- The Another Origin -   作:青葉空太

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第8話 箱庭の騎士

 

 ──“ノーネーム”本拠。

 ──別館の工房。

 

 “フォレス・ガロ”との決着がつき、十六夜たちが旗印を返還している頃。

 ひと足先に本拠へ戻った日向と黒ウサギは、別館の工房で耀の治療に専念していた。

 

「……どうだ? 黒ウサギ」

 

 ベッドで横たわる耀の隣に立ち、日向が静かに問いかける。

 それまで真剣な面持ちで医療用のギフトや機材を操作していた黒ウサギは、最終チェックを終えるとホッと安堵の笑みを浮かべた。

 

「YES。これでもう安心なのですよ。後はこのまま安静にしていれば、直に目を覚ますはずです」

「そうか……」

 

 日向も気が抜けたように息を吐く。

 

「お疲れさん、黒ウサギ」

「いえ、同士を助けるのは当然ですから」

 

 そう言って互いに笑みを浮かべる。

 そこでコンコン、と工房の扉がノックされた。

 

「邪魔するぞ。春日部の容体はどうだ?」

 

 入ってきたのは、返還式を終えて戻ってきた十六夜たちだった。

 

「ああ。もう心配はいらないそうだ」

「そう、良かった……」 

 

 日向の返答に、飛鳥は胸をなで下ろす。

 日向はそのまま十六夜を見て、

 

「それで、そっちは上手くいったのか?」

「おう。御チビもなかなか様になってたぜ」

 

 そう言ってジンの背中を叩く十六夜。

 ジンは恥ずかしそうにしながらも、日向と黒ウサギに声をかけた。

 

「それじゃあ、後は僕が看病します。耀さんが怪我をしたのは、僕にも責任がありますから」

 

 真面目な表情で申し出るジン。

 そこに飛鳥も同意した。

 

「そうね。それなら私もここに残るわ。日向君と黒ウサギは、一度ゆっくり休んでちょうだい」

「では、お言葉に甘えさせて頂きます。もし何かありましたら、直ぐに知らせてくださいまし」

「ええ、分かったわ」

 

 こうして日向と黒ウサギ、そして十六夜は工房を後にする。

 本館に戻った3人は、談話室でくつろぎながら会話する。

 

「しっかし、春日部のあの傷がものの数日で直るとはな。流石は神様の箱庭ってことか」

「そうだな。それにあの治療法なら、後に傷が残ることもないんだろ?」

「YES! ただ出血が激しいので、増血を施しました。輸血となると、専門のコミュニティに依頼しなければならないですし」

 

 黒ウサギは申し訳無さそうにウサ耳を伏せる。

 “ノーネーム”の財政難は相も変わらず悩みの種なのだ。

 

「ま、金がかからない方法があるならそっちでいいだろ。それで、例のゲームはどうなった?」

「そう言えばそろそろだったな。確か事前に申請が必要なんだっけ? 大丈夫なのか黒ウサギ?」

 

 そこで日向と十六夜は、以前ジンが口にした仲間が景品に出されるというゲームの話題を持ち出した。

 彼らが参加してくれると聞いて大喜びしていた黒ウサギは、一転して泣きそうな顔になる。

 

「ゲームが延期だと?」

「……はい。黒ウサギも先ほど知ったのですが、このまま中止の線もあるそうです」

「……マジか」

 

 黒ウサギはウサ耳を萎れさせ、口惜しそうに顔を歪めて落ち込んでいる。

 十六夜は肩透かしを食らったようにソファーで寝そべり、日向もまた席に腰掛けながら、不満そうに顔を顰めた。

 

「なんてつまらないことをしてくれるんだ。白夜叉に言ってどうにかならないのか?」

「どうにもならないでしょう。どうやら巨額の買い手が付いてしまったようですから」

 

 十六夜の表情が目に見えて不快そうに変わる。

 日向もそんな身勝手な理由での取り下げに、憚ることなく愚痴を零した。

 

「一度はゲームの景品として提示したものを、金を積まれたからと引き下げるのか? “主催者(ホスト)”にあるまじき行為だな」

 

 十六夜も盛大に舌打ちをしつつ、日向の言葉に同意する。

 

