- The Another Origin -   作:青葉空太

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第5話 白き夜の魔王

 

「悪いが店の方はすでに閉店時間なのでな。おんしらの用件については、私の私室で聞くしよう」

 

 日向たちは和風の廊下を歩き、縁側で足を止めた。

 白夜叉は自室の障子を開いて5人と1匹を招き入れる。

 やや広めの個室には香らしきものが焚かれており、通り抜ける風に紛れてふわりと彼らの鼻孔を撫でた。

 掛け軸の前の上座に腰を下ろした白夜叉は、大きく背伸びをした後で日向たちに向き直る。

 

「さてと。まずは正式に自己紹介といこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている“サウザンドアイズ”幹部の白夜叉だ。そこにいる黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている、器の大きい美少女と認識しておいてくれ」 

「はいはい。お世話になっておりますよ本当に」

「何だか、随分と投げやりだな」

 

 黒ウサギの返事に日向は思わず苦笑する。

 その隣で、耀がコテンと小首を傾げて問いかけた。

 

「その“外門”って何?」

「箱庭の階層を示す、外壁にある門のことでございますよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者たちが住んでいるのです」

 

 口頭で説明しつつ、黒ウサギは室内に置いてあるボードに箱庭の概略図を描き込んでいく。

 彼女が描いた箱庭を空から俯瞰した図は、外壁から数えて7つの階層に別れていた。

 

「このように、箱庭の都市は全部で7つの支配層に別たれているのです。そして今我々がいるこの七桁~六桁を下層、五桁を中層、残りの四桁以下を総じて上層と呼び、四桁にもなれば名のある修羅神仏が割拠する完全な人外魔境となっております♪」

 

 愛らしい笑顔でガイドを行う黒ウサギ。

 日向たちはそんな箱庭の構図を前にして、

 

「……超巨大タマネギ?」

「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら?」

「お嬢様に一票」

「確かに、どちらかと言えばバームだな」

 

 うん、と一斉に頷き合う。

 身もふたも無い感想にガクリと肩を落とす黒ウサギ。

 対照的に、白夜叉は呵々と哄笑を上げた。

 

「ふふふ。なかなか上手いこと例える。その表現で言うのなら、今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番皮の薄い部分に当たるな。更に詳しく述べるならば、東西南北四方の区切りの東側にあたり、外壁のすぐ外側“世界の果て”と向かい合う場所になる。あそこにはコミュニティに所属こそしていないものの、強力なギフトを所持した者たちが潜んでおるぞ。──その水樹の持ち主などな」

 

 白夜叉は唇に薄く笑みを浮かべ、黒ウサギが持つ水樹の苗に目を向ける。

 彼女が指すのは、先ほど日向と十六夜がトリトニスの大滝で出くわした、あの白き蛇神のことだろう。

 白夜叉はズズイと身を乗り出して問い詰める。

 

「して黒ウサギよ。一体誰が、どのようなゲームで勝ったのだ? 知恵比べか? 勇気を試したのか?」

「いえいえ。この水樹は日向さんと十六夜さんがここへ伺う前に、蛇神様を素手で叩きのめしてきたのですよ」

 

 ふっふーん♪ と黒ウサギは誇らしげにウサ耳を伸ばして話す。

 しかし事情を聞いた白夜叉は、たまげたとばかりに瞠目した。

 

「なんと!? クリアではなく直接倒したとな!? ではその童たちは神格持ちの神童か?」

「いえ、黒ウサギにはそうは思えません。神格ならひと目見れば分かるはずですし」

「むむ、確かにの。しかし神格を倒すには同じ神格を持つか、あるいは両者の種族間によほど崩れた力量関係がある場合だけのはず。種族の差で言うなら蛇と人では五十歩百歩だぞ」

 

 白夜叉の述べる“神格”とは生来の神そのものではなく、種の最高位に存在を昇華させる恩恵を示す。

 

 蛇に神格を与えれば巨躯の蛇神に。

 人に神格を与えれば現人神や神童に。

 鬼に神格を与えれば天地鳴動の鬼神と化す。

 

 神格を宿せば他のギフトも強化されるため、箱庭にある多くのコミュニティはこの神格を得ることを第一目標とし、各々の目的や上層を目指すために切磋琢磨しているのだ。

 

