- The Another Origin -   作:青葉空太

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第29話 アンダーウッド

 

 轟々と唸りを上げる嵐の山中、暴風雨に晒される屋内で、十六夜はすっとひび割れた窓の霜をなぞった。

 彼がゲームの隠れ家にしたのは、山奥に廃棄された老人介護施設である。

 

 カンテラの明かりを頼りに腕時計を確認すれば、パネルには23:56と表示されていた。

 タイムリミットまで残り4分。 

 幼い十六夜は落胆し、小さなため息を吐いた。

 

「……23:56現在。俺の発見者無し」

「──23:57現在。君の発見者一名」

 

 これでゲームクリアかしら? と。

 軽い調子でかけられた声に、十六夜はバッと勢いよく振り返った。

 

 声は女性のものだった。

 まるで歌でも歌っているかのような声色の侵入者は、暗闇の奥で息を潜めている。

 

 十六夜は壁を背にして警戒心を高めつつ、静かに返答した。

 

「……ああ、そうだ。あんたがゲームの攻略者だよ。主催者として祝ってやるから姿を見せろ」

「……これはまた、ずいぶんと口の悪い主催者ね」

 

 呆れたような声音だが、それさえも耳に心地いい。

 一字一句、女性が言葉を紡ぐ度、十六夜の好奇心は募ってゆく。

 

「ところで、自己紹介は必要かしら? 十六夜君?」

「……へぇ? よく調べたな」

「そりゃそうよ。だってこれは君を見つけ出すためのゲームだもの。まず君が何者かを知るところから入るのは必然でしょ?」

 

 フフン、と得意げな声が響く。

 

「そりゃそうだ。けど、よくこんなところまで来られたじゃねぇか。侵入者の罠だって、廃屋内には山ほど仕掛けておいたはずだけど?」

「ああ、うん。まああれぐらいなら別に平気かな。ピアノ線だけは、他の人が危ないから外させてもらったけど」

 

 ポン、と足下にピアノ線の束が投げ込まれる。

 それは現金を入れたアタッシュケースの隠し場所に設置していた罠だった。

 十六夜は怪訝に眉根を寄せる。

 

「……よく金だけ持ち出さなかったな」

「だって私、君に興味があって来たんだもの」

 

 ケラケラと明るい笑い声。

 それと同時に、謎の女性はカツカツとハイヒールを鳴らして光の当たる場所まで歩み出る。

 その姿を目にした十六夜は、呆れたような顔をした。

 

「……あんた、そんな格好で山に登ったのか?」

「当然。これが私の勝負服だもの」

 

 女性は片手を腰に当ててポーズを取る。

 真っ白なロングコートの下に赤紫のキャミソールを着込み、足にはヒールの付いた黒いロングブーツを履いている。

 特に印象的だったのは、左右対称の貝殻を付けたイヤリングだろう。

 多くの場合、左巻きの貝殻は遺伝子異常によって生まれるもので非常に希少だ。

 差し込む月明かりに照らされた顔は、意外にも美人だった。

 ウェーブを引いたショートカットの金髪が整った小顔を引き立てている。

 年齢は控えめに見ても二十代前半に見えた。

 

「……意外に若いな、おばさん」

「ハッハー! 若いと言いながらおばさん呼ばわりとは酷いな十六夜君。私のことは尊敬と敬意と敗北感を込めて“金糸雀(カナリア)お姉様”と呼びなさい」

 

 ──ピクリ、と十六夜の眉根が吊り上がる。

 同時に先ほどまでの親しげな気配を消し、斬れるような敵意を金糸雀へと向ける。

 

「……オイ。“敗北感を込めて”ってのはどういう意味だ? 俺は主催者で、アンタは攻略者。ならアンタは恭しく俺から賞金を頂戴するのが筋ってもんじゃないのかい?」 

 

 その言葉に金糸雀は目に見えて分かるほど落胆し、肩を落として十六夜を見つめた。

 

「……あのさ、十六夜君。逆に聞くけど、君はどんな理由でこのゲームを主催したの?」

「何?」

「まさかとは思うけど……“世界の誰かに、自分を見つけて欲しい”──なんて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、ゲームを主催したんじゃないわよね?」

 

 刹那、金糸雀の眼光が十六夜を貫いた。

 少なくとも、十六夜はそう錯覚した。

 

(俺が……ゲームを始めた理由?)

 

 “自分を見つけて欲しい?” 

 ──まさか、と全力で首を振った。

 想像しただけでも鳥肌が立つ。

 ではなぜ? と考えてみるも答えが出ない。

 金糸雀は大きく仰け反り両手を広げる。

 廃墟に吹き荒ぶ嵐のような風は彼女の纏うロングコートを靡かせ、小柄な体躯を大きく見せた。

 

「違うでしょう十六夜君。君が求めていたのは、自分に比肩する強大なチャレンジャーでしょう? それを探すためのゲームだったはず。君が不満や憤りを感じていたのは、攻略者が現れないことじゃない。十六夜君がしたかったはずの血湧き肉躍るようなものにならなかった、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……っ、」

 

 反射的に、十六夜は拳を握りしめた。

 彼女の言葉が図星だったからだろう。

 金糸雀は雷光を背に一歩、また一歩と彼の元に近づき始める。

 

