- The Another Origin -   作:青葉空太

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第7話 打倒魔王

 

 夜空は十六夜の月が浮かんでいた。

 

 黒ウサギに招かれた本拠の館を出た日向と十六夜は途中で別れ、子供たちが眠る別館の正面と裏口で待機していた。

 日向はやれやれとため息を吐きながら、

 

「おーい、いい加減覚悟を決めて出てきたらどうだ? 生憎と裏にも仲間がいるから、仮に陽動や時間稼ぎを考えているなら早めに諦めた方が賢明だぞ?」

 

 ザァ、と夜風で木々の葉が揺れる。

 一見して人の気配はないものの、日向は誰かに語りかけるように独り言を続ける。

 

「ここを襲うのか、襲わないのか。優柔不断は駄目だと両親に教わらなかったか? いやまあ、俺は教わらなかったけどさ」

 

 ザザァ、ともう一度だけ夜風が木々の葉を揺らす。

 やはり誰かが隠れているようには見えない。

 思わず日向が肩を竦めたその刹那、

 

 

 ズドガァァァンッ!!!

 

 

 と、別館の裏側からまるで爆撃のような音が断続的に木霊した。

 日向はすぐに犯人の顔を連想するが、あまりの容赦の無さに思わず相手に同情する。

 

「さて、こっちはどうしたものかな……」

 

 一向に進展する様子のない現状に日向は頭を悩ませていると、不意に背後で声がした。

 

「ひゃっ! い、今の凄い音は……?」

「うん?」

 

 振り返ると、寝間着を着た獣人の少女が地面に尻餅をついて倒れていた。

 日向は記憶の中を探り、目の前の少女が年長者組の一員であったことを思い出す。 

 そのまま彼女の元まで歩み寄ると、そっと手を差し伸べた。

 

「ほら、大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます!」

 

 少女は日向の手を取って立ち上がると、慌てて頭を下げて感謝を告げる。 

 ピコピコと動く狐耳と、二俣の尻尾が特徴的だ。

 パンパンと軽く叩いて服の汚れを払ってやりつつ、日向は少女に話しかけた。

 

「えーと、君は確か……」

「は、はい! リリとおんもしまひゅ!」

 

 言い間違えた上に盛大に噛んだ。

 恥ずかしそうに赤面してパタパタと尻尾を振るうリリ。

 そんな彼女に思わず苦笑を零しつつ、日向は再度問いかけた。

 

「ははは。よろしくな、リリ。それでリリは、こんな夜更けにどうしたんだ? 確か子供たちは、そろそろ寝ている時間だろう?」

「は、はい。私もそのつもりだったんですけど、たまたま日向様が表にいるのを見かけて」

「それで、出てきたと?」

「ご、ごめんなさい! 黒ウサギのお姉ちゃんから、日向様は別館で眠ると聞いていたので。もしかしたら入りづらいのかなぁって思って」

「ああ、なるほど。そういうことか」

 

 どうやらリリは、日向が別館に入りたくても入れないでいるのだと勘違いをしていたらしい。

 確かにこんな夜中に別館の前で立っていれば、このコミュニティに来て間もない日向が別館に入ることを躊躇していると思っても不思議はない。

 日向はリリの頭を撫でながら、優しく笑って礼を述べた。

 

「ありがとうな、リリ。俺のことを気遣ってくれて」

「あう……い、いえ! それで日向様は、ここで何をしていたんですか?」

「ああ、それはな──」

「あん? 何やってんだ日向?」

 

 日向がどう説明しようか少し考えていると、不意に聞き慣れた声が鼓膜を叩いた。

 視線を向けてみれば、そこには予想通り満足そうな笑みを浮かべる十六夜と、その後を慌てて追いかけて来るジンがいた。

 

「そっちはもう終わったのか。首尾は?」

「上々だ。宣伝もバッチリしといたぜ」

「ま、待ってください十六夜さん! まだ話は終わっていませんよ!」

 

 まるで何かの段取りを確認し合うかのように言葉を交わす日向と十六夜。

 その隣でジンが必死に十六夜に呼びかけているが、少なくとも今の彼に取り合うつもりはないようだ。

 

