- The Another Origin -   作:青葉空太

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第2話 トリトニスの大滝

 

 飛鳥たちが箱庭へ足を踏み入れたその同時刻。

 鬱蒼と大小様々な木々が生い茂り、強力無比な幻獣たちが巣くう“世界の果て”付近に位置する樹海の中を、高速で走り抜ける2つの人影があった。

 

「ヤハハハハハハ! おいおいマジかよ! この世界に来てから早々に嬉しいサプライズだ! まさか俺の脚力に付いてこられる人間がいるとはな! やるじゃねえか日向! 冗談抜きでビックリだぜ!」

 

 高らかに笑い声を上げながらそう告げたのは、並み居る幻獣たちの縄張りを我が物顔で疾走中の問題児が筆頭、逆廻十六夜だ。

 

「ハハハハハハハ! そいつはソックリそのまま俺の台詞だぜ十六夜! まさか俺と同等の身体能力を持った人間が実在するなんて夢にも思ってみなかったぞ! そもそもお前は本当に人間か!?」

「ヤハハ! おうよ! 生物学上はな!」

 

 そしてその十六夜と併走するのが、同じく問題児の一員、天道日向である。

 こちらも非常に良い笑顔で樹海の中を爆走していた。 

 この近辺をテリトリーとする幻獣たちにすれば領地侵害も甚だしいが、それでも彼らに勝負を仕掛ける猛者はいない。

 何せ日向と十六夜はほぼ音速に近しい速度で樹海の中を駆け抜けているのだ。

 幻獣たちも迂闊に手を出すべき相手では無いと判断したのだろう。

 物陰で息を潜めながら、ひっそりと彼らの動向を見守っていた。

 

 そんな事情でさしたる足止めも無いままにひたすら樹海を邁進していると、やがて草葉の隙間に微かな光が見えてきた。

 どうやらようやく森林地帯を抜けるようだ。

 高まる期待に胸を躍らせながら、2人はより一層大地を踏み込む足に力を込め、見えた光の向こう側へと飛び出した。

 

 そして──

 

「……こいつは」

「……すごいな」

 

 視界が開けた先には、“世界の果て”にある断崖絶壁まで続く巨大な大河川が待ち受けていた。

 川辺に立った日向と十六夜は、それぞれが遙か遠くに見える対岸を見据え、

 

「これは正に圧巻の規模だな。川幅だけでも、向こう岸までざっと3kmぐらいはあるぞ?」

「ああ。落下中に一度目にしてはいたが、間近に来ると更にデケェな」

 

 連綿と広がる膨大な量の流水は、淀みなくせせらぎを奏でて流れている。

 水面は磨き抜かれた鏡面のようにキラキラと陽光を反射しており、水質は純度の高い水晶のように冴え澄んでいた。

 

「しっかしまあ、流石は異世界。見たこともない植物や魚がうようよ生息してやがる」

「そうだな。次に来た時は、こうした特有の生態系をのんびりと観察してみるのも楽しそうだ」

「お、なかなか趣味が合うじゃねえか」

 

 愉快そうにヤハハと笑う十六夜。

 日向はそんな彼の隣でなんとなく川辺に落ちていた石を拾うと、そこでピンと閃いた。

 

「そうだ。なあ十六夜。折角だからここで1つ、試しに俺とお前でギフトゲームをしてみないか?」

「何?」

 

 ピクリ、と十六夜が片眉を上げて日向を見る。

 その双眸には僅かに疑惑の念が浮かんでいた。

  

「……どういうつもりだ?」

「何、百聞は一見に如かずって言うだろ? 黒ウサギから説明は受けたものの、実際に体験してみたほうがノウハウも分かりやすいしな。それに何より──面白そうだろ?」

 

 日向はニヤリと笑みを浮かべる。

 十六夜はしばし思案するような素振りを見せると、やがて日向を睨みつけ、

 

「おいおい、あんまりふざけたことを抜かすなよ日向。そんなもん全然興味あるし超面白そうじゃねえか良しやろう今やろうさあやろう!」

「ノリノリだな」

 

 ヤハハハ! と楽しそうに哄笑を上げる十六夜。

 了承を得た日向は手にした石を指で挟み、十六夜の前に提示すると、

 

「ゲームの内容は簡単だ。目の前の大河川に石を投げて、水面を跳ねた回数を競い合う。単純に言えば水切りだな」

「おう、異論はないぜ。……けど、そうだな。どうせ勝負するなら、罰ゲームの1つでも無いと盛り上がりに欠けるんじゃねえか?」

「なら負けた方は、後で黒ウサギに誠心誠意今回の件を謝罪する──なんてのはどうだ?」

「その賭け受けた!」

 

 方針が決まったところで、両者は宣誓を行う。

 すると彼らの手元に2枚の羊皮紙が出現した。

 

 

 

***

 

『ギフトゲーム名“PLAY DUCKS AND DRAKES”

 

