- The Another Origin -   作:青葉空太

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第3話 世界の果て

 

「ほんっ、と~~~に! 申し訳ありませんでした!」

「あ、ああ」

「ほらほら! この通り全然触れますよ! 全然イヤじゃないですよ!」

「わ、分かった分かった。分かったから少し落ち着こう。な?」

 

 現在、蛇神との苛烈(?)な激戦(?)を終えた後。

 日向にあらぬ心的ダメージを与えてしまった黒ウサギは、必死にその誤解を解こうと励んでいた。

 今は彼の両手を握ってブンブン上下に振り回している。

 その姿は若干空回りしているように見えなくもない。 

 現に日向もどう対応していいか分からず、黒ウサギの行動に困った笑みを浮かべていた。

 

「そんなに謝らなくても、もう気にしてないよ黒ウサギ。誤解だってことは分かったからさ」

「うう、ですが……」

 

 それでも不安そうに日向を見つめる黒ウサギ。

 彼女の上目遣いは、それだけで異性をノックアウトさせるには十分過ぎる破壊力だ。

 日向は大きくため息を吐くと、不意に真面目な表情黒ウサギの両肩を掴み、

 

「黒ウサギ」

「は、はいなっ!?」

 

 急に真剣な顔と声音で名前を呼ばれ、思わず胸をドキリとさせる黒ウサギ。

 日向は静かに語り始めた。

 

「いいか? 悪いのは黒ウサギじゃない」

「え?」

「黒ウサギはただ驚いただけだ。オーケー?」

「い、YES」

「ならむしろ諸悪の根源は、黒ウサギが驚くような原因を作った人物にあるとは思わないか?」

「た、確かに……!」

「つまりだ。この場合真の悪者とは……」

「わ、悪者とは?」

 

 日向はそこで一旦言葉を区切る。

 やがてカッ! と瞠目すると、

 

「黒ウサギにセクハラを働いた人物! 即ち、逆廻十六夜だ!」

「な、なるほど!」

「おい待てやコラ」

 

 十六夜が心底異議を唱えたそうに呼び止めるが、すでに黒ウサギのウサ耳には入らなかった。

 

「そうですそうです! 全ては十六夜さんがセクシャルハラスメントお馬鹿なせいなのです!」

「ほう? 責任転換の挙げ句人を馬鹿にするとはなかなか良い度胸じゃねえか黒ウサギ。マジでその胸揉みしだいてやろうか?」

「あ、あー。ところで十六夜さん。かなり強烈な一撃でしたけど、その蛇神様は生きてます?」

((逃げたな……))

 

 明後日の方向を見ながら白々しく話題を変える黒ウサギ。

 十六夜は小さく肩を竦め、

 

「ま、命までは取ってねえよ。戦いならともかく、殺すのは別段面白味もないしな。“世界の果て”にある滝を拝んだら、素直に箱庭に戻るさ」

「それならギフトだけでも戴いておきましょう。ゲームの内容はどうあれ、御二人は勝者です。蛇神様もきっと文句はないでしょうから」

「そうなのか?」

 

 日向が首を傾げて問いかける。

 黒ウサギは頷いて補足した。

 

「YES。神仏とギフトゲームを競い合う時は、基本的に3つの中から選ぶんですよ。最も標準的なのは“力”と“知恵”と“勇気”ですね」

「へえ。そう言えば、確かに最初はそんなことを言ってたな。十六夜のおかげで内容を聞く暇も無かったけどな」

「ヤハハ。褒めても何も出ねえぞ?」

「ハハハ。断じて褒めてないから結構だ。と、それはさて置き。今の話から推測するに、今回の場合はさしずめ“力”の分野に相当するのか?」

「YES! まあ、それでも普通力比べをする際には相応の相手が用意されるものなんですけども……何せ御二人はご本人を打倒されましたから。きっともの凄いギフトを戴けますよ! これで黒ウサギたちのコミュニティも、今より力を付けることが出来ます♪」

 

 ルンルン♪ とまるで小躍りでもしそうな足取りで蛇神に歩み寄る黒ウサギ。

 しかしそんな彼女の行く手を、どこか剣呑な面持ちの十六夜が阻んだ。

 黒ウサギはサッと反射的に胸を隠し、

 