「あ、ジン君!」

「え? リリ? どうして別館の外に?」

 

 するとジンの姿を見つけたリリが、咄嗟に彼の名前を口にした。

 ジンもリリに気づいて目を丸くする。

 そんな2人の様子を、十六夜はニヤニヤと悪戯好きそうな笑みを浮かべてからかった。

 

「何だ? 御チビの彼女か?」

「ふえっ!?」

「ち、違いますよ! リリは年長組の子供で、僕らのコミュニティの一員です!」

 

 十六夜の問いかけに、頭から湯気が出そうなくらい表情を真っ赤に染めて驚くリリ。

 ジンも同じく頬を赤らめるが、それでもハッキリと否定した。

 コホン、とわざとらしく咳払いをして、ジンはリリへと向き直る。

 

「だけどリリ。こんな夜中に外を出歩いているなんて危ないじゃないか。他の皆はもう寝てる時間だろ?」

「あう、ごめんなさい……」

 

 ジンの説教に、リリはへにゃりと狐耳を伏せる。

 しかし、その隣で日向が助け船を出した。

 

「いや、リリは俺が別館に入れないでいると心配して出てきてくれたんだ。だから今回はあまり責めないでやってくれないか?」

「え?」

 

 日向の言葉に、ジンは意外そうな顔をする。

 

「そうなの? リリ」

「う、うん」

 

 戸惑いながらもリリは頷く。

 それでジンも納得したのか、それ以上の追求は止めにした。

 

「ま、確かにもう夜も遅いしな。俺は大丈夫だから、リリも別館の中に戻っていいぞ? 寝ぼけた顔も可愛いだろうけど、子供はよく寝てこそ育つものだからな」

「か、可愛い……」

 

 カアッと顔を赤くして俯くリリ。

 彼女は忙しなく二尾を振りながら、3人に向けて頭を下げた。

 

「そ、それではお言葉に甘えて失礼します。日向様に、ジン君と十六夜様もお休みなさい!」

「ああ。お休み」

「お休みリリ」

「ヤハハ。おう、また明日な」

 

 パタパタと別館に戻るリリの姿を見送ると、日向は振り向いて口を開く。

 

「さて、それじゃあそろそろ片付けるか」

「何なら俺がやってやろうか?」

「お前はもう少し加減を覚えろ」

 

 夜中にあんな爆撃のような音を響かせては、近所迷惑にもほどがある。

 中では子供たちも寝ているため、あまり騒がしくするのは気が咎めた。

 そこで日向は一度小さく深呼吸をすると、地面を踏み抜く音と共に一瞬で姿を消失させる。

 すると間もなくして、雑木林の奥から何者かの困惑した声が響いてきた。

 

「な、なんだ貴様──ぐはっ!?」

「お、おいどうし──ごはっ!?」

「ちくしょう! 一体どこか──ぶはっ!?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさ──おぶへっ!?」

 

 一度悲鳴が上がる毎に、十六夜たちの前に暗がりから侵入者たちが吹き飛んでくる。

 やがて静寂が訪れたかと思うと、ガサリと木の葉を揺らして日向が戻ってきた。

 

「よし、これで全部だな」

 

 うずたかく積まれた人の山を前にして、やり遂げたように清々しい笑みを見せる日向。

 それを見たジンは思わず身震いした。

 確かに派手さでは十六夜に劣るだろうが、容赦の無さでは互角か、もしくはそれ以上だ。

 ちなみに表面にこそ出さないものの、飛鳥から攫われた子供たちのことを聞いて以来、内心でかなり怒っている日向であった。

 

「さて、まず最初に言っておくことがある。アンタたちが“フォレス・ガロ”に人質として捕らわれていた子供たちのことだけどな……残念ながら、もうこの世にはいない」

「──……なっ」

 

 突然の宣告に、侵入者たちは驚愕する。

 日向は構うことなく言葉を続けた。

 

「奴らはこれまで、人質を攫ったその日に殺していたそうだ。当然、今までアンタたちが他のコミュニティから攫っていた子供たちもな」

「そ、そんな……嘘だ……」

 