 ・ルール説明

  ・両者共に投石のチャンスは一度。

  ・投じる石の選択は自由。

  ・勝敗は投じた石が河川に沈むか、

   対岸にたどり着くまでに水面を

   跳ねた回数がより多かった者。

  ・投石者に対して意図的な妨害を

   行うのは禁止。(第三者含む)

  ・敗者は黒ウサギに対して誠意を

   込めた謝罪を行う。

 

 宣誓 上記のルールに則り、

    “天道日向”“逆廻十六夜”の

    両名はギフトゲームを行います。 』

    

 

 

***

 

 条件を確認した日向と十六夜は、それぞれ手にした羊皮紙を再度見つめて口を開く。

 

「ふーん。コイツが黒ウサギの言ってた“契約書類(ギアスロール)”ってやつか」

「みたいだな。……で、どちらから行く?」

「んじゃ、俺から行かせてもらうぜ」

 

 名乗り出て、十六夜は足下から手頃な石を手に取った。

 その石を右手で弄びながら河辺に立つ。

 呼吸を整えた十六夜は、やがて大きく軸足を前に出し、

 

「ヤハハ! 行くぜオラァッ!!!」

 

 全力で、構えた腕を振り抜いた。

 

 ズバババババババババババババッッッ!!!

 

 と石が水面を切り裂くように突き進む。

 秒速数千回転と初速数キロメートル毎秒という馬鹿げた数値で投げ込まれた石は、瞬く間に河川を横断して対岸の大地に爆撃のごとく着弾した。

 

「おー、いったなー」

「ま、こんなもんだろ」

 

 額に手を翳しながら感心する日向と、満足そうにパンパンと両手を叩く十六夜。

 しばらくして、河川は次第に元の落ち着きを取り戻す。

 

「よし、次は俺だな」

 

 そこで今度は日向が河辺に立った。

 その手に持つ石も最初に拾ったものとは違い、新たに形の良いものを見つけたものだ。

 

「ま、俺には及ばねえだろうけどな」

「上等だ! 罰ゲームの内容忘れんなよ!」

 

 十六夜の煽りで更に闘争心を燃やす日向。

 日向は大きく水平に腕を振りかぶると、全身のバネと駆動を利用しながら渾身の投擲を行う。 

 十六夜と遜色ない回転と速度で投げ込まれた石は、さながら砲弾のように水面をどこまでも抜けていく。

 

 

 ──一方、その頃。

 視点は変わり、大河の水中にて。

 

(……む? 何事だ?)

 

 ちょうど十六夜の投擲が終わった時分。

 それまで川の中で安らかに眠っていた白き蛇神は、ふと水面の騒がしさで目を覚ました。

 

(この気配は……人間か? おのれ、人間風情が我の安眠を妨げるとは忌々しい……!)

 

 安眠中に叩き起こされて若干イライラしている白き蛇神は、腹いせに元凶の人間を少々懲らしめてやろうと画策する。

 

(フフフ、愚かな人間共め。神格持ちたる我を怒らせたこと、骨の随まで後悔させてくれるわ……!)

 

 そうと決まれば善は急げとばかりに、蛇神は人間の気配がする河辺付近に移動した。

 その心境はさながら獲物を前にした蛇そのものである。

 

(ククク、まずはこの姿を見せて恐れおののく様を嘲笑っくれよう。人間共の間抜けな姿が目に浮かぶわ)

 

 やがて準備を終えた蛇神は、そこで遂に河辺に姿を現す──!

 

 バッシャーン!!!

 

『矮小なる人間よ。我が眠りをぐふぁーっ!?』

「えっ?」

 

 日向はキョトン、と呟いた。

 前方の河川に向けて音速を遙かに凌駕するスピードで投擲された石は、突如水中から渦を巻くようにして現れた蛇神の胴体に直撃した。

 もちろん水切りはそこで終わり、石に衝突された蛇神も静かに水中へ沈んでいった。

 

『両者とも投石終了。

 結果 逆廻十六夜:3417回 

    天道日向:92回

 

 ルールに則り、逆廻十六夜を勝者とします』

 

 静謐な河辺に、勝敗を定めるアナウンスが響く。

 同時に2人の“契約書類”が発光し、それぞれ勝者と敗者を証明する書類に変化した。

 

「…………えー」

 

 再びポツリと呟く日向。

 背後で見物していた十六夜は、河辺で固まる日向の隣に歩み寄って声をかけた。

   

「……おい、日向。何だ今の」

「……さあ? 一体何だったんだろうな?」

 

 要領を得ないやり取りに、十六夜は小さく肩を竦める。

 

「ま、何はともあれ、勝負は俺の勝ちだな」

「禁じられているのは意図的な妨害のみ、か。はあ……まあ、仕方ないな」

 

 素直に敗北を認める日向。

 十六夜は気を取り直すように踵を返し、

 

「んじゃ、とっとと“世界の果て”まで行くぞ」

「ああ、そうだな」

 

 そうして元居た川辺から下流に向かって歩き出す2人。

 そこに復活した蛇神がツッコンだ。

 

『待たんかあああああぁぁぁぁ!! 貴様等あああああぁぁぁ!!!』

 

