- The Another Origin -   作:青葉空太

33 / 35
第32話 バロールの死眼

 

 ──“アンダーウッドの地下都市”。

 ──宿舎残骸。

 

 巨人族を撃退した後、耀は一直線に宿舎まで戻ってきていた。

 いくら樹の根に支えられているとはいえ、宿舎自体は至って普通の建物である。

 床が抜ければ落ち、柱が壊れれば瓦解する。

 ましてや巨人族の豪腕を突っ込まれたのであれは、倒壊するのは当然だ。

 耀は瓦礫を旋風で吹き飛ばし、十六夜のヘッドホンを探す。

 

(お願い……! もしヘッドホンが壊れてしまったら……!)

 

 切実な思いで願う耀。

 彼女の心の中は今、度重なるアクシデントでぐちゃぐちゃになっていた。 

 その中でも、特に彼女を追い詰めたのが──

 

(南側でも……また、活躍出来なかった……!)

 

 あれだけ強い決意でやって来たのに。

 友人に順番を譲ってもらってまでやって来たのに。

 今度はちゃんと参戦出来たのに、手も足も出せずに敗北してしまった。

 これで十六夜のヘッドホンまで壊れていたら、本当に居場所が無くなってしまう。

 強く、強く、強く願われた想いは虚しく、瓦礫の下から出てきたヘッドホンは、

 

「────……ぁ、」

 

 粉々だった。

 辛うじて炎のエンブレムが残っているだけのスクラップだった。

 せめて外装の部分だけでもどうにかなっていたら、箱庭の奇跡で元に戻せたかもしれない。

 しかし粉々だった。

 耀は震える手で炎のエンブレムを拾い、その場にへたりと座り込む。

 

(どうしよう……だって、このヘッドホンは十六夜が大切にしていた──)

 

 ──そう。

 あれだけ楽しみにしていた収穫祭を差し置いてまで探していた、彼の大事な宝物。

 これを見つけ出すためにコミュニティに残って、代わりに、私に頑張って来いって、なのに、その宝物を、私が盗んだことにされたら……これまで箱庭で手に入れた大事なものが、全て崩れ去ってしまう。

 

「……春日部さん? どうしたの?」

 

 ビクッ!!!

 

 と耀の背筋が跳ねた。

 後ろから近づいて来る友人の足音が、今は死神の足音に聞こえる。

 耀の動悸は爆発しそうなほどに加速していた。

 

「か、春日部さん? ちょっと、顔が真っ青よ! 大丈夫!?」

「あす……か……!」

 

 炎のエンブレムを胸に抱き締め、震えながら立ち上がる。

 いっそ逃げようかと脆弱な意志に囚われそうになったその時──折れた大樹の根が、耀の頭上に落ちてきた。

 

 

 

***

 

 ───“アンダーウッド”。

 ───収穫祭本陣営。

 

 巨人族の撃退から間もなく、“ノーネーム”はサラの元へと呼び出されていた。

 代表としてやって来た日向と黒ウサギが貴賓室に入ると、そこにジンの姿を見つけてホッと安堵の息を吐く。

 

「ジン坊ちゃん! 今までどちらにいらしたんですか!?」

「ちょうど本陣営に呼び出されていたところだったから、大樹の中に匿われていたんだ。心配かけてごめん、黒ウサギ」

「そうだったのか。とにかく、無事でなによりだ」

 

 そう言って笑う日向に対し、ジンは途端に申し訳なさそうな顔をした。

 

「すいません、日向さん。こんな大変な事態に、参戦することも出来ず……」

「ジン。今は後悔よりも先に、やるべきことがあるだろう? 自分を恥じてる暇があるなら、少しでも責務を全うしろ」

「うっ……」

 

 いつになく厳しい口調で諫められ、己の不甲斐なさを噛み締めるジン。

 しかし日向はそこでふっと笑い、そんな彼の胸にポン、と軽く拳を当てて、

 

「頼りにしてるぞ、リーダー」

 

 その一言で、ジンは弱々しい表情から一転、気を引き締めるように力強い面持ちで頷いた。

 

「は、はいっ!」

「ヤホホ。“ノーネーム”の皆さんもご無事なようで何よりです」

「ああ。ジャックとアーシャも無事で良かった」

 

 “ノーネーム”と同じく招集された“ウィル・オ・ウィスプ”のメンバーに、日向も朗らかに笑いかける。

 

「フンッ、あんなデカブツ共にアーシャ様が後れを取るわけないじゃん」

「で、実際のところどうだったんだジャック?」

「滅茶苦茶ビビってましたねぇ。落ち着かせるのに苦労しましたよ」

「ちょおっ!? ジャックさん何言っちゃってるんですかぁっ!?」

「ヤホホホ! 事実を言ったまでですよ?」

 