「ところで白夜叉様は、あの蛇神様とお知り合いだったのですか?」

「知り合いも何も、あやつに神格を授けたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」

 

 小さな胸を張り、呵々と豪快に笑う白夜叉。

 しかしその発言を耳にした日向たちは、瞳に物騒な光を灯して問いただす。

 

「へえ? ならお前は、あの蛇より強いのか?」

「ふふん、当然だ。私は東側の“階層支配者”だぞ。この東側四桁以下のコミュニティでは並ぶもののない、最強の主催者なのだからの」

 

 ──“最強の主催者”──。

 

 その一言に、日向たちは一層目の色を輝かせた。

 

「ほほう、それは良いことを聞いた。つまりはもしも俺たちが貴女のゲームをクリア出来れば、俺たちのコミュニティはこの東側で最強のコミュニティになれるのか?」

「無論、そうなるのう」

「そりゃ景気の良い話だ。探す手間が省けた」

「ええ。そうと分かれば話は簡単だわ」

「うん」

 

 4人は爛々と闘争心を高ぶらせる。

 白夜叉はそれを察知すると、愉快そうに高らかと笑い声を上げた。

 

「くくく。やれ、抜け目のない童たちだ。依頼をしておきながら、私にギフトゲームで挑むと?」

「ヤハハ、察しが良くて助かるぜ」

「ああ。是非とも挑ませてもらいたい」

「……え? ちょ、ちょっと皆さん!?」

 

 慌てる黒ウサギを、白夜叉は右手で制す。

 

「よいよ黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている」

「ノリがいいわね。そういうの好きよ?」

「ふふ、そうか。……しかし、ゲームの前に1つ確認しておくことがある」

「あん?」

「何だ?」

 

 白夜叉は着物の裾から“サウザンドアイズ”の旗印──向かい合う双女神の紋が描かれたカードを取り出し、壮絶な笑みで一言。

 

「おんしらが望むのは“挑戦”か──もしくは“決闘”か?」

 

 刹那、日向たちの視界は爆発的な変貌を遂げた。

 それぞれの視覚は意味を無くし、数多の情景が脳裏で回転し始める。

 垣間見えたのは、金色の穂波が揺れる草原。

 白い地平線を覗く丘。

 静謐な森林に佇む水面。

 記憶にない場所が次々に流転を繰り返し、足下から日向たちを呑み込んでいく。

 やがて放り出されたのは、純白の雪原と凍る湖畔。

 

 そして──()()()()()()()()()()だった。

 

「……なっ……!?」

 

 日向たちは同時に息を呑んだ。

 箱庭に呼び出された時とはまるで違う。

 たった今目の前で起きた出来事は、最早言葉などという安易なものだけで表現出来る御技ではない。

 遠く薄明の空で瞬く星はただひとつ。

 緩やかに世界を水平に巡る、白い太陽のみだ。

 まるで星をひとつ、世界をひとつ造り上げたかのような奇跡の顕現。

 唖然と棒立ちする日向たちを眼前に据え、白夜叉は

 

「今一度名乗りなおし、問おうかの。私は“白き夜の魔王”──太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練に対する“挑戦”か? それとも対等な“決闘”か?」

 

 “魔王・白夜叉”。

 

 少女の笑みとは思えぬその凄みに、日向たちは再び息を呑む。

 ──“星霊”とは、惑星級以上の星に存在する主精霊のことを指す。

 妖精や鬼、悪魔などの概念の最上種であり、同時にギフトを“()()()()”の存在でもある。

 十六夜は背中に心地いい冷や汗を感じながら白夜叉を睨み、厳しそうに笑みを浮かべた。

 

「水平に廻る太陽と……そうか。白夜と夜叉。あの空を水平に廻る太陽やこの土地は、お前を表現してるってことか」

 

 その隣で日向もまた、白夜叉の存在を理解する。

 

「なるほどな、言い得て妙とはこのことだ。白夜叉──とは、よく言ったものだな」

 

 彼らの言葉に白夜叉はバサリと扇を広げ、圧倒的な威厳を以てそれに応えた。

 

「いかにも。この白夜と湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私が持つゲーム盤の1つだ」

 

 白夜叉が両手を広げると、地平線の彼方に漂う雲海が瞬く間に裂け、薄明の太陽が晒される。

 