「全くだぜ。……チッ、所詮は売買組織ってことかよ。“サウザンドアイズ”は巨大なコミュニティじゃなかったのか? プライドはねえのかよ」

「仕方がありませんよ。“サウザンドアイズ”は群体コミュニティです。白夜叉様のように直轄の幹部が半分、傘下のコミュニティの幹部が半分です。今回の主催は“サウザンドアイズ”の傘下コミュニティの幹部、“ペルセウス”。双女神の看板に傷が付くことも気にならないほどのお金やギフトを得れば、ゲームの撤回ぐらいやるでしょう」

 

 達観したような物言いの黒ウサギだが、悔しさで言えば彼らの何倍も感じている。

 それでも冷静でいられたのは、箱庭においてギフトゲームは絶対の法律だからだ。

 ギフトゲームによって奪われた仲間たち。

 だがそんな彼らを取り戻せるのも、またギフトゲームだけなのである。

 だからこそ今回は、純粋に運がなかったと諦めるしかなかった。

 

「まあ、次回を期待するか。ところでその仲間ってのはどんな奴なんだ?」

 

 十六夜からの問いかけに、黒ウサギはしばし考えるような素振りを見せる。

 数瞬の後、人物像を語り始めた。

 

「そうですね……一言でいえば、スーパープラチナブランドの超美人さんです。指を通すと絹糸みたいに肌触りが良くて、湯浴みの時に濡れた髪が星の光でキラキラするのです」

「へえ。それは見応えがありそうだな」

「それはもう! 加えて思慮深く、黒ウサギより先輩でとても可愛いがってくれました。近くに居るのであれば、せめて一度だけでもお話したかったのですけど……」

 

 日向の反応に嬉しそうに答える黒ウサギだが、言葉を重ねる毎に、次第に表情も沈んでいく。

 しかし沈黙が訪れた室内で、不意に聞き覚えのない第三者の声が耳朶に響いた。

 

「おや、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」

「「「──っ!?」」」

 

 ハッと窓の外に視線を向ける日向たち。

 そこにはにこやかに笑う金髪の少女が、コンコンとガラスを叩きながら浮いていた。

 飛び上がって驚いた黒ウサギは、慌てて駆け寄って窓を開く。

 

「レ、レティシア様!?」

「様はよせ黒ウサギ。今の私は他人に所有される身分。“箱庭の貴族”ともあろうものが、モノに敬意を払っていては笑われるぞ?」

 

 黒ウサギが錠を開けると、レティシアと呼ばれた金髪の美少女は苦笑しながら談話室に入った。

 美麗な金の髪を特注の大きなリボンで結び、赤いレーザージャケットに拘束具を彷彿とさせるロングスカートを着た彼女は、黒ウサギが先輩と呼ぶには随分と幼く見える。

 

「こんな場所からの入室で済まない。ジンに見つからずに黒ウサギと会いたかったんだ」

「そ、そうでしたか。あ、すぐにお茶を淹れるので少々お待ちください!」

 

 久しぶりに仲間と会えた事が嬉しかったのか、黒ウサギは小躍りするようなステップで茶室に向かう。

 やがて日向や十六夜の存在に気がついたレティシアは、彼らの奇妙な視線に小首を傾げた。

 

「どうした? 私の顔に何か付いているか?」

「別に。前評判通りの美人……いや、美少女だと思って。目の保養に観賞してた」

「右に同じく。けど、本当に綺麗な金髪だな。黒ウサギが褒め称えるのも納得だ」

 

 おどけるように語る2人を見て、レティシアは心底楽しそうに哄笑を上げる。

 口元を押さえながら笑いを噛み殺し、なるべく上品に装って席に着いた。

 

「ふふ、なるほど。君たちが日向に十六夜か。白夜叉から話は聞いているよ。しかし観賞するなら黒ウサギも負けていないと思うのだが。あれは私とは違う方向性の可愛さがあるぞ」

「あれは愛玩動物なんだから、観賞するより弄ってナンボだろ」

「だな。弄られてこその黒ウサギだ」

「ふむ、否定はしない」

「否定してください!」

 

