「オオオオオオオッォォォォォ────!!!」
天地を鳴動させるかのような猛々しい雄叫びを轟かせ、巨大な図体で襲い来る仮面の巨人。
唸りを上げて振り下ろされた大剣は大地を真っ二つに叩き割り、地下都市に激震を走らせる。
すでに外壁は衝撃で崩れ始めており、大樹の根によって何とか支えられている状況だ。
耀は旋風を駆使して敵の攻撃をかわしながら、黒ウサギへ切迫した声を向ける。
「黒ウサギ! さっき魔王の残党って言ってたけど、まさか“
「違います! この不埒者どもはギフトゲームを無視して襲ってきました! つまりは典型的な無法者の集団でございます!」
縦横無尽に跳び回りながら説明する黒ウサギの声音には、明らかな怒気が込められていた。
自由な箱庭に存在する数少ない法律さえ省みぬ蛮行に、心底腹を立てているのだろう。
そんな最中、巨人の一振りを回避した二人の耳に、飛鳥の声が響いた。
「春日部さん! 黒ウサギ! 大丈夫!?」
「YES! こちらは心配いりませ──ッ!? 飛鳥さん、後ろです!!!」
え? と背後を振り返る飛鳥。
そこには今まさに彼女に向かって巨大な湾刀を振り下ろさんとする巨人族の姿があった。
飛鳥は咄嗟にディーンを召喚しようとするが、凶刃は瞬く間に空気を切り裂いて彼女に迫る。
(やられる……っ!!!)
悲鳴を上げる暇も無く、死を覚悟した飛鳥がギュッとまぶたを閉じたその瞬間──
「させねーよ」
間一髪両者の間に割り込んだ日向が、湾刀の腹に蹴りを打ち込んで刀身を粉々に粉砕した。
鈍色の破片が宙を舞う中、日向は驚異的な踏み込みで瞬く間に巨人族の懐へ飛び込むと、
山河を打ち砕くほどの威力が敵の胴体を捉えた瞬間、巨人族は為す術なく吹き飛ばされ、一体目を巻き込みながら地下都市の外壁に衝突して気絶する。
「あ、ひ、日向君……」
「よっ、飛鳥。油断大敵だぞ?」
唖然とする飛鳥の側に歩み寄って朗らかに笑いかける日向。
今の飛鳥には、その笑顔が何よりも頼もしく思えた。
「え、ええ、ごめんなさい。助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。怪我がなくてよかった」
「飛鳥さん! 日向さん!」
すぐさま二人の元へ黒ウサギと耀が合流し、今後の方針を話し合う。
「これからどうする?」
「もちろん、巨人族と戦いましょう」
確固たる決意を見せる飛鳥に、日向も頷いて同意する。
「よし。なら飛鳥と耀はひとまず地上に向かうべきだな。地下都市でディーンが暴れれば確実に崩壊を助長するだろうし、耀も広い場所の方がギフトを生かしやすいだろう」
「YES! それでは日向さんも地上に加勢してください! 上にはもっと多くの巨人族たちが来ています! 都市内は黒ウサギにお任せをッ!!!」
言いながら、金剛杵を掲げて稲妻を迸らせる黒ウサギ。
新たに現れた巨人族は避ける間もなく全身を焼かれ、断末魔を上げて倒れ伏す。
しかし間髪入れず、地上から更に三体の巨人族が落ちてくる。
「オオオオオオオッォォォォォ────!!!」
ズドォン!!!