 “白夜”の星霊。

 

 十六夜の述べる白夜とは、フィンランドやノルウェーといった特定の経緯に位置する北欧諸国などで観測される、太陽が沈まない現象である。

 そして“夜叉”とは、水と大地の神霊を指し示すと共に、悪神としての側面を持つ鬼神。

 数多の修羅神仏が集うこの箱庭で、最強種と名高い“星霊”にして“神霊”。

 彼女は正にこの箱庭の代表とも言えるほど──強大な“魔王”だった。

 

「この莫大な土地が、ただのゲーム盤……!?」

「その通りだ。して、おんしらの返答は? “挑戦”であるならば、手慰み程度に遊んでやる。しかし“決闘”を望むのならば話は別。魔王として、命と誇りの限り闘おうではないか」

「……ッ……!」

 

 飛鳥と耀、そして自信家の十六夜でさえ即答できずに返事を躊躇う。

 彼女が如何なるギフトを駆使しているのかは定かではない。

 しかさ勝ち目が無いことだけは明らかだ。

 それでも自分たちで喧嘩を売った手前、このような形で取り下げるのはプライドが大きく邪魔をした。

 しばしの静寂の後──諦めたように笑う十六夜が、せめてもの意地を張ろうとしたところで、

 

「おいおい、嘘はいけないな──()・魔王様?」

 

 虚空に響いた日向の一言に、全員が目を見開いた。 それはまた、白夜叉本人さえも例外ではない。

 しかしすぐさま落ち着いた所作で扇を口元に寄せると、見定めるような視線を向けて問いかける。 

 

「私が元・魔王だと?」

「ああ、その通りだ」

 

 白夜叉の鋭い眼光が日向を射抜く。

 それでも日向に臆した様子は微塵もない。

 

「なぜそう思うのだ?」

「ま、簡単な話だよ。貴女は“白夜”の星霊であると同時に……“夜叉”でもあるからだ」

 

 ピクリ、と白夜叉は眉を上げる。

 続いて扇の下で口の端を吊り上げると、依然として日向に向ける鋭い視線はそのままに、どこか興味深さを含んだ声音で問い返した。

 

「ふむ、根拠を聞こうかの?」

「まず、白夜の星霊。白夜とは即ち太陽であり、転じて貴女は太陽の星霊でもあると言える。前提として、これに間違いは無いな?」

「然り」

「よし。なら次に肝心の夜叉についてだが……夜叉とは本来、古代インド神話に登場する人を食らう鬼神であり、また同時に水と大地を司る神霊としての側面を持つ──が、実は更にもうひとつの顔がある」

「ほう、それは?」

「後に仏教へ包括され、護法善神の一尊となった側面だ」

 

 その瞬間、ハッと顔を上げる十六夜。

 何かに気がついたような彼は、口元に悪い笑みを浮かべて首肯する。

 

「なるほど。そいつは確かに矛盾してるな」

 

 十六夜の言う通り、白夜叉はその存在に──言い換えれば、その霊格自体に決定的な矛盾を孕んでいる。

 論理の説明も終盤に近づいた日向は、次第に事の核心へ迫る。

 

「護法善神とはすなわち、梵天や帝釈天を代表とした仏教を守護する神々のことで、六道輪廻のひとつである天部に住まうとされている。しかしその存在は人々から信仰を受けるものの、厳密には仏に及ばず、格としては仏陀に劣るとされているんだが……あれぇ? おかしいよな? “太陽”の星霊ともあろう貴女が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ──静寂。

 日向が言葉を終えた先に訪れたのは、まるで凍てついたような静けさだった。

 そんな誰もが閉口する最中、不意にひとりの少女がその堰を切り、扇の下で僅かにたたえていた微笑を、次第に哄笑へと変えていった。

 

「……くっ、くははは、くははははは!」

 

 高らかに笑い声を上げたのは、他でもない白夜叉であった。

 日向は意味を悟り、スッと表情を和らげる。

 その後ろでは黒ウサギが、信じられないと言わんばかりの表情で彼の背中を見つめていた。

 

「天晴れ! 誠に天晴れだ! よくぞ玄妙なる知識思考を以てこの白夜叉の存在を暴き仰せた! これはもう、素直に称賛を送るしかないの!」

 