 突如響いた絶叫と共に静謐な川面の一部が半円球状に浮き上がり、巨大な水柱となって立ち昇る。

 渦巻く水柱を弾き飛ばして、日向たちの前に再び白き蛇神が顕現した。

 蛇神は矢継ぎ早に訴える。

 

『なぜ平然とこの場から立ち去ろうとしているのだ! 失礼にもほどがあるだろう!』

「コレは、巨大な蛇……か?」

「へえ、デカイ上に喋れる蛇とは珍しいな」

 

 日向と十六夜の反応に、蛇神は鼻を鳴らして応える。

 

『フン、当然だ。我は主から神格を与えられし、このトリトニスの大滝に住まう水神。ただの蛇と同列に扱われては、それこそ我の尊厳に関わるというものよ』

「それで? その水神とやらが俺たちに何の用だ?」

 

 十六夜の問いかけに、蛇神は憤怒の表情を浮かべて牙を剥いた。

 

『とぼけるな! 睡眠中の我を巧みに水上へと誘い出した挙げ句、何やら砲弾のようなモノで打ち倒そうとするとは! この卑怯者共が! 恥を知れ恥を!』

「……えーっと、実は俺たち、この河辺で水切りのギフトゲームをやってたんですけど……」

『え?』

 

 蛇神が素っ頓狂な声を上げる。

 

『水切り?』

「はい」

『じゃあ、我の体に当たったのは?』

「俺が投げた石ですね。すいませんでした」

『……』

 

 日向は心なしか、女性が顔をカァッと赤らめる姿を幻視した。

 

『ふ、ふふふ、ふざけるな! そんな根拠も無い話を誰が信じると』

「ここに“契約書類”があるんですけど……」

 

 日向は“敗北”と書かれた契約書類を見せる。

 その下にはペナルティの詳細が記載されていた。

 内容はもちろん、黒ウサギに誠心誠意謝罪を行うというものである。

 それを見た蛇神は更に狼狽した。

 

『な、だ、だが! 人間如きが、たかが石ころひとつ投げた程度でアレ程の威力を発揮出来るわけがなかろう!』

「いや、本当に普通に投げただけで……」

『クッ! 人間め! 性懲りもなく我をたばかる気か……!』

「いや、あの、だから本当に……」

『ええい! 黙れ黙れ! 良かろう! それほどまでに真実を吐いていると言うのなら、この我自ら試してやろうではないか!』

「……試す?」

 

 日向は首を傾げて問いかける。

 蛇神はそれまでの雰囲気から一転、厳かに語った。

 

『そうだ。我が貴様らに試練を与えてやる。“力”“知恵”“勇気”、どれでも好きなものを選ぶがいい。その試練を乗り越えることが出来たならば、貴様らの言うことを信じ、恩恵も授けてやろう』

「てことだそうだが……どうする?」

 

 隣で日向が問うと、十六夜は軽薄な笑みを浮かべて応えた。

 

「おいおい、たかが蛇如きが言ってくれるじゃねえか。そもそもオマエに、俺たちを試せるだけの力があるのか?」

『……なんだと?』

「当然だろ? 実力の無いヤツに試されてやるほど、こっちも暇じゃないんでね」

 

 十六夜の明らかに挑発的な物言いに、蛇神はスッと瞳を細める。  

 

『付け上がるなよ小僧。たかが人間風情に、我が劣るとでも?』

「さあな。文句があるなら証明してみせろよ。オマエが本当に、俺たちを試せるだけの実力の持ち主かどうかをな!」

『──いいだろう。その自惚れ……後悔することになるぞ、小僧ォ!』

 

 荒ぶる怒号と共に、蛇神の周囲に何柱もの竜巻く水柱が立ち昇り始める。

 舞い上がる水飛沫を浴びながら、日向は呆れたように呟いた。

 

「おいおい、どうするんだよ十六夜。完全に怒り狂ってるじゃないか。これじゃ話し合いにもならないぞ」

「ヤハハ! 何だよ、先に喧嘩をふっかけて来たのは向こうだぜ?」

「いやいやいやいや、あの蛇神は単に試練を選べとしか言ってなかっただろ」

「そうだっけか? まあ細かいことはどうでもいいだろ」

 

 屈託なく笑う十六夜に、日向はため息を吐く。

 やがて準備を終えたのか、白き蛇神が宣戦布告とばかりに裂帛の咆哮を上げた。

 

『いくぞ小僧! 神格たる我の力、とくとその身に受けるがいい!』

 

 蛇神の意志に呼応するかのように、竜巻く水柱が日向と十六夜へ襲いかかる。

 それを2人は拳の一振りで爆散させると、すぐさま十六夜が大地を砕く勢いで跳躍し、蛇神の眼前に躍り出た。

 

『なっ!?』

「おいおいこんなもんか? 期待外れもいいところだぜ!」

 

 そう吐き捨てながら、十六夜は蛇神の眉間にその山河を打ち砕く拳を叩き付けた。

 余りの威力に蛇神は吹っ飛び、背中を滝の岸壁で強打しながら倒れ伏す。

 無反応で水中に沈んでいく蛇神の姿に、日向は思わず同情の念を浮かべた。

 

