- The Another Origin -   作:青葉空太

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第4話 サウザンドアイズ

 

 ──箱庭二一〇五三八〇外門。

 ──ペリペッド通り・噴水広場。

 

 日は完全に暮れ落ちて、箱庭の都市にはすでに夜の帳が下りていた。

 街中を道行く住民の姿もまばらとなり、家屋の窓にはポツポツと明かりがつき始めている。

 この外門は“世界の果て”と向かい合わせになっているため、他の地域と比べてもあまり栄えているとは言い難い。

 昼時ですら閑散としていることが多く、夜にもなれば自然と静まり返ることがほとんどだ。

 しかしこの日だけは、普段とは少々違った装いを呈していた。

 

「な、な、な、何やっちゃってんですかこのお馬鹿様方あああああぁぁぁ!!!」

 

 スパパパアーンッ!!

 

 と、軽快なハリセンの音が3発連続で響き渡る。

 あの後無事に日向と十六夜を連れ戻し、噴水広場で飛鳥たちと合流を終えた黒ウサギは、それまでの経緯を聞くや否や案の定ウサ耳を逆立てて怒りだした。

 

「本当にもう! どうしてこの短時間で“フォレス・ガロ”のリーダーと接触した挙げ句、更には喧嘩を売るような状況になっているんですか!?」

「あ、ちなみにゲームの日時は明日だから」

「!?」

「舞台も敵の領地内」

「!?」

「内容も向こうが指定すると……」

「!?」

 

 次々と明かされる新事実に、黒ウサギはパクパクと口を開け閉めさせる。

 やがて顔を俯け、徐々に肩を震わせ始めた。

 今すぐにでも怒髪天を衝きそうな勢いだが、それでも何か止むに止まれぬ事情があったのではないかと期待して、

 

「……御三人共、何か申し開きはありますか?」

「「「ムシャクシャしてやりました。今は反省しています」」」

「この問題児様方あああああぁぁぁ!!!」

 

 ズパパパアァァァンッ!!!

 

 と更に激しくハリセンを走らせる結果になった。

 黒ウサギは軽く半泣き状態で訴える。

 

「もう! もう! 一体どうするんですか! ゲームの日取りが明日では、準備している時間もお金もありませんよ!」

 

 噛みつかんばかりに食ってかかる黒ウサギ。

 その前でツーンと顔を背けている飛鳥たち。

 そんな彼らのやり取りを控えて見守っていた十六夜は、ニヤニヤと笑いながら口を挟んだ。

 

「そんなに腹を立てるなよ黒ウサギ。お嬢様たちにしたって、別に誰彼構わず喧嘩を仕掛けたわけでもねえんだろ? 大目に見てやればいいじゃねえか」

「そ、そういうわけにもいきません! 十六夜さんは面白ければいいと思っているかもしれませんが、このゲームで得られるのは自己満足だけなんですよ? この“契約書類(ギアスロール)”を見てください」

 

 黒ウサギは手に持った羊皮紙を十六夜に向ける。

 そこには次のように記述されていた。

 

 

 

***

 

 1、参加者側が勝利した場合、主催者側は

   参加者側の言及する全ての罪を認め、

   箱庭の法で正しい裁きを受けた後、

   コミュニティを解散する。

 

 2、主催者側が勝利した場合、参加者側は

   主催者側の罪を今後一切黙認する。

 

 

 

***

 

「……あー、これは本当に自己満足だな」

 

 書類の内容を覗き込んで確認した日向は、苦笑して黒ウサギの言葉に同意する。

 十六夜も同じく肩を竦め、

 

「ま、俺もそれについちゃ異論はねえよ。今回の顛末を聞く限り、その“フォレス・ガロ”ってコミュニティはすでに沈みかけの船だ。鼠が住処を捨てて逃げ出すのも時間の問題だろ」

「そうだな。何せ各コミュニティから攫っていた子供たちを手に掛けたことを、よりにもよって公の場で公表させられたんだ。確たる証拠がある以上、言い逃れだって出来ないだろうしな」