「もう一度言うわ。私が勝者で、君は敗者。この喧嘩は君が()()()、私が()()()もの。攻略者が出た以上、君は主催者として勝者を讃える義務がある。それが出来ない人間は、そもそも主催者なんかをやるべきじゃない」

 

 ギリッと、十六夜は奥歯を噛み締めた。

 

「……俺に、負けを認めろと?」

「そうよ。そして主催者として、攻略者に勝利宣言を。それでこのゲームは終わるわ」

「…………」

「そして、君のゲームが終わったら……私と、()()()()()()()()()()()()

 

 ──は? と十六夜は間の抜けた声を上げる。

 金糸雀は構わず続けた。

 

「そうねぇ。次は私が主催者に成りましょうか。君の用意したお金を使えば、そこそこの舞台は調えられるしね。……ふふ。その時は私が君に、本物の“主催者(ホスト)”ってやつを見せてあげるわ」

 

 どう? と首を傾げる金糸雀。

 しばし口を開けて呆れ返っていた十六夜は──ふっと、思いついたように呟く。

 

「なら……ゲームの賞品は?」

「うーん、そうねえ……」

 

 彼女は十六夜の視線に合わせる様に膝を折る。

 互いの額を重ね合わせ、悪戯っぽく告げた。

 

「もし私が勝てば、私に口の悪い息子が出来る」

「…………」

「もし君が勝てば……私は一生、君の遊び相手になりましょう。オプションで、素敵な居場所も用意するわ」

 

 どうかしら? と微笑みかけて問う金糸雀。

 十六夜は難しそうな顔で腕を組んで悩んだ後、仰々しい物言いで頷いた。

 

「……しょうがねえな。このクソゲーの勝者はアンタだ、金糸雀」

「ありがと。次は私が“主催者”として、君を招くわ」

 

 金糸雀はそう告げて十六夜の手を取り、幼い手を引いて行く。

 

 ──この二人のゲームは、約二年に渡って続けられた。

 国境を越え、大陸を越え、イグアスの滝の悪魔を探し、世界の果てを確認しに行った二人は最後に、一つの児童福祉施設に辿りつく。

 

 “カナリアファミリーホーム”。

 

 十六夜を受け入れるためだけに造られた、児童福祉施設だった。

 

 

 

***

 

 ──箱庭七七五九一七五外門。

 ──“アンダーウッドの大瀑布”。

 ──フィル・ボルグの丘陵。

 

「きゃ……!」

「わっ……!」

 

 ビュウ、と勢いよく丘陵に吹き込んだ冷風に、軽い悲鳴を上げる飛鳥と耀。

 多分に水気を含んだ風に驚きつつ、吹き抜けた先の光景に息を呑んだ。

 

「ははは……これは、黒ウサギの勝ちだな」

 

 眼下に広がる景色を見下ろした日向は、してやられたと言わんばかりに苦笑する。

 

 彼らの視界に飛び込んできたのは、樹の根が網目模様に張り巡らされた地下都市と、清涼とした飛沫が舞い散る水舞台だった。

 街の中心部に聳える巨躯の水樹は、トリトニスの大滝に通じる河川を跨ぐように屹立し、無数に枝分かれした太い幹から滝のように水を放出している。

 

「二人とも、見て! 水樹から流れた滝の先に、水晶の水路がある!」

 

 耀がいつにない歓声を上げて注目を促す。

 巨大な水樹から溢れた水は幹を通って都市へと流れ落ち、緑色の水晶で彩られた水路を経由して街中を勢いよく巡っていた。

 

 天を衝くかの如き巨躯の水樹と、河川の隣を掘り下げて形成された地下都市。

 この二つを総じて、人々は“アンダーウッド”と呼んでいるのだ。

 

(あら、あの水路の水晶……?)

 

 飛鳥は水晶の輝きを目にして首を傾げる。

 記憶違いでなければ、北側でも同じようなものを見た気がしたのだ。

 

「飛鳥? 何か気になるものでもあったのか?」

 

 隣から日向が問いかける。

 飛鳥は水路を見つめたまま、思い出すように返答した。

 

「いえ、あの水晶……緑のガラス? なんだけれど、確か北側でも──」

「二人とも、上!」

 

 えっ、と今度は頭上を見上げる。

 彼らの視線の先、遙か上空では、何十羽という角の生えた鳥が飛んでいた。

 耀は興奮を露わにしながら、空に舞う鳥の群れを熱っぽい眼差しで見つめている。

 

「角の生えた鳥……しかもあれ、鹿の角だ。今まで見たことも聞いたこともない鳥だよ。やっぱり幻獣なのかな? 黒ウサギは知ってる?」

「え? ええまあ、何と言いますか……」

 

 いつになくハイテンションな耀の疑問に、黒ウサギはなぜか言い淀む。

 どう答えたものかと迷っていたところで、日向が驚いたように呟いた。

 

「鹿の角が生えた鳥って……おいおい、まさか本当にアトランティスでもあるのか?」

「え? 日向はあの鳥がなんだか知ってるの?」

「ああ、たぶんな」

「ホント? 何て幻獣なの? ちょっと見てきても大丈夫かな?」

 

 今にも飛び出そうな勢いで尋ねる耀に、日向は苦笑して首を横に振った。

 