「ど、どうしたんですか十六夜さん? ……ハッ! ま、まさか本当に黒ウサギの胸を揉みしだこうと!?」

「いい加減その話題から離れろこの駄ウサギ。心配しなくても、それはまたの機会にする」

「犯行予告!? 安心できません!」

「まあまあ」

 

 興奮する黒ウサギを宥める日向。

 黒ウサギは不承不承ながらも十六夜に対して問いかけた。

 

「むぅ~……それではどうされたのですか十六夜さん。怖い顔をされていますが、何かお気に障りましたか?」

「別にィ? お前の言うことは正しいぜ。勝者が敗者から賞品を受け取るのは、ギフトゲームとしては間違いなく真っ当なんだろうよ──けどな、黒ウサギ」

 

 ふっと、十六夜から軽薄な声と表情が完全に消える。

 応じて、黒ウサギも表情を硬くした。

 

「……お前、何かとても重要なことをずっと俺たちに隠してるだろ?」

 

 その瞬間、黒ウサギの胸中は心臓を掴まれたように飛び跳ねる。

 それでも動揺を悟られぬよう、辛うじて表面だけは取り繕って返答した。

 

「な、何のことでしょうか? 箱庭のことならお答えすると約束しましたし、ゲームのことも」

「十六夜の指摘はそこじゃないさ、黒ウサギ」

 

 不意に放たれた日向の言葉にまたもや大きく意表を突かれる黒ウサギ。

 思わず声が震えそうになるが、努めて素面を保ち冷静な声音で問い返す。  

 

「……どういうことです?」

 

 訝しげに日向を見つめる黒ウサギ。

 日向はポリポリと頬を掻いて苦笑を浮かべ、

 

「まあ、あんまり言いたくなさそうだったんで、俺としては無理に聞き出すつもりも無かったんだけどな。それでもあえて言わせてもらえば……そうだな。なあ黒ウサギ。どうしてお前たちは、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「──ッ!」

 

 何気なく告げられたその一言に、黒ウサギは今度こそ内心の動揺を隠せなかった。

 何せ今の問いは、これまで彼女が意図的に伏せていたものだったからだ。

 黒ウサギはギュッと胸の前で手を握り、何とかして誤魔化そうと試みる。

 

「そ、それは……先ほど説明した通りでございます。黒ウサギたちは皆さんにオモシロオカシイ生活を楽しんでいただこうと」

「おためごかしは止めろ、黒ウサギ」

 

 だが黒ウサギの思惑は、十六夜の鋭い眼光と舌鋒に台詞半ばで制される。

 伺えば十六夜の表情は、先ほどよりも一層の険しさを含んでいた。

 

「確かに初めは俺も純粋な好意か、もしくは与り知らない誰かの遊び心で召喚されたんだと思っていた。俺は大絶賛暇の大安売りをしていたし、日向にしたって、それなりの理由を以てこの世界に来ることを容認したんだろうよ。他の2人にしても然りだ。だからオマエの事情なんて気にしてなかったんだが──なんだかな。俺には、黒ウサギが必死に見える」

 

 黒ウサギの瞳は揺らぎ、虚を突かれたように見つめ返す。

 十六夜はさらに言葉を続けた。

 

「これは俺の勘だが……黒ウサギのコミュニティは弱小のチームか、もしくは訳あって衰退しているチームか何かじゃねえのか? だから俺たちは組織を強化するために呼び出された。そう考えれば今までの行動や、俺がコミュニティに入ることを拒否した時に本気で怒ったことにも合点がいく──どうよ? 全問正解だろ?」

「っ……!」

 

 黒ウサギは内心で痛烈に舌打ちした。

 この時点でそれを知られてしまうのはあまりに手痛い。

 苦労の末に呼び出した超戦力、手放すようなことは絶対に避けたかった。

 

「んで、この事実を隠していたってことはだ。俺たちにはまだ他のコミュニティを選ぶ権利があると判断出来るんだが、その辺どうよ?」

「……」

 

 黒ウサギは黙り込む。

 それを見た日向が、困ったように苦笑した。

 

「黒ウサギ。沈黙は是なり、だぞ?」

「まあいいさ。それなら俺は他のコミュニティに行くまでだ」

「や、だ、駄目です! 待ってください!」

 

 踵を返そうとした十六夜を、黒ウサギは慌てて呼び止める。

 足を止めた十六夜は、振り返った後に促した。

 

「なら、包み隠さず本当のことを話せ。少なくともそれを聞くまでは、俺がお前たちのコミュニティに入ることは絶対にないぜ?」

 

 黒ウサギは盛大に思い悩む。

 今のコミュニティの状態を話すには、あまりにリスクがデカ過ぎた。

 

(せめて気づかれたのがコミュニティの加入承諾を取ってからならよかったのに……!)