 ジャックのネタバレを聞いた日向たちは、一斉に憐憫の眼差しをアーシャに向ける。

 

「アーシャ……」

「な、なんだよ日向。……待て、見るな! そんな目で私を見るなぁっ!」

 

 うぬああああっ! と羞恥で悶えるアーシャを華麗に放置して、一同はサラへと向き直る。

 

「サラ様。これは一体どういうことですか? 魔王は十年前に滅んだと聞いていましたが」

 

 ジンの追求に、サラは背もたれにのけぞりつつ天井を見上げた。

 

「……すまない。今晩詳しい話をさせてもらおうと思っていたのだが、彼奴らの動きが存外早かった。実は両コミュニティを“アンダーウッド”に招待したのには訳があったのだ。……話を聞いてくれるか?」

「はい」

「ヤホホ……まぁ、聞くだけでしたら」

 

 即答するジンと、曖昧に笑って誤魔化すジャック。

 サラは身を乗り出して事情を説明する。

 

「この“アンダーウッド”が魔王の襲撃を受けていたという話は、すでに聞いたな?」

「ああ。さっきジンが言っていた通り、十年前のことだよな?」

 

 日向の言葉に、サラは首を縦に振って続ける。

 

「そうだ。魔王を倒すことは出来たのだが、傷跡は深く残ってしまった。そして魔王の残党が、“アンダーウッド”に復讐を目論んでいるらしい」

「……なるほど、それがさっきの巨人族なのか?」

「そうだ。しかしそれだけとは限らん。私もさっきまで巡回に行っていたのだが、やはり周囲の様子がおかしい。ぺリュドンを始め殺人種と呼ばれる幻獣まで集まり始めている。グリフォンの威嚇にすら動じないとなると、何かしらの術で操られている可能性もある」

 

 サラは滔々と推測を述べる。

 頷きながら、黒ウサギは新たな疑問を覚える。

 

「しかしあの巨人族は、一体どこの巨人族なのですか? あの仮面は見覚えがありませんが」

 

 ふむ、とそこでサラは一旦会話を切る。

 考えを纏めるようにしばし間を取った彼女は、やがてとつとつと話し始めた。

 

「あの魔王の残党は……箱庭に逃げ込んできた巨人族の末裔。その混血たちだ」

 

 やはり、と黒ウサギは得心した。

 

「箱庭の巨人族はその多くが敗残兵だ。ケルトのフォモール族などが代表格なのだが、北欧の者たちも多い。敗残してきた経緯から、基本的に戦いを避ける穏やかな気性で、物造りに長けた種なのだが……五十年前に“侵略の書”と呼ばれる魔道書を手に入れた部族が、“主催者権限(ホストマスター)”を用いて巨人族を支配し始めたのがキッカケだ」

 

 む、と黒ウサギは考えるようにウサ耳を伏せる。

 

「“侵略の書”……? もしやゲーム名は、Labor Gabalaと呼ばれるものだったのでは?」

「知っているのか?」

「え、ええ。しかし知っているとは言っても、軽くウサ耳に挟んだ程度の知識でございます。別名では“来寇(らいこう)の書”と呼ばれる“主催者権限”で、土地を賭け合うゲームを強制できる書だとか」

「そうだ。数ある“主催者権限”の中では最もポピュラーな能力とも言える。彼奴らはそれで次々とコミュニティを巨大にしていったのだ」

 

 ──しかし、その魔王の一族は戦いに敗れて滅んだ。

 巨人族は敗残兵に戻ったのだ。

 

「……だが、巨人族は今でもこの“アンダーウッド”を狙い続けている。元々が気性の穏やかな一族であるにもかかわらずだ。つまりここには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 日向の指摘を、サラは静かに首肯する。

 彼女は椅子から立ち上がると、壁に掛けてあった連盟旗を捲った。

 その後ろにあった隠し金庫の中から人の頭ぐらいの大きな石を取り出し、一同に見せる。

 

「連中の狙いは、この“瞳”だ」

「“瞳”……ですか? この岩石が?」

 

 ジンが目の前に置かれた石を見て尋ねる。

 サラは頷くと、厳かな声で告げた。

 

「ああ。今は封印されているが……もしも開封されれば、一度に一〇〇の神霊を殺すことが出来ると言われている」

 

 一斉に、息を呑む音が貴賓室に響いた。

 箱庭最強種の一角である神霊を、一度に一〇〇体も薙ぎ倒すという。 

 背筋に戦慄が走るのを感じながら、黒ウサギはおずおずと尋ねる。

 

「一体、これはどんなギフトなのですか?」

 

 その問いに答えようとしたサラだが、不意に、そこで日向が口を開いた。

 

「……もしかして、“バロールの魔眼”か?」

 

 ガタンッ!!!

