぎます!)

 

 黒ウサギは慌ててジンを話題から遠ざける。

 そうして井戸端会議を終えたところで、ちょうど日向とレティシアも会話を終えたようだ。

 十六夜たちの方へと振り向く彼らだが……そこではたと首を傾げた。

 

「ああ、悪い。ちょっと話し込んじまって……って」

「皆、私たちを見てどうしたんだ? 特に主殿たちの表情が気になるのだが」

 

 

 

 

 

 ニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤ。

 

 

 

 

 

 問題児たちは、今日も非常に元気であった。

 

 

 

***

 

 その後、初日組は手を振りながら本拠を後にした。

 こうして日向、飛鳥、耀、黒ウサギ、ジンと三毛猫、計五人と一匹は南側に向けて旅立ったのだった。

 

 居残り組の十六夜とレティシアも、小さく手を振ってそれを見送る。

 やがて彼らの背中が完全に見えなくなった頃、ふと、レティシアは十六夜に問いかけた。

 

「十六夜……その、本当に良かったのか? 外門利権証を手にしてまで勝ち取った順番を、こうもあっさり譲ってしまって。ヘッドホンなら私たちが」

「出てこねぇよ」

 

 スパッと、言葉を切るように十六夜は言った。

 

「これだけ探しても見つからないんだ。恐らく、隠した本人にしか分からない場所にあるんだろう」

 

 レティシアの顔が緊迫する。

 これまであえて口には出さないでいたが、彼女も同じ結論に達していたのだ。

   

「俺がアレを外したのは風呂に入ってる間だけ。それはお前や日向も見ていたから間違いない。ヘッドホンがひとりでにどこかへ行くはずはねぇだろ? つくも神でも憑いたってんなら、ま、それはそれで面白そうだけどな」

 

 クッと冗談めかして笑う十六夜だが、レティシアの表情は優れないままだ。

 

「それは……しかし、一体誰が」

「さあな。状況証拠からして一番怪しいの春日部だが、あいつはそんな真似をするようなヤツじゃない。だからこそ先に行かせたんだしな」

 

 では誰が? とレティシアが更に問おうとするも、十六夜はひらひらと手を振った。

 

「ほっとけほっとけ。そのうち出頭するだろう。どうせ素人の作ったヘッドホンだ。一銭の価値も無いしな」

「……素人が作った? まさか、知人が作った物なのか?」

 

 むむっ、と彼女は眉根を寄せる。

 もしかすると、十六夜にとって大切な思い入れのあるモノだったのかもしれない。

 むむむむむっ、と腕を組んで本気で悩み始めるレティシアの姿を前にして、十六夜は面倒くさそうに話題を変えた。

 

「そんなことよりも、日向から聞いたぞ? 昨夜はずいぶんと面白そうな話をしていたらしいじゃねぇか」

「ゆ、昨夜か……」

 

 ほんのりとレティシアの頬に赤みが差す。

 うっかり湯殿での出来事を思い出してしまったのだろう。

 

(こりゃ、やっぱり何かあったな)

 

 確信を深めながら、十六夜はニヤッと悪戯好きそうな笑みを浮かべ、

 

「どうした? ひょっとして、日向に迫られでもしたか?」

「せまっ……!? ば、馬鹿なことを言うな! そんなわけないだろう!」

 

 必至に否定するレティシア。

 いつも冷静な彼女にしてはらしくない取り乱し様だ。

 本音を言えば根掘り葉掘り聞き出したいが、今はそれ以上に聞きたいことがある。

 

「ま、その話は置いといてだ。とにかく昨夜、あいつに色々と話したことは間違いないんだろ?」

 

 レティシアは羞恥で奥歯を噛み締めていたが、やがて気を取り直すように小さく咳払いをした。

 

「こほん。ま、まぁ、確かに色々と話したが……主殿も聞きたいのか?」

「ああ、聞きたいね。何なら授業料だって払うぜ?」

 

 ヤハハと笑う十六夜。

 レティシアはしばし考えた後、ならばと提案する。

 