「残念ながら、アレは止めといた方がいいかもな」

「え? それってどういう──」

 

 耀が疑問を呈しかけたその時、突如激しい突風が日向たちの周囲に吹き荒れた。

 唖然としている彼らの耳に、懐かしい声が響く。

 

『友よ、待っていたぞ。ようこそ我が故郷へ』

 

 巨大な翼で旋風を巻き上げて降り立ったのは、いつぞやの“サウザンドアイズ”のグリフォンだった。

 彼が嘴のある大きな頭を寄せると、耀も応えるように喉を撫でた。

 

「久しぶり。ここが故郷だったんだ」

『ああ。収穫祭で行われるバザーには、“サウザンドアイズ”も参加するらしい。私も護衛の戦車を引いてやってきたのだ』

 

 見れば彼の背中には、以前より大きく立派な鞍と手綱が装備されている。

 契約している騎手を乗せるためだろう。

 グリフォンは黒ウサギたちにも視線を向け、翼を畳んで前足を折った。

 

『フム。“箱庭の貴族”に友の友よ。お前たちも久しいな』

「YES! お久しぶりなのです!」

「久しぶりだな」

「お、お久しぶり……で、いいのかしらジン君?」

「き、きっと合っていますよ」

 

 言葉の分からない日向に飛鳥、そしてジンはとりあえずその場の空気で返事をした。

 グリフォンは嘴を背中へ向け、一同に提案する。

 

「フィル・ボルグの丘陵から街までは距離がある。南側には野生区画というものが設けられているからな。東や北よりも、道中は気をつけねばならん。もし良ければ、私の背中で送っていこう』

「本当でございますか!?」

 

 喜びでピョコン! とウサ耳を立てる黒ウサギと、話が分からずに首を傾げる日向たち。

 耀はグリフォンから一歩距離を置き、深々と頭を下げて感謝した。

 

「ありがとう。差し支えなければ、名前を聞いてもいい?」

『無論だ。私は騎手より“グリー”と呼ばれている。友もそう呼んでくれ』

「うん。私は耀でいいよ。それで、こっちは日向と飛鳥、それにジン」

『分かった。友は耀で、友の友は日向に飛鳥、そしてジンだな』

 

 バサバサと翼を羽ばたかせて了承するグリー。

 その間に日向たちは黒ウサギに説明を受ける。

 

「へえ、ここはフィル・ボルグの丘陵って言うのか。それじゃあ大樹の麓に見えるあの平原は、モイ・トゥラ平原とか?」

 

 ピクリ、と日向の台詞にグリーが反応する。

 

『ほほう。耀の友はなかなか博識だな』

 

 その言葉の意図が分からず、耀は日向に問いかけた。

 

「ねえ日向、あの平原の名前がモイ? なんとか平原かもって、どういうこと?」

「ん? いや、この場所の名前がフィル・ボルグの丘陵だっていうから、それにちなんで言ってみただけだ。フィル・ボルグっていうのは、ケルト神話に登場する民族の名前だからな。そして同じくそのケルト神話に登場する重要な場所の一つに、“塔の平原”を意味するモイ・トゥラって名前の平原があるんだ。ま、ここにあるのは塔じゃなくて大樹だけどな」

 

 へ~、と日向の説明に耀が感心したように相づちを打つ。

 話がひと段落したところで、日向たちは頭を下げてグリーの背中へと跨がっていく。

 自力で飛べる耀は、皆が乗り込むまでに先ほどの鳥について質問した。

 

「ねえグリー。あの鹿の角が生えた鳥も、やっぱり幻獣?」

『……鹿の角が生えた鳥の幻獣? まさか、ペリュドンの奴らか?』

 

 グリーは頭を上げ、鷹の眼孔で周辺を探る。

 “アンダーウッドの大瀑布”とは反対に位置する遠くの水場に、件の鳥の群れを見つけた。

 

『彼奴らめ。収穫祭中は外門へ近づくなと警告したというのに。よほど人間を殺したいと見える』

「……? 食人種なの?」

『違う。ペリュドンは人間を殺すのだ』

「YES! 言わば殺人種なのですよ!」

 

 ヒョコ、と黒ウサギがグリフォンの背中から顔を出す。

 

「黒ウサギもそれほど詳しいわけではありませんが、元はアトランティス大陸という場所から来た外来種だと聞いております」

 

 その台詞に日向が反応する。

 

「へえ、やっぱりあるのかアトランティス。ならいつか行ってみたいな」

 

 楽しみが増えた、と今後に向けてより一層期待に胸を膨らませる日向。

 耀は会話を続ける。

 

「アトランティス大陸って、あの有名な?」

「YES。そして件のペリュドンですが、先天的に影に呪いを持ち、己の姿とは違った影を映すとか」

『その解呪方法が“人間を殺す”ことなのだ』

「そっか。だから日向も忠告してたんだね」

「ああ、そういうことだ」

 

 納得したように頷く耀。

 先のことといい、相変わらずの博識ぶりだと彼女は素直に舌を巻いた。

 

『フン。どこの神がかけた呪いかは知らんが、実に悪趣味だ。生存本能以外で“人を殺す”という理由を持たされた彼奴らは、典型的な“怪物”なのだろう。普段なら哀れな種族と思い見逃すが、今は収穫祭がある。再三の警告にも引かぬなら……耀には今晩、ペリュドンの串焼きをご馳走することになるな』