「……うわー、容赦の欠片も無かったな。もう少し手加減しても良かったんじゃないか?」

「“強きを挫き、弱きも挫く”が俺の信条だ」

「お前は鬼か」

「日向さん! 十六夜さん!」

 

 舞い散る水飛沫の中で会話していると、どこからか

聞き覚えのある声がな人の耳朶に飛び込んできた。

 振り返れば案の定、そこには青い長髪を緋色に染めた黒ウサギがいた。

 

「あれ? お前黒ウサギか?」

「何だかさっきと印象が……髪の色?」

 

 駆け付けた黒ウサギは彼らの無事にほっと安堵するが、それ以上に沸き立つ憤慨に怒髪天を衝くようにしてズズイと身を寄せて問い詰める。

 

「どうしたもこうしたもありませんよ! 御二人共、一体どこまで来てるんですか!」

「ご覧の通り“世界の果て”さ。まあそんなに怒るなよ」

「これが怒らずにいられますか! 大体日向さんも、十六夜さんを止めに行ったはずではなかったのですか!?」

「すいませんでしたッ!!」

「……へ?」

 

 突然盛大に頭を下げだした日向に、黒ウサギは一瞬キョトンとする。

 

「本当に! 申し訳ありませんでした!」

「え? え?」

 

 尚も謝り続ける日向に、黒ウサギはそれまでの怒りも忘れて困惑したようにオロオロする。

 

「ひ、日向さん? どうされたのですか?」

「この通り! 心から反省しています!」

「い、いえ、あの、何もそこまで必死に謝らなくても……」

「クッ! こうなったらもう土下座しか……!」

「わ、分かりました分かりました! 許しますから、地面に手を突こうとしないでください!」

 

 激しくプライドとせめぎ合いながらも、渾身の覚悟で土下座を敢行しようとする日向。

 黒ウサギは慌てて引き止めた。

 体勢を戻した日向は一転して朗らかな笑みを浮かべ、

 

「ふう、危なかった。許してくれてありがとうな、黒ウサギ」

「い、いえ。それよりも、黒ウサギにはどうしてあそこまで必死に謝ろうとしていのかが気になって仕方がないのですが……」

「ああ、それはな……」

 

 日向は“契約書類”を見せながら、黒ウサギに事情を説明する。

 

「──と、いうわけなんだ」

「な、なるほど。納得したのですよ」

 

 事情を聞いて、ホッと胸をなで下ろす黒ウサギ。

 もしや危ない人なのでは……? と思っただけに、本当に良かったと安堵した。

 気がつけば、日向の契約書類には“ペナルティ遂行済み”の表記が付け加えられていた。

 そこでそれまで彼らのやり取りを心底面白そうに観賞していた十六夜が、話題を変えるように口を開く。

 

「しかしいい脚だな。遊んでいたとはいえ、こんな短時間で俺たちに追いつけるとは思わなかった」

「むっ、当然です。黒ウサギは“箱庭の貴族”と謳われる優秀な貴種です。その黒ウサギが──」

 

 あれ? と黒ウサギは小首を傾げる。

 

(この黒ウサギが半刻以上もの時間、追いつけなかった……?)

 

 度々話題に出ているが、兎は箱庭の世界、創設者の眷属である。

 彼らの駆ける姿は風より速く、その力は生半可な修羅神仏では手が出せないほどだ。

 そんな彼女に気づかれることなく姿を消したことや、追いつけなかったことも、思い返してみれば人間とは思えない身体能力だった。

 

「ま、まあ、それはともかく! 日向さんも十六夜さんも、御無事で良かったデス。道中で出会ったユニコーンから御二人が水神のゲームに挑んだと聞いて肝を冷やしましたよ」

「水神? ──ああ、()()のことか?」

 

 へ? と黒ウサギは硬直する。

 十六夜が指を差したのは、川面にうっすらと浮かぶ白くて長いモノだ。

 黒ウサギが理解する前に巨体が大きく鎌首をもたげると、

 

『まだ……まだ終わっておらんぞ、小僧ォ!』

 

 先ほど十六夜によって打ちのめされた蛇神が、圧倒的な憤怒を携えて復活した。

 

「蛇神……! ってどうやったらこんなに怒らせられるんですか御二人共!?」

「まてまて、誤解なんだ。挑発したのは十六夜で、俺は何もしてない……はず、たぶん、恐らく、いやきっと」

「全然信憑性がありませんよっ!?」

 

 日向の独白も何のそのと、十六夜はケラケラと笑って事の顛末を語る。

 

「いや、なんか偉そうに『試練を選べ』とかなんとか上から目線で素敵なことを言ってくれたからよ。()()()()()()()()()()()()()()()のさ。結果はまあ、残念なヤツだったが」

「お前、絶対に友達いないだろ」

 

 日向のツッコミを尻目に、怒りに震える蛇神は大口を開けて咆哮する。

 

『貴様ら……思い上がるなよ人間! 我がこの程度のことで倒れるか!』

 