「それでは、主殿の故郷について教えてもらえないだろうか?」

 

 ぴたり、と十六夜は笑みを止め、すぅっと目を細めてレティシアを見た。

 

「それが、話の対価だと?」

「ああ。日向にも昨夜、故郷の話を聞いたんだ」

「……ふーん?」

 

 十六夜はレティシアの顔色を伺うが、そこには単なる好奇心とは別の思惑が見て取れた。

 まるで何かを懸念するような、不安を帯びた表情だ。

 

 十六夜は少しばかり考える。

 が、別段秘密にするような話でもない。

 ややあって、彼女の要求に応えることにした。

 

「……うまい朝食と緑茶、あと茶請け。話をするにも、まずは場所を整えてからだ」

 

 一転してヤハハと軽快に笑う十六夜。

 レティシアは片足を半歩ほど引いて膝を折り、両手でスカートの裾を摘まみ上げると、優雅に微笑んで一礼した。

 

「承りました、マイマスター。今日の朝食はこの私が、腕によりをかけて作らせて頂きます」

 

 茶目っ気を込めて仰々しく了承する。

 洗練された所作で冗談を言う彼女が可笑しかったのか、十六夜は高く哄笑を上げて食堂に向かった。

 

 

 

***

 

 ──箱庭二一〇五三八〇七外門区画。

 ──ペリベッド通り・噴水広場前。

 

 “境界門(アストラルゲート)”の起動は定時に行われる。

 基本的に個人での使用は緊急時以外は禁止されているため、起動時には行商を目的とするコミュニティなどが一斉に集まってくる。

 

 使用料は一人につき“サウザンドアイズ”発行の金貨一枚。

 最下層に在籍する多くのコミュニティにとって決して安い出費ではないが、それでも需要が尽きないのはやはり、この箱庭の都市の交通には欠かせないギフトだからだろう。

 

 そんな“境界門”の起動を待つ傍ら、飛鳥は門柱に刻まれた虎の彫像を凝視すると、フンと小さく鼻を鳴らした。

 

「収穫祭から戻ってきたら、いの一番この悪趣味な彫像を取り除きましょう」

「ま、まぁまぁ飛鳥さん。それはコミュニティの備蓄が十分に蓄えられてからでも」

「いやいや黒ウサギ、飛鳥の意見にも一理あるぞ? なにせこの門は、これからジンを売り出していく上で重要な広告塔になるんだからな。先行投資と思ってコーディネートしておくのも悪くない。というわけで、まずはジンの全身をモチーフにした彫像と肖像画を」

「お願いですからやめてください!」

 

 ジンが顔面蒼白で叫ぶ。

 流石にそれは恥ずかし過ぎるにもほどがある。

 飛鳥は心底残念そうにため息を吐き、

 

「じゃあ、黒ウサギを売り出しましょう」

「何で黒ウサギを売り出すんですかっ!」

 

 スパン、とハリセンで軽めなツッコミ。

 飛鳥はむぅっと唇を尖らせた。

 

「名案だと思ったのに」

「ただの迷案じゃないですか! 黒ウサギが辱めを受ける以外何の利益もありませんよ!」

 

 冗談ではないとウサ耳を逆立てて固辞する黒ウサギ。

 その隣でじっと彫像を見つめていた耀は、不意にポン、と閃いたように手を打つと、

 

「……じゃあ、黒ウサギを売りに出そう」

「YES♪ って何で黒ウサギを売るんですかああああああああ!!!」

 

 スパァーン!