 

 それを得た後ならば、仮にコミュニティの現状を知られたとしてもそう簡単に脱退することはできない。

 当初の考えではそうしてなし崩し的にコミュニティの再建を手伝ってもらう心算だったのだが……何せくじ運が悪かった。

 相手は世界屈指の問題児集団なのだ。

 悩みに悩んだ黒ウサギは、せめてもと十六夜に言質を求める。

 

「……話せば、協力していただけますか?」

「ああ、()()()()()()

 

 ケラケラと笑うが、その目はやはり笑っていない。

 

「ひ、日向さんは?」

「んー……じゃあ、とりあえずは十六夜と同意見で」

 

 黒ウサギは諦めたように肩を落とすと、ウサ耳をへにょりと垂らして大きなため息を吐いた。

 

「はあ~……分かりました。それではこの黒ウサギもお腹を括って、精々オモシロオカシク、我々のコミュニティの惨状を語らせていただこうじゃないですか」

「なんだか急に投げやりになったな」

 

 日向は思わず苦笑する。

 黒ウサギはコホン、と咳払いをすると、改めて自分たちの境遇を語り始めた。

 

「まず、私たちの組織には名乗るべき“名”がありません。よって呼ばれる時は名前の無いその他大勢、“ノーネーム”と言う蔑称で称されます」

「へえ……その他大勢扱いかよ。それで?」

「次に私たちには、コミュニティの誇りである旗印もありません。この旗印というのはコミュニティのテリトリーを示す大事な役割も担っています」

「なるほど。まさに無い無いづくしってわけか」

「YES。そして“名”と“旗印”に続いてトドメに、中核を成す仲間たちは1人も残っていません。もっとぶっちゃけてしまえば、ゲームに参加出来るだけのギフトを持っているのは122人中、黒ウサギとジン坊ちゃんだけで、後は10歳以下の子供ばかりなのですヨ!」

「「もう崖っぷちだな!」」

「ホントですねー♪」

 

 2人の無慈悲な言葉にウフフと笑う黒ウサギは、ガクリと膝をついてうなだれる。

 口に出してみると本当に自分たちのコミュニティが末期なのだなーと思わずにはいられなかった。

 そこに日向が、少々不思議そうに尋ねる。

 

「けど、どうしてそんなに子供だらけなんだ? まさか日銭稼ぎに託児所をやってるって訳でもないんだろ?」

 

 黒ウサギは沈鬱そうに頷いた。

 

「彼らの親は、“名”や“旗印”と同じく奪われたのです。箱庭を襲う最大の天災──“魔王”によって」

「「ま、……マオウ!?」」

 

 黒ウサギの発言に日向と十六夜は声を揃えて驚くが、内心は対照的だった。 

 日向はまた大層な存在がいたもんだと呆れ交じりに苦笑を浮かべ、一方の十六夜はまるでショーウィンドに飾られる新しいおもちゃを見た子供のように目を輝かせている。

 我慢ならずといった様子で、十六夜は興奮気味に問い詰めた。

 

「魔王! なんだよそれ、魔王って超カッコイイじゃねえか! 箱庭にはそんな素敵ネーミングで呼ばれる奴がいるのか!?」

「え、ええまあ。けど十六夜さんが思い描いている魔王とは差異があると……」

「そうなのか? けど魔王なんて名乗るんだから強大で凶悪で、全力で叩き潰しても誰からも咎められることの無いような素敵に不敵にゲスい奴なんだろ?」

「なんだか、俺にはお前の方が魔王と呼ぶに相応しいような気がしてきたぜ……」

 

 日向の呟きもさておき、黒ウサギは十六夜の疑問に回答を述べる。

 