 

 とジンと黒ウサギは腰を浮かせるほど驚いた。

 

「バ、バ、“バロールの魔眼”!?」

「ご、御冗談をッ!? “バロールの魔眼”と言えば、ケルト神話群において最強最悪とされた死の神眼!! 視るだけで死の恩恵を与える、魔王の瞳ではありませんか!!!」

 

 血相を変えて声を荒げる。

 日向の予想が間違いであって欲しいという願いはしかし、驚愕に目を見開くサラによって打ち砕かれた。

 

「驚いた……よく分かったな」

「そりゃ、ここまでお膳立てされればな。ケルト神話、巨人族、来寇の書、そして一〇〇の神霊を殺すほどの凶悪な瞳──まるで“魔眼のバロール”を連想しろと言っているようなもんだ」

 

 飄々と肩を竦める日向だが、サラは頼もしい存在を見つけた言わんばかりに期待の混じった笑みを浮かべる。

 

「フッ、どうやらお前たちを南側に招いたのは、決して間違いではなかったようだ」

「で、では、その瞳は本当に──」

「ああ。日向の言うとおりだ。正確には“バロールの死眼”という」

 

 黒ウサギたちの息を呑む音が貴賓室に響く。

 しかしながら、その凶悪さを考えれば無理もないだろう。

 

 ──“バロールの死眼”とは、死の恩恵を与える心眼である。

 紀元前五世紀にまで遡って語られるケルト神話に記述された、巨人族の王バロールが所持したとされる神眼。

 この瞳が一度瞼を開けば、太陽の如き光と共に死を与えると伝承されている。

 以前日向たちが戦った“黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”が、風に乗せて死を運んでいたとするならば。

 “バロールの死眼”は、光と共に死を強制する瞳なのだ。

 

「し、しかし、“バロールの死眼”はバロールの死と共に失われたはず。それがなぜ今さら」

「そうおかしなことではない。聞けばケルト神というのは多くが後天性の神霊と聞く。ならば神霊に成り上がるための霊格が確率されていることになる」

「すなわち、第二第三のバロールが現れても何ら不思議ではない……ってことか」

 

 締め括るように言った日向の台詞に、サラは真剣な面持ちで頷いた。

 彼女の言葉通り、神霊は功績を積むで後天的に成り上がることが出来る。

 “黒死斑の魔王”がいい例だろう。

 彼女は八〇〇〇万の死霊群であることとは別に、ハーメルンの笛吹きによる信仰と恐怖を取り込んで神霊に昇華した。

 つまり神霊への転生とは、“一定以上の信仰を集める”という試練を乗り越えた先にある恩恵なのだ。

 

「い、言われてみれば確かに。ケルト神の半分以上は、国威と共に信仰を得た種族です。権威あるドルイドたちの信仰が、祖霊崇拝と自然崇拝が主流だったからという記憶がありますが……」

「そうだ。()()()()()()()()()()()()()()。ケルト神話群はその顕著な一例だ。ゆえに箱庭の中では偶発的に“バロールの死眼”を開眼させる巨人族は、少なからず現れたらしい。一説では、“侵略の書”の副産物とも言われているがな」

 

 そう言って視線を机上に落とすサラ。

 そこにあるのは、魔王の力が宿る瞳。

 

「連中は何としてもこの神眼を取り戻したいのだろう。適性が無ければ十全の力を発揮しないが、それでも強力なギフトであることは変わりない。私たちが収穫祭で忙しい時を狙って、今後も襲撃を仕掛けてくるだろう」

「ヤホホ……その襲撃から街を守るために、我々に協力しろと?」

 

 サラの要請に、ジャックとアーシャはあからさまに嫌な顔をした。

 彼らは戦闘力こそあるが、そもそも武闘派のコミュニティではない。

 “ウィル・オ・ウィスプ”は、あくまで物造りが主体の組織である。

 前回のように巻き込まれたならともかく、進んで戦いに臨むのは主義に反するのだろう。

 アーシャは青髪のツインテールを左右に振って難色を示した。

 

「確かにウィラ姉は強いよ。でも、性格が致命的に戦闘向きじゃないんだよね。だから滅多なことじゃギフトゲームにも参加しないし。それにこの件はまず、“階層支配者(フロアマスター)”に相談するのが筋ってもんだろ? 相手はギフトゲームすら無視する無法者だぜ?」

 