 蛇神は鋭利に研ぎ澄まされた牙を剥き、ギラリと眼孔を光らせる。

 すると周囲に旋風が巻き上がり、先ほどよりも大きな水柱が立ち昇り始めた。

 

「御二人共、下がってください!」

 

 黒ウサギは咄嗟に2人を庇おうとするが、十六夜の鋭い視線がそれを阻んだ。

 

「何を言ってやがる。下がるのはテメェだろうが黒ウサギ。これは俺と日向が()()()、ヤツが()()()喧嘩だ。手を出せばお前から潰すぞ」

「どう考えても俺は巻き込まれだけだと思うんだが」

「ヤハハ! そいつは気の毒にな!」

 

 日向の非難するような物言いにおどける十六夜だったが、黒ウサギに向けた視線には本気の殺意が籠もっていた。

 黒ウサギも始まってしまったゲームには手出しできないと気づいて歯噛みする。

 十六夜の言葉に、蛇神は息を荒くして応えた。

 

『心意気は買ってやる。それに免じ、この一撃を凌げば貴様らの勝利を認めてやる』

「寝言は寝て言え。決闘は勝者が決まって終わるんじゃない。()()()()()()()()()()()()

 

 求めるまでも無く、勝者は既に決まっている。

 その傲慢極まりない台詞に黒ウサギも蛇神も唖然とする。

 その中でただひとり、日向だけが呆れた笑みを浮かべていた。

 

『……フン! その戯言が貴様らの最後だ!』

 

 蛇神の一喝に応じて、周囲の水が巻き上がる。

 元より展開されていた水柱は更に何百トンもの水を吸い上げると、徐々に重なり合っていく。

 やがて形成されたのは、もはや蛇神の背丈をも超える3本の竜巻く水柱だった。

 それぞれが生き物のようにうねり、蛇のように襲いかかる。

 この力こそ時に嵐を呼び、時に生態系さえも崩す“神格(しんかく)”のギフトを持つ者の力であった。

 

「日向さん! 十六夜さん!」

 

 黒ウサギが叫ぶがもう遅い。

 竜巻く水柱は川辺を抉り、木々をねじ切り、彼らの身体を激流に呑み込む──と、そこで日向が静かに一歩前に踏み出し、

 

「あーもーッ! こうなったらやってやるよコンチクショォォォォォ!!!」

 

 怒りと共に、迫り来る水柱を()()()()()

 瞬間、突如発生した暴力の嵐は、その拳の一振りで薙ぎ払われる。

 

「嘘!?」

『馬鹿な!?』

 

 驚愕する2つの声。

 それはもはや人智を遙かに超越した力である。

 蛇神は全霊の一撃を弾かれ放心するが、その隙を見逃す十六夜ではない。

 すぐさま大地を砕いて地響きと共に跳躍し、蛇神の懐へと飛び込んだ。

 そして獰猛な笑みを浮かべ一言、

 

「ま、中々だったぜオマエ」

 

 そう言って蛇神の胴体を蹴り打った。

 蛇神は衝撃に巨体を空高く打ち上げると、やがて重力にともなって水中に落ちる。   

 その余波で川が氾濫し、水で森が浸水した。

 全身を濡らした十六夜は、バツが悪そうに川辺に戻る。

 

「クソ、今日はよく濡れる日だ。クリーニング代ぐらいは出るんだろうな黒ウサギ」

「自業自得だな。ざまあみろ」

「うっせ」

 

 冗談めかして言う十六夜に、同じく悪戯が成功したような笑みでからかう日向。

 だがしかし、黒ウサギの心中はそれどころでは無かった。

 

(人間が、神格を倒した!? それもただの腕力で!? そんなデタラメが──!) 

 

 ハッと黒ウサギは思い出す。

 彼らを召喚するギフトを与えた“主催者(ホスト)”の言葉を。

 

『彼らは間違いなく──人類最高クラスのギフト保持者よ、黒ウサギ』

 

 黒ウサギはその言葉を、リップサービスか何かだと思っていた。

 信用できる相手だったが、ジンにそう伝えた黒ウサギ自身も“主催者”の言葉を眉唾に思っていたのだ。

 

(信じられない……けど、本当に最高クラスのギフトを所持しているなら……! 私たちのコミュニティ再建も、本当に夢じゃないかもしれない!)

 

 黒ウサギは内心の興奮を抑えきれず、胸の鼓動が速くなるのを感じていた。

 

「うん? どうしたんだ黒ウサギ?」

「え? きゃあっ!」

 

 ふと我を取り戻すと、いつの間にやら日向の顔が目の前まで迫っていた。

 驚き、その場から全力で飛び退く黒ウサギ。

 置き去りにされ、思わず固まった日向が呟く。

 

「……え? もしかして俺って嫌われてる?」

「おいおい、あの黒ウサギがここまで露骨に避けるなんて相当だぞ。一体何したんだよ日向?」

「いや、全く身に覚えがない」

 

 反射的に飛び退いてしまった黒ウサギは、ハッと今し方の行動を省みる。

 そして意味を理解すると、慌てて日向に誤解を解いた。

 