 

 日向と十六夜は事態を整理した上で客観的な見解を述べる。

 しかしそんなことは百も承知だと、飛鳥は傲慢な態度で自らの胸中を告げた。

 

「ええ、確かに貴方たちの言う通りよ。こうして私たちが手を下さずとも、いずれあのエセ虎紳士はその罪を糾弾されていたでしょう。だけどそれには時間がかかるのも事実。あの外道を裁くのに、そんな時間をかけたくないの」

 

 飛鳥の意見にも一理ある。

 もともと箱庭の法は、あくまで箱庭の都市内でのみ有効とされるものなのだ。

 都市の外は無法地帯と化しており、様々なコミュニティがそれぞれ独自の裁量で生活している。

 仮にそこへ逃げ込まれれば、箱庭の法で裁くことは不可能だろう。

 しかし“契約書類”による強制執行であれば、たとえ世界の果てまで逃げようともその強力な“契約(ギアス)”の力によって縛られるため、今回の張本人であるガルド=ガスパーを必ず追いつめることが可能となる。

 黒ウサギもそれを理解しているからこそ、飛鳥たちを頭ごなしに叱ることが出来ないでいるのだ。

 だが結局悩みに悩んだ末、黒ウサギは彼女たちの言い分を認めることにした。

 無論全てに納得した訳ではないが、少なくとも今回の件に関して言えば、それほど大事には至らないだろうという打算があったからだ。

 

 その理由とは言わずもがな、日向と十六夜の存在である。

 

 彼ら両名のどちらかでもプレイヤーとしてゲームに参加すれば、ガルド程度の相手であれば万が一にも勝利が揺らぐことは無いだろう。

 それは彼らに対する掛け値の無い、黒ウサギの正当な評価だった。

 そんなわけで黒ウサギは、期待を込めた目線を2人に向けたのだが──

 

「は? 言っとくけど、俺は参加しねえよ?」

 

 彼女の心積もりは、怪訝な顔で発された十六夜の言葉によって、ものの見事に打ち砕かれた。

 

「当たり前よ。アナタなんて参加させないわ」

 

 その言葉にフン、と鼻を鳴らして応える飛鳥。

 黒ウサギは慌てて2人の間に割って入る。

 

「だ、駄目ですよ! 御二人はコミュニティの仲間なんですから、ちゃんと協力しないと!」

「そういうことじゃねえよ黒ウサギ」

 

 しかし黒ウサギの呼びかけは、十六夜の真剣な声によって制された。

 

「いいか? この喧嘩は、コイツらが()()()。そしてヤツらが()()()。なのに俺らが手を出すのは無粋だって言ってるんだよ」

「あら、分かっているじゃない」

 

 十六夜の発言に満足気に微笑む飛鳥だったが、黒ウサギの心中はそれどころではない。

 今回のギフトゲームに対する心配度が一気に跳ね上がった彼女は、最後の希望とばかりに未だ明確な意志を示していない、もう1人の人物に望みを掛けた。

 

「あの、ひ、日向さん! 日向さんはもちろん参加しますよね! ね!」

 

 ズズイと日向の前に身を乗り出し、上目遣いに懇願する黒ウサギ。

 言外に「お願いしますぅ! 日向さんだけが頼りですぅ!」と訴えてくる黒ウサギに、日向は若干目のやり場に困りながら、苦笑気味に返答した。

 

「まあ、俺も基本は十六夜と同意見だけどな……飛鳥たちが必要なら参加するよ」

 

 それに対する飛鳥の回答は、やはり決まりきっていた。

 

「気持ちは嬉しいけど、結構よ」

「だってさ」

「あうあう……もう、好きにしてください」

 

 ここまで彼らに振り回されっぱなしの黒ウサギは、もはやまともに言い返す気力も残っておらず、もうどうにもなれと諦めの境地で肩を落とす。

 その様子を見かねた日向が慰めるように彼女のウサ耳を優しく撫でると、黒ウサギは「びなだざーん」と本気で泣きながら彼の胸に抱きついた。

 そんな彼女の様子を見た門題児たちは少しだけ、本当に少しだけ今後は自重しようかと、心の中でそっと謝罪をしたのだった。

 