「ま、まあ……確かに倒したら多方面から感謝される可能性はございます。また条件次第では隷属させることも可能ですし」

「へえ?」

「魔王は“主催者権限(ホストマスター)”という箱庭における特権階級を持つ修羅神仏で、彼らにギフトゲームを挑まれたが最後、誰も断ることが出来ません。私たちは“主催者権限”を持つ魔王のゲームに強制参加させられ、コミュニティは……コミュニティとして活動していくために必要な全てを奪われてしまいました」

 

 これもまた比喩ではない。

 黒ウサギたちのコミュニティはその地位も名誉も仲間も、全てを奪われたのだ。

 残されたのは空き地だらけと化した廃墟と、幼い子供たちだけである。

 しかし十六夜は同情する素振りもなく、ふと思いついた疑問を投げかけた。

 

「ふーん。ま、確かに名前も旗印も無いってのは不便だな。何より縄張りを主張できないのは手痛いだろ。新しく作ったら駄目なのか?」

「そ、それは」

 

 黒ウサギは言い淀んで両手を胸に当てる。

 十六夜の指摘は正しい。

 名も旗印も無いコミュニティは誇りを掲げることもできず、名に信用を集めることもできない。

 この箱庭の世界において名と旗印が無いということは、周囲に組織として認められないのと同義である。

 だからこそ黒ウサギたちは、異世界から同士の召喚という最終手段に望みを掛けていたのだ。

 

「か、可能です。ですが改名はコミュニティの完全解散を意味します。しかしそれでは駄目なのです! 私たちは何よりも……仲間たちが帰ってくる場所を守りたいのですから……!」

 

 仲間の帰る場所を守りたい。

 それは黒ウサギが初めて口にした、掛け値の無い本心だった。

 “魔王”とのゲームによって居なくなった仲間たちの帰る場所を守るため、彼女たちは例え周囲から蔑まれることになろうとも、コミュニティを守るという誓いを立てたのだ。

 

「茨の道ではあります。けど私たちは仲間が帰る場所を守りつつ、コミュニティを再建し……いつの日か、コミュニティの名と旗印を取り戻して掲げたいのです。そのためには御二人のような強大な力を持つプレイヤーを頼るほかありません! どうかその力を、我々のコミュニティに貸していただけないでしょうか……!?」

「……ふぅん。魔王から誇りと仲間をねえ」

「それが黒ウサギたちの目的か……」

 

 深々と頭を下げて懇願する黒ウサギ。

 しかしそんな彼女の必死の告白にも、十六夜は気のない声で返す。

 日向もまた、何かを思案するようにどこか遠くを見つめていた。

 そんな彼らを見て黒ウサギは肩を落とし、思わず泣きそうな表情になる。

 

(もしここで断られたら……私たちのコミュニティはもう……!)

 

 黒ウサギは唇を強く噛み締める。

 こんなことになるのなら、初めから話せば良かったと今更ながら後悔する。

 そんな彼女を尻目に、肝心の2人は三分間たっぷりと黙り込んだ後、同時に呟いた。

 

「いいな、それ」

「よし、なら黒ウサギのコミュニティに加入するか」

「──────…………は?」

 

 黒ウサギは思わず素っ頓狂な声を上げる。

 それを見た十六夜は不満ありげに指摘する。

 

「HA? じゃねえよ。だから協力するって言ってんだ。もっと喜べ黒ウサギ」

「え……あ、あれれ? 今の流れってそんな流れでございました?」

「さあ? あれ、それともやっぱり俺たちはいらないのか? それなら他のコミュニティに行く──」

「だ、駄目です駄目です、絶対に駄目です! 日向さんも十六夜さんも、私たちには必要です!」

「素直でよろしい。ほれ、さっさとあのヘビを起こしてとギフトを貰ってこい。その後は川の終端にある滝と、“世界の果て”を見に行くぞ」

「は、はい!」

 

 十六夜に促されると、黒ウサギは嬉しそうに跳躍して蛇神の上に乗り、顎の辺りに移動する。

 遠巻きに何かを話す姿を眺めていると、直後に青い光が周囲に満ち始めた。

 やがて光の源が蛇神の頭から黒ウサギの手に移ると、ピョンと跳ねて2人の前に戻って来る。

 

「きゃーきゃーきゃー♪ 見てください! こんな大きな水樹の苗を貰いました! コレがあればもう余所のコミュニティから水を買う必要もなくなります! みんな大助かりです!」

 

