- The Another Origin -   作:青葉空太

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第6話 ノーネーム

 

「いやはや大したものだ。このゲームはおんしの勝利だの。……ところで、おんしのギフトは先天性か?」

 

 耀が見事にグリフォンの試練をクリアした後、ふと白夜叉は彼女に問いかけた。

 耀はフルフルと左右に首を振り、

 

「ううん。父さんから貰った木彫りの彫刻のおかげだよ」

『お嬢の親父さんは彫刻家やっとります。親父さんの作品で、ワシらはお嬢と話せるんや』

「ふむ。ちょいと見せてもらえるかの?」

 

 耀は頷くと、首元からペンダントとして下げていた

丸い木彫り細工を取り出した。

 預かった手の平大の木彫りをジッと見つめる白夜叉。

 彼女は最初に何かを悩み込むように顔をしかめ──次第に表情を驚愕の色で染めつくした。

 

「ほう、材質は楠の神木か。神格は残っていないようだが、この中心を目指す幾何学線と中心の空白は……もしや系統樹か? ならばこの図形はこうで、同時に円形が収束するのは──いや、これは……これは、凄い! 本当に凄いぞ娘!! これが真に人造ならば、おんしの父は神代の天才だ!! これは正真正銘“生命の目録”と称して何ら過言なき逸品だ!!」

 

 興奮に声量を上げる白夜叉。

 耀は小首を傾げて問う。

 

「系統樹って、生物の発祥や進化の系譜なんかを示すアレ? だけどそれなら前に生物学者の母さんが作ったものを見たことがあるけど、その時はもっと樹の形をしてたよ?」

「うむ。それはおんしの父親が表現したいモノのセンスが成す(わざ)よ。この木彫りをわざわざ円形にしたのは生命の流転、輪廻を表現したもの。中心が空白なのは、流転する世界の中心だからか、生命の完成が未だ見えぬからか、それともこの作品そのものが未完成だからか──うぬぬ、久しく想像力が刺激されるぞ! おんしさえよければ私が買い取りたいぐらいだの!」

「ダメ」

 

 耀はあっさり断って木彫を取り上げる。

 白夜叉はお気に入りの玩具を取り上げられた子供のようにしょんぼりした。

 

「それで白夜叉様、耀さんのギフトはどのような力を持っているんです?」

「それは分からん。詳しく調べたいのなら鑑定士に、それも上層に住む者でなければ鑑定することは不可能だろう」

「え? 白夜叉様でも鑑定出来ないのですか? 今日は鑑定をお願いしたかったのですけど」

 

 黒ウサギの言葉にゲッ、と気まずそうな顔をする白夜叉。

 

「よ、よりにもよってギフト鑑定か。専門外どころか無関係もいいところなのだがの」

 

 白夜叉はゲームの賞品として依頼を無償で引き受けるつもりだったのだろう。

 しばらく考える素振りを見せ、ふっと思い付いたように顔を上げた。

 

「ふむ。何にせよ“主催者(ホスト)”として、“星霊”のはしくれとして、見事試練を乗り越えたおんしらには“恩恵(ギフト)”を与えねばならん。ちょいと贅沢な代物だが、コミュニティ復興の前祝いとしては丁度良かろう」

 

 パンパンと2つ柏手を打つ。

 すると日向たちの目の前に、光り輝く4枚のカードが現れた。

 カードにはそれぞれの名前と、各々に宿るギフトの名称が記されていた。

 

 コバルトブルーのカードに逆廻十六夜

 ギフトネーム “正体不明(コード・アンノウン)

 

 ワインレッドのカードに久遠飛鳥

 ギフトネーム “威光(いこう)

 

 パールエメラルドのカードに春日部耀

 ギフトネーム “生命の目録(ゲノム・ツリー)

        “ノーフォーマー”

 

 サンシャインイエローのカードに天道日向

 ギフトネーム “認識不能(コード・エラー)

 

 それぞれが名とギフトネームが示されたカードを受け取る。

 黒ウサギは驚いたような、興奮したような顔で4人のカードを覗き込んだ。

 