 受け入れがたい事実に、彼らは呆然となって膝をつく。

 これまで人質のために断腸の思いで自らの手を汚してきたというのに、その人質の命が既に無いと知った衝撃は計り知れないだろう。

 そんな彼らに向かって、日向は確かめるように語りかける。

 

「なあ、アンタたちは悔しいか? 大切な子供を手にかけられ、コミュニティの“旗印”まで奪われて。アンタたちは“フォレス・ガロ”を、叩き潰されて欲しいと思う程に憎んでいるか?」

「あ、当たり前だ! 俺たちがアイツらのせいでどんな目にあってきたか……! だが……!」

 

 ぐっと唇を噛みしめる侵入者たち。

 日向は真剣な顔で頷くと、更に続けた。

 

「アンタたちの気持ちはよく分かる。何せ奴らの背後に控えているのは魔王だ。その魔王にまで目を付けられる可能性がある以上、うかつに手を出すことも出来ないだろう。──けれど安心してくれ。アンタたちの無念は、俺たちリーダーが晴らしてくれる!」

「えっ!?」

「ひ、日向さんまで!?」

 

 日向はジンの元まで歩み寄ると、その肩を掴んで侵入者たちの目の前に押し出す。

 

「このジン坊ちゃんは、()()()()()()()()()()()()()()()()()と仰っている!」

「ま、魔王を!?」

 

 侵入者たちにどよめきが走る。

 聞いたこともないコミュニティに困惑しているのだろう。

 

「そうだ! 俺たちは魔王のコミュニティ、その傘下も含め全てのコミュニティを魔王の脅威から守る! そして守られるコミュニティは口を揃えてこう言ってほしい! “押し売り・勧誘・魔王関係御断り。まずはジン=ラッセルの元にお問い合わせください”と!」

「ま、待ってください日向さむぐっ!?」

 

 日向は抗議しかけたジンの口を塞ぐ。

 そして大仰に腕を広げると、盛大に声を上げて宣言した。

 

「明日ジン=ラッセル率いるメンバーが、アンタたちの仇を取ってくれる! その後の心配も勿論無用だ! なぜなら俺たちのジン=ラッセルが、“魔王”を倒すために立ち上がったのだから!」

「おお……!」

 

 侵入者たちは感極まったように声を漏らす。

 ジンは腕の中で必死にもがくが、日向の腕力に押さえつけられて口を利くことも出来ない。

 

「さあ、今すぐコミュニティに帰るんだ! そして仲間のコミュニティに言いふらせ! 俺たちのジン=ラッセルが“魔王”を倒してくれると!」

「お、おおー!」

「わ、分かったぜ! 明日は頑張ってくれジン坊ちゃん!」

「ま……待っ……!」

 

 ジンの叫びも届かず、あっという間に走り去る侵入者たち。

 つい先ほど十六夜にも同じことをされていたジンは、呆然自失となって膝を折るのだった。

 

 

 

***

 

 本拠の館の最上階・大広間に日向と十六夜を引きずってきたジンは、堪りかねたように叫んだ。

 

「どういうつもりですか!」

「まあそう怒るなよ。“打倒魔王”が“打倒全ての魔王とその関係者”になっただけだろ?」

 

 軽薄そうに笑う十六夜に対して、ジンは怒りの籠もった声音で抗議する。

 

「笑い事じゃありませんよ! 魔王の力はコミュニティの入り口を見て理解できたでしょう!?」

「もちろん。あんな面白そうな力を持った奴とゲームが出来るなんて最高じゃねえか」

「お……()()()()? では十六夜さんは、自分の趣味のためにコミュニティを滅亡に追いやるつもりですか?」

 

 ジンの口調は険しい。

 それ程までに十六夜の主張は聞き捨てならないものだった。

 もしもこのまま自分の娯楽のためにコミュニティを危険に晒すのであれば……たとえどんな大戦力でも迎えることは出来ない。

 しかしそこで、それまで静観していた日向が口を開いた。

 

「落ち着けリーダー。これは作戦だ」

「作戦?」

「ああ、それもコミュニティに必要不可欠のな」

 