 扇を広げて呵々大笑と惜しみない賞賛を自らに送る白夜叉に対し、日向はおどけるように肩を竦めて苦笑する。

 

「まあ、実は最初の部分は殆どがハッタリだったんだけどな」

「カッカッカ! よいよい。それも立派なお主の力と言えようさ。よもやこうも簡単に私の本質を見抜かれるとは思わなんだ。本当に大したものだ」

「全くだぜ。ただの年増好きじゃなかったんだな。見直したぞ日向」

「おい十六夜。お前、覚悟は出来てんだろうな?」

「ヤハハ! いいぜ! いっちょやるか!?」

「お、御二人共落ち着いて下さいまし! とは言え、これには黒ウサギもビックリなのです!」

 

 ここぞとばかりに騒ぎ始める日向たち。

 しかし未だに状況が掴めていない飛鳥と耀が、納得いかないとばかりに声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと待ってもらえるかしら? 展開が早すぎで、何が何だかさっぱり分からないのだけど」

「……つまり、どういうこと?」

「ふむ、そうじゃの。どうせじゃし、おんしが最後まで説明してやったらどうだ?」

「ん? ああ、ならそうするか」

 

 白夜叉に促された日向は頷くと、彼女たちに向き直って説明を始める。

 

「そうだな。まず、白夜叉が白夜──即ち太陽の星霊であり、同時に夜叉の神霊である……ってところまでは大丈夫か?」

「え、ええ」

「よし。それじゃあ肝心なのはここからだ。黒ウサギから聞いた話によると、神霊というのは生来のものと後天的なものとで別れるんだそうだ」

 

 生来の神霊は箱庭で最強種の一角とみなされるが、一定の信仰を得ることでも神霊として顕現することが可能である。

 

「なら白夜叉はどちらなのかと考えれば、これはまず後天的でしかありえない」

「どうして?」

「前述の通り、白夜叉は星霊でもあるからだ。星霊は神霊と違って、必ず先天的な存在だからな」

「なるほど」

 

 先にも述べたが、星霊とはすなわち惑星級以上の星に存在する主精霊を指し、神霊と並ぶ箱庭最強種の一角である。

 無論霊格=星の格そのものであり、太陽の体現者である白夜叉は、まさに最強の星霊と称して何ら過言なき存在だろう。

 一般に、

 神霊は“時間”と“概念”を、

 星霊は“空間”と“質量”を司るとされているが、誕生と同時に双方を宿すことは極めて不可能に近い。

 よって白夜叉が先天的な星霊である以上、彼女が神霊になったのは、必然的に後天性である可能性が高いのだ。

 この辺りがいわゆるハッタリだったのだが、結果は日向の予想通りであったというわけである。

 

「そして、ここで質問。太陽の星霊と一介の宗教に属する神霊。果たしてその霊格はどちらの方が大きいと思う?」

「それは……星霊の方かしら?」

「その通り。太陽とは昔から宗教なんて関係無しに、人々から神聖視されていた程だからな。たかだか一宗教からしか信仰を集められない夜叉の霊格とは、文字通り格が違うだろう。最悪の場合、純粋な星霊時よりもその霊格は劣りかねない」

「だけど、どうしてそれで、白夜叉が元・魔王だと分かるの?」

「それなんだけどな……重要なのは、ならどうして白夜叉は、自らの霊格を落としてまで後天的に神霊になったのか? ということだ」

 

 飛鳥と耀は首をかしげる。

 日向はさらに説明を続けた。

 

「じゃあ質問を変えよう。もしも2人が魔王だったとして、わざわざ他の組織の下に付くか?」

「それは……たぶん付かないわね。魔王を名乗る以上、それなりにプライドがあるはずだもの」

「だろ? それも白夜叉のように強大な力を持つ魔王なら尚更だ。なのに白夜叉は仏門に下った。それはどうしてだろうな? そう考えた時に、俺はとある仮説を立てたんだ」

「仮説?」

「ああ。もしかして白夜叉は“星霊”であった時には確かに魔王だったが、何らかの出来事か心変わりをきっかけに、魔王を辞めた、あるいは辞めなければならない状況となって仏門に下り、その結果仕方なく霊格を落とすことになったのではないか──ってな」

「……ああ! なるほど!」

「それで元・魔王なんだね」

「そういうことだ」

 

