- The Another Origin -   作:青葉空太

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第33話 黄金の竪琴

 

 ──カナリアファミリーホーム。

 ──5/5 17:38。

 

 十六夜は散らばった遺書を全て集め終わると、窓際で居眠りをしていた燕尾服の男を椅子ごと蹴り上げた。

 

「うわお!?」

「うわお! じゃねえよ。いつまで寝てんだこのエセ弁護士」

 

 若干余裕のない声で責める十六夜。

 男はやれやれと立ち上がると、山高帽のほこりを軽く払って被り直し、十六夜に向かって首を傾げた。

 

「ふあ~あ。それで、何の用だい。ゲームの決着は付いたのかな?」

「いいや。まだ肝心な部分だけが解けていない」

「……ほお? つまり大まかには解けたわけだ」

 

 キラリ、と片眼鏡の縁が光る。

 十六夜は集めた六〇〇ページの遺書を見せて解を示す。

 

「出題は『存在しない“私”と“君”を見つけ、入り口に提示せよ』。まず当然だが、存在しないものを提示することは出来ない。これは形ある何かの比喩だと推測出来る。──ではなんの比喩なのか。答えはその前の文章にある」

 

 “主催者”は存在しない私。

 対戦相手も存在しない私。

 ()()()()()

 

「上記の二文とは違いこの最後の一文だけが、存在が確立されている。仮に挑戦状=遺書と置き換えるなら、遺書の中で唯一語られることの無かった“(金糸雀)”と“(十六夜)”のエピソード。──すなわち戦場見学が、“存在しない私と君”の解答だ」

「おお……正解だ、十六夜君」

 

 パチパチと手を叩く燕尾服の男。

 しかしそれ以上のアクションは無い。

 十六夜はすぅっと目を細めて威嚇する。

 

「……お前が“入り口”じゃないのか?」

「ほう、私が? 面白い推理だね。ぜひ聞かせて欲しいな」

 

 微笑を浮かべる燕尾服の男。

 残り時間はあまりないが、他にあてもない。

 

「……ここからの推理は俺的にかなり眉唾なんだが。遺書には“みんなを連れていく”と書かれていた。これをストレートに解釈するなら、死者の世界に連れていくという意味だ」

「ほうほう。それで?」

「つまり手紙が指している入口ってのは、死者の世界への入り口……だと、思うんだが」

 

 珍しく言葉を濁す十六夜。

 燕尾服の男は興味深そうに顎を撫でてクツクツと笑う。

 

「つまり、私は死者の国の水先案内人だと?」

「いいや……そんなチャチなもんじゃないと思っている」

「というと?」

 

 ズイ、と山高帽を傾けて迫る男。

 十六夜は警戒と疑心を高めながら口にした。

 

「──南米にはあるんだよ。燕尾服と山高帽を常備する、生と死の神霊を祀る宗教が」

「……ほお?」

「神霊の名は“十字架の男爵(クロア=バロン)”。生と死、人間界と神界が交わる永遠のクロスポイントに立つと伝えられる燕尾服の死神。……そしてその死神は、生命という側面から全知を得るという」

 

 十六夜は真っ直ぐに燕尾服の男の片眼鏡を覗き込む。

 この世の全ての生命に通じるという瞳なら、遺書に細工をして書き換えることも可能だろう。

 “十字架の男爵”と呼ばれた男は、やれやれと首を左右に振る。

 

「なるほどね。実に面白い推理だ。しかし口にしている君自身は、ずいぶんと半信半疑なようだが?」

「………、」

「ふふん? 思ったより疑り深いな。君の性格を鑑みると、もっとテンション上げて喜ぶと思ったのだがね。……しかしそうだな、君の疑問に二つ答えよう。まず遺書についてだが、私は手を加えていない。その遺書は正真正銘、金糸雀の書いたものだ」

「……もう一つの疑問は?」

 

 燕尾服の男は、ニヤァと口元を歪め。

 

 

「──ご名答。私はクロア=バロン。

 “神々の世界(ギネー)”への道を預かる神霊(ロア)の一人だ」

 

 

 ユラリ、と燕尾服を揺らして立ち上がる。

 ──途端に、男の存在感が肥大化した。

 

「……ハッ、なるほど。特大のハッタリ、というわけでもなさそうだな」

「無論だよ。しかし君は、今も疑い続けているようだね?」

「そんなことねえよ。……と言いたいが、アンタが相手じゃ強がりにもならないな」

 

 飄々と肩を竦めるも、背中には冷や汗が流れている。

 十六夜のその姿に、“十字架の男爵”はガッカリしたように肩を落とした。

 

「……なるほど。金糸雀が心配するわけだ」

「なに?」

「ツマラナイ奴だと言ったんだ、十六夜君。いやはやまったく残念無念の吃驚仰天、的はずれの当て外れ。やれやれ、君はもっと面白い人間だと聞いていたのだがね。それだけ強大な超常の力を宿しながら、それを解放する術を無くしてしまってる。あるいは精神的な封印と言ってもいい。──単刀直入に言うと、君はこの世界に適応しすぎてしまった。そんな状態でゲームをクリアさせわけにはいかんなぁ」

 

 カツン、と踵を鳴らす。

 山高帽を押さえながら、燕尾服を揺らして一歩近づく。

 

「まずは荒療治だ。我が領地──生と死の交差点へ誘おうッ!」

「なっ!?」

 