 日向の言葉に、ジンは訝しげな視線を浮かべて問う。

 

「どういうことですか?」

「まず先に確認しておきたいんだけどな。ジンは俺たちを呼び出して、一体どうやって魔王と戦うつもりだったんだ? あの廃墟を作った相手や、白夜叉みたいな力を持つのが“魔王”なんだろ?」

 

 ぐっとジンは黙り込む。

 正直な話、まだコミュニティのリーダーとして未熟な彼は、具体的な方針があった訳ではない。

 それでも幼い知恵を駆使して必死に回答を絞り出す。

 

「まず……水源を確保するつもりでした。新しい人材と作戦を的確に組めば、水神クラスは無理でも水を確保する方法はありましたから。けどそれに関しては御二人が想像以上の成果を上げてくれたので、素直に感謝しています」

「おう、感謝しつくせ」

 

 ケラケラと笑う十六夜をサラッと無視して、ジンは続ける。

 

「これだけの才有る方々が揃えば、どんなギフトゲームにも対抗できるはず。そうしてゲームをクリアして、堅実に力を付けていこうと思っていました。なのに……それなのに、十六夜さんは自分の娯楽のためだけにコミュニティを危機に晒すような真似をした! 日向さんもです! 魔王を倒すためのコミュニティなんて馬鹿げた宣誓が流布されたら最後、魔王とのゲームは不可避になるんですよ!? そのことを本当に分かっているのですか!?」

 

 ジンは叫ぶと同時に大広間の壁を強く叩いた。

 よほど腹に据えかねたのだろう。

 しかし日向と十六夜は表情を冷たくし、そんな彼に侮蔑を込めた視線を向ける。

 

「ハッ。呆れた奴だ。そんな机上の空論で再建がどうの、誇りがどうのと言ってたのかよ」

「全くだな。失望したぞジン」

「な、」

「ギフトゲームに参加して力を付ける? そんなもんは大前提だ。俺たちが聞いているのは、()()()()()()()()()()()()

「だ、だからゲームに参加して力を付けて」

 

 十六夜の言葉に狼狽えるジンに、日向がさらに追い打ちをかける。

 

「なら、以前のコミュニティはギフトゲームに参加して力を付けていなかったのか?」

「そ、それは……」

「加えて聞くけどな。前のコミュニティが大きくなったのは、ギフトゲームだけだったのか?」

「……いえ」

 

 コミュニティを大きくするために必要なのは強大なギフトと、強大なギフト保持者。

 つまりは人材だ。

 己の才を頼りに生きているギフト保持者が、名のあるコミュニティに席を置きたいと願うのは当然の流れである。

 しかしこのコミュニティには──肝心の名も旗印も無い。

 言葉に詰まるジンを前に、日向は間を置かずに畳み掛ける。

 

「今のままじゃ物を売買する時に、無記名でサインするのと変わらない。“サウザンドアイズ”であの女性店員が、“ノーネーム”を客として扱わなかったのも当然だ」

「あれ? 何だかえらく庇うじゃねえか」

「お前は少し黙ってろ」

 

 ニヤニヤと笑う十六夜を日向はバッサリと切り捨てる。

 気を取り直すと話を続けた。

 

「“ノーネーム”は所詮、名前の無いその他大勢でしかない。だから信用するのは危険なんだ。その大きなハンデを背負ったまま、ジン。お前は先代のコミュニティを超えなきゃならないんだぞ?」

「先代を……超える……!?」

 

 ジンはその事実に、金槌で頭を叩かれたような気がした。

 思わず押し黙るジンに、十六夜は呆れ果てたように声をかける。

 

「その様子だと、ホントに何も考えてなかったんだなオマエ」

「……っ」

 

 ジンは悔しさと、言葉にした責任の大きさで顔を上げることができなかった。

 しかし日向と十六夜は悪戯っぽい笑顔でポン、とそれぞれジンの両肩に手を置くと、

 

「さて、俺たちには名も旗も無い訳なんだが」

「となると他にはもう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ハッとジンは顔を上げた。

 同時に彼らの意図を悟り、驚愕に目を見開く。

 