 ウッキャー♪ と奇声を上げながら、黒ウサギは水樹と呼ばれる苗を抱きしめてクルクルと嬉しそうに跳び回る。

 2人にコミュニティや箱庭の事情は分からないが、彼女にはとても重要なものらしい。

 水を差すようで悩んだが、日向は気になったことを尋ねた。

 

「喜んでるところ申し訳ないんだが、1つだけ聞いてもいいか?」

「どうぞどうぞ! 今なら1つと言わず3つでも4つでもお答えしますよ~♪」

「それは三段腹なことだな」

「誰が三段腹ですか!」

「そうだぞ十六夜。せめて二段腹と」

「そういう問題でもありませんよ!?」

 

 ダブルでぼける2人に全力でツッコミを入れる黒ウサギ。

 怒ったり喜んだりと、忙しないウサギである。

 日向は悪い悪いと謝りつつ、疑問の続きを口にする。

 

「まあ、別に大したことじゃないんけどな。そんなに欲しかったんなら、どうして黒ウサギがあの蛇神に挑まなかったんだ? 黒ウサギなら余裕で倒せるだろ?」

 

 お? と少し驚いたような反応を見せた後、一転して冷めた目をする黒ウサギ。

 

「ああ……そのことでございますか。説明しますと、それはウサギたちが“箱庭の貴族”と呼ばれることに由来します。ウサギ達は“主催者権限”と同じく“審判権限(ジャッジマスター)”と呼ばれる特権を所持できるのです。“審判権限”を持つ者がゲームの審判を務めた場合、両者は絶対にギフトゲームのルールを破る事が出来なくなり……いえ、正しくは破ったその場で違反者の敗北が決定します」

「へえ? そいつはいい話だな。つまり黒ウサギと共謀すれば、ギフトゲームで無敗になれる」

 

 十六夜の思いつきに、黒ウサギは首を横に振る。

 

「いえ、それは違います。ルール違反=敗北なのです。ウサギの耳は箱庭の中枢と繋がっております。つまり黒ウサギたちの意志とは無関係に敗北が決定して、チップを取り立てることが出来るのです。それでも無理と判定を揺るがすと……」

「揺るがすと?」

「爆死します」

「「爆死するのか」」

 

 2人揃っての反応に、黒ウサギは大きく頷いて説明を続ける。

 

「それはもう盛大に。“審判権限”の所持はその代償としていくつかの“縛り”がございます」

 

 ──1つ。ギフトゲームの審判を務めた日より数えて15日間はゲームに参加できない。

 

 ──2つ、“主催者”側から認可を取らなければ参加できない。

 

 ──3つ、箱庭の外で行われているゲームには参加できない。

 

「……と、まあ他にも色々ありますけど。蛇神様のゲームに挑めなかった大きな理由はこの3つですね。それに黒ウサギの審判稼業はコミュニティで唯一の稼ぎでしたから、必然的にコミュニティのゲームに参加する機会も少なかったのデスよ」

「なるほどな」

「実力があってもゲームで使えないカードじゃ仕方ないか」

 

 日向は頷いて納得し、十六夜は肩を竦めて川辺を歩き始める。

 目的は世界の果てにあるトリトニスの大滝だ。

 身の丈程もある水樹の苗を抱えた黒ウサギも、それに続いて小走りで追いつく。

 

「そう言えば、その苗結構重そうだな。俺が代わり持つよ」

「え? あ、ありがとうございます」 

       

 優しげに笑う日向に少しだけ照れながら、黒ウサギは水樹の苗を手渡した。

 そこで彼女は、先ほどよりずっと疑問に思っていたことを口にだす。

 

「あの、黒ウサギも1つ、御二人にお聞きしたいことがあります」

「却下。嘘。どうぞ」

「右に同じく」

「え? ああ、はい。御二人はどうして黒ウサギたちに協力してくれるのです?」

 

 その問いに、最初に応えたのは十六夜だ。

 

「んー……答てもいいけど、ただ答えるのはつまらんな。質問を変えるが、黒ウサギはどうして俺が“世界の果て”を見てみたいのだと思う?」

 

 黒ウサギは大股で歩きつつ、大仰に考えたふりをして回答する。

 

「やっぱり……面白そうだからでしょうか? 十六夜さんは自称快楽主義者ですし」

「半分正解。なら、俺はどうして面白いと感じたんだろうな?」

 