 

 

***

 

「それでは、そろそろ参りましょうか。本当は皆さんのために素敵なお店を予約していたのですけども……色々と予想外の出来事が多すぎて、本日はお流れとなってしまいました。また後日、改めてきちんと歓迎を」

「別に無理しなくてもいいわよ。コミュニティの現状なら、すでに根ほり葉ほり聞いているから」

 

 驚いた黒ウサギはすかさずジンに向き直る。

 彼の浮かべる申し訳なさげな顔に、すでに飛鳥たちはコミュニティの事情を知っているのだと理解する。

 ウサ耳まで赤くした黒ウサギは、恥ずかしそうに頭を下げた。

 

「も、申し訳ございません。皆さんを騙すのは気が引けたのですが……黒ウサギたちも必死だったのです」

「もういいわ。私は組織の水準なんてどうでもよかったもの。春日部さんはどう?」

 

 黒ウサギは恐る恐る耀の顔をうかがう。

 耀は無関心なまま首を左右に振った。

 

「私も怒ってない。そもそもコミュニティがどうの、というのは別にどうでも……あ、けど」

 

 思い出したように迷いながらも呟く耀。

 ジンは身を乗り出しながら提案する。

 

「どうぞ気兼ねなく聞いてください。僕らに出来ることなら最低限の用意はさせてもらいます」

「そ、そんな大それたものじゃないよ。私はただ……毎日三食お風呂付きの寝床があればいいな、なんて思っただけだから」

 

 カチン、とジンの表情が固まった。

 この箱庭では水1つ手に入れるにも金銭を支払うか、あるいは数キロmも離れた先の大河から汲んで来なければならない。

 現状日々の生活を送るのがやっとの“ノーネーム”では、当然お風呂に使えるような余分な水など無かった。

 察した耀は慌てて取り消そうとしたが、先に黒ウサギが嬉々とした顔で水樹を持ち上げた。

 

「それなら大丈夫です! 日向さんと十六夜さんがこんな大きな水樹の苗を手に入れてくれましたから! これで水を買う必要もなくなりますし、水路を復活させることも出来ます♪」

 

 満面の笑みで語る黒ウサギの言葉に、ジンと耀は一転して表情を明るくした。

 また口には出さずとも、隣で話を聞いていた飛鳥も安堵したように息を吐く。

 女性である彼女たちからしてみれば、食事はともかくお風呂の有無は死活問題に関わるのだろう。

 ここは自分たちの暮らしていた世界とは違うのだと、改めて実感を得た瞬間だった。

 

「でも、それならよかったわ。今日は理不尽に湖へ投げ出されたから、お風呂には絶対に入りたいと思っていたところよ」

「それには同意だぜ。あんな手荒い招待は二度と御免だ」

「あう……それは黒ウサギの責任外のことなのですよ……」

 

 飛鳥や十六夜の責めるような視線に、思わずウサ耳を伏せる黒ウサギ。

 ジンは隣で苦笑する。

 

「あはは……それじゃあ今日は、このままコミュニティへ帰る?」

「あ、ジン坊ちゃんは先にお帰りください。ギフトゲームが明日なら“サウザンドアイズ”に皆さんのギフト鑑定をお願いしないと。この水樹のこともありますし」

 

 日向たち四人は首を傾げて聞き直す。

 

「“サウザンドアイズ”? それもコミュニティの名前なのか?」

「YES。“サウザンドアイズ”とは多くが特殊な“瞳”のギフトを持つ者たちの群体組織。箱庭の東西南北・上層下層の全てに精通する超巨大商業コミュニティです。幸いこの近くに支店がありますし」

「ギフトの鑑定と言うのは?」

「もちろん、ギフトの秘めた力や起源などを鑑定することデス。自分の力の正しい形を把握していた方が、引き出せる力はより大きくなります。皆さんも自分の力の出処は気になるでしょう?」

 