 

 と今度は強めにハリセンを叩き込む。

 耀もむぅっと唇を尖らせた。

 

 日向はやれやれと首を振り、

 

「こらこら、あんまりわがままを言うもんじゃないぞ、黒ウサギ?」

「わがまま!? これわがままなんですか!?」

 

 さらっと放たれた言葉に衝撃を受ける黒ウサギ。

 最早ツッコむ気力もなく、彼女はぐったりと肩を落とした。

 

 十六夜が欠けたところで、彼らが問題児であることに変わりはないのだ。

 早くも行き先に不安全開の黒ウサギだが、そこで日向が仕方なしと言わんばかりに肩を竦めつつ、

 

「仕方ない。なら折衷案として、十六夜の彫像と肖像画を」

「「「「それだッ!!!」」」」

 

 全員の心が一つになった瞬間だった。

 

 その後、黒ウサギは二枚の招待状を取り出して注意事項を確認する。 

 

「我々が今から向かうのは、南側の七七五九一七五外門。“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”が主催する収穫祭でございます。しかしそれとは別に、舞台主である巨躯の御神木“アンダーウッド”の精霊からも招待状が届いております。両コミュニティには前夜祭のうちに挨拶へ向かいますので、それだけは心に留めておいてください」

「「「え~」」」

「留めておいてくださいっ!」

 

 もうっ! と頬を膨らませる黒ウサギ。

 

 そんなやり取りもさておき、間もなく“境界門”の起動が始まった。

 青白い光が門の周囲に満ちていくと、待機していた利用者たちが次第に列を作り出す。

 日向たちは“地域支配者(レギオンマスター)”として、列の脇から門が開かれるのを待っている。

 

「皆さん、外門のナンバープレートはちゃんと持ってますか?」

「大丈夫よ」

 

 黒ウサギの問いかけに応え、飛鳥が手に持った鈍色の小さいプレートを見せる。

 このナンバープレートに書かれた数字が、そのまま行き先の外門となるのだ。

 

 耀は手に持ったプレートをじっと見つめ、ふと本拠のある方へ視線を向けた。

 その様子に気づいた日向は、首を傾げて問いかける。

 

「どうした耀? 何か忘れ物か?」

「……ううん。ただ、十六夜のことが気になって」

 

 ちゃんとヘッドホンが見つかるかな? と心配そうに呟く耀。

 飛鳥と黒ウサギも気になっていていたようで、同じく本拠の方角を見つめた。

 

「そうね……まさかあの十六夜君が、ヘッドホン一つで辞退してくるとは思わなかったわ」

「YES。あれほど楽しみにしていましたのに……」

「きっと、あのヘッドホンは十六夜にとって大切なものなんだよ」

 

 チャラ、と耀は首にかけた木彫りのペンダントを握りしめる。

 そんな彼女の傍らで、日向は朗らかに笑って言った。

 

「大丈夫、きっとすぐに見つかるさ。それに十六夜は、耀を信頼しているからこそ代わりを任せたんだ。その期待に応えるためにも、収穫祭であっと驚く成果を上げてやろうぜ」

「……うん。そうだね」

 

 耀もしっかりと頷いて微笑みを見せる。

 

 “境界門”が起動したのは、その直後だった。

 

 

 

***

 

 本拠で朝食を摂った後、十六夜は茶請けのお遣いに行った年長組の子供たちが帰るまで、農園を見物することにした。

 

 道中、水樹から供給される水路を跨ぎ、奥の雑木林を抜ける。

 木陰から陽の下に出ると、見渡す限り焦げ茶色の大地が広がっていた。

 砂と砂利しか無かった一ヶ月前からは想像もつかない劇的な変化に、十六夜は思わず感嘆の声を上げる。

 

「へぇ……こいつは驚いたな。ちゃんと農園の土壌が出来てるじゃねえか」

 

 十六夜はその場で膝を折り、そっと手のひらで土を掬ってみる。

 十分な水気と栄養を含んだ土壌は素手で掘り返せるほど柔らかく、確かな重みが感じられた。

 荒れ果てた土地からここまで復活させるのは、並大抵の努力ではなかっただろう。

 

 散歩がてらに少し見て回ろうかと思案したその時、背後の雑木林からリリとユエの声がした。

 

「あ、十六夜様!」

「農園を見に来られたんですか?」

「おう。話には聞いていたが、中々立派な土壌に仕上がってるじゃねえか」

「はい! まだもう少しだけ土地の整備が必要ですけど、種子と苗が届くのが待ち遠しいです!」

 

 ひょコン! と狐耳を立てて話すリリ。

 自慢の二尾もパタパタと大忙しである。

 