「ギフトカード!」

「お中元?」

「お歳暮?」

「お年玉?」

「意表を突いてクリスマスプレゼントだな」

「ち、違います! というかなんで皆さんそんなに息が合っているのです!? このギフトカードは顕現しているギフトを収納可能で、それも好きな時に再顕現させることの出来る超高価なカードなのですよ!」

「つまり、素敵アイテムってことでオッケーか?」

「だからなんで適当に聞き流すんですか! あーもうそうです、超素敵アイテムなんです!」

 

 黒ウサギに叱られながら、日向たちはそれぞれのカードを物珍しそうに見つめる。

 そこに白夜叉が説明を加えた。

 

「そのギフトカードとは、正式名称を“ラプラスの紙片”──即ち全知の一端だ。そこに刻まれるギフトネームとは、おんしらの魂と繋がった“恩恵”の名称。鑑定は出来ずとも、それを見れば大体のギフトの正体が分かるというもの」

「へえ? じゃあ俺のはレアケースなわけだ?」

「うん? ならこれはどういう意味なんだ?」

 

 へ? と白夜叉が十六夜と日向のギフトカードを覗き込む。

 そこには確かに“正体不明”と“認識不能”の文字が表示されていた。

 白夜叉は怪訝に眉を顰める。

 

「……いや、そんな馬鹿な」

 

 パシッと白夜叉は彼らの手からギフトカードを奪い取る。

 何やら尋常ならざる雰囲気を感じた2人は、沈黙して事の成り行きを静観する。

 

「“正体不明”に“認識不能”だと……? いいやありえん。全知である“ラプラスの紙片”がエラーを起こすはずなど」

「何にせよ、鑑定は出来なかったってことだろ。俺的にはこの方がありがたいさ」

「ま、確かに分からないものは仕方がないな」

 

 そう言って、十六夜と日向は白夜叉からギフトカードを取り上げる。

 しかし白夜叉は未だ納得できていないのか、探るような視線を2人を向けていた。

 

(ギフトを無効化した……? いや、まさかな)

 

 ふと思い付いた可能性を、すぐさま苦笑と共に切って捨てる。

 修羅神仏の集うこの箱庭で、無効化のギフトなど大して珍しくもない。

 だがそれは、単一の能力に特化した武装などに限ればの話だ。

 日向や十六夜のように蛇神を打倒する程の強大な奇跡を身に宿す者が、奇跡を打ち消す御技を宿すことは大きく矛盾する。

 それが同時に2人も現れたなどという非現実的な可能性を認めるよりは、“ラプラスの紙片”に問題があると考えた方がまだ納得ができた。

 やがてギフト鑑定を終えた日向たちはゲーム盤から元の世界に戻ると、暖簾の下げられた店前に移動した後で一礼する。

 

「今日はどうもありがとう。また遊んでくれると嬉しい」

「あら、駄目よ春日部さん。次に挑戦する時は対等な条件で挑むのだもの」

「ああ。吐いた唾を呑み込むなんて、恰好付かねえからな。次は渾身の大舞台で挑むぜ」

「覚悟しとけよ白夜叉?」

「ふふ、よかろう。楽しみにしている。……ところで」

 

 白夜叉はスッと真剣な顔で日向達を見る。

 

「今更だが、1つだけ聞かせてくれ。おんしらは黒ウサギたちのコミュニティの現状を把握しているのか?」

「あん? ああ、名前とか旗とかの話か? それなら聞いたぜ」

「ならそれを取り戻すために、“魔王”と戦わねばならんことも?」

「もちろんだ。全てを承知した上で、俺たちは黒ウサギたちに協力することにした」

「そうか。……ふむ、黒ウサギは良き同士と巡り会えたようだの」

 

 白夜叉は優しげな笑みを黒ウサギに向ける。

 彼女の苦労を誰よりも知っているからこそ、色々と思うところがあるのだろう。

 しかし次の瞬間、白夜叉は一転して厳しい表情になると、日向たちへ脅しとも忠告ともつかない言葉を投げかけた。

 