「僕の名前を担ぎ上げて……コミュニティの存在をアピールするということですか?」

「ああ、悪くない手だろ?」

 

 自慢げに笑う十六夜の顔を、ジンは先ほどとは違った視線で見つめ直す。

 日向は更にこの作戦の有用性を説明する。

 

「けどそれだけじゃ、噂を広めるためにはインパクトが足りない。だからこそジン=ラッセルという少年が“打倒魔王”を掲げ、その一味に勝利したという事実があれば──それは必ず波紋となって広がるはずだ。そしてそれに反応するのは魔王だけじゃない」

「そ、それは誰に?」

「同じく“打倒魔王”を胸に秘めた者たちに、だ」

 

 この広い箱庭の世界に、日向たちと同じく“打倒魔王”を裡に掲げた者たちは必ずいるはずだ。

 もしも彼らを引き入れることが出来たのであれば、目下最大の問題である人材不足も解決する。

 ジンは想像もしていなかった具体的な作戦に、胸を高鳴らせていく。

 

「今のコミュニティに足りないのはまず人材だ。俺と日向で大抵は何とかなるだろうが、それでも足りない。()()()()になんて贅沢は言わないが、せめて俺たちの()()()()は欲しい。けど伸るか反るか御チビ次第。他にカッコいい作戦が有るなら、協力は惜しまないぜ?」

 

 軽薄に笑う十六夜の顔を、ジンは見つめ直す。

 そこに先ほどまでの怒りはない。

 2人の作戦は確かに筋が通っている。

 しかし同時に懸念もあったジンは、それを踏まえた上でとある条件を提示した。

 

「1つだけ条件があります。今度開かれる“サウザンドアイズ”のゲームに、御二人だけで参加してもらえませんか?」

「なんだ? 俺たちの力を見せろってことか?」

「それもあります。ですが理由はもうひとつ。このゲームには僕らが取り戻さなければならない、とてもな大事なものが出品されます」

 

 ジンの言葉が示すところを正確に理解した日向は、意外そうな声音で問いかける。

 

「まさか……昔の仲間か?」

「はい。それも元・魔王だった仲間です」

 

 その瞬間、十六夜の瞳が光った。

 軽薄な笑いには凄みが増し、危険な香りのする雰囲気を漂わせ始める。

 

「へえ? つまりお前らは、魔王に勝利し隷属させた経験があるのか。そしてそんな強大なコミュニティでさえも滅ぼせる──仮称・超魔王とも呼べる超素敵ネーミングな奴も存在している、と」

「そ、そんなネーミングでは呼ばれていません。魔王にも力関係はありますし、十人十色です。魔王とはあくまで“主催者権限(ホストマスター)”を悪用する者達のことですから」

 

 “主催者権限”そのものは箱庭を盛り上げる装置のひとつでしかなかった。

 それを悪用されるようになって“魔王”という言葉が出来たのだとジンは語る。

 

「ゲームの主催は“サウザンドアイズ”の幹部の一人です。商業コミュニティですし、僕らを倒した魔王と何らかの取引をして仲間の所有権を手に入れたのでしょう」 

「なるほどな。とにかく俺と十六夜で、その仲間を取り戻せばいいんだな?」

「はい、その通りです」

「あいよ。んじゃ、話はここまでだな」

 

 十六夜が席を立つ。

 そのまま大広間の扉を開けて自室に戻ろうするが、そこでふと思いついたように呟いた。

 

「ああ、そうだ。日向はともかく、御チビが明日のギフトゲームで負けたら俺……コミュニティを抜けるから」

「……え?」

 

 パタン、と扉が閉められる。

 後には固まって身動きひとつしないジンと、苦笑を浮かべた日向だけが残っていた。

 

「ハハハ。ま、頑張れリーダー」

 

 

 

 

***

 