 正論を諭され、サラは沈鬱そうに黙り込む。

 その指摘は正しかった。

 “階層支配者”とは今回のように無法行為を行う連中を裁くことが使命。

 ましてや相手は“主催者権限”すら持ち合わせていない無法者である。

 問答無用で虐殺されても文句は言えない。

 しかしサラは、辛そうな顔で首を横に振った。

 

「残念ながら……現在南側に“階層支配者”は存在しない」

「……は?」

「先月のことだ。時期としては“黒死斑の魔王”が現れたのと同時期になる。七〇〇〇〇〇〇外門に現れた魔王に“階層支配者”が討たれたのだ。その後の安否は今も分からん。しかも魔王の正体すら不明ということ」

「なっ!?」

 

 予想外の返答に絶句するアーシャ。

 他の面々も同様だ。

 まさか“階層支配者”が不在になっているとは思いもしなかったのだろう。

 サラは静かに天を仰ぎ、南側の現状を話す。

 

「巨人族が暴れ始めたのはそれからのことなのだ。本来なら“アンダーウッド”に移住してくるはずであった“一本角”の同士……ユニコーンの群れも、奴らの襲撃で壊滅的な打撃を受けたらしい。以後、連絡も途絶えたままだ」

「そ、そんな……!」

 

 黒ウサギは蒼白になった。

 実は以前、日向たちを箱庭へ招き入れた日に、彼女はトリトニスの滝で一頭のユニコーンと接点があったのだ。

 しかし今の話を聞いた限りでは、そのユニコーンも決して無事では済まなかっただろう。

 

「我々は白夜叉様に代行として、この南側から新たな“階層支配者”を選定してもらえないかと相談した。しかし秩序の守護を司る“階層支配者”として相応しいコミュニティなど、そうそう見つかる物ではない。そこで白夜叉様から話を持ちかけられたのが……“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟の五桁昇格と、“階層支配者”の任命を同時に行うというものだった」

 

 そこでこれまで静聴していた日向は、納得したように頷いた。

 

「なるほどな。つまり今回の収穫祭は単なる土地の再興を誇示するためだけのものでは無く、“龍角を持つ鷲獅子”の五桁昇格と“階層支配者”の任命を賭けた、一世一代の大勝負ってわけだ」

 

 ごくりと、ジンと黒ウサギは息を呑む。

 サラも重々しく頷き、事の重要性を語る。

 

「そうだ。“階層支配者”に任命されれば“主催者権限”と共に強力な恩恵を賜る。巨人族を殲滅するには“主催者権限”を用いたギフトゲームで挑むしかない。南側の安寧のためにも、この収穫祭は絶対に成功させねばならないのだ」

 

 強固な決意で宣言するサラ。

 初めて知る真実に言葉を無くす一同だが、黒ウサギは同時に納得もしていた。

 ──“龍角を持つ鷲獅子”は、下層においても有数の規模を誇る連盟だ。

 遥か遠い“ノーネーム”の二一〇五三八〇外門にさえ、“六本傷”の分家が存在している。

 そして規模と同様に、活動の歴史も長い。

 その由緒ある連盟の議長席に、新参であるはずのサラ=ドルトレイクが座っている。

 いかに南側の住人が大らかな気性とはいえ、群れの主ともいえる議長席をやすやすと譲るはずがない。

 縄張り意識の強い一部の幻獣などはなおさらだ。

 しかしサラは“階層支配者”である“サラマンドラ”の元跡取り娘である。

 その経験も見込まれ、僅か三年という所属歴で議長に任命されたのだろう。

 

(サラ様は御父上の隣でずっと“階層支配者”の活動を見てきたはず。“龍角を持つ鷲獅子”連盟の将来を見据えれば、彼女を議長に据えるのは当然の流れだったのかも)

 

 黒ウサギはサラの素姓や人格を詳しく知っているわけではないが、仮にも“サラマンドラ”は元同盟コミュニティだ。

 その跡取り娘であっただけに、噂程度には聞いていた。

 彼女が星海龍王の龍角を継承すれば、“サラマンドラ”は最盛期を迎えるだろうと噂されていたほどの逸材である。

 しかし当のサラは、憂鬱気に赤髪を触って苦笑を浮かべた。

 

「次期“階層支配者”という立場を捨てて“龍角を持つ鷲獅子”連盟に身を置いた私が、現在は南側の“階層支配者”になろうとしている。さぞや滑稽に見えるだろうが……生憎と手段を選んでいる場合ではない。南側の安寧のためにも、両コミュニティの力を貸していただけないだろうか?」

「そう言われましてもねぇ……」

 

 ジャックは事情を聞いてもまだ難色を示す。

 それでも引き下がるという選択肢を持たないサラは、“バロールの死眼”の上に手の平をのせ、

 