 紅茶のティーセットを持ってきた黒ウサギが口を尖らせて怒る。

 温められたカップに紅茶を注ぐ際も少し不機嫌な顔だ。

 

「レティシア様と比べられれば世の女性のほとんどが観賞価値のない女性でございます。黒ウサギだけが見劣るわけではありませんっ」

「いや、全く負けちゃいねえぜ? 違う方向性で美人なのは否定しねえよ。好みで言えば黒ウサギの方が断然タイプだからな」

「……そ、そうですか」

 

 不意打ち気味の言葉に思わず頬を赤くしつつ、チラリと日向を見る黒ウサギ。

 その視線に気がついた日向は、首を傾げて問いかける。

 

「うん? どうした黒ウサギ?」

「あ、いえ、その……日向さんは、どのように思うのかな~と……」

 

 だんだんと声を小さくしていく黒ウサギに、日向は苦笑しながらも素直に答えた。

 

「そう面と向かって聞かれると、こっちも少しばかり恥ずかしいけどな。それでも、正直に答えるなら……黒ウサギも十分に魅力的だよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 カァッとウサ耳まで真っ赤に染める黒ウサギ。

 自分から聞いたにもかかわらず恥ずかしさに耐えきれなくなった彼女は、慌てて話題の矛先を変える。

 

「と、ところで、レティシア様はどうしてここに?」

 

 忘れてはならないが、現在のレティシアは仮にも他人に所有される身分。

 その彼女が主の命もなく来たということは、相応のリスクを負ってこの場にいるのだろう。

 ならばただ会いに来た訳ではないはずだ。

 それなら彼女はジンにも顔を見せたはずである。

 ジンに聞かれてはまずい話をしに来たと推測するが、レティシアは苦笑して首を振った。

 

「なに、別に用があるというほどのものじゃない。新生コミュニティがどの程度の力を持っているのか、それを見に来たんだ。ジンに会いたくないというのは、単に合わせる顔がないからだよ。お前たちの仲間を傷つける結果になってしまったからな」

 

 黒ウサギはその言葉にハッとなる。

 予想はしていたが、件のガルド戦で鬼化していた木々は、やはり彼女の仕業によるものだった。

 箱庭創始者の眷属である兎が“箱庭の貴族”と呼ばれるように、箱庭の世界でのみ太陽を浴びられる彼女らもまた、“箱庭の騎士”と並び称される存在だ。

 そんな彼らのもたらす恩恵はあらゆる儀式を省き、互いの体液を交換し合うことで鬼種化を成立させることが出来る。

 

「吸血鬼? なるほど、だから美人設定なのか」

「ああ。流石に安直過ぎる気はするけどな……けど、王道と言えば王道だしな」

「は?」

「え?」

「いや、いい。続けてくれ」

「そうそう、こっちの話だからさ」

 

 十六夜はヒラヒラと手を振り、日向も何でもないと続きを促す。

 そんな彼らにレティシアは小首を傾げるも、気を取り直して説明を続けた。

 

「実は黒ウサギたちが“ノーネーム”としてコミュニティの再建を掲げたと聞いた時、なんと愚かな真似を……と憤っていた。それがどれだけ茨の道か、お前に分からないはずが無かったからな」

「…………」

「コミュニティを解散するよう説得するため、ようやくお前たちと接触するチャンスを得た時……看過出来ぬ話を耳にした。神格級のギフト保持者が、同士としてコミュニティに参加したとな」

 

 黒ウサギの視線が反射的に日向と十六夜の2人に移る。

 恐らく白夜叉にでも聞いたのだろう。

 四桁の外門に本拠を持ち、“階層支配者(フロアマスター)”でもある彼女が最下層である七桁の外門に足を運んでいたのは、秘密裏にレティシアをここまで連れてくるためだったのだ。

 

「そこで私は1つ試してみたくなった。その新人たちが、コミュニティを救えるだけの力を秘めているのかどうかを」

「結果は?」

 

 黒ウサギが真剣な双眸で問う。

 レティシアは苦笑しながら首を振った。

 