 そこまできて、ようやく飛鳥と耀は得心がいったと頷いた。      

 日向の言う白夜叉が仏門に下る原因となった出来事とは、例えるならば隷属などが挙げられる。

 何者かに打ち破れた結果、その人物によって仏門に帰依させられたという可能性だ。

 無論これはあくまで可能性のひとつであり、真相は白夜叉本人でなければ分からない。

 それでもここまでの推理を打ち立てたあたり、日向が如何に規格外であるかが分かるだろう。 

 白夜叉は呵々と哄笑を上げ、日向の推測が正しいことを認める。

 

「ふむ、やはり素晴らしいの。ひとつ付け加えておくが、仏門に帰依したのは私自らの意志だ」

「そうなのか?」

「そりゃまたどうして」

 

 日向と十六夜が揃って尋ねる。

 彼女は苦笑しつつ、曖昧な言葉で濁した。

 

「そこはまあ、あれだ。長い人生の中では色々あるということだ。それよりも、結局おんしらは“試練”と“決闘”……どちらを選ぶのだ?」

「ま、日向のお陰で意趣返しは出来たしな。今回は大人しく試されてやるよ、元・魔王様」

 

 軽薄な笑みに皮肉を交えて答える十六夜。

 既に一杯喰わせることが出来たからか、そこに先ほどまでの気負いは無い。

 しかし『試されてやる』とは随分可愛らしい意地の張り方があったものだと、白夜叉は腹を抱えて高らかに笑った。

 

「そうだな。俺も素直に試されるよ」

「ええ、仕方ないわね」

「右に同じ」

 

 彼に続き、日向たちも尊大な態度で試練を選ぶ。

 4人の精一杯の見栄張りに、白夜叉は満足そうに頷いた。

 そんな彼らの様子を冷や冷やと見守っていた黒ウサギは、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「も、もう! お互いにもう少し相手を選んでください! “階層支配者”に喧嘩を売る新人と、新人に売られた喧嘩を買う“階層支配者”だなんて、冗談にしても寒すぎます!」

「カッカッカ、まあ良いではないか。さてと、ではおんしらの試練をどうするか……」

 

 その時、彼方にある山脈から甲高い雄叫びが聞こえてきた。

 獣とも、野鳥とも思えるその叫び声に、いち早く反応したのは耀だった。

 

「何、今の鳴き声。初めて聞いた」

「ふむ……あやつか。おんしらを試すには打ってつけかもしれんの」

 

 湖畔を挟んだ向こう側の岸にある山脈に、チョイチョイと手招きする白夜叉。

 すると体長5メートルはあろうかという巨大な獣が翼を広げて空を滑空し、風の如く日向達の前に現れた。

 鷲の翼と獅子の下半身を持つその獣を見て、耀が驚愕と歓喜の籠もった声を上げる。

 

「グリフォン……嘘、本物!?」

「フフン、如何にも。あやつこそ鳥の王にして獣の王。“力”と“知恵”と“勇気”の全てを備えた、ギフトゲームを代表する獣だ」

 

 すると白夜叉の手元に一枚の輝く羊皮紙が現れる。

 

 

***

 

『ギフトゲーム名 “鷲獅子の手綱”

 

 ・プレイヤー一覧 天道 日向

          逆廻 十六夜

          久遠 飛鳥

          春日部 耀

 

 ・クリア条件

   グリフォンの背に跨がり、湖畔を舞う。

 

 ・クリア方法

   “力”“知恵”“勇気”のいずれかで

   グリフォンに認められる。

 

 ・敗北条件

   降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を

   満たせなくなった場合。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホスト

    マスターの名の下、ギフトゲームを

    開催します。

          “サウザンドアイズ”印』

 

 

***

 

 内容を読み終えた途端、耀がピシリと指先まで綺麗に伸ばして宣言する。

 

「ここは私が」

「いやいや俺が」

「ふざけんな俺が」

「いいえ私が」

「で、では黒ウサギが!」

 

「「「「どうぞどうぞどうぞ」」」」

 

「しまった!? ってお約束は止めなさいこのお馬鹿様方っ」

 

 スパパパパン。

 

 と4人の頭を軽めにハリセンで叩く黒ウサギ。

 耀は頭をさすりながらも、真面目な顔で呟いた。

 