 

 ニヤリと嘴で笑うグリー。

 彼は翼を羽ばたかせて旋風を巻き起こすと、巨大な獅子の足で大地を蹴った。

 瞬く間に外門から遠のいていくグリーに、耀は辛うじて追従する。

 

『やるな。全速力の半分程度とはいえ、二ヶ月足らずで私に付いてくるとは』

「う、うん。黒ウサギが飛行を手助けするギフトをくれたから」

「YES! 耀さんのブーツには補助のため、風天のサンスクリットが刻まれております!」

 

 背中の上でちょっぴり誇らしげに胸を張って答える黒ウサギ。

 しかしそんな余裕があるのは彼女を含めて一握りだけだ。

 ジンなどあまりの風圧で飛び立つと同時に吹き飛ばされ、あわや転落というところを間一髪日向に受け止められた。

 飛鳥も二の舞にならないよう歯を食いしばって手綱を握っている。

 黒ウサギの腕に抱かれている三毛猫は、必死の形相で懇願した。

 

『お、おじょうおうおおぉぉおお!! も、も少し! も少し速度落としてと旦那につぅたうぇてええぇぇええええええ!!』

 

 風圧で顔面がプルプルと波打つ様子ははたから見れば滑稽だが、割と本気で命が危険だった。

 耀は慌てて減速するよう頼み込む。

 

「グ、グリー。後ろが大変。速度落として」

『ム? おお、すまなかった』

 

 速度を緩め、街の上空を優雅に旋回する。

 髪を乱れさせて肩で息をしていた飛鳥も、少し余裕が出来たのだろう。

 そっと背中から顔を出して、眼下の街並みを見渡した。

 

「わぁ……掘られた崖を、樹の根が包み込むように伸びているのね」

 

 半球状に広く掘り進まれた地下都市は、樹の根の広がりに合わせて開拓している。

 飛鳥の感心を含んだ感想に、ジンを後ろから支えている日向も続く。

 

「へぇ。これだけ川辺に近いと氾濫や嵐なんかの災害が恐そうだが、水樹の根が都市を守っているんだな」

 

 所々に人為的な柱も存在するが、多くは樹の根と煉瓦のようなもので整備されていた。

 

「“アンダーウッド”の大樹は樹齢八千年とお聞きします。樹霊(コダマ)の住み木としても有名で、現在は二〇〇〇体の精霊が棲むとか」

『ああ。しかし十年前に一度、魔王との戦争に巻き込まれて大半の根がやられてしまった。今は多くのコミュニティの協力があって、ようやく景観を取り戻したのだ』

 

 魔王と聞いて、日向たちは顔を見合わせる。

 グリーはそれに気づかないまま上空を旋回しつつ、ゆっくりと街を下っていく。

 

『今回の収穫祭は、復興記念を兼ねたものでもある。ゆえにいかなる失敗も許されない。“アンダーウッド”が復活したことを、東や北にも広く伝えたいのだ』

 

 強い意志を込めて訴えるグリー。

 網目模様の根っこをすり抜け、地下の宿舎に着いたところで日向たちを下ろす。

 彼は大きく翼を広げて遠い空を仰いだ。

 

『私はこれから、騎手と戦車を引いてペリュドン共を追い払ってくる。このまま放置しては参加者が襲われるかもしれんからな。耀たちは“アンダーウッド”を楽しんでくれ』

「分かった。気を付けてね」

 

 言うや否や、グリーは旋風を巻き上げながら飛び去っていった。

 その背を見送った耀は、少し困ったように黒ウサギに問う。

 

「……殺人種なんているんだね。もし私があの幻獣からギフトを貰ったら、どうなのるのかな?」

「分かりません。しかしペリュドンに関しては迂闊に仲良くならない方がよろしいでしょう。無理に近寄らない方が無難ですよ」

「……そう。分かった」

 

 強めに釘を刺され、少し肩を落とす。

 そんな耀に、日向が励ますように声を掛けた。

 

「ま、そう気を落とすなって。他にも幻獣は沢山いるだろうし、折角十六夜から全日参加の権利を貰ったんだ。友達になれる機会はいくらでもあるさ」

「……うん。そうだね」

 

 耀は力強く頷く。

 日向の言う通り、落ち込んでいる暇はない。

 権利を譲ってくれた十六夜の恩に報いるためにも、この収穫祭中に一匹でも多くの幻獣に出会わなければならないのだ。

 耀は小さく微笑み、日向に礼を述べる。

 

「日向。励ましてくれてありがとう」

「ああ。どういたしまして」

 

 その時だった。

 不意に宿舎の上から、二人にとって聞き覚えのある声が木霊した。

 

「ああーッ! 誰かと思ったらお前ら、耀と日向じゃん! 何? お前らも収穫祭に──」

「アーシャ。そんな言葉遣いではいけませんよ」

 

 賑やかな声に誘われて頭上を見る。

 そこには“ウィル・オ・ウィスプ”の少女アーシャと、カボチャ頭のジャックが窓から身を乗り出して手を振っていた。

 

「アーシャ……君も来てたんだ」

「まあねー。コッチにも色々と事情があって……さっと!」

 