 刹那、吹き荒れた風が全ての窓を打ち砕き、室内に雨風が流れ込んだ。

 硝子の破片は暴風に乗って渦を巻き、小部屋の壁を紙でも切るように崩していく。

 足場はやがて無くなり、十六夜は虚空へ落ちていく。

 全身を覆う落下の感触は、未知と呼ぶにはあまりに不気味。

 重力に身を任せた落下ではなく、世界そのものが希薄になっていくイメージの中で、十六夜の耳に届いたのは──

 

「さぁ、ここからは私主催のボーナスステージ。君が世界より授かった強大な力……このクロア=バロンに、提示してみせるがいいッ──!!!」

 

 徐々に輪郭を形作っていく生と死の世界の中で、嬉々として叫ぶ──“十字架の男爵”の宣言だった。

 

 

 

***

 

 大樹の根から飛び出した日向たちが目の当たりにしたのは、半ば壊滅状態となった“一本角”と“五爪”の同士たちだった。

 

「これは……どういうことだ? いくら何でも“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟の崩壊が早すぎる」

 

 訝しげに眉をひそめて戦場を俯瞰する日向。

 他の面々も予想外の事態に困惑する中、空から旋風と共にグリーが舞い降りた。

 相当激しく戦っていたのか、自慢の翼は度重なる戦闘で荒れており、獅子の後ろ足には痛々しい切り傷を負っている。

 

 耀の隣に降り立った彼は血相を変えて訴えた。

 

『耀……! ちょうどいい、今すぐ仲間を連れて逃げろッ!』

「え?」

『彼奴らの主力に化け物がいるッ! 先日とは比べ物にならんッ! このままでは全滅だ! お前たちだけでも東へ逃げ、白夜叉殿に救援を……!』

 

 刹那、琴線を弾く音が響いた。

 その音色に聞き覚えのある耀はハッと顔を上げる。

 

(この音……濃霧の時と同じ……!)

 

 先の戦闘を思い出すが、しかしそれを伝えるだけの余裕は与えられなかった。

 琴線を弾く音は二度三度と重なり、音色の数だけ最前線の仲間たちが次々と倒れていく。

 音源から離れている耀たちでさえ、気を抜けば意識が飛びそうになるほどだ。

 

『ヤツだ……! あの竪琴の音色で見張りの意識を奪われ、二度の奇襲を許してしまった。今は仮面の騎士が戦線を支えているが、それもいつまで保つか……!』

 

 グリーの悲痛な言葉を翻訳する黒ウサギ。

 途端、ジャックは驚愕して声を上げた。

 

「仮面の騎士……!? ま、まさかフェイス・レスが参戦しているのですか!?」

「ま、まずいぜジャックさん! あいつにもしものことがあったら“クイーン・ハロウィン”が黙ってねぇよ! すぐに助けに行こうッ!!」

 

 ジャックは麻布に火をつけて業火を纏い、アーシャはその上に乗って最前線を目指す。

 

「仮面の騎士……?」

 

 聞き覚えのない人物に、ジンと黒ウサギが首を傾げる。

 耀がグリーから更に詳しい情報を聞き出している間、飛鳥が手短に説明する。

 

「前の襲撃の時に私たちを助けてくれた女性よ。地表に現れた巨人族のおよそ半数を、一瞬で始末するほどの実力者」

 

 最後の方はまるで自分にも言い聞かせるような口調だった。

 あのプライドの高い飛鳥が素直に実力を認めるほどの相手に、黒ウサギたちも相当な手練れなのだと理解する。

 

「一体、どのような御方なのですか?」

「……よくわからないわ。前に見た時も仮面で顔を隠していたし。日向君はどう思う?」

「うん? そうだなぁ……」

 

 話を振られた日向は腕を組んで考える。

 とはいえ、彼もあの謎の女性について知っていることはほとんど無い。

 ややあって、率直な第一印象を答えることにした。

 

「“白黒の騎士”──って表現が真っ先に思い浮かんだな。あとは……たぶん美人だと思うぞ?」

「「「…………」」」

 

 なぜか黙り込む飛鳥たち。

 そんな彼女たちの様子を不思議に思ったのか、日向は首を傾げた。

 

「あれ? みんな急に静かになってどうしたんだ?」

「……いえ、別に」

 

 日向から少し離れた位置でさっと顔を寄せ合った飛鳥たちは、彼に聞こえないよう小声でひそひそと話し合う。

 

(ねぇ、日向君ってやっぱり年上っぽい女性が好みなのかしら?)

(可能性はありますね。今にして思えば、サラ様と最初に会った時も見惚れていたようが気がするのですよ)

(あはは、それは流石に気のせい……じゃ、ないのかなぁ?)