「無論、タダとは言わん。多くの武功を立てたコミュニティには、この“バロールの死眼”を与えようと思う」

「は……!?」

「聞けばウィラ=ザ=イグニファトゥスは生死の境界を行き来するほどの力があると言う。ならばこの“バロールの死眼”も十全に使いこなせよう。我らの手元で腐らせておくよりは、彼女の下で力を振るった方が有益というものだ。……どうだろう、ジャック」

「それは……まぁ、おっしゃる通りですが。確かにウィラならば、“バロールの死眼”の適性は高いでしょう。しかし、我々以外のコミュニティに渡った時はどうするのです? 下層でウィラ以外に“バロールの死眼を使いこなせる例外など……きっと居ませんよ?」

 

 ──チラ。

 とジャックが日向たちを見る。

 “ノーネーム”であれば別だとも思っているのだろう。

 サラもその視線に気づき、頷いて返す。

 

「安心して欲しい。“バロールの死眼”を譲渡するのは、“ウィル・オ・ウィスプ”か“ノーネーム”のいずれかに限らせてもらう予定だ」

「ぼ、僕たちもですか?」

「し、しかしサラ様。黒ウサギたちの同士に適性持ちはいないと思われますよ?」

 

 困惑する二人に対して今度はサラが驚き、思い出したように切り出した。

 

「すまない、すっかり忘れていた。実は白夜叉様から“ノーネーム”へ、新たな恩恵を預かっていたのだった」

「白夜叉から?」

「ああ、話はすでに聞いているだろう? The PIED PIPER of HAMELINをクリアした報酬のことだ。アレさえあれば、“バロールの死眼”を使いこなすことが出来るはず」

 

 パンパン、とサラが手を叩いて使用人を呼ぶ。

 現れた使用人は両手に小箱を持っており、蓋には向かい合う双女神の紋が刻まれていた。

 “サウザンドアイズ”の旗印で封印された小箱を渡されたジンは、面食らって驚く。

 

「これが、新たな“恩恵”……?」

「そう。お前たちは“黒死斑の魔王”主催ゲーム、The PIED PIPER of HAMELINを()()()()()()()()()()()()()()()()()。これはその特別恩賞。開けてみるといい」

 

 ジンは神妙な顔で頷き、小箱の封を解く。

 中には笛吹き道化──“グリムグリモワール・ハーメルン”の旗印を刻んだ指輪が入っていた。

 

 

 

***

 

(……ここ、どこ?)

 

 耀が目を覚ましたのは、緊急の救護施設として設けられた場所だった。

 ベッドの周りを仕切る白いカーテンの向こうからは、先の戦いで負傷した者たちを治療する声が響いている。

 戦いとは無関係に運び込まれた耀は、少し恥ずかしくなってベッドの上で小さく体を縮こませた。

 

 恐らくは気を失っていたのだろう。

 後頭部にはまだ鈍い痛みが残っている。

 問題は瓦礫と樹の根に下敷きにされた自分が、なぜその程度の怪我で済んだのかということだ。

 

「あら、気がついた?」

 

 すっと、カーテンの隙間から飛鳥が入ってきた。

 その腕に巻かれた包帯を見て、耀は思わず息を呑む。

 

「飛鳥……! その腕の傷」

「ああ、これ? 軽く擦ったぐらいよ。気にしなくていいわ」

 

 よっこいしょ、と少し年頃の娘としてはどうかと思われるかけ声と共に椅子へと腰掛ける飛鳥。

 それで全てを把握した。

 彼女が身を挺して、自分を助けてくれたのだ。

 

「……飛鳥」

「それより春日部さん。コレについて、説明してくれる?」

 

 スッと差し出されたのは、炎のエンブレム。

 十六夜のヘッドホンのトレードークだ。

 責められると思った耀は、ベッドの中でさらに小さくうずくまる。

 

「春日部さん。……あなたが十六夜君のヘッドホンを持ち出したの?」

「……」

「それとも違うの?」

「……違う」

 

 ヒョコッとベッドの中から少しだけ顔を覗かせて、耀は控えめに呟いた。

 飛鳥は腕を組み、難しそうな顔をする。

 

「じゃあ、春日部さんは無関係ということでいいのかしら?」

「……わからない。けど、私の鞄に入ってた」

「入れた覚えは?」

「無い」

 

 即答する。

 それは事実だ。

 彼女が荷造りをした時には確かに入っていなかった。

 しかし、ならばどうやって鞄の中にヘッドホンが入り込んだのか。

 

「ええと、話を纏めるとこういうことね。春日部さんが荷物を整理した後、犯人は十六夜君のヘッドホンを持ち出し、春日部さんの鞄の中に紛れ込ませた。……これが可能なのは?」

「────……私?」

「春日部さん以外でっ!」

 