「じゃが、だからこそ言っておく。仮に今後、おんしらが魔王と一戦交えることがあるとすれば……そこの娘2人は確実に死ぬぞ」

 

 咄嗟に返そうとする飛鳥と耀だったが、白夜叉の放つ有無を言わせない威圧感に押し黙る。

 

「……ご忠告ありがと。肝に命じておくわ」

 

 白夜叉はそれだけを伝えると、再び柔和な笑みに戻った。

 

「うむ、くれぐれも用心するようにな。私は三三四五外門に本拠を構えておる。いつでも遊びに来るといい」

 

 こうして日向たちは、“サウザンドアイズ”支店を後にするのだった。

 

 

 

***

 

 ──“ノーネーム”居住区画の門前。

 

 白夜叉と別れてからおよそ半刻後。

 噴水広場を越えてからしばらくすると、日向たちは目的地であるコミュニティの入り口に到着した。

 門の上部を見上げてみると、以前は旗が掲げられていたと分かるような面影がある。

 

「この先が我々のコミュニティでございます。しかし本拠の館はここから更に歩かねばならないので御容赦ください。この近辺にはまだ戦いの名残がありますので……」

「戦いの名残? 噂の魔王とかいう素敵なネーミングの奴との戦いか?」

「……YES」

「それは都合が良いわ。箱庭最凶最悪の天災が残した傷跡、この目で見せてもらおうかしら」

 

 白夜叉との一件以降、飛鳥はご機嫌斜めだった。

 プライドが高い彼女は、自分虫のように見下された事実が酷く腹に据えたのだろう。

 黒ウサギは躊躇しつつも門を開く。

 途端にブワッと、乾いた風が吹き抜けた。

 咄嗟に砂塵から顔を庇う日向たち。

 しばらくして風が止み、視界が開けたそこには──無尽の荒野が広がっていた。

 

「……なに、コレ」

 

 呟いた耀の声は、無意識に少し震えていた。

 飛鳥も音を立てずに息を呑む。

 荒廃した街並みに十六夜は無言で目を細め、日向も凄惨な光景に顔をしかめた。

 十六夜は木造の廃墟に歩み寄り、周囲の残骸をその手に取る。

 少し握ると、木材は乾いた音と共に崩れ去り、サラサラと風に流れていった。 

 

「……おい、黒ウサギ。魔王とのゲームがあったのは──今から何百年前の話だ?」

「僅か3年前でございます」

「ハッ、そりゃ面白いな。いやマジで面白いぞ。この風化しきった街並みが3年前だと?」

 

 ──そう。

 彼女たちのコミュニティは、まるで永劫の時を経て廃壊したように滅んでいたのだ。

 とてもではないが3年前まで人が住み、栄えていたとは思えない。

 触れたそばからボロボロと崩れ落ちる家屋の残骸を握り締め、剣呑な面持ちで日向は告げる。

 

「これは……ありえないな」

「ああ、断言するぜ。たとえどんな力がぶつかり合ったとしても、こんな壊れ方はありえない。この荒廃した街並みは、膨大な時間を費やして自然崩壊したようにしか思えない」

 

 十六夜は日向と同じくありえないと結論付けながらも、目の前の廃墟に心地よい冷や汗を流していた。

 飛鳥と耀も、廃屋を目にして複雑そうに口を開く。

 

「ベランダのティーセットがそのままテーブルに出ているわ。これじゃまるで、それまで生活していた人間がフッと消えたみたじゃない」 

「生き物の気配もまるでない。整備されず放置された人家なのに、獣が寄り付かないなんて」

 

 彼女たちの感想は、日向や十六夜のそれよりも遙かに重く険しいものだった。

 黒ウサギは目を逸らし、朽ちた街路を進む。

 

「……魔王とのギフトゲームは、それほどまでに未知の戦いだったのでございます。彼らがこの土地を取り上げなかったのは、魔王としての力の誇示と、一種の見せしめでしょう。彼らは力を持った人間が現れるや否や遊び半分でゲームを挑み、二度と逆らえないよう徹底的に屈服させます。そのせいで僅かに残った仲間たちも皆心を折られ……コミュニティから、箱庭から去って行きました」