 

 黒ウサギの言葉に苦笑するも、話していく内にだんだんと自信を無くしていくジン。

 日向は頭に疑問符を浮かべるばかりである。

 

 その間にも、耀は真面目にグリーに情報を確認していく。

 

「……この竪琴を弾いている巨人って、仮面の人でも勝てないの?」

『というよりも、攻めあぐねている。あの音色は近くで聞くほど効力が高い。それで昨日、サラ殿も十全に力を発揮出来なかったそうだ。となれば、神格級のギフトと見て間違いない』

「神格……それで、仮面の人と竪琴の巨人は?」

『先ほどまで共に戦っていたが、竪琴のほうは姿を消した。仮面の騎士は音色に耐えながらも戦いに臨んでいる。……それと竪琴の主は、巨人族ではない』

「え?」

『背丈はお前たちと大差ない。深めのローブを被った人間だ。巨人族が従っているところを見ると、ヤツが指揮者なのかもしれん」

 

 唸るような鳴き声を漏らすグリー。

 その間にも巨人族は続々と攻め込んできた。

 遠くでは巨人族の雄叫びと幻獣たちの断末魔が重なり合って響いている。

 

『それに奴だけではない。空から確認した巨人族の数は五〇〇超。かつてない大軍隊だ。戦闘を請け負う“一本角”と“五爪”が壊滅状態では、もう……」

「……っ……」

 

 想像以上に厳しい状況に、耀は思わず歯がみする。

 先の戦闘で、巨人族の戦闘力は彼女も身に染みて痛感していた。

 あまりの凄惨さに言葉を失う耀に代わって、黒ウサギが日向たちに状況を説明。

 するとジンは日向に向き直り、

 

「日向さん、僕に考えがあります」

「ああ。あの巨人族たちが本当にケルトの末裔だと言うのなら、これ以上ないくらいの有効打になるだろう。……ジン、やれるな?」

「はい」

 

 決意を込めた面持ちで頷く。

 確認を終えたジンは前に出て、一同に作戦の内容を告げる。

 

「皆さん、聞いてください。先ほど“サウザンドアイズ”からギフトが届きました。僕の予測が正しければ、このギフトで敵の戦線を瞬間的に混乱させることが出来るはずです」

「ほ、ほんとに?」

「はい。しかしそれだけでは足りません。竪琴の術者を破らなければ、同じことを繰り返すだけです。敵の主力を逃がさないためにも……耀さん。あなたの力が必要です」

 

 力を貸してくれますか、とジンは耀に向き直る。

 彼の申し出に耀はまぶたを瞬かせて驚いたが、すぐに眉根を寄せた。

 

「……それって、私に見せ場を譲るってこと? 私なんかよりも日向の方が」

「それは違うぞ、耀」

 

 彼女の言葉を否定する日向。

 その顔はいつになく真剣そのものだ。

 

「……日向?」

「これは俺にも、飛鳥にも、黒ウサギにも出来ない──耀、お前にしか出来ないことなんだ」

 

 そう言って日向は真っ直ぐに耀を見つめ、

 

「だから、お前の力を……俺たちに貸してくれないか?」

 

 真摯に、はっきりとそう告げた。

 その偽りのない眼差しに、耀が抱いていた疑念は霧散する。

 彼女は力強く頷き、覚悟を決めた。

 

「……わかった。作戦を教えて」

 

 

 

***

 

 耀は指示された通り、上空でジンの合図を待った。

 その高度、およそ1000m。

 巨躯の水樹よりもさらに高い。

 

 鷹の目をもつ彼女には地上の様子がありありと分かったが、巨人族には彼女を捉えられないだろう。

 

(奇襲を仕掛けるにはこれ以上ない位置。これでジンの言う混乱が本当に起こるなら……)

 

 耀はじっと機会をうかがう。

 普段なら、こんな大役は日向に任せるべきだろう。

 あるいは、この場に居ない十六夜のどちらかに。

 彼らなら奇襲など必要とせずに、混乱に乗じて正面から突き破るくらい平然とやってのけそうだ。

 そして誰にも真似できないような劇的な勝利で朗らかに、あるいはヤハハと笑うのだ。

 もしかすると、自分は本当に同情されただけなのかもしれない。

 

(……ううん、そうじゃない)

 

 地上で皆と別れる際、日向が自分に言った最後の言葉を思い出す。

 

『頼んだぞ、耀』

 

 ぎゅっと、胸の前で強く両手を握り締める耀。

 そうだ。決して同情や憐れみなんかじゃない。

 自分は仲間に信頼され、任されたのだ。

 

(絶対に、成功させなくちゃ……!)

 

 もしもこの作戦が成功したら、自分も彼らのように笑えたりするのだろうか?

 どうせならば、より盛大に行くべきだろう。

 耀はおもむろに両腰へ手を当てて、小さなを胸をそらし、

 

 

「────やははははははははははははははははははははははははははははうんこれはない」

 

 想像以上に恥ずかしくて途中でやめた。

 どんなにテンションが高くても、こんな笑い方は絶対にできない。

 誰も見ていない上空にもかかわらず、恥ずかしさで耳まで真っ赤になったのだ。

 根本的に向いてない。

 

 ……やっぱり、朗らかに笑うくらいがちょうどいい。

 

 耀は思考を切り替え、作戦に集中するのだった。

 

 

 

***

 

 一方、地上にて。

 日向たちはできるだけ前線に移動していた。

 グリーの背中に乗って低空飛行を続けながら、巨人族の合間を縫うように進む。

 

「そういえば、グリーさんの騎手はどうなされたのですか?」

『先ほどの戦いで落下し、川に流された』

「そ、それは……すみません」

『何、心配するな。その程度で死ぬほど私の騎手はやわではない』

 

 フッと嘴を上げて笑うグリー。

 その彼の手綱は今、飛鳥が握っていた。

 彼女の言葉は支配するだけではなく、対象の力を引き出すことも出来る。

 “巧みに、速く飛べ”と飛鳥から命令されたグリーは今、巨人族の大剣や鎖をスルスルと抜けながら戦場を翔け抜けている。

 普段以上に優雅な飛翔を見せる彼は、自分自身に驚いていた。

 