と地鳴りを上げて地下都市に降り立った巨人族は、黒ウサギに鎖を投げつけて捕縛を試みる。
だが彼女には日向や十六夜に匹敵するほどの俊足がある。
迫り来る鎖の隙間を縫うように巨人族へ肉薄すると、すれ違い様に“
「この程度ならば何体来ても黒ウサギの敵ではありません! 皆さんは地上の援護を!」
「わ、わかったわ!」
「よっしゃ! んじゃ行くぜ二人共!」
「きゃっ、ひ、日向君っ!?」
飛鳥が答えるや否や、日向は彼女を抱えて地上へと一気に跳躍した。
耀もすぐさま旋風を巻き上げて後に続くが、そこでふと眼下の惨状が目にとまる。
無惨にも倒壊した宿舎の姿に、彼女は唇を噛み締めた。
「……っ……!」
恐らく、ヘッドホンも無事では済まないだろう。
無実を証明しようにも、肝心のヘッドホンが壊れてしまえばそれも難しくなる。
もしも誤解が解けなかったら、今の楽しい生活は泡沫のように消えてしまうのではないか。
そんな不安が胸をよぎるが──
「耀! 地上に出るぞ! 気を引き締めろ!」
「──っ! う、うん!」
日向の叱咤で意識を現実に引き戻す。
耀は頭を振り、脆弱な思考を払いのける。
(そうだ。今は余計なことを考えてる場合じゃない)
纏う旋風の出力を高め、一息に地上まで加速する。
地下都市から飛び出して視界が開けると、そこは乱戦状態だった。
平原と大河の岸で、けたたましい剣戟の音が鳴り響く。
飛び散る火花が夜の帳を照らし出す。
轟々と燃え盛る炎の矢と、竜巻く風の障壁がぶつかり合って霧散する。
この世の奇跡の結晶である“
「そ、想像以上の事態ね……!」
巨人族の総勢は精々二百と言ったところだが、敵は個で十の味方と相対している。
巨躯の襲撃者一体に、何人もの獣人や幻獣が挑んでようやく足止めをしているのだ。
それでも数で勝る“アンダーウッド”の住人が優勢かと思われるが、入り乱れた戦場には様々な声が飛び交っていた。
「大樹に居る者は灯りを消せ!! 奴らは夜目が利かないッ!!」
「駄目だ!! “二翼”の奴らには夜目が利かない者もいる!!」
「知ったことか!! このままでは押し切られるだけだろうがッ!!」
「そもそも見張りは何をしていた!?」
伝染病のように瞬く間に広がる混乱の嵐。
“アンダーウッド”の住人たちは今や、烏合の衆となってバラバラに戦っている。
「情報の伝達がまったく機能していないな。連盟という指揮系統の枝分かれが裏目に出たか」
「うん。これじゃ数の有利も意味がない」
冷静に戦況を分析する日向に、耀も真剣な面持ちで首肯する。
「今必要なのは新たな戦力よりも、戦線を立て直し、味方を纏め上げる人材だな。となると、サラが一番の適役だが──」
「日向君。どうやらそれは無理みたいよ」
そこで飛鳥が上空を指差す。
見上げてみると、夜空で一際光を放つ人影が見えた。
炎の翼を広げて飛翔するサラと、それに追いすがる三体の巨人。
一見して他の巨人族よりも小柄だが、仮面の他に金属製の冠、笏や杖といった装身具を身に纏っている。
彼女と切り結ぶ実力も、明らかに別格のソレだった。
それらの特徴を見て、日向が何やら思案する。
「巨人族、ケルト神話、冠や笏──なら、あいつらの正体はドルイドか?」
「ドルイド?」
耀の疑問に、日向は「ああ」と答えて説明する。
「ドルイドっていうのは、古代ケルト宗教であるドルイド教の司祭のことだ。膨大な知識と魔術を備え、当時のケルト社会では最上位の階級であり、時には王すらも超える権威を誇ったとされている」
その説明を聞いた飛鳥は、納得したように頷いた。
「なるほど、どうりで他の巨人とは比べものにならないはずだわ。日向君の予測が正しければ、あのサラと戦っている三体が敵の主力でしょう。加勢したいけど、私たちが下手に割り込んで均衡を崩したら、大打撃になるかもしれない。今は混乱している地上の戦いを──」