 窓から飛び降りてくるアーシャ。

 自慢の青髪ツインテールを揺らす彼女に、日向は朗らかに笑って再会の挨拶をする。

 

「久しぶりだなアーシャ。元気だったか?」

「う、うん。久しぶり……」

 

 若干頬を赤らめながら答えるアーシャ。

 ゴスロリ衣装の後ろで手を組みながらもじもじとしている彼女は、やがて誤魔化すように口を開いた。

 

「と、ところで! お前らはもう出場するギフトゲームは決まってるのか!?」

「いや、俺たちは今さっき着いたばかりだからな。まだ何も決めてないよ」

「なら“ヒッポカンプの騎手”には絶対に出場しろよ! 私も出るからさ!」

「……ひっぽ……何?」

 

 耀は小首を傾げると、尋ねるような視線を黒ウサギに向ける。

 答えようとした黒ウサギはしかし、ジンの背中を叩いて説明役を譲った。

 ジンはコホン、と一息置いて説明する。

 

「ヒッポカンプとは別名“海馬(シーホース)”と呼ばれる幻獣で、タテガミの代わりに背びれを持ち、蹄に水掻きを持つ馬です。半馬半魚と言っても間違いではありません。水上や水中を駆ける彼らの背に乗って行われるレースが、“ヒッポカンプの騎手”というゲームではないかと思います」

「はは、ちゃんと勉強の成果が現れてるな、ジン」

「は、はい! ありがとうございます、日向さん」

 

 日向はそう言ってジンの頭を少しだけ強めに撫でる。

 褒められたジンは嬉しそうに年相応の笑みを浮かべた。

 

「……そう。水を駆ける馬までいるんだ」

 

 一方で、耀は両手を胸の前で組み、ギュッと強く握り締める。

 半刻も経たないうちに、二種類も幻獣の情報が聞けたのだ。

 南側が本当に幻獣の宝庫なのだと、実感がわき始めてきたのだろう。

 

「前夜祭で開かれるギフトゲームじゃ一番大きいものだし、絶対に出ろよ! そこで今度こそお前らに勝ってやるんだからな!」

「ははは、おう! 望むところだ」

「楽しみにしてる」

 

 親しげに会話を交わす日向たち。

 一方のジャックはジンの前にフワフワと麻布を揺らして近づき、礼儀正しくお辞儀をした。

 

「ヤホホ、お久しぶりですジン=ラッセル殿。いつかの魔王戦では御世話になりました」

「い、いえ。こちらこそお久しぶりです」

「例のキャンドルスタンドですが、この収穫祭が終わり次第届けさせて頂きますヨ。その他の生活用品一式も同じくです。……しかしながら“ウィル・オ・ウィスプ”製の物品を一括注文して頂けるとは! いやはや、今後とも御贔屓にお願いしたいですな!」

 

 ヤホホホホ! と陽気な声で笑うジャック。

 飛鳥はそっと前に出て、ドレスの裾を優雅に持ち上げてお辞儀をする。

 

「お久しぶりジャック。今日も賑やかそうで何よりだわ」

「ヤホホ! それはもちろん、賑やかさが売りなものですからね! 飛鳥嬢もご健勝なようで何よりですよ。前回のゲームではディーンに不覚をとりましたが、いつかリベンジを──」

「え?」

 

 隣で聞いていたジンが疑問の声を上げる。

 飛鳥は慌てて話題を変えた。

 

「そ、そんなことよりもジャック! あなたはゲームに参加しないの?」

「ヤホホ。私は主催者がメインなもので。ゲームの参加者、というのが苦手な性分なのですよ。今回の収穫祭も招待状が届いたので足を運びましたが、目的は日用品の卸売りです」

「あら、それじゃあ参加者はアーシャ一人だけなの? 楽勝じゃない」

「うん」

「そうだな」

「オイッ!!」

 

 問題児たちの挑発にツインテールを逆立たせて怒るアーシャ。

 その様子を見て黒ウサギたちも笑い声を上げた。

 

 その後、日向たちはやジャックやアーシャと共に貴賓客専用の宿舎に入った。

 土壁と木造の建物だったが、内部は意外にしっかりとした構造になっている。

 半分が土造りにもかかわらず空気が乾燥していないのは、水樹の根が常に水気を放出しているからだろう。

 所々に浮き出た水樹の根は談話室で椅子のようにも扱われており、その内の一つに腰掛けた耀は大きく息を吐いて“アンダーウッド”の感想を述べる。

 

「……凄いところだね」

「ああ、まさに大自然って感じだな。北側は建築物が多かったが、南側は環境に適して過ごしているみたいだ」

「YES! 南側は箱庭の都市が建設された時、多くの豊穣神や地母神が訪れたと伝わっております。自然神の力が強い地域は、生態系が大きく変化しますから」

「そうなのね。でも、水路の水晶は北側の技術でしょう? 似たようなものを誕生祭で見たわ」

 

 へ? とウサ耳を傾げる黒ウサギ。

 ジャックは感心したように答えた。 

 

「良く分かりましたねぇ。飛鳥嬢の言う通り、あの水晶の水路は北側の技術ですよ。十年前の魔王襲撃からここまで復興できたのは、その技術を持ち込んだ御方の功績だとか」

「そ、それは初ウサ耳でございます。一体どこのどなたが……」

 