「生憎、ガルド程度では当て馬にもならなかったよ。ゲームに参加した彼女たちはまだまだ青い果実で判断に困る。……こうして足を運んだはいいが、さて。私はお前たちに何と声をかければいいのか」

 

 困った風に語る彼女を、十六夜を呆れたように笑った。

 

「違うね。アンタは言葉をかけたくて古巣に足を運んだんじゃない。古巣の仲間が今後、自立した組織としてやっていける姿を見て、安心したかっただけだろ?」

「……ああ。そうかもしれないな」

 

 十六夜の言葉に首肯する。

 現在、危険を冒してまで古巣に来たレティシアの目的は、何もかもが中途半端に終わっていた。

 自嘲が拭えない彼女に、十六夜は軽薄な声で続ける。

 

「その不安、払う方法が1つだけあるぜ」

「何?」

 

 レティシアは不思議そうに小首を傾げるが、意図に気づいた日向は苦笑を浮かべて釘を刺す。

 

「おいおい、あまり無茶なことはするなよ?」

「心配いらねえよ。ま、話は実に簡単だ。アンタは“ノーネーム”が魔王と戦えるのかが不安で仕方がない。ならその身で、その力で試せばいい。──どうだい、元・魔王様?」

 

 十六夜はスッと立ち上がる。

 日向はやれやれと肩を竦めるが、彼の思惑を理解したレティシアは弾けるような哄笑を上げた。

 

「ふふ……なるほど。それは思いつかなんだ。実に分かりやすい。下手な策を弄さず、初めからそうしていればよかったのかもしれないな」

「ちょ、ちょっと御二人様?」

「諦めろ黒ウサギ。もう手遅れだ」

 

 慌てふためく黒ウサギに、日向は無情に宣言する。

 問題児と吸血鬼との一戦は、こうして幕を上げたのだった。

 

 

 

 

***

 

「それで、勝負の内容はどうする?」

「どうせただの腕試しだ。趣向を凝らす必要もない。互いにランスを一打投擲し、それを受け合う」

「そして最後まで立っていた者の勝ち、か。いいね、シンプルイズベストだ」

 

 両者は互いに笑みを交わす。

 場所は本拠にある中庭だ。

 談話室の窓から十間ほど離れたその場所で、相対する2人は天と地とで別れていた。

 背に漆黒の翼を生やして夜空を飛ぶレティシアを見上げ、そばで観戦する日向は興味深げに問いかける。

 

「へえ? 箱庭の吸血鬼は翼が生えてるのか?」

「ああ。翼で飛んでいるわけではないがな」

「そっか。けどまあ、これで十六夜は制空権を奪われたってことだな。ちなみに今の心境は?」

「別に構わねえぜ? ルールにもそんな条件はなかったしな」

 

 からかうような日向の言葉に、軽薄な笑みで応える十六夜。

 立ち位置からして不利な戦いだが、十六夜は気にせず構えを取る。

 ──ギフトゲームにおいて、対戦者が未知数であると考えるのは基本である。

 例えば、鳥が自由に空を駆けることを猿が不平満を漏らしたところで、ギフトゲームでは()()()()()()()猿が悪いとしか弁のしようがないのだ。

 未知の相手が見せる新たな一手に、自らの持つギフトで如何に対抗するかを競うことこそ、ギフトゲームの真髄であり醍醐味なのである。

 そしてその醍醐味を正確に理解している十六夜を、レティシアはまず評価した。

 

(なるほど。気構えは十分。あとは実力が伴うか否か……!)

 

 満月を背負うレティシアは微笑と共に黒い翼を広げると、金と赤と黒のコントラストで彩られたギフトカードを取り出した。

 それを見た黒ウサギが蒼白になって叫ぶ。

 

「レ、レティシア様!? そのギフトカードは」

「落ち着け黒ウサギ。始まった以上、これはもうあの2人の戦いだ。口を挟むのは無粋だぞ?」

「しかし……!」

 

 諫める日向に対して、それでも黒ウサギは看過出来ないと反論する。

 そんな彼らのやり取りを尻目に、レティシアは輝くギフトカードから長柄の武具を取り出した。

 

「この槍を受け止められなければ敗北だ。悪いが先手は譲ってもらうぞ」

「好きにしな」

 