『飛鳥のギフトは凄いな……! まるで霊格がそのものが向上しているようだ!』

「そ、そうなのですか?」

『ああ。潜在能力を引き出すというよりは、対象に己の霊格を一時的に上乗せするギフトなのかもしれん。私一人で巨人族の合間を縫って飛び進むなど、とてもではないが不可能だ』

 

 なるほど、と黒ウサギは得心がいったように頷く。

 それなら飛鳥のギフトが同格以上の相手に通用しにくい理由も説明できる。

 

(しかしそれが本当なら……飛鳥さんの力はギフトというより、むしろ──)

「ジン君! この辺りでどう!?」

「え、あ、だ、大丈夫です!」

 

 ガチガチに緊張するジンに、日向は後ろから頭に手をのせて落ち着かせる。

 

「大丈夫だ、きっと上手くいくさ。周りは俺と黒ウサギが守る。やつらに目にもの見せてやれ」

「──! は、はい!」

「ウオオオオオオッォォォォォ────!!!」

 

 立ち止まったその瞬間、巨大な大剣が左右から唸りを上げて振り下ろされる。

 しかし瞬時にグリーの背中から飛び降りた日向と黒ウサギが、天地を穿つ拳と蒼い稲妻でそれを打ち払う。

 

「出番だぞ、ジン!」

「YES! 今こそジン坊ちゃんが受け継いだギフト──“精霊使役者(ジーニアー)”の力を使う時です!」

 

 日向と黒ウサギの声が戦場に響く。

 ジンは応えるように“グリムグリモワール・ハーメルン”の指輪をはめた右腕を掲げた。

 

 

「隷属の契りに従い、再び顕現せよ

────“黒死斑の御子(ブラック・パーチャー)”────ッ!!!」

 

 刹那、漆黒の風が戦場に吹雪いた。

 蠢くように生物的で、不吉を具現化させたような黒い風は瞬く間に戦場を吹き抜けていく。

 召喚の際に発生した円陣には笛吹き道化の旗印が刻まれ、その中心へ黒い風が収束される。

 やがて人型へと変化していく黒い風は、圧縮された全ての空気を放出して爆ぜた。

 爆心地に白と黒の斑模様の光が溢れ、その中から姿を現したモノは──

 

「────どこに逃げたの、白夜叉あああああああああああッぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 戦場とは無関係な駄神の名を叫び。

 一撃で、一〇〇の巨人族を薙ぎ払った。

 一瞬面食らった飛鳥だが、流石に何を召喚したのか気づいた。

 

「ちょ、ちょっと待って! 新しいギフトってまさか、“黒死斑の魔王”なの!?」

「YES! ハーメルンの魔道書から切り離されているため神霊では無くなっていますが、大戦力であることは間違いありません!」

「ああ。それにこの戦場において、恐らくペストは無類の力を発揮するはずだ」

「はい! なぜなら彼女──“黒死病の魔王”には、黒死病を操る力があります! もし伝承が正しければ、ケルトの末裔には抜群の効き目があるはず……!」

 

 そう、それこそがジンの作戦の狙いだった。

 

 ──ケルト神話群に記される、巨人族の逸話。

 その中の一説・ダーナ神話群と呼ばれる巨人族の闘争を記した史実には、黒死病を操ることで他の巨人族を支配していた記述がある。

 “治療法が確立されていない病を操る”とは、最強最悪の支配体系の一つだろう。

 ましてやペストが操る黒死病には八〇〇〇万もの死霊というバックアップがある。

 そこで彼女の力で伝承に則り、巨人族の混乱を煽る算段だったのだが──

 

「──出て来い、出て来い、出て来なさい白夜叉ッ……!! よくも元魔王の私に、あんな下劣でイヤラシイ服装の数々を……!!」 

「ウオオオオオオッォォォォォ────!!!」

「五月蠅いわ、この木偶の坊ッ!!!」

 

 一喝。

 腕の一振りで放たれた衝撃波は、怨嗟の声を上げて巨人族を薙ぎ倒す。

 その一間だけ黒い風の密度が下がり、ペストの姿が露わになる。

 ほんの一瞬だけしか見えなかったが、ジン、日向、飛鳥、黒ウサギの四人は同様に目を疑った。

 

「……メイド服でしたね」

「……メイド服だったな」

「……フリフリのメイド服だったわね」

「白夜叉様……」

 

 ほろり、と思わず同情の涙を浮かべる黒ウサギ。

 彼女が激怒して暴走している理由も、なんとなく察しがついたのだろう。

 しかし一見して無差別に攻撃しているペストだが、隷属は上手くいっているらしい。

 その証拠として、黒い風を受けた“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”の同士は無傷で戦っている。

 対して直撃を受けた巨人族は、全身に白黒の斑模様の斑点を浮かばせ、次々と倒れていた。

 

 ──ジンのギフト“精霊使役者”とは、霊体の種族を隷属させて使役するものである。

 飛鳥の力とは違い、限定的な種族しか作用しないことに加え、隷属関係を結ばない限り発動しないギフトだが、自然霊にも僅かながら効果はある。

 火霊を操って火(花)を発生させたり。

 風霊を操って(そよ)風を発生させたり。

 水霊を操って水(蒸気)を発生させたりするなど、多彩な一面もある。

 だが一度契約を結べば、その支配力は絶大だ。

 いかに強力な魔王を隷属させようとも、“ペルセウス”のルイオスのように未熟であればその力は激減する。

 だが“精霊使役者”のギフトがあれば己の霊格に関わらず、相手が魔王であっても十全に支配することが出来るのだ。

 怒り狂ったペストは順調に巨人族を掻き乱し、殲滅していく。

 すると予定通り、琴線を弾く音が聞こえた。

 前回の戦闘と同じように濃霧が一帯を包み込み始め、視界の全てが奪われていく。

 