 黒ウサギを含め、一同は顔を見合わせる。

 ジャックはカボチャ頭の顎っぽいところに手を当てて説明する。

 

「ヤホ。実は“アンダーウッド”の大樹に宿る大精霊なのですが……十年前に現れた魔王による傷跡が原因で、未だ休眠状態にあるのだとか。そこで“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”のコミュニティが“アンダーウッド”との共存を条件に、守護と復興を手助けしているらしいのです」

「では“龍角を持つ鷲獅子”で復興を主導されている御方が……?」

「そう。元北側の出身者。おかげで十年という短い月日で、再活動の目処を立てられたと聞き及んでおります」

「そうですか……凄い御仁でございますね」

 

 黒ウサギは胸に手を当ててジャックの言葉を噛み締める。

 ──箱庭最大の災厄“魔王”によって襲われた土地に、颯爽と現れて復興を手助けする救世主。

 そんな両者の関係が、“ノーネーム”と問題児たちに似ていると思ったのだ。

  

 そこでふと彼女が日向に視線を向けると、彼は何やら考え込むようにして腕を組んでいた。

 不思議に思って、黒ウサギは日向に問いかける。

 

「日向さん、どうかされましたか?」

「……ん? ああいや、別に大したことじゃない。その北側の人物について、素直に感心してただけだよ」

 

 そうですか、と納得する黒ウサギ。

 しかし日向は内心で思考を続けていた。

 

(これは、帰ったら十六夜や白夜叉ともう一度話し合う必要があるな……)

 

 会話が切り良くなったところで、ジャックが椅子から立ち上がる。

 

「ヤホホ。それでは今より“主催者(ホスト)”にご挨拶へ行きますが……どうです? ここで会ったのも何かの縁ですし、皆さんも御一緒というのは」

「YES! もちろんなのですよ!」

「そうだね。荷物を置いてきますから、少しだけ待っていてください」

 

 ヤホホ~と陽気に笑って承諾したジャックは、アーシャと共に宿の外で待つ。

 荷物を置いた日向たちは彼らに連れられて地下都市を登り、大樹の中心に在る収穫祭本陣営まで足を運ぶのだった。

 

 

 

***

 

 ──“アンダーウッドの地下都市”

 ──壁際の螺旋階段。

 

 螺旋状に掘り進められた“アンダーウッド”の地下都市をぐるぐると回りながら登っていく。

 深さは精々20mといったところだが、壁伝いに地上を目指すとなるといささか距離がある。

 しかし日向たちに億劫な素振りなど微塵もなく、初めて訪れた都市を心から楽しんでいた。

 

 収穫祭ということもあって、道沿いにいくつも並んでいる出店からは美味しそうな香りが漂っている。

 道中、耀は“六本傷”の旗が飾られている出店にふっと目を奪われた。

 

「……あ、黒ウサギ。あの出店で売ってる“白牛の焼きたてチーズ”って」

「ダメですよ。食べ歩きは“主催者”への挨拶が済んでから──」

「美味しいね」

「いつの間に買ってきたんですか!?」

 

 黒ウサギのツッコみを華麗にスルーして、耀は小さな口の中に熱々のチーズを放り込む。

 ほくほくと湯気を立ち上らせるチーズは焼きたて特有の薫りと食感があり、単品で食べていてもまったく飽きない。

 二口、三口と幸せそうに食べていく耀の姿を見て、注意した黒ウサギはおろか、飛鳥やアーシャも羨ましそうな視線を向ける。

 そんな彼女たちの視線に気づいた耀は、広い心で手に持った包み紙を差し出すと、 

 

「……匂う?」

「「匂う!?」」

「匂う!? 匂うって聞かれた!? そこは普通『食べる?』って聞くはずなのに『匂う?』って聞いたよコイツ!!」

「うん。だって、もう食べちゃったし」

「しかも空っぽ!?」

「残り香かよ!! どんなシュールプレイ望んでるのお前!?」

 

 ペロ、と満足気な表情で指を舐めとる耀。

 三人は後ろ髪引かれながら、名残惜しそうに出店から離れていく。

 先頭を歩いていたジャックは、姦しい女性陣のやり取りにカボチャ頭を抱えて笑っていた。

 

「ヤホホホホホ! いやまったく、春日部嬢は面白いですねぇ。賑やかな同士をお持ちで羨ましい限りですよ、ジン=ラッセル殿」

「はい。でも賑やかさでは“ウィル・オ・ウィスプ”の方が上だと思います」

「ヤホホホホ! いやまったく恐れ入ります!」

 

 ぺちっ、とカボチャ頭を叩きながら高らかに哄笑を上げるジャックは、そこではたと気づいたように辺りを見回した。

 

「おや、そう言えば日向殿はどこに行かれたのでしょう? いつの間にやら姿が見えませんが」

「え?」

 

 言われて、ジンは背後に振り返る。

 咄嗟に日向の姿を探すが、ジャックの言う通りこの場には見当たらなかった。

 程なくして他の面々もそれに気づき、皆で一斉に首を傾げる。

 周囲に目を向けながら日向を探していると、ややあって後方から歩いてくる彼の姿を発見した。

 