 

 大規模なギフトゲームの際、白夜叉のようにゲーム盤を用意する理由がコレである。

 力あるコミュニティと魔王がぶつかれば、その傷跡は醜くその地に刻まれる。

 魔王は敢えてそれを楽しんだのだ。

 黒ウサギは感情を押し殺した目線で風化した街並みを進み、飛鳥と耀も険悪な表情でそれに続く。

 しかし十六夜だけは瞳を爛々と輝かせ、不適な笑みを浮かべて呟いた。

 

「“魔王”──か。ハッ! いいぜいいぜ、いいなぁオイ。想像以上に面白そうじゃねえか……!」

 

 その言葉をウサ耳にした黒ウサギは頼もしさを覚えるも、同時に胸中で不安を抱く。

 彼らは自らの意思で自分たちに協力すると言ってはくれたが、果たしてそれは本当に正しい選択と言えたのだろうか。

 もしかすると、逃れられない破滅の道に、無関係な彼らを巻き込んでしまっただけではないのか。

 思わず胸の前で両手を握り、沈鬱な表情でウサ耳を伏せる黒ウサギ。  

 しかしそんな時。

 彼女の頭にポン、と誰かの手が置かれた。

 

「ひ、日向さん?」

 

 振り向けば、その手の持ち主は日向だった。

 日向は柔らかに笑みを浮かべながら、

 

「なあ、黒ウサギ。黒ウサギたちのコミュニティの、昔の風景を教えてくれないか?」

「え?」

 

 突然の申し出に少しだけ戸惑う黒ウサギ。

 それでも意識を切り替えると、やがて当時の風景を思い出すように語り始めた。

 

「そうですね……当時の“ノーネーム”には、本当に沢山の人々がいました。それこそ、人種も種族も関係なく、皆が同じ旗の下で共に助け合い、笑い合って日々を過ごしていたのです」

 

 黒ウサギは在りし日の光景を見つめるように瞳を細め、懐かしげに微笑んで話を続ける。

 

「水路にはいつもなみなみと水が流れていて、農園区には季節の実りの彩りが。そして至るところで、旗が靡いておりました」

 

 そこで僅かにウサ耳を伏せる。

 目の前に広がる非情な現実は、容赦なく黒ウサギの胸を締め付けた。

 深く悲しみに暮れる彼女の隣で、日向は荒廃した街並みを見据えると、

 

「そうか。なら俺も、その景色を見てみたい」

 

 その一言に、黒ウサギは瞳を丸くした。

 

「え?」

「うんうん。そんなに幸せそうに語られたら、嫌でも見てみたくなった」

「え? え?」

 

 黒ウサギは日向の意図が分からず、戸惑ったようにオロオロとする。

 そんな彼女に、日向は朗らかに笑いかけた。

 

「だからさ。俺はその景色を見るために、全力で黒ウサギたちの力になるよ。そしていつか、全てを取り戻したその時は──一緒に笑おうな」

「日向さん……」

 

 黒ウサギは意外そうな顔をして──やがて、満面の笑みで頷いたのだった。

 

「YES! 約束するのですよ!」

 

 

 

***

 

 ──“ノーネーム”居住区画の水門前。

 

 日向たちは廃墟を抜け、徐々に外観が整った空き地が立ち並ぶ場所に出た。

 彼らはそのまま居住区を素通りし、水樹と呼ばれる苗を貯水池に設置するのを見物に向かう。

 貯水池にはどうやら先客がいたらしく、ジンとコミュニティの子供たちが清掃道具を持って水路の掃除を行っていた。

 

「あ、みなさん! 水路と貯水池の準備は整っています!」

 

 ワイワイと騒ぐ子供たちは、黒ウサギが帰って来たと見るや否や途端に彼女の傍に群がる。

 

「黒ウサのねーちゃんお帰り!」

「眠たいけどお掃除手伝ったよ!」

「ねえねえ、新しい人たちって誰!?」

「強いの!? カッコいい!?」

「YES! とても強くて可愛い人たちですよ! それにとびきりカッコいいです! 皆に紹介するから一列に並んでくださいね」

 

 パチン、と黒ウサギが指を鳴らすと、子供達は一糸乱れぬ動きで横一列に並ぶ。

 数は20人前後だろう。

 中には猫耳や狐耳の少年少女もいた。

 

(ははは、これは随分と賑やかになりそうだ)

(つーか、マジでガキばっかだな。半分は人間以外のガキか?)