「だけど、私は本気。これは私にやらせて欲しい」

「ふむ。だいぶ自信があるようだが、コレはかなりの難物だぞ? 失敗すればただでは済まんが」

「大丈夫。問題ない」

 

 白夜叉からの忠告を歯牙にもかけない耀。

 その瞳はキラキラと輝いて目の前のグリフォンを見つめている。

 そんな彼女の様子に日向たちは苦笑を浮かべ、

 

「OK、先手は譲ってやる。失敗するなよ」

「気をつけてな」

「頑張ってね春日部さん」

「うん、頑張る」

 

 力強く頷き、耀はグリフォンの元まで歩み寄る。

 

「えーと、初めまして。春日部耀です」

『!?』

 

 ビクンッ!

 

 とグリフォンの肢体が盛大に跳ねた。

 その双眸からは警戒心が薄れ、新たに戸惑いの色が浮かび上がる。

 

「ほう。あの娘、グリフォンと言葉を交わすか」

 

 白夜叉は感心したように扇を広げた。

 陸と空、双方の王者の因子を宿すグリフォンの背に跨がる方法は、大きく分けて2つある。

 

 1つ目は、力比べや知恵比べで勝利し、屈服させて跨がる方法。

   

 2つ目は、王であり誇り高い彼らにその心を認められて跨がる方法だ。

 

 そして耀の選んだ方法とは、

 

「私を貴方の背中に乗せて……誇りを賭けて勝負しませんか?」

『……何……!?』

 

 後者であった。

 途端にグリフォンの声と瞳に闘志が宿る。

 気高い彼らにとって“誇りを賭けろ”とは、最も効果的な挑発だ。

 耀は返事を待たずに交渉を続ける。

 

「貴方が飛んできたあの山脈。あそこを白夜の地平から時計回りに大きく迂回して、この湖畔を終着点と定めます。貴方は強靱な四肢と翼で空を駆け、湖畔までに私を振るい落とすことが出来れば勝ち。逆に、最後まで背に乗っていられれば私の勝ち。……どうかな?」

 

 耀は小首を傾げて返答を待つ。

 グリフォンは訝しげに大きくフンと鼻を鳴らすと、尊大な口調で問い返した。

 

『娘よ。お前は私に“誇りを賭けろ”と持ちかけた。

確かに娘ひとり振るい落とせないようでは、私の名誉は失墜するだろう。──だがな娘。誇りの対価に、お前は一体何を賭ける?』

「命を賭けます」

 

 即答だった。

 息もつかせぬ申し出に、飛鳥と黒ウサギは慌てて彼女を呼び止める。

 

「ま、待ちなさい春日部さん! 命を賭けるだなんて正気なの!?」

「だ、駄目です耀さん! 危険過ぎます!」

「貴方は誇りを賭け、私は命を賭ける。……それじゃ駄目かな?」

『……ふむ……』

 

 ますます慌てる飛鳥と黒ウサギ。

 それを白夜叉と十六夜が厳しく制す。

 

「双方、下がらんか。これはあの娘が切り出した試練だぞ」

「ああ、無粋な真似はやめときな」

「そういうわけには参りません! 同士にこんな分の悪いゲームをさせるなど──!」

「大丈夫だよ」

 

 振り向き、耀は小さく笑みを浮かべる。

 その表情に気負いはなく、むしろ勝算ありと思わせるような顔つきだ。

 グリフォンはしばし考える素振りを見せた後、頭を下げて背中に乗るよう促した。

 

『乗るがいい、若き勇者よ。鷲獅子の疾走に耐えられるか否か、その身を以て試してみよ』

「ありがとう。あ、ちょっと待って」

 

 耀はふと思い出したように呟くと、急ぎ足で日向の前に駆け寄る。

 日向は首を傾げると、

 

「どうした?」

「えっと、三毛猫を預かってて欲しいんだ」

 

 真っ直ぐに日向を見つめて告げる耀。

 そんな彼女の頼み事を、日向は朗らかに笑って引き受けた。

 

「ああ、任せとけ。全力で挑んで来い」

『頑張ってなお嬢!』

「うん。それじゃあ行ってきます」

 

 耀はグリフォンの元に戻り、手綱をしっかり握り締めて獅子の胴体に跨がる。

 鷲獅子の強靭で滑らかな肢体を撫でつつ、満足そうに囁いた。

 