「日向さん。どこに行かれていたのですか?」

「悪いな。ちょっとそこの出店に並んでたんだ」

 

 そう笑って話す彼の手には、なにやら船皿らしきものが乗っていた。

 その上にはふわふわに焼き上げられたたこ焼きに似た食べ物が八個ほど並んでおり、惜しみなくかけられたソースの香りが盛大に食欲を誘っている。

 

 ゴクリと喉を鳴らしながら、女性陣は憤慨して日向を咎めた。

 

「ひ、日向さんまで何してるんですか!」

「まったくよ! 見損なったわ日向君!」

「そうだそうだ! お前らばっかりずるいぞ!」

 

 ポロッと本音が出てくる辺り、彼女たちも我慢の限界のようだ。

 しかし日向はニヤッと悪戯好きそうな笑みを浮かべると、白々しい声で言った。

 

「おいおい、酷い言われようだなぁ。せっかく皆で食べようと思って買ってきたのに」

「「「え?」」」

 

 日向の言葉に、思わず固まる女性陣。

 

「せっかくこうして南側まで来たんだ。食べ歩きには早いにしても、少しくらい満喫したってバチは当たらないだろう? “主催者”だって、参加者が楽しんでくれたほうがきっと喜ぶだろうしな」

「ひ、日向さん……!」

 

 黒ウサギが感極まったように日向を見つめる。

 飛鳥やアーシャも同様だ。

 彼の優しさに感動しつつ料理へと手を伸ばそうとするが、日向は露骨に首を横に振って、

 

「──と思ったけど、やっぱりダメだよな。黒ウサギたちの言う通りだ。残念だけど、この料理は捨て」

「あー! あー! あー!」

「待って! 私が悪かったわ日向君! お願いだから待って!」

「頼むから私たちにも食べさせてくれー!」

「──るのは流石にもったいないから、やっぱり皆で食べようぜ」

 

 日向の台詞にパァッと女性陣の顔が輝く。

 感謝の言葉を述べながら、爪楊枝を受け取って料理を口に運ぼうとして、

 

「日向、これ美味しいね」

「ははは、買ってきた甲斐があってなによりだ」

 

 誰よりも早く、真っ先に耀が味わっていた。

 黒ウサギたちは慌てて抗議する。

 

「ちょっ、抜け駆けはズルいですよ耀さん!」

「そうよ春日部さん! というか、あなたはさっきまで食べていたでしょう!?」

「どんだけ食い意地張ってんだよ! あーもう! 早く私にも一個くれ!」

 

 どの集団よりも賑やかに進む日向たち。

 騒がしくも楽しそうに歩きながら、網目模様の根を上がって地表を目指すのだった。

 

 

 

***

 

 螺旋階段を登りきった一同は、眼前に聳え立つ水樹の大きさに圧倒された。

 根元から全容を見上げた耀は、そのあまりの巨大さに呆けた表情で口を開いた。

 

「……黒ウサギ。この樹、何百mあるの?」

「“アンダーウッド”の水樹は全長500mと聞き及んでおります。境界壁ほどではありませんが、御神木の中では大きな部類だと思いますよ」

「……そう。ちなみに、私たちが今から向かう場所は?」

「中ほどの位置ですね」

「…………そう」

 

 つまり単純計算で250m。

 それも梯子や備え付けの足場を伝って行かなければならない。

 耀は隠す素振りもなく面倒臭さを全面に押し出すと、

 

「……私、飛んで行っていい?」

「団体行動を乱すものじゃないわよ日部さん」

「そうだぞ耀。アーシャじゃあるまいし」

「うんうん。ってオイコラどういう意味だ!?」

 

 うがー! っと八重歯を剥いて詰め寄ってくるアーシャを日向がどうどうと宥めていると、ジャックが高らかに哄笑を上げた。

 

「ヤホホホホホ! 春日部嬢のお気持ちも分かりますが、本陣まではエレベーターがありますからさほど時間はかかりませんよ」

 

 エレベーター? と予想外の単語に首を傾げる日向たち。

 しかしジャックはそれ以上説明せずにどんどん先へと進んで行く。

 やがて太い幹の麓までたどり着くと、彼は木造のボックスに乗って全員を手招きした。

 

「このボックスにお乗り下さい。全員乗ったら扉を閉めて、そばにあるベルを二回鳴らして下さい」

「ん、これか?」

 

 カランカランと、日向がベルの縄を二回引く。

 すると上方で水樹のこぶから水が流れ始めた。

 彼らが乗り込んでいるボックスと繋がっている空箱に、なみなみと大量の水が注がれていく。

 乗用ボックスと連結している滑車がカラカラと回ると、徐々に上昇し始めた。

 

「わっ……!?」

「昇り始めたわ!」

「へぇ、なるほどな。反対の空箱に注水して引き上げる仕組みになってるのか」

「ヤホホ! ご名答です。原始的な手段ですが、足で上がるよりはよほど早い」

 

 ジャックの言う通り、水式エレベーターは数分ほどで本陣に到着した。

 吊られたボックスを固定する金具を取り付け、木造の通路に降り立つ。

 木の幹に取り付けられた通路は何枚もの板木を繋げた構造で一見危なく思えたが、乗ってしまえばそんな不安はすぐに消えた。

 見かけより頑丈な造りなのだろう。

 安全のため両側にも柵が設けられており、身を乗り出さない限りは落下の心配も無さそうだ。 

 しばらく幹の通路を進むと、収穫祭の主催者である“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”の旗印が見えた。