 苦笑いしながら訂正する飛鳥。

 自分のことを微塵も疑っていない友人に、耀は少しだけ元気を取り戻す。

 ゆっくりと体を起こして、考える。

 

「そう言われても……私以外でそんなことが出来るのは──」

 

 ──ハッと息を呑み、連想する。

 耀は苦虫を噛み潰したような顔になった後、

 

「……飛鳥。そのエンブレム、貸して」

「え? どうしたの急に」

「犯人の匂い。残ってるかも」

 

 ポン、と飛鳥は両手を打つ。

 耀の嗅覚は犬並だということを忘れていた。

 彼女のギフトはこういう状況でこそ無類の力を発揮するギフトなのだ。

 

「────……」

「どう?」

「……うん。やっぱり残ってた」

 

 しかし、耀の表情は再び歪む。

 犯人は分かった。

 が、どうして彼がこんなことをするのかが分からない。

 何か事情があったのかと思い悩む耀だが、不意にカーテンの向こうから声がした。

 聞き慣れたその声に、彼女はハッと顔を上げる。

 

「えっとっと。“ノーネーム”の春日部さんと。ここでいいですか、三毛猫の旦那さん?」

『ああ、ありがとな。鉤尻尾の姉ちゃん』

「いえいえ。あんな複雑な事情を聞いて見ぬふりをしては“六本傷”の名折れです。力不足は承知ですが、クッション役にでもなりますよ」

 

 シャラ、とカーテンが開く。

 現れたのはペリベッド通りの噴水広場にカフェテラスを持つ、鉤尻尾の店員と三毛猫だった。

 

「どうもですよー常連さん! 向こうの方で打ちひしがれていた、三毛猫の旦那さんをお連れしました!」

『うおい!? そんな暴露は必要ないやろ!』

「えー? でも本当に、この世のドン底みたいな顔で参ったじゃないですか」

『そ、それは姉ちゃん。色々な事情が……』

「……三毛猫」

 

 ビクゥ! 

 

 と三毛猫が店員の猫娘の腕の中で跳ねる。

 彼を受け取った耀は、哀しそうな顔で問う。

 

「どうして……?」

『そ、それは、お嬢があまりにも不憫やったから。仕返しにって……』

「……」

 

 そんなことで──と責めたい気持ちが、いくつも浮かんでは消えた。

 耀は冷静になり、まぶたを閉ざしてこれまでのことを顧みる。

 このまま三毛猫が犯人だと十六夜に突き出すことは簡単だ。

 しかし、その原因は本当に自分には無いのだろうか?

 元はと言えば、自分の弱さが招いたものではないだろうか?

 仮にこのまま全ての結果だけを十六夜に突きつけてしまえば、それこそ自分たちの関係は崩壊してしまうだろう。

 

「……飛鳥」

「なに?」

「やっぱり犯人が分かっただけじゃ駄目だ。なんとかしてヘッドホンを直さないといけない。……手伝ってくれる?」

「ええ、喜んで」

 

 ベッドから降りて、気持ちを一新する耀。

 ここは箱庭の世界。

 きっと何か奇跡的な方法があるはずだ。

 二人はそれを探るため、もう一度宿舎へ急ぐのだった。

 

 

 

***  

 

 ──“アンダーウッドの地下都市”。

 ──宿舎の瓦礫前。

 

「諦めましょう」

 

 無事に壊れたヘッドホンの残骸を見つけるなり一言、飛鳥はスパッとそう言った。

 そのあまりに鋭い言葉のナイフに、耀のハートがダメージを受ける。

 

「……ええと。もう少し頑張ってみない?」

「無理よ」

 

 即答だった。

 耀はガックリと肩を落とす。

 

「元の形に戻すなんて物理的に不可能よ。だからヘッドホンを直すことよりも、十六夜君の機嫌をとる方向で考えを進めましょう」

 

 即座にヘッドホンを見限って、他の手を探そうと提案する飛鳥。

 耀としては是が非でも直したかったが、現物がこの有様ではどうしようもない。

 

「でも、どうしたら機嫌が取れるのかな?」

「そうね。第一候補としては……ブラックラビットイーターを、黒ウサギとセットで贈」

「るわけないでしょうこのお馬鹿様っ!!!」

 

 スパァーン!

 

 と背後からハリセン一閃。

 耀は目を丸くして驚き、

 

「それ、名案!」

「ボケ倒すのも大概にしなさい!!!」

 

 スパパァーン!