と飛鳥が的確に今後の方針を述べていると、不意に日向が足場を踏み砕いて跳躍した。
第三宇宙速度を遙かに超える速度で瞬く間にサラの眼前に躍り出ると、今まさに彼女に肉薄せんと迫っていた巨人族の一体を殴りつける。
完全な不意打ちに防御する間もなく横っ面を殴られた巨人族は、さながら隕石のごとくきりもみしながら落下していき、そのまま地表の巨人族を巻き込んで大地に巨大なクレーターを形成した。
「………………」
まるで水を打ったように静まり返る戦場。
敵も味方も唖然とその手を止める中、空中で体勢を立て直しながら、日向がサラに言い放つ。
「ほら、演説の舞台は整えたぜ! ここからはあんたの仕事だろ、議長様!?」
「…………えっ? あ、ハッ!?」
日向の言葉に、サラはいち早く我を取り戻す。
まだ完全に状況を把握できたわけではないが、戦線を立て直す好機には違いない。
サラは急加速して残りの巨人族を振り払うと、炎のように燃え盛る赤髪を靡かせて叫んだ。
「“
サラの大一喝で、困惑していた“龍角を持つ鷲獅子”もふつふつと戦意を滾らせ始める。
それと同時に、日向が戦場の最前線へと降り立った。
居並ぶ巨人族の軍勢を前に、彼はゆっくりと背後に振り返ると、未だ動かぬ“龍角を持つ鷲獅子”の面々を見据えて言い放つ。
「おいおいどうした? 議長様のお言葉が聞こえただろ? 故郷を荒らされ、大切な収穫祭まで踏みにじられて……それでもまだ闘志に火が点かないってんなら」
ニヤリと、日向は明らかに挑発的な笑みを浮かべ、
「──俺が一人で片付けるぜ?」
堂々と、自信満々に言ってのけた。
そんな彼の姿を誰もが固唾を呑んで見守る中──不意に、小さな綻びが生まれた。
「……う、うおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!!」
その叫びはさながら、巨大なダムに生じた小さなひび割れ。
ひび割れはやがて亀裂となり、静寂という名の堤防を砕きながら瞬く間に全体へと伝播していく。
そしてついに亀裂は限界に達し──ダムが決壊した。
「「「「「うおおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!!」」」」」
溢れ出た水は激流となり、あっという間に全ての雑念を押し流す。
氾濫はやがて収束し、共に戦う同士たちの心が通い合う。
抱く想いは、ただ一つ。
故郷を荒らしたこの不埒な侵略者共に、我らが怒りの鉄槌を。
「“龍角を持つ鷲獅子”の御旗を背負う全ての者に告げる。巨人族共を……殲滅せよッ!!!」
サラの号令を起点に、おお! と鬨の声が上がる。
これを勝機と見た誰かが、大樹の上で“龍角を持つ鷲獅子”の旗印を広げて照らした。
戦意を取り戻した各コミュニティは、旗印の下に集って本来の役割に就く。
“一本角”と“五爪”は最前線に出て、裂帛の咆哮の共に巨人族へと襲いかかる。
“二翼”と“四本足”は戦車を引いて後方からそれを援護する。
“三本の尾”と“六本傷”は負傷者の運搬と物資の供給を迅速にこなす。
一転して一糸乱れぬ連携を発揮し始めた味方陣営を前に、飛鳥と耀はポカンと口を開けていた。
「…………大打撃だったね。巨人族が」
「…………そうね」
彼女たちは今まさに最前線で戦っている黒髪の少年を見つめる。
立ちはだかる巨人族を片っ端から千切っては投げ、千切っては投げ、あっという間に防衛戦を押し上げていくその姿は、まさに無双と呼ぶべき戦いぶりだ。
その破竹の勢いたるや、本当に彼一人で全てを終わらせかねないほどである。
「えーと、私たちはどうする?」
「とりあえず、街の防衛戦に加わりましょう。敵の数が多そうなところに落としてくれる?」
「大丈夫?」