(じ、実際に目の当たりにすると予想以上に多いわ。これで6分の1ですって?)

(……私、子供嫌いなのに大丈夫かなあ)

 

 日向たちは四者四様の感想を心中で呟く。

 子供が苦手にせよ何にせよ、これから彼らと生活していくなら不和を生まない程度に付き合っていかなければならない。

 コホン、と仰々しく咳き込んだ黒ウサギは、皆に日向達を紹介する。

 

「右から順に天道日向さん、逆廻十六夜さん、久遠飛鳥さん、春日部耀さんです。皆も知っての通り、コミュニティを支えるのは力あるギフトプレイヤーたちです。ギフトゲームに参加できない者たちはギフトプレイヤーの私生活を支え、励まし、時に彼らのために身を粉にして尽くさねばなりません」

「あら、別にそんなのは必要ないわよ? もっとフランクにしてくれても」

「駄目です。それでは組織は成り立ちません」

 

 飛鳥の言葉を、黒ウサギは厳しい音で断じる。

 日向は真剣な面持ちで呟いた。

 

「同じコミュニティの一員である以上、その立場は明確にしておかなければならない……か」

 

 黒ウサギはコクりと首肯する。

 

「そうです。コミュニティはプレイヤーたちがギフトゲームに参加し、彼らのもたらす恩恵で初めて生活が成り立つのでございます。これは箱庭の世界で生きていく以上、避けることが出来ない掟。子供のうちから甘やかせば、この子たちの将来のためにもなりません」

「……そう」

 

 黒ウサギは有無を言わさない気迫で飛鳥を黙らせる。

 それは今日までの3年間、たったひとりでコミュニティを支えていた者だけが知る厳しさなのだろう。

 飛鳥は一瞬、自分に課せられた責任の重圧に膝を落としかける。

 しかし先ほどの日向の言葉を思い出すと、望むところだ──と、口を結んで決意を新たにするのだった。

 

「ここにいるのは子供たちの年長組です。ゲームには参加出来ないものの、見ての通り獣のギフトを持っている子もおりますから、何か用事を言い付ける時にはこの子達を使ってくださいな。みんなも、それでいいですね?」

 

「「「「よろしくお願いします!」」」」

 

 キーン、と耳鳴りがするほどの大声で、20人前後の子供たちが叫ぶ。

 その凄まじい声量に、日向たちはまるで音波兵器のような感覚を受けた。

 

「ああ、皆よろしくな!」

「ハハ、元気がよくていいじゃねえか」

「そ、そうね……」

(本当にやっていけるのかな、私)

 

 日向と十六夜は楽しそうに笑っていたが、他の2人はなんとも言えない複雑な表情を浮かべていたのだった。

 

 

 

***

 

 ──その後。

 無事に水樹の苗を植え付けたお陰で、本拠と別館限定ながらも、全盛期の“ノーネーム”のようになみなみと水が水路を満たした。

 途中、黒ウサギの不可抗力とも意図的ともつかない配慮の無さで十六夜が本日三度目のずぶ濡れ体験をしそうになるというアクシデントはあったものの、子供たちを初め、コミュニティの全員が、水路を大量の水が満たしていく光景に歓喜していた。

 これまで水を確保する方法と言えば、コミュニティの子供たちが数キロメートルも先の川までわざわざバケツで汲みに行くという手段をとっていただけに、喜びも一段と大きいのだろう。

 そんな顔合わせを含めたイベントを終えて日向たちが屋敷に着いた頃には、すでに真夜中になっていた。

 月明かりのシルエットで浮き彫りになる本拠の館は、まるでホテルのような巨大さだ。

 耀は本拠となる屋敷を見上げて、感嘆したように呟いた。

 