 

「旗印が一枚、二枚、三枚……七枚? 七つのコミュニティが主催しているの?」

「いえ、残念ながらNOですね。“龍角を持つ鷲獅子”は六つのコミュニティが一つの連盟を組んでいると聞いております。中心の大きな旗は、連盟旗でございますね」

 

 黒ウサギが指さす旗印の数は七枚。

 

 “一本角”

 “二翼”

 “三本の尾”

 “四本足”

 “五爪”

 “六本傷”

 

 そして中心に連盟旗・“龍角を持つ鷲獅子”が飾られていた。

 

「これが連盟旗……でも、連盟って何のために組むの?」

「はいな。三つ以上のコミュニティが連盟を持つ場合、その証として連盟旗を作ることが出来ます。用途は色々と御座いますが……一番の目的はやはり、魔王に対抗するためですね」

「魔王に?」

「YES! 例えば連盟加入コミュニティが魔王の襲来を受けた場合、他のコミュニティは助太刀のためにギフトゲームへ介入することが可能になるのです」

「……そう。助けに来てくれるんだ」

「まあ、絶対に可能かと言われればそうでない時ももちろんあります。介入するか否かは連盟コミュニティが判断することですし、あまりに分が悪いと助けに来てくれないことも多いです。ちょっとした気休めですね」

 

 そっか、と相槌を打って旗印を見上げる。

 他のメンバーは二人が話している間に、本陣入り口の両脇にある受付で入場届けを出していた。

 

「ヤホホ。“ウィル・オ・ウィスプ”のジャックとアーシャです」

「“ノーネーム”のジン=ラッセルです」

「はい。“ウィル・オ・ウィスプ”と“ノーネーム”の……あ」

 

 受付をしていた樹霊(コダマ)の少女は、コミュニティの名を聞いてハッと顔を上げる。

 彼女はメンバーの顔を一人ずつ確認して行き、飛鳥で視線を留めた。

 

「もしや“ノーネーム”所属の、久遠飛鳥様ではないでしょうか?」

「ええ。そうだけど、あなたは?」

「私は“火龍誕生祭”に参加していた“アンダーウッド”の樹霊の一人です。飛鳥様には弟を助けて頂いたとお聞きしたのですが……」

 

 ああ、と思い出したように声を上げる飛鳥。

 “黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”と戦った時に助けた、あの樹霊の少年のことだろう。

 受付の少女は確信すると、腰を折って飛鳥に礼を述べた。

 

「やはりそうでしたか。その節は弟の命を助けて頂き、本当にありがとうございました。おかげでコミュニティ一同、一人も欠けること無く帰って来られました」

「そう、それは良かったわ。なら招待状をくれたのはあなたたちなのかしら?」

「はい。大精霊(かあさん)は今眠っていますので、私たちが送らせて頂きました。他には“一本角”の新頭首にして“龍角を持つ鷲獅子”の議長でもあらせられる、サラ=ドルトレイク様からの招待状と明記しております」

 

 日向たちは一斉に顔を見合わせて驚いた。

 

「サラ……ドルトレイク?」

 

 日向が不思議そうに首を傾げる。

 その姓には聞き覚えがあった。

 振り返った日向はジンに向かって問いかける。

 

「ひょっとして、“サラマンドラ”の……?」

「え、ええ。サンドラの姉である、長女のサラ様です。でもまさか南側に来ていたなんて……もしかしたら、北側の技術を流出させたのも──」

「流出とは人聞きが悪いな、ジン=ラッセル殿」

 

 聞き覚えのない女性の声が背後から響き、ハッと一同が振り返る。

 とたん、熱風が大樹の木々を揺らした。

 激しく吹き荒ぶ熱と風の発生源は、空から現れた女性が放つ二枚の炎翼だった。

 

「サ、サラ様!」

「ふふ、久しいなジン。会える日を待っていた。後ろの“箱庭の貴族”殿とは初対面かな?」

 

 燃え盛る炎翼を消失させ、樹の幹に舞い降りるサラ=ドルトレイク。

 姉妹であるサンドラと同じ赤髪を靡かせる彼女は、健康的な褐色の肌を大胆に露出している。

 その衣装は踊り子と見間違えるほどに軽装だ。

 強い意志を感じさせる瞳の頭上には、サンドラよりも長く立派に生え育った二本の龍角が猛々しく並び立っていた。

 亜龍としての力量を推し量るにはそれだけで十分だろう。

 サラは口元に僅かな笑みを浮かばせて仰々しく頭を垂れる。

 

「南側へようこそ、“ノーネーム”と“ウィル・オ・ウィスプ”。下層で噂の両コミュニティを招くことが出来て、私も鼻高々といったところだ」

「……噂?」

 

 日向が眉をひそめて問いかける。

 サラは頷き、踵を返して歩き出す。

 

「ああ。しかし立ち話もなんだ。皆、中に入れ。茶の一つでも淹れよう」

 

 手招きをしながら本陣の中に消えるサラ。

 両コミュニティは怪訝そうに顔を見合わせるも、招かれるままに大樹の中へと入っていった。

 

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