 ──翌日。

 早朝に本拠を出発した“ノーネーム”の面々は一路、“フォレス・ガロ”のコミュニティを目指して歩いていた。

 道中で例の“六本傷”のカフェで働く猫耳獣人の女性に話を聞いたところ、ガルドはギフトゲームの舞台を専用の舞台区画ではなく、居住区画に設定したらしい。

 その不可解な行動に警戒心を強めながらも、やがて目的地に到着した日向達は、現地の変わり果てた様子に目を疑った。

 それというのも、居住区画がまるで森のように豹変していたのだ。

 鬱蒼と生い茂る木々を見てジンは呟く。

 

「これは……“鬼化(きか)”してる? いや、まさか」

 

 ジンがそっと木々に手を伸ばすと、その樹枝はまるで生き物のように脈打った。

 訝しげに眉をひそめる彼を尻目に、門柱まで歩み寄った飛鳥が声を上げる。

 

「見て、ここに“契約書類(ギアスロール)”が貼ってあるわよ」

 

 近寄った一同はすぐさま文面に目を通した。

 

 

***

 

『ギフトゲーム名 “ハンティング”

 

 ・プレイヤー一覧 久遠 飛鳥

          春日部 耀

          ジン=ラッセル

 

 ・クリア条件

   ホストの本拠内に潜む

   ガルド=ガスパーの討伐。

 

 ・クリア方法

   ホスト側が指定した特定の武具で

   のみ討伐可能。

   指定武具以外は“契約”によって

   ガルド=ガスパーを傷つけること

   は不可能。

 

 ・敗北条件

   降参か、プレイヤーが上記の勝利

   条件を満たせなくなった場合。

 

 ・指定武具

   ゲームテリトリーにて配置。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、

    “ノーネーム”はギフトゲームに

    参加します。

         “フォレス・ガロ”印』

 

 

***

 

「ガルド=ガスパーの身をクリア条件に……指定武具で打倒!?」

「こ、これはまずいです!」

 

 ジンと黒ウサギが悲鳴のような声を上げる。

 飛鳥は心配そうに問いかけた。

 

「このゲームはそんなに危険なの?」

「いえ。ゲームそのものは単純ですが、問題はこのルールです。これでは飛鳥さんのギフトで彼を操ることも、耀さんのギフトで傷をつけることも出来ません……!」

 

 飛鳥は眉をひそめて黒ウサギに問う。

 

「……どういうこと?」

「“恩恵(ギフト)”ではなく“契約(ギアス)”の力でその身を守っているのです! 彼は自らの命をクリア条件に組み込むことで、御二人の力を克服したのでございます!」

 

 これは飛鳥たちのミスだった。

 ルールを決めるのが“主催者(ホスト)”である以上、白紙のゲームを承諾するのは自殺行為に等しい。

 ここに来て、これまでジンが一度もギフトゲームに参加して来なかった経歴が仇となった。

 

「敵は命がけで五分に持ち込んだってことか。観客にしてみれば面白くていいけどな」

「気軽に言ってくれるわね……だけど、条件はかなり厳しいわよ。指定武具が何なのかも書かれていないのだし」

 

 飛鳥は険しい表情で“契約書類”を覗き込む。

 それを見た黒ウサギと耀は、飛鳥の手をギュッと握って励ます。

 

「だ、大丈夫でございますよ! “契約書類”には『指定』武具としっかり書いてあります! つまり最低でも何らかのヒントが無ければルール違反で失格です! この黒ウサギがいる限り、反則はさせませんとも!」

「うん。心配しないで飛鳥。黒ウサギもこう言ってるし、私も頑張る」

「……ええ、そうね。むしろあの外道のプライドを粉砕するためには、コレぐらいのハンデがあって丁度良いかもしれないわ」

 

 愛嬌たっぷりに励ます黒ウサギと、やる気を見せる耀。

 飛鳥も2人の檄で奮起する。

 その傍らで、十六夜はジンに昨夜のことを話していた。

 

「この勝負に勝てないと、俺たちの作戦は成り立たない。予定に変更は無いぞ。いいな御チビ」

「……分かってます。絶対に負けません」

 

 決意の籠もった表情で頷く。

 やがて準備が整った彼らに対して、日向が最後に言葉を送る。

 

「ま、このメンバーならやれるさ。そのガルドって外道を、完膚無きまでに叩きのめしてこい」

 