 好戦的な笑みで応える十六夜を眼下に、レティシアは投擲用に作られたランスを掲げる。

 

「ふっ──!」

 

 彼女は呼吸を整え、翼を大きく広げた。

 全身をしならせた反動で打ち出すと、その衝撃で空気中に視認できるほど巨大な波紋が広がる。

 

「ハアァッ!!!」

 

 怒号と共に放たれた槍は瞬く間に摩擦で熱を帯び、一直線に十六夜目掛けて突貫する。

 それを見た日向は、訝しげに眉をしかめた。

 

「ん? これは……」

 

 しかしランスは、勢い衰えず十六夜に迫る。

 流星の如く大気を揺らして舞い落ちる槍の先端を前に、十六夜は牙を剥いて笑うと、

 

「カッ──しゃらくせえ!」

 

 ()()()()()

 

「「────……は?」」

 

 素っ頓狂な声を上げるレティシアと黒ウサギ。

 しかしこれまた比喩ではない。

 鋭利に研ぎ澄まされ、大気の壁を易々と突破する速度で振り落とされた投擲槍は、そのたった一撃で拉げて砕け、さながら散弾銃のように無数の凶器となってレティシアに向けられたのだ。

 

(ま、まずい……!)

 

 瞬時にレティシアの背筋が凍る。

 これは受けられない。

 なら避けなければ。

 しかし思考に身体が追い付かない。

 いや、追い付いたとしても意味がなかった。

 鬼種の純血である彼女なら、たかが銃弾如きなら振り払うことも出来ただろう。

 しかし第三宇宙速度に匹敵する馬鹿馬鹿しい速度で迫る凶弾を退けることなど、今の彼女には不可能だった。

 

(こ……これほどか……!)

 

 着弾する間際、彼女の口元に苦笑が零れる。

 尋常外の才能を目の当たりしたレティシアは自分の憶測の甘さに恥じ入るが、しかし同時に安堵もしていた。

 

(だが……これほどの才能を持つ彼らとならばあるいは……)

 

 後悔の中にも一抹の希望を浮かべ、レティシアが血みどろになって落ちる覚悟を決めた時──誰かが、彼女の体を抱き止めた。

 

「え?」

「よっ!」

 

 レティシアが小さく声を漏らした瞬間、彼女を抱えた日向は大きく片足を振り上げると、迫り来る豪槍に向かって叩きつけた。

 両者のぶつかり合う衝撃は凄まじく、生じた爆風が彼らの髪を靡かせる。

 互いに規格外の威力を備えた双方は僅かな時間だけ拮抗すると、やがて打ち負けた槍は盛大なクレーターを形成して下方の地面に激突した。

 

「ふう、やれやれ。間一髪だな。大丈夫か?」

「あ、ああ……」

 

 槍を打ち落とした日向は、レティシアを抱えたまま地面に降り立つ。

 そこへ慌てた様子の黒ウサギと、心底面白そうな笑みを浮かべた十六夜が近寄って来る。

 

「レティシア様! お怪我はありませんか!?」

「あ、ああ。大丈夫だ」

「ヤハハ! おいおい日向、お前やっぱり面白いな」

「うっせ。てかお前、俺が助けに入ることが分かっててワザと手加減しなかっただろ?」

「さて、なんのことやら」

 

 冷ややかな視線を向ける日向に、肩を竦めておどける十六夜。

 そんな時、依然日向に抱えられたままのレティシアが、少々戸惑いながらも口を開いた。

 

「すまないんだが、その……そろそろ降ろしてはもらえないだろうか?」

「え? ああ、悪い悪い。それにしても、本当に綺麗な髪だな。このまま手放すのが惜しいくらいだ」

「そ、そうか……」

 

 日向の台詞に若干頬を染めるレティシアだったが、降ろされると同時にコホン、と咳払いをして気を取り直す。

 そこで黒ウサギが、確認も取らずに彼女の手からギフトカードを取り上げた。

 

「あ、く、黒ウサギ!」

「ギフトネーム・“純潔の吸血姫(ロード・オブ・ヴァンパイア)”……やはりギフトネームが変わっている。鬼種のギフトは残っているものの、神格のギフトが残っていない。これではレティシア様の力も、以前の10分の1以下でしかありません」