「な、何よこの霧は……ッ!?」

「ウオオオオオオッォォォォォ────!!!」

 

 ペストが戸惑った一瞬の隙を突き、巨人族の一体が裂帛の咆吼と共に巨大な湾刀を振り下ろす。

 しかしその刃が彼女に届く刹那、日向が横合いから盛大に巨人族を殴り飛ばした。

 

「よっ。久しぶりだなペスト」

 

 彼女と背中を合わせるようにして着地した日向は、朗らかに笑って声をかける。

 対称的に、ペストはぶすっとした顔をした。

 

「何、私を助けたつもり? 余計なお世話ね。あの程度余裕で対処できたわ」

「いや、そんなつもりはないさ。ただ……一つだけ言わせてくれ」

「……なに?」

 

 途端に真剣さを漂わせ始めた日向に、ペストも仕方なく耳を貸す。

 振り返った日向はグッと力強く親指を立てて一言。

 

「そのメイド服、めちゃくちゃ似合ってるぞ!」

「死ねッ!!!」

 

 瞬間、漆黒の風がおどろおどろしい怨嗟の声を上げて日向に向かって吹き荒れた。

 だが悲しいかな、隷属の身である彼女は(ジン)の許可無しに仲間を傷つけることはできないのだ。

 

「ジン! 私にこの男を殺させなさいッ!!!」

「そんな無茶な!?」

 

 激しい怒りと共に放たれた死の風は、まるで鬱憤を晴らすかのように巨人族たちを瞬く間に制圧していく。

 日向は戦場に似つかわしくない笑い声を上げながら、しかし、心の中ではただ一つのことを思っていた。

 

(耀……後は任せたぞ)

 

 

 

***

 

 濃霧が発生した直後、耀はペンダントを握りしめて眼下を注視する。

 耳を澄ませ、ソナーのように超音波を発生させて音源の位置を探る。

 

(この濃霧と音色は、視覚も嗅覚も聴覚も惑わせる。だけど元が音波なら、この方法で位置を探知することが出来るはず)

 

 ──そう。

 これが耀にしか出来ないという探索方法。

 この方法なら距離感を狂わされたとしても、ぶつかり合う音の波で位置を把握することが出来る。

 問題点があるとすれば、上空から離れすぎているために、多少の位置修正が必要ということぐらいだろう。

 

(……! 見つけた!)

 

 感知した耀はすぐさま“生命の目録(ゲノム・ツリー)”の力を解放し、流星のように流れ落ちて行く。

 針の穴を通すかのような正確さで竪琴の音源を目指す。

 フードを被った敵の手の中には、豊穣と天候の神格を持つ“黄金の竪琴”が握られていた。

 倒すとまでは行かずとも、あの竪琴さえ奪えばこちらの勝利は確定する。

 

「今だ──!」

 

 濃霧を突き破って耀が落下する。

 逃亡している最中に視覚外から現れたことで虚を衝かれたのだろう。

 滑り落ちるように飛翔した耀は、フードの敵の手中から“黄金の竪琴”を奪い去る。

 迎撃されないうちに上空へと逃れ、自身の勝ち取った戦果を腕の中でしっかりと抱きしめる。

 そしてこの瞬間──巨人族と“アンダーウッド”の勝敗が決した。

 

 

 

***

 

 ──“アンダーウッドの地下都市”。

 ──新宿舎。

 

 翌日の朝のこと。

 宛がわれた新宿舎で日向たちを出迎えたのは、意外な人物だった。

 返り血を落とした仮面の女性が、精錬された物腰と純白の鎧を纏って彼らを待っていたのだ。

 ジャックは彼女を紹介するように、両手を広げてヤホホと笑った。

 

「彼女こそ“クイーン・ハロウィン”の寵愛を受けた騎士“顔亡き者(フェイス・レス)”! どうか親しみを込めてフェイスと呼んでやってください!」

「そっか、俺の名前は天道日向だ。よろしくな、フェイス」

 

 朗らかに挨拶する日向に対し、小さく頷くフェイス・レス。

 対照的に後ろで控えている飛鳥は、複雑そうな面持ちで彼女を見つめる。

 圧倒的な彼我の実力差を知る飛鳥としては、不用意に親しくすることが躊躇われたのだろう。

 初めて対面する黒ウサギも彼女を一目見るや否や、別格の空気を肌で感じていた。

 

「なるほど……“クイーン・ハロウィン”の寵愛者。世界の境界を預かる星霊の力を借り、ヘッドホンを召喚するということですね?」

「ヤホホ! お察しの通りですヨ! 彼女は現在我々“ウィル・オ・ウィスプ”に客分として招いているニューフェイスでしてね! 彼女なら、代わりの品を召喚できるはずですヨ!」

「……顔が亡いのにニューフェイスなのか?」

「ヤホッ!?」

「お、おいコラ日向! そこにツッコむんじゃねーよ!!」

 

 狼狽えるジャックに慌ててフォローを入れるアーシャ。

 心なしフェイスも「え? そこにツッコむの?」といいたげな眼差しを向けている。

 