 

 とさらにハリセン一閃。

 黒ウサギの後に続いて日向やジン、ジャックやアーシャたちもこの場にやって来た。

 どうやらサラの元から帰ってきたらしい。

 日向の腕の中には、しょんぼりとうなだれた三毛猫が抱かれていた。

 

「黒ウサギに通訳してもらって、三毛猫から話を聞いたんだが……なるほどな。これはまた、盛大に木っ端微塵になったもんだ」

 

 粉々に砕けたヘッドホンの残骸を見て、日向は思わず苦笑する。

 耀はどう反応していいか分からず顔を逸らしていると、そこに黒ウサギが勢いよく詰め寄った。

 

「まったくもう……耀さんっ。どうして黒ウサギたちに相談してくださらなかったのですか!?」

「え、えっと……それは、巨人族が襲ってきてそれどころじゃ」

「その話ではありませんっ! 収穫祭の滞在日数のことでございます! 相談してくだされば黒ウサギはもちろん、日向さんや飛鳥さん……十六夜さんだって、耀さんを優先的に参加させました! なのにどうして相談してくれなかったのですかっ!?」

 

 耀の肩を掴み激しくブンブンブンブンブンブンブンブンと揺さぶって問い詰める黒ウサギ。

 耀は危うく脳震盪を起こしかけたが、今はそれどころではない。

 

「で、でも。ゲームで決めるって約束が」

「所詮はゲームでございます! 我々は同じ屋根の下で暮らし、同じ苦楽を共にし、同じ旗の下で戦う同士です! 悩んでいることがあるのなら、まずは我々に相談するのが筋でございますっ! ましてや耀さんが、戦果を誤魔化すほどに悩んでいたなんて……! 黒ウサギは、まるで気づいておりませんでした……!!」

 

 ハッと耀と飛鳥はお互いに顔を見合わせる。

 二人の視線は、自然にジャックとアーシャに向けられた。

 

「ジャック、アーシャ……あなたたち」

「ヤホホ……ここに来るまでの道中、彼女たちとお話させてもらったのですが……どうやら、まずいお話だったようで」

「い、いやほらその、軽い世間話程度のつもりだったんだけどさ……」

 

 ポリポリとカボチャ頭と頬を掻く二人。

 黒ウサギは半泣きになって耀と飛鳥を見つめる。

 

「“ウィル・オ・ウィスプ”から招待を受けたギフトゲームは……御二人が一緒にクリアされたと、ジャックさんたちから伺いました。御二人は素晴らしい連携プレーを見せてくれて、すごく参考になったと……敗北したゲームを、とても誇らしげに語ってくれました」

 

 黒ウサギの切実な声に、耀と飛鳥は何も言えずに俯いてしまう。  

 彼女の言う通り、“ウィル・オ・ウィスプ”のゲームは二人で勝ち取った戦果だったのだ。

 しかし耀には、もっと後ろめたい事実があった。

 恐る恐る、視線を日向に向けてみると、

 

「……まぁ、実は俺も招待されていたみたいだな」

「……っ……」

 

 三毛猫を抱きながら困ったように笑う日向に、耀は我慢できず泣きそうになる。

 

 ──そう。

 あの招待状は確かに“ノーネーム”を招くために送られたものだったが、より具体的に言えば、“火龍誕生祭”で競い合った耀と日向の二人に宛てた手紙だっのだ。

 それを自分が先に知ったのを良いことに、彼には告げず成果を独占しようとした。

 どんな事情があったにせよ、大切な友人を騙したことには変わりない。

 全ては自分の蒔いた種であり、決しておいそれと許されることではないだろう。

 

「ち、違うのよ日向君! 春日部さんも決して悪気があったわけじゃ……!」

 

 悲痛な面持ちで唇を噛み締める耀の隣で、飛鳥が必死に弁明する。

 しかし耀は、小さく首を横に振った。

 

「ありがとう飛鳥。でも、たとえどんなに取り繕っても、私が日向を騙したのは事実だから。……本当に、ごめんなさい」

 

 震える声で、耀は深々と頭を下げた。

 その声はか細く、弱々しく、まるで今にも消え入ってしまいそうだった。

 そんな彼女の姿を見て、日向は小さく息を吐くと、

 

「そうだな。なら、耀には責任を取ってもらおうか」

「……っ、……はい」

「日向君!」

 

 咄嗟に飛鳥が待ったをかけるが、日向は構わず真剣な眼差しで頭を下げる耀を見つめる。

 鋭い視線を感じて、耀の心臓が早鐘を打つ。

 日向はおもむろに三毛猫を両手で抱き直すと、耀の頭の上にのせ、

 

「それじゃあ、今すぐ三毛猫と仲直りすること」

「………………え?」

 

 ポカンと、耀は呆けた表情で顔を上げた。

 主人の頭に乗っけられた三毛猫も似たような表情を浮かべている。

 