「っ……!」

 

 さっと目を背けるレティシア。

 十六夜は呆れたように鼻で笑った。

 

「ハッ、どうりで歯ごたえが無いわけだ。他人に所用されたらギフトまで奪われるのかよ」

「いえ。いくら隷属させたからといって、魂の一部である“恩恵”をそう易々と奪うことは出来ません。それこそ、本人同意でもなければ──」

 

 黒ウサギが言葉を続けようとしたその時、異変が起きた。

 突如満月の夜に不可思議な輝きが満ちたかと思うと、同時に日向たちの遙か後方から褐色の光が射し込んだのだ。

 それを見たレティシアはハッとして叫ぶ。

 

「あの光……ゴーゴンの威光!? まずい、見つかった!」

 

 焦燥の混じった声と共に、彼女は光から庇うように3人の前に立ちふさがる。

 光の正体を知る黒ウサギは、悲痛の叫びを上げて遠方を睨んだ。

 

「あれは……ゴーゴンの首を掲げた旗印!? だ、駄目です! 逃げて下さいレティシア様!」

 

 黒ウサギの静止も虚しく、褐色の光を全身で受けたレティシアは瞬く間に石像となった姿で現れる。 

 更に光の射し込んだ方角から、翼の生えた空駆ける靴を装着した騎士風の男達が大挙して押し寄せてきた。

 

「いたぞ! 吸血鬼は石化させた! すぐに捕獲しろ!」

「おい! 例の“ノーネーム”もいるようだがどうする!?」

「邪魔するようなら構わん、斬り捨てろ!」

 

 空を駆ける騎士達の言葉を聞いた十六夜は不機嫌そうに、尚且つ獰猛に笑って呟く。

 

「まいったな。生まれて初めておまけに扱われたぜ。手を叩いて喜べばいいのか、怒りに任せて叩き潰せばいいのか、2人はどっちだと思う?」

「冷静に叩き潰すに一票」

「冗談言ってる場合ですか!? と、とりあえず本拠まで逃げてください!」

 

 レティシアのことは気になるが、仮にも現在の彼女は所有物。

 どうすることも出来ないと歯がみした黒ウサギは、残った2人の安全を最優先に考える。

 しかし聞こえてきた騎士達の会話に、その動きをピタリと止めた。

 

「ふう……危うく取り逃がすところだったな」

「ああ。今回の交渉相手は箱庭の外とは言え、一国規模のコミュニティだ。もしも奪われでもしていたら、我ら“ペルセウス”とて無事では済まなかったからな」

「箱庭の外ですって!?」

 

 黒ウサギは驚愕に声を上げる。

 彼らが“サウザンドアイズ”の幹部のひとつであるコミュニティ“ペルセウス”であることは使用しているギフトからも分かっていたが、吸血鬼であるレティシアを箱庭の外に連れ出すなどと聞こえては、思わず抗議をせずにはいられなかった。

 

「一体どういうことです! 彼らヴァンパイアは──“箱庭の騎士”は、箱庭の中でしか太陽の光を受けられないのですよ!? そのヴァンパイアを箱庭の外へ連れ出すなんて……!」

「我らの首領が取り決めた交渉。部外者は黙っていろ」

 

 騎士は突き放すように語り、翼の生えた靴で空を舞う。

 しかし黒ウサギは、そんな騎士達に深い憤りを込めて叫んだ。

 

「こ、この……! これだけ遠慮無用に無礼を働いておきながら、非礼を詫びる一言もないのですか!?」

 

 本来なら本拠への不当な侵入はコミュニティへの侮辱行為であり、世間体にもよろしくない。 

 信頼が命の商業コミュニティである“サウザンドアイズ”ならばこんな暴挙はしないだろう。

 これは明らかに“ペルセウス”が“ノーネーム”を見下した上での行為である。

 激昂する黒ウサギを、しかし騎士たちは鼻で笑った。

 

「ふん。こんな下層に本拠を構えるコミュニティに礼を尽くしては、それこそ我らの旗に傷が付くわ。身の程を知れ“名無し”が」

 