「遠目から見てもかなり大きいけど……近づくと一層大きいね。どこに泊まればいい?」

「コミュニティの伝統では、ギフトゲームに参加できる者には序列を与え、上位から最上階に住むことになっております……けど、今は好きなところを使っていただいて結構でございますよ。移動も不便でしょうし」

「そう。そこにある別館は使っていいの?」

 

 飛鳥は屋敷の脇に建つ建物を指さす。

 

「ああ、あれは子供たちの館ですよ。本来は別の用途があるのですが、警備の問題でみんなここに住んでいます。飛鳥さんが120人の子供と一緒の館でよければ」

「遠慮するわ」

 

 飛鳥は即答した。

 いくら苦手ではないにせよ、そんな大人数を相手にするのは流石に御免なのだろう。

 しかし、そこで日向が片手を上げて提案した。

 

「あ、なら俺は別館でもいいか?」

 

 その言葉を隣で聞いた飛鳥は、信じられないと言った様子で日向を見る。

 また黒ウサギも、自分で許可したものの本当に別館を希望するとは思っていなかったのか、少々狼狽えながらも確認した。

 

「か、構いませんが、本当によろしいので? 本拠と違って、別館は大分騒々しいと思いますが」

「ああ、大丈夫だ。部屋はあるんだよな?」

「は、はい。それなら問題ありませんが……」

 

 戸惑う黒ウサギに、ニヤニヤと笑う十六夜が面白そうに話しかける。

 

「ま、本人が希望してるならいいんじゃねえか? 日向なら子供たちに手を出す心配もねえだろ」

「おい、ちょっと待て十六夜。それは一体どういう意味だ?」

「そうね。日向君なら心配いらないわ」

「なあ飛鳥、それ別に信頼してるからじゃないよな? 絶対別の理由からそう判断してるよな?」

「むしろ今後大人の女性が仲間になる可能性を考えて、日向は別館の方がいいと思う」

「耀!?」

 

 不本意な性癖の持ち主であると思われている日向は必死に意義を申し立てるが、当の3人は右へ左へと受け流す。

 どうやら彼らの中で、日向がそっち系の趣味であることはすでに決定事項らしい。

 必死の弁解に耳を貸さない問題児たちを前に、自身問題児の一員である日向はがっくりと頭を垂れてうなだれる。

 

「俺が何をしたって言うんだ……」

「ア、アハハ……。く、黒ウサギは別に気にしてませんよ?」

「……それってつまり、俺がそっち系の趣味なのは認めるってことだよな……?」

 

 墓穴を掘った黒ウサギの言葉に、日向はより一層落ち込むのだった。

 そんなコミュニティへの質問や日向の趣味嗜好についてはさておき、『今はとにかくお風呂に入りたい』という女性陣からの強い要望の下、黒ウサギは早速湯殿の準備を始めることにした。

 そしてしばらく使われていなかった大浴場を見ると、途端に真っ青になり、

 

「い、一刻ほどお待ちください! すぐに綺麗にいたしますから!」

 

 子供たちと共に慌てて掃除に取り掛かった。

 それはもう凄惨なことになっていたのだろう。

 十六夜や飛鳥、耀の3人はその合間に宛がわれた部屋を物色し、日向は部屋を準備するのにもうしばらく掛かるとのことだったので、暇だからと黒ウサギたちを手伝うことにした。

 これから別館に住まう身として、子供たちと親睦を深める良い機会だと思ったのだろう。

 やがて掃除を終えた日向と黒ウサギが来客用の貴賓室に向かうと、なぜか耀に抱かれた三毛猫が十六夜に向かってにゃーにゃーと凄い剣幕で鳴いていた。

 日向は耀に問いかける。

 

「なあ耀、三毛猫はどうして十六夜に吠えてるんだ? 心なしか怒ってるような気がするんだが」

「え? うん、ちょっとね」

 

 言葉を濁す耀に首を傾げながらも、日向は三毛猫に歩み寄り、すりすりと彼の喉仏を撫でた。

 