「い、いえ! 違うのですよ日向さん! 今のはいきなりで驚いたと言いますか何と言いますか! 決して日向さんが嫌いだとか、そういう訳ではないので安心してください!」

「そ、そうか? それならいいんだが……」

 

 黒ウサギの慌てように少し面食らいながらも、嫌われているようではないと分かりほっと安堵の息を吐く日向。

 それを傍から見ていた十六夜は、いぶかしげに眉をひそめて問いかけた。

 

「けど、何をボーっとしてたんだ黒ウサギ? あんまり隙を見せてると、胸とか脚とか揉むぞ?」

「な、ば、おば、貴方はお馬鹿です!? 200年守ってきた黒ウサギの貞操に傷をつけるおつもりですか!?」

「え、何それ超傷つけたい」

「お馬鹿!? いいえお馬鹿!!」

 

 疑問形から確定形に言い直した黒ウサギは、思わずサッと日向の後ろに身を隠す。

 それを見た十六夜は呆れたように呟いた。

 

「仲が良いんだか悪いんだか、どっちかにしろよ黒ウサギ」

「え? きゃあっ!」

 

 十六夜の指摘に黒ウサギが上を見上げると、そこで振り返った日向と視線が合った。

 その瞬間に再び飛び退く黒ウサギ。

 

「……やっぱ俺って嫌われてる?」

 

 ひとり傷ついた日向は、誰に向けるともなく静かにそう呟いたのであった。

 

 

 

***

 

 ──箱庭二一〇五三八〇外門・内壁。

 ──ペリペッド通り・噴水広場。

 

 黒ウサギと別れ、先んじて箱庭の都市へと足を踏み入れたジン・飛鳥・耀の3人は、噴水広場で営業しているカフェの1つ“六本傷”のテラスで席に着いていた。

 紅茶の注がれたティーカップを優雅に傾けながら、飛鳥はふと箱庭の上空を見上げて問いかける。

 

「ねえ、ジン君。どうして外側から天幕の中に入ったのに、天井には自然と空も太陽も見えるのかしら?」

「箱庭を覆っている天幕は、内側から見ると不可視になるんですよ。そもそもあの巨大な天幕は、陽の光を直接浴びられない種族のために設置されているものですから」

「あら、それは気になる話ね。この都市には吸血鬼でもいるのかしら?」

「はい、もちろん」

「そ、そう」

 

 軽い冗談のつもりで言ったのだが、予想外の返答にやや戸惑う飛鳥。

 無意識に首筋を押さえたのは、自分が血を吸われている場面を想像したのだろう。

 この都市で生活して行くことに若干の不安を覚えた彼女であった。

 

『にしても、この世界はホンマに凄いなお嬢。さっき注文を取ってくれた猫耳鍵尻尾の姉ちゃんも、ワシと言葉が通じとったし』

「うん。来て良かったね三毛猫」

 

 微笑みながら膝上の三毛猫と話す耀。

 その様子を隣から伺っていた飛鳥は、瞳を丸くして驚いた。

 

「春日部さんはもしかして……猫と会話が出来るの?」

 

 耀はコクリと首肯する。

 

「うん。生きているなら誰とでも話せる」

「それは心強いギフトですね。この箱庭の都市において、幻獣との言語の壁というのはとても大きいですから」

 

 感心したように説明するジン。

 多種多様な種族が存在するこの箱庭で、耀の持つ能力は確かに魅力的なものだった。

 飛鳥は羨望の眼差しを彼女に向ける。

 

「そう……春日部さんには素敵な力があるのね」

「久遠さんは」

「飛鳥でいいわ。よろしく春日部さん」

「う、うん。飛鳥はどんな力を持ってるの?」

「私? 私の力は……まあ酷いものよ。だって」

「おんやぁ? どこの誰かと思えば東区画の最低辺コミュ“名無しの権兵衛”のリーダー、ジン君じゃないですか」

 

 品の無い上品ぶった声がジンを呼ぶ。

 聞き覚えがあったのか、ジンは顔をしかめて返事をした。

 

「僕らのコミュニティの名前は“ノーネーム”です。“フォレス・ガロ”のガルド=ガスパー」

「黙れ、この名無しめ。コミュニティの誇りである名と旗印を奪われてよくも未練がましくコミュニティを存続させるなど出来たものだ──そうは思わないかい、お嬢様方」

 

 ガルドと呼ばれた巨躯のピチピチタキシードの男は、そう言って遠慮無用に3人の座るテーブルの空席に腰掛けた。

 その無礼な振る舞いに、飛鳥と耀は冷ややかな視線を送る。

 

「失礼ですけど、同席を求めるならばまず氏名を名乗った後に一言添えるのが礼儀ではなくて?」

「おっとこれは失礼を。私は箱庭上層に陣取るコミュニティ“六百六十六の獣”の傘下である」

「烏合の衆の」

「コミュニティのリーダーをしている、ってマテやゴラァ!! 誰が烏合の衆だ小僧オォ!!!」

 