 むむ~と今度は半分本気で悩む黒ウサギ。

 

「ハイ、タイムアウト」

「制限付き!? だ、駄目ですよ! ゲームの時間制限は最初に提示されない限り違反です!」

「マジか? じゃあ黒ウサギは爆死するのか?」

「お気の毒に……君のことは忘れない」

「なんで私が爆死するんですか!?」

 

 黒ウサギをからかいながら、3人は川辺を進んで行く。

 日向、十六夜、飛鳥、耀の4人が箱庭の世界に呼び出されてからすでに4時間が経つ。

 陽は徐々に落ちて夕暮れになろうとしていた。

 

「なら、日向はどうだ? どうして俺が“世界の果て”を見たいんだと思う?」

「んー、そうだなあ……」

 

 質問が回ってきた日向は、別段真剣に考える様子もなく、地平線に沈む太陽を眺めて答える。

 

「これは十六夜のっていうよりも、俺自身の答えになりそうな気がするけど……強いて言うなら、“心を満たしたいから”かな」

「ほう」

 

 日向の解答に、十六夜は素直に感心したような声を漏らす。

 未だ納得のいかない黒ウサギは自分だけ仲間外れにされたようで焦り、堪らずに正解を求めた。

 

「そ、それで結局のところ、十六夜さんが“世界の果て”を見たい理由ってなんです?」

「そうだな。一言で言っちまえば日向の言う通りなんだが……簡単に説明すると“ロマンがあるから”だな。俺の元居た世界は先人様方がロマンというロマンを掘り尽くして、俺の趣向に合うものがほとんど無かったんだよ。だからこの世界になら、()()()凄いものがあるかもしないと思ったのさ。事実、それはすぐに見つかったしな」

 

 そう言って十六夜は日向へ目を向ける。

 その獲物を見つけた肉食獣のような視線に、日向はおどけるように肩を竦めた。

 

「だからつまり“世界の果て”を見に行くのは、生きていくのに必要な感動を補充しに来たってところかな」

「な、なるほど。十六夜さんはロマンのあるものを見て感動したいのですね」

「ああ。感動に素直に生きるのは、快楽主義の基本だぜ?」

「そうですか……んん? あれ、じゃあ十六夜さんが黒ウサギに協力してくれるのは、」

「だいぶ陽が暮れてきたな。日が落ちると虹が見えないかもしれないし、急ぐぞ」

 

 河辺を歩く速度を変えた十六夜に、日向と黒ウサギは慌てて追いつく。

 日向はそんな彼の背中を見つめながら、「素直じゃないな」と小さく呟いて苦笑した。

 

(ロマンがあるから……か)

 

 沈む太陽を眺めながら、日向は心中で思う。

 黒ウサギ曰く、この箱庭の太陽は天動説に基づいて廻っているらしい。

 その太陽までもが神造で、箱庭の上層部には太陽の主権を賭けたゲームまであるそうだ。

 

 ──全ての常識が非常識で、全ての日常が非日常足り得る世界。

 

 それがこの“箱庭”の世界なのだ。

 十六夜は日向の答えを自分と同じく“ロマンを求める”という解釈で捉えたが、厳密に言えば少し違う。

 日向が得たいのは感動ではなく、自分の存在を肯定してくれる原動だ。

 自分に匹敵する存在が無かったために世界に否定され続けた彼は、それを見つけることで自らを肯定したいのである。

 無論純粋な感動を求める心も確かにあるが、根本的な部分で十六夜のソレとは異なっていた。

 

 しかし──

 

「お……!」

 

 十六夜が歓声を上げる。

 彼らがたどり着いたトリトニスの大滝は、夕焼けの光を浴びて朱色に染まり、跳ね返る激しい水飛沫が数多の虹を創り出していた。 

 楕円形のようにも見える滝の河口は遙か彼方まで続いており、流水は“世界の果て”を通って無限の空に投げ出されている。

 絶壁から舞い散る激しい水飛沫と風に煽られながら、黒ウサギが説明した。

 

「どうです? 横幅の全長は約2800mもあるトリトニスの大滝でございます。こんな滝は御二人の故郷にもないのでは?」

「……ああ、素直にすげえな。ナイアガラのざっと2倍以上の横幅ってわけか。この世界の果ての下はどんな感じになってるんだ? やっぱり大亀が世界を支えているのか?」

 