「ほれほれ、そう毛並みを逆立てるなって」

『止めんといてくれや! この小僧はお嬢をオマエ呼ばわりしたんや! いっぺん痛い目に合わせんとワシの気が収まらな……って、あ、ちょ、そこは弱、ああ、あああ~~~』

 

 日向に撫でられ、恍惚とした表情で喉を鳴らす三毛猫は、すぐに怒りを忘れて心地良さそうに身を委ねる。

 そんな彼の姿に、耀は思わず苦笑を浮かべた。

 

「それにしても、耀は本当に動物の言葉が分かるんだな」

「うん。そのお陰で色んな動物と友達になれた」

 

 動物と会話の出来るギフト。

 耀の持つソレは確かに羨ましいものであるかもしれないが、人によっては不気味に見られることもあるだろう。

 飛鳥は少しだけ聞きにくそうに質問する。

 

「出すぎたことを聞くけど……春日部さんに友達が出来なかったのはもしかして」

「友達は沢山いたよ。ただ人間じゃなかっただけ」

 

 それ以上の詮索を拒否する声音に、飛鳥は口を塞ぐ。

 しかし耀の言葉に思うところがあったのか、日向は彼女に提案した。

 

「なら、これからは人間の友達も沢山作らないとな。とりあえず、俺もそのひとりに立候補してもいいか?」

 

 日向の申し出に、耀は瞳を丸くする。

 

「日向が、私の友達に?」

「ああ。もしかしてダメか?」

 

 耀は無言でしばらく考えた後──ふっと、小さな華が咲いたように微笑んだ。

 

「……ううん。日向ならいい。友達になってください」

「ははは、そこは素直に『友達になろう』でいいんだぞ? 何にせよ、これからよろしくな」

「……うん、よろしく」

 

 2人は互いに笑い合う。

 すると耀は小さな声で、

 

「……ありがとう、日向」

 

 こっそりと、自分を気遣ってくれた友人に礼を述べた。

 それを傍から見ていた飛鳥は、「ふん」と鼻を鳴らして不満そうにそっぽを向く。

 

「言っておきますけど、春日部さんの友達1号は私なんですからね」

 

 ぷいっ、と顔を逸らしたまま、頬を染めて呟く飛鳥。

 そんな彼女に対して、耀は嬉しそうに感謝の言葉を口にする。

 

「ありがとう飛鳥。これからもよろしくね」

「……こちらこそ」

 

 相変わらずそっぽを向きながらも、飛鳥は口元をへの字に結んで小さく応えた。

 それを見た黒ウサギが声を上げる。

 

「あっ! それなら黒ウサギも、耀さんとお友達になりたいのですよ!」

「うん。黒ウサギも友達になろう 」

「んで、十六夜はどうするんだ?」

「仕方ねえな。俺も立候補させてもらいますよっと」

「……十六夜は遠慮したいかも」

「おい待てどういう了見だコラァ!」

「ふふ……冗談。十六夜もありがとう」

「……チッ」

 

 耀にからかわれ、十六夜はバツが悪そうに舌打ちをする。

 それを見た日向たちは盛大な笑い声を上げた。

 その中で耀が浮かべていた笑顔は、これまでで一番明るいものだった。

 

『お嬢、良かったなぁ! ワシも嬉しいわ!』

「うん。そうだね三毛猫」

 

 この時、この箱庭に来て本当に良かったと、耀は心の底から思ったのだった。

 

 

 

***

 

「さて、大変お待たせしましたが、湯殿の用意ができました! まずは女性様方からどうぞ!」

「ありがと。それでは先にもらうわよ、日向君に十六夜君」

「俺は2番風呂が好きな男だから問題ねえよ」

「俺もちょっとやることあるし、構わないぞ」

 

 男性陣の了承を得ると、女性陣は真っ直ぐ大浴場へ向かう。

 やがて静謐の訪れた貴賓室で、十六夜はゆっくりとソファから腰を上げた。

 

「さてと──今のうちに、外の奴らと話をつけておくか?」

 

 日向もまた、その瞳を細めて応える。

 

「ああ。そんじゃま、行くとするか」

 

 そうして2人は、揃って貴賓室を後にするのだった。 

 

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