「ええ。落下途中でディーンを召喚して、隙ができたところを畳み掛けるわ」
「わかった。私は上空から援護する」
「お願いね」
有言実行。
耀によって敵地の上空まで運んでもらった飛鳥は、そこで空爆よろしく投下される。
落下の勢いで深紅のドレススカートをはためかせながら、彼女は懐からワインレッドのギフトカードを取り出し、戦火のただ中で叫んだ。
「来なさい! ディーン!」
召喚の呼び声と共に、無印の円陣が浮かび上がる。
そこから現れたのは、重厚な外装を持つ巨躯の紅い鉄人形。
その衝撃は大地に巨大な亀裂を生み、一帯を大きく震撼させた。
「──DEEEEEEEeeeeEEEEEEN!!!」
月夜を揺らす雄叫びが響く。
その姿に巨人族が、鷲獅子が、数多の亜人たちが戦慄する。
突如現れた識別不能の紅い鉄人形。
戦線の動きが止まった隙を見て、飛鳥は盛大に一喝する。
「先手必勝よ! 叩き潰しなさい!」
「DEEEEEEEeeeeEEEEEEEN!!!」
大地を踏み抜いて突進を仕掛けるディーン。
身近にいた二体の巨人族は仮面の頭を掴まれたまま、互いに頭部を叩きつけられる。
堪らず、巨人族の戦士も吼えた。
「ウオオオオオオッォォォォォ────!!!」
鉄腕を無理やり引き剥がそうとするが、ディーンの剛力は揺るがない。
左右に掴んだ頭を連続して叩きつけ叩きつけ叩きつけ、敵の戦意を消し飛ばす。
とうとう意識を失った巨人族の一体を持ち上げたディーンは、
「投げつけなさい!」
「DEEEEEEEeeeeEEEEEEEN!!!」
命令されるまま、他の巨人族に向かって投げ飛ばした。
相手の巨人族も度肝を抜かれただろう。
巨躯の仲間が胸元に飛んで来る事態など、想像だにしなかったに違いない。
二体の巨人族はボーリングのように絡み合いながら、大河の中ほどまで吹き飛ばされた。
上空でその豪快な戦いぶりを目にした耀は、援護も忘れて唖然とする。
「ディーン……凄い……!」
想像以上の強さに、耀は素直に舌を巻くが──刹那、琴線を弾く音がした。
「……え?」
反応する間もなく、一帯は濃霧に包まれた。
眼下の戦場も同様だ。
上空1000m地点に浮いている耀の元まで届く濃霧。
これでは視界など役に立たない。
「どうして急に……!?」
「きゃあ!!」
ハッと下を見る。
サラを襲っていた二体が、飛鳥とディーンを目標を変えて襲いかかっているのだ。
しかも最悪なことに、他の巨人族に巻きつけられた幾重もの鎖がディーンの動きを鈍くしている。
ディーンの動きを封じられれば、飛鳥は無防備になってしまう。
「飛鳥──ッ!!」
耀は旋風を駆使して急降下した。
ありったけの速度で勢いをつけた彼女は、さらに己の重量を“
大気を突き破り数多の衝撃波を生みながら打ち下ろされた渾身の一撃は、
「ウオオオオオオッォォォォォ────!!!」
──巨腕の一振りで防がれた。
「……なっ……!?」
さながら、虫でも払うかのように。
冠と仮面をつけた巨人族は、耀の全霊の一撃を苦も無く弾き飛ばしたのだ。
辛うじてガードした耀だが、そのまま大河の水面を何度もバウンドして対岸まで吹き飛ばされる。
衝撃を風圧で和らげたために無傷だが、もし地面に叩き付けられていれば大怪我を負っていたかもしれない。
しかし幸いにもその程度で済んだのは、耀の体が常人より遙かに強固であるおかげだ。
(もしこんなのを、飛鳥が受けたら……!)
きっと──彼女の華奢な体は粉々に砕け散るだろう。
耀は最悪の想像を頭を振って払った。
一刻も早く飛鳥の元へ駆けつけるため、旋風を巻き上げて飛翔する。
鷹の瞳を持つ彼女だが、濃霧に覆われた地上では視界が悪くて見えない。
加えて嗅覚も惑わされ始めている。
何らかのギフトが使用されていることは明らかだった。
(こうなったら……!)