 頷き、3人は門を開くのだった。

 

 

 

 

***

 

 ギフトゲーム開始から30分。

 門前で待っていた日向、十六夜、黒ウサギの元に、突如獣の咆哮が響いた。

 森に忍び込んだ野鳥たちは一斉に飛び立ち、一目散に逃げていく。

 

「い、今の凶暴な叫びは……?」

「ああ、間違いない。虎のギフトを使った春日部だ」

「あ、なるほど。ってそんな訳ないでしょう!?」

「耀……遂にアレを使ったのか」

「ええっ!? ま、まさか本当に耀さんが!?」

「「冗談に決まってるだろ」」 

「このお馬鹿様方!!!」

 

 スパァーン! と彼らの脳天にハリセンを振り下ろす黒ウサギ。

 肩を竦めた十六夜は、門からはみ出た奇妙な枝をへし折って笑う。

 

「今の咆哮といい、この舞台といい、前評判よりも面白いゲームになってるじゃねえか。見に行ったらまずいのか?」

「お金をとって観客を招くギフトゲームも存在しておりますが、最初の取り決めにない限りは駄目です」

「なら、例えば“審判権限(ジャッジマスター)”とそのお付きってことにしたらどうなんだ?」

「いえ、それも駄目です。というのも、ウサギの素敵耳はここからでも大まかな状況が分かってしまうのですよ。状況が分からない隔絶空間でもない限り、進入は不可能です」

「へえ。便利なウサ耳なんだな」

 

 日向は黒ウサギのウサ耳を優しく撫でる。

 思わず顔を赤くして縮こまる黒ウサギ。

 しかしそれを聞いた十六夜はチッ、と舌打ちをすると、手の中で蠢く枝を砕きながら呟いた。

 

「……貴種のウサギさん、マジ使えね」

「せめて聞こえないように言ってくださいよ! 本気でへこみますから!」

「まあまあ」

 

 ぺしぺしぺしと涙目で十六夜を叩く黒ウサギ。

 そんな2人を苦笑混じりに仲裁する日向。

 その時、突如居住区画を覆っていた木々が一斉に霧散した。

 樹によって支えられていた廃屋が倒壊していく音を聞いて、黒ウサギが真っ先に走り出す。

 

「おいおい黒ウサギ、そんなに慌てる必要はねえだろ?」

「いえ、黒ウサギの聞き間違えでなければ、恐らく耀さんがかなりの重傷を負っています!」

「──ッ! それは確かに急がないと、な!」

 

 黒ウサギに追い付いた十六夜と日向は事情を聞くや否や、更に加速して朽ちる森の中を駆け抜けていく。

 風よりも速く走る3人は瞬く間にジンたちの元まで辿り着いた。

 

「く、黒ウサギ! 早くこっちに! 耀さんが危険だ!」

 

 廃屋に隠れていたジンは、日向たちを呼び止めるために叫ぶ。

 黒ウサギは耀の容体を見て思わず息を呑んだ。

 右腕から酷く流血しており、このままでは血液不足に陥りかねない。

 

「今すぐコミュニティの工房に運びます。あそこなら治療器が揃っていますから。御三人は飛鳥さんと合流してから共に帰ってきて下さい」

「いや、俺も行く。この状態の耀を激しく動かすのはマズいだろう。俺が本拠まで運ぶから、黒ウサギは先に行って治療の準備をしておいてくれ」

「YES! では、よろしくお願いします!」

 

 頷き、黒ウサギは全速力で工房に向かった。

 彼女が踏み込んだ地面にはクレーターの様な亀裂が走り、通った後には土煙が渦を巻いて立ち昇る。

 以前に日向や十六夜を追いかけた時とは比べものにならない脚力だ。

 

「よし、なら俺も黒ウサギの後を追う。十六夜、後のことは頼んだぞ」

「おう、任せとけ」

 

 日向は耀を抱きかかえると、短く十六夜に確認する。

 そして振り向き走り出そうとした所で、ふと思い立ったようにジンを見た。

 

「そうだ。ジン、よく頑張ったな」

「え?」

 