「始める前に一言だけ。……私、貴方の背中に跨がるのが夢のひとつだったんだ」

『──そうか』

 

 こそばゆいとばかりに苦笑した後、グリフォンは翼を三度羽ばたかせる。

 そして前傾姿勢を取るや否や、大地を踏み抜くようにして薄明の空に飛び出した。

 強烈な圧力に苦しみながらも、耀は感嘆の声を漏らす。

 

「凄い……! 貴方は、()()()()()()()()()()()()!!!」

 

 鷲獅子の巨体を支えるのは翼ではない。

 旋風を操るギフトで空を疾走しているのだ。

 力学の法則を無視して空を駆けるその姿は、まさに“幻獣”の名に相応しいものだった。

 

『娘よ。もうすぐ山脈に差し掛かるが……本当に良いのか? この速度で山脈に向かえば』

「大丈夫。それよりいいの? 貴方こそ本気で来ないと、本当に私が勝つよ?」

「……よかろう。後悔するなよ小娘!」

 

 刹那、大気が揺らいだ。

 鷲獅子は翼も用いて旋風を操り、遙か彼方の山頂が瞬く間に近づいてくる。

 常人であれば拉げてしまいそうな衝撃の中、しかし耀は歯を食いしばって耐えている。

 グリフォンは背中から聞こえる僅かな吐息に、驚嘆とも困惑ともいえる感情が湧き始めた。

 

(なるほど……相応の奇跡を身に宿しているという事か……!)

 

 耀も日向や十六夜と同じく、人類最高クラスのギフト保持者なのだ。

 頂から急降下する際、グリフォンの速力は倍に近しいものまで迫る。

 旋回を交えて耀をふるい落とそうとする度に、彼女の下半身は空中に投げ出されるように泳ぐ。

 

「っ……!!」

 

 耀は必死に手綱を握り、グリフォンは必死に振り落とそうと旋回を繰り返す。

 やがて雪原の地平ギリギリまで急降下して大地と水平になるように振り回すと、それが最後の山場だった。

 山脈からの冷風も途絶え、残るは純粋な距離のみである。

 勢いもそのままに、凍る湖畔の中心まで疾走したグリフォン。

 耀の勝利が決定したその瞬間──彼女の手が手綱から離れた。

 

『何!?』

「耀さん!?」

 

 反射的に助けに行こうとした黒ウサギの手を、十六夜が掴む。

 

「は、離し──」

「待て! まだ終わってない!」

 

 その時、突然耀の周囲に風が集い始めた。

 落下しながら、耀は先程まで空を疾走していた感覚を思い出す。

 

(四肢で……風を絡め、大気を踏みしめるように──)

 

 フワリと、耀の体が翻る。

 慣性を殺すような緩慢な動きはやがて彼女の落下速度を衰えさせ、遂には湖畔に触れることなく飛翔した。

 

「……なっ」

 

 その場にいた全員が絶句する。

 その力は間違いなく、旋風を操り空を駆けるグリフォンのギフトであったからだ。

 大地に降り立った耀は顔を上げ、ブイッと指を2つ立てると、

 

「ビクトリー」

 

 無表情ながらも、どこか勝ち誇った表情で宣言した。

 

「やっぱりな。お前のギフトって、他の生き物の特性を手に入れる類のものだったんだな」

 

 軽薄な笑みで耀の力を考察する十六夜に、耀はムッとして返す。

 

「……違う。これは友達になった証」

『見事。お前が得たギフトは、私に勝利した証として使って欲しい』

「ありがとう、大事にする」

 

 グリフォンと言葉を交わした耀は、そのままとある人物の元へ向かう。

 

『お嬢! 怪我は無いか!?』

「うん、大丈夫だよ」

 

 腕に抱かれた三毛猫に返事をする耀。

 少し顔を上げてみると、彼を抱いていてる日向と目が合った。

 日向は朗らかに笑うと一言、

 

「よ、おかえり」

 

 ただ一言、そう言って耀を迎えた。

 そして、その言葉に対する返答もまた、たったひとつだ。

 

「うん……ただいま」

 

 そう言って微笑んだ彼女の姿は、まるで小さな華が開いようで。

 耀がその時見せた表情は、この世界に来てから一番清々しいものだった。 

 

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