 ジンに横槍を入れられたガルドは瞬く間に豹変し、耳元まで大きく裂けた口と肉食獣のような鋭い牙を露わにする。

 ギョロリと剥かれた瞳が、激しい怒りと共にジンを睨む。

 

「口慎めや小僧ォ……紳士で通っている俺にも聞き逃せねえ言葉はあるんだぜ……?」

「森の守護者だった頃の貴方なら相応の礼儀で返したでしょうが、今の貴方はこの二一〇五三八〇外門付近を荒らす獣にしか見えません」

「ハッ、そういう貴様は過去の栄華にすがる亡霊と変わらんだろうが。自分たちの現状が分かって」

「ハイ、ちょっとストップ」

 

 険悪な2人の会話を遮るように手を上げたのは飛鳥だった。

 

「少し気になることがあるのだけれど……ねえ、ジン君? 先程からガルドさんが指摘している、私たちのコミュニティが置かれている状況──とはどういうことなのかしら?」

「そ、それは」

 

 言葉に詰まり、ジンは自分が大きな失敗を犯してしまったことに気づく。

 それは黒ウサギと口裏を合わせて隠していたことだった。

 その動揺を見て取ったガルドは、ニヤリと笑って口を挟む。

 

「私から御説明しましょう」

「なっ!? ガルド=ガスパー!」

 

 ジンは思わず声を上げる。

 ここでコミュニティの現状を暴露されるのは何としてでも避けたかった。

 しかしガルドはギロリと鋭い視線を向けて制すると、侮蔑を込めた声音で釘を刺す。

 

「黙れ、コミュニティの長として新たな同士に箱庭の世界のルールを教えるのは当然の義務だろうが。その義務を放棄している貴様にとやかく言う資格は無い──どうでしょうか、レディたち?」

 

 飛鳥はいぶかしげな目で一度だけジンを見る。

 ジンは俯いて黙り込んだままだ。

 

「……そうね。お願いするわ」

「承りました。ではまず大前提として、コミュニティは活動する上で箱庭に“名”と“旗印”を申告しなければなりません。もしコミュニティを大きくしたいのなら、旗印を持つコミュニティに両者合意で『ギフトゲーム』を仕掛ければいいのです。現に私はそうやってコミュニティを大きくしましたから」

 

 ガルドは笑みを浮かべると、胸に刺繍された虎の紋様を指差しながら説明する。

 それを見た飛鳥は、周囲を見渡して問う。

 

「と言うことは、この近辺はほぼ貴方たちが支配しているということかしら?」

 

 広場周辺の商店や建物には、皆ガルドの胸に刻まれた紋様と同様のものが飾られていた。

 ガルドはクックッと笑って答える。

 

「ええ、その通りです。ここら一帯で未だ我々の傘下に入っていないのは、本拠が他区か上層にあるコミュニティと──奪うに値しない名も無きコミュニティぐらいのものですね」

 

 嫌みを込めた視線でジンを見る。

 ジンはやはり、顔を背けたままローブをグッと掴んでいた。

 

「さて、ここらが本題です。実は貴女たちの所属するコミュニティは──数年前まで、この東区画最大手のコミュニティでした」

「あら、意外ね」

「とはいえリーダーは別人でしたけどね。当時、彼らのコミュニティはギフトゲームにおける戦績で人類最高の記録を持っていた。それに加え北と南の主要コミュニティとも親交が深く、その勢力は箱庭の上層まで食い込む、まさに東区画最強のコミュニティだったそうです」

 

 ガルドは一転してつまらなそうな口調で語る。

 現在この付近で最大手のコミュニティである彼にはどうでもいい話なのだろう。

 

「“人間”の立ち上げたコミュニティではまさに快挙ともいえる数々の栄華を築いた彼らのコミュニティはしかし! ……やがて決して敵に回してはいけないモノに目を付けられた。そして彼らはたった一夜で滅んだのです。『ギフトゲーム』が支配するこの箱庭の世界、最悪の天災によって」

「「天災?」」

 

 飛鳥と耀は同時に聞き返した。

 それほど巨大な組織を滅ばしたのが、ただの天災というのはあまりにも不自然に思えたのだ。

 

「これは比喩にあらず、ですよレディたち。彼らはこの箱庭で最大にして唯一にして最悪の天災──俗に“魔王(まおう)”と呼ばれる者たちです」

「その魔王とかいうものに、ジン君たちのコミュニティは滅ぼされたというの?」

「ええ。魔王は総じて相手をギフトゲームに強制参加させる術を持ちます。それによって彼らのコミュニティは、文字通り全てを奪われたのです」

 

 ジンのローブを握る手に力が籠もる。

 ガルドはさらに言葉を続けた。

 

「“名”も“旗印”も、主力陣の全てをも失い、残ったのは膨大な居住区画の土地だけ。考えてもみてください。名乗ることを禁じられたコミュニティに、一体どんな活動が出来ます? 商売ですか? 主催者(ホスト)ですか? しかし名も無き組織など信用されません。加えて人材の無い以上、ギフトゲームに参加することも不可能です」