「ちょうどこれから整備に向かうところなんですよ。お兄さんから頂いたこのギフトを少しでも早く使いこなせるように、私も張り切って頑張ります!」

 

 おー! とやる気に満ちた顔で小さな拳を振り上げるユエ。

 そんな彼女は現在、背中から両腕にかけて巻き付けるように灰色の衣を纏っていた。

 以前に日向がかぐや姫のギフトゲームで入手した神格武具、“天ノ羽衣(あまのはごろも)”である。

 

 ギフトの効果について、十六夜はユエに尋ねてみた。

 

「それで? 実際に身に着けてみて、何か変化はあったのか?」

「はい! 霊格の向上が肌で感じとれます。今でも以前とは雲泥の差ですよ!」

 

 ほぅ、と感心の声を漏らす。

 流石は神格武具というだけあり、その肩書きに恥じない効力を秘めているようだ。

 

「何はともあれ、土壌の完成も間近ってことか」

「はい。……本当に、もう少しです」

 

 リリは感慨深げに大地を見つめる。

 すると肥沃な土壌から雑木林へ、吹き抜けの風が頬を撫でた。

 それは以前のような乾いた風ではない。

 まさに、土地の息吹とも呼べる風だった。

 リリは胸いっぱいに農園に吹く風を吸い込み、熱っぽい吐息を漏らした。  

  

「風に……水の匂いがします」

「うん」

「土の匂いもしました」

「そうだな」

「生きている、土地の匂いがしました……!」

 

 感極まるといった万感の声を上げるリリ。

 その様子にユエは微笑ましげな表情を浮かべ、十六夜も僅かに瞳を細めた。

 彼女からは星の数ほど感謝の言葉を贈られてきたが、それでもまだ足らないほどの想いがあるのだろう。

 十六夜は肥沃な土壌を一瞥し、からかうように笑った。

 

「しかしこうやって改めて見ると、本当に広いな。こんな立派な土地をチビたちだけで世話できるのか?」

「それは無用の心配だ、主殿」

 

 雑木林の中から、続いてレティシアが現れる。

 その手には茶葉と茶請けが入った籠が下げられていた。

 

 十六夜は首を傾げて意味を問う。

 

「どういうことだ? リリが農園を預かる家系ってのは聞いてるが」

「そうだ。何を隠そうこのリリこそ、稲荷(いなり)の神に連なる豊穣の一族。代々我らの農園を預かってきた家系の一人娘なのだよ」

 

 パンッ、と背中を叩かれると、狐耳を真っ赤にして俯くリリ。

 予想外の返答に十六夜も目を瞬かせた。

 

「稲荷の神って……稲荷明神(いなりみょうじん)のことか?」

「え、えっと、似ているけどきっと違います。母様(ははさま)の伝聞では、宇迦之御魂神(ウカノミタマ)より神格を戴いた白狐が祖だと伺ってますけど……」

 

 十六夜はますます面食らったように瞳を丸くする。

 

 ──宇迦之御魂神とは、穀物神・商業神・興業神など幅広い側面で信仰を集める神霊の名だ。

 “宇迦(うか)”とはそもそも穀物を指す言葉だが、農耕信仰が多岐に拡大されて広がったため、様々な側面で信仰を集める神霊に成ったとされている。

 

 リリの先祖はこの眷属なのだ。

 

 十六夜の居た二〇〇〇年代でも工業発展が進み、商業神や屋敷神として様々な場所で祀られていた。

 都心でも宇迦之御魂神の使いとして狐の社が祀られているのは珍しいことではない。

 

 十六夜は顎に手を当てて興味深そうに笑った。

 

「宇迦之御魂神と言えば、伏見(ふしみ)稲荷大社の主祭神。そこから神格を得たとなると、リリのご先祖は狐神の命婦(みょうぶ)ってことか。……中々凄いじゃねえか。そいつも元は“ノーネーム”に所属していたのか?」