 同意を求める黒ウサギだったが、当の日向たちは複雑な表情を浮かべて返す。

 思うところはそれぞれあるだろうが、拒否する声は上がらなかった。

 やがて5人と1匹は、足並みを揃えて“サウザンドアイズ”に向かい始める。

 

「……自分の力の正しい形、か。さて、何か分かるかな?」

 

 そんな日向の呟きは誰に届くことも無く、流れる風の中に溶けて消えたのだった。

 

 

 

***

 

 商店に向かいながら進む石造りの通りでは、脇に埋められた街路樹が美しい桃色の花を散らしていた。

 日が暮れて月と街灯ランプに照らされているその並木を、飛鳥は不思議そうに眺めて呟く。

 

「桜の木……ではないわよね? 花弁の形が違うし、そもそも真夏になっても咲き続けているはずがないもの」

「いや、まだ初夏になったばかりだぞ。気合いの入った桜が残っていてもおかしくないだろ」

「……今は秋だったと思うけど」

「皆どうしたんだ? 今は普通に春なんだし、桜が咲いてるのも当たり前だろ?」

 

 ん? と4人は顔を見合わせて首を傾げる。

 黒ウサギは笑って説明する。

 

「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのデス。元いた時間軸以外にも歴史や文化、生態系など、所々違う箇所があるはずですよ」

「へえ? パラレルワールドってやつか?」

「近しいですね。正しくは立体交差平行世界論というものなのですけども……今からコレの説明を始めますと1日2日ではしきれないので、またの機会ということに」

 

 そう言って曖昧に言葉を濁す黒ウサギに、日向は顎に手を添えて考えるように問いかけた。

 

「要約すると、この箱庭はあらゆる時間軸と世界線の象徴である……と考えられるのか?」

「確かに、そうとも言えるかもしれませんね」

「なるほど……まるでアカシックレコードだな」

「ヤハハ! 確かにな。それなら本当に、この世界を支える大亀がどこかにいたりしてな」

「そうだな。あるいは、自らの尾を食らう蛇……とかな」

 

 何気なく口にした日向の言葉は、誰の耳にも残らず静かに消えて無くなった。

 若干置いてけぼりの飛鳥と耀であったが、そうこうしている内にどうやら目的地の店まで着いたらしい。

 商店の旗には、蒼い生地に互いが向かい合う2人の女神像が記されている。

 あれが“サウザンドアイズ”の旗なのだろう。

 日が暮れて看板を下げる割烹着の女性定員に、黒ウサギは滑り込みでストップを、

 

「まっ」

「待った無しです御客様。 うちは時間外営業はやっていません」

 

 ……かけることすら出来なかった。

 黒ウサギは悔しそうに店員を睨みつける。

 流石は超大手の商業コミュニティ。

 押し入る客の拒み方にも隙が無い。

 

「なんて商売っ気の無い店なのかしら」

「ま、まったくです! 閉店時間の5分前に客を閉め出すなんて!」

「文句があるならどうぞ他所へ。あなた方は今後一切の出入りを禁じます。出禁です」

「で、出禁!? これだけで出禁とか御客様を舐めすぎなのでございますよ!?」

 

 キャーキャーと喚く黒ウサギに、店員は冷めた眼と侮蔑を込めた声音で告げる。

 

「なるほど、“箱庭の貴族”であるウサギの御客様を無下にするのは失礼ですね。中で入店許可を伺いますので、コミュニティの名前をよろしいでしょうか?」

「……う」

 

 一転して言葉に詰まる黒ウサギ。

 しかし十六夜は、躊躇うことなく身分を名乗る。

 

「俺たちは“ノーネーム”って名前のコミュニティなんだが」

「ほほう。それはどこの“ノーネーム”様でしょう。よかったら旗印を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 ぐっ、と十六夜は黙り込む。

 黒ウサギが言っていた“名”と“旗印”がないコミュニティのリスクとは、正にこのような状況のことだった。

 

(ま、まずいです。“サウザンドアイズ”の商店は“ノーネーム”御断りでした。このままだと本当に出禁にされるかも)