 そんなやり取りの傍らで、耀の表現が目に見えるほど明るくなっていく。

 が、少し不安そうに眉根を寄せた。

 

「だけど……異世界からの召喚って、凄く高額なんじゃ……?」

「ヤ、ヤホホ! 高額どころか本来なら、断固として拒否しますヨ。しかし“ノーネーム”とは長くお付き合いさせてもらう予定なので……まぁ、お友達料金ということで手を打たせてもらいました」

「はい。今後も日用品の類は“ウィル・オ・ウィスプ”製の物を使うということで契約しました」

「そ、そっか……ありがとう、ジン」

 

 安堵したように笑顔を向ける耀。

 ジンは慌てて首と両手を横に振った。

 

「と、とんでもありません。皆さんには数えきれないくらいの恩があります。これぐらいはどうということもないです。それに、まだ問題点が残っています」

「……問題?」

「はい。厳密には“クイーン・ハロウィン”の力で召喚するわけではなく、星の廻りを操って因果を変える──要するに、“耀さんは初めからヘッドホンを持ち込んでいた”という形での再召喚です。なので耀さんの家にヘッドホンがないと成立しないのですが……」

 

 心配そうに告げるジン。

 しかしそんな彼の懸念をよそに、耀の瞳はどんどん嬉色に染まっていった。

 

「……大丈夫。十六夜が持ってるヘッドホンと、同じメーカーのヘッドホンがある」

「ほ、本当ですか!?」

「うん。それに父さんはビンテージ物だって言ってた。あれならきっと、十六夜も満足してくれると思う」

「あら、けれどそのヘッドホンはお父様のものなのでしょう? 勝手に持ち出していいの?」

「それは大丈夫。父さんも母さんも、行方不明のままだから」

 

 さっくりと己の身の上を話す耀。

 自身も両親を亡くしている飛鳥は、なんとも言えない表情で俯いてしまう。

 

「ご、ごめんなさい。そうとは知らず……」

「ううん、気にしなくていいよ」

 

 耀は父から送られたペンダントを取り出し、ギュッと握りしめた。

 日向も思わず苦笑を浮かべる。

 

「まぁ、仕方ないさ。俺たちの中の誰一人、自分の身の上を詳しく語ったやつはいないしな」

「……ええ。その通りね」

 

 飛鳥も困ったような笑みで同意する。

 日向の言う通り、自分たちはまだお互いのことを何も知らないに等しいのだ。

 耀も頷き、真剣な眼差しを見せる。

 

「うん。だからヘッドホンを渡すのを機会に、十六夜や皆ともっと話そうと思う。やっと出来た友達だもの。関係を維持する努力を、自分からしていかないと」

 

 気持ちを新たに、前を向く。

 

 “家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い”

 

 そんな無責任で、横暴で、何よりも素敵な招待状に、自分は応えたのだ。

 だから、少しずつ周囲に目を向けて行こう。

 捨ててきた分だけ身軽になった心で、今度は自分から歩み寄って行こう。

 自分を仲間だと、友達だと言ってくれた彼らのために。

 彼らと共に、この素晴らしい世界で生きていくために──

 

 

 

***

 

 一行は“アンダーウッド”の螺旋階段を登り、網目模様の根を登って川沿いの地表に出る。

 そこにはフェイス・レスが用意した“黄道の十二宮”を描いた陣があった。

 

「こ、黄道の門を使うとは……ずいぶんと本格的ですね。しかし扱えるのですか?」

「……」

 

 フッと口元だけで笑うフェイス・レス。

 口数の極端に少ない彼女だが、自信家ではあるようだ。

 彼女は十二宮の陣の中心に耀を座らせ、“クイーン・ハロウィン”の旗印が刻まれた剣を取り出す。

 すると太陽の光が地に描かれている十二宮の紋章を輝かせ始めた。

 儀式を見守る飛鳥は、緊張をほぐすように黒ウサギへ尋ねる。

 

「えーと、ねぇ黒ウサギ。どうしてハロウィンと太陽と“黄道の十二宮”が関係あるの?」

「ええとですね。ハロウィンは元々、一年間の太陽の周期を二分化して行なわれる祭事のことを指します。そして周期が変わるその時に、異世界の境界が崩れ去るのです」

 

 そこへジンが補足する。

 

「ケルト民族は独自の太陽暦を持つほど高度な天文学を修めていたそうです。ただ彼らがどのような宇宙観(コスモロジー)を持っていたのかは定かでなく……ハロウィンはその数少ない文化の名残を残す祭事なのです」

「な、なるほど。それで“黄道の十二宮は”?」

 

 飛鳥がおずおずと問いかける。

 今度は彼女の隣にいる日向が答えた。

 

「簡単に説明すれば、黄道とはすなわち“太陽が通過する軌跡”のことだな。十二宮とは別名“十二星座”で、文字通り太陽の軌道線上に存在する星座を指す。発祥としては確か……メソポタミアが起源だったか?」

「そうですね。箱庭内では十二宮の星座をいくつ支配しているかで、太陽の主権を決めるほど重要な要素になっています」

「YES! 今行なわれている儀式は、“クイーン・ハロウィン”の力で世界の境界を崩し、“黄道の十二宮”の力でそれを安定させる複合術式なのです。……しかし“クイーン・ハロウィン”の力を借りているとはいえ、人間が召喚を可能にするとは……」