「は、はい。しかしその時にはすでに老齢だったらしく、後代の私たちが農園を引き継ぎました。以降は神格を継ぐものが現れずに八代を過ごしたのですけど、母様が九代目にして神格を継ぐことになり、現在に至ります」

「へぇ~! じゃあリリちゃんのお母さんって、とっても凄い人だったんだね!」

「え、えへへ」

 

 母親を褒めてもらえたのが嬉しかったのか、はにかむように笑うリリ。

 ふと、そこで十六夜は何かを思い出したように言った。

 

「そう言えば、ユエの羽衣に宿っている神格は豊宇気毘売神(トヨウケビメ)から与えられたものだったな。確かその二神は古くから同一視される女神だったはず。中々相性が良いじゃねえか」 

 

 ヤハハと屈託なく笑う十六夜。

 その言葉にリリとユエは顔を見合わせると、照れながらも嬉しそうに笑い合った。

 

「それで、リリの母親は? やっぱり魔王に連れ去られたのか?」

「……はい」

 

 一転して顔を伏せ、リリは狐耳を萎れさせる

 同じく神格を得ていたレティシアも捕まえられていたのだ。

 当然のことだろう。

 

 十六夜はリリの母親についてレティシアへ視線で問うが、彼女は首を横に振った。

 

「私たちはそれぞれ別々に投獄されていた。他の者たちの行方は分からず仕舞い。交渉人を介して自由を得たものの、魔王の正体すら分からないのが現状だ」

 

 レティシアも沈鬱そうに顔を伏せる。

 

 “階級支配者(フロアマスター)”である白夜叉でさえ、仇の魔王は見当がつかないという。

 彼ら“ノーネーム”が探るには、雲を掴むより難しい相手だろう。

 

 重い空気に気がついたリリは、気を使わせまいとして慌てて声を上げる。

 

「で、でも、母様がいなくても大丈夫です! 農園の手入れについては書物も残っていますし、道具だって残ってます! だから、私たちだけでも大丈夫なんです!」

「うぅっ、リリちゃん。なんて健気な子……」

 

 ムンっ、と胸の前で握り拳を作るリリと、その姿にほろりと感動の涙を流すユエ。

 しかし十六夜は話を全く聞いていないかのように腕を組んだままだ。

 

 しばし沈黙した後、幾分真剣な面持ちで問う。

 

「……宇迦之御魂神の眷属、だったな。その本殿に通じるコミュニティは箱庭に無いのか?」

「え? ええと……はい。多分あります。本殿ではありませんが、南側五桁には天門へ通じる霊山が聳えているって、黒ウサギのお姉ちゃんが」

「ならその霊山を登って、宇迦之御魂神に直接所在を聞けばいい。神格を与えた主祭神なら、眷属の位置ぐらい把握しているはず。上手くすれば魔王の位置も正体も分かる。……おお、我ながら名案じゃねえか」 

 

 ヤハハ! と笑う十六夜。

 リリは大きく息を呑んで驚き、二尾をバタつかせて問う。

 

「で、でも、五桁の霊山を登るのは物凄く大変です。皆様にそんな苦労をかけては、」

「話をよく聞けよ。これは魔王の正体を探る一環だ。何もリリのためだけというわけじゃない」

 

 飄々と肩を竦める十六夜。

 しかし隣で話を聞いていたレティシアは、浮かない顔で沈黙している。

 

 気になった十六夜は、訝しげに問いかけた。

 

「どうした? 何か問題でもあるのか?」

「……え? あ、ああいや。そうだな。その方法は非常に有効だ。箱庭はとてつもなく広大だが、主祭神なら眷属の居場所がわかるはず」

「だろ?」

「ああ。……確かに盲点だった。収穫祭が終わり次第、天門について調べるとしよう」

 

 二人は視線を交わして頷き合う。

 そのままリリに向き直った十六夜は、農園に手を広げて不敵に笑う。

 

「そういうことだ、リリ。そう遠くない内にお前の母親も戻ってくるから、それまでに農園をどうにかしておけ。もしもこのまま出迎えたら、きっと大目玉だぜ?」

 