耀は急上昇し、空中で停止する。
この濃霧がギフトの力なら、こちらもギフトの力で対抗すればいい。
両手を広げた耀は、ありったけの風を双掌に収束し始める。
(飛ぶ以外のことは初めてだけど……きっと出来るはず……!)
否、出来なければいけない。
出来なければ、飛鳥の命が危ないのだ。
「っ、この……吹き飛べッ────!!!」
轟と竜巻いた風が水平に走り、やがて立ち昇るように霧を掻きまわす。
しかし、当然のように出力不足。
濃霧が晴れる気配はない。
徒労で終わるかと思われたがしかし、耀の行動を察した幻獣たちが同時に雄叫びを上げた。
「GEYAAAAAAAAAaaaaaaaaa!!!」
呼応するかのように数多の旋風が巻き上がる。
人の言語野では理解できない幻獣たちの雄叫びだが、耀の耳には一つ一つがはっきりと聞き取れていた。
(グリーと、その仲間たちが……)
心中で礼を告げ、霧が薄くなったと同時に走り出す。
手遅れでないことを切に祈りながら、駆けつけた先に──拍子抜けするぐらい無事な彼女がいた。
「飛鳥……!」
「か、春日部さん……きゃっ!」
安心した耀は勢い余って飛鳥の胸に飛び込んでしまい、二人揃って横転する。
ディーンから降りていたお陰で落ちなくて済んだが、それでも尻餅をついてしまった。
「よかった……! でもあの状況で無傷なんて、やっぱり飛鳥は凄い……!」
「当然よ……と言いたいけれど。私の力で倒したわけじゃないわ」
「え?」
「周りを見れば分かるはずよ」
飛鳥の重い声に促され、周囲を確認する。
霧は薄くなり人影が見えるようになり始め、巨人族の姿が──
「────……嘘」
無意識に、そう呟いた。
霧が晴れた先の巨人族は──
特に異様なのは、倒れている巨人のおよそ半数が鋭利な刃物で頭・首・心臓を的確に裂かれて死亡していることだ。
敵の主力であった二体の内一体も、同様の殺され方をされている。
耀が飛鳥の元に駆けつけるまでに要した時間は、僅かに一分。
なのに戦場に居た巨人族の半数が、
「まさか、これだけの数の巨人族を、たった一人で……!? 一体誰が──!?」
その事実に戦慄し、息を呑む。
あの一瞬で巨人族の半数を皆殺しなど、人智を超えた所業である。
こんな怪物じみたことが出来るのは、彼女の知る限り二人しか居ない。
だが、しかし、彼らのそれとは明らかに、
「──お怪我はありませんか?」
「ぇ……え?」
ハッと我に返る。
突然の声にすぐさま警戒心を高めた耀だったが、次の瞬間には解いていた。
決して意識的なものではない。
声の主は亜人でも、幻獣でも、亜龍の類でもないが──一目見て分かった。
この女性が、巨人族の半数を屠ったのだと。
「…………」
純白で美しい白髪を、頭上で纏めている黒い髪飾り。
静謐さを放つ白いドレススカートと、精緻な意匠が施された白銀の鎧。
顔の上半分を隠す、白黒の舞踏仮面。
全身を白黒で塗り固めているであろうその姿は、
「……あなたが、これだけの巨人族を?」
仮面の女性は答えず、二人を一瞥して無事を確認する。
そして、
「……心強い同士をお持ちですね」
「え?」
ぽつりと告げた仮面の女性の視線は、彼女たちの背後に向けられていた。
耀と飛鳥は首を傾げつつ、誘われるように振り返る。
そこでは積み重なって倒れた巨人族たちの背に立った日向が、真剣な眼差しで女性を見つめていた。
「……日向?」
見れば、彼の周囲に横たわる巨人族にだけは、刃に裂かれた形跡がない。
きっともう半数は彼が倒していたのだろう。
相も変わらずの規格外ぶりだと耀は再認識するが、しかしそんな彼の顔つきには、普段の余裕が見えなかった。