 

 感心する黒ウサギの言葉に、飛鳥は一層息を呑む。

 

「あの人……人間なの?」

「YES。様々な武具で身を固めておりますが、人間で間違いありません。それも皆さんに匹敵する程、強大な才能の持ち主でしょう。“ウィル・オ・ウィスプ”が北側の下層で最強のコミュニティというのは、あながち間違いではないかもしれません」

 

 そう、と相槌を打つ飛鳥。

 一方の耀は、陣の中心で座ったまま必死にヘッドホンへの想いを高めていた。

 

(父さんのヘッドホン…………父さんのヘッドホン…………ごはんいや父さんのヘッドホン)

 

 因果を変えると言えば大仰だが、要するに召喚前の耀の行動を、少しだけ事実から変えるだけである。

 このまま半日間、耀がヘッドホンの事を考え続ければ、後はフェイス・レスがどうにかしてくれるらしい。

 

(巨人族のこともあって、今日の夜には十六夜も収穫祭に来る。絶対に成功させないと……!)

 

 ただひたすらに、成功を願いながら。

 耀は強い思いを胸に、儀式へと臨むのだった。

 

 

 

***

 

 ──ビルの側面を足場に、両者は飛び退いた。

 刹那、足場にしたビルが()()()()()()()()

 地雷のような踏み込みで爆破され、瓦礫と共に粉塵を巻き上げて倒壊していく最後のビルディング。

 十六夜と“十字架の男爵(クロア=バロン)”は共に肩で息をしているが、互いに外傷は無い。

 どんな一撃も効かない十六夜と、いかなる傷負も瞬時に癒える神霊。

 “十字架の男爵”は山高帽を傾け、困りきったように周囲の廃墟を見回す。

 

「やれやれ。境界の一部を切り出して作った舞台だったのだが、あっという間にボロボロになってしまったなぁ」

 

 そう言って“十字架の男爵”は己が作り出した舞台を見渡す。

 

 ──ボールの内側に作られた世界、と例えれば分かりやすいだろう。

 球体の世界に並列して建築されたビル群と、上下左右に登り坂が続いている車道。

 最初こそ整然とした街並みが広がっていたその世界は、今は見るも無惨に荒廃している。

 

「まったく。そもそも君のその体は何だ? 即死の呪いを与えてなぜ生きている?」

「さあな。俺が聞きたいぐらいだ」

 

 投げやりに返す十六夜。

 その声音には戦いを始めた当初の興奮は無い。

 いぶかしげに思った“十字架の男爵”だが、ゲームを盛り上げるために一つ提案する。

 

「どうする? こんな瓦礫の山ではテンションも上がらないだろう? 君が望むなら舞台を作り直すが? 今度は山あり谷あり森あり奈落ありの、スペクタクルな舞台を」

「いや、もういい」

 

 はっ? と言葉を切る“十字架の男爵”。

 十六夜は腕時計を確認し、まぶたを閉じたまま天を仰いだ。

 

「17:58……時間切れだ、クロア=バロン。倒しきれないのは悔しいが、ボーナスステージはこれ以上いらない」

「……ほう? 満足したのかい?」

「だから悔しいと前置きしただろうが。人の話はちゃんと聞けよ」

 

 チッ、と舌打ちをする。

 しかし心底悔しいというわけではない。 

 十六夜は両手を広げ、今日の出来事を強く噛み締めた。

 

「生と死の神霊。その神力は死を招くことと、死者の蘇生。世間一般に広がっているゾンビの原点はアンタにある。そうだろ?」

「これはこれは……本当に博識だな君は。その通りだよ」

「つまりアンタは、俺がゲームオーバーになってチビたちが死んだとしても、蘇らせばいいと思っている。そうだろ?」

「……まぁ、否定はしない」

「けど俺はそれが気に食わない。……人間は斬って叩いて打てば死ぬ。そんな事実があったから、今日まで自制心を保てたんだ。なのに、斬って叩いて打って死んでも甦る? ハッ、そんな糞みたいなもんを目の当たりにしたら、明日からの自制が辛くなるだけだ」

 

 だから、もういい。

 十六夜の勝ち逃げ宣言に、“十字架の男爵”は落胆を隠そうともせずに嘲笑った。

 

「いやはや……自制とはまた、君らしからぬ物言いだ。己が愉悦こそ君が生きていくために必要な動力源。我々快楽主義者にって、失ってはならない活性剤のはずではなかったのかね? “感動に素直になれ”とは金糸雀(カナリア)が最初に教えてくれた言葉のはずだが?」

 

 十六夜は言い返さずにまぶたを閉じた。

 そのまま閉ざされた空を仰ぎ、両手を広げる。

 

「ハッ。アンタ、伝承ほど全知じゃないんだな」

「うん? まあ、そうだね。私は精霊から成り上がりの神霊だ。全知の領域にはまだまだ達していない」

「だろうな。だからアンタは、金糸雀の言葉の真意も分かっていない」

 

 何っ? と声を上げる“十字架の男爵”。

 十六夜は顔を正面に戻し、両手を広げたまま周囲の倒壊したビル群を指す。

 

「見ろよ、この砕け散ったビルディングを。俺がその気になって暴れたら、人間社会なんてほんの数分でボロボロだ。これじゃあ癇癪の一つも起こせやしねえ」

「…………」

「“感動に素直になれ”──ああ、そうさ。アイツはどに足を運ぶにしても同じことを俺に言った。大陸を巡り、七海を渡り、世界の遺産を見て回って、俺に山ほど感動を分け与えて──世界を壊さないよう、俺に感動(のろい)を植え付けたのさ」