 からかうように笑う十六夜。

 捻くれた物言いだが、それがリリを気遣ったものであることは明白だ。

 リリは嬉しくも恥ずかしそうに紅潮した狐耳を伏せ、二尾をパタつかせて礼を述べた。

 

「……ありがとうございます。農園は、私たちが立派に元に戻します……!」

「私も一緒に手伝うからね! 行こう、リリちゃん!」

「うん!」

 

 花やかな笑顔を見せたリリは十六夜たちに一礼すると、ユエと共に農園を目がけて走っていく。

 その姿をレティシアは微笑ましげに見送るも、内心には小さな影が差していた。

 

(……()()()()()()、なのだがな)

 

 

 

***

 

 その後、十六夜とレティシアは農園脇の小道を進み、休憩所として設置される予定の場所で白いテーブルの椅子に腰掛けた。

 手に提げた鞄からティーセットを取り出してセッティングしているレティシアは、もうすっかりメイドが板についているようである。

 

 ふと気になることを思いついて、十六夜はテーブルに肩肘をつきながら問いかけた。

 

「なあレティシア。一つ聞きたいんだが、お前は元魔王だったんだよな? それならやっぱり、ギフトゲームに負けて“ノーネーム”に隷属させられていたのか?」

「まさか。私の主は今も昔も十六夜たちだけだ」

「そうなのか? けれど俺は、前に魔王を倒せば条件次第で隷属させられるって話を聞いたことがあるんだが。レティシアは違うのか?」

 

 ああ、なるほど。

 とレティシアは納得したように相槌を打つ。

 

「そうだな。話せば長くなるので掻い摘まむが、私が発動させた“主催者権限(ホストマスター)”は、ちょっとした暴走状態になっていてな。だから私は“ゲームクリアによって倒された”のではなく“ゲームから切り離された”というのが正しいんだ」

「……? じゃあ切り離された“主催者権限”はどうなった?」

「暴走したまま封印された。南側の……いや、どこに封印したかは聞いていない。聞いたところで封印を解くつもりも無いしな」

 

 そこで話を切ると、レティシアは早速本題に入る。

 

「では、次は私が質問する番だな」

「はいはい。それで? 俺のメイドは何を聞きたいんだ?」

 

 ふむ、とレティシアは思案する。

 本音を言えば出生や私生活のことを聞きたいが、あまりに直球すぎるのも芸がない。

 まずは少し変化球から投げ込むことにした。

 

「そうだな……まずは、あのヘッドホンかな。友人か知人が作ったものなのか?」

「友人なんて大層なもんじゃねえさ。さっきも言ったが、同じ施設に居たチビが実験で作っただけの代物だ」

「……施設?」

「ああ。親がいない子供や、捨て子を引き取る児童福祉施設……って言っても、箱庭にはそういう施設はなさそうだな」

 

 さて、どう説明したものかと腕を組む十六夜。

 一方のレティシアは、直接出自を聞かなかったことに内心こっそり安堵していた。

 昨夜の日向との一件からも、軽はずみな質問は出来るだけしないようにと心掛けていたのだが、どうやら正解だったようだ。

 

(私の思い過ごしならいいのだが……日向と十六夜は、ほぼ同等の実力を備えている。仮にもし、日向の存在に忍音が関係しているとするのなら。あるいは十六夜にも──)

 

 ──“ノーネーム”に関係する何者かが関わっているのかもしれない。

 

 これは彼女が抱く懸念の是非を確かめるためにも、確実に明らかにするべき事柄だ。

 そんなレティシアの心情を察したのだろう。

 十六夜は組んだ腕を解き、ポツポツと身の上を話し始めた。

   

「施設って言っても、十二歳ぐらいまではあっちこっち盥回しだったな。ああ、身内じゃないぞ。施設から施設、施設から養父母、養父母から施設ってな感じだ」

「……? どうしてそんなことに?」

「そりゃお前、俺が優秀だったからに決まってんだろ。養子にしたいってんで引く手数多だったんだが、クーリングオフも早かったってこと」

 