「まあ、確かにそうでしょうね」

「でしょう? 唯一残っている人材は黒ウサギの彼女ぐらいでしょうが、私はあの子が不憫でならない。こんな名ばかりのリーダーとそのコミュニティのために、毎日身を粉にして走り回っているんですから。実質彼らのコミュニティは、彼女ひとりによって支えられていると言っても過言ではありません」

「……っ」

 

 ジンは悔しそうに顔を歪める。

 その姿をチラリと見た飛鳥は、目線を戻してガルドに問う。

 

「事情は分かったわ。それでガルドさんは、どうして私たちにそんな話を懇切丁寧に聞かせてくれるのかしら?」

 

 飛鳥の含みを持たせた問いかけに、察したガルドは笑顔で応えた。

 

「では、単刀直入に言います。よろしければ黒ウサギ共々、私のコミュニティに入りませんか?」

「なっ!? いきなり何を言い出すんですガルド=ガスパー!?」

「黙れ、ジン=ラッセル。そもそもテメエが名と旗印を新しく改めていれば、最低限の人材はコミュニティに残っていたはずだろうが。それを貴様の我が儘でコミュニティを追い込んでおきながら、どの面下げて彼女たちを招き入れるってんだ?」

「そ、それは……」

 

 痛いところを突かれて怯むジン。

 それ以上に、飛鳥たちに対する後ろめたさと申し訳無さで黙り込んでしまう。

 

「分かったら口をつぐんで大人しくしていろ──で、どうですレディたち?」

 

 にこやかに尋ねるガルドに、飛鳥は即答した。

 

「結構よ」

 

 は? とジンとガルドは揃って自らの耳を疑う。

 飛鳥は何事も無かったようにティーカップの紅茶を飲み干すと、耀に笑顔で話しかけた。

 

「春日部さんは、今の話をどう思う?」

「別にどうも。私はこの世界に友達を作りに来ただけだから」

「あら、それは意外。なら私が友達1号に立候補してもいいかしら?」

 

 耀は一瞬だけ驚いた顔をすると、しばし考える。

 その後、小さく笑って頷いた。

 

「……うん。飛鳥は私の知る女の子たちとはちょっと違うから大丈夫かも」

『良かったなお嬢……お嬢に友達ができて、ワシも涙が出るほど嬉しいわ』

 

 ホロリと泣く三毛猫。

 話そっちのけで盛り上がる彼女たちに、青筋を浮かべたガルドが再度問いすがろうとしたその刹那、

 

「お、お言葉ですがレデ」

()()()()()

 

 ガチン! とガルドの下顎が不自然に閉じる。

 困惑する彼を余所に、飛鳥は優雅にカップを置いて告げた。

 

「私は裕福だった生活も、約束された将来も、全てを捨てて箱庭に来たのよ。それを今更、たかだか一地域を支配しているだけのお山の大将に組織の末端として迎え入れてやる──などと言われて魅力を感じるとでも思ったのかしら? だとしたら自身の身の丈を理解した上で出直してきなさい、このエセ虎紳士」

 

 パチン。

 

 とそこで飛鳥が指を弾くと、ガルドの口を拘束していた支配が解ける。

 唖然としていたガルドは我に返るや否や、漲る憤怒に自身の姿を黒と黄色の毛並みをしたワータイガーに変幻させ、そのまま飛鳥に襲いかかった。

 

「テメェ! この小娘がァァァ!!!」

 

 しかし次の瞬間、立ち上がった耀がガルドの右腕を掴み込むと、その細腕からは考えられないような腕力で彼を地面に組み伏せた。

 

「なっ!?」

「……喧嘩はダメ」

 

 飛鳥はゆっくり席を立つと、そのままガルドの目の前に佇んで語りかける。

 

「そんなことよりも、少し尋ねたいことがあるのよ。ねえガルドさん? 貴方、何かを隠し事をしていないかしら?」

「な、何!?」

 

 突然の問いに狼狽えるガルド。

 飛鳥は気にせず言葉を続ける。

 

「相手にギフトゲームを無理矢理強いることが出来るからこそ、この箱庭で“魔王”という存在は恐れられている。ならそれが出来ない貴方たちは、一体どうやって()()()()()()()相手にギフトゲームを挑めたのでしょうね?」

 

 サアッとガルドの顔から血の気が引き、瞬く間に蒼白となる。

 そもそもコミュニティそのものを賭したゲームなど、そうそう執り行われるはずがない。

 それにも拘わらずこれほどまで多くのコミュニティを傘下に置いている“フォレス・ガロ”には、表沙汰に出来ない何かがあるのは明白だった。

 飛鳥は美麗に微笑み、再び支配の言霊を紡ぎ出す。

 

「それじゃあガルドさん。ゆっくりと()()()()()()()()()()()()()?」

「──ッ!?」

 

 必死に抵抗を試みるが、ガルドの口は強制的にこじ開けられ、自らが犯した罪を白日の下に晒してゆく。

 彼が“フォレス・ガロ”の存続を賭けて飛鳥たちにギフトゲームを挑まれるのは、それから程なくしてのことだった。

 

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