 日向はそれだけを告げると、返事を聞くこともなく大地を踏みしめて駆け出した。

 黒ウサギ程の速度ではないが、その分耀に負担をかけない姿勢を保つ。

 しばらく進んだところで、耀が僅かに意識を取り戻した。

 

「ん……日向?」

「お? 気が付いたか?」

 

 薄らと瞳を開いた耀に、日向は朗らかに笑いかける。

 

「もう大丈夫だ。後は俺たちに任せて、今はゆっくり休んでくれ」

「……うん」

 

 再び薄れゆく意識に身を任せ、耀は深い微睡みの底へ落ちていく。

 それでも腕の中で抱かれる彼女は、心なしか安心したような表情を浮かべていたのだった。

 

 

 

 

***

 

「今より“フォレス・ガロ”に奪われた誇りをジン=ラッセルが返還する! 代表者は前へ!」

 

 一方その頃。

 無事に飛鳥と合流した十六夜とジンは、居住区画から鬼化していた木々が消えたのを知り集まって来た多くの人々の前で、旗印の返還式を行っていた。

 総勢100人は超えるだろうという衆人環視の中で委縮するジンを、十六夜は背中を叩いて前に出させる。

 

「流れは作った。手渡す時に、しっかり自己主張するんだぜ?」

「わ、分かりました」

 

 十六夜はそっとジンに耳打ちをすると、そこで舞台の上から足を降ろす。

 脇で見ていただけの飛鳥も日向たちの企みに気づき、不敵な笑みで声をかけた。

 

「面白いことを考えているようね?」

「さて、何のことかなお嬢様」

 

 悪戯が成功したかのような子供っぽい笑顔を交わす2人。

 そんな彼らの目の前で、ジンは順調に旗印を返還していく。

 

「“ルル・リエー”のコミュニティ──そしてこれが旗印です」

「もう“ルル・リエー”とは二度と……二度と、名乗れないと……掲げられないと思っていたのに……ありがとう! ありがとう……!」

「次はコミュニティ“マッドドッグ”──旗印を受け取ってください」

「ああ、心から感謝するぜジン坊ちゃん! この恩は俺たちの旗が掲げられる限り忘れない!」

 

 次々と返還されていく旗印。

 ある者は狂喜して走り踊り、ある者は旗を掲げて走り回り、ある者は失った仲間の名前を叫びながら泣き崩れていた。

 その光景を見て、十六夜と飛鳥は確信する。

 この“箱庭の世界”において、コミュニティの名と旗印は何ものにも代えられない物なのだと。

 やがて最後のコミュニティに旗印を返還したジンと十六夜は、全員の前に立って宣言する。

 

「名前と旗印を返還する代わりに、いくつか頼みたいことがある。お前たちの旗を取り戻した、このジン=ラッセルのことを今後も心に留めておいて欲しいというのが1つ。そしてジン=ラッセルの率いるコミュニティが、“打倒魔王”を掲げたコミュニティであることも覚えておいて欲しい」

 

 その言葉に、衆人が一斉に騒然とした。

 “噂は本当だったのか!?”“まさか、あんな子供達が……?”“しかし、彼らは神格を倒したそうじゃないか”とそれぞれの思惑を口にする。

 ざわざわと波紋が広がる中、十六夜は演説を続ける。

 

「お前たちも知っているだろうが、俺たちのコミュニティは“ノーネーム”だ。魔王に奪われた名と旗印、それらを自らの力で奪い返すため、これからも魔王やその傘下と戦うことはあるだろう。しかし組織として周囲に認められないと、コミュニティは存続出来ない。だから覚えていて欲しい。俺たちは“ジン=ラッセルの率いるノーネーム”だと。そして名と旗印を取り戻すその日まで、彼を応援して欲しい」

 

 多くの人々が見守る中、ジンは一歩前に出る。

 

「ジン=ラッセルです。今日を境に聞くことも多くなると思いますが、よろしくお願いします」

 

 そんな彼らに、衆人から歓声が上がる。

 万雷の喝采と激励の言葉に見送られ、この日、前代未聞の“打倒魔王”を掲げる新たなコミュニティが、その産声を上げたのだった。

 

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