しばらく日向と目を合わせていた女性は、やがて踵を返して歩き出した。
唯一血で染まっていない黒い髪飾りと、纏められたポニーテールを揺らして去っていく。
唖然とその背を見つめる耀と飛鳥。
その後方で日向は小さく息を吐くと、彼女たちの元に歩み寄った。
「二人ともお疲れさん。耀も飛鳥も怪我は無いか?」
「う、うん」
「ええ。大丈夫よ」
そっか、と安堵の表情を浮かべた彼は、そのまま先ほどの女性が立ち去った方向を静かに見つめる。
その隣で飛鳥は一言、苦々しく告げた。
「彼女、強いわね」
「……ああ」
日向もいつになく重い声音で首肯する。
プライドの高い飛鳥が無条件で認めざるを得ないほど、あの仮面の女性は圧倒的な強者なのだ。
もしかしたら彼女とは、この収穫祭で競い合うことになるかもしれない。
その事実にある者は奮い立ち、ある者は歯がみし、またある者は彼我の実力差に気を落とす。
三者三様の反応を見せる最中、不意に安全を知らせるための鐘が鳴らされた。
日向は飛鳥と耀に振り返ると、気を抜いたように朗らかに笑って口を開く。
「さて、そろそろ帰るか。きっと黒ウサギも心配してるだろうしな」
「そうね」
「うん」
濃霧に覆われた“アンダーウッド”は、耀と幻獣たちの働きによって払われた。
日向と飛鳥に続いて帰路に就く耀は、夜空に輝く満天の星々を見上げる。
川辺の清涼な空気を背伸びと共に吸い込み、一晩遅れの満月を眺め──
「──────────…………ぁ、」
十六夜のヘッドホンを思い出した。
同時に過去最大級の悪寒が背筋にはしる。
彼女は冷や汗を流しながら、旋風を巻き上げて急いで宿舎に戻るのだった。
***
遺書の九割を読み終える頃には、外は豪雨になっていた。
十六夜は席を立って窓際に背中を預けると、水の弾ける音と共に遺書の内容を吟味する。
(あのクソババア……こんな分厚い遺書を残しておきながら、ほとんどが思い出話じゃねえか。作り話でも何でもいいから、もう少し読み手を楽しませようってつもりはなかったのか?)
やれやれ、と首を横に振る。
金糸雀の遺書に書かれていたのは、本当に自伝まがいの思い出話だった。
あの嵐の夜の出会いから、世界中のあちこちへ十六夜を連れ回したこと。
世界三大瀑布を一つ一つ巡り、悪魔が潜むという伝承に挑んだこと。
星は本当に球体なのか、世界は本当に平面でないのか、自前の船で確かめに行ったこと。
そんな二人の古き良き思い出を綴ること、およそ600ページ。
……率直な感想を言おう。
金糸雀は、極度の親バカだったに違いない。
(……まぁ、楽しかったからいいんだけど)
豪雨はさらに強さを増し、当分止む気配はない。
そんな外の風景を眺めていた十六夜は、唯一書かれていない思い出があったことに気づく。
(そういえば……戦場を見に行ったことだけ、一言も書かれてなかったな)
金糸雀は本当に、十六夜が行きたいと言えばどんなところにでも連れて行った。
それこそ彼が彼が戦場を見たいと言えば──最も凄惨な場所に見学へ連れて行ってくれた。
その旅行の最後に、「二度とここには連れてこないから」と金糸雀は告げた。
戦場に行きたければ、己の意思と足で行けと、初めて突き放したのだ。
だから十六夜も、金糸雀が生きている間は足を運ぶまいと誓った。
……その程度の信頼関係はお互いにあったのだと、今更ながらに自覚して苦笑した。
(───……、)
金糸雀と過ごした七年間。
それ以前の十年間。
その人生の濃度は比べるまでもない。
純粋に一言、“楽しかった”と胸を張って言える日々だった。
しかしそれでも……胸の奥にある一番空虚な部分が満たされたかと言えば、否だ。
イグアスの滝壺に住む悪魔に挑んだ。
そして十六夜は生還した。