 

 十六夜の力が、世界を壊してしまわいように。

 ありったけの素晴らしいものを見せることで、金糸雀は十六夜の力を封印したのだ。

「……ま、そういうことだ。たとえどんなに面白くても、俺の枷が壊れるようなものはいらない。俺の日々は明日も明後日も、この世界で続いていくんだからな」

 

 ホント惚れたら負けってやつだよなー、と十六夜は苦笑いを浮かべて再び空を見上げる。

 そこで初めて、“十字架の男爵”は逆廻十六夜という人間性を理解する。

 

 ──彼は、この世界が好きなのだ。 

 

「……そうか。金糸雀は本当に、君という最大級の異端をこの世界に適合させたのだね」

「そうさ。トラブルメーカーであった逆廻十六夜は今や、賢明さに定評のある神霊・クロア=バロンに太鼓判をもらえるほどの社会適合者。記念に認定書の一つも欲しいところだね」

 

 ヤハハ! と笑う十六夜。

 屈託のない笑い声なのに、今は酷く乾いて聞こえた。

 そんな彼の冷めた心を見抜き、山高帽で顔を隠すように傾けていた“十字架の男爵”は──強い決意を胸に、顔を上げた。

 

「──しかしそれでは駄目なのだ、十六夜君」

「何っ?」

「金糸雀がラストゲームにかけた真意。今こそ理解した。そしていかにゲームの幕を引くべきなのかもッ! 金糸雀が残したその封印(のろい)……無理やりにでも解かねばならんのだ──!」

 

 山高帽を脱ぎ捨て、球体の中心を指す。

 途端、球体の世界は地響きを上げて急激に収縮し始めた。

 閉ざされた世界に逃げ道は無い。

 十六夜は驚愕の声を上げた。

 

「な、何をするつもりだお前……!?」

「この疑似境界を収縮させて無に還す。そうなれば主催者も参加者も関係ないッ!! 助かりたくば、私か世界そのものを破壊するかのどちらかしかないッ!!!」

 

 強固な決意を浮かべる“十字架の男爵”

 彼は両手を大きく広げ、十六夜に訴える。

 

「さぁ、どうする逆廻十六夜ッ!! 君は金糸雀と共に死の国へ向かうのか!? それは君の望むところではないはずだッ!! 死にたくないのなら未知の領域を見せてみろ!!!」

「っ……!」

 

 収縮せよ、

 収縮せよ、

 収縮せよと急かすように大地は軋みを上げ、やがて山のように詰みあがった空の瓦礫と、地上にある瓦礫の山がぶつかり合うほどの高さにまで収縮され、せめぎ合う。

 十六夜は何度も拳を振り下ろすが、閉ざされた世界を裂くには破壊力がまるで足らない。

 

「解ってるのか!? このまま敗北すれば無論、子供たちも死ぬ!! それでもいいのか!?」

「───っ……この糞メガネ……!」

 

 十六夜は奥歯を砕きそうなほど噛み締める。

 両腕の回転率を上げて乱打するが、それでも活路はまるで見えない。

 幾度も幾度も叩き付けるうちに、とうとう拳が砕けて血が滲む。

 

「この戯け!!! 星も砕けぬ一撃で、“神々の世界”が裂けるわけなかろうッ!!」

「だったらどうしろってんだよ糞メガネッ!!」

「言葉どおりだッ!! ()()()()()()()()()()()()()()()!! 君がギフトを使えば、脱出することぐらい訳もない!!」

 

 想像以上の要求と未知の言葉に、十六夜は面食らって驚いた。

 

「……ギフト……!?」

「そうだッ!! 君が今使っている力は、その上澄みの部分に過ぎないッ!」

 

 “十字架の男爵”の助言を受け、両腕を見つめる十六夜。

 

「俺の力が……ただの表層部分だと……?」

「そうだ……! 君の(うち)に眠る力があれば、確実に“神々の世界”を切り裂ける……!」

 

 十六夜は冷や汗を掻きながらも、気持ちは再び昂揚し始めていた。

 ──全力を出すなど、産声を上げたときにしか機会が無かった。

 それが今、余すこと無く力を振るって良いのだと言われたのだ。

 

(……裡の、力……!)

 

 昂揚感を胸に、無意識に右手を掲げた。

 そしえ無意識ゆえに気づく。

 この構えが、逆廻十六夜の力を引き出すのに適しているのだと。

 

「そうだ……それでいい。君はまだ自分のギフトを使いこなせないだろう。今はただ、闇雲に降り下ろすだけでいい」

 

 “十字架の男爵”は両手を広げ、燕尾服をなびかせながら見つめる。

 

「覚悟しろ……クロア=バロン──!!!」

 

 刹那、一条の光が十六夜の手中から現れ天地を引き裂いた。

 収縮していく世界の外殻をいとも容易く貫く光は、終わる世界を支える一本の柱にも見えた。

 その力に、“十字架の男爵”は確信する。

 

(そうだ……逆廻十六夜。君こそが人間として、神々の世界を打ち砕く存在。そして────忍音(シノビネ)が語っていた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──!!!)

   

 ──その瞬間。

 十六夜はついに自滅の道を辿っていた世界を己の手でこじ開け、境界を飛び出したのだった。

 

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