「え、あの……そ、それだけ?」

「いいやまだあるぞ。十六夜にも、ヘッドホンを壊したことを後できちんと謝ること。もちろん、三毛猫も一緒にな」

 

 耀はさらに困惑したような表情を見せる。

 返す言葉が見つからない彼女に、日向はふっと笑いかけると、

 

「確かに、嘘をついたのは悪い。黒ウサギの言うように、皆に相談しなかったも……まぁ、よくない傾向だとは思う。現に今回の一件は、それが原因で起こったんだしな」

「……うん」

「けどなぁ……俺が思うに、耀の場合は別に独りよがりとかそういうのじゃなくて、単に周りに頼るのが苦手なだけなんだよな。北側での大会の時もそうだったけど、素直に頼ることに慣れてないって感じだ。残念だが、こればっかりは今すぐにどうこうできる問題じゃない。仲間に頼り頼られを繰り返すことで、ゆっくりと身につけていくべきものだからな」

「……」

 

 耀は何も言わず、真摯に日向の言葉を受け止める。

 

「と、いうわけでだ。耀の目先の課題は、仲間に対して素直に頼れるようになること。その第一歩として、まずは皆とのわだかまりを無くすこと。今は、それだけでいいさ」

 

 そう言って日向は言葉を締め括る。

 しかし耀の表情には不安の色が見て取れる。

 

「……本当に、それでいいの?」

「ああ。だって耀は、ちゃんと心から反省して、俺に謝ってくれたじゃないか。だから俺も許すよ。これぐらい笑って水に流せるのが、本当の友達ってもんだ。──だろ?」

 

 ニッと、そう言って日向は朗らかな笑みを浮かべる。

 

「あ……」

 

 その笑顔を見た瞬間、たちまち耀の中の不安はどこかへと消えてしまった。

 代わりに芽生えてくるのは、嬉しいような、安心するような、ちょっぴり照れるような、そんな気持ちだ。

 胸にこみ上げてくる温かなものを感じながら──耀は、自然と笑みを浮かべていた。

 

「……わかった。ありがとう、日向」

「別に礼を言われるようなことじゃないさ。それに、まだ終わりじゃないだろう?」

「うん。ちゃんと十六夜にも謝るね。私なりに、精いっぱいの誠意をこめて」

「ああ。それに素直に謝るってのは、想像以上に難しいもんだ。今さら泣きついたって条件は変えないぞ?」

 

 日向は冗談めかしてニヤリと笑う。

 耀もくすりと微笑んだ。

 

「ふふ、わかった。一生懸命頑張ります」

「おう。死ぬ気で頑張れ」

『お嬢~! 本当にごめんな~!』

「うん。私も心配かけてごめんね、三毛猫」

 

 耀と三毛猫も無事に仲直りをする。

 そんな彼らの様子をハラハラと見守っていた黒ウサギたちは、ホッと安心したように息をついた。

 

「春日部さん。私でよければ、またいつでも力になるわ」

「うん、本当にありがとう飛鳥。迷惑かけてごめんね」

「黒ウサギにも、いつでも頼ってくださいね!」

「ありがとう黒ウサギ。黒ウサギも心配かけてごめんね」

「わ、私も……その、たまには、相談ぐらい乗ってやってもいいからな!」

「えっと、アーシャはちょっと頼りない……かな?」

「うおいっ!? そこは素直に感謝しとけよッ!!!」

「ははは、残念だったなアーシャ」

 

 日向たちに笑顔の花が咲く。

 ジャックとジンは、そんな彼らの姿を見て嬉しそうに会話を交わしていた。

 

「ヤホホ! 素敵な同士をお持ちですね~。どうなることかと思いましたが、これにて一件落着ですね」

「はい。耀さんも元気を取り戻せたようで何よりです」

 

 そこでジンは耀に歩み寄り、小首を傾げて問う。

 

「ところで耀さん。やはり、ヘッドホンは駄目そうですか?」

「う、うん。どうにか直そうとはしてみたんだけど……」

「いえ、壊れてしまったものは仕方ありません。……ですが、もしかしたらどうにかなるかもしれません。僕に考えがあるので、聞いてもらえますか?」

 

 突然のジンの申し出に、耀は目を丸くする。

 この壊れたヘッドホンを修復する手立てがあるというのだろうか。

 しかしその時、緊急を知らせる鐘の音が“アンダーウッド”に響き渡った。

 網目模様の樹の根から樹霊(コダマ)の少女が、盛大に慌てた様子で声を上げる。

 

「た、大変ですッ!! 巨人族がかつてない大軍勢を率いて……“アンダーウッド”を強襲し始めました!!!」

 

 ──直後。

 地下都市を震わせる地鳴りが、一帯に響いたのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。