──しかし、悪魔は存在しなかった。
神が住まうというキリマンジェロを、僅か十歳で踏破した。
その景色は神秘に溢れていた。
──しかし、神など存在しなかった。
星は本当に球体なのか。
世界は平面に広がっていないのか。
七海の謎を十六夜は走破した。
──しかし、それは既知内のことだった。
そんな数多の旅の果てに、十六夜は悟った。
世界で一番
以来、十六夜の気性や奇行は落ち着き始めた。
普通の人間など所詮、斬って叩いて撃てば死ぬのだ。
その事実が十六夜の心の箍になり、そして良心になり、やがては常識になった。
人間の社会で暮らしていくには、相応の背丈に合わせてやらねばならない。
──“天は俺の上に人を創らず”
それを比喩でも何でもない、純粋なつまらない事実として彼は受け止めた。
金糸雀の死後に残ったのは、つまらない世の中を嘲笑うような作り笑いだけだった。
(……続きでも読むか)
なにせむかつくことに、まだ60ページもありやがるのだ。
腹が立ったから、一文一句ガッツリ読み込んで誤字でも探してやろうか、と思ってページの最後の一行を読んだ。
『──あっ、そうだわ。書き忘れるところだった。今日、デジタル時計をしてきてるわね? 十六夜君が次に時計を見る日時は、5/5 15:49 48.27秒じゃないかしら?』
「何?」
思わず独り言が出た。
そして反射的に腕時計を見る。
十六夜のデジタル時計は、5/5 15:49 48.27秒を指していた。
「……へぇ? どういうことだコレ」
十六夜の口から意図せず喜色の声が上がる。
言わずもがな、相手は遺書である。
十六夜の行動をコンマ数秒まで言い当てることなど不可能なはずだ。
「ハッ、なんだよ。ずいぶんと面白い手品を残してくれたなクソッタレ。さっぱりトリックが分からねえぞクソババア」
──そうだ、こうでなくちゃいけない。
生涯自分を楽しませると約束した女の遺書が、ただの思い出話で終わっていいはずがない。
この残り60ページこそ金糸雀の最後のサプライズだと確信し、十六夜はページを捲った。
『────だから、
「──っ──!!?」
ガタンッ!!!
と勢いよく立ち上がる。
周囲を確認し、室内に監視カメラや怪しい物が無いかも確かめる。
当然ながらそんなものはどこにもなかった。
この部屋にある怪しいものと言えば、部屋隅の燕尾服の男ぐらいである。
気がつけば、十六夜の表情からは笑みが消えていた。
この二枚目の冒頭は異常過ぎる。
まるで、
「ハッ……流石は金糸雀主催のラスト・サプライズ。最高に面白いじゃねえか……!」
久方ぶりに胸を高鳴らせながら、十六夜は筆跡を確かめる。
しかしそれは紛れもなく金糸雀のものだった。
訝しがりながらも、次の文章に目を通す。
『さてと。君も薄々わかっているとは思うけど。コレは私からの最後のゲーム。“主催者”は存在しない私。対戦相手も存在しない私。挑戦状も私。よって十六夜君、君の勝利条件はただひとつ!
バサァッ!!!
と突如として遺書が舞い上がり、カナリアファミリーホーム内の至る場所へと散乱していく。
不自然な紙吹雪に唖然としていた十六夜だが、手元にひらひらと落ちてきた遺書の一枚に目を通し、
『ちなみに18時までに見つからなかったら──私の賞品として、
「……な……!?」
嫌な予感がした。
“主催者”となった金糸雀は、絶対に偽りのルールを書くことはない。
すぐさま部屋を飛び出し、焔や鈴華の個室を探索し、その他の全ての部屋も確認する。
しかしどこにも、誰もいない。
戦慄した十六夜は、自然と時刻を確認した。
現在の時刻は16:00。
カナリアファミリーホームから、人が雲散霧消した瞬間だった。