 

 力のある商店だからこそ、彼らは客を選ぶ。

 信用できない客を扱うリスクを、彼らは決して冒さない。

 全員の視線が黒ウサギに集中する。

 彼女は心の底から悔しそうな顔を浮かべ、自分たちには“名”も“旗印”も無いと語ろうして──ふと視線を向けた時、日向がじっと女性定員を見つめていることに気がついた。

 

「あ、あの、どうしたんですか日向さん?」

 

 思わず問いかける黒ウサギ。

 日向は半ば反射的に答えた。

 

「ん? ああいや。この人って凄く綺麗なのに、顔をしかめて勿体ないなと思ってさ。笑った顔の方がきっと魅力的なのにな」

「はい?」

「おお?」

「え?」

「あれ?」

「────────………………は?」

 

 日向の予想外の発言に、黒ウサギ、十六夜、飛鳥、耀、そして最後に女性定員の順に、全員が一瞬鳩が豆鉄砲をくらったような顔になる。

 

「……ハッ!」

 

 そのまま静寂が場を包み込むこと数十秒。

 ふと我に返った日向は、自分が無意識とは言えいかにとんでもない発言をしてしまったかにようやく気づき……が、時すでに遅しであった。

 

「な、ななななななな!」

 

 ボンッ! と顔を真っ赤に染めて、壊れた人形のように声を震わす女性店員。

 これまで仕事ひとすじでそういった経験はあまり無かったため、日向の台詞は不意打ちも相まって想像以上に堪えたようだ。

 珍しく動揺を露わにしながら、日向は慌てて周囲に誤解を解く。

 

「い、いや違う! 今のは違うぞ! 断じてそういう意味じゃなく、いわゆる言葉のあや的なアレで……!」

 

 必死に弁解する日向だが、そこでニヤニヤと悪戯を思いついたような笑みを浮かべた十六夜が、わざとらしく呟いた。

 

「へえ、なるほどな。日向はこういうタイプが好みなのか」

「なっ、十六夜テメェ!?」

 

 思わず抗議の声を上げようとするが、ここで反応すればそれこそ相手の思う壷である。

 状況を悪化させないよう鋼の精神で耐える日向。

 しかしそんな彼の努力も虚しく、今度は女性陣から更なる追い打ちが放たれた。

 

「い、今のは黒ウサギも、思わずドキッときたのですよ」

「え、ええ。日向君も言うわね」

「……日向って、実はジゴロ?」

 

 3人が3人とも、それぞれが日向に乙女としての感想を述べる。

 耀に限っては失礼極まりないことを言っていた気もするが、それ指摘する余裕は無い。

 このままでは確実に不名誉なレッテルを張られてしまうと焦った日向は、意を決して最後の言い訳──もとい釈明を試みようとしたその瞬間、

 

「いや、だから違」

「いぃぃぃやっほおぉぉぉぉ! 久しぶりだ黒ウサギイィィィィ!」

 

 突如店内から絶叫と共に爆走してきた着物風の服を着た白い髪の少女が、もの凄い勢いで黒ウサギに抱き(もしくはフライングボディーアタック)ついて、そのままクルクルと空中を4回転半ひねりして街道の向こう側にある浅い水路まで吹き飛んだ。

 

「きゃあーーーー…………!」

 

 ポチャン。

 という音と共に遠ざかる悲鳴。

 そして言い逃れる機会を完全に失い呆然とする日向。

 一言で言えば混沌(カオス)だった。

 

「ぬわははは、ようやく来おったか黒ウサギ!」

「し、白夜叉様!? どうしてあなたがこんな下層に!?」

 

 フライングボディーアタックで黒ウサギを強襲した白い髪の少女は、そんな空気もお構い無しに黒ウサギの胸に顔を埋めてなすり付ける。

 

「そろそろ黒ウサギが来る予感がしておったからに決まっておるだろうに! フフフ、フホホフホホ! やっぱり黒ウサギは触り心地が違うのう! ほれ、ここが良いかここが良いか!」