 一部の天動説の下地では、世界は球体ではなく水平に広がり、大亀の背中に背負われているというものがある。

 十六夜はそれが気になっているのだろう。

 同じく興味の沸いた日向は、楽しそうに断崖絶壁に顔を出す。

 

「どれどれ……って、下にも空があるぞ?」

 

 日向が覗いた先には大亀の姿は無く、絶壁の下も夕焼けで染まった空が広がっていた。

 それを見た黒ウサギが苦笑しながら説明する。

 

「残念ながら、この世界を支えているのは“世界軸”と呼ばれる柱でございます。何本あるかは定かではありませんが、1本は箱庭を貫通しているあの巨大な主軸です。この箱庭の世界がこのように不完全な形で存在しているのは、どこかの誰かが“世界軸”を1本引き抜いて持ち帰った、という伝説もあるのですが……」

「ハハ、それはすげえな。ならその大馬鹿野郎に感謝しねえと」

 

 そんな2人のやり取りを見やりつつ、日向が思いついたように問いかけた。

 

「トリトニスの大滝、って言ったよな。ここを上流に遡れば、もしかしてアトランティスがあったりするのか?」

「さて、どうでしょう。箱庭の世界は恒星級の表面積という広大さに加え、黒ウサギは箱庭の外のことはあまり存じあげません。しかし……箱庭の上層にコミュニティの本拠を移せば、閲覧できる資料の中にそういうものもあるかもですよ?」

「ハッ。オイオイ、知りたければそこまで協力しろってことか?」

「いえいえ。十六夜さんがロマンを追求するのであれば、という黒ウサギのささやかな勧めでございますヨ?」

「それはどうもご親切様」

 

 そう言って絶景を楽しむためのポイントを探し始めた十六夜は、ふと思い出したように尋ねる。

 

「そう言えば、結局日向が黒ウサギたちに協力する理由って何なんだ?」

「あ! 黒ウサギも聞きたいです!」

「ん? ああ、別に大した理由じゃないけどな」

 

 太陽が沈むにつれてより色濃く朱色に染まるトリトニスの大滝を見つめながら、日向は微笑んで答える。

 

「1番の理由は、純粋に黒ウサギたちの力になりたいと思ったからだな。正直なところ、黒ウサギに心を動かされた」

「そ、それはどうも、ありがとうございますなのですヨ……」

 

 不意打ち気味の日向の台詞に、ウサ耳まで真っ赤に染めて照れる黒ウサギ。

 十六夜はそれを面白そう眺めつつ、再度日向に問いかけた。

 

「んで? 一番じゃない理由は?」

「あー……それこそ、本当に大したものじゃないんだけどな」

 

 頬をかいて苦笑しながら、日向は地平線を見据えて懐かしそうに瞳を細める。

 思い出すのは彼女の記憶。

 自分に全てを与えてくれた人との、共に歩んだ大切な思い出。

 世界で唯一自分を認めてくれた人と交わした、たった1つの約束だ。

 

 彼女は言った。

 

『──いつか、君を認めてくれる世界が、君を必要としてくれる人々が、きっとどこかに現れる。君のその力は、絶対に呪いなんかじゃない。君は決して、いなくてもいい存在なんかじゃない。君のその力は、誰かのために振るえる力だ。そして君は、それが出来る優しい心を持っている。私が言うんだから間違いないさ。だからもしそんな世界に、そんな人々に出会えたのなら、君の力で守ってあげてね』

 

 そして、彼は望んでいた。

 

 自分を許容してくれる世界を。

 自分が平凡でいられる日常を。

 

 それは17年間、日向が抱き続けた夢。

 そして17年目にして、ようやく叶った夢。

 

 だからこそ、日向は新たに誓いを立てる。

 

 自分を認めてくれる世界があった。

 自分を必要としてくれる人々がいた。

 ならば自分は命を賭けて──“黒ウサギたち”を守ろうと。

 

「けどまあ今は──」

 

 ──今だけは、素直に世界を楽しもう。

 今だけは心の赴くままに、この感動を享受しよう。

 なぜなら自分を認めてくれる存在は、もうすぐそばにあるのだから。 

 だからこそ日向は、朗らかに笑って告げたのだった。

 

「約束をしたからな。俺はその約束を、絶対に守りたいんだ」

 

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