 ヤハハ! と十六夜は笑ってのけるが、レティシアはとてもそんな気になれず、そっと視線を落とした。

 

 ……どんなに強大な力を持っていたとしても、当時の十六夜が幼い子供であったことに変わりはない。

 日向とはまた異なる環境だが、たとえ義理の親とは言え、そう何度も入れ換わるのが健全だとは思えなかった。

 

 彼女は何も言わず、十六夜の話を静聴する。

 

「……ま、俺はガキの頃からサービス精神旺盛だったからな。求められた分だけ応えてやったんだが、どうも刺激が強すぎたらしい。親を名乗った連中はどいつもこいつも最後は必ず土下座で」

 

『──頼むから、施設に帰ってくれ……!』

 

「と言われてはいサヨウナラ。中には利用しようとしてくれた面白い奴もいたが、結局ソイツも同じ幕切れさ。……フン、今考えてもつまらない幕切れだった。色々と利用されてやったのに、最後が()()()。いい加減腹が立ったから、ソイツの脱税記録と横領の証拠を全部検察とテレビ局に送りつけてやった」

 

 ハッ、と鼻息を荒くして十六夜はティーカップを煽る。

 

「それが、いつだ? ああ、確か十歳の頃だ。それ以来、利用しようと近づいて来る連中は片っ端からドン底に叩き落してやったんだが、面白かったのは最初の頃だけだったな。資金稼ぎにはなったがそれもすぐに飽きた。それでいよいよやることが無くなった時に──集めた資金で一つ、ゲームをすることにしたんだっけ?」

「ゲーム?」

「そ。まあギフトゲームみたいなもんだな。賞金も出し惜しみせず出してやった。ルールは『一週間以内に俺を見つけろ』の一つだけ。簡単なもんだろ?」

「あ、ああ」

「そんでルールを明記した紙と、賞金の札束を山済みにして、その写真をネットにばら撒いてやったのさ。そしたら馬鹿な連中がウヨウヨと動き始めてちょっとした騒ぎになったんだが……それも、面白かったのは最初だけだな。大半は三日で諦めて『難しすぎる』だの『ヒントを出せ』だの『主催者は勝たせる気が無い』だの、まあ好き勝手言い出す始末だ」

 

 不機嫌そうに肩を竦める十六夜。

 ここでようやく、レティシアも表情を緩めて茶化した。

 

「いやいや、それは主殿も悪い。良いゲームにしたいのなら、プレイヤーはちゃんと厳選すべきだろう」

「ハッ、返す言葉も無え。ガキだったと思って目を瞑ってくれ」

 

 的確な駄目出しに苦笑いを浮かべる。

 十六夜は二杯目の緑茶をカップに注ぎながら、どこか気鬱な瞳で幼い頃の話を続けた。

 

「──ゲーム中に隠れていた場所がな。人里離れた山奥だったんだよ。そこにアタッシュケース三〇箱分の金を積んで待ってたんだが、一向に誰も来ない。しかも夏の終わりで湿度も高く、あげくの果てには嵐までやってきやがった。山奥で轟々と響き渡る雷鳴はなるほど、“神鳴り(カミナリ)”とはよく言ったもんだ」

「……」

「そんな嵐の中、いよいよクリアできる人間が現れそうに無いと悟った時。何だか色々と馬鹿らしくなってきてな。ヒントを出せというから出してやったのに気づかねぇし、見つかるように一人でうろついてるのに見つけられねぇ。テメエらの目は山椒魚(さんしょううお)並みに退化してんのかとガキなりに憤慨して、いよいよもって収まりつかなくなって、こうなったら世の中の半分ぐらい滅茶苦茶にしてやろうかと小刻みに拳を震わせながら隠れ家に帰ったら──」

 

 ──そう。

 雷鳴轟く嵐の山中で、逆廻十六夜は出会った。

 

 “家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い”

 

 そんな召喚に応じた彼の故郷にも、たった一度だけ、忘れられない出会いがあったのだ。

 

 

 それが彼女──金糸雀(カナリア)との邂逅だった。

 

 

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