 バチコン! と黒ウサギの堪忍袋が爆発する音がする。

 彼女は騎士たちを睨むと、らしくない物騒な笑顔で罵った。

 

「ふ、ふふふ……いい度胸です。多少は名のあるギフトで武装しているようですが、そんなレプリカを手にしたくらいで強くなった気でいるのですか?」

「何!?」

 

 今度は騎士たちが怒声を上げる。

 黒ウサギは青髪を淡い緋色に変幻させ、高く舞い上がらせて威嚇した。

 

「ありえない……ええ、ありえないのですよ。天真爛漫にして温厚篤実、献身の象徴とまで謳われた“月の兎”を、これほどまでに怒らせるなんて……!」

 

 瞬時に一帯の空気が重圧に変わり、激しい威圧感が騎士たちを襲う。 

 たじろぐ彼らを前に黒ウサギが右腕を掲げた刹那、空気が裂けるような甲高い音が響き渡る。

 まるで雷鳴のような爆音が周囲一帯を支配し、彼女の右手には閃光のように輝く槍が掲げられていた。

 それを見た騎士たちに動揺が走る。

 

「雷鳴と共に現れるギフト……ま、まさか“インドラの槍”!? そんな話はルイオス様から聞いていないぞ!!」

「あ、ありえん! 最下層のコミュニティが神格を付与された武具を持つなど……!?」

「本物のはずがない! どうせ我らと同じレプリカだ!」

 

 そんな彼らの動揺を尻目に、稲妻のほとばしる槍を逆手に構えた黒ウサギは、

 

「その目で真贋を見極められないなら──その身で確かめるがいいでしょう!」

 

 熱膨張した空気が、激しい雷鳴を轟かせた。

 同時に黒ウサギの髪がプリズムを放ち、緋色から再び蒼に染まる。

 インドラの槍を黒ウサギがいざッ! と天に向かって撃ち出そうとすると、そこで日向と十六夜が、

 

「「てい」」

「フギャ!」

 

 同時に彼女のウサ耳を引っ張った。

 すっぽ抜けたインドラの槍は雷鳴と共に明後日の方向に飛んでいき、解放された稲妻と熱量は数キロメートルに渡って箱庭の天幕を照らすに終わった。

 

「お・ち・つ・け・よ! 白夜叉と問題を起こしたくないんだろ? つか俺が我慢してやってんのに、ひとりでお楽しみとはどういう了見だオイ」

「フギャア!? って怒るところはそこなんですか!?」

「それだけじゃないぞ黒ウサギ。今後レティシアを取り戻すにしても、ここで向こうに手を出したら一気に形成が不利になる。レティシアのためにも、今はその怒りを抑えるべきだ」

「うう、それはそうですが……っていい加減痛いですよ十六夜さん! いつまでウサ耳を引っ張っているんですか!?」

「気にするな。ただの八つ当たりだ」

「せめて誤魔化してくださいよ!?」

 

 気がつけば、いつの間にか騎士たちの姿は消えていた。

 涙目でウサ耳を押さえる黒ウサギの頭を、日向は苦笑と共に優しく撫でてやりつつ口を開く。

 

「さて、なら行くとしますか」

「ああ。他の連中も連れて行きたいところだが、春日部のこともあるしな。看病は御チビに任せて、お嬢様辺りに声をかけるか」

「ちょ、ちょっと待ってください! 一体どこに向かうつもりなんです?」

 

 若干頬を染めながらも問いかけてきた黒ウサギに、日向は笑って返答する。

 

「いるだろ? 事情に詳しそうなのがもうひとり」

「……ああ!」

 

 黒ウサギも気づいてハッとした。

 十六夜はそんな彼女を見ると、ここからが正念場であることを告げる。

 

「ま、最悪その場でゲームになる可能性だってありえるしな。頭数は多い方がいいだろ。分かったらさっさとお嬢様を呼んでこい」

「わ、分かりました!」

 

 こうして日向・十六夜・飛鳥・黒ウサギの4人は燦然と夜空に輝く満月の下、“サウザンドアイズ”二一〇五三八〇外門支店を目指すのだった。

 

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