 

 スリスリスリ。

 

「し、白夜叉様! ちょ、ちょっと離れてくださいまし!」

 

 白夜叉と呼ばれた少女を無理やり引き剥がし、頭を掴んで店に向かって投げつける。

 クルクルと縦回転した少女を、十六夜が足で受け止めた。

 

「てい」

「ゴバァ! お、おんし、飛んできた初対面の美少女を足で受け止めるとは何様だ!」

「十六夜様だぜ。以後よろしくな和装ロリ」

 

 ヤハハと笑いながら自己紹介する十六夜。

 一連の流れの中で呆気にとられていた飛鳥は、思い出したように白夜叉へ話しかける。

 

「貴女はこの店の人?」

「うむ? おお、そうだとも。この“サウザンドアイズ”の幹部様で白夜叉様だよご令嬢。仕事の依頼ならおんしのその年齢のわりに発育がいい胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ」

「オーナー。それでは売上が伸びません。ボスが怒ります」

 

 いつの間にか立ち直っていた女性店員が、どこまでも冷静な声音で釘を刺す。

 濡れた服やミニスカートを絞りつつ水路から上がってきた黒ウサギは、複雑そうに呟いた。

 

「うう……まさか私まで濡れる羽目になるなんて」

「因果応報……かな」

『お嬢の言う通りや』

 

 悲しげにウサ耳をへにょらせる黒ウサギ。

 反対に濡れても全く気にしない白夜叉は、店先で日向たちを見回してニヤリと笑った。

 

「ふふん。おんしらが黒ウサギの新しい同士か……って、どうしてそこの童は地面に手を突いて打ちひしがれておるのだ?」

 

 白夜叉は視線を少し戻して、未だ立ち直れずにいる日向のことを問いかける。

 十六夜は全く気にした様子もなく前に出ると、至極簡潔に答えを述べた。

 

「気にするな。ただの年増好きだ」

「だれが年増好きだ!」

「だれが年増ですか!」

 

 日向と女性店員が揃ってツッコム。

 ちなみに女性店員はまだ20代前半である。

 2人の剣幕に少々面食らった白夜叉だが、すぐに気を取り直すと「ふむ……」と頷いて言葉を続けた。

 

「1つ言っておくがな。こやつは決して年増などではなくまだピチピチの20代で普段から割烹着で肌を隠しておるためかその体にはシミひとつ無く女性らしい胸の膨らみも主張しすぎない程度に育ち黒ウサギとはまた違った色香をは」

「オーナー!?」

 

 真面目な顔で馬鹿なことを真剣に語る白夜叉。

 再び顔を真っ赤に染めた女性店員は堪らずに叫ぶ。

 今日ほど上司と部下という関係を恨めしく思ったことはない。

 女性店員に諫められた白夜叉は、今度こそ真面目な雰囲気で口を開く。

 

「おほん。まあその話は置いておいて、異世界の人間が私の元に来たと言うことは……遂に黒ウサギが私のペットに」

「なりません! どういう起承転結があってそんなことになるんですか!」

 

 ウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギ。

 どこまで本気か分からない白夜叉は笑って彼らを店に招く。

 

「まあいい。話があるなら店内で聞こう」

「いいのかよ? “ノーネーム”はお断りのはずじゃなかったのか?」

 

 十六夜は女性店員に視線を向けて皮肉気に返す。

 彼女は1つ咳払いすると、居住まいを正して返答した。

 

「ま、まあ、オーナーの言うことであれば仕方ありません。非常に不本意ではありますが、あなた方の入店を許可しましょう」

 

 チラリ、とそこで女性店員は日向へと僅かに視線を向ける。

 しかしふと目が合うとすぐさま逸らし、若干頬を染めながら再び大きく咳払いをした。

 

「そ、それでは、どうぞ中へお入りください」

「えっと、じゃあ……失礼します」

 

 女性店員に促され、店の暖簾を潜る日向。

 そんな2人の姿を、十六夜たちはニヤニヤと面白そうに眺めているのだった。

 

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